ワーナーミュージックの多大なる功績 THE REPLACEMENTS 「Don’t Tell a Soul」


 ザ・リプレイスメンツは、1980年代活動していたアメリカ中西部のミネアポリスのロックバンド。
 バンドのフロントマン、ギター・ボーカルのポール・ウェスターバーグは、このバンドが解散した後、ソロ活動に入り、自身の持ち味であるボブ・ディランを彷彿とさせる渋みのある声を駆使し、自身の楽曲の特徴にもアメリカン・トラッドフォーク色をこれでもかというくらい色濃く出していきます。
 アメリカ国内ではこのバンドは、それなりに知名度を誇るアーティストと思いますが、海外、とりわけ日本においては認知度は残念がら、実際の実力に比していまいちで、”知る人ぞ知るロックバンド”という位置づけになるかもしれない。
 彼らの評価を難しくしている理由はいくつか考えられて、まず、このとリプレイスメンツというのは、活動の時期によって音楽性が著しく変化しています。それが聞き手にとっては曖昧模糊としていて、捉えどころがない印象を受けるのでしょう。彼らにはほとんど一般的なジャンル分けが通用せず、その音楽性は、パンクともいえ、パワーポップともいえ、フォーク、ロック、ブルースにも縁遠いとはいえません。そこには、中心人物であるポール・ウェスタバーグの極めて広範な興味がうかがえます。
 例えば、つまみ食いのように彼らの各スタジオアルバムを聴き比べてみると、同じバンドとは思えないほどリリースごとに作風が変わっていく。
一体、どれがザ・リプレイスメンツの本質なのか、聞けば聞くほど混乱してしまうところがあります。
 しかし、まさに外敵から身を守るカメレオンの変色のごときもの、アルバムごとに持ちうる色彩をおもしろいように七変化してしまうところが、彼らのひとつの特色ともいえるでしょう。 
 
 
 初期のリプレイスメンツは、デビュー作「Stink」において荒削りなド直球パンクロックを奏でていました。歌詞も音楽性も尖りまくっているけれど、ポール・ウェスターバーグの人間的な温かさがにじみ出ていて、パンクロックとしてはいまいち本領が発揮されていない感をうけます。
 同郷の”Husker Du”と比べると、オールドスクールパンク特有の先鋭さもなく、音の尖り方も甘いという気がし、また、彼の本質的魅力であるメロディセンスもいまだなりをひそめています。
 ところが、中期から後期にかけては、彼らは生まれ変わったかのように、それまでのパンクの性質を捨てさり、良質なメロディーを有するスタンダードなアメリカン・ロックバンドに変化し、そして、アメリカのミュージックシーンでの存在感を不動のものにしていきます。それまで隠れていたポール・ウェスターバーグの潜在的なメロディセンスが、ジャンルというものに頓着しなくなったため、彼の魅力およびバンドの魅力も、徐々に引き出されていったのでしょう。
 おそらく、ポール・ウェスターバーグという人物は、良くも悪くも影響をうけやすい人物らしく、八十年代初期、ハスカー・ドゥという同郷ミネアポリスの存在の影響があったため、自分の本当にやりたい音を見つけるため、何度も試行錯誤を重ね、完成形にたどり着くまでに相応の時の流れを要したのかもしれません。
 
 彼らは、リリースごとに、種々雑多なジャンルに挑んでいく冒険心を持っていました。はたして、ミネアポリスという土地の気風がそさのようにさせたというのか、リプレイスメンツの音楽性のバックボーンには、ジャズ的なものもあり、ブルースあり、もしくはモータウン風味もあり、その他にもさまざまな音楽性がごった煮になっています。そして、1980年代中頃から、彼らは非常に渋みのあるアメリカンロックバンドとしての風格を見せはじめて、その中では、With In Your Reach、Answering Machine、Unsatisfied,Swinging Party、Skyway、というように、アルバムの中でキラリと光る際立った名曲を次々に誕生させていきました。

 良曲が多く含まれている名作アルバムとして挙げるなら、間違いなく「Let It Be」一択であるといえるでしょう。また、彼らのことをよく知るための入門編としてはまず、ライブ・アルバムを聴くことをおすすめしたいところですが、なにぶんインポートものしか市場に出回っていないので、入手が比較的困難でなく、彼らの良さをよく知る上でうってつけの名盤として、この「Don't Tell a Soul」を挙げておきたい。その理由は、このアルバムジャケットの問答無用の渋さかっこよさ。アルバムに収録されている「I'll Be You」という一曲の会心の完成度にあります。
 
 楽曲の観点からいうと、それまで彼らのアルバムの曲は、どことなく荒削りな印象があるため、いまいち本来の良さが引き出しきれていません。そして、聞き手に明確なものが伝わってこない歯がゆさがありました。けれども、そういった欠点が、この「I'll Be You」という楽曲では上手いこと解消され、これまであんまり目立たなかった彼ら独自の持ち味の上質なメロディが明瞭になったことによって、この曲はいまだ永久不変のみずみずしい輝きを放ちつづけています。
 
  
ここではシンプルな8ビートのドラミングの上に、ウェスターバーグの本質であるポップ性が全面に押し出されたことにより、爽快なカラッとしたスタンダードなアメリカン・ロックの雰囲気に充ちわたっています。
 
音作りのバランスが絶妙に取れていて、他のアルバムの曲に比べると、ワーナーのサウンドエンジニアの手腕が際立ちっています。
 
バックトラックのバンジョーのようなアレンジであったり、そして、ドラムのカナモノ(シンバル、ハイハットetc.)の「シャン、シャン」という心地よい鳴りが、この曲のダイナミクス性、ドラマティック性を際限なく高めています。なおかつ、ポール・ウェスターバーグが情熱的に歌い上げるコーラスをはじめ、他のアルバムに比べると、特に、彼のボーカルの高音部分が精妙に美しく聞こえます。
 
そして、その上に乗ってくるバックコーラスの清々しく若々しい響き。もう、これ以上余分な説明はいらないでしょう。
 
これらの要素がぴったりと合わさることで、この曲を名品と呼ぶにふさわしい出来ばえとなっています。
 
そして、この曲に満ちわたる、若々しく、青臭く、どことなく切なげですらある空気感というのは、LAやボストンを中心とした商業的なロックミュージックの栄えた八十年代終盤にしか出しえない音であり、他の年代には絶対に醸し出せない独特な魅力をもった雰囲気が心ゆくまで味わいつくすことができるといえましょう。

 
通常、レコーディングというのは、各トラックごとの楽器の録音をした後、ミックス、マスタリング作業に入り、そしてアーティストは、ガラス張りのブースの中で、エンジニアと話し合いながら、アルバムの音の方向性を決定していきます。「ここはこういうふうにしたい」とぼんやりとした要望を伝えて、「では、こうしましょう」と、イメージをアーティストとエンジニア間で共有しつつ、複数のトラックを最終的に”サウンドプロダクション”というニュアンスで表していきます。
それほど詳しくない人などには、一流のミュージシャンなら、何をやっても一緒だろうにと思われましょうが、実情は異なります。というのも、実際に録音した音がマスタリングによって全然意図しない違う音に変化することもあり、そういった点では、共同作業を行う上で人間関係の相性、双方の意思疎通の重要性というのも、作品の完成度に少なからず影響があり、サウンドエンジニアが、アーティストの音楽の方向性のどの部分を押し出すべきなのかがしっかり理解していないと、どのような名曲もぼんやりした印象の冴えない駄曲になってしまう危険性もあります。
 
そして、今回、このアルバム「Don't Tell a Soul」については、他のアルバムのサウンドエンジニアリングに比べて、リプレイスメンツの音の方向性が明らかとなり、彼らの魅力が存分に引き出されたことにより、結果的にこのアルバムが商業的にも大きな成功を得た要因となったのだろうと思われます。
 
クリアで精妙な音、ダイナミクスやドラマティック性、余分なノイズを徹底的に削ぎ落とす。
 
つまり、このレコーディングにおいてが欠かさざるべき要素が、彼らの麗しいメロディセンスを全面に押し出したことによって、この八十年代を代表するアメリカンロックの名盤は必然的に誕生したといえるでしょう。

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