Killer Mike -『MICHAEL』 / Review

 Killer Mike -『MICHAEL』

 



Label: Loma Vista 

Release: 2023/6/16


Review


アトランタのラッパー、ラン・ザ・ジュエルズとしても活動する、キラー・マイクは今回のアルバムに最も自信を示しており、また黒人のラップミュージックに対する誤解を解こうと努め、家族との関係から、亡き母親への言及など、彼の広範な人生、そしてブラックネスへの関わりなど多角的な考えが取り入れられたアルバムである。

 

しかし、ヤング・サグの同年代のラップアーティストたちがRICOの罪で起訴されていることを見るに見かねた形で、キラー・マイクはラップ・ミュージックそのものが裁判の証拠として提出されることに危懼を覚え、ブラック・カルチャーの信を問う形で、彼なりの主張をこのアルバムの音楽の中に織り交ぜている。裁判の証拠として、ラップの音源が提出されることに対してキラー・マイクはある種の哀しみすら覚えていたことは想像に難くない。確かに、ギャングスタ・ラップの先鋭化や、ラップグループの間での闘争も過去にはあるにはあったが、すべてがそういった暴力的な思想に裏打ちされたものから、この音楽が生み出されるわけではないはずだ。グッド・モーニング・アメリカのインタビューでは、「ヒップホップが芸術として尊重されないのは、この国の黒人が完全な人間として認識されていないから」とさえ述べている。「裁判所が彼らの作ったキャラクターや、彼らが韻を踏んで語る見せかけのストーリーに基づいて彼らを起訴することを許したら、次はあなたの家に彼らがやってくるでしょう」というのは、ラップミュージックに対する一般的な偏見が多いことを彼が嘆いてやまぬことの証なのだ。そこで、今一度、彼は過激な音楽としてみなされがちなラップ・ミュージックの本質を誰よりもよく知る人間として、本来は恐ろしいものではないことをこの最新作で示そうとしているように思える。彼はラップ・ミュージックに対する偏見を今作を通じて打ち砕こうというのだ。

 

これまで一般のラップファンほどには、キラー・マイクの音楽をじっくりと聴いてこなかったのは確かなので、見当違いなレビューにもなるかもしれないと断っておきたい。しかし少なくとも、『Michael』には、現代のトラップやドリルを中心に、DJスクラッチの技法や、レゲエ、レゲトンの影響を織り交ぜた軽快なトラックが強い印象を放っている。法意識に対する思いを込めたオープニング「Down By Law」は、ドリルのリズムを元にして、キラー・マイクのマイク・パフォーマンスが徐々に流れを作っていく曲で、コラボレーターのCeelo Greenの参加はR&Bに近い雰囲気を、このトラック全体に与えている。渋いラップではあるけれど、どっしりとした重厚感すら持ち合わせたナンバーで、このアルバムは少しずつ、言葉の流れを作り始める。

 

一転して、ピアノとスポークンワードを交え、昔の映画のワンシーンのような雰囲気で始まる二曲目の「Shed Tears」は、マイクが家族としていかに自分が不十分であるかを歌っている。ゴスペル風のイントロから軽快なキラー・マイクらしい巧緻なリリック捌きへと繋がっていくが、彼のラッパーとしての潤沢な経験の蓄積は、トラップを基調としたリズムの展開や、わずかに漂う教会のゴスペルミュージックへの親和など、様々な形をとって現れる。ここには、アーティストのラップへの愛情に始まって、その次にはブラックミュージック全体への親しみという形に落ち着く。Mozzyのゲスト参加はキラー・マイクの楽曲に華やかさとゴージャスさを加味している。


キラー・マイクのブラック・カルチャーにとどまらない普遍的な愛は、その後、より深みを増していく。先行シングルとして公開された印象的なオルガンのイントロで始まる「RUN」は、このアルバムのハイライトとも言える。この曲ではおそらく、昨今の政治的な関心における賛否両論を巻き起こすため、デイブ・シャペルのモノローグが導入され、トランスフォビアへの際どいジョークが織り交ぜられている。キラー・マイクは、ビンテージ・ファンクに近い、渋さのあるベースラインにリリックを展開する。そして、ファンクの要素は、コラボレーターのヤング・サグの参加により、中盤から後半にかけて、レゲトンとチルアウトを融合させたような展開に緩やかに変遷していく。考えようによっては、ベテラン・プロデューサーのトレンドのラップへの感度の高さを表しており、モダンなラップへの親しみを表したような一曲といえるだろうか。続く「NRICH」も鮮烈な印象を残す曲で、ブラックネスの最深部に迫ろうとしている。面白いのは、キラー・マイクのラップに対し、6Lack、Eryn Allen Kaneの重厚感のあるコーラスは、曲全体にバリエーションをもたらし、レゲエに近い楽曲へと徐々に変貌させていく。ある意味では、オールドスクールのヒップホップに近いコアなアプローチを感じさせる一曲だ。

 

その後も、ドリルのトレンドを忠実になぞられた「Takin' That Shit」の後に続いて、ソウル/ゴスペルの影響を込めた「Slummer」では、このアーティストを単なるラップミュージシャンと捉えているリスナーに意外性を与えるだろうと思われる。キラー・マイクは、この曲を通じて、ラップ芸術がどうあるべきかという見本を示すとともに、この音楽の通底には、憎しみではなく、普遍的な愛情が流れていることを示そうとしている。それはもちろん教会の音楽として登場したゴスペル、その後のソウルや、80年代のディスコで示されて来たように、一部の信奉者のために開かれたものではなく、ストリートや大衆へ、富む人から貧しい人まで、その感覚を広めていくため、これらのブラック・ミュージックの系譜は存在していたのだ。キラー・マイクはそのことを踏まえ、今一度、ストリートへの芸術の本義を、この楽曲を通じて問おうというのだろうか。特に、ジェイムス・ブラウンやオーティス・レディングといった旧来のソウル/ファンクへの、このラップ・アーティストの愛着と敬意がこの曲にはしめされているように思える。

 

キラー・マイクのブラック・ミュージックへの愛情は、アルバムの最終シングルとして発表された「Scientist &Engineers」に表されており、イントロはゴスペルというよりワールド・ミュージックに近い雄大な気配に充ち溢れている。中盤にかけてのリリックは現代のラップの理想形、及び、完成形が示される。この曲でも、キラー・マイクは巧みな展開力を見せ、導入部のあとのドリル・ミュージックを経た終盤にかけては、イントロのゴスペルやワールドミュージックのフレーズを再度呼び覚まし、華麗なエンディングへと導く。Jay-Zによる「このアルバムを聴いたとき、昔、叔母の家で見ていた映画を思い出した」という発言は、アルバムの序盤の映画のワンシーンのようなサウンドスケープが導入されていることもあるが、この曲に見られるような、創造性の高い展開力が、彼にそのような感想を抱かせることになった要因かと思う。優れた音楽というのは、喚起力を持ち合わせており、必ずといっていいほど、何らかの映像を聞き手の脳裏に呼び覚ます。時にはレコーディングの光景すら思い浮かばせる場合もあるのだ。

 

中盤の収録曲については割愛するが、アルバムの中でキラー・マイクが強い思いを込めたのが「Motherless」である。レビューの冒頭でも述べたように、亡き母への追悼の意味を持つ作品ではあるが、彼のリリックは、哀しみではなく、勇ましさやシンプルな愛着によって支えられている。「Motherless」のなかで、キラー・マイクは次のように歌っている。「ママが死んだ。おばあちゃんが死んだ。正直、めちゃくちゃ落ち込み、怖くなった」このトラックでは、ラップ・アーティストの切なる思いがものすごくシンプルに表現されているがゆえ、胸を打つものがある。


「母の話をするとき」と、キラー・マイクは述べている。「彼女は美しく豊かなアウトローのような人生を送り、私は彼女を”美しいワル”としてみんなに紹介できることを、光栄に思っています。しかしながら」と、キラー・マイクは言った。「これは悲しいビデオや弔辞を意味するものではありません。アトランタのウエストサイドに住む、バッド・アス・ブラック・ガールを祝福したいのです。彼女は、”OGママ・ニーシー”と呼ばれ、多くの人々に親しまれていたのだから」彼はまた、「実際にレコーディング・ブースに入った時、ただ泣き始めた」と語るが、それこそラップ・ミュージックの崇高な瞬間を表していると思う。ミュージック・ビデオで見ることが出来る、厳しい眼差しの奥にある慈しみ・・・。キラー・マイクはおそらく、その涙の後、何か温かい思い出とともに、亡き母を始めとする家族への追悼を捧げようとしたのだった。

 

 

86/100

 

Featured Track 「Motherless」

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