Far Caspian イーノへのリスペクトが生み出した画期的なサウンドプロダクション”The Last Remaining Light”  


Far Caspian(ファー・カスピアン)は、イギリスのリーズ出身のインディー・ロックバンド。シンガー兼ギタリストのジョエル・ジョンストン、ドラマーのアレッシオ・スコッツァーロ、ベーシストのジョフ・カベドによって結成された。現時点では、ジョエル・ジョンストンのソロ・プロジェクトの性質が強いようだ。


Far Caspianは2018年にリーズで立ち上がった。当時、メンバーは同じ大学に通っていた。そのうちの一人、アレッシオ・スコッツァーロはFacebookを通じて参加した。バンド名はイギリスの作家、CS ルイスの小説にちなみ、「Price Caspian」のプリンスをファーに変更したのだった。

 

バンドは、その後「Blue」や「Let's Go Outside」などのシングルをリリースし、BBCラジオやSpotifyの編集プレイリストから注目を集め、成功を収めた。Far Caspianのサウンドはドリーミーでアトモスフェリック、きらめくギター・リフとみずみずしいシンセのテクスチャーが特徴である。2019年に発売されたデビューEP『Between Days』は批評家から絶賛を受ける。その後、イギリスとヨーロッパ中でツアーを行っている。その魅惑的なライブ・パフォーマンスと感染力のあるメロディーで多くのファンを惹きつけることに成功し、Far Caspianは急速にインディー・ロック・シーンで最もエキサイティングな新人バンドのひとつになりつつある。


Far Caspianは、80年代のニューウェイヴやシンセポップを聴いてきたという。ザ・スミスやポリスといったスタンダードなUKロックの象徴的なバンドの音楽的な影響を挙げると同時に、テーム・インパラ、シカゴのホイットニーを近いバンドに挙げている。歌詞では人生と葛藤や精神状態などを直視しており、人生で起こる出来事、たとえ辛く最低の出来事であろうとも、それを最終的に受け入れることに焦点が置かれている。しかし、それほど深刻で暗い音楽にならないのは、ファーカスピアンの音楽の根底には、否定でなく受容が存在するからだ。また、Far Caspianがデビュー当時から音源のリリースと合わせて、最も大切にしてきたことがある。

 

「僕らにとって一番大きなものはライブセットだったと思う」とジョエル・ジョンストンはデビューEP発表時のことを回想している。「自分たちのサウンドがどこまで進化したかをとても誇りに思っているんだ。というのも、レコーディング時のサウンドをライブ・セットに持ち込むのに苦労したからね。6ヶ月間、本当に懸命に取り組んで、それが最初のEPで実を結んだ。その結果、一緒に苦労して結果を出したことで、友人としての絆が深まった。初のヘッドライン・ツアーを行ったばかりだけど、音楽によって影響を受けた人々に会うことができ、大きな刺激を受けた。おかげで、作曲やレコーディングがもっと上手くなりたいという情熱がさらに強まったんだ」


デビューEPのリリースの後、3年を掛けて最初のフルレングスの制作に取り掛かった。結果、21年に『Ways To Get Out」を発表。その後、ツアー時に、フロントマンのジョセフ・ジョンストンの持病のクローン病が一時的に悪化している。この時のメンバーから疎外を受けたような感覚は、彼の日本建築に対する興味を込めた「Pet Architect」の中に表れている。ジョンストンは、日本の狭い道に多くの建物が立て込んでいるイメージに強い触発を受けたと語る。そういった苦労もあったにせよ、Far Caspianは、どうにか2ndアルバムを間に合わせた。

 

「”Ways To Get Out”のミックスをレーベルに提出した翌日からすぐに二作目のアルバムの作曲を始めた。ファースト・アルバムを完成させるのに精一杯で疲れきっていた。でも、アルバムが完成したとき、次の作品に取りかかり、失敗から学ぼうという気持ちになった。長いデビュー作を作った後、10曲40分のアルバムを書きたいとすぐに思った」


「都心の廃墟のような地下室に引っ越し、毎日の通勤からインスピレーションを得た。『Commuter repeating』は引っ越した初日に書かれ、翌日には最後の残光が続いた。最初のセッションでヘッドフォン・アダプターを持ってくるのを忘れたため、全曲のドラムはクリックなしで録音した。1曲目を通してスローになったり、速くなったりしているのがわかると思う。少し慌ただしく、整理されていない感じがして、効果的だと思う。私の朝の街の風景にとても似ているんだ」


また、記念すべき最初のフルレングスのコンセプトについて、Far Caspianは次のように説明している。


「このアプローチは、完璧を追い求めないというマインドセットを保つことにつながった。その代わり、自分のパートは1回か2回だけ録音することにして、最初のためらいをそのまま残すことにした。レコーディングが終わったらすぐにスタジオを引き払って、ミキシングのためにスタジオをロフトに戻した。前年にデモ用に購入した、タスカム244の4トラックは、部屋の隅で埃をかぶっていたから、もう一度動かしてみようと思った。トラックのほとんどの要素をカセットにプリントし、Logic Studio(Appleの作曲ソフト)に戻した。いい録音をタスカムに送ってテープ・サチュレーションで破壊するのは、かなりカタルシスがあった」


また、レコーディング時のプロダクションの方向性を決定することになったのは、意外なアーティストだった。


「レコーディングとミキシングの最終段階では、ザ・マイクロフォンズとブライアン・イーノを聴いていた。スタジオに入るたびにイーノの『Discreet Music』を聴いていた。フィル・エルヴァーラムの音楽の実験的な性質は、不完全さを心地よく感じることを促してくれた。このアルバムで、自分自身と自分のアートに心地よさを感じられるようになってきたと思うし、次のアルバムでさらに広げていくのが楽しみで仕方がない」

 

 

Far Caspian 『The Last Remaining Light』/ Tiny Library Records





フロントマンのジョセフ・ジョンストンの病の悪化はプロジェクトの向かう先に暗い影を落としたように思えました。ところが、その重圧をはねのけて、セカンドアルバムにたどり着いたことは大きな称賛に値するのではないでしょうか。


しかし、ブライアン・イーノがプロデュースを手掛けたトーキング・ヘッズのアルバムタイトルへのオマージュが捧げられた今作は高い水準の秀作となっています。音はローファイで、粗削りであり、ときにTelevisionのようなプリミティヴな質感が重視されてはいるものの、音源を一度テープに落とし込み、音質のクリアさを落としたり、数々の工夫が施され、音作りへのこだわりにかけては右に出るものはありません。ロキシー・ミュージックの脱退後、プロデューサーとして活躍するようになったイーノに比する洗練されたプロダクションを生み出すことへの希求は、結果的に2020年代のオルタナティヴの最高峰に位置する音源を生み出すことになったのです。

 

これまでにファー・カスピアンは、 人生の暗く、最低で洒落にならないような出来事、初恋への焦がれ、恋愛の別れ、様々な経験を織り交ぜて、ほろ苦くて、甘酸っぱく、そしてせつないオルタナティヴ・ロックを生み出してきた。そして、この2ndアルバムには、ドリーム・ポップやパワー・ポップのような甘酸っぱい雰囲気もあるにせよ、主要なギターラインは、The Simthsのジョニー・マーや、Policeのアンディ・サマーズ、つまりUKロックのメインストリームの音楽の影響を色濃く反映しています。


また、Far Caspianは、8ビートを主体とし、ときにビートを16ビートに細分化して刻むドラムや簡素なベースラインに支える形で取り入れられるジョセフ・ジョンストンのボーカルは、Rideのようにストーン・ローゼズの後の時代の若者の孤独感を引き継いでおり、また、それはUSインディーロックとも無関係ではなく、エバーグリーンな感覚を超越し、ミッドウェスト・エモのようなインディー性に加え、Elliot Smithのようなスロウコア/サッドコア性をバンドの音楽性に付加しています。そして例えば、American Footballがデビュー作『LP1』で提示した内省的なエモーションがアンサンブルとして白熱した雰囲気を帯びる時、それはエモでもなくスロウコアでもなく、シューゲイズでもない、「オルタナティヴの集合体」のような奇異な瞬間が訪れる。例えば、トリオが影響を挙げるThe MicrophonesやWrensといった2000年代のインディーロックの多くの音楽ファンが見過ごしがちな魅力を2020年代に呼び覚ましているのです。

                                    

 

オープニング曲「Commuter Repeating」は、Elliott Smithを彷彿とさせる素朴なスロウコア/サッドコアの展開により始まる。デビュー時からそうであったように、ジョンストンの歌は自らの暗い部分を直視しているものの、そのボーカルがザラザラとしたローファイなギターラインと掛け合わさる時、奇妙なエモーションが生み出され、聞き手にスカッとしたカタルシスをもたらす。結果として、CodeineやRed House Paintersを彷彿とさせる静から動への断続した劇的な移行は小規模のスタジオライブのように奇妙な熱狂性を帯びる。そして、それらの熱狂した瞬間は、その後すぐに最初の落ち着いて、まったりとしたインディーロックへと移行する。Far Caspianは、これらの一曲の中で目まぐるしく移ろい変わる激情性と静謐性の間を彷徨うのです。

 

「The Last Remaining Light」

 

 

タイトル曲「The Last Remaining Light」は、シカゴのフォーク・デュオ/Whitney(ホイットニー)のような温和で懐古的なインディーロックとして楽しめます。とりわけ、ギターサウンドにはこだわりがあり、ハーモニクスを多用することで、インディーロック性の真骨頂を見出そうとしている。繊細なアルペジオによるギターラインは、Big Thiefのオルタナティヴ・フォークのように温和だが、しかし、独特なリズムその合間に取り入れられることで、曲はドライブ感のある展開へと移行していく。

 

トラックの中に導入される「Born Under Punches」で見出されたようなギターの革新的なダビングの要素とミニマルな要素が掛け合わさり、ポスト・エモと称すべき瞬間が見いだせます。これはまた、トーキング・ヘッズのニューウェイブ性とブライアン・イーノの洗練されたプロダクションへの最大の賛辞代わりとなっています。

 

一転して、#3「Arbitrary Task」は、このプロジェクトのドリームポップ/シューゲイズバンドとしての側面を伺わせる。本日、EPをリリースしたエストニアのPia Frausのようなニッチなロックソングとして楽しめます。この曲では、前二曲よりも甘酸っぱいような感覚が漂いますが、しかし、「Arbitrary Task」の音楽性に通底しているのは、ロンドンのBar Italiaと同じように、 The Strokesをはじめとする2000年代に流行したオルタナティヴの原始性や雑多性なのです。そして、その純粋な感覚は、Corneliusの傑作「Fantasma」に近いものが込められています。これらの音楽は、プロト・パンクの次の音楽として登場したポスト・ガレージ・ロックに加えて、同年代に流行りだしたヒップホップ・カルチャーの影響をローファイの側面から把捉しています。さらに、この曲には、ザ・ストロークスのギタリスト、アルバート・ハモンド・Jrが最初期に志向したスタイリッシュなロックの要素が取り入れられていることにも注目です。

 

#4「Choice」は、Slintのようなライブセッションの醍醐味を追求した一曲ですが、過激性はなく、Whitney/Real Estateのような懐古的なインディーロックサウンドが貫かれている。ジョンストンのボーカルはエリオット・スミスのように内省的で繊細さがありますが、クリーントーンのギターと起伏のあるカントリー/フォークを貴重としたドラムは、曲に安定感をもたらしている。途中では瞑想性すら湧き起こし、現行のオルタナティヴ・フォークのように穏やかさと力強さを兼ね備えた秀逸な展開へと移行する。絡みつくようなアルペジオ・ギターの重なりは、ローファイを志向した音作りにより、独特な雰囲気を帯びるようになる。 


「Answer」は、ジョセフ・ジョンストンのエレクトロニックへの興味が示された曲で、それらは、Alex GやBig Thiefのようなローファイの要素を絡めることで最終的には現代的な音響性へと変遷を辿る。2020年代のインディーロックシーンを俯瞰すると、使い古されつつある手法にも思えますが、アルバムの序盤の収録曲と異なり、オープンな性格が曲に乗り移り、音楽的な興味を掻き立てる。一部分では、バロック・ポップのような懐かしさが現れるが、その後、曲の終盤では、USインディーの熱狂性をわかりやすい形で呼び覚まそうとしています。

 

続く「First Warning Shot」でも、エレクトロニックの影響が込められ、それはノルウェーやアイスランドの電子音楽にも近似する形でイントロの中に導入されています。最近何度か名前を出していますが、明らかにMumの電子サウンドの影響がうかがえ、双子のギーザ/クリスティン・アンナ姉妹のボーカルという形でこそないが、ドリーム・ポップの要素を織り交ぜ、牧歌的な音楽性を取り入れようとしています。実際に、amiinaの絵本やおとぎ話のような世界観を生み出しています。何度もじっくり聴き込んでいくと、そのつど異なる印象が浮かび上がってくるかもしれません。

 


このアルバムの中で素晴らしいと純粋に思い、今年のオルタナティヴロックのリリースの中で最高峰に位置するのではないかと考えたのが、先行シングルとしても公開された「Own」です。 テープ・サチュレーションでトーンを破壊し、"detuning"(調性の破壊)の効果をギターラインに及ぼし、テーム・インパラにも似たサイケデリックな印象ではじまるこの曲は、続いて、Slintの「Good Morning,Captain」のイントロのギターラインを彷彿とさせる展開へと繋がっていく。その先に続くのは温和なインディーロックです。これらのギターラインの上に、ジョンストンの内省的なスロウコア/サッドコアを下地にしたエモーショナルなボーカルが加わる。確かに、ジョセフ・ションストンのボーカルは憂いや、悲しみをメインにしているが、その奥底には、喜び、親しみ、和らぎが漂っている。次いで、イギリスのロックバンドとしての矜持も示され、Rideの名曲「Vapour Trail」のアウトロのシンセ・ストリングという形を取って再現される。途中に掛け合わされる女性ボーカルは、The Wrensに比する叙情性を漂わせている。ここにはまた、ザ・スミス、ストーン・ローゼズのUKロックの魅力が、エバーグリーンなインディー・ロックという形で再現されています。

 

そして、最も刮目すべき瞬間は、この曲のクライマックスになると訪れます。スタジオ・セッションの熱狂性を余すところなく込めた本曲の終盤において、バンドの音楽性の青臭さは最高潮に達し、何かキラキラした瞬間を生み出す。それほど派手な曲でもなく、大げさな曲でもありません。どころか、ファー・カスピアンの曲は、素朴であるのにもかかわらず、こういったエモ/ポスト・ロックの黎明期やオルタナの黎明期の熱狂性を想起させる鮮烈なエナジーを発生させているのは、本当に驚異的なことです。実際の音楽を聴いてみていただくと分かるとおり、圧倒的な感動を覚える。純粋に言葉や観念を離れて、音楽に没頭した瞬間のみに現れる神秘的な瞬間を「Own」に見出すことができます。これはロックファンとしてはとても喜ばしいことなのです。

 

「Pet Architect」は先述した通り、ジョセフ・ジョンストンがツアー中に一時的に病の悪化に悩まされ、その時、日本建築の狭小な道に建物が建ち並んでいるのを見て思いついたという。

 

「自分を哀れんだり、自分の状況をあんまりくよくよ考えたりしないように頑張っているんだけど、ある時期が私をフラストレーションに追い込んだ。

そのとき、私が望んでいたのは、空港の手荷物受取所で痛みに耐えながら床に横たわるのではなく、『普通』を感じることだった。家に帰るといつも、クローン病と診断される前の自分に戻りたい、と願っていた。日本の建築を読んでいて、ビルとビルの間の通りの小さなスペースをいかに凝縮された建物で埋めているか、それが以前にはなかった病に追い込まれた気持ちのメタファーとして機能しているように感じた」

 

 

 そしてまた、アルバムの終盤でも心を揺さぶられる瞬間が「Cyril」に訪れます。これはスロウコア/サッドコアの本流に位置すると同時に、近年、ジョセフ・ジョンストンが追求してきたエレクトロニックとの融合性の集大成となっている。また、レコーディング中にファー・カスピアンが聴いていたブライアン・イーノやフィル・エルヴァーラムの実験的な音楽性が一つの高みに達した瞬間です。



 

96/100


 

Far Caspianの新作アルバム『The Last Remaining Light』は、Tiny Library Recordsより発売中です。



Weekend Featured Track 「Cyril」