Jessy Lanza 『Love Hallucination』

 Jessy Lanza 『Love Hallucination』


 

Label: Hyperdub

Release: 2023/7/28 



Review


良質なダンス/エレクトロのリリースを続けるイギリスの気鋭のレーベル、ハイパーダブから発売となったカナダのソングライター、ジェシー・ランザの通算5作目のアルバム。とは言っても、プレスリリースにも記されているようにアーティストは既にロサンゼルスへと転居している。

 

この空間的な移動がどのような心理的な影響をジェシー・ランザに与えたのかわからない。 それでも、明らかにアルバムアートワークにも見えるように、オープンハートなハウスミュージックが展開されている。そして、Avalon Emersonのように、DJとしての姿とソングライターの姿が合体し、それらが乗りの良いチルアウトの良曲として昇華されている。例えば、西海岸の海辺で夕日を遠目にパラソルの下に寝っ転がりながらオーディオを通して聴いたらこれほど心地よい音楽は他に存在しないはずだ。

 

アルバムの収録曲を通してジェシー・ランザのボーカルは甘く、そしてメロウで、キュートというより、カワイイの系譜に属している。それがトロイモア風のチルアウト /チルウェイブへと痛快に昇華されているとあれば、この辺りのジャンルに詳しいリスナーとしては見過ごすことが出来なくなる。それほど作品にストーリー性があるわけでもないし、強い概念性があるわけでもないのに、この抜け感というのは、セレブ系のシンガーにも比するものがあるのではないだろうか。明らかにロサンゼルスへと拠点を移したこと、つまり環境の変化がこのアルバムには色濃く反映されているように思えてならない。ロサンゼルスの透き通るように青い空なのか、もしくは土地的に開けた気風なのか、それとも、文化的にオープンハートだからなのか。これは日本人メジャーリーガーに聞かなければわからないことだろう。いずれにしても、ここには、虚心坦懐にソングライティングを行おうというジェシー・ランザの姿勢が伺えなくもない。


曲はそのほとんどがアーティストが考えるカワイイのイメージを余すところなく織り込もうとしている。アルバムの立ち上がりはゆっくりでまったりとしているが、「Don't Cry On My Pillow」では、少しシリアスな領域へと踏み入れていき、個人的な恋愛における仄かな切なさを漂わせようとしている。ダンスミュージックを下地にして甘口のインディーポップと結びついているこの曲は、本作の中で注目すべきトラックの一つとなるかもしれない。ここにはアーティストの繊細な一面が表れ、それがメロディーラインやボーカルにしっかりと反映されている。 

 

アルバムの序盤では、こういった聞きやすさのあるダンス・ミュージックが占めているが、一方、その後の「Big Pink Rose」ではライブを意識したアッパーなエレクトロを織り交ぜている。そしてこれが、まったりとしたアルバム全体で明るい印象をもたらす。華やかとも言って良い。しかし、曲作りに関して非常に作り込まれていて、ドリルンベース風のマテリアルやダブステップ風の変拍子を織り交ぜ、ソングライティングの巧緻さを伺わせる内容となっている。

 

さらにアルバムの後半に差し掛かると、よりエレクトロ/ダンスミュージックとしてマニアックな一面が表れ、音の出力のタイミングに工夫を凝らすことで、上手く聞き手の注意を惹きつけることに成功している。もちろん、その中には序盤から一貫して曲そのものの軽快さに商店が絞られており、これはアルバムの終盤まで変わらない。アルバムの構想が一本の線でスッと通っているような感じは、実際、リスナーにほどより安らぎと開放的な気持ちを与えるだろうと思われる。また自愛的な歌詞もある一方で、「I Hate Myself」という一曲もあり、自愛と自虐という両極端にも思える性質が混在している。そして、この曲ではヒップホップに近いアプローチを取り、それらをユニークなジョークにより、適度に聞きやすい曲として仕上げられている。

 

その後も、軽やかさをテーマとするカワイイの概念はつづく「Gossamar」にも見られる。この曲が単なる軽薄なポピュリズムに根ざした楽曲ではないことは、勘の鋭いリスナーであればお気づきになられるだろう。曲に漂うソウルやファンクの要素は、この曲に深みを与え、また淡い情感を付け加えている。クライマックスに至っても、「Marathon」ではダンスミュージックの性質をより強めている。クローズを飾る「Double Time」もテンションや姿勢は変わることがない。

 

これらのクラブ・シーンに根ざしたアーティストの愛着が凝縮されたダンスミュージック/インディーポップは、表面上は軽やかさが重視されている。だが、その中には強い個性があり、そして聞き手の感性を惹きつける何かも込められている。暑い夏を爽やかに、そして涼やかにする良盤。

 

 

83/100