Skullcrusher 『And Your Song is Like a Circle』
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Release: 2025年10月17日
Review
ヘレン・バレントンによるソロプロジェクト、Scullcrusherは、インディーフォークやアートポップ志向の音楽を融合させ、 夢想的なポップソングを提供する。最新作は、前作『Quiet The Room』の音楽性を急進的にし、アトモスフェリックなドリームポップやインディーフォークソングを中心に制作している。まるで始まりも終わりもない夢想的な音楽の世界がこのアルバムで体験できる。
『And Your Song Is Like A Circle』は全般的にドリームポップ調の音楽的なアプローチではあるが、なおかつまたソングライターとして、普遍的なポップソングの系譜を受け継いでいる。作曲性には骨がある。そして、様々な実験性が施されているのが一番興味深い点ではないかと思う。
たとえば、アルバムのオープナー「March」はピアノの弾き語りをベースにした曲で、アンビエント風のアトモスフェリックな空間処理が際立っている。ヘレン・バレントンのボーカルは、アカペラのように独立した響きを構成し、トラックの背景となる抽象的な空間をさまようかのように揺れ動き、ボーカルのコーラスを対比的に配置させながら、その夢想的な空間性を増強させる。現代的なデジタル録音の強みを生かしたサウンドで、心地よいポップソングとして楽しむことができる。シンセサイザーのアンビエント風のシークエンスは、変化していくボーカルラインと呼応しながら、多彩なインディーポップワールドを形成し、アートポップに傾倒する。
今作において注目すべき、もう一つのサウンドは、サッドコアのようなニッチなインディーフォークであろう。「Dragon」はこのジャンルの特徴であるダウナーな音楽性をソングライターの特色である夢想的な感覚と合致させる。また、それに特性を付け加えているのが、ダンス・ミュージックのビートで、テクノやブレイクビーツの系譜に属するドラムテイクがドリーム・ポップと融合を果たす。おのずと音楽自体は大人しくなりすぎず、動的な印象に富んだ内容となる。また、曲の途中では、フィルター処理を施し、楽曲の強度のコントラストに工夫を凝らしている。当初、モノトーンであったはずの音楽的な印象は、おのずと色彩的になるという次第である。3曲目に収録されている「Living」は、アコースティックギターを中心とするドリーム・ポップソングだ。この曲でも複数のボーカルの録音を重ね合わせて、ナイーブでセンチメンタルなハーモニクスを作り出し、聞き手の琴線に触れる切ないエモーションを引き出す。
2曲目「Dragon」に見出せるようなダンスミュージックのビートの影響は、4曲目に収録されている「Maelstrom」にも発見することが可能である。ともあれ、依然として、スカルクラッシャーのソングライティングは、悲しみやペーソスを起点していて、深い憂愁と甘美的な感覚の底に聞き手を導く。しかし、その主な作風な中で、多くの音楽ファンの心に訴えかけるであろう瞬間も登場する。それが一分後半部分で登場するフレーズで、リサンプリングによるサウンド処理の中で、際立ったポップセンスとメロディーセンスを遺憾なく発揮する。これらはこのアルバムの核となる琴線に触れる瞬間をもたらす。さらに同時に、共感性の溢れるポップソングというスカルクラッシャーの代名詞的なサウンドの象徴にもなっている。特に、ボーカルとリズムと連動するようにして現れる美麗なピアノの断片的なサンプリングに注目したいところ。
このアルバムでは、主要なドリームポップやインディーポップの音楽的な方向性と平行して、オーガニックな印象を持つエンヤのようなバラードも併録されていることに注目したい。「Changes」はハイライト曲の一つに挙げられる。アコースティックギターの滑らかで澄んだサウンド処理、そしてボーカルの妙が見事に合致した楽曲でもある。サステインを生かしたマスタリング、そして、ときどき民族音楽の影響を感じさせるエキゾなシンセの演奏を交えて、独特かつ特異なポップワールドを醸成する。この曲には、スカルクラッシャーの音楽的な世界に浸り続けたいと思わせる不思議な感覚があり、なおかつ、その音像的な奥行きに耳を澄ますと、その音楽的な世界はほとんど無辺にも感じられ、終わりのない形而下の音楽的な世界へ導かれる感触をおぼえる。なおかつ、それらの無限の音楽性に一定の規律をもたらしているのが、ナイーヴでオーガニックな印象を持つアコースティックギター、それからスカルクラッシャーの分身のように出現する物語性を持った複数のボーカルやコーラスの重層的な連続である。この曲は、最終的に器楽的な音響効果だけを残して、アンビエント風のイントロへとつながる。
インディーポップソングとして秀逸な印象を放つ「Periphery」にも注目したい。 アコースティックギターのフォーク的な印象、そして、ミュートドラムの録音を活かし、アメリカーナの空気感を作り出す。ゆったりとしてラフな感じで始まるこの曲は、同じようにスカルクラッシャーらしいドリームポップのセンスにより、夢想的な音楽的な性質を帯びるようになる。ボーカルのハーモニーも美麗な印象を放つが、何よりこの楽曲の核心にあるのは、物事の本質の抽象化にあり、音楽、言葉、主張性をぼかそうという近代絵画の印象主義にも似た手法である。
これらの音楽的なプロセスは、アルバムにまつわる視覚的なイメージや、絵画的なニュアンスを導出する場合がある。音楽自体が副次的な何かを生み出すという面では、やはりアンビエントやエリック・サティの「ジムノペティ」のような「家具の音楽」に近い性質を擁するのである。これらの要素は、スカルクラッシャーの音楽が、映画のサントラや一般的なBGMに近い指向を持つことを証左する。いずれにせよ、どこまでもぼんやりしていて、心地よい音楽空間が演出されている。ようするに、このアルバムでは、音響的な空間性を浸りきることもできる。それは一般的に言えば、プラネタリウムにいるときのような神秘的な感覚を与える場合もある。
ある意味では、エリオット・スミスが最初に提示したアメリカのインディーフォークという概念、サッドコアのイディオムを受け継いだ楽曲もある。それは国籍こそ異なるが、Joanne Robertsonのような女性的な感覚を生かしたインディーフォーク・ソングにも比する何かがある。
「Red Car」はその象徴的なトラックとなる。サッドコアの音楽性をさらに急進的にし、アンビエントの範疇にある空間的なサウンドエフェクトという、アルバムの根本的な音楽の主題から、平原や高原にいるときのような精妙な空気感を作り出そうとする。その手段となっているのは、やはりスカルクラッシャー自身のボーカル録音であって、これは、アーティストが音楽自体をボーカルアートのように解釈していることの示唆にもなる。そして、神聖な雰囲気すら感じられる音像の中でアコースティクギターと歌を披露するこのアーティストには、吟遊詩人のようなトルバドゥールの性質や、ミューズの雰囲気すら感じ取ることもできるかもしれない。少なくとも、アーティストの美的な感覚は、このアルバムの一つの美学としての機能をはたす。
終盤にもいくつか注目に値する曲があるので、実際に確認していただきたい。スカルクラッシャーの音楽から引き出される神秘性は、終盤の曲でより深度を増し、音楽的なイデアを拡張させていく。
「Vessel」はスカルクラッシャーが新しいポップソングの領域に足を踏み入れた瞬間で、それはまた現実的な概念とは対極にある理想的な空間を意味する。理想主義の音楽とも言えるかもしれないが、それは、実際的に憂いのある現実世界とは対象的な理想郷を鏡のごとく映し出す。これらの細やかな芸術的なセンスが、このアルバムの重要なポイントであり、それは古代ギリシアの哲学者や思想家が夢想した空想の土地や、アンティポデスのような概念の反映を連想させる。
少なくとも、同曲の多彩なボーカルのハーモニーはとても美しく、一聴の価値あり。また、マスタリングのサウンド処理が相当凝っているのも、ダーティ・ヒットの録音らしいといえるか。ピアノにデチューンを施し、プリペイドピアノのような音響効果を活かした本作の終曲「The Emptying」では、現代人の空虚さのような感覚を絵画的に表している。このクローズ曲では、スカルクラッシャーの音楽全般がアートポップに根ざしていることを読み解くことができる。
82/100
「Changes」 - Best Track





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