Buck Meek  『Haunted Mountain』- New Album Review

Buck Meek  『Haunted Mountain』 

 

 

Label: 4AD

Release: 2023/8/25



Review



ビッグ・シーフのギタリストとして知られるバック・ミークのソロ・アーティストとして通算3作目のフルアルバム。バック・ミークは、オルト・フォークの世界的なバンドとして知られるメイン・プロジェクトとは少し異なる音楽性に取り組んでいる。ただもちろん、バック・ミークの重要なルーツであるカントリー/フォークの性格は本作の音楽性の根底に据えられている。

 

アルバムを聴いていると、エイドリアン・レンカーのボーカルを取り払ったビッグ・シーフの奥深いルーツが、ぼんやり浮かび上がってくる気がする。ミークは、実質的な表向きの音楽性というよりもムードやアンビエンスを強く意識している。それは、バック・ミーク自身のボーカルにも同様のことが言える。歌を意識するというより、カントリー/ウェスタンをローファイの側面から解釈したトラックに、器楽的なバック・ミークのヴォーカルがふんわりと乗せられる。その場の空間の雰囲気をできるだけ損ねぬよう、ミークは優しく和らいだ感じの歌をうたうのだ。


バック・ミークのソングライティング性には、サイモン&ガーファンクル、レナード・コーエンのような古き良きフォーク・ミュージックの影響が伺える。どちらかと言えば、中性的なフォークの性質が、このアルバムの核心にはある。バック・ミークの深いアメリカーナへの愛着が余すことなく示され、それは70年代のポピュラー・ソングへの憧憬にも似た感慨が滲んでいる。


ここには、彼の得意とするアコースティック・ギターのアルペジオ、ペダル・スティールや、グロッケンシュピール、そして声をわざと裏返すボーカルライン、ミュートを掛けたドラムといった複数のカントリー音楽の鍵となる要素を変幻自在に散りばめることにより、淡さと深さを兼ね備えた極上のフォーク・ミュージックが誕生している。音楽性の手法は、きわめて現代的で、”モダン”とも称せる。歌声は、中性的な感性に満ちあふれている。しかし、バック・ミークの音楽は、上部だけをすくったカントリーに堕することはない。時には、ハンク・ウィリアムズのような、奥深いアメリカの源流に接近する場合もある。表向きの幕の裏側にある秘密に迫れるかどうかが、このアルバムを解き明かすために最重要視すべき点といえるかもしれない。

 

アルバムのオープニングを飾る「Mood Ring」は、現代的な4ADのサウンドの性質に縁取られている。たとえば、Golden Dregsの最新作『On Grace & Dignity』にも比する、渋さのある雰囲気に浸されている。しかし、バック・ミークの場合、それらのフォーク音楽の要素は、70年代の米国のアナログのポピュラー音楽と結びついて、控えめなノスタルジアを生み出す。


サビは、わかりやすい形では存在しないように思えるが、リズム・トラックと重なり合うようにして、部分的なフレーズとして紡がれる。それがインディーロック風のギターと重なり合った時、バック・ミークの恬淡とした歌が激しいエモーションを帯びる。さらに曲の終盤では、パーカッションに導かれるように、シンセのシークエンスが広がっていき、アンビエントともサイケとも付かない抽象的な音像を楔とし、再度、モチーフのフレーズが舞い戻ってくる。淡々とはしているが、これらの構造的な要素は、イントロダクションにミステリアスな雰囲気を及ぼしている。

 


バック・ミークのボヘミアンのごとく寛いだ性格は、アルバムのタイトルトラック「Haunted Mountain」でさらに鮮明になる。アコースティック・ギターの軽妙で流れるようなストロークで始まるこの曲は、ガット・ギターのしなるような音色に導かれるようにして、米国南部に代表される、山岳地帯のフォーク・ミュージックの源流に迫ろうとしている。主なイメージとしては、夏の盛りの青空の下、山岳の中腹をオープン・カーで疾走しながら、山頂に向けて上っていく……。そんな爽快な感覚に満たされている。アコースティック・ギターの背後に導入されるバンジョーの演奏は、この曲のロマンティックな印象を強化している。ミークのファルセットを駆使したボーカルも軽やかな印象を付与している。後半では、ペダル・スティールが導入され、ウェスタン調の音楽に変遷を辿り、ご機嫌な雰囲気が最高潮に達する。この曲から、テキサスのカウボーイ・ハットやテキーラを想像することは、それほど難しいことではない。

 

「Paradise」

 


#3「Paradise」はメロウな雰囲気のフォーク・バラードで、アルバムの中でもハイライトと称すべき素晴らしいトラックである。ギターラインは、例えば、Jeff Parker(Tortoise)が好むようなジャジーな音色で、ムードを引き立てている。それらの芳醇なギター・ラインに乗せられるミークのソフトなボーカルが優しげな表情を形作っている。アルバムの序盤とは異なり、夜の雰囲気にまみれた大人のバラードで、ボーカルラインは、サイモン&ガーファンクルの懐古的なフォーク・バラードを彷彿とさせる。特に、2分22秒以後のメイン・ボーカルとコーラスのファルセットを交えたハーモニーに、息を呑むような美麗な瞬間が現れる。ペダル・スティールやクランチなギターが主要なフレーズを演出しているのは前曲と同様だが、それは全く異なる内省的な印象に彩られている。同じようなものが別に見えるのはどういうことだろう?


#4「Cyclade」は、現代的なフォーク・ロックとも解せる。アルバムの序盤では最もアップテンポのナンバーではあるが、ここでは、序盤のガーファンクルというよりも、ボブ・ディランへの傾倒が伺えるような気がする。ただ、ディランの最初期のフォーク時代ではなくて、ロックの巨人としてのディランに対する最大限のリスペクトが込められているとも解釈できる。しかし、やはり、バック・ミーク特有の独特なアメリカーナのファルセットが異彩を放つ。これらのアンビバレントな感性は、これらの旧来の音楽に慣れ親しんでいるリスナーを懐古的な気分に浸らせ、実際的に、フォーク音楽の未来が抽象的に示されていると解釈することができる。 

 

 

「Secret  Side」

 

もちろん、バック・ミークは、多分、このソロ・プロジェクトをビッグ・シーフの延長線上にある音楽性として捉えているのかもしれない。#5「Secret Side」では、ファンに対してささやかなプレゼントが捧げられている。ビッグ・シーフの最新作や、Floristの最新作にも似た可愛らしいナチュラルなフォーク音楽の良さを全体に詰め込み、それをアメリカーナへの弛まぬ愛情によって包み込む。3分半の曲に及ぶ素朴で優しげな曲の表情は、時には、Niel Young(ニール・ヤング)の「Harvest Moon」を彷彿とさせる瞬間もあり、穏やかなピアノのフレーズやアコースティック・ギター、ロマンティックなヴィブラフォンによってロマンティックな雰囲気が引き立てられている。聴いていると、どのような険しい表情も綻び、笑顔になるような一曲だ。

 

同様に、#6「Didn't Know You Then」は、素朴なロックソングとして楽しめる。ここでは、オーケストラのクレスタを効果的に用い、Buddy Holly(バディ・ホリー)/The Crickets(ザ・クリケッツ)が名曲「Everyday」で示したロックンロールの原初的な魅力に光を当てようとしている。ただ、バック・ミークの手に掛かるやいなや、古典的な形式がインディー・フォーク調のモダンな音楽性に変化してしまうのに大きな驚きをおぼえる。しかし、この曲がトレンドのモダンのフォーク音楽を意識しつつも、それが決して軽薄なものにならないのは理由があり、旧来の時代への深い文化的な理解がソングライティングに通底しているからだろう。


ただ、これらのBig Thefの延長線上にある音楽性を第一義として捉えながらも、遊び心や冒険心にあふれている点が、このアルバム、ひいてはバック・ミークの凄さではないだろうか。#7「Undae Dunes」では、イントロにおいて、ブレイクビーツ的な手法を用いたり、ネオ・ソウルへの愛着を滲ませたりと、アーティストの意外な一面が伺える。そして、その後は、フォークの要素を絡めたダンサンブルなロックに挑んでいる。ザ・キラーズにも近い冒険心溢れる音楽性は、ソロ・プロジェクトであるからこそ実現したとも言えるのではないか。

 

#8「Where You're Coming From」のイントロは、ディランの名曲「Don't Think Twice~」(邦題:くよくよするな)に対する最高のオマージュとなっているのではないか。表向きのワイルドなイメージとは正反対の内省的な一面を示した繊細なギターのアルペジオに象徴されるこの曲は、ベトナム戦争時代、戦地に赴かねばならぬ米国の若者を勇気づけ、その肩を支えるための意義深いフォーク・ソングだった。この形式をバック・ミークは受け継ごうとしている。


果たして、これがどの人々への賛歌であるかまでは推測しかねる。しかし、イントロの悲しみは、サビにかけて、和らいだ優しさへと変化していく。これらの印象の変化、あるいは変遷は、バック・ミークのソングライティングの想像性の豊かさを象徴づけている。イントロのアコースティック・ギターが印象的なナンバーは、さらに中盤にかけて、インディーロック/フォーク・ロック調の明るいエネルギーに満ち溢れた曲調に変遷を辿っていく。部分的には、ギルバート・オサリバンのような良質なソングライティング性も内包される。他方、アメリカーナのファルセットを下地にした歌声は、ミークの唯一無二の個性的な音楽性を確立させている。何らかの影響こそ受けているものの、完全なオリジナルとして昇華されているのが素晴らしい。

 

#9「Lullabies」は、タイトルに見える通り、アイリッシュ・フォークの哀愁を漂わせる一曲となっている。ただ、曲の終盤ではブルースのギターラインが顔をのぞかせる。しかし、日常の暮らしを送る人々への勇気づけや細やかな楽しみを与えるために生み出された「ララバイ」なる形式は、ミークの極上の手腕により、弱い人々の肩を支える力強い曲として存在感を放つ。ときに、人生の中には落胆や失望がつきものだが、そういった沼からこの曲は救い出してくれる力がある。

 


一転して、#10「Lagrimas」では、最初期のパット・メセニーが書いたような、米国の農場風景を思わせるフォーク音楽の源泉へと迫ろうとしている。他の曲とは別のギターで演奏していると推測できるが、ナイロンの弦のギターは、少なくとも、これらの米国のカントリーの果てなきロマンスの極地へと落着する。マーチングにも似た3拍子のドラムのリズムに支えられるようにして紡がれるギターラインは、やはりアーティストのボヘミアン的な性質が色濃く反映されている。これらの農場風景や見渡すかぎり広がる地平線のない、空が抜け落ちたかのような心象風景は、最後にバンジョーの楽しげな楽器が加わり、心楽しいクライマックスへ導かれていく。全収録曲のアメリカーナに象徴される音楽は、一面的な印象性にとどまらず、聞き手の想像力を喚起する多面性を持ち合わせている。これがこのアルバムの最も素晴らしい点だと思う。

 

 

87/100

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