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 Flying Lotus


 

フライング・ロータス、ステーヴン・エリソンは、LAを拠点に活動するインストゥルメンタル・ヒップホップミュージシャン。ロサンゼルスのヒップホップのインディーシーンの最重要アーティストの一人に挙げられるでしょう。大叔母に、アリス・コルトレーン、大叔父に、ジョン・コルレーンを持つことでもよく知られていますが、スティーヴ・エリソンは、ロサンゼルスに自身のインディペンデント・レーベル「Brainfeeder」を主宰していることも有名です。このレーベルからは、ジャガ・ジャジストといった著名なアーティストの作品もリリースされています。

 

スティーヴン・エリソンは、2006年、最初の作品「1983」をPlugin Rsearchからリリースしたのを機に、フライング・ロータスとして活動を開始。 その後、エイフェックス・ツインやスクエアプッシャー、ボーズ・オブ・カナダを輩出した英国の電子音楽の名門レーベル「Warp Records」と契約し、Warp Recordsから多くの傑作を生み出しています。また、フライング・ロータスとしての作品リリースの他にも、ケンドリック・ラマー、マック・ミラー、チャンス・ザ・ラッパーといったヒップホップシーンのアーティストの作品プロデュース、Adam Swimの「Pump」といった映像作品のサウンドトラック製作にも参加。また、その他、スティーヴン・エリソンは、自身の映画「kuso」で、映像制作からサウンドトラック制作までをみずから手掛けており、ミュージシャンとしての活動にとどまらず、多岐にわたる分野に渡って活躍するマルチタレント。

 

フライング・ロータスの音楽性は、近年、アメリカのカルフォルニアのインディーシーンで隆盛の兆しをみせているクロスオーバー・ヒップホップに属する。インストゥルメンタル・ヒップホップ、また、重低音を強調したダンスフロアの巨大なスピーカーからの出力を意識したコアなエレクトロに位置づけられますが、その他にも、ジャズ、実験音楽、そして、ブラジルの民族音楽からの影響が強いことでも知られています。


ターンテーブルのスクラッチの技法の多用、ブラジルの民族音楽に色濃い影響を受けた迫力のある重低音、シカゴのハウス音楽からの影響を受けたブレイクビーツのシンコペーション、そして、往年のトリップ・ホップのようなジメッとした暗鬱さ、それから、アシッド・ジャズのようなアダルティな雰囲気も兼ね備えています。


 


Flying Lotus says STOP THE WAR!"Flying Lotus says STOP THE WAR!" by DUBLAB is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

 

 

 

 Flying Lotusの注目作品


 

「Los Angels」2008 Warp Records

 

 

 

フライング・ロータスの記念するべき1stアルバムにして鮮烈なインパクトをロサンジェルスのアンダーグランドダンスフロアにもたらた作品。

 

特に一曲目の「Brainfeeder」はスティーヴン・エリソン自身の主宰するインディーレーベル名ともなった代名詞的なトラックといえよう。ブレイクビーツ的な手法は、Bonobo、サイモン・グリーンのリズム性をさらに一歩先に推し進めたといえるかもしれない。


この作品は他のフライングロータスの作品に比べ、ヒップホップ色は薄く、どちらかといえばチルアウトをよりコアに濃縮した作風である。もちろんこの作品では、ワープレコードらしいダンスミュージック、コアな電子音楽。しかし、フライング・ロータスの後の他のダンスフロアシーンのアーティストと異なる音楽性、取り分け、ブラジルの民族音楽からの影響性が何となく感じられ、それはポンゴのリズムを効果的に楽曲中に取り入れることにより、唯一無二のフライング・ロータス節ともいえる摩訶不思議なな音楽性が生み出されている。電子音楽は西洋で生まれたものであるが、その電子音楽の骨格ともいえる西洋性を半ば放棄し、南米大陸、あるいは自身のルーツであるアフリカ大陸の文化性を取り入れることに成功した鮮烈なデビュー作である。 

 

 
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「Cosmogramma」 2010  Warp Records

 


 

後にケンドリック・ラマーのプロデュースを手掛けたフライング・ロータスではあるが、そのヒップホップのコアさが滲み出た作品が通算二作目のアルバム「Cosmogramma」である。

 

この作品は「Los Angels」よりも遥かに音楽性の間口が広く、フライング・ロータスはこの作品において、俗にいうワープサウンドらしいいささかマッドの領域に踏み込んだといえる。その中には無尽蔵の電子音楽の影響性が見受けられ、ゲーム音楽を発祥とするチップチューン、その他にも映画のサントラに近い「Intro:Cosmic Drama」 がコンセプト・アルバムのように挿入されたり、また、「Zodiac Shit」ではアンビエント・ドローンの風味のある楽曲に挑戦したり、これまでの電子音楽の歴史を、この一作でなぞるかのような迫力を持った作品である。

 

しかし、そういった実験的なマテリアルが、作品としててんでばらばらに点在しているかといえばそうではない。全体的にその散漫な音楽性を一つに纏め上げ、質実剛健な建築の骨組みのように支えれいるのが、おそらくこの年代、エレクトロ界隈で最流行していたドラムンベースの要素なのである。この図太いビートが作品全体に通奏低音のように鳴り渡ることにより、フライング・ロータスは、広汎な電子音楽の知識を活かし、通好みのダンスフロアを沸かせるに足る、刺激的で説得力のこもった快作として仕上げているのが見事である。

 

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「Whole Wide World」 EP  Declaim&Flying Lotus  2011  Ramp Recordings



 

Declaimこと、ダドリー・パーキンスをゲストに迎え入れ制作されたEP作品。ヒップホップアーティストをゲストとして招いた理由が顕著にこの作品には表れており、サンプリング、ターンテーブルの手法が遺憾なく発揮されたフライング・ロータス歴代の作品の中でもっとヒップホップのニュアンスが色濃くにじみ出た作品。

 

サンプリングとなったトラックにもジャズ寄りの楽曲が選ばれていることを見ても分かる通り、どことなくアダルティな雰囲気が滲み出た快作である。

 

特に、表題曲「Whole Wide World」は、アシッド・ハウスとラップを融合させ、英、ブリストルのトリップ・ホップのようなアンニュイな雰囲気が漂っている。それに加え「Lit Up」は見事なコントラストを描き、アメリカのオールドスクールのゲトゥーサウンドの最深部に立ち返ったかのようなクールな覇気が籠もっている。そのあたりが、このアルバムの最大の聞き所でクールさといえるだろうか。当時の最先端のヒップホップをフライング・ロータスは追究している。もちろん、ここでの、ダドリー・パーキンスのフロウというのはこの上なく痛快である。 

 


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「Until The Quiet Comes」(Japanese Edition) 2012  Warp Records

 

 

 

この作品において、フライング・ロータスはヒップホップの原始的な響き、嵩じた電子音楽性とは一定の距離を置き、インテリジェンス性のある音楽性を追究する。2008年から自主レーベル、Brain Feederを主宰していく過程において、様々な電子音楽の可能性を見出したためであると思われる。

 

この作品では、最初期の南米やアフリカのリズムをブレイクビーツとして処理し、どのような形で一点に集中されていくかに焦点が絞られている。今までの作品が、外側に無限性を携えて広がっていく作風であったとするなら、対象的に、内側の一番中心点に向かって音というエネルギー体が収束するニュアンスが感じ取られる。

 

広汎な電子音楽のバックグラウンドをテクノに絞り、そこにチルアウト的な安らぐ雰囲気が付加されている。この新しい音楽性を追究する過程において、やはり、フライング・ロータスらしいというべきか、アシッド・ハウス、トリップホップ的ないくらかアンニュイな雰囲気も漂う。しかし、それは暗鬱という印象を聞き手に与えず、まったりした陶酔感を与える点では、さらに大人の質感の漂うBonoboに比する秀逸なトラックメイクが行われていることに注目だろう。

 

他のフライング・ロータスの作風に比べ、落ち着いた質感をスティーヴ・エリソン自身の持つジャズのルーツを伺わせるアルバムで、ジャズの持つ夜の陶酔と言うべき情感、それを電子音楽として組み直している点が画期的である。  

 

 

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「You're Dead」  2014  Warp Records



ライング・ロータスの最高傑作の呼び声高い作品。 20曲入りという凄まじいヴォリューム感もさることながら、今作品に参加したゲスト・ミュージシャンも豪華である。ハービー・ハンコック、ケンドリック・ラマー、スヌープドック、サンダーキャットと豪華なメンツには目がくらみそうである。

 

もちろん、この作品は、豪華なゲストを寄せ集めたことが魅力ではない。これらの複数のミュージシャンたちが、それぞれの個性を火花のように散らし、それが20という凄まじいトラック数に昇華されているのだ。フライング・ロータスは、この作品で実験音楽的なアプローチを駆使し、フリージャズの領域に果敢に挑戦してみせている。フリージャズとしてのアプローチが大きな結実を見せたのが「Moment Of Hesitation」である。ここでは、この上なくスリリングなフリージャズが展開されているが、ここで、フライング・ロータスが果敢に挑んでみせているのは、Barre Phillipsのようなフリー・ジャズ性を「電子音楽」として再構築し、クールな雰囲気の楽曲として完成させている。その他にも、アヴァンギャルド・ヒップホップの最高峰ともいえる「Never Catch Me」ではスヌープドッグの助力を得たことにより、最高の一曲を生み出してみせた。


また、このアルバムでは死という概念について多くの楽曲が生み出されていて、概念的にはコンセプト・アルバムということも出来るかもしれない。けれども、フライング・ロータスの描き出す死という概念は暗鬱さに彩られているわけではないように思える。この作品は神秘性、それにくわえて、新たな生の明るい始まりが華々しく予告されている。これまでのヒップホップ音楽の一つの未来形を形作った新鮮味あふれる作品といえようか。 

 

 

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「Yasuke」 2021  Warp Records



 

スティーヴ・エリソンは、自身の音楽的なルーツとして、日本のドラゴンボールをはじめとするアニメーションを挙げており、その他にもゲーム、そして、何より、北野武の映画に心酔しているアーティストとしてよく知られている。ドラゴンボールの大ファンであり、アメリカのヒップホップミュージシャンの中でも随一の親日家のアーティストともいえる。そのあたりの音楽の多角的なメディアのルーツが遺憾なく発揮されたのがネットフリックスの映像作品「Yasuke」のサウンドトラック製作である。これまで、他にも映像作品を手掛けてきたフライング・ロータスは、このサウンドトラックでこそ自身の最質を最大限に発揮したといいえるかもしれない。

 

この作品では、これまでのジャズ、電子音楽、ヒップホップという3つの主要な音楽性を飽くまでサウンドトラック、映像の補佐的な音として見事な形でフライング・ロータスは完成させている。これまでの作品と比べると、映像作品のための音楽ということもあり、主役性のある音楽から一歩引いた脇役性の強い音楽が展開されているのは確かである。しかし、その一歩引いた雰囲気が寧ろ、絶妙なバランスを保ち、サウンド自体に何かを物語らせるような指向性を与えることに成功している。所謂、サウンドトラックらしい美麗さを追究した音楽ではないのだけれども、このジャズを交えたストイックな電子音楽は、IDMの作品として超一級品ともいうべき魅力を持っている。

 

この作品で新しいクロスオーバー・ヒップホップの領域を見出したフライング・ロータス。この先、どのような新奇性あふれる魅力的な音楽を生み出してくれるのかに注目したいところだ。

 

 

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 サウスロンドンのヒップホップシーン

 

サウスロンドンは、既に、前にも記事で取り上げたが、ダブステップの発祥の地であり、またこのクラブミュージックが盛んな地域として知られているようです。

 

現在、サウスロンドンは、ヒップホップシーンが盛んな印象を受けます。元々、ロンドンのクラブシーンといえば、イーストロンドンが多くのアーティストが在住し、活動を行っている印象がありましたが、近年、このサウスロンドンにコアでホットなアーティストが数多く見られています。それほどヒップホップシーンには詳しくないけれども、サンファ、ストームジーらの台頭を見ても、サウスロンドンには魅力的なトラックメイカーが数多く存在します。

 

そして、現在においてもこれらのヒップホップアーティストは、ジャズ、ディープソウル、R&B,そして、サウスロンドンの地域的な音楽といえるダブステップを雰囲気を見事にラップの中に浸透させ、新たな潮流を形作るような音楽性が育まれているように思える。これからのヒップホップシーンの課題としては、こういった以前、ロックシーンが行ったようなミクスチャーという概念により、どこまでその音楽性に奥行きをもたせられるか。

 

もちろん、これらのアーティストは、エド・シーランやカニエ・ウェストといったビックアーティストのステージングのサポート・アクトを務めたり、と少なからず関係を持っているが、その音楽性については似て非なるものがある。特に、これらのサウスロンドンのアーティストは、ヒップホップという音楽にジャズ、ディープソウル的な洗練性を加えて、比較的落ち着いた雰囲気のトラック制作を行っている。そこにはIDMといった電子音楽の要素も少なからず込められているような雰囲気もあって面白い。つまり、無節操というわけではないが、近年のサウスロンドンのヒップホップは様々な他のジャンルを取り入れるのがごくごく自然なことになっているように思えます。

 

これは、これらのヒップホップアーティストの音楽が付け焼き刃なものでなく、なんとなく、このサウスロンドンに当たり前のように満ちている音楽がこういったトラックメイカーの素地を形作っている様子が伺えます。また、サンファのように、ポスト・クラシカルのピアノ曲を取り入れていたりするのもかなり興味深い特徴。直近では、アメリカでは、カニエ・ウェストや、ドレイク(Jay-Zをゲストヴォーカルに迎えた)と、ビックアーティストの新譜も続々リリースされていて目が離せないラップというカテゴリ。そして、アメリカのヒップホップと並んで、イギリスのサウスロンドンは、特にクラブシーンが熱い地域で、ヒップホップフリークとしても要チェックでしょう。



Loyle Carner

 

 

そして、 サンファ、ストームジーに続くサウスロンドンの期待のトラックメイカーが、ロイル・カーナー。まだ二十代半ばにも関わらず、大人の雰囲気を持った、また精神的に進んだ人格を感じさせる秀逸なヒップホップアーティストです。特に、世界的に見て、最も有望株のヒップホップシンガーと言っても差し支えないはず。 

 

Loyle Carner 1"Loyle Carner 1" by Stéphane GUEGUEN - Capo @ HiU is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

 ロイル・カーナーは、幼少期からADHDとディスクレシアといった症状を克服しようとたえず格闘してきた人物。そのため、中々、子供の時代から学校の勉強に適応しづらかったようではあるが、後には、アデルやワインハウスを輩出したブリットスクールで音楽を学んでいます。

 

2013年に、Rejjie SnowのEP作品「Rejovich」収録のトラック「1992」に共同制作者として名を連ねたところから始まる。この作品で一躍、ロイル・カーナーの名はラップシーンの間にまたたく間に浸透して行きます。

 

また、翌年、ロイル・カーナー、ソロ名義の作品として、シングル「A Little Late」を自身のウェブサイトで発表し、大きな話題を呼びました。また、同年には、ケイト・テンペストとの共同制作、7inch「Guts」をリリース。続いて、マーベリック・セイバー、トム・ミッシュとコラボレートした作品を発表して、徐々に、英国のヒップホップシーンにおいて知名度を高めていくようになります。


英国国内でのツアーを成功させた後は、コンスタントにシングル作をリリースしていき、2017年にはスタジオ・アルバム「Yesterdays Gone」を発表。この作品は、2017年度のマーキュリー賞にノミネートされています。次いで、2019年には「Not Waving,But Drowing」をリリースして大きな注目を集めました。これまでのキャリアにおいて、ブリット・アワーズにもノミネートされている英国のクラブシーンで最も旬なアーティストと言えそうだ。さて、今回は、サウスロンドンの期待の新星、ロイル・カーナーのこれまでのスタジオ・アルバム二作の魅力について触れておきましょう。

 

 

Yesterday's Gone 

 


 
 

TrackListing 

 

1.The Isle Of Arran

2.Mean It In the Morning

3.+44

4.Damselfly

5.Ain't Nothing Changed

6.Swear

7.Florence

8.The Seamstress

9.Stars&Shards

10.No Worries

11.Rebel 101

12.NO CD

13.Mrs C

14.Sun Of Jean

15. Yesterday's Gone


 

 

 

一躍、ロイル・カーナーの名を、英国のヒップホップシーンに知らしめた鮮烈的デビュー作。「Yesterday’s Gone」は、古典的なイギリスのヒップホップの旨味を引き継いだ作品といえる。

 

リードトラックの「The Isle Of Arran」は、普遍的な輝きを持ったヒップホップの名曲と言っても誇張にはならないはず。

 

ここで、展開される軽快なライムの爽快感、そして、そこにディープ・ソウルの音楽性が見事な融合を果たしている。この辺りは、ワインハウスを輩出したブリットスクール出身のアーティストらしい感性の鋭さ。しかも、自分のライムが首座にあるというより、彼自身は引き立て役に回り、英国発祥のディープ・ソウルをトラックメイクの主役に持ってきている辺りが秀逸。ディープ・ソウルに対するリスペクトが込められている。

 

興味深いのは、「Ain't Nothing Changed」では、ジャズとヒップホップを巧緻に融合させた見事なトラックメイキングが行われている。普遍的なヒップホップの軽快なライムに加え、サックスの芳醇な響きがサンプリングとして配置される。その合間に繰り広げられるカーナーの生み出す言葉のリズム感には独特の哀愁が漂っている。そして、トラックの最終盤では、ジャズに対し、主役の座を譲るあたりもトラック全体に奥行きをもたらす。平面的なヒップホップでなく、立体的な音の質感とアンビエンスを演出することに成功している。


特に、このデビュー作「Yesterday's Gone 」の中で全体な印象に最もクールな質感をもたしているのが、「The Seamstress(Tooting Masala」。ここで、ロイル・カーナーは、クラブシーンのコアな音楽性の領域に挑戦している、アシッドハウス、チルアウトに近い雰囲気を持ったトラック。ヒップホップバラードと呼べるような、独特な哀愁が漂っており、これまでありそうでなかった清新な雰囲気が滲んでいる。

 

カーナーのスポークン・ワードというのは、一貫して落ち着いており、気分が抑制されており、徹底してひたひたと同じ音程の間を漂っている。

 

どのトラックの場面においても、彼は、このスタイルをストイックに貫いている。それは独特な、波間を穏やかにたゆたうかのような情感をもたらす。ロイル・カーナーのライムの独特な雰囲気に滲んでいるのは、ヒップホップ音楽としての深い抒情性、ただならぬエモーションである。

 

また、その一種の冷徹さの中に、キラリと光る原石のような質感が込められていると思えてならない。特に、カーナー独特なライムとしてのリズムの刻み、Aha、といった間投詞が特に他のラッパーと異なるダウナーな印象を与え、語法にクールさをもたらしている。

 

このカーナー独自の要素、あるいは、スポークンワードとしての語法は、二作目のライムにもしっかりと引き継がれている。つまり、カーナーという人物、ひいては彼の音楽性の中核を形作っている。純粋に、フレーズの合間に出来た空白の中に、頷き一つをそつなく込めるだけで、トラックに、グルーブ感とタイトさをもたらし、アンニュイな抒情性を与えもし、さらに、それを徐々に渦巻くように拡張していく。しかし、それは徹底して内省的、つまり内向きなエナジーに満ちている事が理解出来る。カーナーは、このデビュー作においてこれまでありそうでなかったラップスタイルを生み出した。このロイル・カーナー特有の語法はほとんどお見事としか言うよりほかない。

 

 

 

「Not Waving,But Drowing」

 



 

TrackListing

 

1.Dear Jean

2.Angel

3.Ice Water

4.Ottolenghi

5.You Don't Know

6.Still

7.It's Coming Home

8.Desoleil(Brilliant Coners) 

9.Loose Ends

10.Not Waving,But Drowing

11.Krispy

12.Sail Away Freestyle

13.Looking Back

14.Carluccio

15.Dear Ben 



 

そして、ロイル・カーナーの完全なる進化、トラックメイカーとしてただならぬ才覚の迸りを感じさせるのが二作目のスタジオ・アルバム「Not Waving,But Drowing」。UKのアルバムチャートでは最高3位を、そして、R&Bチャートでは堂々1位を獲得している。

 

リードトラック「Dear Jean」は前作の流れを受け継いだ作品で、彼特有のスポークン・ワードのリズムがクールに紡がれている。どことなくジェイムス・ブレイクの音楽性に対する憧憬のも滲んでいるように思える。また、そして、前作よりも落ち着いた哀愁が漂う。


今作の中で最も聞きやすいと思われるトラックは「Ottolenghi」。ここではエレクトリック・ピアノをフーチャーしたR&B寄りのバラードが軽快に展開される。しかも前作よりもカーナーのスポークンワードはパワーアップし、よりラッパーとしてのハリと艶気が漂う。

 

特にこのアルバムで個人的に最も気に入っているトラックは、Samphaとの共同作品なっている「Dersoleli(Blilliant Corners) 」。

 

このトラックでは、サウスロンドンらしいダブステップの雰囲気とディープ・ソウルが見事な融合を果たしている。どことなく、憂鬱さを漂わせるピアノのアレンジメント、そして、この作品に参加している二人のラッパーの声質も絶妙にマッチしている。全体的に カーナーのスポークンワードは切れ味が鋭さを持つが、やはり、一作目のように徹底に抑制が取れたクールな雰囲気が漂う。そして、痛烈なエモーションな質感によって彩られている。この切なさは何だろうか? いかにもサウスロンドンという感じで、アンニュイな夜の空気感にトラックは彩られていて、異質なほどの艶気を漂わせている。リズムトラックも低音のバス、高音域のタムの抜けのバランスが心地よい。アウトロの爽やかに鼻で笑い飛ばす感じも、クールとしか言いようがない。 

 

また「Krispy」は、ミニマリストとしてのサンプリングが際立つ爽やかな楽曲、終盤にかけてはジャズとヒップホップの融合に挑戦している。トランペットのジャズ的なフレージングも豪奢な感じに満ちている。特にアウトロにかけての独特な雰囲気はほのかな陶酔感によって彩られる。

 

全体的な作風としては、前作よりも落ち着いたディープ・ソウル寄りの渋めのヒップホップ。そして、なんと言っても、このスタジオアルバムが素晴らしいと思うのは、新たなヒップホップの可能性というのが示されていることだろう。ここではロンドン発祥のディープ・ソウル、ダブステップ、ジャズを見事にかけ合わせ、それを絶妙にブレンドしてみせ、更にこのジャンルの未来型を見事に示してみせた痛快な作品である。

 

特に、ラストトラックは、次の作品への序章のようなニュアンスを感じさせ、何かしら未来への希望に満ち溢れている。

 

つまり、まだ、この素晴らしいヒップホップアーティスト、ロイル・カーナーの壮大な物語は始まりを告げたばかりであることを示しているように思える。イギリスの音楽メディアが彼を「ヒップホップ界のホープ」と呼びならわすのには大きな理由があり、彼のスポークンワード、トラックメイク自体がそのことを、なめらかに物語っている。