Spector 『Here Come The Early Nights』 -New Album Review

 Spector 『Here Come The Early Nights』 

 


Label: Moth Noise

Release: 2023/11/24



Review

 

ロンドンのSpectorの『Here Come The Early Nights』は、現在、ストリーミングとLPヴァージョンで発売中。ディミトリ・ティコヴォイ(ゴースト、ザ・ホラーズ、マリアンヌ・フェイスフル、プラシーボ)と彼らの地元であるロンドンで13日間かけてレコーディングされた。

 

フレッド・マクファーソン、ジェド・カレン、ニコラス・パイ、ジェニファー・サニンの現在のツアー・ラインナップをフルにフィーチャーしたアルバムで、モス・ボーイズとのコラボレーター、ブラッド・オレンジこと、デヴ・ハインズが5曲で楽器演奏を担当している。ミックスはキャサリン・マークス(ボーイジニアス、ウルフ・アリス、アラニス・モリセット)が担当し、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト、サラ・シュミットによる見事なダイカットLPパッケージが施されている。ヴァイナル・バージョンの本体には目がデザインされている。

 

ロンドンの大多数のインディーロックバンドは、新鮮な音楽や野心的な音源を制作することで知られている。一方、スペクターはそれとは対象的に、ノスタルジア溢れる作風を展開させている。

 

フロントマンのフレッド・マクファーソンの胸中には、仕事と家庭を両立させつつ、どのように音楽を制作するかという思いがあった。それはむしろこのアルバムで、安心感と安定感のあるアプローチという形で現れている。ブリット・ポップの一角を担ったASHの90年代の作風にも近い空気感が感じられる。ASHほどパンキッシュではないものの、オルタナティヴロックのアプローチの中には良質なメロディー、そしてシンガロングを誘うコーラスワークの妙が光る。


現在のレコーディングの過剰な演出やマスタリングが優勢な中、スペクターのアルバムは、むしろ90年代や00年代のインディーロックと同様に、素朴なミックスが施されている。派手なミックスはたしかに人目を惹くものの、他方、長く聴いていると聴覚が疲れるという難点もある。そういった観点から見るかぎり、『Here Come The Early Nights』は前2作のようなパンチこそないが、安心感があるのは事実のようである。 90年代のブリット・ポップに親しむリスナーであれば、何かの親近感を覚えるようなアルバム。これはまたフロントマンを始め、四人組がイギリスのロックの普遍的な良さを追求した作品ともいえる。夜に、ディズニープラスを子供と一緒に見ているような快適さをフロントマンのフレッド・マクファーソンは求めたというのだ。

 

2020年に発表された「No Fiction」、及び昨年の「Now or Whenever」ではインディーロックやダンスロック的な要素があり、また、特に2作目では、シンセサイザーを駆使して実験的なアート・ロックにも挑んでいたスペクターであるが、この三作目のLPではより親しみやすいブリットポップに傾倒しているように感じられる。それは前の2作を通じて提示されたインディーロックのバンドアンサンブルと深みのあるボーカルと相まって、オープニングを飾る「The Notion」のような初期のColdplayのような渋さと哀愁を兼ね備えたロックソングを生み出す契機となった。

 

その一方、ダンス・ロックへの親しみはこの最新アルバムにも受け継がれている。それは「Some People」に見出せる。The KIllersほどにはアリーナ級の観客の期待に応えるバンガーではないかもしれないが、一方、ボーカルラインに含まれるマクファーソンの人格的に円熟した感情性は、イントロからサビにかけて盛り上がりを見せ、80年代から90年代初頭のUKロックのノスタルジアへと続く。曲にはディスコサウンドの反映が留められ、それは現行のネオ・ソウル勢とは一線を画している。どちらかと言えば、MTV時代の懐古的な時代へと飛び込むかのようだ。

 

 

中盤に収録されている「Never Have More」は、前の2作で構築してきたSpectorサウンドをより親しみやすいロックとしてアウトプットしている。この曲も性急さや過剰さを避けながら、緩やかなインディーロックのアプローチを図っている。マクファーソンはサビの部分では渋さと円熟味のあるボーカルを披露しているが、それらを支えているのが繊細さとダイナミックス性を兼ね備えたギターライン、そしてメロディーやビートを損ねないドラム、もちろん、その補佐役となるベースラインである。これらのアンサンブルが渾然一体となり、ブリット・ポップ全盛期の思わせる一曲が生み出されることになった。BlurやAshといった名バンドを彷彿とさせる。


アルバムの中盤から終盤にかけて、人生を生きる上での必要性とアーティストとして生きる上での必要のある2つ、あるいは3つの側面を秤に掛けるような音楽性が続いている。それは足元の土を均すか、踏みしめる感覚にもよく似ている。


「Not Another Weekend」は、バンドの2020年の頃の回想とも取れるし、以後の「Pressure」では、家庭と仕事との合間にある緊張感が示されていると解釈出来る。一方、前作までとは異なり、信頼感と安定感のあるロックバンドとしての貫禄も表れている。「Another Life」は、2020年頃とは異なる人生の側面に焦点を絞っている。シンガロングを誘発する緩やかなサビを制作したのは、リスナーとの歩みと協調性を重視した結果とも考えられる。さらにシンプルなバラード「Room With a Different View」では三年でバンドやフロントマンの人生が変化したことが伺える。

 

スペクターのバンドとしての緩やかな変化や成長は、タイトル曲『Here Come The Early Nights』に特にわかりやすい形で反映されている。さらに、グルーブ感を意識したダンスポップソング「All of The World is Changing」は、デビュー時からスペクターが追求してきたスタイルの集大成と言える。スペクターはひとつずつ階段を上り続けている。今後のさらなる飛躍に期待しよう。

 

 

76/100

 

 

 Featured Track-「Driving Home For Halloween」