Album of the year 2021 ーAmbientー

Album of the year  2021 

 

ーAmbientー



 

・Christina Vanzou /Lieven Martens  

 

「Serrisme」 Edicoes CN

 

 

Christina Vanzou /Lieven Martens  「Serrisme」  

Serrisme  


 

Stars Of The Ridの活動で知られるアダム・ウィットツィーとの共同プロジェクト、The Dead Texanとして音楽家のキャリアを開始したベルギーを拠点に活動するクリスティーナ・ヴァンゾー、リーヴォン・マルティンス、ヤン・マッテ、クリストフ・ピエッテの四者が携わった今年9月1日にベルギーのレーベルからリリースされた「Serrisme」は、それぞれが独特な役割を果たすことにより、アンビエント音楽の新たな形式、ストーリー性のある環境音楽を提示している。

 

この作品において、クリスティーナ・ヴァンゾー、リーヴェン・マルティンスは、サウンドプロデューサーとしての立ち位置ではなく、サウンドイラストレーション、つまり、音楽を絵画のように解釈し、雨の音、ドアの音、そして風の唸るような音、多種多様のフィールドレコーディングの手法により表現することで、作品に物語性、また音楽の音響自体を大がかりな舞台装置のような意味をもたせた画期的な作品である。


今作品の音楽の舞台は、ベルギ、フランダースにある広大な田園風景の中にある葡萄の栽培温室で繰り広げられる。雨の音、風の音、嵐、小石が転がる音、ドアのバタンという開閉、時には、鳥の鳴き声。これらはすべて、音楽そのものにナラティヴ性、視覚的効果を与えるための素材として副次的役割を果たす。これらの環境音は、実際のフィールドレコーディングにより録音され、様々な形でサンプリングとして挿入されることにより、物語性を携えて展開されてゆく。

 

近年、クリスティアン・ヴァンゾーが取り組んできたサウンド・デザインの手法は今作でも引き継がれている。BGMのような効果を介して、一つの大掛かりなサウンドスケープー音風景を建築のような立体性を持って体現させている。

 

作品の前半部は完全な環境音楽として構成されるが、後半の2曲「GlistenⅠ、Ⅱ」は電子音楽寄りのアプローチが図られている。

 

これまで、ドイツのNative InstrumentsをはじめとするDTM機材、実際のオーケストラの演奏を交えて、アンビエントをサウンドデザインの形に落とし込むべく模索しつづけてきたクリスティーナ・ヴァンゾウはこの二曲において完全な独自のアンビエントの手法を完成させている。

 

そこには、アルバムの前半部の物語性を受け継いで、フランダースのぶどうの農園のおおらかな自然、そして、広々とした風景が電子音楽、それから、人間の歌という表現を通して絵画芸術のごとく綿密に描き出される。

 

今作は、前衛性の高い実験音楽の性格が強い一方で、聞き手との対話が行われているのが画期的な点だ。「Terrisme」の7つの楽曲で繰り広げられる音楽ーー音楽を介しての絵の表現力ーーは、聞き手に制限を設けるのでなく、それと正反対の自由でのびのびとした創造性を喚起させる作品である。

 

芸術性、創造性、実際の表現力どれをとっても一級品、今年のアンビエントのリリースの中で屈指の完成度を誇る最高傑作として挙げておきたい。 

 

 

  

 

 

 

 

 

・Isik Kural 

 

「Maya's Night」 Audiobulb Records



Isik Kural 「Maya's Night」  

Maya's Night

 

 

トルコ、イスタンブール出身で、現在はスコットランドグラスゴーを拠点に活動するisik kuralは、今年デビューを果たしたばかりの気鋭の新進音楽家。アンビエント界のニューホープと目されており、アンビエント音楽を先に推し進めるといわれる音楽家である。マイアミ大学で音楽エンジニアリングを専攻したKuralの音楽は、ブライアン・イーノの初期のシンセサイザー音楽を彷彿とさせる。

 

Kuralのデビュー作となる「Maya's Night」はブライアン・イーノの音楽と同じように、徹底して穏やかで、清らかなアトモスフェールに彩られている。

 

聞き方によってはテクノ寄りのアプローチともいえるかもしれないが、この癒やし効果抜群の音に耳を傾ければ、この音楽がアンビエント寄りのアプローチであると理解していただけると思う。シンセサイザーの音色自体は古典的な手法で用いられるが、Kuralは、そこに粒子の細やかな精細感ある斬新なシンセサイザー音色アプローチを取り入れ、驚くほど簡素に端的に表現している。

 

特に、Isik Kuralのデビュー作「Maya's Night」が画期的なのは、シンセサイザーの音色、実にありふれたプリセットを独創的に組み立てることにより、これまで存在しなかったアンビエントを生み出していることだろう。そして、近代から現代の作曲家が取り組んできた作曲の技法、例えば、レスピーギの「ローマの松」を見れば一目瞭然であるが、自然の中に在する生物のアンビエンス、例えば、「Maya's Night」の作中では、鳥の声をはじめとする本来電子の音楽ではない音までも、Isik Kuralはシンセサイザーを用いてそれらの生命を鮮やかに表現しているのは驚くべきことで、そこには、Kuralの夾雑物のない生まれたての子供のような精神の純粋さが見て取れる。

 

加えてKuralのサウンドエンジニアとしての知性、哲学性、表現性、すべてが自由にのびのび表現されているのがこの作品をとても魅力的にしているといえる。秀逸なサウンドエンジニアとしてのテクニックを惜しみなく押し出し、テープディレイをトラックに部分的に施すことにより特異なミニマル構造を生み出し、サウンドデザインに近い形式に昇華させているのも素晴らしい。アンビエント音楽を次の段階に推し進めるアーティストとして注目しておきたい作品である。  

 

 
 

 

 



 

・A Winged Victory  for the Sullen 

 

「@0 EP2」 Ahead Of Our Time



A Winged Victory  for the Sullen 「@0 EP2」  

@0 EP2  

 

 

2021年のアンビエントの傑作の中で最も心惹かれるのが、これまでBBC Promsでロイヤル・アルバート・ホールでの公演も行っているA Winged Victory  for the Sullenの「@0 EP2」である。

 

このアンビエントプロジェクトのメンバー、アダム・ウィットツィーはかつてクリスティーナ・ヴァンゾーとの共同制作を行っていた人物で、現代のアンビエントシーンでも著名なプロデューサーに挙げられる。これまで2000年代から長きに渡ってアンビエントシーンを牽引してきたミュージシャンだ。

 

近年のアンビエントシーンにおいて残念なことがあるなら、プリセット、音色の作り込みにこだわり過ぎ、楽曲の持つ叙情性、表現性が失われた作品が数多く見受けられることだろう。

 

しかし、そういった叙情性、表現性を失わずに秀逸なアンビエントとして完成させたのが10月14日にリリースされた「@0 EP2」である。

 

ここでアダム・ウィットツィーとダスティン・オハロランのアンビエントの名手たちは、広大な宇宙に比する無限性をアンビエント音楽として描出しようと試み、それがアンビエント本来の持つ叙情性を交えて組み立てられる。これまでアンビエントシーンのプロデューサーたちは、アナログ、デジタル問わず、どこまでシンセサイザーによって音の空間性を拡張させていくのかをひとつのテーマに掲げていたように思われるが、今作において、その空間性はいよいよ物理的な制限がなくなり、「Σ」に近づいた、と言っても良いかもしれない。シンセサイザーのシークエンスの重層的な構築はまるで、地球内の空間性ではなく、そこから離れた無辺の宇宙の空間を表現しているように思える。


これまで多くのアンビエントプロデューサーたちが、「宇宙」という人間にとって未知数の形態を、音楽という芸術媒体を介して表現しようと試みてきたが、そのチャレンジが最も魅力的な形で昇華されたのが今作品といえるかもしれない。

 

宇宙という、これまでアポロ号の月面着陸の時代から人類が憧れを抱いてきた偉大な存在、そのロマンともよぶべきものが今作でついに音楽芸術という形で完成された、というのは少し過ぎたる言かもしれない。

 

それでも、アダム・ウィットツィーとダスティン・オハロランのアンビエントの名手が生み出した新作「@0 EP2」は、ミニアルバム形式の作品ながら、広大無辺の広がりを持ち、未知なる時代のロマンを表現した快作。そしてまた、現代を越えた未来への扉を開く重要な鍵ともなりえる。






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