The New Eves 『The New Eve Is Rising』
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Label: Transgressive
Release: 2025年8月1日
Review
今年のTransgressive Recordsは、魅力的なデビューバンドを積極的に送り出している。ブライントンの四人組、The New Evesもまたそのうちの一つ。ニンジャ・チューンのBlack Country, New Roadのツアーにも帯同し、今後人気を獲得しそうだ。The New Evesは、2025年にデビューしたばかりで、潜在的な能力は未知数であるが、若いエナジーとパワフルなサウンドを特色にしている。この四人組は、ニューヨークの1960年代後半のプロトパンクを吸収し、パティ・スミス、VUなどのプリミティブなロックサウンドを、彼女たちの最大のストロングポイントであるスカンジナビアの伝統的な羊飼いの音楽と結びつける。その伝統音楽は上辺だけのものではなく、本格的である。例えば、アルバムの先行シングル「Cow Song」はその象徴的な楽曲で、ヨーデルのような特殊な歌唱法が登場する。それらは確かに北欧の牧歌的な印象を呼び起こす。
The New Evesの音楽は、ラフ・トレードに所属するLankum(アイルランドの中世の伝統音楽を実際の楽譜を参照し、実験音楽の領域から探求する)のような民俗学的な興味を呼び覚ます。しかし、ブライトンの四人組の記念すべきデビューアルバム『The New Eve Is Rising』は、必ずしも世界音楽だけに限定されているわけではない。例えば、その音楽性は、英国の伝統的な戯曲を筆頭とする舞台芸術(オペラ/バレエ)のようなシークエンスを想起させることもある。それらが現在のUKロックの一つの主流であるシアトリカルな音楽性を矢面に押し出す場合がある。これらは結局、イギリスの音楽形態そのものが、西ヨーロッパの芸術性と密接に関連してきたことを想起させる。そこには確かに付け焼き刃ではない、歴史や文化の匂いが漂っている。
アルバムのオープニングを飾り、大胆不敵にもバンド名を冠した「The New Eve」を聴けば、このバンドがどのような音楽を志すのか、その一端を掴むことが出来るに違いない。例えば、The Whoの『Tommy』で示されたような、ロックオペラの再現を試みているらしいことが分かる。しかし、表現者が違えば、もちろん、外側に表れる印象も変化する。この曲ではバレエやオペラの音楽性を吸収し、ドローン音楽を弦楽器で表現し、舞台上の独白のようなボーカルが繰り広げられる。Lankumのような実験音楽性を踏襲し、ミステリアスなイントロを形成している。そして、オペラやバレエのような印象を持つ導入部に続いて、2分以降には、ニューヨークのプロトパンクの原始的なロックが発現する。ジョン・ケイルのエレクトリック・ビオラのような弦楽器のトレモロ、そして、ルー・リードさながらに、アンプのダイヤルをフルに回して演奏したかのような分厚いギターが炸裂し、この一曲目は「Sister Ray」のような秘術的なロックサウンドを生み出す。デビューバンドらしからぬ不敵なイメージが的確に体現された楽曲である。
The New Evesは、ニューヨークのプロトパンク、ブライアン・イーノがプロデュースを担当した『No New York』のコンピレーションに登場する複数のアート・ロックバンドの形式を受け継ぎ、ノイズや不協和音を徹底して強調している。それは、まるで現在の世界情勢や貿易戦争、の軋轢をそのままギターロックに乗り移らせたかのような印象をもたらす。もう一つ特筆すべきは、米国西海岸の原始的なパンクバンドのような不穏な空気感を持ち合わせていることである。
先行シングルとしてリリースされた「Highway Man」は、Dead Kennedys、Black Flag、Germs、そしてロサンゼルスの最初のパンクグループ、Xのような不穏なテイストを滲ませる。曲全体に響く不協和音は、日本のポストパンクバンド、INUのシニカルな空気感とも共通する。ベースがこの曲をリードし、その後、ミニマルなギター、そしてスカンジナビアの伝統音楽の歌唱法を受け継いだ、喉を小刻みに震わせ、トレモロの効果を得る特異なボーカルなど、多彩な文化が不穏なパンクロックサウンドのなかに混在している。それらの原始的なパンクサウンドの中では、ボーカルアートの形式も織り交ぜられ、ニューヨークのメレディス・モンクのような舞台芸術に根ざしたコーラスワークも登場する。これらは音楽の聴きやすさを維持してはいるが、その中に奇異なイメージをもたらすことがある。それは何によるものなのか。協和音の中に入り交じる不協和音という形で、このバンドの独自のスタイルを象徴付けているのである。曲の後半では、ボーカルにも力がこもり、魔術的かつ秘術的なデビューバンドの魅力が顕わになる。
続く「Cow Song」は、クラシックや民族音楽とロックの融合を目指した楽曲で、BC,NRとも共通点がある。しかし、フォロワー的でもなければ、はたまたイミテーションでもない。 アルバムの幾つかの曲がスウェーデンの山小屋で書かれたというエピソードからも分かる通り、The New Evesのワールドミュージックの要素はかなり本格的であり、類型が見当たらない。この曲では、The Whoの名曲「Baba O' Riley」の作風を受け継ぎ、それらを舞台芸術のボーカルアートの形式と融合させている。ヨーデルのように、喉を震わせる特異な歌唱法、そしてスティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスの20世紀のミニマル・ミュージックの方式を受け継いで、それらをダンスミュージックのパルス音のように響かせ、2025年の新しい舞踏音楽に挑戦している。ラフで荒削りな印象もあるものの、それもまた、この曲を聞く際の魅力となるはずだ。
一方で、「Mid Air Glass」は、チェロのような弦楽器のトレモロを通奏低音として敷き詰め、アイスランドのビョークのような歌唱法を披露している。明確にボーカルの役割分担をしているのかまでは分からないが、楽曲ごとにメンバーそれぞれの個性を活かしているような感じがあり、その点に好意的な印象を覚えた。スカンジナビアやアイスランドのような北欧の音楽が曲の中盤までは優位を占めるが、後半以降、その音楽はスコットランド/アイルランドの音楽に傾倒していく。それらの繁栄と衰退を繰り返す西ヨーロッパの情勢の変遷と呼応するような音楽である。曲の後半では、弦楽器とムーディーなギターが活躍し、ジム・オルークのようなアヴァンフォークに近くなる。というようにこの音楽のコスモポリタニズムは魅惑的に聞こえる。そして実際的に曲の後半では、瞑想的な音楽性が優位になるのが興味深いポイントである。
「Astrolabe」 には、The Lankumのような伝統音楽と実験音楽の間にある絶妙なニュアンスが捉えられる。そしてその音楽から立ち上るスカンジナビアの海の音楽の影響がより鮮明になる。この曲には、中世ヨーロッパのスペイン以北の音楽が入り混じっている。それらが悠久の歴史に対する憧憬を掻き立てる。これらは実際に、ルー・リードの音楽やフォークの形式の原点となったヨーロッパの民族音楽に傾倒していく。変拍子のように聞こえる複合的なリズムの構成、拍子の感覚を見失ったかのようなビートが、チャントのようなボーカルや弦楽器と結びつき、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの最初期のようなサイケデリックな音楽性を発生させる。
「Circles」でもルー・リードやジョン・ケイルの作曲を受け継ぎ、わざと曲の中でテンポを早め、音楽そのものが異なるニュアンスを帯びるように組み立てられている。この曲もまた、複数のボーカルの融合やリズムの側面での変拍子などを駆使し、生きた音楽を探っている。また、曲の後半では、オーケストラのティンパニーのようなドラムが優勢となり、アフリカの民族舞踊のような反復するリズムを徹底的に強調させ、いわば儀式的であり魔術的な音楽性を作り出す。これらのリズムの側面での多彩さは曲全般に大きな変化を及ぼし、 飽きさせることがない。
アルバムの後半の3曲では、ヴェルヴェットアンダーグラウンドを中心とするニューヨークのプロトパンクのスタイルを継承しつつ、ギターロックに傾倒している。聴いていて面白いと思ったのは、ライブセッションの中で自分たちの音を探している様子が伺えることである。この四人組にしか持ち得ない心地よい音を実際のスタジオセッションから探る。それは音楽によるコミュニケーションの手段であり、そういった温和さや心楽しい感覚がありありと感じられた。その等身大のロックサウンドは、決して商業性が高いとは言えないが、今後が非常に楽しみである。
「Mary」はメインボーカルが力強さがあって素晴らしい。そして、完成度を度外視した自由な気風に満ちたサウンドが牧歌的な雰囲気を造出している。その中には、まるでボブ・ディランを称賛するかのようなブルースハープ(ハーモニカ)も鳴り響いている。もちろん、ディランほどには上手くないが、70年代以降の平和主義に根ざしたロックの残影をどこかに見いだせる。この曲でもジェットコースターのような展開力が健在である。民族音楽的なダンスミュージックを奏でる四人組は、どこまでも純粋に音を鳴らすことを楽しむ。なんの注文が付けられようか。
長い時代、女性中心のロックバンドは冷遇されてきた経緯がある。また、音楽産業という男性優位の業界の枠組みの中、アイドル的なポジションしか与えられなかった。しかし、近年ではその潮目が変わり、自由闊達に女性ロックバンドが活躍することが可能になってきた。ロックを始めたのは男性であるが、それをやるのに性差などは必要ないのである。これはまた、ロック・ミュージックという形式が現実世界とは別の理想主義を描き出せるからこその利点である。
終盤でも音楽を心から奏でるスタンスは相変わらず。「Rivers Run Red」では、パティ・スミスやテレヴィジョンの文学的なロックのイディオムを受け継いで、見事にそれを現代に復刻している。クローズ「Volcano」は、火山のような爆発的なエナジーをブルースロックで体現する。あまりに渋すぎるが、驚くべきことに、これをやっているのは若い女性たちなのだ。
85/100
Best Track- 「Cow Song」
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