Jamila Woods 『Water Made Us』/ New Album Review

 Jamila Woods 『Water Made Us』


 

Label: Jagujaguwar

Release: 2023/10/13


Review


シカゴの詩人、R&Bシンガーとして活躍するジャミーラ・ウッズの最新作は、モダンなネオ・ソウルからモータウン・サウンドに象徴される往年のサザン・ソウル、そしてスポークンワードと3つの様式を主軸に、聞きやすく、乗りやすいサウンドが構築されている。注目は、同地のシンガーソングライター/ピアニストであるGia Margaretがスポークンワードを基調とする「I Miss All My Eyes」で参加している。そのほか、モータウン・サウンドを現代的なハウス・ミュージックと融合させた「Themmostat」にはPetter Cottontaleが参加している。全体的にBGMのようなノリで聞き流すことも出来、ブラック・ミュージックらしい哀愁も堪能出来る。本作にはUKのジェシー・ウェアのソウルとは異なるブルースの影響が感じられることも特記すべきだろう。

 


アルバムの収録曲の大半は、Covid−19のロックダウンの後に書かれたという。その中で、文学的な才覚を持つウッズは、この期間の間に学んだ感覚的なものの数々、愛、人間関係、その中での厳しい教訓を元にリリックを組み立てている。アルバムの制作の最初期に書かれたというオープナー「Bugs」では、それらのテーマが絡み合い、ソウルフルな世界を構築し、ディストーションを掛けたローズ・ピアノ(エレクトリック・ピアノ)というソウル・ミュージックの基本的な演奏を元に、メロウな楽曲を書き上げた。ウッズの歌は、たしかにその中に個人的な思索を含む場合もあるが、それほど堅苦しい内容ではない。いくらかくつろいだ感じのオープンハートなメロディー、そしてリリック、フレージングが絶妙な均衡を保ち、洗練されたソウルミュージックという形でアウトプットされている。さらに、彼女自身によるコーラスワークも秀逸であり、ハートウォーミングな空気感を生み出す。この曲はアルバムのオープニングとして最適なばかりか、ジャミーラ・ウッズの代名詞的なトラックと称せるのではないだろうか。


 

 

こういった明快なネオソウルも主な特徴ではありながら、しっとりとしたソウルも本作のひとつの魅力を形づくっている。ハウス・ミュージックをもとにした「Tiny Garden」はオーガニックな感覚を持つソウルと融合させ、軽快なナンバーを作り出している。現行のネオソウルのトレンドの中核にあるサウンドを抽出し、それをスモーキーな味わいのあるナンバーに昇華している。次いで、この曲では、クイーンズのシンガー、duenditaがゲストボーカルとして参加している。コラボレーターは、この曲にコーラスを通じて華やかな印象をひかえめに添えている。さらに、曲の終盤では、両者のシンガーソングライターによる遊び心満載のボーカルの掛け合いがユニークな印象を与えてくれる。ネオソウルとしては聞きやすく、安定感のある一曲である。

 

ダンサンブルなビートを打ち出した「Practice」もアルバムのハイライトのひとつに数えられるだろう。曲調としては、ハウスとソウルの融合に焦点が絞られ、一定のビートの中に軽快なウッズのしなやかなボーカルが乗せられる。 しかし、このステレオタイプのソウルに大きな意外性と変化を与えているのが、シカゴのラッパー、Sabaである。彼がボーカルで参加したとたん、曲の雰囲気は一変し、ヒップホップとソウルの中間域にある刺激的なナンバーへと変遷していく。ラップに関しては、それほどメロディーが含まれてはいないが、現代のシカゴのラッパーの多くがそうであるように、バックトラックの旋律を取り巻くように軽妙かつしなやかなリリックを披露することにより、メロウな空気感を曲のスポットに生み出しているのが見事だ。


 

 

アルバムの世界観の中核を担うのはスポークワードのインタリュードであり、その文脈については不明であるが、作品全体としてみたとき、ある種のナラティヴな要素を与えていることは確かである。「let the cards fall」では最初のボーカルのサンプリングが登場する。特にモノローグではなく、複数の人物が登場しているのが重要であり、ここには人物的な背景を一般的な曲の中に導入し、演劇や映画のワンシーンのような象徴的な印象性を組み上げようとしている。




アルバムの序盤では、いくらか大人びた印象のあるR&Bが主体となっているが、続く中盤部では、むしろそれとは正反対に感情性を顕にしたソウルへと移行している。「Send A Dove」では、センチメンタルな感覚を包み隠さず、それを丁寧な表現性としてリリックや歌に取り入れている。グリッチやシカゴ・ドリルのようなリズムを交えたナンバーではあるが、それほど先鋭的な曲とはならず、どちらかと言えば、ベッドルーム・ポップのような感覚を擁する一曲として楽しめる。そして実際に、オートチューンを掛けたモダンなポップスの様式と掛け合わされ、イントロのソウルやヒップホップから、精彩感のあるインディーポップへとその印象性を様変わりさせていく。これらの純粋な感じのあるポップスに注文をつける余地はないはず。一転して、「Wrecage Room」では懐かしのモータウン・ソウル(サザン・ソウル)の影響を元にして、本格派のソウルシンガーとしての存在感を示している。ジャズ風のメロウな音楽性を反映させた渋い感じのイントロから、ウッズの歌の印象は徐々に変化していき、アレサ・フランクリンやヘレン・メリルとそのイメージを変え、最終的には慈しみのあるゴスペルミュージックへと変化していく。ブラックカルチャーに対するアーティストの最大限のリスペクトを感じる。

 

同じように、「Thermostat」では、 イントロにスポークンワードを配した後、やはりアレサ・フランクリンを思わせるサザン・ソウルを基調とした渋い三拍子のリズムを取り入れ、懐古的なソウルへの傾倒をみせる。ただ、それに相対するリリックに関してはラップに近い感覚を擁しているため、旧さというよりも新しさを感じさせる。ソウルのように歌ってはいるが、節回しがフロウという前衛的なボーカルの手法を、ジャミーラ・ウッズはこの曲の中で提示している。そして、手法的には、ブラック・ミュージックが商業性の中に取り込まれ、その表現性を失った80年代よりも前の70年代のソウルの遺伝子のようなものが引き継がれているという印象がある。 その後の「out of the doldrums」では、年老いた男の声がサンプリングとして取り入れられているが、これはUKのソウルシンガー、Jayda Gの祖父の時代の物語を音楽の中に反映させようという意図と同じものを感じとることが出来る。そのスポークンワードの背後には、ニューオリンズかどこかのジャズの演奏をわずかに聴き取ることが出来る。それもラジオを通じたメタ構造(入れ子構造)のようなアヴァンギャルドな手法が示されているのもかなり面白い。

 



アルバムは一枚目とも称するべき段階において、ソウルとハウス、ラップ、ジャズのクロスオーバーを示しているが、徐々に、その音楽性が中盤から終盤にかけて再び別のものに移ろい変わる。続く「Wolfsheep」では、ジョニ・ミッチェルを思わせる温和なフォーク・ミュージックをポップスの中に昇華している。この曲は、アルバムの骨休めのような感覚で楽しめると思う。

 

その後の「I Miss All My Eyes」には、ポスト・クラシカル調の楽曲を得意とするGia Margaretの参加が、ジャズではなくオーケストラルの印象へと近づいていく。薄く重ねられるフェーダーのギターとユニークなシンセサイザーのラインが組み合わされる中で、ウッズはスポークンワードを散りばめる。一見、アンビバレントに思える手法もウッズのリリックが入ると、クールな印象を受ける。音と言葉をかけあわせたアンビエント風のトラックは、和らいだ感じ、寛いだ感じ、そして平らかな感じ、そういった気持ちを安らがせる全てを兼ね備えている。言葉は、先鋭的な感覚を生み出すことも可能だが、他方では、安らいだ感覚を生み出すことも出来ることを示唆している。もちろん、この曲でのジャミーラ・ウッズの音楽性は後者に属している。

 

同じように、意外性を前面に打ち出した曲が続く。 「Backnumber」ではインディーロック調のイントロから始まるが、ウッズのボーカルは現代的なネオソウルのフレージングへと変化する。さらに中盤でもパーカッシヴな強調を交えて、当初の落ち着いた印象はよりライブサウンドを反映させたアグレッシヴなサウンドへと変化していく。曲の終盤に訪れるコーラスワークも秀逸であり、聞き逃せない。メインボーカルを取り巻くようにして、メロウなハーモニーとグルーヴ感を生み出している。「libra Intuition」では、再度、スポークンワードの形式が出現する。しかし、一曲目、二曲目の雰囲気とは異なり、過ぎ去った時代のイメージを擁するスニペットは温和な言葉や笑いによって以前とは別の明るく朗らかなインタリュードへと変化する。



 

アルバムの終盤に至ると、軽快なネオソウルサウンドが続く、Pinkpantheressを思わせるダンスビートを反映させた「Boomerang」は、ポップ性も相まってか、このアルバムのリスニングの難易度を下げ、比較的とっつきやすい印象を与える。ダンサンブルな印象は、アーティストがその地点を未来へと走り抜けていくような感じをもたらす。その後、Nilfur Yanyaを思わせるインディーポップとダンスビートの融合もまたアルバムの終盤に一つのハイライトを設けている。


再びスポークワードの込めた「the best thing」を挟んだ後、「Good News」では、まったりとしたトロピカル・サウンドを基調とするファンク/ソウルでも集中性を維持している。クロージング・トラック「Head First」では、オープニングと呼応する軽快なネオソウルサウンドでこのアルバムは締めくくられる。


17曲とかなりのボリュームの作品ではあるけれども、各々のトラックが丁寧に作られているため、じっくり聴ける内容となっている。もちろん、ウッズのR&Bシンガーとしての本領もいくつかのトラックで顕著に反映されている。今年のネオソウルの作品として、かなりグッドな部類に入りそうだ。

 

 

85/100