Wren Hinds 『Don't Die in the Bundu』-Review

Wrens Hinds 『Don't Die In The Bundu』

 

Label: Bella Union

Release: 2023/7/21

 



Review


『Don't Die in the Bundu』は、Bella Unionからリリースされたレンの最初の3枚のアルバムに続く作品である。父性と不屈の精神について優しく詩的な歌で綴られている。その抑制された力強さの根底にあるのは、私たちにとって最も大切な出来事に関する生来の理解である。


レン自身の人生は、南アフリカのクワズール・ナタール州南東海岸で始まった。父親はミュージシャン、母親は風景画家。父親の影響でレンはレコーディングをするようになったが、母親の芸術様式が彼の曲作りへのアプローチに影響を与えた。「音で絵を描く」というのがレンの表現形態で、その方法論は、力強い印象や感情を伝えるための光、陰影、空間の使い方により明示されている。


首都、ケープタウンから40kmほど離れたサウス・ペニンシュラの山腹にある木造の小屋でレコーディングされた『Don't Die in the Bundu』は、以前の作品からの自然な進化の過程であると同時に、新たなスタート、タイトルに込められたように決意の表明でもある。「いくつかの個人的な経験」から導き出されたという着想は、その目的を特定するのに役立ったとレンは説明する。


「南アフリカとジンバブエで配布されていた、レトロなサバイバル・ブックから強いインスピレーションを得た。2022年7月頃、友人と私はケープタウンで銃を突きつけられた。幸い、私たちは危害を加えられたりすることはなかったが、この試練のおかげでタイトルを決めることができた」

 

アルバムは、感情が抑制された穏やかなフォーク・ミュージックを基調としている。それはハンク・ウィリアムズからディラン、ヤングという古典的なフォークの巨人たちから、ニック・ドレイクに代表されるようなモダンフォークの系譜を網羅している。レン・ ハインズのアコースティックギターのアルペジオと軽やかなボーカルは、Bon Iverのメロディラインの良さを受け継ぎ、4ADのGolden Dregsのような渋さもある。しかし、ステレオタイプにならないのは、ピクチャレスクな興趣が込められており、彼は真心を込めてフォーク・ミュージックを奏でているからである。アコースティックギターのオーバーホール内の性質を最大限に活かした音響性はハインズの柔らかなヴォーカルと合致し、リスナーに束の間のやすらぎと癒やしを与える。


本作の歌詞の中では、彼が最近、父親になったことに関する人生の個人的な洞察、若い時代からそうであったように南アフリカの情景を淡々とフォーク・ミュージックという形で表現しようとしている。ハインズにとってのキャンバスとは、自らの人生、風景、人間としての成長、と様々だが、潤いのあるフォーク・ミュージックの珠玉の表現性によりノートが丹念に紡がれる。

 

二曲目に収録されている「Wild Eyes」では、たしかにアルバムジャケットに描かれているようなアフリカの開放的な情景を脳裏に呼び起こさせる。と同時に、それらの峡谷に囲まれた平原の中を涼やかな風が通り抜けていくような雰囲気がある。つまり、こういった情景を喚起する感性とそれらの視覚性をフォーク音楽としてあるカンバスの中に描く力量をレン・ハインズは持ち合わせている。それはハインズがなによりも感性を大切にしていることの証である。#3「Father」では、裏拍に強拍を置いたしなやかなアップストロークを交え、ジャック・ジャクソンを彷彿とさせる親密なフォーク・ミュージックを奏でる。そこにはアーティストらしい自由奔放な性質が溢れ、同じような安らいだ気持ちにさせる。最近、傑作をリリースした米国のシンガーソングライター、M.Wardに近い作風として楽しめる。

 

#5「A Wasted Love」は、ジョン・レノンを想起させるようなノスタルジア溢れるフォークナンバーだ。ハインズはクラシカルなロックを踏襲し、その上に愛情における嘆きをさりげなく歌いこんでいる。派手なバラードではなく、淡々と曲のフレーズが移行していくが、和音の変化の中に心を揺さぶられる何かが込められている。ハインズは、長調と単調を巧みに織り交ぜ、絶妙な感情表現を探求している。更に、#6「Restless Child」では、コンテンポラリー・フォークを下地にし、スムーズなサウンドを生み出しているが、その中には感覚の陰影が内包されている。また、続く「Dream State」では、実験的なフォーク・サウンドに金管楽器の演奏を取り入れ、木の打音をサンプルとして導入したりと、パーカッシヴな効果を追求している。

 

アルバムは真新しさのあるフォーク音楽とは言えないかもしれないが、ハインズが主眼に置くのは、おそらく普遍的なフォークを継承した上で、それをどのような形で未来に繋げるかという点にあるのかもしれない。と考えると、他の地域とは異なるアフリカ固有のフォーク音楽の道筋を形成しようとしているとも取れる。また、曲にシネマティックな視覚効果が立ち現れる箇所も聴き逃がせない。#8「The Garden」、#9「Guided By the Sun,Silvered By Moon」では、幽玄な情景が脳裏に浮かんで来る感覚もある。そういった意味では、聞き手のイマジネーションを鋭く掻き立るとともにいまだ行ったことがない未知の場所に聞き手を誘うような幻惑性溢れるフォーク・アルバムとなっている。



76/100

 

 

「Restless Child」