Phobe Go - Marmalade : Review  メルボルンのシンガーソングライターのデビュー作

Phobe Go 『Marmalade』

 

Label: Phoebe Go

Release; 2024/05/17

 

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 Review     メルボルンのシンガーソングライターのデビュー作

 


メルボルンのシンガーソングライター、フィービー・コックバーンはベッドルームポップやソフトロックを親しみやすいインディーロックとして昇華する。ロンドンのJapanese Houseを彷彿とさせる音楽性だが、彼女のポップセンスやメロディーセンスにはかなり傑出したものがある。


今、南半球のオーストラリアは、秋から冬にかけて準備中だ。「マーマレード」は秋を思わせる切ないインディーロック集で、その中にはアーティストの失恋や嫉妬にまつわるナンバーも収録されているという。アルバムのサウンドプロダクションの方向性は、ギターの簡素なコードやスケールを通じて、コックバーンのボーカルのエモーションを最大限に引き出そうと言うもの。ギターロックという聞き方もできるし、純粋なポップスとしても楽しめるアルバムである。

 

オーストラリアのシンガーやバンドに共通するキャラクターは、それほど凝りすぎないサウンドというか、サウンドスタイルのシンプルさにある。Middle Kids、Julia Jacklin、Gena Rose Bruce等のグループやシンガーに共通するのは、イギリスやアメリカの現代的なポップスを意識しつつも、時代を問わない普遍的な音楽性を提示しようという点にある。これはフィービー・ゴーのソングライティングにも共通している。


フィービー・コックバーンのソングライティングは甘酸っぱさのあるベッドルームポップの系譜にありながら、スネイル・メールの最初期のソングライティングを思わせるラフなギターロックを展開させる。ギターのノイズ性は極力抑えておき、ドラムのプレイもそれを補佐するに過ぎず、余計な脚色はほとんどない。


Tears For Fearsやダリル・ホールのようなライトなロック性を意識しているが、ボーカルの抑揚やニュアンスの変化と共鳴するようにして、ギターのディストーションが最大限に引き上げられる時、切ないエモーションがもたらされる。日常生活や人間関係の中で感じられた憂いをもとに中間域の感情にあるサウンドが構築され、ギターサウンドに引き立てられるようにし、曲そのものがより明るいプロセスへと向かっていく。それらの低い場所から高い場所へと上昇する瞬間にコックバーンの音楽の真髄があり、また、それはリスナーに深いカタルシスを呼び覚ます。


いわば、ミクロからマクロへのギターサウンドへ移り変わる瞬間が、このアルバムのハイライトとなりえる。こういったメリハリのあるギターロックは、簡単につくれるように思えるが、実際は複雑なサウンドを作るよりも難しい。それは音感の良さとセンスの良さが要求され、数あるうちの選択から、自分にとって最重要ではないものを、切り捨てないといけないからである。


事実、デビューアルバム『Marmalade』は、シンガーソングライターにとどまらず、ギタリストとしてのセンスも傑出している。過度な装飾を排したマスタリングは、むしろその歌声の持つ温かな情感を引き立てる役割を果たしている。曲の拍動に関しても一定で、さながら人間の鼓動を表すように波打つが、それほど大掛かりな起伏は設けず、アルバム全体にわたって緩やかなリズムを構成している。つまり、一見すると、なんの変哲もないポップ・アルバムのようなのだ。

 

でも、それは表面的な話……。にもかかわらず、アルバムのほとんどの曲で聴くことが出来るアーティストの日常的な出来事や恋愛観をもとにしたポップソングは、じわりじわりと胸を打ち、深い共鳴を引き起こす。ボーカルに関しては、ほとんどが語りかけるような囁きに近いミドルトーンで構成され、ファルセットはおろか、ミックスボイスが出てくるのはきわめて限定的である。しかし、フィービー・コックバーンの優しく語りかけるようなボーカルは、確かにグラミー賞クラスのスターシンガーとは明らかに異なるが、不思議なほど親近感が湧いてくる。コックバーンは無理に高音域を出さないことで、音楽自体を説得力溢れるものとしている。

 

アルバムの序盤は、夕暮れの憂いを思わせるような切ないミドルテンポのインディーロックソングとして始まる。「#1 Love You Now」は現代的なアメリカーナと米国のオルタナティヴロックに触発されたようなナンバーだが、フィービー・ゴーの歌声は情感に溢れていて、それらのエモーショナルな感覚が重要視されている。シンプルなラブソングとしても聴くこともできるし、その中に、少しラフなイメージのあるインディーロッカーとしても性質を読み取る事もできる。例えば、スネイル・メイルが、2016年のEP「Habits」、及び、2018年の『LUSH』で打ち立てたような高校の放課後に書かれたデモソングの延長線上にあるロックソングの爽快感を彷彿とさせる。これらは、ニュージーランド/クライストチャーチのYumi Zouma(ユミ・ゾウマ)のような洗練されたインディーポップと結びついて、親しみやすい曲として昇華されている。


若いミュージシャンの方が意外と古い音楽を熱心に聴いている印象もある。フィービー・ゴーは「#2 Something You Were Trying」では、80年代のAOR/ソフトロックの音楽性を基にし、それらをモダンな印象を持つベッドルームポップというかたちにアップデートしている。この曲には、Japanese Houseのようなライトなポピュラリティもあるが、クランチなギターがポップソングに力強さをもたらす。その中にオープナーと同様、センチメンタルであることをいとわないナイーブなボーカルが背景となるトラックと色彩的なコントラストを描く。この曲では、ダイナミックな印象を持つ比較的高いトーンのボーカルが披露されているが、それはむしろ背後のリバーブの効果と相まって、ドリーム・ポップのようなアブストラクトな陶酔感を呼び覚ます。 


「Something You Were Trying」

 


しかし、その後のタイトル曲では、ややウィスパーボイスに近い落ち着いた歌声を駆使し、ミドルテンポのインディーポップソングに戻る。フィービー・ゴーのソングライティングには米国のフォーク・ミュージックからの影響もあるかもしれないが、それは不思議とアメリカーナとはその印象を異にする。Camp Cope(既に解散)のようなエアーズロックの雄大な光景を思わせる”オーストラリアーナ”とも称するべき、独特なフォーク・ミュージックでもある。これらの曲は、やや地味な印象を受けるかもしれないが、良質なメロディーと渋いボーカルの組み合わせは、深いリスニングを試みた時、何かしら強固な感覚を呼び覚ますことがある。続く「#4  7 Up」は、一転して、ダンサンブルな軽快なナンバーで、雰囲気がガラリと一変する。しかし、ビートを意識したとしても、ギターサウンドとボーカルのメロディーという点に重点が絞られていることに変わりはなく、ギターの録音の細かな組み合わせがほのかな心地よさをもたらす。

 

「#5 Stupid」ではアコースティクギターの繊細なアルペジオを基底にして、ナイーブな感覚を持つフォークソングを書いている。デモソングの延長線上にある曲と思われるが、シンプルな演奏の中に見えるボーカルのニュアンスの中に非凡なセンスが表れている。シンプルなポップソングを書こうとも、優れたコード感覚とメロディセンスがキラリと光る。「#6 Good Fight」も同系統にあり、クランチなギターを強調し、エモーショナルな雰囲気を生み出す。この曲を聞くかぎり、90、00年代頃の男性のバンドのギターロックやオルタナティブロックは、今や女性シンガーソングライターの多くに、そのバトンが引き継がれたという印象を受けざるを得ない。


これらの内省的な雰囲気を持つインディーロックソングは、スターシステムの対極に位置し、自らの弱さや脆さを受け入れないと生み出されない。それは人間性として語るなら、弱さの背後に隠れた強さでもある。そして、これは実は、最近の女性シンガーが一番得意とするところである。アルバムの7曲目に収録されているプレビューシングルとして公開された「Leave」は、繊細さと大胆さを兼ねそなえた素晴らしいインディーロックソングである。アルバムのクローズ「#8 Rainbow」では、曲のポピュラリティとシンプルさを重視しつつ、軽快なソングライティングを行っている。一貫して、虚栄心が感じられず、シンプルに音楽を楽しんでいる印象があるのが◎。それは結果的に、音楽の持つ純粋な楽しみを呼び覚ましてくれることがある。


『Marmalade』はデビュー作ではあるものの、ソングライターとしての明るい未来を約束するものである。一歩ずつ地面を踏みしめるような軽快なビート、センチメンタルさやナイーブさを思わせるボーカルが掛け合わされ、そして、ギターサウンドが激しさを増すとき、切ないような共感性が呼び覚まされる。


それは、シンパシーを越えた"エンパシー"の感覚に近い。フィービー・ゴーが果たして、どのような感じでソングライティングを行っているのかまではわからないが、少なくともアーティストのスタンスとして、大多数のマジョリティの感覚に無理に迎合するのではなく、主流派から少し距離を置いたポジションを取っているように思える。それは同時にミュージシャンとしての信頼性を意味するのではないでしょうか。

 

 

85/100
 

 *掲載時にタイトルに誤りがございました。訂正とお詫び申し上げます。


 

Best Track-「Leave」