New Album Review− Real Estate 『Daniel』 アメリカーナ&インディーロックの心地よさ

 Real Estate 『Daniel』



Label: Domino

Release: 2024/02/23

 

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Review

 

 

現在、ブルックリンを拠点に活動するロックバンド、リアル・エステイトは2009年のセルフタイトルのデビュー作からノスタルジックなロックサウンドを追求してきた。前衛的なアプローチを図るロックバンドとは対象的に、リアル・エステイトのロックサウンドはわかりやすくスタンダードである。

 

リアル・エステイトは、ブルース・スプリングスティーン、アダムス以降のアメリカン・ロックの流れを汲み、米国のロックミュージックの良さや伝統性を再発見しようと試みる。2009年当時は、ニューヨーク近辺のリバイバル・ロックの運動と並び、バンドはビーチ・フォッシルズに近いサウンドに取り組んでいた。その後、登場したニュージャージーのパイングローヴとの共通点も見い出せる。ギターのディレイ、フェイザー等を使用した手の込んだ音作り、マーティン・コートニーの爽やかなボーカルが特徴となっている。バンドは2011年の『Days』で成功を手にしたが、それ以降も「Taking Backwards」等、良質なロックソングを数多く発表してきた。2020年の『The Main Thing』の後、マーティン・コートニーは、ニュージャージでの幼少期の思い出をテーマにした『Magic Sign』を発表した。このアルバムも良作に挙げられる。

 

リアル・エステイトは、ロンドンのドミノと契約した後も、インディペンデントをベースにしたライブを重視している。ニューヨークでの「ダニエル」という名前のファンを中心に招いたイベントもその一貫だった。メジャーなレーベルと契約しようとも、こういったユニークな試みを欠かさないことがリアルエステイトの最大の魅力である。


実は、レコーディングの長さは、作品の出来不出来を左右しない。慢性的な練習不足で、ゲームプランを持たないスポーツ選手の試合での活躍がほとんど期待できないように、ミュージシャンもどのような構想やヴィジョンを持ってスタジオに入り、録音に挑むのかが最重要といえるかもしれない。『Daniel』は、わずか9日でレコーディングされたサウンドとは思えないほど、コンパクトにまとめ上げられ、一気呵成に録音したかのようなスムーズなロックサウンドが貫かれている。 彼らの知名度を上げる要因となった70年代のアメリカンロックに根ざした懐古的なサウンドも健在である。トラックにはペダル・スティールも使用され、現在の米国の音楽のトレンドを形成するアメリカーナの要素も含まれている。2021年頃から、古い時代の米国の音楽に取り組むアーティストが増えてきたが、エステートは以前から懐古的な音楽に挑んでいた。今、アメリカ人が何を望んでいるのか、かれらはそのことの代弁者とも言える。

 

懐古的なアメリカンロックと並んで、リアル・エステイトのもうひとつの魅力として、コートニーのボーカルの甘いメロディーがこのバンドの重要な中核をなしている。このことは旧来のファンならばご存知のはず。8ビートのシンプルなリズム、ディレイやフェーザーを加えたギターサウンド、シンプルなベースラインが絡み合い、ゆったりした曲風を作り出し、ロックサウンドをベースに置いているに、癒やしの感覚を伴うのに驚く。ノイジーさを徹底して削ぎ落としたスマートなロックサウンドは、奇妙なことにアンビエントサウンドのような余白を作り出す。

 

最新作『Daniel』は和らいだロックソング、彼らの持ち前の夢想的なメロディーセンスが満載となっている。もちろん、メンバーがレコーディングでいくつかの音作りで工夫を凝らしたとプレスリリースで語った通り、いくつか新しい試みも取り入れられていて、ストリングスのようなサウンドを織り交ぜ、落ち着きがありながらもドラマティックな方向性に進んだと言えるだろう。

 

オープニングを飾る「Somebody New」では、70年代のアメリカン・ロックサウンドを参考としつつも、パワー・ポップやジャングル・ポップ風の甘いメロディーが、このアルバムに対する興味を惹きつける働きをなす。The Byrds(ザ・バーズ)やCSN&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング)といったバンドのビンテージなフォークサウンドをベースにしている。それらのビンテージ・ロックはエレクトリック/アコースティックギターのユニゾンやアルペジオを細部に配した緻密なプロダクションによってモダンなサウンドに書き換えられる。ノイジーさを徹底して排した心地よいサウンドは、パーカションの側面からも工夫が凝らされて、カスタネットのような音色を取り入れることで、優しげなサウンドデザインが施されている。


「Haunted World」でもフォーク/カントリー、アメリカーナを基調とし、ニール・ヤングのような古典的な音楽を展開させ、ドラムの側面からアメリカーナの源泉に迫り、ギター、ベース、ボーカルと基本的なアンサンブルを通じ、持ち前の甘いサウンドを作り出す。ボーカルのフレーズはわかりやすさに焦点が置かれ、脚色や無駄なものが一切存在しない。足し算というよりも引き算のサウンドを介して、オープニング曲と同じく心地よいリスニングを提供している。


音楽性をよりアメリカーナに近づけようする工夫も凝らされている。1分40秒ごろにはペダルスティールが導入され、夢想的な空気を生み出す。エレクトリック・ピアノの使用もソウルとまではいかないものの、メロウな雰囲気を作り出す。これらのサウンドは個性をぶつけるという感じではなく、他のメンバーを尊重した平均的なバンドサウンドが生み出された証ともなっている。アンサンブルでの沈黙や間を重視したサウンドは健在で、これが安らいだ印象を与える。

 

「Wonder Underground」は従来の形式と異なり、リアル・エステイトが新しくコーラスワークの妙に取組んだ一曲。


マーティン・コートニーの温和なボーカルは変わらないものの、親しみやすさのあるコーラスを取り入れつつ、アルバムの冒頭でお馴染みのアメリカーナとフォークサウンドを融合させる。その他、R.E.Mに代表されるカレッジ・ロックが付け加えられている。このジャンルには、明確な特徴は存在せず、基本的には、1990年代にアメリカの大学のラジオでよくオンエアされていた音楽ジャンルだった。


リアル・エステイトは、このジャンルの音楽性を踏襲した上で、温和なインディーロックサウンドに昇華させている。例えば、いかにもオルタナティヴといったサウンドに比べると、聞きやすさがある。それは、ひねりがなく、簡素なコードやリズムを主体に曲が構成されているのが理由である。こういったアプローチに関しては、何より親しみやすい音楽を提供したいというバンドの狙いのようなものも読み解くことが出来る。そして旧来よりもそれは洗練されている。


 「Flowers」は、2009年のデビュー当時のビンテージな感じのあるロックサウンドに回帰しているが、原点回帰と見ることは妥当ではないかもしれない。親しみやすく、歌えるメロディーという商業音楽に不可欠な要素を重視した上で、緻密なミニマルのギターラインを配し、ウィルコのような録音した音源をサンプリングの手法で配するコラージュの要素を加え、現代的なプロダクションに取組む。以前は懐古主義にも思えたものが、今となっては生まれ変わり、2020年代のロックらしいモダンなサウンドに接近したことが痛感出来る。考え次第によっては、リバイバル・サウンドからの脱却、及び、次なるロックミュージックへの通過点を示したとも言える。


「Interrior」は、エレアコ・ギターをベースにしたザ・パステルズのようなスコットランド/アイルランドのギターポップに近いサウンドが組み上げられるが、マーティンのボーカルについては、ポール・マッカートニーのような親しみやすさが感じられる。この曲は特に、ビートルズの後、数しれないフォロワーを出現させ、それがパワー・ポップ/ジャングル・ポップというジャンルに変化していったことをあらためて思い出させる。やはりバンドが意識していることは、誰にでも口ずさめるメロディー、誰にでも乗れるビートなのである。これは、少し複雑化しすぎ、時々、怪奇的に傾く現代的なポピュラー音楽の向こうに現れたオアシスとも言うべき現象である。

 

リアル・エステイトはロックにとどまらず、ポピュラー音楽の核心を付く曲にも取組んでいる。「Freeze Brain」は驚くほどキャッチーであり、ジャスティン・ビーバーの曲のように痛快だ。曲の中にはR&Bやネオ・ソウルからの影響も伺えるが、しかし、商業的な音楽のソングライティングの方向性を選ぼうとも、やはりインディーロックサウンドに近づくのは、リアル・エステイトらしいと言えよう。これは前の曲と同じように、ポピュラーで爽快な音楽を提供したい、というバンドの狙いや意図も読み解ける。さらに、レコーディングにおける音楽の楽しさも反映されている。ポンゴによる心地よいリズムが、緩やかな感覚とトロピカルなリゾート感を作り出し、それらはヨット・ロックやAORのサウンドによってカラフルに彩られている。


続く「Say No More」では、70年代のサイケデリックロックをベースにして、疾走感のあるロックサウンドを展開させる。旋律の進行の中には、ルー・リードの「Sweet Jane」のように夢想的な感覚が漂い、バンドの爽快なサウンドを背後から支えている。バンドが「Taking Backwards」をはじめとする代表曲で取組んできた音楽性の延長線上にあるナンバーと言えるだろう。

 

終盤の3曲、「Airdrop」、「Victoria」、「Market Street」では、お馴染みのリアル・エステイト節とも称せる代名詞的なロックが繰り広げられる。サウンドにはやはり一貫して爽やかさとわかりやすさを重視したインディーロック、カレッジロックが下地になっている。「Air Drop」ではギターポップ/ネオアコースティック風のギターが登場し、「Victoria」では、ビートルズの直系にある1960年代のバロック・ポップの要素が含まれている。また、続く「Market Street」ではローファイな感覚を宿したインディーロックソングソングがシンプルかつスマートに展開される。

 

これらは夏の終わりの風が通り抜けていくかのような清々しさと爽やかさに充ちあふれている。クローズ曲の「You Are Here」では、オアシスのリアム・ギャラガーが好むような、90年代のブリット・ポップのアプローチが示される。それはやはり、ビートルズのバロック・ポップの息吹を吸収している。アルバムの11曲は、彼らがどのような音楽的なバックグラウンドを持つのかを物語るかのようである。米国のバンドでありながら、本作の最後にブリット・ポップ調のロックソングを収録したことは、ロンドンのレーベルに対する紳士的な儀礼とも言えよう。

 

 

78/100

 

 

「Haunted World」

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