Louis Ⅵ 『Earthling』/ Review

 Louis Ⅵ 『Earthling』

 

 

Label:  HiyaShelf Recordings Unlimited

Release:  2023年3月31日



Review


 UK/ノースロンドンの最注目のラップアーティスト、Louis Ⅵ(ルイ6世)は2016年から二作のアルバムを発表している。Nighmare On Waxの指揮のもと、新たに設立されたレーベル、HiyaSelf Recordings Unlimitedと契約を交わし、三作目のアルバム『Earthling』をリリースした。Lex Armor、Mick Jenkins、Moses Boyd,Alex Cosmo Blake、Osker Jerome、Bluestaeb、Arena、Greg Paulといった気鋭のミュージシャンがコラボレーターとして参加し、3年の月日を費やして制作。特にOsker Jerome、Lex ArmorとMick Jenkinsの参加が何とも豪華である。

 

 さらに、このアルバムでは、ルイが人間であることの意味を示すため自ら探求する姿をラップミュージックとして記録している。ノースロンドン出身のルイは、ライムやフロウの中で「これまで最も正直で、最もエキセントリックな自分」を表現しようと努め、黒人社会が歴史の中でどのような変遷を辿ってきたのか現代人の見地から検めようとしている。警察の残虐行為、人種差別、アフリカの植民地の背景、彼のリリックには重要なテーマが複数見いだされるが、それらを自然な感情--喜び、怒り、探求の物語を描きだそうと試みている。 さらに、ノースロンドンの文化的に活気のある街で育った彼は、自身の経験や課題からインスピレーションを受けている。カリブ海、フランス、イギリスの3つの血を受け継ぐルイは、ロンドンの主要なカルチャーであるラップとジャズに強く触発されるとともに、それらに新たな解釈を加えようとしている。かねてから、社会に馴染めないと考えていたアーティストにとって音楽とは外界からの逃避場となるだけでなく、家庭内での暴力から逃れるための方策でもあった。

  

  前作『Sugar Like Salt』で一定の支持を集めた後、このサード・アルバム製作中に、ルイは様々な体験をした。


 人種差別にまつわる不可解な司法制度を象徴するような裁判を家族が体験し、そしてバスケットボールの怪我から立ち直らねばならず、マーキュリー賞にノミネートされた友人であるTYを失った。その後、家庭内暴力で育った彼はさらに、これらの家族のトラウマに直面するようになり、一時的に精神状態が悪化したという。その後、ルイは自然ガイドと一緒にセラピーの旅に出ることになった。さらにこのアルバムの製作時に、彼は実の妹からアドバイスを受けたそうで、過去数年間を振り返り、本当の自己に忠実であることの重要性を教わったという。その影響もあってか、これらの音楽にはルイの力強いメッセージを読み取る事もできる。


 サード・アルバムは、例えば、レゲエ/レゲトンとラップ・ミュージック、ロンドンのクラブ・ミュージックをセンスよく融合させ、フレンドリーな音楽を提示している。一見すると、上記の複雑なテーマは表向きには重苦しい印象を与えるかもしれないが、実際の音源を聴くとわかる通り、『Earthling』は不思議な開放感に満ち、モダンでリラックスした雰囲気に包まれている。決して悲惨な状況に相対したからといって投げやりにはならず、それらの課題を踏まえた上で自らがやるべきことに専念している。また、Louis Ⅵは、UKドリルやトラップの現代のラップ・ミュージックを踏襲し、ジョーダン・ラカイ(ラケイ)のような落ち着いたクラブ・ミュージックに置き直している。加えて言えば、これは大人のためのラップミュージックなのである。

 

 アルバム全体にはアマゾンという主な舞台を通じて、一貫した音楽性が根底に通じている。ときに、リラックスしたムード、そしてミニマルな構成のクラブミュージックの最中にあって、曲ごとに雰囲気が少しずつ変化する様子は、さながら熱帯雨林の変化しやすい気候を象徴づけるかのようでもある。そして、その舞台はブラジルにとどまらず、彼の地元であるロンドン、それからメキシコに移る場合もある。めくるめくような展開力は、落ち着いたチルアルト風のクラブ・ミュージックと合わせて、ミュージカルの一幕のような印象をもたらす場合もある。稀に、それは実際に複数の場所で録音されたサンプリングーー、アマゾンの嵐、イギリスの深閑とした森、メキシコの海岸にいる熱帯の鳥のサンプリング等が施されることによって、ボーカルトラックの合間に絶妙なアクセントをもたらし、多彩な変化をアルバム全体に与えているのである。

 

 アーティストは、地元のロンドンを離れ、アマゾンに滞在したことで、より懐深い宇宙の叡智である慈しみの源泉に迫ることができたのだろう。Louis Ⅵは最新アルバムの中で自己のアイデンティティを探求するというテーマと合わせて、気候変動のテーマに興味を持ち、一個人として地球に対して出来ることは何かを探求しようとしている。それは、本作のタイトル『The 『Earthling』がCOP26のサミットで開催された基調講演や、ドキュメンタリーフィルム『Nature Ain't A Luxury』、さらに短編小説『The Earthing』にヒントを得ていることからもわかる。アーティストは、大きな問題を自分の内在的な問題と交えつつ、明るく建設的な意見をラップミュージック/クラブ・ミュージックのコンテクストの中にもたらそうと考えているのかも知れない。



90/100

 


Featured Track 「When I Blow」

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