Gabriel Brady 『Day-Blind』 ハーバード大学寮で録音されたクラシック、映画音楽、ジャズ、エレクトロニックをクロスオーバーする実験音楽集
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Label: Tonal Union
Release: 2025年6月13日
摩訶不思議な音楽世界を作り出すガブリエル・ブレイディに注目したい。2025年にミュージシャンとしてデビューしたてのプロデューサーは、ハーバード大学の寮の寝室で録音されたデビューアルバム『Day- Blind』を今年6月にリリースします。彼は、ヴァイオリン、ピアノ/ローズ・ピアノ、ギリシアの弦楽器、ブズーキを演奏するマルチ奏者である。
アンティークなピアノ、アトモスフェリックなアンビエント風のシークエンス、モーフィングした波形を駆使したディレイ風のサウンドエフェクト、シンセやフェンダーのローズ・ピアノをアトモスフェリックに配して、独特な実験音楽の世界を構築している。まるでそのオルゴールの音色は、バシンスキーの『Melancholia』のようにメランコリックに響き、聞き手の興味を惹きつけてやまない。
アンビエントを志向したアルバムのように思えるかもしれないが、フランス映画のサウンドトラックからの影響は、ガブリエル・ブレイディの音楽に奥深さを与え、まさに聞き手がついぞ知り得なかった領域に誘うかのようである。ヨーロッパのモノクロの映画、あるいは、パリの映画音楽の音の世界の奥底へと聞き手をいざなう。全体的な音楽は、原初的な実験音楽のように聴こえるが、イタリアやフランスといった、ジャズやオーケストラ音楽の影響を受けた地域の音楽がアトモスフェリックに加わり、モノクロ映画のワンシーンのような瞬間を呼び起こす。
前の年代の音楽を愛する者にとって、旧来の時代の音楽を演奏したりすることは言葉に尽くしがたいロマンチズムがある。その時代の音楽を忠実に再現したとしても、どうあろうと同じにはならず、新しく別の形に生まれ変わる。そして、矛盾撞着のように思えるかもしれないが、私たちの生きている時代よりも以前の音楽ーー私達が実際には耳にしたりできないものーーその実態は現代的な視点から見ると、現在の音楽よりもあざやかな生命の息吹を得る場合がある。
形而下の領域においては、生も死も存在せず、そしてもちろん、時間という概念も存在しない。そしてそれこそが、私達の生きている世界から見ると、背後の影のように、どこかに無辺に広がっていることに気づく。まさしく、ブルトンの提唱した”シュールレアリスム”という概念は、我々が住まう生の領域から離れて、それとは異なる形なき領域に近づくことを意味していた。
ガブリエル・ブレイディの音楽もまたシュールレアリズムの概念によく似ている。ギリシアの弦楽器、ピアノ、ローズ・ピアノというように、時代を問わぬ楽器を幾つも演奏し、時代が定かではない音楽を作り上げる。幼いときにはあったもの、年を取るごとに忘れたもの、それを彼は音楽を通じて思い出そうとする。あるいは、その神秘性の一端に音楽を通じて触れようとする。
ブレイディの音楽の賛嘆すべき点を挙げるならば、多次元的な性質を持つということ。言い換えれば、多面体の音楽を彼は難なく作り出してしまう。これまで作曲の世界において、数奇な作曲家やプロデューサーが何人かいて、彼らは驚嘆すべきことに複数の要素を図面のように同時に組み立てられる。間違いなくガブリエル・ブレイディはこのタイプの制作者ではないかと思われる。
『Day-Blind』は聞き方によっては、エイフェックス・ツインに近い音楽性を感じる。それは初期のアンビエントというよりもケージやクセナキスを経た後の実験音楽の時代である。ブレイディはミュージック・コンクレートを用い、自分で演奏した音源をリサンプリングする手法を駆使している。という面では何度も録音を繰り返しながら、最適な音楽を手探りで探していくという制作スタイルである。
これは例えば、ロスシルのような現代的なエレクトロニックのプロデューサーと同様である。しかし、ブレイディが音楽で体現させるのは、失われた時代への憧憬。それは私達のいる現代的な空間やバーチャル、もしくはソーシャルのような世界とは対極に位置している。若い世代の人々がノスタルジアに心を惹かれるのは、現代社会にはない神秘性がそこに遍在するからだ。
『Day-Blind』は、ミニマリズムに根差したループサウンドも登場するが、基本的には断片的であり、決められた構成もなく、音の流れのようなものが現れたと思えば、すぐにたち消え、それと立ち代わりにまた別の音の流れが現れる。そして、それは同じタイプの音楽にはなることはあまりない。宇宙の生々流転を音楽に描くように、神秘的な音楽がどこからともなく立ち現れ、テープループのようなアナログの形式のレコーディングや、デチューン、フィル・スペクターが追求したエコーチェンバーなどを取り入れて、特異なレコーディングシステムを組み上げる。それはアンビエントに聞こえたかと思えば、賛美歌のように聞こえ、ジャズにもなり、そして、映画音楽にも変化することもある。多面的な音楽と述べたのは、こういう理由なのである。
その中で、音楽における有機的な役割を発揮する瞬間がある。サティをはじめとする近代フランス和声に触発された色彩的な和音を生かしたローズピアノの演奏(オルゴールのような音色)、ギリシアの民族楽器、ブズーキがもたらすエキゾチックで楽園的な音楽、祝祭的に鳴り渡るシンセ、それらをトーンクラスターの手法で破砕するデチューンの構成など、実験音楽の性質が色濃い。同時に、音楽的な心地良さはうっすらと維持されている。こういった中で、聞き手の中にあるノスタルジアを呼び覚ます安らかな電子音楽「Womb」、そして、制作者が強い影響を受けた20世紀のフランス映画のように、ジャズとポップスの融合を実験音楽として濾過した「Streetlight」が本作の中で興味を惹かれる。ジャジーな響きをコラージュ的なミュージックコンクレートの手法を用い、うっとりするような映像的な音楽に内在する耽美的な世界を探求しつくし、それと同時に実験音楽やジャズのアプローチによって映画音楽を斬新に解釈している。
最近の電子音楽の流れはアコースティック楽器やボーカルを制作者が録音し、リサンプリング(再構成)するのが日常的になっており、電子音だけで制作されることは減少しつつある。そして電子機器そのものが、チェンバー(音響の拡張装置)のような役割を担うことが多くなって来た。こういった音楽を若きプロデューサーが大学寮の寝室で作ってしまうことに感動を覚えた。レーベルオーナーのアートキュレーターとしての性質を的確に反映させた魅惑的なアルバム。
Gabriel Brady
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ガブリエル・ブラディは、米国バージニア州アレクサンドリア生まれで、現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住のアメリカ人作曲家・音楽家。
ブレイディは、フランスの古い映画音楽のメロディーの感性に惹かれ、そのメロディーの暖かな真摯さ、そしてそのような音楽が生み出す完全で無媒介な感覚に惹かれる。『Day-blind』では、ブレイディの作品は常に平穏と緊張感に包まれている。
彼自身の鋭敏な音楽的感性を喚起的なヴォイシングで表現することで、ブレイディは現実を一瞬にして解体し、ゆがめ、再構築し、アルバムの不思議なタイトルが暗示するように、知覚と私たちの存在意義について疑問を投げかけている。7つのヴィネットを通し、ブレイディが超越的なものとの日常的な出会いを可能にすることで、『Day-blind』は鮮やかな生命を躍動させる。
ギリシャのブズーキ、散発的なピアノ、ヴァイオリンが織り成す甘美なテクスチャーと調和のとれたメロディーの相互作用を通して、ヴァージニア州アレクサンドリア生まれの謎めいたミュージシャン、ガブリエル・ブラディは、Tonal Unionからリリース予定の艶やかなアルト・アンビエント/アルト・フォーク・デビュー作『Day-blind』で、大胆なまでにシンプルに日常を嘆いている。
フランスの古い映画音楽、ミシェル・ルグランやジャン・コンスタンタンの音楽や、ドビュッシー、サティ、ラヴェルのシンプルな美しさに惹かれたブレイディは、メロディに対する温かな真摯さ、そしてそのようなスコアやオーケストレーションが生み出す完全で無媒介なフィーリングにインスピレーションを得たという。
マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学の寮の寝室で作曲・制作されたこの作品は、オーガニックな楽器(ヴァイオリン、ブズーキ)を録音し、それをコンパクトなモジュラー・シンセに通すことでサウンド・チェンバーとして機能させ、ループ、エフェクト、テクスチャーなどの操作を加えている。『Day-blind』では、日常を理解しようと努力するあまり、ブレイディの作品は常に静寂と緊張感に包まれている。
「日常生活は深い苦痛と憂鬱の源であり、強烈に不穏で鈍く鉛のようなものであることもあれば、深い安らぎと今この瞬間への意識的な同調の場であることもある」
ウージーなオープニングの「Womb」は、2つのシンプルなコード、穏やかなピアノの間奏、白昼夢のような状態を誘発する粒状のテクスチャーを交互に繰り返す質感のあるシンセのうねりによって、深く個人的な感情空間にアクセスする。
「Ordinary」は、ウーリッツァー(フェンダーのローズ・ピアノ)の哀愁を帯びたコードで構成された2つのキーセンターの間を、意図的にゆったりとしたテンポで流れていく。ブレイディは、ジャン・コンスタンチンの『400 Blows』のスコアのような映画的な音色に惚れ込み、憧れを表現するようになった。
「Attune」は、スローダウンしたシンセサイザーとブズーキで始まり、ループさせ、ディレイをかけ、再合成し、ブレイディが重心を移動させることで、アコースティックとエレクトロニックの奇妙だがシームレスな融合を生み出している。このような意図的な介入は、普通の楽器を馴染みのないものにし、その出所や由来を容易に分からなくすることで、連想の空白をなくす。
『Day-blind』もまた、記憶、ノスタルジア、メランコリアというテーマを探求しており、そのローファイで親密かつ繊細な性質から発している。ブレイディは、ディレイ、テープループ、ディケイという霞んだ煙幕を通して、切ない憧れと孤独なノスタルジアという、ポスト・モダン時代の典型的なジレンマについて考えている。
カルマン・シュトラウスが演奏する泣きのヴァイオリンのメロディをはさみ、ピッチシフトと変速のピアノが素っ気なく内省的な「Streetlight」、重くフィルターがかかったループ・ピアノとリズミカルなパルスが再構築的な「Untitled」に続く。「Ambrosial」は、イーノの『アンビエント4』のコラージュ技法に似たゆるやかな音素材を組み合わせた、最もテクスチャーに富んだトラックで、スポットライトを落として幕を閉じる。-レーベル提供のプレスリリースより
Gabriel Bradyのアルバム『Day-Blind』はTonal Union(UK)から6月13日にリリースされます。