Weekly Music Feature/ 青葉市子 『Ichiko Aoba with 12 Emsemble(Live at Milton Court)』

Weekly Music Feature


青葉市子


Ichiko Aoba


  これまでに、ソロアルバムのリリースの他、『こちらあみ子』のサウンドトラック提供や、ゲーム音楽へのサウンドトラックの提供、また、空想の物語を織り交ぜてクラシック、ポップ、ジャズという3つのジャンルの音楽を取り巻くようにして麗しい音のストーリーを展開させた前作『アダンの風』で世界的に注目されるようになった日本のシンガーソングライター/青葉市子(Aoba Ichiko)は、その後、弦楽アンサンブルを従えたライブを通じて、伸びやかで美しい清涼感のある歌声によって世界の音楽ファンを魅了しようとしています。昨年に続いて、今年3月から再び世界ツアーを敢行するシンガーは、アジア圏にもその名を響かせようとしており、Saison Des Fleurs 2023の世界ツアーの一貫としてインドネシアのジャカルタでの公演を予定しています。

 

  青葉市子は、渋谷オーチャードホールでの『アダンの風』の公演、昨年のBlue Note主宰の日本公演のほか、今年10月にはJapanese BreakfastのニューヨークのRadio City Music Hallでの公演サポートを務める予定で、今後、世界的な活躍が期待出来るシンガーです。知るかぎりでは、この歌手はデビュー当時から世界で活躍するようなシンガーになるべく野望を内に秘めていた歌手では有馬さんでした。そして今でも弦楽アンサンブルとともに小規模のコンサートを開催する場合もあるように、観客との距離を大切にする、どちらかといえばささやかなフォークシンガーとして2010年の『剃刀乙女』で日本のミュージック・シーンに台頭しました。

 

  そして、デビュー当時のこのシンガーソングライターの持つ個性溢れる雰囲気、そして少なからず文学性を感じさせる幻想と現実の間を揺らめくように織りなされる抒情性の高いフォークミュージックは、当時から日本国内でも支持を得ており、口コミを介してこの歌手の素晴らしさがじわじわと広まっていった印象もあったのです。

 

  青葉市子は2010年のデビュー当時とは違い、Blue Note直系のジャズ、クラシック、メディエーション、フォークと様々な要素を織り交ぜながら自らの表現力と可能性を徐々に広げていき、今や国内にとどまらず海外にも活躍の領域を伸ばしつつある素晴らしい歌手となった。しかし、これは2010年から歌手の実力を知る人々にとっては何の不思議もないことだろうと思われます。

 

 

 

昨日発売となった『Ichiko Aoba with 12 Emsemble(Live at Milton Court)』は、昨年、ロンドンのミルトン・コートで9月3日に行われたライブを収録しています。


この日のライブでは、世界的にその知名度を引き上げた前作『アダンの風』の収録曲を中心にセットリストが組まれています。梅林太郎氏によるアレンジが新たに施され、さらにロンドンを代表する弦楽オーケストラ"12 Emsemble"と共演を行いました。近年、12 Emsembleはジャンルを問わずコラボレーションを行っており、追記としては4ADに所属するDaughterの最新アルバム「Stereo Mind Game」にもゲスト参加しています。

 

ライブ・アルバムでは、梅林氏による編曲と合わせて、ロンドンの12 emsembleの弦楽の巧緻な演奏、シンガーソングライター青葉市子の歌声の魅力、日本語歌詞のニュアンス、そして、歌手のボーカルが織りなす幻想的な雰囲気を体感することが出来ます。この日のライブのオープニングを飾る「 帆布ーEaster Lily」は、前作『アダンの風』の収録曲。イントロでは、沖縄民謡の特殊な音階を通じて、海外の音楽ファンにアジアの爽やかな南風をもたらす。島唄(沖縄民謡)の音階をはっきりと意識した不思議な音の世界は、実力派シンガーの繊細で柔らかなボーカルとアコースティックギターの演奏を通して奥行きを増していき、さらにロンドンを代表する弦楽アンサンブルの流麗なストリングスにより、その強度と迫力を増し、聴き手を圧倒するのです。

 

「Parfum d'etoiles」は、フランス和声の影響を受けた色彩的な12 Emsembleの優雅な演奏により幕を開けます。チェロが強調された重厚なストリングスの低音のハーモニーはやがて、モダンジャズの気風を反映したワルツの軽妙なリズムとして、その後の展開に受け継がれ、ムードたっぷりのボーカルが舞踏のように不可思議な世界観をきわめてナチュラルに築き上げていきます。ハミングのようなトーンが印象的なボーカルは抽象的な音像をもたしますが、ときおり導入される弦楽の繊細なニュアンスを表現するレガートとピチカートが合致し、ミルトン・コートの観客をアーティストの持つミステリアスな世界へとやさしく招きいれるのです。

 

3曲目の「霧鳴島」もオープニング・トラックと同様に、『アダンの風』に収録されていた楽曲となりますが、これは前半部と中盤部を連結する間奏曲のような意味を持っています。前の2曲であらかじめ提示しておいたファンタジックかつミステリアスな雰囲気がミルトン・コートのライブ会場に浸透した後、アーティストが思い描いた空想の物語をテーマに置いた楽曲は次第に奥行きを増していきます。確かに、「霧鳴島」は、世界のどこ地域にも存在しないわけですが、他方、弦楽アンサンブルの抑揚に富んだパッセージは、聞き手の情感に訴えかけるような哀感溢れる演奏力により、聴衆の脳裏に実在しない島の姿を呼び覚ますのです。


さらに、続く「Sagu Palm' Song」はアコースティックギターの繊細なアルペジオと歌手の歌声のエモーションが絶妙に溶け合うようにして昇華された一曲です。ここには以前、ゲームのサウンドトラックを提供している歌手の趣味の一端にふれることができます。例えばもし、ゲーム音楽に詳しい方ならば、歌い出しを通じて名作曲家の光田康典氏のゲーム音楽の影響を感じとることも出来るかもしれません。「クロノ・クロス」、「クロノ・トリガー」、上記2作のサウンドトラックに象徴される日本のゲーム音楽の歴代屈指の名曲の影響をかすかにとどめ、それらの幻想的なフォークミュージックの影響を受けつぎながら、青葉市子は現実と幻想の狭間をゆったりと心地よく揺蕩うかのようにうたっています。とりわけ、曲の後半部におけるハミングにも近いボーカルの情感の豊かさ、なおかつ繊細な歌声が織りなすアンビエンスの見事さに注目でしょう。


続く、「血の風」はージャズの影響を絡めたギターソングとして聴衆を聴き入らせるしたたかな説得力を持ち合わせています。それ以前の曲と同様に、幻想的な雰囲気を擁する一曲ですが、言葉とも旋律のハミングともつかない抽象的なボーカルがアコースティックギターの繊細なピッキングと絶妙に溶け合うようにし、淡いエモーショナルなアンビエンスを滑らかに形成する。曲の前半部では、フラメンコのようなスペイン音楽の哀愁を感じさせるが、中盤部からクライマックスにかけては、12 emsembleのストリングスの助力を得ることにより、映画のワンシーンのようにダイナミックな展開へと繋がっていく。静から動への切り替わりと称するべきか、曲の表情と抑揚がガラリと変化する瞬間に注目しておきたい。さらに、曲の終わりにかけて、アンニュイなボーカルがトーンダウンしフェードアウトしていく時、リスナーはライブ会場に居合わせた幸運な聴衆と同じ圧巻の雰囲気に息をのむことでしょう。

 

 

その後、「Hagupit」、「Dawn In the Adan」と、中盤ではファンタジックな物語や日本の童謡のような可愛らしい独特な雰囲気を持った曲と、オルト・フォークを融合させたシンガーソングライターらしい落ち着いた楽曲が続いていきます。歌手は「アダンの風」に象徴される架空の物語のゆるやかに奥深くに入り込んでいき、ミルトン・コートにいる聴衆に対してこれらの音楽による物語をやさしく、そして丹念に語り聞かせます。

 

中盤部では、弦楽アンサンブルとの合致が象徴的な雰囲気を持つライブの序盤とダイナミックなコントラストを形成するとともに、これらの幻想的な音の物語の中にとどまるように促す。そして、最も聴き応えがあるシーンが、「アダンの島の誕生祭」です。以前の曲と同様、ギターを通じての弾き語り曲ですが、高音部のハミングを歌った時、コンサートホールの天井、ホールの空間に反響し、独特な倍音が木霊し、これが聞き手の心に癒やしと安らぎをもたらすことでしょう。続く「守りの哥」では、再び、12 ensembleの弦楽のパッセージが前面に出てきて、ジブリ音楽のような自然味と温かみを兼ね備えたオーケストラレーションへと導かれていきます。これは、優しさと迫力を持ち合わせる青葉市子のライブの最高の瞬間を留めたと称せるはずです。

 

バッハの室内楽コンサートのような趣を持つクラシック音楽の格式高い雰囲気でイントロが始まる「海底のエデン」もまた単なるクラシック音楽のイミテーションにとどまりません。ここではモダンジャズの気風を反映させ、そこに、それまでライブの前半部と中盤部で築き上げた雰囲気を押し上げるように、青葉市子はギター/ボーカルという彼女らしい表現によって、幻想的な物語を、丹念に、そして丁重に紡ぎ出してゆく。彼女の弾き語りと歌声は、観客と同じ目線でつむがれていき、気取るわけでも、奇を衒うわけでもなく、温かな親切心を持ち、ロンドンの観客にこの曲を語り聞かせています。分けても、ジャズバラードの要素を反映させたアンニュイかつユニークなシンガーソングライターの性質を顕著な形で見い出すことが出来るでしょう。

 

コンサートの終盤に差し掛かると、序盤とは様相が変化します。観客と円滑に信頼感のあるコミニケーションを図れるようになったと実感したのか、そこまではわかりませんが、中盤部までの緊張感をいくらか緩め、フレンドリーな姿勢で、ロンドンのコンサートの終盤を迎えます。日本の古い童謡で、NHKの『みんなのうた』で最初に紹介された「赤とんぼ」は、山田耕筰の作ですが、この原曲にユニークさと淡いノスタルジアを交え、秀逸なアレンジバージョンとして演奏している。これはロンドンのコンサートホールに日本の文化及び日本語の美をもたらした最初の事例となる。アーティストらしいユニークな歌は、童謡に描かれる夕暮れの空の向こうに、トンボが飛び去ってゆく切ない情景を目の裏にまざまざと呼び覚ますことになるでしょう。

 

そして、この後に9月のロンドンのコンサートは感動的なクライマックスを迎えます。赤とんぼの雰囲気を受け継いだ素朴なポピュラー・ミュージック「もしもし」で、それ以前にロンドンの現地の観客と築き上げてきた親しげな雰囲気を大切にし、やさしく語りかけるようなフォーク・ミュージックによって、この日のミルトンコートでのライブを締めくくります。クライマックスでは、ロンドンの観客の温かな拍手、美しい歌声と現地のアンサンブルの演奏に対する称賛を聴くこともできます。

 

ライブコンサートの全体を通じ、幻想的な物語の世界をロンドンの名アンサンブルとの共演という、またとない瞬間を音源として記録した『Ichiko Aoba with 12 Emsemble(Live at Milton Court)』は、多くの人の記憶に残るであろう名演といっても差し支えないかもしれません。



100/100



Weekend Featured Track 「Sagu Palm's Song」

 

 

 

 

『Ichiko Aoba with 12 Emsemble(Live at Milton Court)』はIchiko Aobaの自主レーベルHermeから3月31日より発売中です。

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