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 Lucy Liyou 「Welfare/Practice」

 


Label: American Dreams

Release Date: 2022年5月20日


 

 "私は特定の出来事や思い出よりも、感情を記録しようとしている。つまり...私の音楽は結局のところ、それに尽きる。


 

アメリカ/フィラデルフィアを拠点に活動する実験音楽家、Lucy Liyouは、前作の姉妹アルバム「Welfare/Practice」を今週末に発表しています。このアルバムで、ルーシー・リヨーは、韓国系アメリカ人の血筋を受け継ぎ、幼少期の思い出を元に、パンソリ(韓国民俗オペラ)や韓国ドラマのサウンドトラックからインスピレーションを受け、声、フィールドレコーディング、ミーム、Tumblr、YouTubeビデオからのオーディオ・サンプル、シンセサイザー、そして、アコースティック・ピアノによるTTS(テキスト・トゥ・スピーチ)のコラージュにより、独自の複雑な物語を作り上げていく。


「Welfare/Practice 」の作曲は、2019年末に始まり、ルーシー・リヨーは彼らの祖父が演奏していたパンソリの録音に触発されたアルバムを書こうとしました。音楽を通してのストーリーテリングとは何か、声だけでどれだけパワフルで世界を構築できるかを考えさせられました」と、リヨーは言う。「それを”TTS”でやってみようと思ったんです」


リヨーの新作は、電子音楽、ピアノ、オルゴールといった新旧の楽器、語りといった多次元的な要素をまじえ、それを一つらなりのスターリングテリングのような方式で展開していく。しかし、この作品にはそういった皮層に鳴り響いている音楽の中に、その裏側にはかなり奥深い意味が内在しています。


ルーシー・リヨーは、この作品を生み出すにあたって、韓国の民族楽器「パンソリ」の研究を行っています。パンソリは、18世紀に生まれ、一人の歌い手に合わせて鼓手が太鼓を叩くという形式の韓国の民族音楽です。アメリカの移民の家庭に生まれたリヨーは、祖父の時代、そのまたおうこの世代の暮らしにごくごく当たり前のように存在していた、その「パンソリ」にまつわる記憶を呼び覚ますため、はてないようにおもえる記憶の旅を企てる。それは基本的に、現代的な電子音楽やピアノをモチーフとし、往古の韓国で歌われていたかもしれないモノローグ方式のストーリーテリングという形を交えてくりひろげられていくのです。


リヨーの新作「Welfare/Practice」は、綿密な技法、サンプリング、フィールドレコーディング、そして、自身の声の録音という複数のマテリアルを多次元的にくみあわせることにより、シネマティックな視覚性をよびさまそうというものです。それは、この音楽家が音楽を感情表現と考えている証とも言えるのかもしれない。リヨーは、繊細で叙情性あふれる生きた音楽を通し、民族の感情の記憶をたどります。それらは、彼が生きる人生において直に聞いたかどうか定かではないものの、先祖たちが聴いたもの、接したものが、触れたものが、その際に生じた内的感覚が彼の遺伝子にしみついているのかもしれません。それは、ときには、喜んだ経験でもあり、傷ついた経験でもあり、また、楽しんだ経験でもある。その他、様々な先祖が体験したであろう感情を、リヨーはこのレコードで再現しようと試みる。それはすべての移民の心に共鳴する何かが込められ、韓民族にそれほどゆかりのない人の魂を捉えるものがあるはずです。


モダンで実験的な作風でありながら、リヨーは、ーーパンソリーーそれにまつわる祖国の民衆の暮らしというテーマを通して韓民族の深い感情の記憶をこのアルバムでたどり、歴史の錯綜により複雑化した定からなぬ謎を解きほぐしていこうと試みていきます。それは、アルバムジャケットにあらわされているように、バラバラに散らばったパズルをかき集めるような途方も無い企て。彼自身が人生において実際に見たのかどうかさえ定かではない、遠い時代を生きたリヨーの祖先のアメリカへの移民としてのおぼろげな記憶にはじまり、それよりもさらに古い、それよりももっと古い、韓民族としての原初の記憶に定着した日常的な暮らしに至るまで、ルーシー・リヨーは、自分自身のルーツをひたむきに追い求めていきます。真摯さのようなものが宿ることによって、このアルバムは表向きの静けさとは裏腹に強い芯のようなものが通い、圧倒的なパワーが与えられる。時に、サンプリングによって重層的に組合わせるアコースティックとエレクトリックの両側面の性格が絶妙に引き出された生き生きとしたサウンドは、さながら生きた有機物のように蠢き、純粋な美麗さを持って、稀に、強い痛みのようなものを伴って胸にグッと迫ってくる。また、それは何らかの癒しや共鳴のような気分を私たちに与えてくれます。


本来、感情表現をするのには、文章や詩が一番最適かと思われますが、それは人によって様々のようです。ある人にとってはそれは文章や絵であり、写真であり、ある人にとっては演劇であるもの、それはリヨーにとって、レコードという音楽の形式だったのであり、さらには、アルバムの中に内在するモノローグや対話をおりなしてくりひろげられていく、ささやかでありながら壮大な物語でもあったのです。ルーシー・リヨーの紡ぎ出す精神的に凛としたはかなさを持つ音楽は、多種多様な実験的な試みを介して、民族の歴史や源泉を遡行しながらたどっていく。果たして、それはあらかじめ何らかのかたちで約束されていたものであったのだろうか・・・。このレコードーーひとつの記録は、様々なルーツを持つ人に静かな共鳴を与え、感情のもつ現実的な側面を提示し、奥深い情感を与え、さらに、人間の感情というものがどれほど多彩であるのかを教えさとしてくれる。様々な記憶の感情を丹念に辿るリヨーの音楽を通しての試みは、せつなげな情感を滲ませています。




 Arcade Fire 「WE」



 

 

Label:Arcade Fire Music

 

Release:5/6,2022


 

 振り返ってみると、2004年の「Funeral」は、アーケイド・ファイアにとってのデビュー作、そして、カナダのロックシーンを世界のミュージックシーンに知らしめた劇的なアルバムでした。当時のカナダ版タイム誌は、このロックバンドについて「カナダ最高の輸出物」と称した他、アメリカの音楽メディア、ピッチフォークがこのデビュー・アルバムを大々的に取り上げ、この音楽サイトの知名度を引き上げました。それから、十八年が経ち、アーケイド・ファイアは、また、別のロックバンドに生まれ変わる道を選んだというように思えます。特筆すべきなのは、アルバムの録音が行われたのは、2020年から2021年にかけて。その間、様々な出来事がカナダという国家に、アメリカに、ヨーロッパに、そして、アジアに、世界的に様々な事象が起こりました。パンデミックの流行の時代、アメリカの大統領選挙、その後の動乱、金融にしろ、政治にしろ、不均衡さがいやますばかりの世界、きわめつけは、ウクライナでの動乱の連続、肥大化する暴力と圧政、虐げられる小さな市民たち、今、世界には様々な怒りが満ち溢れており、地球そのものが悲痛な呻きを上げる。悲惨な現代社会が、至る場所に、至る地域に、たとえ、どの国家に所属していても、あるいは、また、どの人種に属していても、目の前に見えるのは、きわめて暗い悲惨な出来事ばかりが起きているように感じられます。

 

 アーケイド・ファイアのメンバーは、そういった、悪夢的な、壊滅的な、また、混沌とし、取り返しがつかなくなりつつある世界に対し、ロック、ポップにより、その他にも様々なアプローチを交え、善い方向に導こうと努めています。そして、音楽の持つ本来の力を彼らは心から信じ、それをこのアルバムで体現しようとしています。アルバムのタイトル「WE」は、1920年から21年に書かれたソビエトの作家、エフゲニー・ザムヤーティンによる同名の小説「WE」というディストピア小説に基づいています。この伝説的な小説「WE」は、その後、ジョージ・オーウェル、そして、オルダス・ハクスリーといったSF作家に強い影響を及ぼしています。

 

 また、アルバム「WE」は、レディオヘッドのコラボレーターとしてよく知られるナイジェル・ゴッドリッチと組み、ウィン・バトラーとレジーヌ・サシャーヌがプロデュースを行った作品です。カナダのバンドではありながら、アメリカを中心にレコーディングを行い、ニューオーリンズ、テキサス州エルパソ、また、メイン州のマウントデザート島、複数の箇所でレコーディングが行われ、さらに、ロンドンのO2アリーナでラストライブを行ったばかりのザ・ジェネシスのピーター・ガブリエルがゲストボーカルとして「Unconditional Ⅱ」 に参加していることにも注目でしょう。


 「WE」は、コンセプトアルバムの呈を取り、長いロックミュージックのクロニクルともいえるような長大な構想に基づいています。それは、新しい時代の聖書でもあり、新しい時代の叙事詩でもある。それらを、カナダのロックバンド、アーケイド・ファイアは、多くのリスナーにとって親しみやすい音楽として表現しようと努めています。スタンダートなロック/ポップ、そして、彼らの持ち味であるシアトリカルな音楽性、それはまるでロックンロールのクロニクル、黙示録として描かれる。

 

 時に、ボブ・ディランのベトナム戦争に対する反戦歌、プロテスト・ソングの時代におけるアンチテーゼ、デヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」、クイーンの「Bohemian Rapsody」で繰り広げられたロック・オペラの雰囲気、ジョン・レノンの「Imagine」の大衆音楽における伝統性、プリンスの「Purple Rain」における艶やかさ、U2の「The Joshua Tree」での神聖さ、そういった近代のポップ/ロックミュージックのメインストリームの系譜をすべて受け継いだかのような、堂々たる風格を持った楽曲が全体の構造を堅固に支えています。


 アルバムの楽曲は、音楽として、人類の長い叙事詩を物語るようでもあり、人類の長きにわたる営みを、地上から離れた宇宙から温かく見守るかのようでもあり、言い換えれば、高らかな祝福がこのアルバム全体には込められているように思えます。アルバムにおいて、アーケイド・ファイアは、ロシアのディストピア小説から引き出されたテーマを、現実社会と照らし合わせるかのように多様性を交えて展開させていきます。また、バンドの演劇的な音楽の効果については今更説明するまでもないかもしれません。 


「WE」の中には、ポップ、フォーク、バラード、ロック、プログレ、オペラ、様々な音楽の形態が綿密なストーリーを形作り、それらが最初に用意された構想として見事に組み上げられています。音楽の多彩さは欠点とはならず、一貫したテーマが強固に通じている。これが、この作品を聴いていて、多くのリスナーが安堵を覚えるだろう理由です。最近のロックミュージックに失われつつある、普遍的な音楽の安心感がこの作品には満ちており、子供からお年寄りまで、また、国家や人種を問わず、幅広い人たちが楽しめるアルバムをアーケイド・ファイアは生み出すことに成功しています。

 

そもそもロックミュージックの存在意義とは、一体何なのか? そもそも、現代のミュージシャンの役割とは何なのか?   その答えがこのアルバムに全て込められています。かつて、ジョン・レノンが「Imagine」で歌った「自分の後に継いてくる人が必ずいるものと信じている」と、なぜ歌ったのか。つまり、レノンの言葉を、未来に引き継ごうするグループがアーケイド・ファイアなのです。今後、人類がこれから向かう先には、現時点では、明るいものがあるようには感じられず、どこもかしこも、二十世紀の初め、ソビエト時代の作家、エフゲニー・ザムヤーティンが、文学として最初に描いた概念「ディストピア」の世界が見いだされる。


それでもなお、アーケイド・ファイアは、ロックバンドとして、ディストピアに対峙しようと、最前線に勇ましく立ち続ける。彼らは、世界の絶望の中に、一滴の明るい希望を見出そうする。現時点の社会情勢がいかに悲惨なものであろうと、アーケイド・ファイアは信じている。人類の明るい未来を、人類の希望を、華やかで明るい世界を信じている。だからこそ、このような壮大な構想を擁した作品が生み出すことが出来たのです。「WE」は、現代に現れるべくして顕れたモンスターアルバム、非の打ち所のない、新時代を告げるロックの名盤です。このレコーディングを最後に、バンドに別れを告げた最初期からの中心メンバー、ウィル・バトラーは、素晴らしい遺産をアーケイドファイアに残していきました。


 

100/100(Masterpiece)

 

 

 

Weekend Featured Track 
 
「WE」 
 

 William Basinsky/Janek Scaefer 「... on reflection」 

 


 


Label: Temporary Residence


Release: April 29.2022



最近の多くのミュージシャンのコラボレーションの傾向を見るかぎり、多くのミュージシャンが音楽という枠組みを越え、さらにより広範な表現性を追求しようと試みているのかもしれなません。

 

それは映像、インスタレーション、他のコンピューターテクノロジーを駆使した何らかの音楽以上の媒体が今後生み出されていく気配も感じられる。そして、アメリカのテキサス出身のアンビエント音楽家、近年、ニューヨークを拠点に活動するウィリアム・バシンスキーもまた同じように、ここ十数年、音楽という単一の表現法をさらに押し広げようと努めてきたアーティストです。

 

ウィリアム・バシンスキーは、ノーステキサス大学で、サクスフォンの演奏を体系的に取得した音楽家であり、なおかつまた、クラシックとアバンギャルドジャズの双方に造形が深い音楽家でもあります。その表現方法は、最初期の「Watermusic」の時代から多彩さにあふれています。ブライアン・イーノに対するリスペクトを持ちつつ、更に、独自の手法、録音したテープをヒップホップのサンプリングのようにぶつ切りにするか、繋ぎ合わすことによって異質なアンビエントを生み出します。PCのラップトップのトラックメイク、テープの繋ぎの手作業により、実験的な作風を導き出すバシンスキーの作曲技法は、クラシックとフリージャズの中間点にあり、原型のフレーズを徐々に暈しながら変形させてゆくという、かなりアバンギャルドなものです。

 

今回のアルバム「...on reflection」において、ウィリアム・バシンスキーは、アンビエント音楽家のヤネク・シェーファーを共同制作者として招くことで、2003年の「Merancolia」の時代のような静謐なピアノアンビエントへの回帰を果たしているように思えます。最近、シンセサイザーを主体にした、SFのような世界観を持つ作品を生み出していたバシンスキー(例えば、2019年の「On Time Out Time」などが挙げられます)は、「...on the reflection」において、自身のキャリアの原点回帰を図り、新たな環境音楽(アンビエント)の領域を切り開いたと言えるかもしれません。繊細かつ内省的なピアノの細かなフレーズ、それは、楽節とも呼べないほどのミクロな単位のフレーズを、バシンスキー/シェーファーは、独特なサンプリング法を用い、空間的な広がりを持つサウンドスケープを付加することで、創造性の高い音楽が展開されていきます。

 

今回のアルバムには、いくつかの間奏を挟みながら、一曲目の「on reflection(one) 」の主題が延々と反復されるか、あるいは変奏されます。表面的には、クラシックでいう、変奏曲の5つの形式が提示されていますが、全体的には、古典的なソナタ形式が採用されていて、Ⅰ、Ⅱ曲目がA楽章,Ⅲ曲目がB楽章、Ⅳ、Ⅴ曲目のおいて、A'という構造に分解することが出来ます。二曲目の終盤から三曲目にかけて、アコースティックピアノとシンセサイザーを生かした強い印象を持つダイナミックスな展開が繰り広げられていくのが、このアルバム最大の盛り上がりといえるでしょうか?? しかし、そのアルバムの中盤で、電子音楽としての山場を迎えた後、だんだんとダイナミクスは弱められていき、静かで、清涼感のある安らいだ境地へと導かれていきます。

 

「...On Reflection」において、ウィリアム・バシンスキーがアンビエント・ミュージシャンとして表現を試みるのは、外側に放射されるエネルギーではなく、内側に向かって静かなエネルギーを丹念に紡ぎ出すこと。それらのエネルギーが、音としての反射を描くかのように、外側から中心点に多彩なアプローチを駆使しつつ向けられていく。これらのソナタの三部形式のアルバムは、生まれたばかりの赤子に聴かせる手作りオルゴールのように、柔らかで、安らかさに満ちている反面、強い思索性を内包している。それは、聞き手にとり、鏡越しに音楽を眺める(聴く)かのような奇妙な感慨をもたらす・・・。例えば、美術館のガラスの向こうに展示されている絵画、それは、バシンスキーにとって、環境音楽にほかなりません。そして、バシンスキーは、澄明な音を生み出すことにかけては類をみないほどの名人ということが、「...on reflection」と題された五つのバリエーションを通じて良く理解出来るはずです。(これは、画家のフランシス・ベーコンが、自らの絵画を展示する際に、「透明な鏡」の重要性を主張したことと相通じるものがある)

 

アルバムは、一見ほとんど理解しがたい形で進行していくように思えるかもしれません。それは、最初の主題が複雑に変奏され、原型を留めないような形のバリエーションが凄まじい回数繰り返されるという理由によるものです。この古典的なソナタ形式が取られたアルバムの途中、リスナーは惑乱させられ、甘美的な混迷の渦へと誘われていく。しかし、それすらおそらくこのバシンスキー、シェーファーのアンビエントの二人の大家の作曲の構想中に組み込まれていることなのです。リバーヴ、ディレイを徹底的に打ち出し、シンセサイザーのシークエンスを重層的に積み上げていき、フレーズを徐々に、暈しの技法を駆使することにより、抽象的な音楽観が導き出されています。特に、これは、共同製作者の一人、ウィリアム・バシンスキーの美学という概念が複数の瞬間で提示されています。それはまた、内省的なピアノのフレーズによって印象が強められ、ピアノのフレーズを徹底的に反復させることで、それまで存在しえなかった空間が生まれ、徐々に押しひろげられる。リスナーは、最終的に音楽の向こう側に、晴れやかで祝福された瞬間を見出すのです。


それ以前の変奏において、その予兆は、はっきりと示されていますが、エンディングを飾る5曲目の変奏曲は、二人のアンビエントの作曲技法を介して、名人芸の域に高められているといえるかもしれません。クラシック、電子音楽、実験音楽の類まれな融合性は、秀抜した領域へ持ち上げられ、ミニマルなピアノのフレーズが幾重にもかさねられ、最初の主題の印象が強められていった後、提示されるのは、喧騒とはかけはなれた、音の乏しい、静かで、安らかな、純粋な世界・・・。その先にかすんで見えるのは、車の通行音、クラクション、鳥のすずやかな鳴き声・・・。現実的なサウンドスケープの数々が、夢想のはざまに、清冽な水の反射を写し取るかのように、心地よくぼんやりとゆらめいている。聞き手は、五つの幻想と現実の狭間を漂いながら、このアルバムの持つ世界に没入していく。いくつかの音の旅ーー変奏を経ながらーー最後の五つ目の変奏曲に差し掛かった時、ようやく「...on refelection」の本質が見極められるようになる。ウィリアム・バシンスキー/ヤネク・シェーファーというアンビエントの大家である両者が、音楽家として、天から祝福された領域に到達したという事実が見出されるのです。


90/100


Defcee/BoatHouse  「For All Debts Public And Private」

 

 

 

Label:Closed Sessions

 

Release:4/19 2022

 

 

ー慎み深い教育者のヒップホップ、あるいはアメリカの現代詩ー

 

 
 シカゴのヒップホップシーンには魅力的なオープンマイクシーンが築かれて来たことは多くの方がご存知と思われます。カニエ・ウェスト(Ye)に始まり、チャンス・ザ・ラッパー、ノーネーム、さらには、近年ではミック・ジェンキンスと素晴らしいラッパーたちが数多く活躍しています。アメリカ中西部、ミッドウェストには、ニューヨークやロサンゼルスとともにホットなラップシーンが存在する地域に挙げられます。特に、チャンス・ザ・ラッパーは、近年では、教育機関からの評価が高いラッパーであり、彼はハーバード大学で講演を行っているミュージシャン。これらのイリノイのヒップホップシーンには強い印象を放つラップシーンが築かれています。
 
 
 そして、イリノイ州シカゴの5人目のラッパーとして台頭しつつあるのが、Defceeというラッパーです。彼は、上記の同郷のラッパーたちとは異なるキャリアを持つ異色のラッパーです。
 
 
Defceeは、教育者としてシカゴの公立学校で教鞭を取っている人物であり、さらにYCAで教えたり、さらには、刑務所で子供たちにヒップホップのレクチャーを行ったり、シカゴのオープンマイクシーンと積極的な関わりをもってきた人物でもあります。そして、今週リリースされたばかりの最新作「For All Debts Public And Private」は、ホワイトヒップホップの金字塔であり、さらに、この教育者にとっての出世作ともいえるのではないでしょうか。彼はいくつかの海外のメディアで十五年間の休息を取ってきたともいわれていますが、正確には、Defceeは一度たりともラッパーとしての活動を休んだことはないとの指摘も行われています。実際、Defceeの作品の多くはミックステープの形態でリリースされているため、メインストリームシーンから見えづらい形で、アンダーグラウンドシーンのラッパーとしての活動を行ってきたようです。
 

 Defceeという人物は、慎み深い教育者であると言えます。近年、彼を悩ませてきたのが、金銭的な問題でした。彼は、ラッパーとして活動を続けたとしても、カニエ・ウェストのようなビックスターになれないと自分自身で考えていたため、積極的に作品のリリースに踏み切れない部分もあったのかもしれません。そのあたりの職業ミュージシャンとしてのジレンマ、いわゆるラップひとつでは飯を食っていけない、という万国共通の悩みが彼の音楽家としての才覚に長い間、蓋をしつづけてきたのかも知れません。しかしながら、彼は最早、そういった領域には音楽を置いていは居ない。何かしら宿命を背負う人間としてのラップを、この最新作で繰り広げようとしているのです。誰よりもクールに。そういった何か踏ん切りをつける、ラッパーとして覚悟を決める要因となったのが、近年、Defceeのプライベートには大きな変化が起こったことにより、彼はプライベートで結婚をし、大学院で教育の博士号を取得することにより、おそらく今後の人生における未来のヴィジョンのようなものが薄っすらと見えてきたのかもしれません。
 
 
 
彼は、実際、近年では、イリノイ州シカゴの公立学校で教鞭を取り、子供たちに科目を教えるかたわら、ヒップホップのレクチャーを行っているようです。しかしながら、Defceeの人物像の中には、敬虔深さ、そして、慎み深いラッパーとしての姿が浮かび上がってくるのです。彼は言います。「私は、ヒップホップについて誰よりも通暁しているわけではない」と。さらに、彼は言います。「むしろ、子供たちにヒップホップについて学ぶことのほうが多い」と。また、彼は言います。「ヒップホップシーンを築いたのは黒人であり、彼らに対して深い敬意を払わねばいけないんだ」と・・・。
 
 
これらのDefcee自身の言葉に代表されるように、最新作「For All Debts Public And Private」は、白人としての先駆的な黒人ラッパーたちの深いリスペクトと愛着が滲んでいます。これは、子供の頃から黒人のラップに親しんできた彼だからこそ言える力強さと説得力あふれる言葉なのです。
 
 
 
 この最新作では、全盛期のEminemのようなアンチヒーロー的な主題を置いたヒップホップが展開されていきます。近年では、同郷のミック・ジェンキンス、サザン・ヒップホップをはじめ、ラップ音楽がどんどん先鋭化していき、さらに、ミクスチャー化が行われ、様々な要素を織り交ぜたラップが生まれてきています。それは例えば、ラップのルーツでもあるR&Bへの回帰を果たす一派と、さらに、Jpegmafiaのようなグリッチテクノ/ノイズテクノに近い先鋭的な音楽、それから、Kendric Lamarのように、言語芸術の前衛性を追求する一派に分かたれているように思えます。しかし、今作「For All Debts Public And Private」におけるDefceeのアプローチは、近年のアメリカのトレンドを逆行するものです。もちろん、アナクロニズムというわけではありません、王道のブレイクビーツ、何の誤魔化しもない王道のヒップホップが全面展開されるのです。
 
 
共同プロデューサーに、Boathouseを招き、Billy Woods,greenSLLLIME,Kipp Stone、Mothe Natureといった面々をコラボレーターとして招き、フロウ、フリースタイルを交えてDefceeはクールなラップを披露し、さらには、複数のコラボレーターとの刺激的なマイクパフォーマンスのバトルが展開されています。それは何も体裁の良いものではなく、1980年代のラップバトルに見られるようなバチバチとした緊迫感がレコーディングから顕著に伝わってくる。この作品「For All Debts Public And Private」には、現地アメリカの音楽メディアが既に指摘しているように、1980年代の王道のヒップホップの影響が色濃く反映され、「ブームバップ・ビート」を多用した古典的なブレイクビーツが作品全体に取り入れられているようです。
 
 
ビートの組み立て方やリズム性自体は、おそらく1980年代の最盛期のヒップホップの王道を行くものといえそうですが、さらに、そこに新たなニュアンス、シカゴの大御所ラッパー、チャンス・ザ・ラッパーに代表されるようなアシッド・ヒップホップ、それは時に、アシッド・ハウス、さらには、イギリスのBurialのようなダブ・ステップ(ブリストルやマンチェスターサウンド)に近い甘美的で退廃的な雰囲気も多分に漂っている。ここでフロウやビートとして展開される音楽は、内へ内へとエナジーがひたひたと放射されていくことで、奇妙なグルーヴ感が生み出されてゆく。そこに、Eminemの全盛期を彷彿とさせるような冷徹なビートとフロウが静かに絡み合うことにより、奇妙で説明しがたいグルーブ感、つまり、独特なアシッド・ハウス的な効果が生み出されているのが、近年主流のヒップホップとは明らかに異なる点として挙げられます。
 
 
 プレイベートでの環境の変化があった事、公立学校での教育者として活動を行ってきた事、さらに、シカゴのオープンマイクシーンに強い関わりを持ってきた事、それらのしたたかな人生経験がこれらの凄まじい覇気を持つラップの楽曲に色濃く反映されているのでしょう。さらにそれにくわえ、オルタネイティヴ・ヒップホップとしての知性が込められ、さらに、そこには、アメリカ現代詩としての表現の究極性、言葉の行き詰まりに対するいらだちのようなものがスポークンワードの節々に滲んでおり、言葉を紡ぎ出す行為そのものに難しさに対する深いためらいや怒りが内面にひたひたと煮えたぎっている。そもそも、言葉を他者よりも上手く操れることではなく、言葉につまづくのが、傑出したラッパーとしての天性の資質なのです。また、詩人がそうであるように・・・。これまで、Defceeにとってのラップのライティングは、なんらかの精神的な治癒として効果を持ってきましたが、これまでの作品は、たしかに治癒としてのラップが存在したと語ってます。しかし、本人が話しているように、「For All Debts Public And Private」はそのかぎりではありません。本物の芸術表現としてのヒップホップを、彼はこの作品で追求しており、その覇気のようなものが凄まじい迫力で、耳にグッと迫ってくるのです。
 
 
 個々のトラックについては、説明を割愛させていただきますけれど、「For All Debts Public And Private」は、「Ragnarok」「Dunk Contest」「Bubble Coat」を始めとするオールドスクールの系譜にあたる佳曲が数多く収録されており、他の作品と比べるとアルバムとして強烈な異彩を放っています。(ケンドリック・ラマーの新作の出来に左右されるものの)今年のラップシーンの中でもかなり傑作の部類に入ると断言します。ここでは、オールドスクール・ヒップホップの本質である「覇気」のような凄みが随所に宿っています。Defceeは、教職者として公立学校やYCAで教鞭を取りつつ、他のアーティストとのラップバトルなどのリアルな表現活動を通じて、長いインディペンデントなラッパーとしてのキャリアを続けた末、自分独自の詩の言語表現、そして、自己の本当の姿を、この素晴らしい傑作の中で、見出すことに成功したのです。 
 
 
94/100
 
 
 
 

closed sessions:


Predawn

 

Predawn(プリドーン)は、清水美和子によるソロプロジェクト。2008年からpredawan名義でソロ活動を行っている。

 

インディーフォーク/オルタナティヴフォークの質感に加え、北欧のフォークトロニカ/トイトロニカに近い幻想的な作風が特徴とし、それをヴォーカル曲として親しみやすい形で提示している。ライブは基本的に弾き語りのスタイルを取り、観客との近い距離感を活動のコンセプトに置いている。

 

Predawnは、完全自主制作盤「10minutes with Predawn」をライブ会場と一部店舗で販売し、1年半で約2000枚を完売させる。2010年6月には、作詞/作曲/演奏/歌唱/録音をすべて一人で行った、1stミニアルバム「手のなかの鳥」をリリース、日本全国でロングセールスを記録した。
 

その後、日本国内の最大級のミュージックフェスティバル、FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN ROCK FESTIVALなど、数々の大型フェスやライブ活動を重ねながら、着実にインディーアーティストとしての知名度を確立していった。

 

2013年3月に1stフルアルバム「A Golden Wheel」をリリースした。デビューアルバムは、発売した初週にオリコンインディーズチャートで1位を獲得。Predawnは、2016年9月に初めて日本語歌詞に挑戦した2ndフルアルバム「Absence」をリリースしている。また、これまでの正式な作品で初めてゲストミュージシャン(神谷洵平、ガリバー鈴木、武嶋聡)を迎えて制作が行われた。2022年には最新作「The Gaze」をリリースした。この作品のアルバムジャケットは、Predawnの中学時代の同級生でもあり芸術家として活躍する大小島真木が制作を手掛けている。


Predawanはソロ活動の他にも、数多くのアーティストの作品にコラボレーターとして名を連ねている。Rayons、andymori、QUATTRO、Eccy、Marble Sounds(ベルギー)、Turntable Films、菅野よう子、TOWA TEI、大野雄二など、錚々たるアーティストの楽曲にゲストヴォーカルとして参加している。そのほか、木村カエラとのコラボレーション、映像への楽曲書き下ろしなども行っている。

 

 

 

「The Gaze」

 



Label:Pokhara Records  

  

Release:2022 4/13

 

Genre:Altenative Fork

 


清水美和子のソロ・プロジェクトであるPredawnは、2010年のデビュー作「手のなかの鳥」から4作のアルバムにおいて、アコースティックギターのささやかな弾き語りのスタイルを介して、様々な音楽によって私達を魅了しつづけています。このアーティストがそれほど大規模な会場で演奏してこなかった理由は、ライブに来場する聞き手ひとりひとりとの距離感を大切にしており、その人達に、わかりやすい形で、親しみやすい音楽を届けようとしてきたからなのかもしれません。

 

Predawnは、フォーク、ポップス、クラシック、さらに、フォークトロニカ、トイトロニカという多種多様な形式を通じ、英詩でありながら、日本のリスナーにも親しみやすい音楽表現を真摯に追い求めてきました。Predawnのアコースティックギター、そして、ヴォーカルの兼ね合いにおいて生み出されるのは、子供向けの絵本に見受けられるような幻想性、お伽噺のような可愛らしい世界を、アコースティックギター、清水美和子さん自身の優しげな歌声によって、どのように聞き手に理解しやすく組み上げていくのか、という点にコンセプトが置かれていたように思えます。そして、およそ五年ぶりのリリースとなる最新アルバム「The Geze」では、約十年前から追い求めてきたPredawnの表現性が遂に完成を迎えたといえるかもしれません。

 

オープニングを飾る「The Gaze」は、ビートルズの「Strawberry Fields Forever」で最初に取り入れられたメロトロンが全体的な楽曲構成の中に組み入れられ、それが清水美和子の少しハスキーな声質、繊細なフィンガー・ピッキングのアコースティックギターの叙情性あふれる演奏が掛け合わさることにより、インディーフォークとバロックポップを往来するような作風が生み出されています。ノスタルジアを感じさせる一方、現代的な音楽のスタイルが取り入れられているので、作品自体に強い芯のような精神性が通う。多種多様なアプローチーーインディーフォーク、イングリッシュバロック/チェンバーポップ、J-POP・・・、これらの要素が複雑かつ流動的に絡み合うことにより、強固盤石なキャラクター性が作品全体に通奏低音のように響き渡っている。

 

先行シングルとしてリリースされたオープニングトラック「New Life」(MVは、NHKの「みんなのうた」を手掛けている外山光男さんが制作)に象徴されるように、どことなく夢想的でもあり、幻想的であるものの、エレクトリック・ギターがアレンジに取り入れられていることにより、音楽により構築される世界は、現実性にしっかりと根ざしている。また、このアーティストらしいインディーロック/オルタナティヴロックに対する指向性も感じられるのは、これまでの旧作アルバムと同様、その音楽への愛着は本作でより強固になり、さらに円熟味を増しています。

 

この最新作「The Gaze」の中において、シンガーソングライターとして大きな前進を最も感じさせるのが「Canopus」です。この曲で、清水さんは、壮大な王道のバラード曲に取り組んでいます。ギター、ストリングス、ピアノ、シンセサイザー、これまでの十年で培われたソングライティングの経験を駆使することで、曲の印象は、細やかな小さな世界を飛び越え、ひろびろとした無限の世界へと羽ばたいていきます。カントリー/ウェスタンのコード、リズムを取り入れた「Willow Tree」をはじめとする遊び心たっぷりの楽曲も、アルバム全体の印象を、明るく、朗らかにしています。上記の楽曲のほかにも、「The Gaze」には、多くの聞き所が用意されており、幾つかの山や谷を超えた後、不意におとずれる劇的なエンディング「The Bell」を聴き終えた瞬間、きっと、大きな安らぎ、充実感を感じるはず。作品全体には、フォークのナチュラルな魅力に加えて、なんとなく、甘く、せつなげな叙情性がほんのり漂う。このアルバムは、五年という不意に訪れたブランクが、ソングライターとしての大きな成長を促した作品といえるかもしれません。

 


88/100



 

 


Predawn"The Gaze"Release Tour 



2022.05.13(Fri) 神戸 旧グッゲンハイム邸 *弾き語り 


2022.05.29(Sun) 沖縄 OUTPUT *弾き語り 


2022.06.10(Fri) 京都 磔磔 *弾き語り 


2022.06.12(Sun) 金沢 もっきりや *弾き語り 


2022.06.18(Sat) 福岡 LIV LABO *弾き語り 


2022.06.19(Sun) 福岡 LIV LABO *弾き語り 


2022.06.25(Sat) 新潟 ジョイアミーア *弾き語り 


2022.06.26(Sun) 熊谷 モルタルレコード *弾き語り [Sold Out] 


2022.07.01(Fri) 仙台 retoro Back Page *弾き語り 


2022.07.03(Sun) 札幌 PROVO *弾き語り 


2022.07.16(Sat) 名古屋 得三 *バンドセット 


2022.07.17(Sun) 大阪 Shangri-La *バンドセット 


2022.07.23(Sat) 東京 キネマ倶楽部 *バンドセット




Predawn公式ホームページ


https://predawnmusic.com/

 

Architecs

 

2004年にアーキテクツは、双子の兄弟、ダン・サールとトム・サールによって、イギリス・イーストサセックスのブライトンで結成された。

 

現時点のバンドのライナップは、ドラムのダン・サール、ボーカルのサム・カーター、ベースのアレックス・ディーン、ギターのアダム・クリスティアンソン、ジョシュ・ミドルトン。2013年、オフスプリング、NOFX、Bad Religionをレーベルメイトとして要するEpitaphと契約を結んでいる。



 

The Dillinger Escape Planをはじめとするポストハードコアバンドの影響を受けた最初のアーキテクツの通算3枚目のアルバム「The Here and Now」からメロディアスなポスト・ハードコアの方向性へ進んでいった。彼らは、その後、「Daybreak」で最初期のスタイルに原点回帰し、政治的な歌詞を導入しながら、楽曲におけるメロディーと演奏テクニックの均衡を図るようになった。2014年、六枚目のアルバム「Lost Forever//Lost Together」のリリース後、アーキテクツは、英国内の屈指のメタルコアバンドとして不動の人気と批評家の賞賛を獲得した。

 

7作目の「All Our Gods Have Abandoned Us」のリリース直後、バンドは不幸に見舞われた。2016年にギタリスト兼ソングライターのトム・サールが三年間皮膚がんの闘病を送った後、この世を去っている。この後、オリジナルメンバーはダン・サールのみとなった。2017年9月、トム・サールが死に見舞われる直前に取り組んでいたシングル「Doomsday」をリリースする。これは、トム・サールなしでレコーディングされたアルバム「Holy Hell」に収録されている。その後、最高傑作との呼び声高い「For Those That Wish To Exist」を2021年にリリースしている。







「For Those That Wish To Exist At Abbey Road」 Epitaph   2022





Tracklist

 

1.Do You Dream of Armageddon? ーAbbey Road Versionー

2.Black LungsーAbbey Road Versionー

3.Giving BloodーAbbey Road Versionー

4.Discourse is DeadーAbbey Road Versionー

5.Dead ButterfliesーAbbey Road Versionー

6.An Ordinary ExtinctionーAbbey Road Versionー

7.ImpermanenceーAbbey Road Versionー

8.Fight Without FeathersーAbbey Road Versionー

9.Little WonderーAbbey Road Versionー

10.AnimalsーAbbey Road Versionー

11.LibertineーAbbey Road Versionー

12.GoliathーAbbey Road Versionー

13.Demi GodーAbbey Road Versionー

14.MeteorーAbbey Road Versionー

15.Dying Is Absolutely SafeーAbbey Road Versionー




今週の一枚としてご紹介させていただくのは、UKのメタルコアバンド・アーキテクツの最新作「For Those That Wish To Exist At Abbey Road」となります。



 

この作品は、昨年リリースされたアーキテクツの最新のオリジナルアルバムのリテイクとなります。何と言っても、このアルバムの最大の魅力は、ザ・ビートルズ、ピンク・フロイド、英国内の偉大なロックバンドがレコーディングを行ってきたレコーディングスタジオ「アビー・ロード・スタジオ」で録音が行われたことに尽きるでしょう。

 

この作品には、ライブ盤のような生演奏のド迫力、ハリウッドの映画音楽のような大掛かりなスケール、そして、物語性を感じさせる話題作です。前作のスタジオ・アルバム「For Those That Wish To Exist At Abbey Road」についても同様に、UKメタルシーンの屈指の名作に挙げられる作品で、インディペンデントレーベルからのリリースだったのにも関わらず、英国内のチャートで堂々1位を獲得。彼らの現時点での最高傑作と言っても差し支えないでしょう。



 

今作のアルバムは、メタルミュージックのこれまでの歴史を振り返っても屈指の名作の一つに挙げてもおかしくはないかもしれません。それくらいの壮大なスケール、物語性を兼ね備えているように思えます。メタル・コアというパンクロック寄りのアプローチが図られていながらも、1980年代のメタルミュージックの「様式美」に対する敬意がにじみ出たような作品です。今作では、ライブ・アルバムのコンセプトが取られ、メタリカの往年の名作「S&M」に近いスタイルーーメタルバンドの演奏とオーケストラレーションの融合ーーを試み、それらを長大な交響曲として完成させようという試みが行われています。

 

この両者に違いがあるとするなら、メタリカの方は、観客を入れて視覚的なエンターテインメント性を確立したのに対して、今回のアーキテクツの試みは、純粋な音楽として未知の領域へ挑んでいます。往年のUKの名ロックバンド、ピンク・フロイドやビートルズの恩恵に浴し、このライブレコーディングにおいて、メタルとクラシックの融合をレコーディングライブとして行っています。



 

レコーディングに際して、アーキテクツは、パララックス・オーケストラの指揮者、英国作曲家賞(BASCA)を三度受けているサイモン・ドブソンに前作の編曲を依頼。今回、編み出されたアビー・ロードのライブレコーディングでは、原曲に忠実なアレンジメントが施され、さらにそこに、ハリウッド級のドラマ性、緩急、迫力が加わり、ゴシック建築のような堅固な構造を持つ楽曲が生み出され、メタリカの名作「S&M」のような緊迫感を持ったスリリングな傑作が誕生しています。

 

例えば、メタリカの「S&M」に代表されるメタルとクラシックを融合したライブレコーディングにおいて、こういった異なるジャンルの試みとして、どうしても大きな障壁となっていたのが、オーケストラの楽器とロックバンドの楽器の音域の重複でした。 ロックバンドとオーケストラの演奏を並列させてみた際には、ベースにしろ、ドラムにしろ、ギターにしろ、ストリングスと管楽器の特性であるミドルレンジの音域が重なってしまうので、ライブとして出音される楽曲の印象がぼやけてしまうという難点があります。



 

そこで、かつて、メタリカのライブステージの音楽監督を担当したマイケル・エメリックは、この問題に対して、ドラマーのラーズ・ウルリッヒと何度も話し合いを重ねた結果、最終的には、カラヤンがベルリン・フィルとチャイコフスキーの交響曲を演奏した時に近い、画期的な管弦楽法の手法を選び、弦楽器の奏者の数を単純に倍加させ、オーケストラ奏者の大編成を作ることによって、なんとかメタリカのサウンドに負けない、分厚い中音域を生み出すことに成功しました。

 

しかし、このメタリカのS&Mでの先例を知ってのことなのか、今回、サイモン・ドブソンはこれと異なる手法を選ぶことによって、前作の「For Those That Wish To Exist」自体を新たに生まれ変わらせました。ストリングスや管楽器の編成を増やすという手法ではなく、このバンドの楽曲を徹底分析し、ミドルレンジの音域が重複しないように細心の注意を払いつつ既存の楽曲に巧みなアレンジメントを施し、ギター、ベース、ドラムのフレーズの引きどころを踏まえた上で、ギターのフレーズ、ドラムのショットを利用し、4つのストリングスのトレモロ、パーカッションのオーケストラ・ベル、フレンチホルンを始めとする、迫力ある金管楽器のアレンジメントを導入することで、これらの原曲にダイナミックでドラマチックな効果を添えています。



 

前作のアルバムと同じく、アーキテクツの今回のライブ・アルバムには、The Usedに代表されるスクリーモの影響を受けた激しい火花のような印象を持つメタル・コアの楽曲、北欧メタルやパワー・メタルの美麗な叙情性の滲んだ楽曲、それらの苛烈な楽曲の合間に挿入されるクールダウンの効果を持つドラマティックなバラード、これらの三つの要素を擁する楽曲がバランス良く収録されています。今回のアビー・ロード・スタジオでのライブは、きわめて聴き応えがあり、メタルとしての熱狂性を持ち、それと対比的な思索性を兼ね備えた非の打ち所のない作品です。

 

さらに、アーキテクツのメンバーは、このレコーディングに凄まじい覇気をこめており、それがライブの音の中にありありと込められているように思えます。今回の貴重なライブレコーディングを聞くかぎりでは、やはり、英国のロックバンドにとって、Abbey Road Studioは、格別の思い入れが込められた「聖域」とも呼べる場所なのでしょう。さらに、アーキテクツのメンバーのこの伝説的なスタジオに対する深いリスペクトがこのレコーディングの瞬間に全力で投じられています。それが、作品自体に、鬼気迫るような迫力、まばゆいばかりの煌めきをもたらしています。

 





Widowspeak

 

ウィドウスピークは、アメリカ合衆国、ニューヨーク市ブルックリンを拠点に活動するインディーロックバンド。これまでのスタジオ・アルバムをすべて同市のインディーズレーベルであるCaptured Tracksからリリースしており、謂わばレーベルの看板アーティストともいうべき存在である。


バンドは、ギタリスト兼ボーカリストのモリー・ハミルトン、そしてギタリストのロバート・アール・トーマスで構成されている。基本的にはデュオとして活動しているが、レコーディング、ライブ時にはサポートとして、ウィリー・ミューズ(ベース)、ジェームス・ジャノ(ドラム)が参加してバンド体制となる。

 

2010年、ウィドウスピークは、ニューヨーク・ブルックリンで、タコマ・ワシントン出身のモリー・ハミルトン、友人のマイケル・スタジアックによって結成された。彼らは、10代の頃から顔見知りだった。その後、二人は、ギタリストのロバート・アール・トーマスと出会い、一緒に練習を始める。


2011年にデビュー作「Widowspeak」をブルックリンに本拠を置くレーベル「Captured Track」からリリースし、インディー・ロックバンドとして高い評価を得た。

 

シングル「Hash Realm」は、TVシリーズ「アメリカンホラーストーリー」のエピソードとして紹介された。2012年、バンドはその後のツアーのため、Pamela Garabano-Coolboughをバンドメンバーとして採用する。

 

 ファースト・アルバムのリリースツアーを行った後、 最初のメンバーであったスタジアック、ガラバノ・クールバーグが脱退する。


2012年の初め、二枚目のフルアルバム「Almanac」の制作を開始する。この作品のレコーディングエンジニアは、プロデューサーのケビン・マクマホンが抜擢されている。また、ウィドウスピークは同年のオア割に、ハドソンリバーバレーの100年前の納屋で録音を行い、2013年1月にこの作品をリリースした。

 

2015年、ウィドウスピークは、三作目のスタジオ・アルバム「All Yours」をリリースした。このアルバムには「Stoned」というドリームポップのアンセムソングが収録されている。また、その後、四作目のアルバム「Expect The Best」を2017年にリリース。この作品は、モリー・ハミルトンがワシントン州のタコマに戻り、ソングライティングを手掛けた彼らの始まりへの回帰をしめす作品であり、ニューヨーク州ニューヴァルツのMarcata Recordingで録音が行われた。

 

その後、ウィドウスピークは2020年に五作目となるスタジオ・アルバム「Plum」を制作した。デビュー当時から一貫してキャプチャードトラックスからのリリースを行っており、派手さこそないものの、秀逸なポップセンスを持った良質なインディーロックバンドとして活動を続けている。

 

 

 

「The Jacket」 Captured Tracks   Release Date: 3/11 2022

  




Tracklisting

 

1.While You Wait

2.Everything Is Simple

3.Salt

4.True Blue

5.The Jacket

6.Unwind

7.The Drive

8.Slow Dance

9.Forget It

10.Sleeper



さて、今週の一枚として紹介させていただくのは、昨日、3月11日に、Captured Trackからリリースされたウィドウスピークの通算6作目のスタジオ・アルバム「The Jacket」です。既に、先行シングルとして、「Everything Is Simple」「While You Wait」 「The Jacket」という三作品が先々月からファンの前にお目見えしていましたが、遂に、昨日、フルアルバムがリリース、ストリーミング配信、CD、及びLP盤の発売も合わせて解禁となりました。

 

先行シングル「Everything Is Simple」がデジタル配信、MVが公開された時点から、この6作目のウィドウスピークのアルバムがバンドにとって記念碑的な作品、また、最高傑作になることを確信していましたが、いざ、昨日に届いた新作を聴いてみると、期待以上の素晴らしい完成度を持つ作品です。これまで、2010年から十年にわたるキャリアを持つウィドウスピークの、バンド、デュオとしてのキャリアの集大成をなすような作品が生み出されました。さらに、このアルバムは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドからのインディーローファイの系譜が引き継がれて、それが現代のバンドとして大きな結実を果たした作品とも言えるでしょう。

 

「The Jacket」は、Homer Steinweiss(Sharon Jone&the Dap-Kings,El Michels Affair),Robert Earl Thomasの両者による共同プロデュース作品で、ミキシングはChris Coady(Beach House,Yeah Yeah Yeahs)が担当しています。表面的には、モリー・ハミルトンのアンニュイでキュートなキャラクターが前面に押し出されているものの、アルバム作品の全体的な世界観を巧みにコントロールするのは、ギタリストのロバート・アール・トーマスで、ウェスタンミュージックの影響を感じさせるワイルドな雰囲気が作品全体に妖しげに揺曳しています。

 

この要素が、モリー・ハミルトンのアンニュイなボーカルと絶妙に合わさることにより、ローファイかつ甘美な雰囲気が作品全体にほのかに漂い、聞き手を魅了させもし陶然とした境地へと導くことでしょう。ローファイ感あふれる芳醇な時間の流れは、現実の時間そのものを忘れさせる世界観を持っています。また、おわかりの通り、ウィドウスピークの最新作「The Jacket」は、表向きには音楽という形態を取りつつ、ときに、映画的でもあり、また、ときに、物語然としたコンセプト作にも近いサウンドの印象を併せ持っています。これは確かに、前作の「Plum」までのアルバムには感じられなかった要素で、十年の間、バンドとして熟成されてきた才覚の芽のようなものが、遂に、通算六作目のアルバムにおいて花開いた瞬間と形容出来るでしょう。

 

サウンド面では、The Jacketはバンドが普段どおりベストな状態であると言えます。このアルバムは、深く呼吸しており、開放的で豊かな瞬間、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのようなラフで直接的なアプローチが行われています。レイヤーを重ねたギター、埃っぽいパーカッション、アンブリングなベースラインで構成され、穏やかで漂うようなバラードが、ジャムの間でダイナミックかつシームレスに変化を果たす。


気まぐれなフルート、コーラス・テクスチャー、オルガンも聴くことが出来る。アール・トーマスのギタープレイは、これまでと同様、叙情的で感情的であり、他方、ハミルトンのボーカルは、程よく力が抜けています。さらに、シームレスなダイナミックさは、クリス・コーディーのミックスによって増幅されていきます。バンドは、Yo La Tengo,Neil Young,Cowboy Junkies,Cat Power,Richar&Linda Thompson,など、彼ら二人が長年にわたって影響を受け続けているアーティストを今なお「ジャケット」として華麗に袖に纏っているのです。

 

スロウコア、ドリーム・ポップ、パシフィック・ノースウェスト、インディー・ロック、アウトロー・カントリー、実に多種多様な要素を巧みに取り入れ、60年代と90年代を融合させた美的感覚を生み出しているのが非常に見事。さらに、興味深い事に、独自の言語で多層的な物語をより良く伝えるための道具として、独自の美的なフィードバックループを駆使しています。このアルバムの音楽のノスタルジー性は、古い自己、見いだされた自己、本当の自分を振り返る歌詞に新たな意味をもたらしています。

 

「The Jacket」は、現代的な快適さを持つレコードであり、集団としての一時停止のような奇異な感覚をもたらすバンドとしての心安さが浸透した傑作です。ギター・ロック、ソングライターのレコードでありながら、聴き馴染みのある構成がなされており、何かしら新鮮味を感じさせる良盤です。

 

 

Featured Track  「The Drive」