marine eyes 『Idyll』(Extended Edition)/ Review

 marine eyes  『Idyll』(Extended Edition)

 

 


 

Label: Stereoscenic

Release Date: 2023/3/27



andrewと私が「idyll」CDのリイシューについて話を始めたとき、これを完全な別アルバムにするつもりはなかった。しかし、私たちが追加で特別なものを作っていることはすぐに明らかになったので、私たちは続け、そうすることができて嬉しく思う。

この小さなプロジェクトに心を注いでくれた、レイシー、アンジェラ、フィービー、ルドヴィッグ、ジェームス、アンドリューに深く感謝します。また、彼女の素晴らしいアートワークを提供してくれたNevia Pavleticにも大感謝です!

そして、B面の「make amends」は、オリジナル・アルバムに収録される寸前で、共有されるタイミングを待っていたものです。

この曲のコレクションを楽しんで、あなた自身の安らぎの場所を見つける手助けになれば幸いです。

 

 

と、このリリースについてメッセージを添えたロサンゼルスのアンビエント・プロデューサー、Marine Eyesの昨日発売された最新作『Idyll』の拡張版は、我々が待ち望んでいた癒やし系のアンビエントの快作である。2021年にリリースされたオリジナル・バージョンに複数のリミックスを追加している。

 

Marine Eyesは、アンビエントのシークエンスにギターの録音を加え、心地よい音響空間をもたらしている。アーティストのテーマとしては、海と空を思わせる広々としたサウンドスケープが特徴となっている。オリジナル作と同じように、今回発売された拡張版も、ヒーリングミュージックとアンビエントの中間にあるような和らいだ抽象的な音楽を楽しむことが出来る。日頃私達は言葉が過剰な世の中に生きているが、現行の多くのインストゥルメンタリスト、及び、アンビエント・プロデューサーと同じように、この作品では言葉を極限まで薄れさせ、情感を大切にすることに焦点が絞られている。


タイトルトラック「Idyll」に象徴されるシンセサイザーのパッドを使用した奥行きのあるアブストラクトなアンビエンスは、それほど現行のアンビエントシーンにおいて特異な内容とはいえないが、過去のニューエイジのミュージックや、エンヤの全盛期のような清涼感溢れる雰囲気を醸し出す。それは具体的な事物を表現したいというのではなく、そこにある安らいだ空気感を単に大きな音のキャンバスへと落とし込んだとも言える。しかし、そのシンセパッドの連続性は、情報や刺激が過剰な現代社会に生きる人々の心にちょっとした空間や余白を設けるものである。

 

二曲目の「cloud collecting」以降のトラックで、アーティストが作り出すアンビエントは風景をどのようにして音響空間として描きだすかに焦点が絞られている。それは日本のアンビエントの創設者である吉村氏が生前語っていたように、 サウンドデザインの領域に属する内容である。Marine Eyesは、例えばカルフォルニアの青々とした空や、開放感溢れる海の風景を音のデザインという形で表現する。そして、現今の過剰な音の世界からリスナーを解き放とうと試みるのである。これは実際に、リスナーもまたこの音楽に相対した際に、都会のコンクリートジャングルや狭小なビルの部屋から魂を開放し、無限の空間へと導かれていくような感覚をおぼえるはずである。

 

サウンドデザインとしての性格の他に、Marine Eyesはホーム・レコーディングのギタリストとしての表情を併せ持つ。ギタリストとしての性質が反映されたのが「shortest day」である。アナログディレイを交えたシークエンスに繊細なインディーロック風のギターが重ねられる。それはアルバム・リーフのようなギターロックとエレクトロニックの中間点にある音楽性を探ろうと言うのである。それらは何かに夢中になっている時のように、リスナーがその核心に迫ろうとすると、すっと通りすぎていき、消えて跡形もなくなる。 続く「first rain」では、情景ががらりと変わり、雨の日の茫漠とした風景がアンビエントを通じて表現される。さながら、窓の外の木々が雨に烟り、視界一面が灰色の世界で満たされていくかのような実に淡い情感を、アーティストはヴォイスパッドを基調としたシークエンスとして表現し、その上に薄く重ねられたギターのフレーズがこれらの抽象性の高い音響空間を徐々に押し広げ、空間性を増幅させていく。まるでポストロックのように曖昧なフレーズの連続はきめ細やかな情感にあふれている。


続く、「roses all alone」はより抽象的な世界へと差し掛かる。アーティストは内面にある孤独にスポットライトを当てるが、ギターロックのミニマルなフレーズの合間に乗せられる器楽的なボーカルは現行の他のアーティストと同じように、ボーカルをアンビエンスとして処理し、陶然とした空間を導出する。しかし、これらはドリーム・ポップと同じように聞き手に甘美な感覚すら与え、うっとりとした空間に居定めることをしばらく促すのである。朝のうるわしい清涼感に満ち溢れたアンビエンスを表現した「on this fresh morning」の後につづく「pink moment」では、かつてのハロルド・バッドが制作したような安らいだアンビエント曲へと移行する。Marine Eyesは、それ以前の楽曲と同じように、ボーカルのサンプリングと短いギターロックのフレーズを交え、ただひたすら製作者自らが心地よいと感じるアンビエンスの世界を押し広げていく。タイトル曲「idyll」と同様に、ここではニューエイジとヒーリングミュージックが展開されるが、この奥行きと余白のある美しい音響性は聞き手に大きなリラックス感を与える。

 

続く「shortest day(reprise)」は3曲目の再構成となるが、ボーカルトラックだけはそのままで、シークエンスのみを組み替えた一曲であると思われる。しかし、ギターのフレーズを組み替え、ゆったりとしたフレーズに変更するだけで、3曲目とはまったくそのニュアンスを一変させるのである。3曲目に見られた至福感が抑制され、シンプルなアンビエント曲として昇華されている。オリジナル盤のエンディング曲に収録されている「you'll find me」も同様に、ギターロックとアンビエントやヒーリングミュージックと融合させた一曲である。シングルコイルのギターのフレーズは一貫してシンプルで繊細だが、この曲だけはベースを強調している。バックトラックの上に乗せられるボーカルは、他の曲と比べると、ポップネスを志向しているように思える。エンディングトラックにふさわしいダイナミックス性と、このアルバムのコンセプトである安らぎが最高潮に達する。ポストロックソングとしても解釈出来るようなコアなエンディングトラックとなっている。


それ以降に未発表曲「make abends」とともに収録されたリミックスバージョンは、そのほとんどが他のアーティストのリミックスとなっている。そして、オリジナルバージョンよりもギターロックの雰囲気が薄れ、アンビエントやアンビエント・ポップに近いリテイクとなっている。マスタートラックにリバーブ/ディレイで空間に奥行きを与え、そして自然味あふれる鳥のさえずりのサンプリング等を導入したことにより、原曲よりさらに癒やし溢れる空間性が提示されている。これらのアンビエントは、オリジナル盤の焼き増しをしようというのではなく、マスタリングの段階で高音部と低音部を強調することで、音楽そのものがドラマティックになっているのがわかる。オリジナル盤はギターロックに近いアプローチだったが、今回、複数のアーティストのリミックスにより、「Idyll」は新鮮味溢れる作品として生まれ変わることになった。

 

 90/100

 




アンビエントの名盤ガイドもあわせてお読みください:


アンビエントの名盤 黎明期から現代まで

0 comments:

コメントを投稿