Jess Williamson ”Time Isn't Accidental” テキサスのシンガーが普遍的なUSカントリーの魅力を呼び覚ます

Weekly Music Feature


Jess Williamson

©︎Karthryn Vetter Miller

 

果てしない草原と海の波、長いドライブとハイウェイの広がり、ダンス、煙、セックス、肉体的な欲望ーー。

 

テキサス出身のジェス・ウィリアムソンのニューアルバム『Time Ain't Accidental』の核となるイメージは、地上と肉欲に満ちあふれている。パンデミックの始まりにウィリアムソンとロサンゼルスの自宅を去ったロマンチックなパートナーや長年の音楽仲間との長い別れの後、このアルバムは、ウィリアムソンという人物とアーティストとしての大きな変化を告げるものです。


テキサス出身でロサンゼルスを拠点に活動するシンガー、ソングライター、マルチ・インストゥルメンタリストであるウィリアムソンにとって、大胆にも個人的な、しかし必然的な進化である『Time Ain't Accidental』は、象徴的な西部の風景、涙ぐませるビールアンセム、そして完全に彼女自身のものとなるカントリーミュージックのモダンさを思い起こさせる。このアルバムは、サウンド的にもテーマ的にも、何よりもウィリアムソンの声が前面に出ていて、そのクリスタルでアクロバティックな音域が中心となっている。リンダ・ロンドシュタットのミニマリスト化、ザ・チックスのインディーズ化、あるいはエミルー・ハリスがダニエル・ラノワと組んだ作品などを思い浮かべてほしい。大胆に、そして控えめに鳴り響くこのサウンドは、女性が初めて自分の人生と芸術に正面から、明白に、自分の言葉でぶつかっていく様を表現している。


昨年、ウィリアムソンとワクサハッチーのケイティ・クラッチフィールドは、Plains(プレインズ)名義で『I Walked With You A Ways』をリリースし、女性としての自信と仲間意識、そしてストレートなカントリーバンガーとバラードでウィスキー片手に溢れるほどの絶賛を浴びたレコードです。過去にMexican Summerからリリースした『Cosmic Wink』(2018年)と『Sorceress』(2020年)の後、ウィリアムソンは新しい方向へシフトする準備が整っていると感じていました。幼少期に愛したものを再確認し、プロセスをシンプルにし、友人と音楽を作ることは、ウィリアムソンにとって最高の前進であることが証明された。


2020年初頭、新たな疎遠に慣れ、自分の思考と隔離されながら、ウィリアムソンは自宅で一人でストリップバックな単体シングル「花の絵」を書き、レコーディングを行った。この経験は、『Time Ain't Accidental』の土台となった。この曲の歌詞のテーマは、地上的で平易なもので、ウィリアムソンの声はドラムマシーンに合わせられ、友人のメグ・ダフィー(ハンド・ハビッツ)による質感のあるギターと組み合わされている。やがてウィリアムソンは、音楽的には自分一人でも十分に通用する、いや、それ以上に優れていることに気づく。Weyes Blood、Kevin Morby and Hamilton Leithauser、José Gonzálezとのツアーは、この新しい自己肯定感を強め、それまで演奏したことのない規模のスペースで彼女の声を響かせることができた。


パンデミックの不安の中、ウィリアムソンはロサンゼルスでデートを始め、興奮、不安、失望に満ちたリアルな体験を中心にデモを録音した。ドラムマシンは、iPhoneアプリという形で登場し、真のソロシンガー、ソングライターとして、誰の影響も受けずに自分自身の音を見つける女性として、新しい道を切り開く決意を固めた。それは孤独で、しかし啓示に満ちた時代だった。


その時の核心的なエッセンスは、"Hunter "の冒頭の一節に集約されている。"私は狼に放り出され、生で食べられた "とウィリアムソンは歌い、澄んだ瞳で、反対側に出てきた決意を持っている。LAでの交際は波乱に満ちていたが、この曲のサビやアルバムの根底にある「私は本物を探すハンター」という感情を支える極点を発見したのである。


このテーマは、鮮やかなトーチソング 「Chasing Spirits」で、スティールギターの囁きとともに、「私たちの違いは、私がそれを歌うとき、本当にそれを意味すること」と歌っている。同じエネルギーが 「God in Everything 」で蘇ることになる。ウィリアムソンはここで、デートや拒絶といった地上の現実を乗り越える方法として、超自然的なものに目を向けています。"別れたばかりで、一人で監禁されているような状態は、私にとって本当に辛い時間だった "と彼女は回想している。「私が感謝しているのは、静寂と絶望に包まれた時期があったことで、内側に目を向け、自分よりも大きな力に安らぎを見出すことを余儀なくされたことです」と語っています。


ウィリアムソンもアルバムのライナーノーツに、この不安と激動の時代に親しい友人から送られた哲学者のカール・ユングの言葉を載せています。それは次のような内容である。「今日に至るまで、神は、私の意志的な道を激しく無謀に横切るすべてのもの、私の主観、計画、意図を狂わせ、私の人生のコースを良くも悪くも変えてしまうすべてのものを指定する名前である」


一人きりで探し続けること数カ月、ウィリアムソンはついに念願のリアルを手に入れた。まず、「プレーンズ」の構想が生まれ、その後、作曲やレコーディングのセッションが行われた。そして、南カリフォルニアの自宅と生まれ故郷のテキサスとの間を定期的にドライブしていたウィリアムソンは、ニューメキシコの砂漠のハイウェイで、捨てられていた愛犬ナナを発見して保護した。


しかし、良い出来ごとは3回続くもので、彼女はすぐに、テキサス州マーファの古い知り合いと新たな恋に落ちた。このことは、「Time Ain't Accidental」というタイトル曲でストレートに表現されています。「西テキサスで友人を訪ねていた時にお互い好きになったんだけど、その後LAに戻るために出て行ったんだ」とウィリアムソンは説明する。「また会えるのかどうか、いつ会えるのかわからなかったけど、愛に満ち溢れていて、そんな気持ちになったのはすごく久しぶりだった。この曲は、帰国したその日に書いた。ホテルのプールバーでいちゃついて、ドライブに出かけて、甘い夜を過ごし、そして私は帰らなければならなくなり、二人とも次に何が起こるか、もし何かあるとしたら、それは本当にわからなかった」


ウィリアムソンは、デモ音源一式と新たな自信を携えて、ノースカロライナ州ダーラムにあるブラッド・クック(プレインズのプロデュースを担当)のもとへ向かった。慣れ親しんだ環境は、深く個人的な内容を安全に表現する環境を作り出し、ウィリアムソンは無意識のうちに自分の声を解き放った。曲ごとに2、3テイクで録音を行った。「自分の声が解放されたような気がした」と、ウィリアムソンは振り返っている。クックはウィリアムソンに、iPhoneアプリでプログラミングしたドラムマシンのビートをデモ曲の一部に残すよう促し、バンジョーやスティールギターと組み合わせて、オールド・ミーツ・ニューの感覚を明らかにした。


ジェス・ウィリアムソンは現在、テキサス州マーファとロサンゼルスを行き来しています。伝統的なカントリーの楽器編成に、デジタル・エフェクトやモダンなサウンドを加えた『Time Ain't Accidental』は、彼女が故郷と呼ぶ2つの全く異なる場所のエネルギーを明確に体現している。アルバムのアートワークは、ウィリアムソンの言葉を借りれば、「超自然的な力が私たちの周りで作用しており、私たちが正しい時に正しい場所にいることを信じることができる」ということを表しています。


『Time Ain't Accidental』は、本物の何かを探し求め、憧れることから生まれた自信で注目されているが、ウィリアムソンは、彼女の道を阻む不思議な時の気まぐれも認識している(彼女はそれをタイトル曲にささげている)。最終的に、これらの目に見えないスピリチュアルな力が、このシンガーを自分自身の中に引き戻すことになった。このタイミングは、まさに偶然ではなかったのだ。

 

 

Jess Williamson 『Time Isn't Accidental』 Mexican Summer

 

 

物事を難しく考えず、簡素化し、徹底的にシンプルな内容にする。言葉でいうのはとても簡単だけれども、それは並大抵のことではありません。結局、その簡素化に至る過程において、複雑化を避けることは出来ない。最初から簡素化されたものと複雑化された後の簡素化は同じようでいて全く異なる。結局、米国のフォーク/カントリーシンガー、ジェス・ウィリアムソンは音楽と人生という二つの観点から、最終的に、入り組んだものよりシンプルなものが素晴らしいということを悟ったのです。

 

もともとは、ジェス・ウィリアムソンーーテキサス出身の歌手ーーは、高校を卒業した後、何かをする必要があった。それで彼女はテキサスのオースティンにある大学で写真を専攻し、アート全般についての見識を深めることになった。当時の彼女の脳裏をかすめたのは、自分は本来は歌手であり、その本分を深め、探究するということだった。しかし、その後も人生の寄り道をすることになる。やがて、2010年代にウィリアムソンは、ニューヨークのパーソン・スクール・オブ・デザインに通い、修士課程でデザインに対する見識を深めようとしました。しかし、この頃、ようやく彼女は自分はフォトでもなく、デザインでもなく、子供のときから親しんでいた音楽、そして、歌手としての本分を思い出すに至る。それはすぐさま、大学院からドロップアウト、バンド活動という形に結びつく。その後、バンド、ツアー、レコードのリリースという道筋が見え始めた時、デザインスクールに在籍しつづけることは有益ではないと考えた。

 

 21歳。しかし、その後もジェス・ウィリアムソンはどうすれば有名な歌手になれるのか、そしてプロの歌手になれるのか、根本的な方策については明確なプロセスを見出せず、漠然とした思いを抱えていた。一緒にバンドとして活動していた友人が転居してしまったのを機に、作曲に集中するため、故郷のオースティンに帰ることにした。その後も、歌手としての活動を軌道に乗せることに苦労した。当初、自主レーベルでの活動を志してはいたものの、地元のテキサスではたくさんの魅力的な音楽家たちがひしめくようにして活動していた。そして世界的な音楽家になるために不十分であると気がついた。オースティンから世界的な歌手になるためには、少なくとも地元で一番にならないといけない。でも、彼女はそこで一番になる自信はなかったのです。

 

ほどなくカルフォルニアに向かった。以前から、もちろん、80年や90年代からカルフォルニアはトルバドールのオーディションを始め、無名のミュージシャンたちが有名になることを夢見て目指す音楽の商業的な中心地のひとつだった。そして、ジェス・ウィリアムソンもまた西海岸にチャンスが転がっていることに気がついた。 無数のミュージシャンがそこで実際に成功を手にしているのを見、ウィリアムソンも西海岸に引っ越すことになる。夢。以後の時代から彼女は、自主レーベルを中心にリリースを行い、フォークミュージックの理想形を追い求めた。その後の七年間は、ウィリアムソンにとって、全米への進出を目指すための準備期間となった。その間、パンデミックも到来する。しかし、他のミュージシャンがリリースを先送りにし、こぞって2022年を目指している間、パートナーと過ごしながら、その音楽にじっくりと磨きをかけていた。その合間を縫うようにし、昨年、ジェス・ウィリアムソンはワクサハッチーとの共同のプロジェクト、Plainsを組んで、フォーク・ミュージックの理想的な形を追求していた。今でも記憶に新しいが、それは夏の頃だったか、無数のビックミュージシャンのリリースに紛れ込んで、ひっそりとリリースが行われていた。しかし、ほとんどの米国を中心とする音楽メディアはWaxahatchee(ワクサハッチー)とのコラボについて、その動向に少なからず注目していたのです。そして、このコラボレーションは実のところ、三作目のアルバム『Time Isn't Accidental』の重要な素地を形成している。一見、気まぐれのように思えたワクサハッチーとのコラボレーション・プロジェクトは、彼女のキャリア形成にとって欠かさざるもので、また、その音楽性を磨き上げる際には、絶対的に等閑にすることが出来なかった道のりだったのです。

 

その道のりはどこに続いているのか。結局、三作目のアルバムでは、ジェス・ウィリアムソンは古典的なフォークミュージックのスタイルを選び、ギターを中心に曲を書き、およそ3つのコードだけで曲を作り上げるという選択を行った。彼女の選択が間違いではなかったことは「時は偶然ではない』に顕著に現れている。現今のミュージックシーンが複雑化されすぎて、その本質を捉えることが難しくなっている一方で、ハンク・ウィリアムスを始めとするフォーク・ミュージックの原初に遡り、それらをiPhoneのドラム・サンプラーを駆使し、現代的なミュージックとして仕上げた。これについては、今週の他のミュージシャンがまったく予期しなかった、不意をついた音楽的なアプローチをジェス・ウィリアソンのみが実行していることがわかる。

 

 ほとんど驚くべきことに、ジェス・ウィリアムソンが挑んだ三作目のアプローチはミニマリズムにも比するシンプルな内容である。

 

オープニングを飾るタイトル曲「Time Isn't Accidental」は、サンプラーのドラムで始まり、モダンなインディーロックのような印象を聞き手に与えるが、その後に続く音楽は、古典的なカントリー/フォークを下地にしている。ギター、歌、バンジョー、ペダルスティールという楽器のゲスト・ミュージシャンをレコーディングに招き、現代のミュージック・シーンを俯瞰するかぎり、簡素な音楽を提示している。無数の選択肢がある中、歌、ギターのみで構成されるこのオープニングは、テキサスの肥沃した大地の雄大さを思わせ、のどかなフォークミュージックの核心に迫っている。しかし、実際の音楽が示すとおり、カントリーに加え、70年代のポップスの影響を織り交ぜるウィリアムソンの音楽は、それほど古いという印象は受けず、聴き込めば聴きこむほどに新鮮な質感を持って感覚に迫って来る。これは本当に驚くべきことです。

 

「Hunter」

 

 

その後の「Hunter」では、より原初的な米国の民謡の原点へと迫る。そしてオーケストラのコントラバスの力強い通奏低音のように鳴り響くアコースティックのギターラインはほとんど基音の「Ⅰ』が続き、曲の中でほとんどコードが変更されることがない。これは画期的な試みです。一般的なミュージシャンであれば、曲調に変化をつけるため、せわしなくコード変更を試みようとするのだが、ウィリアムソンはその手法をあえて避けている。通奏低音の持続を活かして、バックの演奏をみずからの歌声のみによって曲の中に抑揚を与え、集中して聴いていないとわからない、わずかな変化を与え、そして実際に、単調なコード進行ではありながら、曲が飽和状態を迎えることがほとんどない。いや、むしろ、そのベースとなる基音の単調な持続は、むしろ楽曲にドライブ感を与え、歌声に豊かな情感を付加するのです。これは、ミュージシャンの深いフォーク音楽への愛情と故郷の文化への礼賛が示されているからこそ、こういった円熟した深い情感が楽曲の中に引き出されるのでしょうか。それはジェス・ウィリアムソンのフォーク/カントリーに対する信頼、また、言い換えれば、故郷のテキサスに対する信頼が一時も揺るがぬことを証明づけている。そして、その音楽と故郷への分かちがたい結びつきは、当初は漠然とした印象を放っているが、曲が進むごとに次第に強まっていくような気がするのです。

 

 「Chasing Spirits」

 

 

 

続く「Chasing Spirits」もまた雄大な米国南部の自然を感じさせる曲で、例えば、エンジェル・オルセンの書くフォーク・ミュージックにも近い雰囲気のナンバーである。ここではスピリチュアルな存在への親愛を示し、70年代のポップスを基調にした温和なフォークミュージックの理想形が示される。アルバムの中で最も勇敢に響くジェス・ウィリアムソンの歌声は、アメリカの国土へのたゆまぬ愛、そして霊的な存在への憧れという形で紡がれていく。カントリー調のギターのアルペジオ、その背後に配置されるシンセのシークエンス、ペダルスティールの恍惚としたフレーズがそれらの雄大な情感を見事に引き立てており、聴いているとなんだか気持ちが絆されるようだ。

 

「Tobacco Two Steps」では、古き良きフォークバラードの形式を通じて、懐かしい米国の文化性を呼び覚まそうとしている。幻影的な雰囲気の向こうには、今最も注目を受けるワイズ・ブラッドの書くような古典的なポピュラー・ミュージックへの親和性が示されている。それは時代が変われど、良い音楽の理想的な形は大きく変わらないことを証明づけている。この曲には、砂漠の風景をはじめとするワイルドな情景がサウンドスケープとして呼び覚まされるかのようである。それは、ワイルドであるとともに、映画的なロマンスも読み解くことも出来る。しかし、曲を聴きつつ、どのような情景を想像するのか、それは聞き手の感性に委ねられているのです。


アルバムのジャケットを見てみれば分かる通り、デザインされるアーティストの姿、その背後はなだらかな草原が広がり、また青と紫とピンクをかけ合わせたような神秘的な空、その向こうに一筋の稲妻が走る。こういったジャケットは、一昔、米国のロックアーティストが80年代頃に好んで取り入れていたものだったと記憶しているが、それらの神秘的な光景をタイトル曲とともに想起させるのが、続く「God In Everything」となるだろうか。ジェス・ウィリアムソンは、この数年間を、それほど思い通りになることは少なかった、と振り返るが、しかし、そこには神なるものの導きがあったことを、この曲の中でほのめかしている。神。わたしたちは、それをひげをはやした人型の何かと思いがちではあるが、彼女にとってそうではなくて、それは背後の稲妻のように、みずからが相応しい場所にいて、相応しい行動を取っているということなのだという。もちろん、そういった考えに裏打ちされたこの曲は無理がなく、自然に倣うという形で展開される。ペダル・スティールの渋さについては言わずもがな、この曲ではこの数年間の思い出が刻まれ、肯定的な思いで、それらの記憶を優しく包み込む。それは最後にフォークからゴスペルに代わり、そういった人智では計り知れない存在にたいする感謝のような思いすら感じさせる。感謝。それはそのまま人生に対する温かい思いに変化するのである。

 

神秘的な雰囲気は続く「A Few Seasons」で現実的な展開へと引き継がれる。アルバムの中で最も現代的な米国のポップスの型に準じていると思うが、それはまたサブ・ポップのワイズ・ブラッド(ナタリー・メリング)の最新作に近い現実的な制作者の洞察が、叙情的なポップスという形に落とし込まれているように見受けられる。そして、それは間違いなく、昨年のワクサハッチーとのコラボレーションプロジェクト、Plainsの延長線上にある内容でもある。謂わば、前年度の実験的な音楽の探究をより親しみやすく、洗練した形で完成させたと称せるか。この曲の歌詞にはどのような言及が見られるか、それは実際に聴いて確かめてほしいが、人生にまつわる様々な出来事、喜びや哀しみといった多様な色彩を持つ人生観が取り入れられているとも解釈出来る。そして、その人生の体験が実際のポップスに上手く反映されているがゆえ、それほど難しい曲ではないにもかかわらず、この曲はかなりのリアルさで心を捉えるのです。

 

 4曲目のタイトルをもじった「Topanga Two Steps」では、より現代的なポップスに近づくが、その中には、やはりフォーク/カントリーの影響が取り入れられている。近年から取り組んでいたというiPhoneのドラムサンプラーをセンスよく取り入れ、それらにフォーク/カントリーへの親和性を込めた一曲であるが、木管楽器の演奏をビートを強調するために取り入れている。しかし、リズム楽器としての役割を持ちながら、ジャズに近い甘く酔いしれるような効果を、曲の後半部にもたらしている。薄く重ねられるギターのバッキングはロマンティックな雰囲気を曲全体に付加している。曲の最後に挿入されるハモンド・オルガンの余韻はほとんど涙を誘うものがある。

 

「Something In Way」は、ニューメキシコとハイウェイ、そして捨て犬だったナナとの出会いについてうたわれている。同じく、70年代のポップスを想起させる親しみやすいイントロから一転して、オーボエ/クラリネットをリズムとして取り入れたフォーク/カントリーを展開させる。アルバムの前半部よりビートやリズムを意識したノリの良いバックトラックは、捨て犬の声を表すコーラスと合わさり、独特な哀感を漂わせる。中盤から終盤にかけて木管楽器のスタッカートは曲に楽しげな雰囲気と動きを与え、ウィリアムソンのボーカルはファニーな雰囲気を帯びるようになる。いわば、最初の悲しみから立ち直り、信頼感を取り戻そうという過程を、この曲の節々に捉えることが出来る。捨て犬というのは、人間不信になっている場合がとても多いのです。

 

アルバムはクライマックスに差し掛かると、よりドラマティックなバラードの領域に足を踏み入れていく。今作の中でピアノと弾き語りという最も基本的なスタイルでバラードソングに挑んだ「Stampede」はメキシカンなニュアンスを思わせるが、アーティストが基本的な3つのコードだけでどれだけ素晴らしいバラードを作れるか模索する。実際、これは制作者の旧来のポピュラー音楽へのリスペクトで、フォーク音楽に根ざしながら、ジョニ・ミッチェルのような音楽の本質的な良さを追求したとも解釈出来る。そして、それは実際に、短いながらも、何か仄かな余韻を残しつつ、続く、10曲目の前奏曲、または呼び水のような役割を果たしている。

 

私がアルバムの中でも1番心惹かれる曲が、「I'd Come to Your Call」です。この後の2曲は、アルバム制作で最後に書かれた曲という話ではあるが、それも頷ける内容で、それほど派手ではないのに、鮮烈な印象を残す。豊かな感情を込めて歌われるこの曲は、この数年間の出会いと別れについて歌われていると思うが、記憶そのものを歌詞に込め、その時の感情を噛み締めるようにジェス・ウィリアムソンは歌う。コードは変わらない。アコースティック・ギターの短いコードとピアノが合わさる、シンプルな曲調である。しかし、この曲には聞き手の心を動かすスピリットがある。繊細さから、相反するダイナミックな歌のビブラートは、素朴なコーラスと合わさる時、あっと息を飲むような美しい瞬間へと変貌を遂げる。終盤のグリッチ以外は難しいことはやっていないにも関わらず、不思議と心を深く揺さぶられるものがあるのです。

 

ジェス・ウィリアムソンの計画するシンプルな音楽形式は、アルバムの最後に至ろうとも、変更されることはありません。フォークを基調にした軽妙で明るいナンバーによって、「Time Isn’t Accidental」は終焉を迎える。カントリーの伝説、John Denver(ジョン・デンバー)の「Country Road」を彷彿とさせる「Roads」を聴いていると、砂煙の向こう、長い道のりの果てに、何かがぼんやり目に浮かび上がってくる。未来。その道の先には、明るく、和やかなものが続いているような気がする。果たして、これがまだ見ぬ次作品のプレリュードのような意味を持つのだろうか。しかし、その明確な答えは次作品へ持ち越されることになるでしょう。

 

ジェス・ウィリアムソンのニューアルバム『Time Isn't Accidental』はMexican  Summerより発売中です。アルバムのストリーミング、オフィシャルショップはこちら

 

今週もありがとうございました。読者の皆さま、素晴らしい週末をお過ごしください。



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 Weekend Featured Track 「I'd Come to Your Call」