Madeline Kenney  『The Same Again: ANRM(Tiny Telephone Session)』|Review

 Madeline Kenney  『The Same Again: ANRM(Tiny Telephone Session)

 

 

Label: Carpark

Release: 2023/12/15


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Review


米国のレーベル、Carparkはインディーロックを中心に注目の若手のリリースを行っている。ただ、必ずしもロックだけのリリースにこだわっているわけではないらしく、ポピュラーミュージックのリリースも行っている。


今年7月に発売された『A New Reality Mind』の再録アルバム『The Same Again: ANRM(Tiny Telephone Session)』は、シンガーソングライターの音楽の本質的な魅力に迫るのに最適な一枚。本作は最新作をオープンのアップライト・ピアノを中心に再録したもので、オークランドのタイニー・テレフォンでわずか一日で録音された。

 

最新アルバムでは、ハイパーポップやエクスペリメンタルポップを中心とする前衛的なポップスを展開し、ポピュラー・ミュージックの新しいスタイルに挑戦していたが、それらの表向きの印象は、この再録アルバムで良い意味で裏切られることになる。彼女は、あらためてSSWとしてのメロディーセンスや歌唱力をレコーディングのプロセスを通じてリアルに体現しようとしている。『A New Reality Mind』においてマデライン・ケリーは、受け入れ、自己を許し、前に進もうとする意思によるプロセスを示しているが、今回の再録アルバムにおいては、バラードというスタイルを選ぶことによって、最新作の持つ潜在的な側面に焦点を絞ろうとしている。

 

このアルバムはスタジオ・レコーディングではありながら、アコースティック・ライブのようなリアルな感覚が感じられるのも一つの特徴である。

 

例えば、本作のオープナー「Plain Boring Disaster」では原曲のテンポをスロウダウンさせ、そして旋律をより情感たっぷりに、さらに丹念に歌いこむことにより、まったく別の曲のように仕上げていることに驚きを覚える。もちろん、モダンなポピュラー・シンガーとしてのスタンスを選んだ最新作『A New Reality Mind』に比べると、別人のような歌唱法を堪能することが出来る。中音部の安定感のある歌声から、高音部のファルセット、及び、それとは対象的な、つぶやくようなウィスパー風の低音のボイスに至るまで、マデライン・ケニーは多彩な歌唱法を駆使しながら、それらを「許し、受容、前進」といった温かみのあるテーマを擁する旋律とピアノ演奏で包み込もうとしている。何より、ピアノ・バラードはシンガーとしての実力が他のどの形式の曲よりも明らかになるため、歌手としての本物の実力が要求されるが、マデライン・ケニーは平均的な水準を難なくクリアするにとどまらず、それ以上の何かを提供しようとしている。


オープニングで示されたピアノ・バラードという形式はその後、クラシックや映画音楽、劇伴音楽の影響を交えた曲風へと変遷をたどる。「Superficial Conversation」ではマックス・リヒターを彷彿とさせる正調のミニマル音楽の系譜にあるイントロに導かれるようにして、歌手はオリジナル作よりも伸びやかなビブラートを披露している。そこには、最新作よりも広やかな開放感や晴れやかさすら感じられ、なおかつ歌手の持つ潜在的なポテンシャルを捉える事もできる。そして、このアレンジ曲では、バックコーラスを導入し、より親しみやすいポピュラー・ソングに再構成されている。曲の後半のピアノ・ソロに関しては、きわめて伴奏的なものではありながら、フレーズの進行に淡いエモーションとクリアな感覚を留めることに成功している。

 

最新アルバムのハイライト「Reality Mind」の再録は、原曲のエクスペリメンタル・ポップの延長にあるアプローチとは作風が異なる。映画音楽やドラマの挿入歌のような雰囲気を持つこの曲は、ピアノの伴奏に装飾的な音階を加えることで、原曲よりも親しみやすく清々しいポップソングに仕上げている。その他、原曲では相殺されていた印象もある癒しの感覚を上手く引き出している。ボーカル自体も更にハートウォーミングになり、ソウルフルな質感すら持ち合わせている。ケニーの持つ歌声の持つ深い情感に、じっと静かに傾聴したくなるような素晴らしい一曲だ。

 

同じように、最新アルバムの主要曲だった「I Draw The Line」についても、マックス・リヒターの曲を思わせる気品溢れるコンテンポラリークラシックの要素を付加することにより、涼やかな感覚を引き出そうとしている。しかし、ピアノの旋律に乗せられるマデラインのボーカルは、スタンダードなジャズを意識しているように思われる。そして、ミニリズムに即したピアノの楽節は装飾音的な音階の変化を加え、和音そのものを移行させる。その上で、ケニーのボーカルもピアノの演奏に呼応するかのように、歌うフレーズや叙情的な感覚をその中で変化させていく。


その後、コンテンポラリークラシックの影響を交えたスタンダードなバラードソングが続く。「It Carries on」「Red Emotion」は序盤の収録曲と同様に、気鋭のモダンポップのシンガーとは別の実力派シンガーとしての意外な性質を伺い知ることが出来る。


そして、最も注目すべきは、「The Same Thing」におけるアメリカーナ、ジャズの要素を交えたクラシカルなポピュラーミュージックのスタイルにある。例えば、Angel Olsen(エンジェル・オルセン)の歌声にも比するフォーキーなノスタルジアと深い情感を体感出来る。この曲において、マデライン・ケリーは、ささやくような歌声を駆使しながら、シンガーとしての渋さを追求している。もちろん、その後、この曲はピアノの流麗な演奏を介して、ダイナミックな変遷を辿り、最終的には、抑揚や起伏を持つポピュラーソングへの流れを形作っていく。曲の中で、なだらかなストーリー性を設けるようなボーカルの表現力については圧巻というより他ない。

 

本作は全体を通じて多彩な感情性を交え、以後の緩やかな流れを形成している。アルバムの中で淡い哀感を持ち合わせる「HFAM」は、コンテンポラリークラシックを基調としたドラマ音楽や映画音楽のサウンドトラックを想起させるバラードの形式で再構成されている。シンセサイザーの効果が顕著だった原曲よりも、歌声や曲の持つ感情の流れにポイントが置かれているようだ。更にこの曲の後半部では、原曲よりも深いペーソスや哀感がリアルに立ち表れている。

 

以後の収録曲においても、マデラインは自身の歌声を単なる旋律を紡ぎ出すロボットとすることを忌避し、声そのものを生きたアートの表現形態の一つと解釈し、自身の持つ個性、可能性、感情といった精彩感を持つヒューマニティーを遺憾なく発揮し、最終的に色彩的なポップスに昇華している。以後の2曲は、アルペジオを生かしたダイナミックなピアノの演奏、ゴスペルの敬虔な響きを擁するコーラス、あるいは古典的なソウルの影響を含めたメロウかつアンニュイな歌唱法というように、考えられるかぎりにおいて最も多彩なボーカルの形式を披露している。

 

上記の10曲を、最新アルバムの単なる付加物やスペシャル・エディションと捉えることは妥当とは言えず、アーティストにとって非礼となるかもしれない。既存のアルバムがコンテンポラリークラシック、ソウルという異なる形式を通して、新たな姿に生まれ変わったと見るべきか。

 


 

85/100