zakè 『B⁴+3 』- Review   アメリカのレーベルオーナー、ザック・フリゼルによる前衛的なアンビエントアルバム

 zakè 『B⁴+3 』

 

 

 

Label: zakè drone recordings

Release: 2024/03/08

 

 

【Review】



zakèはザック・フリゼル(Zack Frizzell)のアンビエント/ドローンの別名義であり、アメリカでは「Past Inside the Present」のレーベル・ボスでもある。反復と質感のあるアンビエントドローンが彼のオーディオ・アウトプットの真髄である。

 

ザック・フリゼルは、Pillarsのオリジナル・ドラマーとして活動し、以前、dunk!records / A Thousand Armsから「Cavum」をリリースし、高評価を得た。dunk!recordsからの初のソロ・リリースは、スロー・ダンシング・ソサエティとのコラボ・リミックス・トラックで、ピラーズの「Cavum Reimaged」2xLPに収録されている。


『B⁴+3 』は「煉獄状態におかれたまま」の状態を表しており、未完成のものをそのままにしておく。それはつまり、アルバムの音楽の向こう側に、余白や続きがあることを示唆している。zakèのアルバムでのアプローチは一貫している。グリッチノイズ、ヒスノイズ、ホワイトノイズをアンビエントやダウンテンポの中に散りばめ、精妙な感覚をドローン音楽の形で表現する。アウトプットの手法は、ニューヨークのラファエル・アントン・イリサリに近いものがある。

 

しかし、イリサリの最新リマスター作『Midnight Colours』がディストピアへの道筋を示したものであるとするなら、ザックのアンビエントはその先に続くユートピアへの道筋を暗示する。しかし、「人々が天国と地獄の中間にある煉獄に置かれたまま」と仮定するなら、このアンビエント作品は先見の明があり、理にかなったものだと言える。

 

どこまでも永続的であり、まったく終わることのない抽象音楽がリスナーの前に用意されている。多くのポピュラーやロックとは異なり、ザックの音楽は聞き手に1つの解釈を強制することはない。何かを強いるということは受け手の心を締め上げる行為である。


 

彼は、無限の選択肢を用意し、それを受け手に投げかけ、恣意的にその中にある解答を受け手に選ばせる。それが良いものなのか、悪いものなのかを決めるのは、受け手次第なのであり、無数の解答が用意されている。ある意味では、それは「受け手側が作り出した影の反映」とも言うべきものである。さながらブライアン・イーノが開発した「オブリーク・ストラテジーズ」や、ブラック・ボックスの中にあるカードを引くかのようでもあり、受け手次第により、音楽の意義も異なるものに変わる。zakèが差し出した7つの無色透明のカードに書かれている音楽的言語の意味がナンセンスと取るのか、それとも、有意義であるかを選ぶのは受け手次第である。音楽そのものが、受け手側の解釈や価値観、あるいは、意識がどの階層にあるのかによって、理解度や解釈が異なるのと同じように、zakèの音楽は1つの価値観にとどまることはない。

 

ただ、アルバムの中に流れる音楽が、何らかの意図に欠けたもので、設計もなしにランダムに制作されたと思うのは早計となるかもしれない。本作に流れるアンビエントは無限の時間の中に存在するように思える一方、地形的な起伏が設けられ、その中に複数のアクセントが置かれている。山岳地帯の精妙な空気感を反映したようなドローン・アンビエントの抽象的な音像の中には、デジタルの信号を刻した効果音(SE)が導入され、それが曲の中にアクセントをもたらしている。

 

アルバムの収録曲は、「記号論のアンビエント」として制作されており、仮に、1から7曲までを別のアルファベットや数字、ローマ数字に置き換えることも出来るかもしれない。少なくとも、アルバムの収録曲ごとに調性と雰囲気を変え、制作者が意図する「煉獄におかれたままであるということ」を段階的に表現しているということが、リスニングを通して伝わってくる。それは記号論的に言えば、AーGまでの7つの表層的な音楽が別の意図を持ち、異なる性質を持ち、そして、煉獄の中にある異なる段階を表しているとも解釈することが出来る。例えば「A」という階層に親近感を覚える受け手もいるだろうし、最後の「G」という階層に心地よいものを覚える受け手もいる。いわば受け手のアンテナの周波数の差により音の解釈が変わるのだ。

 

因数分解のような不可解な数式をタイトルに冠した曲は、例えば、他にもウィリアム・バシンスキーの『On Time Out Of Time(2019)』のクローズに収録されている「4(E+D)4(ER=EPR)」がある。また、数学的な周波数を元にグリッチを発生させるアーティストとして、パリを拠点に活動している池田亮司が挙げられる。これらのアーティストは、前の時代の黄金比や純正律といった音楽の音階の基礎を作り出した方法論に対し、新しい意義を与えようというグループである。zakèに関しても、同じように7つの曲の中で異なる調性の階層を設けている。良く聴くと、アンビエント・ドローンのアウトプット方式も若干異なることが理解出来るはずである。それは、グリッチノイズやホワイトノイズの出力方式、あるいは王道の抽象的なサウンドスケープを呼び覚ますためのシークエンス、パンフルートのプリセットをアレンジしたパッドの音色、そしてシンセの波形を操作し、パイプオルガンのような音色を作り、それらをスウェーデンのアーティストのように保続音として伸ばすというもの。このアルバムに収録された七曲それぞれに、ザック・フリゼルは異なる意匠を凝らし、バリエーションをもたらしている。


 

78/100