Meernaa "So Far So Good" しなやかなポップスのニュートレンド  -Weekly Music Feature-

Meerena ©︎ Keeled  Scales



Meernaaは、このニューアルバムを通じて、ネオ・ソウル、R&B、インディー・ポップの情熱的な側面を参照し、セード、ケイト・ル・ボン、ミニー・リパートン、トーク・トークなど様々な影響を受けたソングライター、カーリー・ボンドのくすんだボーカルと、官能的で技術的に洗練された楽曲を提供している。


Meernaa(ミールナー)名義の作品を通して、カーリー・ボンドは中毒や喪失といった重いテーマを愛というレンズを通して捉えようとしている。


「I Believe In You」について彼女はこう語っている。「彼らはやがて麻薬と手を切りましたが、断酒中も彼らの精神衛生は軽視され、私も、彼らと同じ運命からは逃れられないという物語が私の観念に植え付けられた。この曲は、自己成就的予言に挑戦し、変えていくこと、そして、自分の人生にポジティブなことが起きる権利があると自らに信じさせる気概を奮い立たせることについて歌っている」


「On My Line」は、ジョニ・ミッチェルの「Car On A Hill」にインスパイアされた。拒絶されることを悲しく、クールに受け入れ、その中で解放される感覚を表現している。


「Another Dimension」は、ボンドが実際に出会う10年前にタイムスリップしてパートナーに会うという鮮明な夢を見たことを歌っている。目覚めた後、彼女は内面に残る余韻を振り払うことができずにいた。


カーリー・ボンドは、ベイエリア北部の町で育ち、詩や音楽を逃避や感情処理の手段として使っていた。幼い頃、ホイットニー・ヒューストンのセルフタイトルアルバムのカセットを贈られ、音楽がいかにパワフルで癒しであるかを学んだ。クラシック・ロックのラジオ局を聴いたり、オークランドのジャズ・クラブ「Yoshi's」に行ったり、Daytrotterからダウンロードできるものは何でもダウンロードしたりと、思春期を通じてさまざまなジャンルを聴き、探求することで、しばしば自己を癒していた。


やがて、ボンドは、高校のジャズ・プログラムでギターを習い始め、自分で曲を作るようになった。音楽の知識を深めたいと思い、大学に進学するかどうか悩んでいたボンドは、2013年にサンフランシスコのタイニー・テレフォン・レコーディングでインターンを始めた。このスタジオに魅了されたボンドは、ピザ・レストランでのバイト代を貯めて、1日レコーディングをする余裕を作り、後にバンドメイトとなる夫のロブ・シェルトンと仕事をすることになった。


シェルトンとボンドは、その後すぐに一緒に音楽を演奏し始め、ボンドはベイエリアのミュージシャン、ダグ・スチュアート(ブリジャン)やアンドリュー・マグワイアとコラボし、Meernaaとして音楽を発表し始めた。2020年、シェルトンとボンドは一緒にロサンゼルスに移住し、タイニー・テレフォンのOBであるジェームス・リオット、アンドリュー・マグワイアとともに、自身のスタジオ、アルタミラ・サウンドをオープンした。


ロサンゼルスの音楽シーンで花開いたカーリー・ボンドは、ルーク・テンプル、ジェリー・ペーパー、スザンヌ・ヴァリー、ミヤ・フォリックらとセッションやツアーを行うギタリストでもある。




『So Far So Good』/ Keeled  Scales



2019年のデビュー・アルバム『Heart Hunger』に続いて発表された『So Far So Good』は、Meernaaのシンガーソングライターとしての飛躍を約束するような画期的なアルバムとなっている。

 

アーティストはみずからの持ちうる音楽的な語法を駆使し、気品のあるロック/ポップスの世界を構築しようとしている。ホイットニー・ヒューストンやジョニ・ミッチェルから習得した音感の良さと普遍的な音楽に対する親しみは、セカンドアルバムの10曲に艷やかな印象性をもたらす。70、80年代のポップスからの影響は、ダンサンブルなビートと軽快なグルーブ感を付与している。ソロアーティスト名義ではありながら、バンドサウンドの醍醐味を多分に意識したケイト・ル・ボン(シカゴのロックバンド、Wilcoの最新アルバム『Cousin』のプロデュースを手掛けている)のプロダクションも、Meernaの音楽に初めて触れる人々に抜けさがないイメージを与えるに違いない。 

 

 

「Oh My Line」

 

 

アートワークの印象もあいまってか、Meernaの音楽は、心なしかスタイリッシュな感覚を与える。そしてミールナーの音楽は、カルフォルニアの青い空、燦々たる太陽に対する陰影をわずかに留めているように思える。


アルバム『So Far So Good』のオープナー「Oh My Line」を聞けば、彼女がどのような音楽的な知識の蓄積を築き上げて来たのか、その一端に触れることが出来るだろう。


ジョージ・クリントン擁する Funkadelic(ファンカデリック)の『Maggot Brain』、William ”Bootsy” Collins(ウィリアム・ブーツイー・コリンズ)のアルバムに見受けられるファンクやソウルを基調としたミクスチャーサウンドを反映させ、しなやかなロックとポップスの形に落とし込む。バンドサウンドの上に軽快に乗せられるカール・ボンド(その名は映画俳優のようであるが、彼女は歌手である)の飄々としたボーカルが舞う。


ボンドのボーカルは、サザン・ソウル/ノーザン・ソウルの影響下にあると思えるが、スタックスやモータウンのアーティスト程には泥臭くはない。ボーカルの佇まいから匂い立つのは、しなやかな印象である。段階的にスケールを駆け上がっていく軽妙なギターライン、そして、ほんのりと哀愁を漂わせるエレクトリック・ピアノのフレーズがカーリー・ボンドのボーカルを艶やかに引き立てる。ベースラインはグルーヴに重点が置かれているが、それらはサビの中で跳躍するような影響を及ぼし、カール・ボンドのスタイリッシュなボーカルの感覚を上手く引き出している。

 

 

一曲目でファンク/ソウルという切り口を見せた後、カーリー・ボンドは「Another Dimention」において、彼女のもう一つのルーツであるインディーロックやフォークへの傾倒をみせている。マイルドではありながら深みを併せ持つ豊かな感性に根差したボーカルは、ボーイ・ジーニアスとして活動するLucy Dacus(ルーシー・デイカス)の2021年のアルバム『Home Video』で披露した秀逸なメロディーラインと重なるものがある。


そういった2020年代前後の現代的なポップスへのアクセスに加え、ソウルの進化系であるネオソウルからの影響を巧緻に取り入れ、夢見心地に浸されたうるわしきポピュラー・ワールドを追求している。そして、それらのドリーミーな感覚を擁する軽妙なギターラインと上品なストリングスが、感覚的な要素を引き上げていく。音楽の中には聞き手を惑わす心地良さがあり、その音の波の中にいついつまでも浸っていたいと思わせるものがある。それは、制作者が80年代のヒューストンの音楽から学び取った音楽の愉楽であり、そしてポップネスの核心でもあるのかもしれない。

 

「As Many Birds Flying」でも同じように、ソフト・ロック/AORに近い音楽を下地にして、感覚的なポップスを作り上げる。イントロのギターラインとシンセの組み合わせは、The Policeの80年代のMTV時代の全盛期の音楽の影響をわずかに留めているが、カーリー・ボンドのボーカルが独特な抑揚を交え、それらのバックバンドの演奏をミューズさながらにリードすると、その印象は、立ちどころにAOR/ソフト・ロックとは別の何かに変貌する。 


ネオソウルなのか、ニューロマンティックなのか、それとも……? いかなる音楽がその背後にあるかは定かではないが、官能的な雰囲気を擁するボンドのボーカルは、ドリーム・ポップのようなアンニュイな空気感を帯びる。それらの夢見心地の雰囲気はやがて、ロサンゼルスのAriel Pink(アリエル・ピンク)のようなローファイ/サイケを下地にしたプロダクションと結びつき、最終的に先鋭的な印象を及ぼすに至る。これらの1980年代から2010年代にひとっ飛びするような感覚は、『Back To The Future』とまではいかないが、SFに近い快感や爽快味を覚えさせる。

 

「Mirror Heart」でも、それらの現代的な感覚を擁する音楽を踏襲している。 インディーフォークやフリー・フォークを根底に置いた曲で、アコースティックギターのストロークとシンセのシークエンスという2つの側面からポップスへのアクセスしている。そして、その上に乗せられるカーリー・ボンドのヴォーカルは、やはり一貫して、涼しげでしなやかな印象に彩られている。これは例えば、昨年、SUB POPからデビューしたNaima Bock(ナイマ・ボック)による爽やかなモダン・ポップのアプローチにも近いものがある。


もちろん、ボンドの場合は、微妙なフレーズのニュアンスの変化、言葉の持つ抑揚の微細な変容により、それらの内面的な音楽を艶気のある表現性に変貌させている。さらに、驚くべきことに、曲の中にサビや見せ場のような形で現れる高音部のビブラートで抑揚をもたらそうとも、その歌の表現性は中音域のときと同じように昂じるわけでもなく、また、激しくなるわけでもなく、一定の落ち着きとしなやかさを維持し続けていることが美点である。


こういった歌による精彩なニュアンスの変化は、平均的な才質の歌手では表現しきれない高水準にカーリー・ボンドが到達していることの確かなエヴィデンスとなるかもしれない。またそれらの歌の世界観を巧緻に引き出すのが、シンセサイザーのトーンシフターによる変化なのである。

 

アルバムの序盤を通じ、こういった盤石かつ安定感のある音楽の世界を示した上で、ボンドは、中盤の収録曲を通じてさらに多彩な表現性を示す。特に、『Black Eyed Susan』では、ワールド・ミュージックに傾倒を見せる。バックビートを意識した軽妙なアコースティック・ギターの演奏は、ボサノヴァ・ブームの火付け役である、Stan Gets(スタン・ゲッツ)/Joao Gilbert(ジョアン・ジルベルト)のオシャレなブラジル音楽のポップスの性質を取り込み、それをモダン・ポップスという形で昇華している。

 

ボンゴのような打楽器のリズムを活かしたワールド・ミュージックを踏襲した音楽はやがて、Miya Folickに象徴されるアヴァン・ポップの性質を帯びる。本作の主な特徴である新時代と旧時代を往来するような不可思議な感覚は、現行の世界のポップス・シーンを俯瞰した際、新鮮な印象を受ける。



続いて、アヴァン・ポップにも近い雰囲気のある曲調は、曲の中盤から終盤にかけて、木管楽器やオーケストラ・ストリングスを配することで、アーティストの重要なルーツの一つであるジャズの気風を反映させ、ノルウェーのJaga Jazzist(ジャガ・ジャジスト)や、クラリネット奏者/Lars Horntvethの『Pooka』で見受けられる、フォークトロニカ/ジャズトロニカの範疇にある先鋭的な音楽へと変遷を辿っていく。これらの一曲を通じて繰り広げられる変容の過程には瞠目すべき点がある。次曲と共にアルバム中盤のハイライトを形成している。


 

その後も、多彩な音楽性はその奥行きを敷衍していく。「I Believe In You」では、シンプルなマシンビートと、「Hum〜」というフレーズを通じて、甘酸っぱく、メロウなムードを反映させたAOR/ソフト・ロックの音楽性を楔にし、彼女の音楽の重要なルーツであるホイットニー・ヒューストンの1985年のセルフタイトル・アルバムの懐かしいR&Bを基調にしたポップスを展開させる。



プレスリリースで紹介されている通り、ボーカリストの艶やかで官能的なイメージは、80年代への懐古的な印象とともに、聞き手を現代のノイズや喧騒から遠ざけ、音楽の持つ深層へと至らせる。


これらのアーカイブからもたらされる音の懐かしさを、カーリー・ボンドはいかなるアーティストよりも巧みに表現しようとしている。ある意味では、ビヨンセの前の時代のR&Bの核心を誰よりも聡く捉え、それらを超えの微妙なトーンの変化、その歌声の背後にある感情の変化により、温かみのある感情性へと変換させる。この技術には感嘆すべき点がある。


もちろん、彼女の夫を擁するバンドアンサンブルの妙も素晴らしい。中盤における金管楽器/木管楽器の芳醇な響きにも注目したいが、ファンク/ソウルを反映させたベースラインがグルーブ感を付加している。音楽はリズムが混沌としていると、メロディーが優れていても残念なものになってしまうが、これらの均衡が絶妙に保たれていることが、こういった、ハリのある音楽を生み出す要因となったのである。

 

「Believe In You」

 

アルバムの中で最も繊細でありながら大胆さを兼ね備えるバラード「Framed In A Different State」も聴き逃せない。静かなギターとエレクトリック・ピアノ、そしてビートルズがよく使用していたメロトロンの音色を掛け合せ、チェンバー・ポップを下地にしたバラードに挑戦している。



そして、この情感溢れる傑出したバラードは、ギターラインやシンセのフレーズをコール&レスポンスのように織り交ぜることにより、温かな雰囲気を持つ曲へと仕上がっている。また、アメリカーナの影響もあり、ペダルスチールの音色が聞き手を陶酔した境地へと誘う。


その上に漂う、ボンドのボーカルは、往年のフォークシンガーのような信頼感がある。そして一方で、涙ぐみそうな情感を込めて歌われるボンドのヴォーカルは、曲の中盤にかけて何かしら神々しい雰囲気に変わる。それはシンガーという人間の性質が変化し、神聖な雰囲気のある光を、その歌の印象の中に留めるということでもある。しかもそれは感情を高ぶらせることではなく、心を包み込むかのような慈しみによってもたらされるものなのである。

 

アルバムのタイトル曲「So Far So Good」は、レトロな感覚を持つテクノを主体として繰り広げられる、少しユニークな感覚を持つポップミュージックである。それほど真新しい手法ではないにも関わらず、インディーロックに触発されたギターライン、そして、やはり一貫して飄々とした印象のあるボンドのボーカルに好印象を覚えない人はいないはず。



しかし、やはりアルバムの全般的な楽曲と同じように、序盤のユニークな印象は中盤にかけて変化していき、Funkadelicの演奏に見られる休符とシンコペーションを効かせた巧みなアンサンブルに導かれるようにし、ボーカルラインは、気品に満ちた印象を帯びながら、淑やかなポップスへと変化してゆく。


それほど意図的にアンセミックなフレーズを作ろうとはしていないにもかかわらず、なぜか歌を口ずさんでしまう。この音楽的な親しみやすさにこそ、Meernaの音楽の醍醐味が求められる。そして、アルバムのタイトル曲として申し分のない名刺代わりの一曲である。

 

これらのコアなポップスのアプローチは最終的に、クローズを飾る「Love Is Good」という答えに導かれる。トライアングルを織り交ぜたパーカッシヴな手法は、ベースラインとシンセの緊張感のあと、ドラムのロールにより劇的な導入部となって、カール・ボンドの歌の存在感を引き立てる。その期待感に違わず、ネオ・ソウルやモダン・ポップの王道にあるフレーズを丹念に紡いでいく。


コーラスワークや、背後にあるシンセやギターは、より深みのあるソウルミュージックの領域へと達する。それはスタックス・レコードのソウルや、カーティス・メイフィールドのジャズ/フュージョン/ファンクに触発された演奏に比する水準に位置する。しかしながら、こういったコアなアプローチを取りつつも、しっとりとしたボーカルラインが維持されることで、ポップスとしての妙味を失うことがない。 



さらに、バンドアンサンブルの妙は、この曲の中盤から後半にかけて最高潮に達し、Jeff Beckの『Blue Wind』、Eric Claptonを擁するCreamの「Sunshine Of Your Love」で示されたような、ロックンロールの真髄である玄人好みのロックサウンドへと瞬間的に変化していく様は圧巻と言える。


数限りない音楽が内包されながらも、全くブレることのない本作の根幹には、どのような音楽の背景があるのか。少なくとも、表面的なものばかり持てはやされる音楽が散見される現代のシーンにあって、こういった本当の音楽は、他のいかなる音楽よりも深い意義を持つ。Meernaaというシンガーが今後どれくらいの活躍をするのかは予測出来ない。しかし、このアルバムを手にした、あるいは、聴くという幸運に肖った人々は、このアーティストに出会えて良かったという実感をもっていただけると思う。

 

 

Weekend Featured Track- 「So Far So Good」

 

 

 

 

90/100

 

 

Meernaのニュー・アルバム『So far So Good』はKeeled Scalesから発売中です。