Bret McKenzie 『Freak Out City』
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Release:2025年8月15日
Review
ニュージーランド出身のシンガーソングライター、ブレット・マッケンジーは、良質なポップ・ミュージックを制作することで知られている。前作はビリー・ジョエル風のピアノバラードが中心でしたが、このアルバムは、楽しげでダンサンブルな音楽性で暑い夏を彩っています。
ニューアルバム『Freak Out City』は、ロサンゼルスとニュージーランドの両方でレコーディングされ、ブレットと長年のコラボレーターであるミッキー・ペトラリアが共同プロデュースした。
このアルバムでは、70、80年代のブルーアイドソウルが彼持ち前の良質なメロディセンスと融合している。オープニングを飾る「Bethnal Green Blues」は、ビートルズやマージービートなどで知られる弾みのあるエレクトリック・ピアノに合わせて、ブレット・マッケンジーのややソウルフルな歌声が披露される。聴いていると、なんだかシンガーの雰囲気に釣り込まれて楽しげな気分になるでしょう。 気持ちがほんわかするようなハートウォーミングな楽曲です。前回のアルバムはソロシンガーとしての作品でしたが、今回はバンドアンサンブルの性質がより強調されています。ブレットのボーカルだけではなく、バンドとしての演奏も粋な雰囲気がある。和やかに始まったこの一曲目だが、2分半頃からほろりとさせるような切ないハーモニーが顕著になる。ビートルズタイプのメロディは、喩えれば「煙に目が染みる」かのようである。この曲では、人生の中にある悲喜こもごもを巧みなソングライティングによって体現しています。
ブレット・マッケンジーは俳優/コメディアンとしても活動してきましたが、コメディ番組で使用されるような曲もある。タイトル曲「Freak Out City」はその好例でしょう。 おどけたようなエレクトリックピアノの演奏を取り巻くようにして、マッケンジーはボーカルと語りの中間に属するユニークな歌声を披露しています。ジャズの要素も含まれていて、それがコミカルな音楽と結びつき、軽快な音楽に昇華されている。曲の展開にはコミカルな笑いがあり、ホーンの後に抑揚のあるボーカルがユニークに続く。音楽はサーカスのようにアトラクティヴになり、音楽の楽しい側面が強調されます。そういった中で、渋いジャズフォークバラード「The Only Dream I Know」が鋭いコントラスを描く。女性ボーカルとのデュエット形式の曲は、浜辺のランデブーのように温和な空気感に浸されている。アコースティックギターの演奏とデュエットの歌が折り重なるようにし、伸びやかなハーモニーを作り上げている。海辺の夕陽のような美しさ。
70年代のByrds、Mott The Hoopleのようなブルース色の強いフォークロックが現代的に復刻されている。それらのリバイバルに属する渋いフォーク・ロックがこのアルバムの中盤の核となる。「All The TIme」はブルージーなロックで、サザン・ロックの色合いをどこかに残している。エレクトリックピアノとアコースティックギターがブレットのビートルズ・ライクなボーカルとうまく融和しているのを感じました。とりわけ、新しい音楽のタイプではないですが、こういった曲にはなぜか懐古的なノスタルジアを感じ、そしてほんわかしてしまうものがある。
前作のアルバムより音楽性が幅広くなり、音楽的な楽しみも増えたように思えます。例えば、南米かカリブ地域の伝統音楽のような要素が、これらのフォーク・ロックと結びつくことがある。「That's The Way that World Goes Round」は、Buena Vista Social Clubのようなキューバ音楽、フォークやロックが結びつき、マッケンジーのブルーアイドソウルに根ざした温かさのある歌声と混ざり合う。この曲に含まれている複数の地域の伝統音楽の融合は、最終的にジャジーな雰囲気を持つムード音楽として導きだされます。楽器としては、金管楽器やマラカス、ボンゴの演奏を取り入れることで、音楽性に奥行きを与えています。この曲は、最終的には、フォーク、ソウル、ロックを越えて、ビッグ・バンドのようなジャジーな音楽にたどり着きます。デューク・エリントンやカウント・ベイシーほどには派手ではないものの、それらに比する楽しげなジャズやエスニックの雰囲気を伝えようとしています。 ボーカルのコーラスもかなり楽しい。
ブルースロックやサザンロックの本格的な再現に挑んだ「All I Need」はこのアルバムのハイライトの一つ。ブレット・マッケンジーの家族に向けた愛情が渋いファンクの影響をとどめたブルースロックの中に表現されています。前作は、レコーディングスタジオ向けの曲が多かったですが、今回のアルバムではよりスタジオのライブ感覚を重視し、ライブを意識した曲作りへと変わったという印象を覚えます。この曲では、モータウン以降のソウル、そしてブルーアイドソウルまでを含めたR&Bを下地にして、こぶしの効いた渋〜い歌唱が披露されています。特にギター、ベース、エレピの組み合わせは、70年代のファンクバンドのような迫力が宿る。こういった中で、マッケンジーは力感のこもった歌声を披露、そして背景のゴージャスなゴスペル風の女性コーラスと絶妙にマッチしています。特に、この曲の表向きのブルースロックやファンクロックのイメージもさることながら、R&Bのハーモニーの美しさに焦点が置かれているようです。
アルバムの以降の二曲も渋い良い曲が続いているので聴き逃せません。「Eyes On The Sun」は繊細なフィンガーピッキングのアコースティックギターから始まり、Wilcoのジェフ・トゥウィーディーのソングライティングを彷彿とさせるようなインディーフォークが続いている。やがて、そのフォークソングは、エレクトリック・ピアノで和声を縁取られ、ゴージャスな感覚を持つようになる。その中でも根本となる音楽は変わりません。程よく力の抜けてほんわかしたようなフォーク・ソングの魅力をブレット・マッケンジーはこの曲で伝えようとしています。
「Too Young」は個性的な楽曲として楽しめるでしょう。ゴスペル風のイントロから導かれるようにして、金管楽器のレガートが入り、そして女性ボーカルのゴスペル風のコーラスワークが続いている。この曲は、ドラムとベースの動きのあるリズムと連動しながら、アーティストがこよなく愛するというハリー・ニルソンを彷彿とさせる渋みのあるブルースロックの曲へと変貌していきます。最初から曲が完成されているという感じではなく、実際的なバンドの演奏からどのようなヴォーカルのメロディやニュアンスを引き出すべきか、そういった試行錯誤を垣間見ることも出来る。そういった中で、2分以降のアコースティックギターによるブルースのソロが曲の雰囲気を最高に盛り上げている。キース・リチャーズに匹敵するブルースのプレイ。マッケンジーのボーカルは、スイングのリズムを取り入れつつ、アウトロにかけて軽快さを増していきます。この曲でも、ブルース・ロックを入り口として、ジャズの音楽性に変化していく。こういった一曲の中で音楽性が徐々に変遷していくような感じが最大の魅力となっています。
エンリオ・モリコーネ・サウンドのサウンドトラックのような口笛で始まる「High And Lovers」もまたブレット・マッケンジーのニューアルバム『Freak Out City』の音楽性の魅力の一端を担っています。マカロニ・ウエスタン風に始まったこの曲は、リゾート気分に満ち溢れたトロピカルな音楽へと次第に変化していきます。この曲に満ちわたるリラックスした感覚は、このアルバム全体に共通している音楽的な性質です。ブレットの家族に対する愛情が音楽に上手く浸透したと言えるでしょう。最後はピアノ・バラードで来るか!?………と思いきや、クローズ「Shouldna Come Here Tonight」は動きのあるフォークロックで締めくくれられます。聴いていると、気分が良くなるアルバムです。ブルースロックのような珍しい音楽性だけではなく、このシンガーの持つエンターテイナーとしての魅力を存分に味わえる一枚となっています。
80/100
Best Track- 「All The Time」
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