Lael Neale  『Star Easters Delight』/ Review

 

 

Label: SUB POP

Release: 2023/4/21



 

Review



Lael Neale(ラエル・ニール)は、2020年、ロサンゼルスからバージニアの田舎にある家族の農場に帰った。そして彼女は世界を遠巻きに眺め、夢のような2年を過ごし、着実にアルバムの制作に取り組んだ。

 

この三作目のアルバムは、都会の喧騒から距離を起き、静寂をミュージシャン自らの手により壊すことを強いたという。それは実際の作品に色濃く反映されている。カントリーという中心点を取り巻くように、ジョン・レノンやルー・リードのソングライティングを思わせる楽曲をニールは作り上げたのだ。そのせいか、これらは静寂に対する反動であるかのように、ノスタルジア溢れるチェンバーポップ風のバラードとオルタナティヴロックが複雑に混在している。それはバージニアの農場のノスタルジアと、古きよきポピュラー・ミュージックや乾いた感じのあるインディーロックの混交という形で、アルバム全体に表れ出ている。

 

アップテンポなナンバーで始まる「I Am The River」は、彼女の故郷であるバージニアへの称賛と祝福に満ちあふれている。そしてそれらはエレクトーンの音色とシンセ・ポップのビートが組み合わさることで、軽快なオープニングとして機能し、アルバムの持つストーリーのようなものが転がり始めるのである。一曲目を受けて、「If I Had No Wings」は、よりロマンチックなナンバーとしてその序章を引き継いでいる。オルガンのサステインの上に乗せられるラエル・ニールの歌声は、カントリーミュージックを踏襲しているが、このシンプルな組み合わせは、バージニア農場の開放的な雰囲気や、それにまつわるロマンを象徴しているように思える。実際、彼女の歌声は教会音楽のゴスペルのような厳粛ではありながら優しげな雰囲気に充ち溢れ、オーケストラとポップスの融合であるチェンバーポップの核心を捉えようとするのである。


これらの2曲の後に、再び、音楽のストーリーは変化する。70年代のプリミティヴなオルタナティヴロックを踏まえたインディーロックソング「Faster Than Medicine」は、必ずしも、このシンガーソングライターがバラードばかりを制作の主眼に置く歌手ではないことを象徴している。さながらサーフロック時代のノスタルジア溢れるサウンドを回想するかのように、ラエル・ニールは、オルガンの持続音に合わせて痛快に歌う。それはまたVelvet Undergroungのような原始的なプロトパンクやオルトロックの要素を多分に含ませ、リスナーの心を捉えようとする。

 

アンビエント調の抽象的な雰囲気から始まる「In Velona」は、アルバムの中でも最もロマンチックなナンバーのように思える。ただ、ここでラエル・ニールはロサンゼルスでの生活を送ってきたことを踏まえ、それらの憧れに対して一定の距離を置き、それでもなお内面の憧憬のような繊細な感覚を織り交ぜようとする。 そして、曲の中盤にかけてリズム的な役割を司るピアノにより60年代のポップスのごとき映画的な展開を交え、内的なドラマティックな雰囲気をニールは作り出そうとする。曲の後半では、アンセミックなコーラスワークを繰り返すことにより、よりロマンチシズムに裏打ちされた抽象的で混沌とした感覚を生み出すことに成功している。

 

さらに、それらの摩訶不思議な感覚は、続く「Must Be Tears」でより深度を増していこうとする。同じく、6、70年代の懐かしのチェンバーポップの鍵となるメロトロンの音色を最大限に活かし、また、それをフレンチ・ポップスを想起させる、おしゃれな感覚で彩ることにより、ラエル・ニールは心ほだされるような音響空間を生み出している。さらに中盤にかけては懐かしくもある一方、現今のインディーポップに近い雰囲気が綿密に掛け合わさることで、古いとも新しいともつかない奇妙な感覚が生み出される。曲自体はフランスのシルヴィ・バルタンを彷彿とさせるが、パティーシュに止まらない何かがこの曲には込められている。

 

あらかじめ「Faster Than Medicine」で手の内をみせておいたオルタナティヴ・ロックの趣味は、続く「No Hands Barred」でより顕著になる。


ここでは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『Loaded』の時代の作風を彷彿とさせる温和でプリミディヴなロックサウンドを呼び覚ましてみせている。そのことは確かに、VUのファンにとどまらず、Guided By VoicesやGalaxie 500を始めとするそれ以後のUSオルタナティヴロックバンドのファンの心に何らかのノスタルジアをもたらすことだろう。


そして、この曲の中で、ラエル・ニールは、古き良きカントリー・ポップス歌手のように、のびのびとした歌声を披露している。ここには、たしかにバージニアの農場の風景から匂い立つような何かが込められており、徹底してそれらの感覚をノスタルジアを込めて歌手は歌おうとする。もちろん、サウンドプロダクションの効果は、楽曲の雰囲気をうまく引き立てようとしている。

 

いわば都会の生活を経た後にもたらされる故郷への弛まない郷愁、それらのこの歌手らしいロマンチシズムはその後も薄れることなく、より深みを増していく。さながらラエル・ニールはそのロマンを心から寿ぐかのように、自然に、恬淡と歌おうとする。そしてそれは確かに長い都会の暮らしにいくらか疲れ、のびのびとした風景を渇望するリスナーの心にひとしずくの癒やしをもたらす。アルバムの最後に収録されている「Lead Me Blind」は、その夢見るような感覚を補足するために存在する、いわばコーダのような役割を担うトラックである。


ラエル・ニールは、この曲でロサンゼルスの喧騒に戻ることを忍びなく思うかのように、故郷であるバージニアの農場の風景への変わらぬ郷愁を、自らの知りうる形で反映させようと努めている。田舎から都会に移り住んだ事がある方なら、ご理解いただけると思われるが、盲目であるということは、必ずしも不幸せではないということを、歌手は暗に伝えようとしているのである。


76/100


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