New Album Review:  Alex G 『Headlights』

 Alex G 『Headlights』

 

Label: RCA / SONY MUSIC

Release:  2025年7月18日


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Review

 

『God Save The Animals』から3年を経てリリースされたフィラデルフィアのシンガーソングライター、Alex Gの新作『Headlights』は、近年の男性ミュージシャンの中でも傑出した作品である。この作品を機にイギリスのDominoからアメリカのRCAへとアレックスGは移籍している。前作ではアメリカーナやフォーク・ミュージックをベースに温和なロックワールドを展開させたが、それらの個性的な音楽性を引き継いだ上で、ソングライティングはより円熟味を増している。現代的なポップ/ロックミュージックの流れを踏まえた上で、彼は普遍的な音楽を探求する。

 

前作アルバムはくっきりとした音像が重視され、ドラムがかなり強めに出力されていたという点で、バンド性を重視したアルバムではなかったか。その中で幻想的なカントリー/フォークの要素をもとにした、ポピュラーなロックソングが多かった印象を覚えた。最新作では前作の延長線上を行きながらさらに深い領域に達した。円熟味のあるソングライティングが堪能できるはず。


しっとりとしたアコースティックギターで始まるフォークバラード「June Guitar」はエリック・クラプトンの「Pilgrim」を彷彿とさせる渋く哀愁のあるバラードソングに近い。前作よりもギターの音像がクリアに浮かび上がり、弾き語りの形式でこのアルバムをリードする。ドラムもまたボンゴのような打楽器を使用し、ボーカルやギターのメロディーが浮かび上がるように配慮されている。そして、アレックスGのボーカルが入ると、面白いように音楽の世界が広がっていく。


間奏には蛇腹楽器の音色を取り入れたり、女性ボーカルが入ったりもするが、その中心となっているのは、長調と短調を行き来する巧みなコード進行、そして、商業音楽の基礎的な半音階進行(C#から半音階ずつ降りていく)である。これらが一緒くたとなり、開放的な印象を持つフォーク・ロックの境界線がゆっくりと押し広げられていく。ポピュラーソングのお手本ともいうべき見事な楽曲ではないか。

 

新しい音楽性を垣間見せたあと、「Real Thing」では、『God Save The Animals』の作風の延長線上にある音楽性が選ばれている。しかし、カントリーをベースにしたギターの奏法には磨きがかけられ、ギターの弦でリズムを取る音ですら、調和的な響きに聞こえてくる。しかし、この曲では、明らかに前作とはボーカルスタイルが異なるのに気がつく。繊細性や脆弱性を押し出した男性シンガーにしか紡ぎ得ない哀愁や切ないメロディーをさらりと歌い上げている。

 

二曲目で聞こえるようなフォークロックソングは、落ち着いた印象をもたらしてくれる。また、アコースティックギターの演奏にピアノ/シンセの音色が加わるとき、この曲はバラッド的な性質を持ち、切ないセンチメンタルな性質を帯びる。アレックスのギターロックは夕暮れの国道や幹線道路、パーキング沿いにあるモーテル、そういったアメリカ的な情景をありありと思い浮かばせる。歌も魅力なのだが、同時に、バックストロークのギターの演奏も聞かせるものがある。高音部の繊細なピッキングのアルペジオは、この曲にリズム的な効果を及ぼしている。

 

一転して、ドラムが強めに出力される「Afterlife」は民族舞踊のような音楽性が色濃い。単なるアメリカの伝統音楽というより、ケルト民謡かヨーロッパの舞踏音楽のような陽気さがある。これらは従来のアメリカーナやカントリー/フォークの形式にとどまらず、民族音楽の資質が彼のソングライティングの中に現れた瞬間だ。


バンジョーのように高音域を強調付けるギター、及び、アコースティギターの多重録音は重層的なハーモニーを生み出している。そしてアレックスのボーカルはおそらく、70年代や80年代のロックやポピュラーをベースにした歌唱法であり、これらがこの楽曲に普遍的な意味合いをもたらしている。


アレックスGは音域が広いシンガーで、アルバムの冒頭部からアルトの領域からソプラノに近い音域を華麗に歌い上げる。楽曲の後半では、祝祭的な音楽性が強まり、民族舞踊の要素はAORの要素と組み合わされ、華やかなアウトロを形成している。一つの音楽主題の変遷の流れを楽しめるにちがいない。

 

Alex Gは、自分自身でも比較的高い音域を歌いこなうシンガーであるが、このアルバムでは自分の音域ではカバーしきれない箇所を女性シンガーに任せることがある。対象的に、「Beams Me Up」では、瞑想的なフォークロックを選んでいる。アコースティックギターと歌がメインであるのは事実だが、ピアノのグリッサンドを用いたりと、様々な工夫が凝らされている。これらが北部とも南部とも西海岸ともつかない70年代風のフォーク・ロックの楽曲と組み合わされ、さらに重厚なコーラスが入ると、この曲は次第に瞑想的な領域にまでたどり着く。


自分自身の声に合わせて、どことなく幻想的でファンシーな印象を持つ女性コーラスを背景に、着想を徐々に押し広げていき、ファンタジックな雰囲気を持つフォークソングを作り上げる。この点はアルバムのアートワークのイメージと音楽性が上手くリンクした瞬間だ。また、70年代のフォーク・ロックにとどまらず、90年代のブリットポップのような音楽性が中盤から強まる。部分的にはオアシスのような存在に対するリスペクトが含まれている気がする。そういった中で、2分後半からはアメリカーナやカントリーの印象が強まり、奥深い感覚に到達している。


「Afterlife」

 



続く「Spinning」には深い感銘を受けた。 オアシスの最初期のような憂いにあふれたイントロのギターのアルペジオに始まり、バッキングギターと自身のボーカルのファルセットを中心として次第にダイナミックな展開を辿る。アコースティックギター、そしておそらくエレクトリック二本以上の多重録音については、特にギターサウンドに対するこだわりを感じさせる。そしてアルトの音域のボーカルからソプラノの裏声の音域へと音階跳躍する瞬間に奇妙なカタルシスが発生する。いわば暗い心情から一瞬で切り替わり、祝祭的に鳴り響くサビの導入部が劇的である。サビでは音階が跳躍するという商業音楽の基礎的な作曲技法を踏まえた素晴らしい一曲。また、チープ・トリックの系譜にあるメロディーメイカーの才覚を見出すことも出来る。

 

「Louisiana」では、まるで田舎の小屋で録音したようなローファイでガレージなロックソングを聴くことが出来る。この曲はアルバムの中盤までにかけてアーティストの趣味性が反映されている。マック・デマルコのようなフォーク・ロックとして聴くことも出来るが、全体的にはサッドコアやスロウコアのような音楽性が滲み出ている。この点では、Homeshakeのような音楽性に近接している。また、前衛的なロックミュージシャンとしての姿もわずかに見いだせる。「Bounce Boy」では遊び心あふれる音楽を楽しめる。シンセロックやダンス・ミュージックを宅録のような感じで処理して、果敢なチャレンジを行っている。シーケンサーのサンプリングを徹底して活用した曲で、属に言われる「コラージュ・サウンド」として楽しむことが出来る。

 

その後の収録曲の流れは見事としか言いようがない。再び、アメリカーナやカントリー/フォークを中心とする音楽的な主題に戻り、「Orange」では、アルバムの冒頭で聞けるような幻想的で心地よいフォークサウンド、さらに、アメリカーナの歌唱を維持した上で、続く「Far and Wide」ではストリングスを取り入れ、アメリカの民族音楽的なルーツに迫る。この曲の中には小さい子が聴くようなアメリカの民謡の要素が含まれ、それらがギターロックやオーケストラと融合している。特に、最近のRCAが得意とするフィル・スペクター級のオーケストレーションに注目したい。曲の終盤では弦楽器がレガートからピチカートへと変わり、ダイナミックな変遷を描く。ビートルズの「The Long And Winding Road」のチェンバーポップの進化系が示されている。


そういった流れに導かれるようにしてタイトル曲「Headlight」が現れる。これはまるで暗闇の向こうから車のヘッドライトの照らし出され、不思議な光景が出現するかのようでもある。それらはやはり、アレックスの得意とするカントリー/フォークとロックの合体という形式を見いだせる。しかし、ファジーかつウージーなギターに、マカロニ・ウェスタンのような独特な雰囲気が滲み出ている。まるで現代から西部劇のムービーを見るようなユニークな雰囲気が込められている。それらの雰囲気を湧き立てるように、アコーディオンのような楽器の音色が響く。

 

 アルバムの終盤の二曲も聴き逃がせない。ジャズ風のピアノと女性コーラスをゴスペルのように配置した曲もまた、アレックスの意外性に富んだ音楽性を象徴付けるものである。次から次へと予測しえない音楽が登場するという点において、このアルバムはミュージシャンとしての冒険心のようなものが現れ出た瞬間なのではないかと思われる。本作のクローズ曲にはライブ曲が収録。「Logan Hotel(Live)」では70年代のフォーク・ロックの音楽性が色濃いが、アレックスの曲はそれらの音楽の普遍的な側面にスポットライトを当てている。最近の男性シンガーソングライターの作品の中では傑出している。RCAに移籍して早くも結果を出した形になった。

 

 

 

 

86/100 

 

 

 

「Spinning」

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