Oscar Lang  "Look Out"  英シンガーソングライターによる美麗なポピュラー・ミュージック

Weekly Music Feature

 

Oscar Lang



 

マック・デマルコ、ジョン・レノン、ケヴィン・パーカーなどに影響を受けたというロンドンのオスカー・ラングは、濁ったローファイな内省曲から、遊び心に溢れたチップ・チューンの効いたバンガーやサイケデリックなロマンまで、幅広いトーンの折衷的なベッドルーム・ポップを演奏する。


10代でオンライン・フォロワーを獲得した後、2017年、Dirty Hit Recordsと契約し、レーベルメイトのBeabadoobeeとレコーディングした 「She Likes Another Boy」や 「The Moon Song」などのトラックでストリームの記録を打ち立てる。さらに、シングルやEPの発売を経て、オスカー・ラングは、2021年にデビュー作『Chew the Scenery』をリリース。その後、2023年の「A Song About Me」を含む数枚のシングルをリリースした。


11歳で作曲を始めた(実際は六歳ごろからピアノで曲を作っていたという)マルチ・インストゥルメンタリストのラングは、2016年頃に楽曲を発表し始めた。高校在学中に、Pig名義で『Teenage Hurt』や『Silk』のプロジェクトを発表し、その実験的なポップと退屈と孤独の青春クロニクルでファンを獲得した。2017年、ベッドルーム・ポップ界の新鋭BeabadoobeeとのKaren Oの「The Moon Song」のカヴァーはバイラル・ヒットとなり、数百万ストリーミングを記録し、2019年までに両アーティストはロンドンのレーベル、Dirty Hitと契約した。


オスカー・ラングのDirty Hitでの最初の主要なプロジェクトは、BeabadoobeeとNo Romeとともにレーベル・パッケージとして行われたイギリス・ツアーであった。2020年、サイケデリックな雰囲気のある『Hand Over Your Head EP』を発表し、ダイナミックなフルバンド・サウンドを披露し、着実にファンベースを獲得していく。


2021年、ラングは初のフルアルバム『Chew the Scenery』を発表した。批評家からも称賛を受けたこのアルバムは、ラングの音色の幅広さを示していた。翌年、デラックス・バージョンがリリースされた。2023年を通じて、「Everything Unspoken」や「A Song About Me」といったシングルが続き、セカンド・アルバム『Look Now』が同レーベルからリリースされる。


幼なじみの恋人との別れはオスカー・ラングを急転直下させ、2021年のデビューアルバム『Chew The Scenery』のサイケデリックなファジー・ロックに続く作品の方向性を劇的に変え、ラングを短いキャリアの中で最もクリエイティヴな実りの多い時期へと導いた。


「別れを経験したことで、すべてが変わった」とラングは語った。「しばらくは、ロック・スターになろうとギター・ロックの曲を書いていたけど、バラードが本当に好きだと気づいた。私の最大のインスピレーションとなるのは、ピアノの前に座って、誰もが共感できる歌を歌える人たちだ」

 


『Look Now』  Dirty Hit



元来、ロックシンガーとしてロンドンから登場したオスカー・ラングは、その音楽活動の出発点にギターロックを掲げていました。それは前作『Chew The Scenery』で、ひとつの集大成を迎えた。サイケ、ローファイジャングル・ポップベッドルーム・ポップと極めて多彩な形で表れていたが、このパンデミックを挟んでの数年間、幼馴染との恋愛の別れや社会的な情勢の変化を受け、ソングライターとしての性質を変化させることになった。それは人間としての豊かな成長とも称せる。

 

デビュー・アルバムでは想像も付かなかったが、オスカー・ラングは鍵盤楽器を若い時代から演奏しており、その時代から作曲を行っていたという。彼が最初に曲を制作したのはピアノを通じて。このセカンド・アルバムでは、次なる指標へと前進するとともに、ミュージシャンとしての原点回帰に近い意味合いも含まれている。同じく、ダーティー・ヒットのレーベルで以前から親しくしているシンガー、beabadoobeeのソングライターとしての成長は彼に強い触発を及ぼし、より円熟味のある作曲へと駆り立てることに。

 

オスカー・ラングは、良い音楽とは何なのかという問いに関して、「メロディーが100%」と端的に説明しています。そしてその考えは、今作『Look Now』において、ブリット・ポップ、バロック・ポップ/チェンバーポップという視点を介してのバラードというスタイルを生み出させた。

 

アルバムを聞くと分かる通り、ここには音楽そのものの楽しさが満載だ。彼が信奉するジョン・レノンのビートルズ、リチャード・アシュクロフト率いるヴァーヴ、それから彼が最もそのソングライティングの基本を学んだビリー・ジョエルまで、新旧の音楽の良さが凝縮されている。


ラングは、エレクトリックから離れ、アコースティックギター、エレクトーン/エレクトリック・ピアノといった鍵盤楽器を駆使し、遊び心溢れる演奏をレコーディングで披露している。そして、彼の演奏は少し真面目になりがちな曲調にユニークさをもたらしている。全般的には、彼が志向するブリット・ポップ、バロック・ポップ/チェンバー・ポップの音楽性が曲に込めようとするテーマと綿密に結びついて、前作に比して洗練度の高い音楽が生み出されている。

 

「A Song About Me」

 

 

アルバムのオープナーである「A Song About Me」を聞けば、ここ数年でオスカー・ラングというアーティストがどれほど大きな心境の変化があったのかを察することができる。前作までは彼は内心にある弱さを曲の中に示すことに躊躇していた。ところが、バラードという形で繰り広げられるポップスには、最早そのようなためらいを見て取ることはできない。


beabadoobieの歌手としての成長を間近で見届けたことだけでなく、Walliceとのコラボもまた良い経験となり、自分の中にある正直な感覚を純粋に示すということに戸惑いがなくなっている。それは公的な人物像と私的な人物像を使い分けるのではなく、歌手としての姿と私人としての姿が一体となり、素朴で親しみやすい性質が曲の中に顕著に現れるようになっているともいえる。


オスカー・ラングは、カーリー・サイモン、ポール・マッカートニーらの楽曲の世界観を取り入れ、恋の別れの曲を書いている。サウンド的には、「ビリー・ジョエル、ヴァーヴ、オアシスのような音楽性を志向している」と彼は語る。表向きのメロディーラインは、ポール・マッカートニーの音楽性を継承しているが、その中にあるビリー・ジョエルのソウルの影響を含んだファンキーなベースラインが曲を牽引する。ブリット・ポップのオーケストラやチェンバー・ポップの要素は、この最初の曲に緩やかな流れを形成している。曲の中盤まではビートルズを彷彿とさせるが、終盤ではオアシスの全盛期の楽曲のように安らぐような開放感あふれる展開へと繋がっていく。これをソングライターとしての成長といわずなんと言うべきなのだろうか。

 

「A Song About Me」においてこのアルバムの方向性をしっかりと示した上で、オスカー・ラングは二曲目の「Everything Unspoken」を通じて90年代のブリット・ポップの全盛期の時代へと舵を取る。イントロこそモダンなミニマリズムに立脚したエレクトロニカの要素で始まるこの曲だが、その後はThe Verveの97年のアルバム『Urban Hymn』を彷彿とさせる爽やかなUKロックへと直結していく。アコースティック・ギターをベースにし、その上に軽快に乗せられるラングのボーカルは、全盛期のリチャード・アシュクロフトの声の力強さを備え、また、エレクトロニカの流れを交えながらアンセミックな響きを持ち合わせている箇所もある。既に三十年近く前の流行った音楽であるのに、不思議と新鮮に感じさせる瞬間があるのに驚きを覚える。

 

三曲目の「Crawl」では、70年代のバロック・ポップを踏襲し、エレクトーン/エレクトリック・ピアノのリードベースを効果的に使用している。一定のインターバルで演奏される心地よいエレクトリックピアノは対比的に導入されるベースラインにより脚色され、段階的にその雰囲気を変容させていく。その後、ラングは、リアム・ギャラガーとリチャード・アシュクロフトの双方のスタイルを取り入れたボーカルで歌いながら、この曲を力強くリードしていく。時には、ビリー・ジョエルの「Piano Man」のように軽やかな歌唱を見せる場合もある。曲の中盤では、ラングのエレクトリック・ピアノの遊び心のあるフレーズの演奏が取り入れられている。懐かしくてほんわかする曲ではありますが、一方、ブリット・ポップ時代の熱狂性も兼ね備えていて、普遍的な音楽の良さを、オスカー・ラングはこの曲の中で表現しようとしている。

 

ポップ・バラードという新しいスタイルが顕著な形となったのが、4曲目の「Leave Me Alone」。 ビリー・ジョエル、ポール・マッカートニーの音楽性の古典的なポップスの型を踏襲した上で、ブリット・ポップ時代の気風を吹き込んでみせる。バロック・ポップに代表される同音反復のリズミカルなピアノは前曲と同様、ノスタルジックな趣に加え、清新な気風を兼ね備えている。この曲には前作とは異なるオスカー・ラングの音楽像が伺え、それはまるで彼の歌声を別人さながらに変えている。だが、ラングの声はじんわりとした深みがあり、内的な寂しさをシンプルに伝えようとし、聞き手をうっとりとさせ、聞きいらせる力を備えている。メロディーの良さを追求してきたSSWとしての真骨頂がここに垣間見える。

 

 

ただ、以前とは少し異なる音楽性が主体であるからといって、近年の作風とまったく無関係なわけではない。そこにはこのアーティストがギターロックの鬼才としての片鱗も垣間見える。前作のサイケロックやローファイの影響をとどめた五曲目の「Blow Ur Cash」は、ベッドルームポップの時代の経験が生かされており、ボーカルにテクニカルなデチューンを掛け、ローファイ/サイケの要素をポップと融合させようとしている。また、この曲では、アーティストのユニークな側面を伺うことが出来、生真面目なバラード/ロックソングが印象深いアルバムに起伏をもたらしている。この曲はおそらく、それほど神妙にならずに音楽を純粋に楽しんでもらいたいというアーティストのメッセージ代わりとなっているのではないだろうか。ともあれ、この曲には無類のロックフリークとしてのラングの人物像が伺えて本当に面白い。それは彼が実際、メディアのインタビューで自らを”オタク”と称していることからも分かる。でも、そのナードな感じは、この曲にリスナーを魅了するような熱狂性をもたらしていることも事実である。

 

六曲目の「Circle Line」は、ジョン・レノンのビートルズ解散後のソロ・アルバムの時代の初々しさと懐かしさを漂わせている。しかしながら、そのオマージュは、ラングの敬愛と深い見識に裏打ちされているので、冗長なものにもならず、もちろん退屈なものにもならない。ビンテージファンクを基調としたベースラインや挿入されるオーケストラ・ストリングスのフレーズが、曲の中でジョン・レノンになりきっているラングのボーカルと重なり合った途端、そこには不思議なリアリティが生みだされ、本来は少しマニア向けのように思えるポップソングが上質な内容に生まれ変わってしまう。 そして、途中までは、ジョン・レノンと思えていたボーカルがいつのまにかリアム・ギャラガーに変化している。しかしながら、曲構成と同様にそれらのオマージュは、奇妙なファニーさがあって、曲そのものを説得力溢れるものにしていることは確かだ。次いで、歌詞もまたレノンかギャラガーが書きそうな内容となっています。これは、はたしてイミテーションなのか、それともオリジナルなのかと思うこともあるかもしれないが、この曲を聞き終えた頃には、そんな些細な点はどうでもよくなっているはず。

 

「Take Me Apart」

 

 

一連の流れの中で、こういった面白さが続いた上で、七曲目の「Take Me Apart」においてアルバムのハイライトが訪れる。タイトルにも見えるように、これは最近のラングの失恋が題材になっていると思いますが、そのバラードのスタイルがビートルズのアート・ロック風の楽曲に頻繁に見受けられる変拍子の要素と、1964年の『A Hard Day's Night』に収録されている「And I Love Her」の一部に触発されたフレーズを生み出している。その後、ペシミズム漂う曲調がヴァーヴの97年の楽曲に比するスタジアム級のアンセミックなUKロックの展開と結びついているのが素晴らしい。ここには、ラングの曲の構成力の巧緻さが目に見える形であらわれ、マージー・ビートを根幹に置き、それをブリット・ポップで濾過した上で、Post Brit(ポスト・ブリット)とも称するべきUKポップの未来形として完成させている。また、これは旧来の英国の商業音楽の普遍的な良さを体得した上で、現代的なポップスを生み出したとも言い得る。ラングは幼馴染との別れの悲しみを乗り越えるため、ぜひともこの曲を書いておく必要があったのだろう。


UKポップの新しい方向性を示した上で、八曲目の「On God」にはバラード・ソングの真骨頂が見いだせる。この曲は、ラングが母親を失った幼年時代の回想がテーマに含まれ、「僕の母親は僕が7歳の時に自殺した。何年もの間、僕はそのことについて深く考えなかった。そういうことがあると、そのことの重大さや自分にとってどういう意味があるのかがわからなくなる。この1年で、母親がそばにいてくれることが、自分の人生にとってどれほど大切なことなのかがわかった」と彼は説明している。

 

「神の上に」というタイトルに見える玄妙な概念がラングにとって果たして何を意味するのか。それは実際にこの曲を聞きながら考えをめぐらしてもらいたいが、少なくとも、音楽上の観点から述べると、オスカー・ラングが書いてきた曲の中で最も神々しい瞬間が発見出来る。神秘的なものに対する憧れに近い感覚がイントロのピアノで演奏され、その後、ジョン・レノンやビリー・ジョエルの系譜にあるシンプルなバラードが続いていく。そしてそれは、アルバムの中でアーティストの最もエモーションな瞬間を表したと言え、また、若い頃の自身の姿にしっかりと向き合うことにより、彼の微細なスピリットが実際の歌声に乗り移っている。この曲は、2023年に登場した、新しいスタイルのゴスペル・ソングとも解釈することが出来る。


人生の悲哀を思わせる曲の後、九曲目の「One Foot First」が続く。このトラックもまた、The Verveの系譜にあるUKロックではあるが、メロディーラインの中にある音程の流動性は、なぜかしれずハートウォーミングな感覚をもたらす。何より大切なのは、この曲は、繊細な感覚をモチーフにした上で、その中に力強さが感じられることではないだろうか。パンデミックの数年間の寂しさという感覚がロック風の曲に情感を与え、それがキャッチーなメロディーやコードの中にゆらめいている。これは、もしかすると、ここ数年で培われたソングライティングや歌手としての技術の蓄積が、こういった珠玉のポピュラー音楽を生み出すことに繋がったのだ


本作『Look Out』のクライマックスを飾るのは、ニュージーランドの女性シンガーソングライター、モリー・ペイトンをボーカルとして招いた「When You Were A Child」。クローズでも、ラングは一貫し、バロック・ポップ/チェンバー・ポップに対する親近感や愛着を取り入れている。ポール・サイモンのようなソングライティングに関する素朴さもわずかに感じられるが、この曲の一番の魅力は、古典的な形式の継承にとどまらないで、普遍的なポピュラー音楽の良さを真摯に探求している点にある。一般的な音楽における普遍性とは、時代を超える何かが1つか2つあるかどうかということに尽きる。この曲の中盤における、モリー・ペイトンとのデュエットは、昨年のWalliceとのコラボレーションの経験が活かされており、両者の間には信頼感すら感じられる。デュエットは、男女間の人間としての信頼なくしては成立しえないけれども、この難所を協力して乗り越えている。そして、アルバムの最終曲は、素朴な感覚に充ちているにもかかわらず、ポピュラー・ミュージックとして崇高な感覚すら感じさせる場合もある。

 


95/100



Oscar Langのニューアルバム『Look Now』はDirty Hitから発売中です。

 


Weekend Featured Track 「One Foot First (Acoustic Version)」  *アルバム収録バージョンとは別テイク