Vivienne Eastwood 『Take Care』
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Label: Self Release
Release: 2025年4月25日
Review
ニューヨーク/ブルックリンのシューゲイザープロジェクト、Vivienne Eastwood。シューゲイズのニュースターの登場の予感である。ベッドルームポップとシューゲイズ/エレクトロニカを組み合わせたセンス抜群のサウンド。
使用機材は明らかではないが、シンセを用いたエレクトロニカ、時々、オートチューンを用いたアンニュイなボーカル、そして、フィードバックノイズを生かしたギターが組み合わされ、ヴィヴィアン・イーストウッドのサウンドの礎石が出来上がる。近年では、ドリーム・ポップとシューゲイズの切れ目や境界線がなくなってきていて、多くがポピュラーソング化しているというのが現状であるが、エレクトロニック・ベースのシューゲイズとして楽しめるに違いない。
『Take Care』の冒頭を飾る「embrace」はシンセのアルペジオから始まり、苛烈なシューゲイズサウンドへと移行する。しかし、TikTokサウンドを意識したポップソングの風味が加わり、新世代のニューゲイズサウンドが作り上げられる。ポップだがロック、ロックだがエレクトロニック……。多角的な楽しみ方が出来るポスト世代のシューゲイズサウンドでアルバムは幕を開ける。
本作のサウンドは、その後、ギターロックを主体とするシューゲイズへと移行していく。「favourite」ではDIIVのポスト世代のサウンドを聴くことが出来る。「demise」ではMy Bloody Valentineのシューゲイズの源流ーーグラスゴーのネオアコースティックーーのサウンドを踏まえ、ピッチシフターを用いた現代的なボーカルでポスト世代のロックミュージックを作り出す。自主制作盤なので、まだまだ荒削りなサウンドであるが、才気煥発なセンスが迸っている。
ヴィヴィアン・イーストウッドの個性的なキャラクターが明瞭になるのが、エレクトロニックとシューゲイズ、そして近年のソロアーティストのポップの文脈として登場したベッドルームポップが目覚ましく融合する瞬間である。「squeeze」は、打ち込みのビートの上にディストーションギター、ボーカルをレコーディングするという、まさしく宅録仕込みの音楽である。なかでも緻密な構成を持つシンセのアルペジオ、そして、トラックの表面に重ねられるフェーザーを施したギターライン等、サウンド面での工夫が凝らされている。これらのシューゲイズサウンドはあくまでもボーカルのハーモニーの効果が重視され、器楽的な効果を持つボーカルトラックとしてミックスされている。これは、Verveなどの90年代後半のUKロックの影響だろう。
今まで、MBVのサウンドを追求してきたバンドは数しれなかったが、そのほとんどが完成寸前のところで踵を返したため、再現までには至らなかった。だが、最新鋭のエレクトロニクスの技術の進歩により、ようやくケヴィン・シールズのギターの音作りに接近したという印象を抱く。
「burnt lips」はハイライトの一つ。イントロは「I Only Said」のオマージュだが、その後はRIDEのようなエモーショナルで繊細なシューゲイズサウンドに移行していく。この曲において、彼らはフォロワー以上の存在感を示すことに成功している。魔神的な印象を持つディストーションギター、陶酔感のあるボーカルという、なかなかの再現ぶりであるが、ベッドルームポップ的なアプローチ、ホームレコーディング風のアプローチがこの曲にオリジナリティを付け加えている。
アルバムの後半ではデジタル世代らしいクリアな質感を持つシューゲイズ、MOGWAIを思わせる音響派の広大な世界観を擁するポストロックを聴くことが出来る。また、この中で、フレーズの転調の要素を用い、グルーヴや、トレモロ/ピッチシフターで作り出すトーンの変調を登場させ、シューゲイズのリバイバルに取り組んでいる。しかしながら、このアルバムには、単なるリバイバル以上の何かが隠されていることは、鋭い聞き手であればお気づきになられるだろう。
例えば、「ashly」、「ancient sign」などは、未来志向のサウンドを把捉することが出来る。その一方で、アルバムの後半に収録されている「method acting」も隠れたハイライト曲である。MOGWAI、Explosions In The Skyを筆頭とする音響派のポストロックの原石に磨きをかけ、 それらをドリームポップライクの現代的なサウンドで縁取っている。旋律的な心地よさ、そして、抽象的で淡いボーカルは、曲の背景となる極大の音像を持つギターのアンビエンスと上手く溶け合う。これらは、ハイファイ時代のシューゲイズサウンドの出現を予見しているかのようだ。
『Take Care』は心地よいマテリアルを積み重ねていったらこうなった、というような感じである。変な気負いがなくて◎。これは、ポストロックとも、アンビエントとも、あるいはシューゲイズともいえない、次世代のロックサウンドがもうすぐそこまで出かかっている予兆なのだ。フォロワー的なサウンドが多いけれど、何かしら期待感を持たせてくれるアルバムである。
アルバムのクローズを飾る「devotion」も普通に良い。2分後半からのラウドで恍惚感に満ちたサウンドは必聴である。これらはアシッドハウスやシューゲイズというジャンルでしか味わえないものだ。ブルックリンから魅惑的なシューゲイズプロジェクトが出てきたと言っておきたい。
78/100