Blur 『The Ballad of Darren』-Review

 Blur 『The Ballad of Darren』

 



 

Label: Warner Music

Release: 2023/7/21


Review

 

ブラーの評価を難しくしているのは他でもなく、"ブリット・ポップ・シーンの一角を担ったロックバンド"というコモンセンスであると思う。また、そのことがバンドに重圧をもたらし、音楽制作を行う上で少なからずの重荷になっていることもほとんど間違いがないようである。バンドは、2015年からのブランクを取り戻すであるとか、あるいはファン目線から見て、ブリット・ポップの代表格としての90年代の音楽の熱狂の復刻という期待をこのアルバムでも背負わざるを得なかった。実際、デーモン・アルバーンの念頭には、いかにして90年代のブリット・ポップ時代の感覚を取り戻すか、という点にあった。

 

しかし、ただ、ブラーというバンドを考えると、いつもその前後にはオアシスがいたのは事実であるものの、ブリット・ポップといういささか不透明な先入観を差し挟むことは、このバンドの本当の魅力を考えたときに賢明であるとは言いがたい。というのも、バンドは90年代から00年代の節目の傑作群において自由な作風を堅持しており、それらは必ずしもブリットポップの範疇にあるものではなく、時に、実験的なアートポップやアート・ロックに属するものであった。つまり、オアシスを引けあいに出すのも見当違いで、ブリット・ポップという側面だけでブラーを語るのもナンセンスともいえ、それがバンドの音楽を不当に評価している証拠ともなりえる。ブラーは、たしかに90年代において、ギャラガー兄弟と比較されることもあったが、本質的には違うタイプのバンドであるわけで、音楽として求めるものもまた異なると思われる。


アルバムを聴くと、シングルのリリース時の四人のメンバー、そしてレコーディング・スタジオの背後に映し出された高価なアナログを中心とするミキサーやエフェクターの数々が自ずと目に浮かんでくる。そこには、年齢こそ重ねたものの以前と変わらぬブラーの姿に懐かしみを覚えざるをえない。そして、彼らはレコーディングの段階で、以前よりも結束力を高めることが出来た。そしてこの復活作において、ブラーが90年代やその後の最盛期にかけて追求したアートロックの音楽性を呼び戻すべく奮闘したことも読み取れる。しかし、本質的に言えば、バンドは、今作を通して普遍的なバラードソングの良さ、普遍的なロックの良さを追い求めようとしていて、オープニング「The Ballad」や、現在ストリーミングで好調な再生記録を維持している「The Narcissist」を聴くと、そのことが痛感出来る。90年代と変わらぬメロディーの良さに加え、経験のあるバンドとしての渋さも味わえる。特に、後者の「The Narcissist」では、90年代前後のギター・ポップとバラードとの融合を図っている。もちろん一定数の音楽ファンの胸を打つものとなるだろう。ブラーを知らないファンにとっても、よく知るファンにとっても、これらの2曲を聞くと、ブラーが復活したという実感が沸き起こってくるのではないだろうか。

 

さらに、アート・ロックやアートポップという実験的なバンドとしての真骨頂が「Goodbye Albert」という一曲に現れている。ここでは、懐かしさと新しさが混在したブラーらしいサウンドが生み出されている。アルバーンの声はバラードを意識していて渋さがあるが、一方でバンドは近年のローファイやインディー・ロックの音楽を巧みに取り入れようとしているのに驚く。それは駆け出しのバンドとは違い、円熟味のある艶やかなサウンドとして昇華されている。また、この曲を聴くかぎり、ブラーは思い出づくりのために再結成をしたわけではないはず。未来のブラーの音楽を生み出すために苦闘したということも伝わってくる。


それらの試行錯誤は、ギター・ポップ/ネオ・アコースティックの側面で興味深い一曲が生み出されている。「Avalon」ではホーンセクションやオーケストラ調のアレンジを交え、創意工夫をこらし、旧来のブラー・サウンドとは異なる新鮮なアプローチを見いだせる。もちろん、決して新しくはないけれど、これらのロックには、硬い芯のようなものが通っている。また、これらのサウンドには、90年代の熱に浮かされたような狂乱とは対極にあるリラックス感とも言うべき心地よい瞬間も体感出来るはず。

 

デーモン・アルバーンは近年の音楽シーンについて、以前よりもスター・ビジネスが強化されていることを指摘しており、イギリスの音楽メディア・Dorkのインタビューでは、「マイケル・ジャクソンやビートルズといった往年の伝説的なアーティストをかけ合わせても、現在のテイラー・スウィフトには叶わない」と率直に語っている。確かにその言葉は何か胸に響くものがあったが、同時にその発言が意味するのは、「Song 2」のような商業的なロックも書いて来たにせよ、ブラーという存在がスター・システムとはかけ離れたバンドだったという事実を示している。その過程にあったのが、「Parklife」、「13」、「Think Tank」をはじめとする名作群。彼らは商業的な成功を手にしてもインディー性を保ち活動を続けて来た。つまり、オルタナティブの延長線上にある音楽を制作していたが、それが偶然、時代の後押しもあってか、ブリット・ポップの代表格として持て囃されるようになったというのが実情だったのだろうか。

 

さて、そのことを考えると、『The Ballad of Darren』は、英国の音楽シーンの象徴的なバンドという不動の評価を与えられているのに反して、奇妙なインディー性により支えられた一作で、全盛期ほどではないにせよ、一定の聴き応えのある良作となっている。インディーロックと現行のフォークを融合させた「The Heights」を聴くと、このバンドのことや、その音楽性の本質をより深く理解出来るようになるかもしれない。長年の間、ブラーの実際の音楽性とメディアの評価は乖離していたように思えるが、復活作「The Ballad Of Darren」において、ようやく客観的評価と主観的評価が一致する時代が到来したように思えて感慨深い。



82/100

 

 

 

Featured Track 「Goodbye Albert」

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