Sigur Ros -『ATTA』/ Review

 Sigur Ros 『ATTA』

Label: Von Dur Limited / BMG

Release: 2023/6/16

 


Review

 

ヨンシー率いるアイスランドのポストロックの英雄、シガー・ロスがついに帰還を果たした。アンビエントとロックを融合した音響系のポストロックバンドとして名高いシガー・ロスは、これまでの多くのバックカタログを通じて、ロックの未知の可能性を示してきた。 2000年代にはレディオヘッドの『OK Computer』の音楽性とも近いものもあってか、耳の肥えたロックマニアに留まらず、世界的にファンベースを獲得してきた。近年、以前のような大作が少ない印象もあるものの、最新作『ATTA』では、彼らの最盛期の奥行きのあるサウンドに迫るとともに、近年の中でも珠玉の傑作とも呼べる作品となるだろう。ヨンシーの繊細なボーカルは今作でも健在であり、その上にレイヤーとして重ねられるアンビエント風のパッド/シークエンスも健在だ。


これまで宇宙的な世界観を築き上げてきたアイスランドのロックバンドは、今作でもその壮大なオーケストラのようなロックサウンドを継承している。比較的に低いトーンで歌われるボーカルとそれとは対比的にファルセットを駆使して美しいボーカルを披露するヨンシーの歌唱力にまったく陰りは見られない。どころか、その感覚的な美麗さは今作でより強調されている。オープニング「Glóð」に始まり、二曲目「Blóðberg」にかけての壮大なスペクトルロックサウンドは、アイスランド国土そのものの美しさを象徴するような導入部となっている。旧来のシガー・ロスファンにとどまらず、新規のファンをも魅了するであろうサウンドのコスモ的な広がりは旧作のアルバムより奥行きを増している。この音楽の中には神秘的な瞬間さえ見出すことが出来る。それは旧来と同様、あっと息を飲むような圧巻の迫力のあるサウンドに下支えされている。

 

壮大なスペクトルサウンドは三曲目「Skel」以降は、シネマティックなストーリー性を交えて展開される。悲哀に満ち溢れたアイスランドの民謡の影響を取り込みながら、ヨンシーは、トム・ヨークのような繊細な歌声を壮大なロック・オペラ的なサウンドへと引き上げていく。宇宙的なシンセサウンドはより迫力味を増し、奇妙な緊張感すら帯び始める。これまでMumを始めとするエレクトロニカの発祥地であったアイスランドの音楽の集大成をこの曲に見出すことが出来るはずだ。

 

続く「Klettur」を見るかぎりでは、彼らの静と動の効果を生かしたシガー・ロス・サウンドは今も健在である。瞑想的で暗鬱な雰囲気を帯びたアンビエント・サウンドのイントロから、中盤にかけての神秘的な壮大さを持つ劇的な曲展開への移行は、彼らの創造性が今も現代社会に阻害されていないことを証左するものとなっている。イントロから一貫して導入されるティンパニー風のドラムのビートはシガー・ロスの繊細なサウンドの石礎をしっかりと支え、徐々にモグワイのようなマーチングのようなパーカッシブな影響を曲に及ぼし、やがてアンセミックな効果を与えるようになる。ヨンシーのボーカルは切ない雰囲気も感じられ、シンセ風のシンセサイザーのシークエンスによって、そのエモーションの効果は極限まで引き上げられる。曲の終わりにかけてクラブ・ミュージックに近い多幸感を帯びはじめ、やがて神々しさすら感じられるようになる。モグワイのようにミニマルなサウンドを志向しながらも、微妙な曲の変化やバリエーションによって、彼らの代名詞となる壮大な音響系サウンドの真骨頂にたどりつくのである。

 

ロック・オペラを彷彿とさせるサウンドはより次曲になると、顕著になってくる。「Mór」でも前曲と同じように、モグワイを彷彿とさせる静かな瞑想的なイントロからシネマティックなポストロックサウンドへと徐々に移行していく様子を捉えることが出来るが、それは地上から天にかけて舞い上がるように、ドラマティックなヨンシーのボーカルを通じて、じっくりと丹念に天を衝くようなポストロックサウンドが、抽象性の高いアンビエントサウンドにより組み上げられていく。陶酔的であり、また内省的なヨンシーのボーカルは天上の響きのような高らかなものも感じとることが出来る。特に、この曲では、轟音性から突如、静謐な展開へと沈み込み、そして人智では計り知れないような霊的かつ神々しさのある中道のサウンドへと歩みを進める。このアルバムの中盤では、必ずしもエネルギーのベクトルは一方方向に向かわず、上下を絶えず行ったり来たりしながら、慎重に曲の落とし所を探っていくような感じがあって面白い。

 

アルバムは後半に到ると、単にロックの様式に留まらず、多角的なサウンドが示されている。「Andrá」は、クラシカルの賛美歌やクワイアのような形式を取り、彼らが単純なポストロックバンドではなくなったことを示している。以前からフロントマンのヨンシーはオーケストラに対して深い関心を示しており、それはステージでのバイオリンの弓を使用したギターの演奏などに表れていた。その表層的なオーケストラへの思いはこの曲で結実を果たしたということになる。クワイアを基調としたトラックには、エレキギターの単旋律が重ねられ、特異なサウンドが生み出されている。ノイジーなポスト・ロックとは対極にあるカーム・ロックとも称するべき瞬間がここに表れており、旧来の北欧のメタルバンドやドゥーム・メタルバンドが見過ごしたクラシカルに対するロックミュージックの未知の可能性がここに示されている。ノイジーな側面を突き出すのではなく、落ち着いた静謐な側面を徹底的に押し出すという手法である。ロック・ミュージックとしての新たな形がこの曲を通じて示されたといっても過言ではあるまい。

 

単なるロックバンドではないという彼らの意思表明はその後にさらに強まっていく。「Gold」はフォークミュージックを基調にして、かつてビョークとのステージ共演などを通じて探索していたバンドのアイスランドへの文化への深い理解に下支えされたフォーク・ミュージックが生み出された瞬間である。それは中性的なヨンシーのボーカルや、アンビエント風の抽象的なさウンドに加え、やはりこのバンドの代名詞となるシネマティックサウンドにより組み上げられる。これは70年代のLed Zepplinが示したフォークサウンドの到達点とは別のひとつの極点が見出された瞬間とも称すべきだろう。そして曲のクライマックスにかけてのヨンシーのボーカルは自然の中に隠れている壮大な神様を見る瞬間のような圧倒されるような美が内包されている。

 

アルバムの終盤には、音響系のポスト・ロックの源流にあるサウンドの真骨頂も「Ylur」で見いだせる。彼らは、北欧神話をロックという形で昇華しているが、実際のサウンドは、Explosion in the Skyのような2010年前後のポストロック・サウンドの理想形がここに体現されている。

 

さらに「Fall」では、ポストロック・バラードとも称するべき楽曲に彼らは取り組んでいることに驚かずにはいられない。この曲には、ポスト・クラシカル/モダンクラシカルの重要な発信地であるレイキャビクのオーケストラ音楽に対するシガー・ロスの深い愛着を感じ取ることが出来る。

 

アルバムの最後に収録されている「8」は、無限を象徴するが、そういったはてなき何かが、このオーケストラの影響を交えたロックソングの中に込められている。曲の中盤では、シガー・ロスの真骨頂である恍惚とした轟音の瞬間を経た後、静謐なアンビエントが曲の最後にかけて断続する。聞き手は、この安らかな境地に長く身を委ねていたいと思うだろうし、またこのロックバンドのファンで有り続けてきたことに安堵を覚えるであろうことはそれほど想像に難くない。

 

シガー・ロスは、ビョークとともに、アイスランドの音楽を2000年代から牽引しつづけてきたが、彼らは北欧の英雄であり、(Mogwaiと合わせて)ポストロックの唯一無二のスターとも言える。彼らは、U2とも、アークティックとも、フー・ファイターズとも、メタリカとも違うわけだが、そういった頼もしく勇敢な気概を持つことが、このバンドの最も素晴らしい点であると思う。

 


92/100


 

Featured Track 「Blóðberg」

 

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