Yazmin Lacey 『Teal Dreams』
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Release: 2025年10月24日
Review
今年はネオソウルのアルバムは、もうひとつという印象もあるが、ヤスミン・レイシー(Yazmin Lacey)の新作『Teal Dreams』は、けっこう良い線を行っているのではないでしょうか。
いつの間にか、ロンドンに活動拠点を移したアーティストは、前作『Voice Notes』では、レゲエのリバイバルを試みていたが、最新作『Teal Dremas』はダンサンブルなビートを生かしたネオソウルアルバムを制作した。ダンストラックとして楽しめる曲がある一方、ディープなソウルミュージック、それからクラシカルなレゲエソングもある。今回のレビューは、デジタルの音源をもとに行いますが、ビニール盤では、また一味異なる音の質感が感じられるかもしれません。
ネオソウルとしては、実際の制作者の実像はさておき、作品としてはファッションスターのような、きらびやかな印象があることが重要です。その点において、「Teal Dreams」には、スターへの羨望的な雰囲気、バブリーな空気感が漂っている。また、それは80年代のソウルミュージックと呼応するようなスタイリッシュな音楽が示されている。次いで注目すべきは、前作の全体的なレゲエの要素に加え、アンダーグランドのダンスミュージックを絡め、センスの良いブラックミュージックを制作していることでしょう。ビンテージなレゲエの要素もたまに登場するが、モダンなネオソウルやダンス・ミュージックをレイシーは追求したということになる。それ加えて、夢見るような音楽を、ヤスミンは制作しようとしたように感じられる。しかし、夢見るような音楽とは言っても、それは千差万別です。今回のアルバムの場合、それは、クラバー向けのDJサウンドを、全般的なディープソウルの要素と結びつけたと言えるでしょう。
その中で、もう一つ新たな音楽的な要素が加わった。アルバムの冒頭曲「Teal Dreams」では、アフリカの民族音楽のリズムが、心なしかエキゾチックな印象をもたらす。 その中で、近代的なイギリスの革新的なリズムーースカ、レゲエ、ダブーーといった、70-80年代の英国のニューウェイヴの要素を添え、独特なテイストを持つネオソウルのトラックを制作している。もちろん、アフロ・カリブやアフリカへのルーツの回帰という主題も捉えることは可能ですが、それらにイギリスに対する文化的な敬意を添えようとしている。最終的には、スタイリッシュな感覚を持つソウルミュージックが出来上がる。現在のロンドンの混在する文化性を象徴するような楽曲です。
その中で、レイシーはボーカルの側面で、絶妙なポップセンス/メロディーセンスを発揮している。これはラップだけでは少し物足りないと感じるリスナーをも惹きつける可能性がある。その中で、エキゾチズムというテーマを音楽的に強調する瞬間が「Two Steps」に現れる。文字通り、ロンドンのガラージや2ステップのリズムを取り入れているが、全般的にはアフロ・キューバン・ジャズのような南米の音階やリズムが登場し、躍動するビートの中で、南欧の音階も登場する。ジプシー音楽を彷彿とさせる哀愁のあるサウンドは、キューバ/プエルトリコのような地域のサウンドも相まって、特異なテイストを放つ。その中で、全般的には、ブレイクビーツを配したドラムテイクの中で、ヤスミン・レイシーのボーカルが鮮やかな印象を保っている。その中で、最近流行りの2つのボーカルーー歌とラップーーを並置させ、特異な音楽を作り出す。
しかし、これらは飽くまでポピュラーソングの範疇で行われていることに注目したいところです。レゲトンを意識した「Wallpaper」では、ヤスミン・レイシーは、堂々とポピュラーシンガーであると宣言している。そして、依然として、前作と同じように、レゲエのジャマイカのリズムが、心地良い雰囲気を作り出す。また、この曲では、アーティストによるトロピカルソングの見本が示される。今回は、ダンス・ミュージックやネオソウルが表向きには主要な印象を占めているように思えます。しかし、同時に前作のレゲエの要素は、より奥深い領域へと到達していることが分かる。「Love Is Like The Ghetto」は、Trojan Reggeaのリズムを参考にして、オルガンの裏拍の音色やダブ風のギターのサウンド処理を通じて、トロピカルな印象を押し出す。その中で、ゲットーへの愛を示すかのように、温かなボーカルの雰囲気を作り出す。ムードたっぷりで、東京の下町のような人情味溢れる雰囲気のソウルミュージックは、他ではなかなか聞くことができないでしょう。アーティストによるローカルコミュニティへの愛情が感じられる。
その他、ヤスミン・レイシーの音楽が理想的である理由は、一貫して、人間の愛情や友情の側面に焦点を当てようとするから。つまり、レイシーの音楽は、必ずしも特異性を示すのでなく、共通項を示そうとしている。「Worlds Apart」 は、分断する今日の世界から距離を取り、人間の本質的な美徳を言い表わそうとする。音楽的にも、それは同様で、美麗なギターのアルペジオを中心としたフォークミュージックを通じて、現代人の多くが忘れかけた感覚を取り戻すべく試みる。これはしかし、必ずしも悲劇的なヒロイックな印象を押し出すのではなく、平等や人権といった普遍的な観念から、これらの一般性ーー親しみやすさーーを導出するのである。
そして、そのための1つの鍵となるのが、エズラ・コレクティヴが示した”ダンス”という主題であるが、このアルバムの場合は専門的なダンスではなく、一般的なダンスであり、”音楽に合わせて体を揺らす”という”シンプルな運動”を意味する。これは、エズラ・コレクティブが、神様という視点を欠かさぬように、より大きな宇宙的な存在を見ないことにはなし得ないことなのでしょう。また、それはヤスミン・レイシーの音楽の根幹の部分を形成している。続く「Rear View」でも、その点は変わりがないようです。金管楽器をフィーチャーし、ジャズの要素が付け加えられるが、ダンスミュージックにある陽気さや楽しさという本作の理想が体現されている。当然、一般的な感覚の共有という側面でのコミュニケーションを意図しているのでしょう。
また、音楽的に言っても、最近のダブは、他の音楽とのクロスオーバや融合が進んでいるので、その本義が薄まりつつある。しかし、「Grace」はダブの王道の楽曲であり、この音楽の基本的な要素が受け継がれている。シンプルなレゲエのスネア、そして、時折、切れ切れに聞こえるブレイクビーツやヒップホップの重要なヒントとなったベース、夢想的なヴィブラフォン、そしてベルを交え、全体的な楽曲の骨組みを作り上げていく中で、ソウルの王道のボーカルが、最終的にメインメロディーを作り出す。同時に、これらの器楽と声は、美麗なハーモニーを形成する。まさしく大人のためのソウルミュージックで、これはあまり近年に聴いた記憶がない。この曲では、ブラックミュージックの奥深い感覚、そして、静寂を体感することが出来る。また、一般的なギターロックやギター・ポップに挑戦した曲も収録されている。「No Promises」は、80年代っぽい秀逸なギターポップソングとして大いに楽しむことが出来るでしょう。
後半にも簡単に聴き逃がせない曲がいくつかあります。「Wild Things」ではアルバムの序盤のアフロキューバのリズムが復活し、それらがこのアルバムの根幹にあるダンスミュージックと呼応し、サイケな印象を帯びる。サイケデリック・ソウルの急峰が、このポイントで形成される。「Ain't I Good For You」は、キューバン・ジャズのリズムや音階を強調し、エズラ・コレクティヴ風のサウンドを追求している。華やかで祝祭的な金管楽器のユニゾンがエズラの持ち味ですが、この曲では、ヤスミンらしさがほとばしり、躍動感のあるネオソウルに昇華されている。
終盤の収録曲は、近年のヒップホップのコラボブームを参考にしつつ、ヒップなソウルを制作している。これらの曲では、フェミニンなソウルの魅力を体感出来ます。また、クローズ曲は、ヒップホップ・ジャズを意識している。これらのメロウなサウンドは、うっとりした余韻を残し、本作のテーマを印象づける。『Teal Dreams』は、ネオソウルの急進的な作品です。アメリカのミック・ジェンキンスのようなヒップホップ・アーティストが好きな方にもおすすめです。
84/100
「Two Steps」- Best Track





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