New Album Reviews Chihei Hatakeyama 「Void ⅩⅩⅣ」

 

Chihei Hatakeyama


 

畠山地平は神奈川県出身の日本を代表するアンビエントミュージシャンである。

 

2008年、電子音楽を専門とするKranky Recordsからデビュー・アルバム「Minima Moralia」をリリース。2010年には、hatakeyama自身が主宰するレーベル、White Paddy Mountainを立ち上げ、作品のリリースを行っている。


畠山地平の音楽性は、アンビエント、ニューエイジ、実験音楽に分類される。総じて、BPMは遅いのが特徴である。

 

ラップトップでギター、ピアノ、ヴィブラフォンを録音し、トラック自体をループ的に処理することにより、重層的なテクスチャーを生み出す。ロスシルやティム・ヘッカーといったアンビエントプロデューサーの方向性に近く、そこに日本らしい叙情性が加えられている。また、畠山地平は、きわめて多作なミュージシャンとして知られていて、2021年までに、70以上もの作品を残している。また、補足として、プレミアリーグの熱烈なエヴァートンファンであることも知られている。 


近年、アンビエントアーティストとして、アメリカだけにとどまらず、イギリスでの知名度が高まりつつあり、今年、BBCのRadio6で、畠山地平の楽曲がオンエアされていることも付記しておきたい。

 

 

 

 

 

「Void  ⅩⅩⅣ」 White paddy Mountain  2021 

 

 

 

 

 

Scoring




Tracklisting

 


1.Ready For Arrival

2.Longing for the Moon

3.Gathering and Dispersion

4.Gathering and Dispersion Ⅱ

5.Cosmos Elegy

6.Venus of the Four Seasons

7.A Sailor Always Finds His way Out of a Storm

8.Rest In Peace

9..Rest In Peace Ⅱ

 

 

中国の「三国志」に触発され、製作されはじめたという畠山地平の通称「Voidシリーズ」も、2014年の「Void V」から始まり、七年間で遂に「ⅩⅩⅣ」まで到達。

 

この一連の連複したスタジオ・アルバムにおいて、畠山地平は、一貫したアプローチを採用している。すべて連作として捉えても差し支えないほど心地よいサウンドスケープが一面に広がっている。そして、アルバム・ジャケットについても同じで、ヴァリエーションのような手法が取られている。

 

今回の「Void ⅩⅩⅣ」もまた、いかにも畠山地平らしいドローン、アンビエントの中間点を彷徨う作風である。

 

前作と同様に、音楽のメロディーではなく、全体像がそのまま作品として提示されているという点も変わりはない。

 

今回の作品は、アンビエントの王道を行くロスシルに近い作風であり、曲を流し始めると、いつの間にか終了している。

 

これは、たしかにドビュッシーや後期のフランツ・リストが最晩年に落着した作風でもある。しかし、それは存在感を薄めているわけでなく、反面、強い存在感を感じさせる作品となっている。常に、今作では、サウンドスケープの概念が提示され、アンビエントのシークエンスの中に、非常に薄くギターフレーズが被せられているあたりは、Feneeszの音楽に近いアプローチのように思える。

 

クラシックであれば、変奏曲というのは慣れ親しまれているが、近年、ドイツのGAS、そしてアメリカのバシンスキーをはじめとするアンビエントアーティストたちがこの電子音楽の領域で、かつてヨーロッパの中世の作曲家たちが好んだ「変奏曲」の手法を取り入れるようになってきている。

 

興味を惹かれるのは、ドイツ、ロマン派の作曲家は、作品単位で変奏曲を生み出し、その作曲の腕を競っているような感もあった。一方、現代の電子音楽家たちは、アルバム作品単位でこれらの変奏に取り組むようになってきていて、畠山地平も日本を代表するアンビエントアーティストのひとりとして、この世界的なヴァリエーションの流れに追従していこうというのかもしれない。

 

そして、前作「Void ⅩⅩⅢ」と同じように、ロスシルやフェネスのアンビエントと異なり、東洋、アジア的な反響の空気感がこの作品の中に取り入れられていることに、西洋のリスナーはおそらく大きな驚愕を覚えるに違いない。そう、これは西洋のアンビエントではなく、東洋、アジアらしいアンビエント音楽といえるのである。

 

今作「Void ⅩⅩⅣ」で繰り広げられるサウンドスケープというのは、彼が掲げる三国志のテーマに則ったものであり、中国の水墨画のような淡い質感を描きだされているのが主な特徴である。そして、その音像の奥行きというのは、前作よりもさらに拡張され、ときに宇宙的な広がりに及ぶ。霧がかり、薄ぼんやりとし、先を見通すことの出来ない音像の風景。それはまさに、この日本アンビエントの旗手である、畠山地平にしか生み出せない独自の音響芸術でもある。

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