The Rolling Stones  『Hackney Diamonds』/ New Album Review

The Rolling Stones  『Hackney Diamonds』



Label: Polydor

Release:2023/10/20


Review 


''Huckney''というのはファッション・ブランドもあるが、一般的にロンドンにほど近い(イギリス人にしか知られていない)隠れた魅力がある行政区のことを指す。 また、英語の原義としては、「使い古された」という意味もあるようだ。「隠れた魅力」、「使い古された」、これらの二重の意味をダイアモンドなる言葉と繋げ、ビンテージ的な意味合いを持つ作品に仕上げようというのが、ミック・ジャガー、リチャーズの思惑だったのではないだろうか。実際、アルバムはストーンズらしいリフが満載である。そして、長きにわたりバンドサウンドの重要な骨組みを支えて来たチャーリー・ワッツはいないけれど、ローリング・ストーンズらしいアルバムであり、予想以上に聴きごたえがある。もちろん、過去のいかなるアルバムよりも友情と愛を重視している。マッカートニー、ガガ、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーの参加は、ジャクソンやライオネル・リッチーの時代の”We Are The World”のロックバージョンを復刻するかのようである。

 

年を経た時にどのような音楽が作れるのか、そういったことに思いを馳せることは、若い頃に、どんな可能性のある音楽が作れるのかを構想するのよりも遥かに重要である。例えば、ココ・シャネルがいうように、「じぶんの顔に責任を持ちなさい」という言葉がある。つまり二十代までは遺伝的なものが強く、個人的には顔つきや風貌はどうしようもないが、40代、50代、また、それ以降になると、その人の考えや人生観がその顔つきに反映されるようになってくる。ポップ・パンクの伝説のBlink 182のトリオを見ればよく分かるが、 彼らもまた悪童の頃のおもかげを留めながらも、素晴らしい顔つきをしている。その表情には、自分の人生を生きてきたという満足感が宿っている。他人に振り回されず、世間の情勢にも流されない。そして自分が信ずることのみをとことん追求していく。60、70年代頃の全盛期には麻薬問題で空港で逮捕されたこともあったリチャーズ。彼は、その後に裁判所に出頭し、弁論供述を行った。しかし、ジャガーとともに、その表情には自分の人生を一生懸命に生きてきたことに対する自負が現れている。パンデミックが起ころうが、世界各地で紛争が起きようが、ストーンズはストーンズであることをやめたりしない。また、みずからの人生や音楽観に非常に忠実であるのだ。そのことはアルバム『Huckeney Diamonds』が何よりも雄弁に物語っているではないか。

 

アルバムのサウンド・プロダクションの重要な指針となったと推測されるのが、彼らの盟友ともいうべきThe Whoの作品だ。ロジャー・ダルトリー率いるバンドは、実は、密かに2020年のアルバム『The Who(Live at Kingston)』で実験的なロックサウンドを確立していた。このアルバムでは、旧来のモッズ・ロック時代の若い時代のフーの姿と、また、年を重ねて円熟味すら漂わせるフーの姿をサウンドの中に織り交ぜ、革新的なロック/フォークサウンドに挑んだ。今回、ローリング・ストーンズは、ザ・フーの例に習い、同じように若い時代の自己と現在の自己の姿を重ね合わせるような画期的なロック・ミュージックを作り上げている。これらの懐古的なものと現代的なものを兼ね備えたロックサウンドは、ある意味ではミドルエイジ以上のロックバンドにとって、未だ発掘されていないダイアモンドの鉱脈が隠されていることを示唆している。


しかし、ローリング・ストーンズはザ・フーと同じく、自分たちが年を重ねたことを認めているし、若作りをしたりしない。また、年を重ねてきたことを誇りに思っている。それは自分の人生に責任を持っているからだ。しかし、同時に彼らがデビュー当時や、『Let It Bleed』の時代のバラのような華麗さや鋭さのある棘を失ったというわけでもない。もちろん、いうまでもなく、青春を忘れたというわけでもない。彼らは年代ごとに何かを失うかわりに常に何かを掴んで来たのだ。

 

アルバムのオープニングを飾る「Angry」は、全盛期にも劣らぬアグレッシヴかつ鮮明なロックンロール・サウンドで旧来のファンを驚かせる。同じくらいの年代の人はストーンズの勇姿を見て、「老け込んではいられない」と思うかもしれないし、それとは対照的に彼らより20歳も30歳も若いリスナーが、自分よりも若く鮮烈な感性を持っているジャガーやリチャーズの姿を見出すこともあるかもしれない。 少なくとも、AC/DCもそうなのだが、この年代でロックンロール(ロックにはあらず)をプレイするということ自体が、アンビリーバブルであり、エクセレントであり、ファンタスティックでもあるのだ。続く「Get Close」では、80年代のダンス・ミュージックに触発された時代のアプローチをダイナミックに呼び覚ます。シャリシャリとしたストーンズ・サウンドの真骨頂をリアルタイムで味わえることは非常に光栄なことだ。

 

ピーター・ガブリエルのリリース情報の際にも書いたが、ミック・ジャガーというシンガーは、稀代のロックミュージシャンであるとともに、ボウイ、マーレー、レノン、マッカートニーといった伝説と同じように、メッセンジャーとしての役割を持っている。全盛期は、黒人の音楽と白人の音楽をひとつに繋げる役割を果たしてきたが、「Depending On You」は、「己を倚みとせよ」というシンプルなメッセージがファンに捧げられている。つまり、ミック・ジャガーが言わんとするのは、他に左右されることなく、己の感覚を信じなさいということなのかもしれない。それは名宰ウィストン・チャーチルの名言にも似たニュアンスがある。運命に屈するな、ということである。歴代のストーンズのヒットナンバーの横に並べても遜色がない。ストーンズは、「寄せ集めのようなアルバムにしたくなかった」とプレスリリースで話していたが、新しいフォーク・ロックを生み出すため、ストーンズは再び制作に取り組んだのである。

 

 

「Depending On You」

 

 

 

 以後、ローリング・ストーンズはポール・マッカートニーが参加した「Bite My Head」では、アグレッシヴなロックサウンドで多くのリスナーを魅了する。マッカートニーはコーラスのいち部分に参加しているに過ぎないが、これはかつてのストーンズとビートルズの不仲の噂を一蹴するものである。そして、意外にも、ジャガーとマッカートニーのボーカルの掛け合いは相性が良く、上手くシンプルなロックンロールサウンドの中に溶け込んでいることがわかる。80年代のハードロックを彷彿とさせる軽やかさとパワフルさを兼ね備えたナンバーである。

 

 

前曲と同じようにローリング・ストーンズは、英国のTop Of The PopsやMTVの全盛期の時代のロックを現代の中に復刻させている。こういったサウンドはその後のインディーロックファンから産業ロックとして嫌厭されてきた印象もあるのだが、実際、聴いてみると分かる通り、まだこの年代のサウンドには何かしら隠れた魅力が潜んでいるのかもしれない。ストーンズ・サウンドの立役者であるリチャーズが若い時代、モータウン・レコードやブルースの音楽に親しかったこともあり、ブギーやブルースを基調にした渋いロックサウンドがバンドの音楽性の中核を担ってきたが、続く、ストーンズは、「Whole Wide World」では珍しく、メロディアスなサウンドを織り交ぜたギターロックサウンドに挑んでいる。

 

こういったベタとも言える叙情的なハードロックは、全盛期の時代にあまり多くは見られなかった作風であり、ストーンズはあえてこのスタイルを避けてきた印象がある。チューブ・アンプの音響の特性を生かしたギターソロはギタリストの心技体の真骨頂を表しており、一聴に値する。さらい、ダイナミックな8ビートのロックサウンドを下地に歌われるミックの歌声はこれまでにないほど軽快である。同時に、彼は、センチメンタルであることを恐れることはない。続く「Dream Skies」は、ブルース/ブギーとは別のストーンズの代名詞的なスタイルである「アメリカーナ(カントリー/ウェスタン)」の系譜に属するサウンドに転回する。アコースティックによるスライド・ギターはリスナーを『悪魔を憐れむ歌』の時代へと誘い、その幻惑の中に留める。ストーンズはデビュー当時から英国のバンドではありながら、アメリカの音楽に親しみを示してきた。それは「Salt On The Earth」で黒人霊歌という形で最高の瞬間を生み出した。ある意味では、そういったストーンズの歴史をあらためて踏まえて、彼らのアメリカへに対する愛着がこういった巧みなカントリー/ウェスタンという形で昇華されたとも解釈出来る。


明確な年代こそ不明であるが、ストーンズはダンスロックというジャンルも既に00年代以前に挑戦してきた。もちろん、「(I Can’t Get No)Satisfaction」の時代からミック・ジャガーはダンスミュージックとロックンロールの融合の可能性を探ってきたのだったが、そういったダンス・ミュージックに対する愛情も「Mess It Up」において暗に示唆されていると思われる。むしろ経験のあるバンドとして重厚感を出すのではなく、MTVのサウンドよりもはるかにポップなアプローチでリスナーを拍子抜けさせる。ここにはジャガーの生来のエンターティナーとしての姿がうかがえる。もちろん、どのバンドよりも親しみやすいサウンドというおまけつきなのだ。

 

もう一つ、ザ・フーの『The Who』と同じように、スタジオレコーディングとライブレコーディングの融合や一体化というのがコンセプトとなっている。その概念を力強くささえているのはエルトン・ジョン。「Live By The Sword」では、やはり米国のブルース文化へのリスペクトが示されており、両ミュージシャンの温かな友情を感じ取ることが出来る。そして、コーラスで参加したエルトンは、ストーンズのお馴染みの激渋のブギースタイルのロックンロールを背後に、プロデューサーらしい音楽的な華やかさを添えているのにも驚きを覚える。曲調はエルトンのボーカルを楔にし、最終的にライブサウンドを反映させたブルースへと変化していく。ここには、モータウンの前の時代のブルースマンのライブとはかくなるものかと思わせる何かがある。



もちろん、チャーリー・ワットは、この作品には参加していない。しかし、アルバムのどこかで、彼のスピリットがドラムのプレイを彼の演奏のように響かせていたとしても不思議ではない。Foo Fightersのテイラー・ホーキンスのような形のレクイエムは捧げされていない。しかしもし、チャーリー・ワットというジャズの系譜にある伝説的なドラム奏者に対する敬意が「Driving Me Too Hard」に見出せる。ここに、わずかながらその追悼が示されている。ただストーンズの追悼やレクイエムというのは湿っぽくなったりしないし、また、暗鬱になったりすることもない。死者を弔い、そして天国に行った魂を弔うためには悲嘆にくれることは最善ではない。むしろ、自らが輝き、最も理想とするロックンロールを奏でて、生きていることを示すことが死者への弔いとなる。ストーンズはそのことを示すかのように、全盛期に劣らぬ魂を失っていないことを、天国にいるはずのチャーリー・ワットの魂に対して示して見せているのだ。

 

 「Tell Me Straight」では、『The Who』におけるロジャー・ダルトリーのボーカルを思わせるような渋いポップスを示している。近年の作品では珍しくかなりセンチメンタルなバラードでアルバムの後半部の主要なイメージを形成していく。 

 

  「Tell Me Straight」

 

 

 

このバラード・ソングは、『Aftermath』(UK Version)に収録されているローリング・ストーンズの最初期の名曲「Out Of Time」とははっきりとタイプが異なっているが、むしろ、しずかに囁きかけるようなミック・ジャガーのボーカルは、若い時代のバラードよりも胸に迫る瞬間もあるかもしれない。ここに、年を経たからこその円熟味や言葉の重さ、そして、思索の深さをリリックの節々に感じ取ったとしても不思議ではない。「使い古されたダイヤモンド」、あるいは、「隠されたダイヤモンド」の世界は濃密な感覚を増しながら、いよいよクライマックスへと向かっていく。レディー・ガガとスティーヴィー・ワンダーが参加した「Sweet Sounds of Heaven」は、新しい時代の「Salt Of The Earth」なのであり、ローリング・ストーンズのライフワークである黒人文化と白人文化をひとつに繋げるという目的を示唆している。もちろんそれは、ブルースとバラードという、これまでバンドが最も得意としてきた形でアウトプットされる。そして、この7年ぶりのローリング・ストーンズのアルバムは最後、最も渋さのあるブルース・ミュージックで終わりを迎える。  

 

「The Rolling Stones Blues」は、Blind Lemon JeffersonRobert Johnson、Charlie Pattonを始めとする、テキサスやミシシッピのデルタを始めとする最初期の米国南部の黒人の音楽文化を担ってきたブルースのオリジネーターに対するローリング・ストーンズの魂の賛歌である。これらのブルース音楽は、ほとんど盲目のミュージシャンにより、それらのカルチャーの基礎が積み上げられ、その後のブラック・カルチャーの中核を担って来た。それはある時は、ゴスペルに変わり、ある時はジャズに変わり、そして、ソウルに変わり、ロックンロールに変わり、以後のディスコやダンスミュージックを経て、現代のヒップホップへと受け継がれていったのである。



90/100