J Mascis 『What Do We Do Now』‐Review  敏腕ギタリスト、Jマシスによる爽快なオルタナティヴロックソングの数々 

  J Mascis 『What Do We Do Now』 

 



 

 Label: Sub Pop 

 Release: 2024/02/02


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 Review


 ベテランギタリスト、J Mascisによる爽快なオルタナティヴロック


 J マシスは、Dinasour Jr.としても、ソロアーティストとしても、音楽性が変わることがほとんどない。例えば、1987年に発表された三作目のアルバム『You Are Living All Over Me』を聴けばわかるが、ダイナソー Jr.の音楽性というのは、フェンダーのジャズマスター、テレキャスター等のシングルコイルのギターに、ビックマフ等のファズ・ギターのノイズを噛ませ、その上にJ マシス自身の瞑想的なボーカルラインを乗せるというもの。ルー・バーロウのエッジの効いたベース、ソングライティングも彼らの音楽の中核を担っていた。『Green Mind』で全米チャートで席巻する以前から、マシスはデビューアルバムを通じて、以後の時代の作風をしっかり踏み固めていた。

 

「Little Funny Things」の苛烈なディストーションギターでオルタナの台頭を大々的に予見し、さらに「In A Jar」では、彼自身のグランジとカントリーを織り交ぜたような比較的な聴きやすいライトな作風さえもあろうことか80年代後半に明示していた。次いで、90年代に入ると、グランジ・ロックの性質に交えつつ、マシスはアメリカーナにも挑戦するようになる。彼はアコースティックギターを手にし、『Green Mind』の「Flying Cloud」において、ニール・ヤングを彷彿とさせるカントリー/フォークの作風へと舵を取ったのだ。


その後、Dinasour Jr.のリリースは、以前の作風を洗練させるか、地固めをする意味を持っていたに過ぎないかもしれない。しかし、J マシスには、もうひとつ作曲家としての意外な性質があることは言っておかなければならないだろう。特に、卓越したテクニックを擁するギタリストとは別に、現在でいうところのオルタナティヴのソングライターとしての類まれなる才質に恵まれていたという事実は付記しておくべきなのだ。

 

例えば、J マシスのオルト・ロックの中には、同年代のパンク・ハードコアの台頭と並行し、エモに近い性質を持つ作曲を行っていた。これらのスタイルは、『Green Mind』の「Muck」、『Bug』の「Budge」で頂点を迎えた。そこにエモの源流であるエモーショナルハードコアの影響が含まれているのは、彼のバンドのカタログが証明している。現在はパンクの影響は少し弱まり、J Robbins(Jawbox)が数少ない継承者となった。しかし、少なくとも、J マシスは、明らかにパンクにルーツを持つ、コアなインディーロックギタリストであり続けて来たのだ。

 

マシス自身が話すように、『What Do We Do Now』は、彼がアコースティックのドラムの録音とバンド形式の作品に挑戦した作品である。全体的なソングライティングとしては、従来のソロでのフォーク/カントリーを基調としたリラックスした作風が主体となっているが、同時にギターソロを曲の中に織り交ぜながら、エンターテイメント性を追求したような作品になっている。

 

アルバムの作風を決定づけているのが、ニール・ヤングの『Harvest Moon』に象徴されるフォーク/カントリーとロックの融合だ。これらがダイナソー時代から培われてきたマシスの作曲と結びつきを果たし、オルタナティヴなUSロックとなるわけである。エレクトリックにアコースティックのギターを重ねていることも、音楽そのものにメリハリとダイナミックス性をもたらしている。


「Can’t Believe We're Here」はシンプルなアメリカン・ロックだが、やはり、その中にはピッチをずらして歌うマシスの往年のカントリーシンガーの影響を絡めたボーカルが心地良い雰囲気を醸し出す。ギター・ソロを織り交ぜ、まったりとした感覚と熱狂的な感覚を行き来するように曲は進んでいく。「What Do We Do Now」は比較的ゆったりとしたテンポでオープニングを補佐し、彼の得意とするシンプルなUSロックにより、くつろいだような雰囲気を生み出す。ボーカルに陶酔感と哀愁が漂うのは、かれの以前のバンド/ソロ作品と同様である。

 

アルバムの中盤では、フォーク・カントリーに根ざしたアメリカーナの音楽性の色合いが強くなっていく。例えば、 「You Don't Understand Me」では、ニール・ヤングの「Harvest Moon」に代表されるような、ロマンチックな雰囲気をフォーク・ロックの形によって示そうとしており、ペダルスティールというアメリカーナの主要な楽器、オルタナティヴロックギタリストとしてのこだわりが合致を果たし、心地良い雰囲気を作り出している。これが稀にソングライターとしての威風堂々たる存在感を持つ曲に昇華される瞬間がある。そのことは、「I Can't Find You」を聞くと瞭然ではないか。それが聞き手の内なる感覚に共鳴すると、淡い抒情性や哀愁を呼び覚ますこともある。それはまたフォーク、カントリーによるブルースの精髄とも言えるのだろう。


フォーク/カントリーとロックの融合という彼の新しい主題は、「It's True」において魅力的な形を取って表れる。アコースティックギターの変則的なリズムとドラムのダイナミクスを活かしながら、これまでになかったスタイルを探求している。そこに、縒れたようなJ マシスの力の抜けたボーカルが加わると、新鮮なカントリーソングの感覚に満ちてくる。この曲を聴くと、ロック性ばかりが取りざたされてきたギタリストであるものの、ソロアルバムの旧作と同じく、カントリーミュージックがマシスにとって、いかほど大きな存在であるのかわかる。ギターソロに関しても、曲に満ちるブルースの雰囲気をエレクトリックギターによって巧みに増幅させようとしている。

 

ダイナソーJr.での音楽的な経験は「Set Me Down」に色濃く反映されている。この曲では、『Green Mind』の時代の作風に加え、ブルーグラスの古典的な音楽性を呼び起こそうと試みる。もちろん、その中に、ロックとしての変拍子を加え、ひねりを生み出している。続く「Hanging Out」では、ロック・ギタリストとして、教則本以上の模範的なソロプレイを示す。特に、シンガーソングライターとしての未知の領域は、本作の最後に示唆されている。「End Is Getting Shaky」では、経験豊富なシンガーソングライターとしての精髄を見せる。

 

『What Do We Do Now』は、カントリー/ブルーグラスの影響が押し出され、J マシスが旧来になく古典的なアプローチを図った作品となっている。表向きにはスタンダードなUSロックに聞こえるが、Guided By Voices、Silver Jewsとの共通点も見出せる。そう、やはりどこまでもオルタナティヴなアルバムだ。無論、今作の最後がギターソロとボーカルで終わることからもわかる通り、不世出のロックギタリストとしての矜持が込められていることは言うまでもない。




76/100



「Set Me Down」