Deerhoof(ディアフーフ)  『Miracle-Level(奇跡レベル)』/ Review

Deerhoof (ディアフーフ)『Miracle-Level(奇跡レベル)』 

 

 

Label: Joyful Noise Recordings

Release: 2023年3月31日




Review


1994年、サンフランシスコで結成されたディアフーフは、ボーカル/ベーシストのサトミ・マツザキを中心にユニークなノイズロック/アバンギャルドロックの音楽性を開拓してきた。稀にJ-Popの影響を感じさせるファニーな唯一無二の音楽性は、 他のどのロックバンドにも求められぬもので、ニューヨークのブロンドレッドヘッドと同様、まさに「ディアフーフ・サウンド」と呼ばれるべきサウンドである。最初期、ディアフーフは、ローファイ、アート・ロック、そしてエクスペリメンタルポップと、多種多様な音楽性を長きにわたるキャリアで追求してきた。



 

今回、バンドとしては初の日本語歌詞による新作アルバム「奇跡レベル」は、ディアフーフというおよそ三十年近く活動してきたバンドにとって一つの分岐点に当たる作品なのではないかと思う。またこのアルバムは、サウンフランシスコのバンドとしては珍しくカナダのウィニペグで録音された。 

 

近年、アバンギャルドポップやエレクトロニック風の作品をリリースし、バンドの可能性をひろげようと模索している印象があったが、今回の日本語歌詞のアルバムにはディアフーフらしさを全編にわたって体感することが出来る。変拍子を織り交ぜたカクカクしたリズムと、ディストーションの強いギター、そしてファニーなメロディーを基調にしたロックアルバムという点では、 穿った見方かもしれないが、バンドは活動当初のKill Rockstarsに在籍していた時代のディアフーフの原点を、この作品を通じて追い求めようという感じも見受けられる。



 

「Sit Down,Let Me Tell Me a Story」では、「これから話すものがたり、愛と奇跡~」という歌詞で始まるが、サトミ・マツザキが紙芝居の語り手に扮し、リスナーをめくるめくワンダーランドへ招き入れる、まるでアリス・イン・ワンダーランドのように。それからは、これまでのディアフーフの作風と同じように、ジャズの影響を交えたアバンギャルドの世界が繰り広げられていく。アルバムに通底する世界観とも称すべきものは、村上春樹の文学作品のような、つかみどころのないシュールな音楽が幅広いバックグランドを通じてダイナミックに展開されるのだ。

 

分厚いディストーションサウンドも相変わらず健在である。先行シングルとして公開された「My Lovely Cat」では、このバンドが最初にローファイのロックバンドとしてみなされた理由が込められている。パンチが効いていて、荒削りなディストーションサウンドはバンドの長きにわたるテーマでもあり、代名詞のようなものである。そのディアフーフ・サウンドに、ボーカリストのサトミ・マツザキは、以前のようなシュールでユニークな歌詞をあらためて日本語という観点から探求しようとしている。シングルのアートワークに象徴されるように、可愛らしいネコのキュートなモチーフが実際の音楽の中に見出すことが出来るはずである。 



 

その後、「The Poignant Melody」はSea And Cakeを彷彿とさせる、ジャズとロックの中間にある渋いポストロックとしても楽しむことが出来る。さらに、中盤で抑えておきたい曲がタイトルトラック『Miracle Level」で、ここで、ディアフーフは珍しくバラード調の曲を通じ、愛というものが何であるのかを表現しようとする。そのメロディーは、これまでのディアフーフとは異なり、何らかの日本的な郷愁をボーカリストのサトミ・マツザキが懐かしく歌い上げようという感じの曲となっている。これまでのディアフーフの中で、最もセンチメンタルな一面を捉えることが出来る。

 

さらに、Husker Duの最初期のデモ音源のようなオリジナルパンクの影響を感じさせる「And The Moon Laughts」で、バンドは未だに最初期のパワフルさを失っていないことを熱く宣言しようとしている。もちろんその中には、少し戯けた感じのサトミ・マツザキのボーカルフレーズが特異なグルーブとリズムをバンドサウンドに加味し、アグレッシヴなサウンドが組み上げられているのだ。




これらの遊園地のアトラクションのように絶えず移ろい変わっていくサウンドは、やがて「Phase-Out All Remaining Non-Miracle by 2028」で誰も予測がつかないような形でエキセントリックな着地点を見出す。ここでは、近年鳴りを潜めていたディアフーフの音楽が以前とは異なる形で新たなフェーズへと突入し、未来への憧憬を表現しようとしている。SFの雰囲気に包まれているこの曲には、バンドの象徴的なカラフルなサウンドの真骨頂を見出すことができよう。


"このアルバムが奇跡レベルに達した"というのは誇張表現となるかもしれないが、バンドはこれまでのアバンギャルドな作風と同様、次なるレベルの境地を見出そうとしていることは確かである。94年から、ディアフーフは、世界がどのような状況にあろうとも”ディアフーフ”でありつづけてきたが、どうやら、そのポリシーは次の時代にもしっかり受け継がれていきそうだ。



76/100

 


Featured Track 「Phase-Out All Remaining Non-Miracle by 2028」



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