New Album Review -James Bernard & anthéne 「Soft Octaves」 

 James Bernard & anthéne  「Soft Octaves」


 

Label: Past Inside the Present

Release: 2023/12/31

 

 

 

Review


 

James Bernard(ジェイムズ・バーナード)は、カナダ/トロントを拠点に活動するアンビエント/ドローン・アーティストで、多数のバック・カタログを擁している。 今作でコラボレーターとして参加したanthéne(Brad Deschamps)は、トロントのレーベル、Polar Seasの主宰者である。


ジェイムズ・バーナードによると、『Soft Octaves』の主なインスピレーションは、私たちの「不確実性と希望の時代」にあるという。ヘッドホンをつければ、別世界へと誘われ、カラフルで想像力豊かな地平線を発見することができる。ジェームズ・バーナードはそれを以下のように表現している。


窓のシェードの向こうの燐光が最初にまぶたを乱す、その限界の瞬間を特定するのは難しい。

 

あるときは、千尋の夢の最後の数瞬間の、長い尾を引く部分的な記憶であり、またあるときは、不安であれ熱望であれ、その後に続くものを予期するときの抑えがたい下降するため息である。あなたの無意識の不在の間に何世紀もの時間が流れている。


このアルバムには、パンフルートのような音色を用いたアブストラクト・アンビエントを主体とする楽曲が際立つ。その始まりとなる「Point Of Departure」は、超大な、あるいは部分的な夢幻への入り口を垣間見るかのようでもある。しかし、アンビエントの手法としては、それほど新奇ではないけれども、アナログシンセにより描出されるサウンドスケープには、ほのかな温かみがある。そしてその上に薄くギターを被せることにより、心地よい空間性を提供している。

 

「Flow State」でも温和な音像が続く。(アナログ)ディレイを用いたシンセの反復的なパッセージの上にアンビエント・パッドが重ねられる。 それらの重層的な音の横向きの流れは、やはりオープニングと同様に、夢想的なアトモスフィアを漂わせている。夢想性と論理性を併せ持つ奇妙な曲のコンセプトは、聞き手に対して幻想と現実の狭間に居ることを促そうとする。その上にギターラインが薄く重ねられるが、これが微妙に波の上に揺られるような感覚をもたらす。

 

 「Saudade」ではオープニングと同様に、パンフルートをもとにしたアンビエントの音像にノイズを付け加えている。アルバムの冒頭の三曲に比べると、ダーク・アンビエントの雰囲気がある。しかしギターラインが加わると、その印象性が面白いように変化していき、神妙な音像空間が出現する。それらの空気感は徐々に精妙なウェイブを形作り、聞き手の心に平安をもたらす。

 

「Trembling House」はリバーブ・ギターで始まり、その後、ロサンゼルスのアンビエント・プロデューサー、marine eyesのボーカルが加わる。マリン・アイズは、今年発表した「idyll (Extented Version)」の中で、カルフォルニアの太陽や海岸を思わせるオーガニックなアンビエントを制作していて、この曲でも、自然味溢れるボーカルを披露している。器楽的なアイズのボーカルはディレイ・エフェクトの効果の中にあって、安らぎと癒やしの感覚をもたらしている。

 

「Overcast」は叙情的なアンビエントで、イントロの精妙な雰囲気からノイズ/ドローンに近い前衛的な作風へと変化していく。しかし、この曲は上記の形式の主要な作風を踏襲してはいるが、かすかな感情性を読み取ることが出来る。途中に散りばめられる金属的なパーカッションの響きは、制作者が述べるように、夢幻の断片性、あるいは、それとは逆の意識の中にある無限性を示しているのだろうか。当初は極小のフレーズで始まるが、以後、極大のなにかへと繋がっている。サウンドスケープを想起することも不可能ではないが、それは現実的な光景というよりも内的な宇宙、もしくは、意識下や潜在意識下にある宇宙が表現されているように思える。


続く「Soft Octave」もオーガニックな質感を持つアンビエント。その中には雨の音を思わせるかすかなノイズ、そして大気の穏やかな流れのようなものがシンセで表現されている。聞き手は小さな枠組みから離れ、それとは対極にある無限の領域へと近寄る手立てを得る。かすかなグリッチノイズは、金管楽器のような音響性を持つシンセのフレーズにより膨らんでいき、聞き手のイメージに訴えかけようとする。核心に向かうのではなく、核心から次第に離れていこうとする。音像空間は広がりを増していき、ややノイジーなものとなるが、最後には静寂が訪れる。

 

「Cortage」は、Tim  Heckerが表現していたようなアブストラクトなアンビエントの範疇にある。しかし、それは不可視の無限の中を揺らめくかのようである。暗いとも明るいともつかないイントロからシンセのパッドが拡大したり、それとは正反対に縮小していったりする。フランス語では、「Cortage」というのは「葬列」とか「行進」という意味があるらしい。ぼんやりとした霧の中を彷徨い、その先にかすかに見える人々の影を捉えるような不可思議な感覚に満ちている。シネマティックなアンビエントともいえるが、傑出した映画のサウンドトラックと同じように、独立した音楽であり、イメージを喚起する誘引力を兼ね備えていることが分かる。

 

「Renascene」は、Chihei Hatakeyamaが得意とするアブストラクトアンビエントを想起させる。精妙な音の粒子やその流れがどのようなウェイブを形成していくのか、そのプロセスをはっきり捉えることが出来るはずである。その心地よい空間性は、現代的なアンビエントの範疇にある。しかし、曲の最後では、グリッチ/ノイズの技法を用い、その中にカオスをもたらそうとしている。表向きには静謐な印象のあるアンビエントミュージックがそれとは逆の雑音という要素と掛け合わされることで、今までになかったタイプの前衛音楽の潮流ができつつあるようだ。

 

『Soft Octaves』のクライマックスを飾る「Summation」では、James Bernard、anthéneの特異な表現性を再確認出来る。


アルバムのオープニングと同じように、夢想的、あるいは無限的な概念性を込めた抽象的なアンビエントは、ニューヨークのRafael Anton Irissari(ラファエル・アントン・イリサーリ)の主要作品に見受けられる「ダーク・アンビエント」とも称されるゴシック調の荘厳な雰囲気があり、表向きの癒やしの感覚とは別の側面を示している。この曲は、威厳や迫力に満ちあふれている。


ジェームズ・バーナードが語るように、本作は、シュールレアリスティックな形而上の無限性が刻印され、クローズ曲が鳴り止んだのちも、アルバムそのものが閉じていかないで、不確実で規定し得ない世界がその先に続いているように思えてくる。希望……。それは次にやって来るものではなく、私たちが見落としていた、すでにそこに存在していた何かなのかもしれない。


 

 

90/100

 

 

 

 



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