2023年の実験音楽の注目作 Best 10


現代音楽としてはドローン・ミュージックがスウェーデンを中心に活発な動向をみせている。最も注目したいのが商業音楽とはまったく異なる領域の前衛性を表現するグループが北欧を中心に登場しはじめている。


そんな中、実際のオーケストレーションをレコーディングの中で再現させて、古典音楽との融合にチャレンジしたのがカルフォルニアのSarah Davachiだった。その他にも、トルコ/イスタンブールのEkin Filは、Grouperに触発されたテクノ、アンビエント、フォークの中間域にある音楽を制作し、オリジナリティー溢れる作風を確立した。アジアでも実験音楽は盛んであり、韓国のデュオ、Salamandaは一定のジャンルに規定しえない実験的な電子音楽の作風で異彩を放っている。

 

 

 

Ekin Fil  『Rosewood Untitled』  

 


Label: re:st

Release:2023/1/13


『Rosewood Untitled』は2021年のギリシャ/地中海沿岸地方の大規模火災をモチーフに書かれた電子音楽である。

 

当時、地中海地域の最高気温は、47.1度を記録。記録的な熱波、及び、乾燥した大気によって、最初に発生した山火事は、二つの国のリゾート地全体に広がり、数カ月間、火は燃え広がり、収束を見ることはなかった。2021年のロイター通信の8月4日付の記事には、こう書かれている。


「ミラス(トルコ)4日 トルコのエルドアン大統領は、4日、南部沿岸地域で一週間続いている山火事について、『同国史上最悪規模の規模』であると述べた。4日には、南西部にある発電所にも火が燃え移った。高温と乾燥した強風に煽られ、火災が広がる中、先週以降8人が死亡。エーゲ海や地中海沿岸では、地元住民や外国観光客らが自宅やホテルから避難を余儀なくされた」。この大規模な山火事については同国の通信社”アナトリア通信”も取り上げた。数カ月間の火事は人間だけでなく、動物たちをも烟火の中に飲み込んでしまった」


このギリシャとトルコの両地域のリゾート地を中心に発生した長期間に及ぶ山火事に触発されたアンビエントという形で制作されたのが、イスタンブールの電子音楽家、エキン・フィルの最新アルバム『 Rosewood Untitled』。多作な音楽家で、2011年のデビューアルバム『Language』から、昨年までに14作をコンスタントに発表。

 

エキン・フィルは、基本的にはアンビエント/ドローンを音楽性の主な領域に置いている。今作『Rosewood Untitled』において、画期的なアンビエントやテクノを制作している。昨年に発表した『Dora Agora』は、以前の作風とは少しだけ異なり、ドリーム・ポップ/シューゲイザーとアンビエントを融合させ、画期的な手法を確立している。Music Tribuneはトルコの地震直後に安否確認を行ったが、その三ヶ月後、アーティスト自身の連絡により無事を確認している。

 


 

 


marine eyes  『idyll』- Expanded

 



Label: Stereoscenic

Release: 2023/3/27


 

ロサンゼルスのアンビエント・プロデューサー、Marine Eyes(マリン・アイズ)の昨日発売された最新作『Idyll』の拡張版は、我々が待ち望んでいた癒やし系のアンビエントの快作である。2021年にリリースされたオリジナル・バージョンに複数のリミックスを追加している。

 

Marine Eyesは、アンビエントのシークエンスにギターの録音を加え、心地よい音響空間をもたらしている。作品のテーマとしては、海と空を思わせる広々としたサウンドスケープが特徴。オリジナル作と同じように、拡張版も、ヒーリング・ミュージックとアンビエントの中間にある和らいだ抽象的な音楽を楽しむことが出来る。日頃、私達は言葉が過剰な世の中に生きているが、現行の多くのインストゥルメンタリスト、及び、アンビエント・プロデューサーと同じように、このアルバムでは言葉を極限まで薄れさせ、情感を大切にすることにポイントが絞られている。


タイトル・トラック「Idyll」に象徴されるシンセサイザーのパッドを使用した奥行きのあるアブストラクトなアンビエントは、それほど現行のアンビエントシーンにおいて特異な内容とはいえないが、過去のニューエイジのミュージックや、エンヤの全盛期のような清涼感溢れる雰囲気を醸し出す。それは具体的な事物を表現したいというのではなく、日常に溢れる安らいだ空気感を、大きな音のキャンバスへと落とし込んだとも称せる。制作者の音楽は、情報や刺激が過剰な現代社会に生きる私達の心に、ちょっとした余白や空白を設け、癒やしを与えてくれる。

 

 

 

 

 

Tim Hecker 『No Highs』

 



 Label: kranky

Release: 2023/4/7


シカゴのKrankyからリリースされた『No Highs』』は、前述の2枚のレコードのジャケットのうち、2枚目のジャケットの白とグレーを採用し、濃い霧(またはスモッグ)に包まれた逆さまの都市を表現しています。


このアルバムは、カナダ出身のプロデューサーの新しい道を示す役目を担った。Ben Frostのプロジェクトと並行しているためなのか、リリース時のアーティスト写真に象徴されるように、北極圏と音響の要素に彩られていますが、基本的には落ち着いたアルペジエーターによって盛り上げられるアンビエント/ダウンテンポの作品となっています。ノート(音符)の進行はしばしば水平に配置され、サウンドスケープは映画的で、ビートはパルス状のモールス信号のように一定に均されており、緊張、中断、静止の間に構築されたアンビエントが探求されている。特に『Monotony II』では、コリン・ステットソンのモードサックスが登場するのに注目です。


『No Highs』は「コーポレート・アンビエント」に対する防波堤として、また「エスカピズム」からの脱出として発表された。この作品は、作者がこれほど注意深くインスピレーションを持って扱う方法を知っている人物(同国のロスシルを除いて)はいないことを再確認させてくれる。


以前、音響学(都市の騒音)を専門的に研究していたこともあってか、これまで難解なアンビエント/ドローンを制作するイメージもあったティム・ヘッカーではありますが、『No Highs』は改めて音響学の見識を活かしながら、それらを前衛的なパルスという形式を通してリスナーに捉えやすい形式で提示するべく趣向を凝らしている。ティム・ヘッカーは、アルバムを通じて、音響学という範疇を超越し、卓越したノイズ・アンビエントを展開させている。それは”Post-Drone”、"Pulse-Ambient"と称するべき未曾有の形式であり、ノルウェーの前衛的なサックス奏者Jan Garbarek(ヤン・ガルバレク)の傑作「Rites」に近いスリリングな響きすら持ち合わせている。

 

 

 

 

 

 

Ellen Arkbro 『Sounds While Waiting』

 

 


Label: W.25TH

Release: 2023/10/13


スウェーデンの現代音楽家/実験音楽家、エレン・アルクブロ(Ellen Arkbro)は2019年に、パイプオルガンの音色を用いたシンセサイザーとギターのドローン音による和声法を対比的に構築した2015年のアルバム『CHORD』で同地のミュージック・シーンに台頭し、続く、2017年の2ndアルバムでは本格派の実験音楽に取り組むようになり、パイプオルガンとブラスを用いた「For Organ and Brass」を発表。スウェーデンにはドローン音を制作する現代音楽家が多い印象があるが、気鋭のドローン制作者として注目しておきたいアーティストである。

 

本作はスウェーデンのアーティストにとって三作目の作品となり、Kali Maloneの作風に象徴されるパイプオルガンを使用したドローン音楽に挑戦している。

 

ポリフォニーの旋律を主体としているのは上記のアーティストとほとんど同様であるが、Ellen Arkbroの音楽はどちらかといえば「パターン芸術」に近いものがある。音の出力とそれが消失する瞬間をスイッチのように入れ替えながら、 減退音(ディケイ)のトーンがいかなる変遷を辿るのかに焦点が絞られている。また、音響学の観点から見て、音の発生と減退がどのように製作者の抑制により展開されるのかに着目したい。



 

 

 

 

 

 Duenn & Satomimagae 『境界 Kyoukai』

 


 

Label: Rohs! Records

Release: 2023/6/21



イタリアのレーベルから発売された『境界 Kyoukai』は、レビューをしなかったので改めて紹介しておきたい作品。限定販売ですでにソールドアウトとなっている。

 

今作は福岡を拠点にする実験音楽家、Duenn(インタビューを読む)、東京の音楽家/シンガーソングライター/アーティスト、Satomimagae(インタビューを読む)によるコラボ作。Duennによるミニマル/グリッチ的な緻密なプロダクション、シュトゥックハウゼンの系譜にあるクラスターなど、電子音楽の引き出しに関しては、海外の著名な実験音楽家に匹敵するものがある。それらの実験音楽の領域にあるトラックの要素に特異なアトモスフィアを付加しているのが、ニューヨークのRVNGに所属するSatomimagaeさんのボーカル。作品制作のインスピレーションとなったのは、Duennさんが通勤中に見た看板で、その時、アーティストはその現実の中にある一風景に現実と非現実の狭間のような概念を捉えた。シンセの音作りに関してはロンドンのMarmoあたりの方向性に近いものが感じられた。

 

アルバムの序盤は実験的な音楽性を擁する曲が多いが、中盤から終盤にかけてチェレスタの音色を用い、ロマンティックな雰囲気を漂わせる場合もある。他にも、プロデューサーとしての引き出しの多さが感じられ、「gray」ではシンプルなアンビエントを楽しむことが出来る。さらに、クローズ曲「blue」では、エクスペリメンタルポップの作風に挑戦している。おそらくこれまで両者がそれほど多くは取り組んで来なかったタイプの曲といえるかもしれない。独立した2つの才能がバッチリ合致し、コラボレーションの醍醐味とも言えるような作風が誕生した。しかし、プロデューサーでもない私がアルバムのマスター音源を所有しているのはなぜ・・・??

 

 

 

 

 Salamanda 「In Parallel』

 



Label: Wisdom Teeth

Release: 2023/11/3

 

 

Salamanda(サラマンダ)は、韓国のDJ、Peggy Gou(ペギー・グー)が主宰するレーベルから作品をリリースしている。サウスコリアの注目すべき実験音楽のデュオ。昨年、FRAUの主宰するイベントにDeerhoofとともに出演していた覚えがある。デュオの音楽は、最初はアンビエントかと思ったが、必ずしもそうではなく、アヴァンギャルドという枠組みではありながら、ジャンルレスな音楽性に取り組んでいる。従来の作品を聴く限り、輝かしい才能に満ちあふれている。


「In Parallel』 ではエレクトロニカ/EDM寄りのアプローチを図ったと思えば、K-POPを絡めたのエレクトロニックにも挑戦している。また、環境音などを絡めつつ、オリジナリティーを付加している。アヴァンギャルドという範疇に収まりきらないポピュラー性がデュオの音楽の魅力。音楽的にはアイスランドのMumに近く、北欧のエレクトロニカが好きなリスナーはぜひチェックしてもらいたい。あまり一つの音楽を規定したりすることなく、今後も頑張ってほしい。

 


 

 

 

 

Chihei Hatakeyama 『Hachirougata Lake』

 



 

『Hachirougata Lake』は畠山地平さん(インタビューを読む)が現地に向い、フィールド・レコーディングを取り入れながら従来のアンビエント/ドローン音楽とは別の実録的な作風に挑んだ作品。水の音をモチーフ的に使用し、八郎潟の風景が持続的に変遷する情景をアンビエントというアーティストが最も特異とする手法により描写しようとしている。アルバムには朝の八郎潟を思わせるサウンドスケープから夕景と夜を想起させるものへと変化していく。ドキュメンタリー的な作品と言える。

 

ウィリアム・バシンスキーの「Water Music」のループ/ミニマルの楽曲構造やブライアン・イーノの『An Ending』のシンセの音色を受け継いだ楽曲も収録されている。従来、アーティストは、いわゆるメインストリームのアンビエントの制作することを直接的には控えてきた印象もあったが、この最新作ではイーノを始めとするアンビエントの原初的な作風にも挑んでいる。



 

 

Oneohtrix Pointnever 『Again』

 


Label: Warp

Release: 2023/9/29


2020年の『マジック・ワンオトリックス・ポイント・ネヴァー』に続く『アゲイン』は、プレスリリースで "思弁的な自伝 "であり、"記憶と空想が全く新しいものを形成するために収束する「非論理的な時代劇」"と説明されている。ジャケットのアートワークは、マティアス・ファルドバッケンがロパティンとともにコンセプトを練った。ヴェガール・クレーヴェンがMVを撮影した。


このアルバムはエレクトロニックによる超大な交響曲とも称すべき壮大な作風に挑んでいる。実際に、交響曲と称する必要があるのは、すべてではないにせよ、ストリングの重厚な演奏を取り入れ、電子音楽とオーケストラの融合を図っている曲が複数収録されているから。また、旧来の作品と同様、ボーカルのコラージュ(時には、YAMAHAのボーカロイドのようなボーカルの録音)を多角的に配し、武満徹と湯浅譲二が「実験工房」で制作していたテープ音楽「愛」「空」「鳥」等の実験音楽群の前衛性に接近したり、さらに、スティーヴ・ライヒの『Different Trains/ Electric Counterpoint』の作品に見受けられる語りのサンプリングを導入したりと、コラージュの手法を介して、電子音楽の構成の中にミニマリズムとして取り入れる場合もある。


さらに、ジョン・ケージの「Chance Operation」やイーノ/ボウイの「Oblique Strategy」における偶然性を取り入れた音楽の手法を取る場合もある。Kraftwerkの「Autobahn」の時代のジャーマン・テクノに近い深遠な電子音楽があるかと思えば、Jimi Hendrix、Led Zeppelinのようなワイト島のフェスティヴァルで鳴り響いた長大なストーリー性を持つハードロックを電子音楽という形で再構成した曲まで、ジャンルレスで無数の音楽の記憶が組み込まれている。そう、これはまさしく、ダニエル・ロパティンによる個人的な思索であるとともに、音楽そのものの記憶なのかもしれない。


 

 

 

Sarah Davachi 『Long Gradus』

 

 



Label: Late Music

Release: 2023/11/3

 

 

スウェーデンではドローン音楽がアンダーグラウンドで盛り上がりつつある。しかしロサンゼルスも負けていない。Laurel Halo,Sara Davachiを筆頭に、このジャンルが存在感をみせている印象がある。

 

従来までは、シンセやパイプオルガンを使用し、ドローン音楽やアンビエントを中心に制作してきたアーティストはこの作品、及び続編となる『Arrengements』でオーケストラとの共演をし、既存作品のレベルアップを図った。

 

デビュー当初、テクノ/エレクトロニックの領域の音楽を制作してきたアーティストではあるが、近年、クラシカルへの傾倒をみせ、古楽をベースにした作風にも挑戦している。「Long Gradus』ではオーケストラのストリングスの合奏を交え、ドローン音楽の創始者の実験音楽家、Yoshi Wadaのバグパイプにも似たポリフォニーによる特異な音響を発生させている。ストリングスの通奏低音の重なりは、清新な気風に充ち、笙の響きのような瑞々しさにあふれている。



 

 

 

Peter Broderick & Ensenble O 『Give It To The Sky: Arthur Russell's Tower of Meaning Expanded』

 


 

Label: Erased Tapes

Release: 2023/10/6

 

米国のコンテンポラリー・クラシカルの象徴的な存在、Peter Broderick(ピーター・ブロデリック)による最新作。ブリデリックは、これまでのバックカタログで、ピアノを主体とするポスト・クラシカルや、インディー・フォーク、はては自身によるボーカル・トラック、いわゆる歌ものまで多岐にわたる音楽に挑戦している。



ピーター・ブロデリックは、ロンドンのErased Tapesの看板アーティストである。特に「Eyes Closed and Traveling」は、ポスト・クラシカルの稀代の名曲である。今回、プロデリックはフランスのアンサンブル”Ensemble O”と組み、リアルなオーケストラ録音に着手した。

 

この度、ブロデリックは、アイオワのチェロ奏者、アーサー・ラッセルの隠れた録音に着目している。ラッセルは、チェリスト/作曲家として活躍し、複数の録音を残している。ブロデリックとラッセルには共通点があり、両者ともジャンルや形態を問わず、音楽をある種の表現の手段の一つとして考え、それをレコーディングに収めてきた経緯がある。ブロデリックは、ラッセルの一般的には知られていない録音に脚光を当て、当該録音の一般的な普及をさせることに加えて、それらを洗練されたコンテンポラリー・クラシックとして再構成するべく試みている。


アーサー・ラッセルのオリジナルスコアの中には、いかなる魅力が隠されていたのか? 考えるだけでワクワクするものがあるが、彼は、実際にスコアを元にし、ピアノ/木管楽器を中心としたフランスのアンサンブルと二人三脚で制作に取り組んだ。Peter Broderick & Ensemble 0による『Give It To The Sky』は、純正なクラシカルや現代音楽に真っ向から勝負を挑んだ作品と称せる。

 





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