Weekly Recommendation William Basinsky/Janek Scaefer 「... on reflection」

 William Basinsky/Janek Scaefer 「... on reflection」 

 


 


Label: Temporary Residence


Release: April 29.2022


Genre: Piano Ambient


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最近の多くのミュージシャンのコラボレーションの傾向を見るかぎり、多くのミュージシャンが音楽という枠組みを越え、さらにより広範な表現性を追求しようと試みているのかもしれなません。

 

それは映像、インスタレーション、他のコンピューターテクノロジーを駆使した何らかの音楽以上の媒体が今後生み出されていく気配も感じられる。そして、アメリカのテキサス出身のアンビエント音楽家、近年、ニューヨークを拠点に活動するウィリアム・バシンスキーもまた同じように、ここ十数年、音楽という単一の表現法をさらに押し広げようと努めてきたアーティストです。

 

ウィリアム・バシンスキーは、ノーステキサス大学で、サクスフォンの演奏を体系的に取得した音楽家であり、なおかつまた、クラシックとアバンギャルドジャズの双方に造形が深い音楽家でもあります。その表現方法は、最初期の「Watermusic」の時代から多彩さにあふれています。ブライアン・イーノに対するリスペクトを持ちつつ、更に、独自の手法、録音したテープをヒップホップのサンプリングのようにぶつ切りにするか、繋ぎ合わすことによって異質なアンビエントを生み出します。PCのラップトップのトラックメイク、テープの繋ぎの手作業により、実験的な作風を導き出すバシンスキーの作曲技法は、クラシックとフリージャズの中間点にあり、原型のフレーズを徐々に暈しながら変形させてゆくという、かなりアバンギャルドなものです。

 

今回のアルバム「...on reflection」において、ウィリアム・バシンスキーは、アンビエント音楽家のヤネク・シェーファーを共同制作者として招くことで、2003年の「Merancolia」の時代のような静謐なピアノアンビエントへの回帰を果たしているように思えます。最近、シンセサイザーを主体にした、SFのような世界観を持つ作品を生み出していたバシンスキー(例えば、2019年の「On Time Out Time」などが挙げられます)は、「...on the reflection」において、自身のキャリアの原点回帰を図り、新たな環境音楽(アンビエント)の領域を切り開いたと言えるかもしれません。繊細かつ内省的なピアノの細かなフレーズ、それは、楽節とも呼べないほどのミクロな単位のフレーズを、バシンスキー/シェーファーは、独特なサンプリング法を用い、空間的な広がりを持つサウンドスケープを付加することで、創造性の高い音楽が展開されていきます。

 

今回のアルバムには、いくつかの間奏を挟みながら、一曲目の「on reflection(one) 」の主題が延々と反復されるか、あるいは変奏されます。表面的には、クラシックでいう、変奏曲の5つの形式が提示されていますが、全体的には、古典的なソナタ形式が採用されていて、Ⅰ、Ⅱ曲目がA楽章,Ⅲ曲目がB楽章、Ⅳ、Ⅴ曲目のおいて、A'という構造に分解することが出来ます。二曲目の終盤から三曲目にかけて、アコースティックピアノとシンセサイザーを生かした強い印象を持つダイナミックスな展開が繰り広げられていくのが、このアルバム最大の盛り上がりといえるでしょうか?? しかし、そのアルバムの中盤で、電子音楽としての山場を迎えた後、だんだんとダイナミクスは弱められていき、静かで、清涼感のある安らいだ境地へと導かれていきます。

 

「...On Reflection」において、ウィリアム・バシンスキーがアンビエント・ミュージシャンとして表現を試みるのは、外側に放射されるエネルギーではなく、内側に向かって静かなエネルギーを丹念に紡ぎ出すこと。それらのエネルギーが、音としての反射を描くかのように、外側から中心点に多彩なアプローチを駆使しつつ向けられていく。これらのソナタの三部形式のアルバムは、生まれたばかりの赤子に聴かせる手作りオルゴールのように、柔らかで、安らかさに満ちている反面、強い思索性を内包している。それは、聞き手にとり、鏡越しに音楽を眺める(聴く)かのような奇妙な感慨をもたらす・・・。例えば、美術館のガラスの向こうに展示されている絵画、それは、バシンスキーにとって、環境音楽にほかなりません。そして、バシンスキーは、澄明な音を生み出すことにかけては類をみないほどの名人ということが、「...on reflection」と題された五つのバリエーションを通じて良く理解出来るはずです。(これは、画家のフランシス・ベーコンが、自らの絵画を展示する際に、「透明な鏡」の重要性を主張したことと相通じるものがある)

 

アルバムは、一見ほとんど理解しがたい形で進行していくように思えるかもしれません。それは、最初の主題が複雑に変奏され、原型を留めないような形のバリエーションが凄まじい回数繰り返されるという理由によるものです。この古典的なソナタ形式が取られたアルバムの途中、リスナーは惑乱させられ、甘美的な混迷の渦へと誘われていく。しかし、それすらおそらくこのバシンスキー、シェーファーのアンビエントの二人の大家の作曲の構想中に組み込まれていることなのです。リバーヴ、ディレイを徹底的に打ち出し、シンセサイザーのシークエンスを重層的に積み上げていき、フレーズを徐々に、暈しの技法を駆使することにより、抽象的な音楽観が導き出されています。特に、これは、共同製作者の一人、ウィリアム・バシンスキーの美学という概念が複数の瞬間で提示されています。それはまた、内省的なピアノのフレーズによって印象が強められ、ピアノのフレーズを徹底的に反復させることで、それまで存在しえなかった空間が生まれ、徐々に押しひろげられる。リスナーは、最終的に音楽の向こう側に、晴れやかで祝福された瞬間を見出すのです。


それ以前の変奏において、その予兆は、はっきりと示されていますが、エンディングを飾る5曲目の変奏曲は、二人のアンビエントの作曲技法を介して、名人芸の域に高められているといえるかもしれません。クラシック、電子音楽、実験音楽の類まれな融合性は、秀抜した領域へ持ち上げられ、ミニマルなピアノのフレーズが幾重にもかさねられ、最初の主題の印象が強められていった後、提示されるのは、喧騒とはかけはなれた、音の乏しい、静かで、安らかな、純粋な世界・・・。その先にかすんで見えるのは、車の通行音、クラクション、鳥のすずやかな鳴き声・・・。現実的なサウンドスケープの数々が、夢想のはざまに、清冽な水の反射を写し取るかのように、心地よくぼんやりとゆらめいている。聞き手は、五つの幻想と現実の狭間を漂いながら、このアルバムの持つ世界に没入していく。いくつかの音の旅ーー変奏を経ながらーー最後の五つ目の変奏曲に差し掛かった時、ようやく「...on refelection」の本質が見極められるようになる。ウィリアム・バシンスキー/ヤネク・シェーファーというアンビエントの大家である両者が、音楽家として、天から祝福された領域に到達したという事実が見出されるのです。


(90/100)


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