Ezra Collective 『Dance, No One’s Watching』
Label: Partisan
Release: 2024年9月27日
Review
ロンドンのジャズ・コレクティヴは、前作アルバムで一躍脚光を浴びるようになり、マーキュリー賞を受賞、もちろん、海外でのライブも行い、ビルボードトーキョーでも公演をおこなった。このアルバムは、彼らのスターダムに上り詰める瞬間、そして、最も輝かしい瞬間の楽しい雰囲気を彼らの得意とするジャズ、アフロソウル、そしてダンスミュージックでかたどっている。エズラ・コレクティヴの最高の魅力は、アグレッシヴな演奏力にあり、それはすでにライブ等を見れば明らかではないだろうか。巧みなドラム、金管楽器のユニゾン、そして旧来のソウルグループのような巧みなバンドアンサンブル、これらを持ち合わせている実力派のグループ。
もちろん、コルドソという演奏者の影響も見逃せない。彼がもたらすアフロソウル、あるいはファンク、ジャズ、ヒップホップの要素は、このコレクティヴの最大の長所であり、そしてイギリスの音楽は、スペシャルズの時代からずっと人種を越えたものであることを示してみせた。最近では、実は週末になると、プレミアリーグに夢中になるというコルドソであるが、この2ndアルバムで追求したのは、ジャズやソウル、ファンク、スカといった要素を取り巻くようにして繰り広げられるサーカスのように楽しいダンスミュージック。ただ、最もファースト・アルバムと厳密に異なる点は、ライブ向けの音楽であること、そして、シンプルさや単純さにポイントが置かれているということだろう。このアルバムではあえて、彼らのテクニカルな演奏の側面を抑えめにして、聞き手にビートとグルーヴをもたらし、どうやって自分たちのダンスの感覚と受けての感覚を共有させるのかという箇所に録音の重点が置かれているように思える。
前作に比べると、ビルボード贔屓のアルバムになったことは彼らの感謝代わりで目を瞑るしかない。しかし、このアルバムが、前作の音楽を薄めたポピュラーアルバムと考えるのは早計に過ぎるかもしれない。例えば、アルバムの冒頭の「Intro」を聴くと分かる通り、ダンスフロアのむっとした熱気を録音で伝え、そこからジャズのストーリーが始まる。スカのリズムはその前身であるカリプソのようなエキゾチックな空気感を持ち、やはりレコーディングにはブラックミュージックの雰囲気が漂っている。そして彼らは前作のアフロジャズの要素に加えて、キューバや南米の音楽性を今回付け加えている。そしてクンビアのようなアグレッシヴなリズムは音楽そのものに精細感と生きた感覚を付与している。続く「The Herald」でも、南米の情熱的なビート、そしてダンスの音楽性をベースにやはりリアルな感覚に充ちたジャズソングを作り上げていく。これは実は他のグループには出来ないエズラコレクティヴのお家芸なのである。
そしてジャズバンドとしてのセッションの面白さや楽しさを追求したような曲も見出される。「Palm Wine」はファンクバンドとしての性質が強く、ブラック・ミュージックの70年代のコアな魅力を再訪している。もちろん、ジャズの要素がそれらの音楽性にスタイリッシュな感覚を添えているのは言うまでもない。
また、今回のアルバムでは、アグレッシヴな側面のみならず、しっとりとしたメロウさが組み込まれている。「cloakroom link up」こそジャズバンドとしての進化を証だて、オーケストラストリングスの導入等、彼らが新しいステップへ歩みを進めたのが分かる。序盤で最も注目すべきは、UKのレゲエ・シーンの新星、Yazmin Lacey(ヤズミン・レイシー」が参加した「God Gave Me Feet For The Dancing」である。この曲では、ダンスという行為が神様から与えられたことに彼らが感謝し、そして、それらを彼らが得意とするアフロジャズによって報恩しようとする。自分たちに与えられた最善の能力を駆使して、感謝を伝えることほど素晴らしいものはない。実質的なタイトル曲は、エズラ・コレクティヴらしさが満載で、それはダンスの楽しさを、ドラム、ベース、ホーンを中心に全身を使って表現しようとしているのである。
「Ajala」「The Traveller」「in the dance」、「N29」は連曲となっていて、彼らがクラシック音楽の知識を兼ね備えていることを象徴付けている。この曲では、アフロジャズというよりも、クンビアのような南米音楽をベースにし、自由闊達で流動的なセッションを繰り広げる。ライブ・バンドとしての凄さが体感出来、それらを艷やかなホーンセクションで縁取ってみせている。バンドアンサンブルとしては、ファンクのノリを意識し、演奏のブレイクの決めの部分、音が消える瞬間やシンコペーションの強調等、豊富な音楽知識を活かし、グルーヴの持つ楽しさやリズムの革新性を探求している。連曲である「The Traveller」は同じモチーフを用いて、バンドの演奏においてリミックスのような技法を披露している。アグレッシヴな感覚を持つ前曲と同じ主題を用いながら、エレクトロニクス、ファンクのリズム、そしてレゲエやスカのリズムを総動員して、ダンスミュージックの未来を彼らは自分たちの演奏を通して見通そうとする。続く「in the dance」は流麗なオーケストラストリングスを主体として、ストーリー性のある音楽に取り組んでいる。バイオリン(ビオラ)、チェロのパッセージは美麗な対旋律を描き、オーケストラジャズとも呼ぶべき、ガーシュウィンの作風をモダンに置き換えたかのようである。「N29」はドラムとベースのファンクのリズムを中心として、Pファンクに近いリズムを作り上げる。ブーツィーコリンズのようなしぶといベースに迫力味があり、ドラムと合わせてこの曲をリードしていく。彼らは演奏を続けるなかで、最も心地よい瞬間、そして最も踊れる瞬間を探し当て、それらのグルーヴを奥深い領域まで掘り下げていこうとするのである。これはエズラ・コレクティヴの作曲が、あらかじめ楽譜で決まっているわけではなく、インプロヴァイゼーションに近いものではないかと推測させるものがある。そしてそれは実際的に音楽の持つ自由な雰囲気、そしてもちろん開放的な音を呼び覚ます力を持ち合わせている。
ボーカルを主体にしたポピュラージャズというのは前作でも一つの重要なテーマだったが、今作でもそれは引き継がれている。オリヴィア・ディーンが参加したもう一つのタイトル曲「No One's Watching Me」では、ソウルやR&Bに傾倒し、彼らがバックバンドのような役割を果たす。オリヴィア・ディーンのメロウで真夜中の雰囲気を持つ艷やかなボーカルにも注目だが、エレクトリック・ピアノ(ローズ・ピアノ)、エネルギッシュなトロンボーン、トランペット、そして、それと入れ替わるようにして加わるディーンのボーカル、これらは時代こそ違えど、ビックバンドの現代版のような趣を持ち、カウント・ベイシーのように巧みだ。音楽的には南米音楽の色合いが強く、キューバ、カリブ海周辺の熱情的な音楽の気風が反映されている。一曲の間奏曲を挟み、「Hear Me Cry」ではサンバのリズムを用い、ドラムのロールを中心にどのような即興的な演奏が行えるのかを実験している。それは背後の掛け声の録音と合わせて一つの流れを形作り、最終的にはキューバンジャズのようなエキゾチックな音楽へと繋がっていく。同じく、異なる地域のリズムや音楽の混淆というのが、アルバムのもうひとつの副題であるらしく、これはエズラの今後の重要なテーマともなるだろう。「Shaking Body」ではスカやレゲエ、そしてサンバのリズムを組み合わせ、独特なビートを作り上げている。これらは旧時代のフリージャズのリズムの革新性の探求の時代を思わせ、それらを現代のバンドとして取り組もうというのである。しかしこの曲もまたポピュラー性にポイントが置かれている。アルバムの最もエキサイティングな瞬間は続く「Expensive」で到来する。エズラ・コレクティヴは実際に何かを体験してみることの大切さを音楽によって純粋に伝えようとしている。
アルバムの終盤に差し掛かると、かなり渋めの曲が出てくる。「Street Is Calling」はクラッシュに因んだものなのか、レゲエやスカの音楽がストリートのものであることを体現している。もちろん、それらの70年代の音楽をベースにして、ヒップホップの要素を付け加えている。スカ・ラップ/レゲエ・ラップとも呼ぶべきこの音楽は、たしかに英国の音楽を俯瞰してみないと作り得ないもので、古典的なものと現代的なものを組み合わせ、新しい表現性を生み出そうという狙いも読み取ることが出来る。本作のなかでは最もブラックミュージックのテイストが漂う。最後の間奏曲を挟んだあと、このアルバムは驚くほどリスニングの印象を一変させる。つまり、アルバムの最初の地点とゴールは音楽的にかなり距離が離れていることに思い至る。
「Why I Smile」は本作の冒頭の収録曲と同じく、ジャジーな雰囲気のナンバーであるが、その一方でニュアンスは少し異なる。古典的なジャズやソウルの演奏を元にした序盤とは異なり、アンサンブル自体は、エレクトロジャズ/ニュージャズ、つまり北欧のジャズに近づく。この点に、エズラコレクティヴの狙いが読み取ることが出来る。それは、古典的なものから現代的なものまでを渉猟するという意図である。これはまるで、時代もなく、地図もない、無限のジャズのフィールドを歩くような個性的なアルバムということが分かる。そしてまた、ライブの空気感をかたどった曲もある。「Have Patience」は、ブルーノートのライブのような雰囲気が漂い、テーブル席の向こうにエズラ・コレクティヴのライブを眺めるかのようである。そしてアルバムのクローズではさらに渋く、深みのあるジャズの領域に差し掛かる。この曲のイントロはジャーレットのライブのような雰囲気を持ち、ホーンセクションのアンビエントに近いシークエンスにより、うっとりとした甘美さが最高潮に達する。この曲はアグレッシヴな側面を特徴としていた前作にはなかったもので、エズラ・コレクティヴの新しい代名詞とも言える。
『Dance, No One’s Watching』は人目を気にせず純粋に楽しむことの素晴らしさを伝え、そしてジャズの新しい表現を追求しようとし、さらには、ストーリー的な意味合いを持っている。この3つの点において革新的な趣向がある。前作より深い領域に差し掛かったのは事実だろう。現時点では、南米的な哀愁がエズラ・コレクティヴの最大の持ち味ではないかと思われる。すべて傑作にする必要はないけれども、このあとに凄いアルバムが出てきそうな予感がする。
88/100
Best New Track- 「Everybody」