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Weekly Music Feature: PONY


トロントのPONYの結成は2015年に遡る。現在の形になったのは2018年のこと。ソングライターのサム・ビエランスキーがギタリスト兼共同制作者マティ・モランとタッグを組み、2021年にテイク・ディス・トゥ・ハート・レコードからデビューしたアルバム『TV Baby』の制作過程においてだった。 


最初のアルバム制作とリリースにまつわる約2年間の前例のない隔離状態の中で、ビエランスキーとモランドは週に1曲の新曲を書くという挑戦を通じて、ダウンタイムを最大限に活用した。この取り組みの成果は200曲以上に及び、その研ぎ澄まされたソングライティング技術は、セカンド『Velveteen』の10曲を構成するポップフックと時代を超えたインディーロックの風格に表れた。数えきれないほどのテレビ番組、文学、自己内省に影響を受けた本作は、バンド史上最も繊細な作品でもあり、渇望、繋がり、自己への誠実さという複雑な関係性を考察している。


3rdアルバムにはちょっと笑ってしまうようなエピソードが付随している。何でも創設メンバーでありシンガーソングライターのサム・ビエルアンスキーが語るように、『Clearly Cursed』は21歳の時に初めて霊能者を訪れた体験から直接インスピレーションを得たのだとか。「彼女はタロットカードを読み、彼氏が浮気していると告げた」とビエルアンスキー。 「それは事実だった。彼女は、私に暗い霊が憑いているとも告げた。1500ドル払えば簡単に追い払えるとも。明らかに予算オーバーで、私はその場を去り、この暗い霊と一生付き合っていくしかないと思った」


『Clearly Cursed』では、PONYの創設メンバーであるビエルアンスキーとマティ・モランドに、ツアーで共演したクリスチャン・ビールとジョーイ・ジナルドが加わった。プロデューサーのアレックス・ギャンブルと協力し、PONYの制作と楽曲制作を、結成から10年以上も前から夢見てきた音楽的アイデンティティへと押し上げた。 


『Clearly Cursed』において、プロジェクト創設者のサム・ビエランスキーはポジションを転換し、従来のギター演奏業務を縮小してインパクトのある歌詞と豊かなボーカルスタックに身を投じた。モランドはトーンとテクスチャーの妙に踏み込んで行った。「『ボーカルに集中しよう、そこが自分が輝く場所』と言ったんだ」とビエランスキーはスイッチについて語り、さらに「トーチを渡すことに問題はなかった」と付け加えている。全体の音の印象は以前よりもはるかに明るく、溌剌とした喜びに満ちている。背後にある創造的な源について、ビエランスキーは「歴史的に、私たちは曲がとても楽しく聞こえ、車やビーチへ向かう途中で聴けるような対比を演奏したが、歌詞は内省的で自己疑念に欠け、時には憂鬱になることもある」と述べた。


モランドは2年がかりのアルバム『Velveteen』制作過程を経て、ゲームへの愛情の一部を失ったと語っています。このレコードは、二人とも制作に時間がかかりすぎたことを認めている。自らの輝きを再燃させるため、モランドはジョニー・マー(The Smiths)やロバート・スミス(The Cure)といった先例を研究し、『Clearly Cursed』のタイトル曲では明るくジャングリーなトーンに傾倒した。


結果として生まれたサウンドは、彼らの代名詞であるキラキラしたパワーポップに、ザ・キュアー、ジーザス・アンド・メアリー・チェーン、キャロライン・ポラチェック、そしてこよなく愛するジャネット・ジャクソンなどの影響を加えた内容に。ファズギターと楽しさの下に優しい柔らかさを擁するこのアルバムは、リスナーに彼らの内なる鮮やかな可能性の世界を探求させる。 


ジミー・イート・ワールド、ドラッグ・チャーチ、ミリタリー・ガン、プール・キッズ、MSPAINTらとの共演を含む大規模なツアーを経て本作はリリース。『Clearly Cursed』はテイク・ディス・トゥ・ハート・レコードより発売。前作『TV Baby』『Velveteen』に続く3作目となる。



▪️ PONY 『Clearly Cursed』- Take This To Heart




PONYはトロントの名物的なインディーロックデュオとして名を馳せてきた。最新作『Cleary Cursed』はポップパンクとパワーポップの中間にある音楽性にシフトチェンジした、聞きやすいアルバムとなっている。今作では、ボーカルのメロディーにさらなる磨きをかけ、ミレニアム年代のポップパンクに準じた痛快極まりないロックアルバムが誕生した。その中には、PONYの中心的存在、ビエランスキーのBlink 182への親和性を見出すこともできる。それらを持ち前のベッドルームポップのセンスに落とし込んで、ほどよく軽く、爽やかな作品に仕上げている。
 
 
最新アルバムではポップソングを志向した曲が中心となっている。ボーカルのメロディーラインの一般性に重点が置かれている。理想的なポップソングというのは、誰でも簡単に口ずさんだり、鼻歌で歌ったりできることに尽きる。本作のオープナー「Superglue」はウージーな雰囲気のギターで始まり、その後、パンク、ロック、ポップの間にあるアンセミックな曲が展開される。
 
 
PONY持ち前のパワーポップに位置づけられる甘いメロディーが健在で、8ビートのドラム、そしてパンキッシュな印象を放つギターと融合する。サビでは、よりロック的なアプローチが敷かれ、彼らの掲げる”グランジ・ポップ”のエッセンスが遺憾なく発揮されている。ここには、全般的な音楽ファンが親しめるような曲を書こうという精神が反映され、平坦化された音楽性が心地良さと乗りの良さを作り出している。近年、難解になりすぎることが多いロックソングを平易に解釈しようというスタンスが軽妙なポップロックソングに転化された形となった。また、遊び心も満載である。ビートルズ的な逆再生、ダンスポップやシンセポップに根ざしたキラキラしたシンセのアレンジに至るまで、遊園地のアトラクションのような楽しさをもたらす。
 
 
 
カナダやオーストラリアのロックバンドを聴いていてふと思うのは、ほどよく緩やかに時間が流れているみたいな感覚があることだ。それは、地方都市を訪れたときに感じる妙な安らぎに似ている。これらの地域のミュージシャンは現代的とか未来的というキャッチーコピーに惑わされずに、時代を問わず好きな音楽を純粋にやっている感じがして好感を覚えることがある。PONYは、とくに90年代や2000年代ごろの普遍的なロックバンド、Linkin Parkのようなバンドをフェイバレットに挙げているが、それこそがPONYのサウンドに普遍性をもたらしている理由なのだ。


「Freezer」はこの年代のロックやパンクに根ざしていて、さほど新しいことはやっていない。しかし、イントロ、ヴァース、ブリッジのような基本的な構成を受け継ぎながら、サビ/コーラスでリスナーが期待する高揚感のあるフレーズを惜しみなく提供する。初心者の音楽ファンにもアンセミックな箇所をしっかりと用意しているのだ。
 
 
ハイライトとなる箇所では、アルバム全体の爽快感のある音楽性が鮮明になる。これらは確かに、New Found Glory、Blink-182のような明快なポップパンクソングをオルタナティヴロック/パワーポップから再編しようという試みであり、意外と見過ごされていたスタイル。こと、PONYの楽曲に関しては、澄んだ青空のように爽やかなイメージを与えてくれる。曲の後半でのギターソロもかなり良い感じで、 キャッチーなサビ/コーラスと絶妙なコントラストを形作っている。
 
 
「Sunny Something」ではジャネット・ジャクソンのタイプのポップソングを受け継ぎ、ロックソング/パンクロックとして再編している。 この曲では、ベースラインの同音反復と全体的な和音の分散和音を配し、その上にバブリーな感覚を持つポップソングがギターロックと上手く融合させている。 ただ、これらの古典的なポップソングの形をベッドルームポップのような2000年以降のサウンドと結びつけることで、2020年代に相応しいサウンドに組み替えているのが素晴らしい。オートチューンこそ使用されないが、サビやコーラスの箇所で波形のグラデーションを変えることにより、これに近いサウンドを実現している。また、このサウンドはGarbageのような名物的なグループに近いニュアンスが含まれる。この曲でもやはりサビでは、ポップなメロディーとロック的なサウンドが混在し、華やかな音楽性が心地よいひとときを提供している。
 
 

昨年はNation of Languageを筆頭に、シンセポップやダンスポップ勢の活躍が目立った印象だったが、その流れを汲んだ「Middle of Summer」は見事な一曲と言える。Pet Shop Boysのようなライトな音楽性を捉え、ポストパンク風のベースから組み直し、シンプルではあるが、琴線に触れるようなシンセのフレーズを交え、懐かしくほっとするような音楽性を生み出す。ジョニー・マー、ロバート・スミスのようなギターラインの研究の成果はこういった曲に表れている。叙情的で適度に軽やかなギターの演奏は、サビではパンクロックのような簡素さに変わる。Kero Kero Bonitoのようなカラフルなインディーポップサウンドとポップパンクのエッセンスが劇的に合体した一曲である。この曲に満ち溢れる突き抜けるような明るいエネルギーは必聴。
 
 
 
 「Middle of Summer」
 
 
 
 
「Hot And Mean」は2000年代のポップパンクブームのリバイバルとして最も成功した事例となるかもしれない。上記で挙げたNFG、Blink、Bowing For Soupといったパワーポップのエッセンスを受け継いだ良質なパンクロックの音楽性を受け継ぎ、それらを的確な形に昇華している。この曲には、Jimmy Eat World、Militarie Gun、Pool Kidsのような良質なパンクバンドとの共演してきた理由がうかがえるのではないか。ライブシーンで映えそうなボーカルがキャッチーなロック/パンクチューンと混在する。もちろん、ロックそのもののカッコよさも十分に感じられるが、その中で、スポークンワードなどを交えつつ、現代的なポップスのニュアンスも醸し出す。
 
 
「Blame Me」はアルバムの中盤のハイライトとなり、ベッドルームポップ、パワー・ポップ、アルトポップの中間に位置している。このアルバム全体に通じる遊園地のアトラクションのようなアグレッシヴな楽しさがヒットソングの王道の三分間にぎっちり詰めこまれている。表向きには商業的なサウンドを押し出しながらも、1980年代のメロディアス・ハードロックのような叙情的なギターサウンドが見え隠れする。外向きなサウンドの中に併存するエモーショナルなクラシックロックのサウンドは、より多くのリスナーに聴かれてしかるべきではないだろうか。
 
 
さて、タイトル曲「Cleary Cursed」ではPONYのパワーポップ/ギターポップのセンスが余すところなく発揮される。ギターが大活躍で、ジョニー・マーのような激渋の雰囲気を醸し出す。最近はギター・ソロがプロデュースによって省略されてしまうことが多いが、ラフだけど味のあるギタープレイこそロックソングの核心ともいうべき箇所。合理化されたロック/ポップソングはたしかに耳障りが良く、長所もあるけれど、無駄な箇所もないと面白みに欠けるところもある。


この曲の中盤に入るギターソロは、器楽的な温和な感覚を与えてくれる。聴いていてうっとりするような感覚をギタリストは肌で知っているらしく、それを的確に体現させている。ボーカルもそれに負けていない。自由奔放なボーカルがカラフルなギターと融合し、激しい化学反応を起こす。デュオの性質が強いバンドであるが、全体的なバンドサウンドがぴたりと混ざり合う。
 
 
徹底して複雑さを避け、簡略化したロックサウンドが『Cleary Cursed」の最大の魅力である。また、そのスタンスは音楽性が変化しようとも普遍で、音楽にも詳しくない人をも夢中にさせる力がありそうだ。また、それこそが70年代以降のロックやポップソングの隠れた核心でもあったことを考えると、PONYの最新作のサウンドアプローチは理にかなっているように感じられる。



「Brilliant Blue」のような少しセンチメンタルなポップソングのような形に変化しようとも、なぜかこのバンドらしさは薄れない。この曲では女性的な可愛らしい感覚がインディーポップソングと淡く溶け込んでいる。また、グランジに対するオマージュが捧げられた「Every Little Crumb」のイントロでは、Nirvanaのアルバム『Nevermind』に収録された「In Bloom」と「Drain You」を合体させている。王道や紋切り型を避けず、真っ向から勝負を挑み、切り込んでいくPONYの姿勢に称賛を送りたい。これはまわりからどう見られるかにポイントが置かれているのではなく、純粋に気になることや好きなものを主体的に追求しているからこそなしえることだろう。
 
 
そういった遊び心もあれ、「Swallow Stars」のような曲にこそ、PONYらしさが宿っている。依然として、リゾート地やイベントのアトラクションのような楽しさ、明るさ、朗らかさは、繊細で憂鬱な歌詞と対比をなしながら、スムーズに流れていき、ビエランスキーが遭遇した占い師のエピソードを軽く笑い飛ばし、そして過去の自分との別れを告げる時が到来したことを意味する。


天心爛漫であることや誠実さは憑き物すら吹き飛ばしてしまう。そこにあざやかな生命が宿るからだ。本作のクローズ「Swallow Stars」はその証ともいえる。今作を聴いた後に覚える夏のサイダーのような澄んださわやかさこそ、現代のロックやポップソングに必要不可欠なものである。
 
 
 
 
85/100 
 
 
 
 
「Blame Me」 

 

 

 

▪Listen/Pre-order: https://linktr.ee/ponytheband 

本日(1月10日)、オルタナティブ・ポップの先駆者ジェニー・オン・ホリデーが、トランスグレッシブ・レコードよりデビューソロアルバム『Quicksand Heart』をリリースしました。80年代のシンセポップのアプローチを中心に図りながらも、ホリングワースらしい心踊らせるようなポップセンスが散りばめられた良作です。


Let's Eat Grammaの一員として知られるジェニー・ホリングワースが、親しみやすくも驚くほど新たな声で再登場。その結果生まれた音楽は、親密でありながら広がりを感じさせ、新たに発見した「存在の軽さ」への喜びに根ざしている。ジェニーは再び人生に好奇心を抱き、恋に落ちている。


新たな明晰さによって推進されるホリングワースの芸術性の力強い新章を告げる『Quicksand Heart』は、フェス会場で友人と共に歌い、夜行バスで独り口ずさむのにふさわしい、駆り立てられるような即効性のある作品。 印象的なイメージである「流砂の心臓」とは、渦巻く感情の渦、脈打つ感情の深淵。ジェニー・オン・ホリデーが愛を与え、受け取る方法を表現した言葉だ。


「かつて私は、皆の心臓が異なる素材でできていると感じていました——そして、私の心臓は少し欠陥があるように思えたのです。私の心も頭も、間違ったものでできているという気がします。このイメージは、たとえ自分が『オズの魔法使い』のブリキ男のような存在であっても、人間として愛され、愛し、生きたいという願いを表しています」 - ジェニー・オン・ホリデイ


ノリッチの夏の静けさの中で書き上げられ、ロンドンでプロデューサーのステフ・マルツィアーノ(ヘイリー・ウィリアムズ、ネル・メスカル)と共に完成した『クイックサンド・ハート』は、ジェニーの映画的なソロサウンドを提示する——率直な物語性に根ざしながらも、ポップな想像力において広がりを見せる。 


プレファブ・スプラウトからビーチ・ボーイズ、ケイト・ブッシュ、シンディ・ローパーらに影響を受けたホリングワースとマルツィアーノは『ジェニー・オン・ホリデイ』を考案——L.E.G.の語彙にふさわしい遊び心ある名称である。


「要するにバンドから休暇中ってこと」とホリングワースはいたずらっぽく語る。 これは喜びと力と豊かさの記録であり、ザ・リプレイスメンツを思わせる生々しくパンクなベースライン、きらめくシンセ、エリザベス・フレイザーを彷彿とさせる異世界的で表現豊かなボーカルが、エネルギーに満ち溢れている。プロダクションは前面に出て大胆で、最も憂いを帯びたリズムさえもポップな感性で彩られている。


『クイックサンド・ハート』のアートワークは、ニルヴァーナからPJハーヴェイまでを撮影してきた伝説的写真家スティーブ・ガリックが手がけ、ホリングワースを母親のウェディングドレスをまとった、彩度が高く官能的で催眠的な主人公として描いている。


 「これは典型的な恋愛を映すのではなく、人生への愛を表現したかったのです」と彼女は視覚的・聴覚的イメージについて語る。今月イギリス国内で行われる親密なインストア・ツアーを皮切りに、このエネルギーを再びステージとライブで届けられることに彼女は興奮している。


ジェニー・ホリングワースとローザ・ウォルトンは16歳でトランスグレッシブ・レコードと契約し、2016年に圧倒的なデビュー作『I, Gemini』をリリース。メロディックなエレクトロニックと奇妙なフォークポップが融合した異色の作品だった。


2018年の高評価を受けた『I’m All Ears』では幻想的な新境地へ踏み込み、甘くも辛辣なボーカル、不気味な歌詞、故SOPHIEによる変異的なプロダクションが軸となった。


 「Hot Pink」はそのアンセムとなり、年間ベストアルバムリストを席巻した。2022年には力強い『Two Ribbons』でバンドモードに回帰。女性として成長する中で経験した悲嘆と、変化する友情の形を鋭く捉えた。もはや双子ではなく、広がる布地を思わせるイメージが適切であり、二人はソロアーティストとしての自己探求という共通の願望を追求しつつ、友情を育むことに注力してきた。


今、ジェニー・オン・ホリデーは完全に形を成し、彼女自身のサウンドを確立した。その流砂のような心は抑えきれない。これは生命の祝祭である。





▪️EN

Today, alt-pop visionary Jenny On Holiday releases her debut solo album ‘Quicksand Heart’ via Transgressive Records. This is a fine work sprinkled with Hollingworth's signature heart-racing pop sensibility.


Known to many as one half of the critically acclaimed duo Let’s Eat Grandma, Jenny Hollingworth now reintroduces herself with a voice that is both familiar and strikingly new. The result is music that feels both intimate and expansive, rooted in a new found joy in the lightness of being. Jenny is curious and in love with life again.


Ushering in a powerful new chapter of Hollingworth’s artistry — one propelled by a new sense of clarity — ‘Quicksand Heart’ is a record that is driving and immediate, to be sung with friends in the festival pit or hummed alone on the night bus. A striking image, a “quicksand heart” is a whorling vortex of feeling, a pulsating pit of emotion; it’s how Jenny On Holiday describes how she gives and receives love.


“I used to get this feeling that everyone had hearts made of different materials—and I felt like mine was a bit defective. I feel like my heart and my head are all made from the wrong things. That image is about wanting to be loved, and to love and live as a human does, despite the fact you’re maybe like the Tinman in The Wizard of Oz.” - Jenny On Holiday


Written in the stillness of Norwich summers and finished in London with producer Steph Marziano (Hayley Williams, Nell Mescal), ‘Quicksand Heart’ introduces Jenny’s cinematic solo sound — grounded in plain-spoken storytelling yet expansive in its pop imagination. Inspired by the likes of Prefab Sprout to The Beach Boys, Kate Bush and Cyndi Lauper, Hollingworth and Marziano came up with ‘Jenny on Holiday’—a playful name in keeping with the lexicon of L.E.G. “I am basically on holiday from the band,” Hollingworth says wickedly. This is a record of joy, power, and abundance, fizzing with energy that sweeps up raw and punky basslines a la The Replacements, twinkling synths, and otherworldly, expressive vocal shades that recall Elizabeth Fraser. Production is upfront and bold, and even its most melancholic rhythms blush with pop sensibilities.


Quicksand Heart’s artwork is shot by Steve Gullick—a legendary photographer who has lensed everyone from Nirvana to PJ Harvey—and casts Hollingworth as a hyper-saturated, sensual, hypnotic protagonist, wearing her mother’s wedding dress. “It’s not to reflect typical kinds of romances, but a love of life,” she says of the visual and aural imagery. It’s this energy, too, that she’s excited to bring to the stage and live shows again - beginning with an intimate in-store tour across the UK this month.


Jenny On Holiday  『QUICKSAND HEART』-Transgressive


Tracklist

1. Good Intentions

2. Quicksand Heart

3. Every Ounce Of Me

4. These Streets I Know

5. Pacemaker

6. Dolphins

7. Groundskeeping

8. Push 

9. Do You Still Believe In Me?

10. Appetite


▪️Listen:

https://transgressive.lnk.to/quicksandheart

【Album Of The Year 2025】  Best Album 50   2025年のベストアルバムセレクション   Vol.5 



41.  Big Thief 『Double Infinity』- 4AD



2024年、ニューヨーク市のパワー・ステーションで録音された『Double Infinity』は、ビックシーフの代表的なアルバム『Dragon New Warm Mountain〜』の続編となっている。 

 

彼らは、ブルックリンとマンハッタンを自転車で移動しながら、毎日のように9時間に及ぶ録音を行った。ドム・モンクスがプロデューサーを務め、アンビエント/ニューエイジの音楽家Laraajiが参加している。録音は同時にトラックを録音しながら、即興でアレンジを組み立て、最小限のオーバーダビングが施されている。

 

基本的なアルトフォークの方向性に大きな変更はないが、先行シングルのコメントを見るとわかる通り、ニューエイジ思想のようなものが込められている。従来のエレクトロニックの要素は維持されている一方で、普遍的なフォーク・ミュージックやボーカルメロディーの良さが強調されている。ビッグ・シーフの中では最も渋いアルバムと言える。


アルバムは最小限のオーバーダビングでライヴ録音された。  プロデュース、エンジニアリング、ミックスは、長年ビッグ・シーフとコラボレートしてきたドム・モンクスが担当した。"生きている美しさとは真実以外の何ものでもないのだろうか?" アルバムでは、アドリアン・レンカーがグラミー賞にノミネートされたことに対する名声への戸惑いがストレートに歌い上げられる。

 

今回のアルバムで、ビックシーフはモダンなフォーク・ソングを主体に制作している。その中には新しく電子音楽とフォークの融合という試みも見いだせる。しかし、新体制で臨んだ本作は、従来のビックシーフのメロディセンスやフォークソングの妙味を受け継ぐものである。次作のアルバム制作の噂もあるなか、続く作品がどのようになるのか、楽しみに待ちたいと思う。

 

「Incomprehensible」 

 

 

42.Shame 『Cutthroat』 - Dead Oceans


 

ロンドンのShameのニューアルバムは、メタリックな雰囲気を持つ硬派のポストパンクのスタイルを選んでいる。とはいえ、2025年の世界のミュージックシーンの中でも、彼らは最もロックなバンドにあげられる。もっといえば、ボーカリストのチャーリー・スティーンの歌詞には、国際的な政治問題に関する思想が込められているが、十代の若者のような純粋な眼差しが注がれている。若い頃の''なぜ''という疑問は、いつしか世の中の体制的な概念に絡め取られてしまう。年齢を重ねるにつれ、それが当たり前のことになり、ある意味では感覚が鈍化してしまう。どうにもならないのだから仕方がない。だが、Shameの面々にはそのような言葉は当てはまらない。

 

Shameの音楽が期待感を抱かせる理由は、彼らは基本的には主流派に対して、カウンターの役割を担っているからである。



前作アルバムと同様に、ブリット・ポップやポストブリット・ポップのサウンドを織り交ぜながら、2025年のロックソングとはかくあるべきという理想形を突きつける。チャーリー・スティーンのユーモア満載のボーカルも最高なのだが、コイル・スミスが中心となる電子音楽のトリッピーなサウンドも目の覚めるような輝きを放つ。重厚なギターやベースが織りなす骨太のサウンドは聴いていて惚れ惚れするほど。現代ロックの最高のエンジニア、コングルトンの手腕が表れ出た瞬間。

 

ダンサンブルなロックは、全盛期のBlurのような響きを持ち、ボーカルの扇動的なアジテーションと混在している。これはおそらく、かれらがライブを意識したレコーディングを心がけているから、こういったドライブ感のあるサウンドが出てくるのだろう。他のバンドが、若干の路線変更を試みる中、シェイムだけは従来と同様にパンクであり、また、ヤンチャでもある。

 

 

 「Cowards Around」

 

 

43. Jay Som 『Belong』 - Lucky Number/Polyvinyl

 



今年のシューゲイズのベストアルバムで、予想以上の出来だったのが、Jay Somの新作アルバム『Belong』だった。ソングライターとして、そしてプロデュース的な側面でも優れた力量を示してみせた。

 

ロサンゼルスのメリナ・ドゥテルテによるニューアルバム『Belong』は、Jimmy Eat Worldのジム・アトキンス、そして、Paramoreのヘイリー・ウィリアムズが参加した話題作である。



ロックやパンクに傾倒するかと思いきや、意外とそうでもなかった。ポップ、ロック、パンクの中間に位置する作品である。Lucky Numberによると、ドゥテルテは十代の頃には、サンフランシスコのロックラジオをよく聴いていたそうで、2000年代のポップ・パンクや、エモのヒット曲を好んでいたという。その中には、Bloc Party、Death Cab For Cutieなど誰もが聴いた覚えのあるインディーズロックバンドのアンセムが潜んでいたのだった。今作において、ジェイソムはまるでラックからお気に入りのレコードを取り出すかのように、それらのサウンドを織り込んだ良質なポップロックを提供している。人間関係の変化や人生の主題など、特に変化することなどを盛り込み、その中で普遍的なポップ・ロックの輝きを導き出そうとする。

 
ただ、それは、思い出にすがるというわけでもない。アルバムのオープナー「Cards On The Table」は間違いなくモダンなポップソングだ。K-POPやY2Kの影響を取り込み、電子音楽を中心としたポップソングを提供している。甘口のポップソングの類稀なるセンスはアジアにルーツを持つこのシンガーの重要な特性であり、また、ベッドルームポップに根ざしたZ世代以降の音楽のイディオムを的確に体現させるものだ。簡単に作れそうで作れない、このアルバムのオープナーはジェイソムのソングライティングの傑出した手腕が遺憾なく発揮された瞬間である。


しかし、そうかと思えば、「Float」はジム・アトキンスへの賛歌であり、Jimmy Eat Worldの代表曲「The Middle」の音楽的なテイストを踏襲し、見事なリスペクトを示す。 しかし、ロック的ではなく、ポップソングの位置からエモを再考しているのが面白い。これこそ、Jay SomがBeabadoobee、boygeniusといった象徴的なミュージシャンと関わってきた理由なのだろう。

 

「D.H.」

 

 

44.Bar Italia 『Bar Italia』 



Matadorの今年の最後のリリースは、Bar Italiaのレーベル移籍後第三作だった。バー・イタリアは、劇的な傑作も出さないけれども、同時に、凡作も基本的に出さない。そういったニュートラルな魅力に満ちたロックバンドである。しかし、もちろん、それは非凡であるという意味ではない。それどころか、今作は、近年の”バー・イタ”の中で最も個性的な作品といえる。

 

ニーナ・クリスタンテ、ジェズミ・タリク・フェミ、サム・フェントンによるロンドンの三人組のロックバンドは、2023年から一年間、160本もの過酷なツアーをこなし、プロのロックバンドとしての修行を積んできた。不安定な日程から生み出されたこの作品だが、彼らはデビュー時から多作なバンドであるため、今後も曲を作ることを遠慮するつもりはないだろう。多作であることは、バー・イタリアの強みであり、それは今後も変わらないものと思われる。

 

『Some Like It Hot』は、ジャンル的にもバランスの良い収録曲が並んでいる。マタドール移籍後三作目のアルバムでは、ライブで瞬間的に受ける即効性にポイントを置きつつも、全体的にソングライティングに力を入れ、じっくり聴かせる曲をロンドンの三人組は探求している。しかし、それは基本的には、聴いて楽しむためのロックソングという面では、従来と同様である。 



Bar Italiaといえば、最初期はドリーム・ポップやシューゲイズ風のサウンド、そして何と言ってもローファイなサウンドを特徴としていた。前二作のアルバムでは、依然としてローファイで荒削りなロックサウンドを引き継いでいたが、今回のアルバムに関してはローファイとは言えないだろう。彼らがより本格的で輝かしいロックバンドとしての道を歩み始めた瞬間である。

 

 「Omni Shambles」

 


45. Yazmin Lacey 『Teal Dreams』-AMF 



 ロンドンに活動拠点を移したヤスミン・レイシーは、前作『Voice Notes』では、レゲエのリバイバルを試みていたが、最新作『Teal Dremas』はダンサンブルなビートを生かしたネオソウルアルバムを制作した。ダンストラックとして楽しめる曲がある一方、ディープなソウルミュージック、それからクラシカルなレゲエソングもある。

 

ネオソウルとしては、実際の制作者の実像はさておき、作品としてはファッションスターのような、きらびやかな印象があることが重要です。その点において、「Teal Dreams」には、スターへの羨望的な雰囲気、バブリーな空気感が漂っている。

 

また、それは80年代のソウルミュージックと呼応するようなスタイリッシュな音楽が示されている。次いで注目すべきは、前作の全体的なレゲエの要素に加え、アンダーグランドのダンスミュージックを絡め、センスの良いブラックミュージックを制作していることだろう。

 

ビンテージなレゲエの要素も登場するが、モダンなネオソウルやダンスミュージックをレイシーは追求している。それ加えて、夢見るような音楽を、ヤスミンは制作しようとしたように感じられる。しかし、夢見るような音楽とは言っても、それは千差万別です。今回のアルバムの場合、それは、クラバー向けのDJサウンドを、全般的なディープソウルの要素と結びつけたと言える。

 

「Two Steps」 

 


46.Noso 『When Are You Leaving』- Partisan



Nosoの音楽は、米国のミュージックシーンにおいて、日に日に存在感を増しつつあるソフィスティポップの系譜にある。もともと、中性的な歌声を持っていて、それが清涼感のあるソングライティングと結びついていた。


ボーカリストとしてだけではなく、ギタリストとしての性質が強いNoSoであるが、バランスの取れた音楽性が主な特徴である。西海岸の音楽の影響下にあることは事実だと思うが、その中には独特なオリジナリティが込められている。フォンのソングライティングは、聴きやすさを維持した上で、暗い感情から晴れやかな感情をくまなく表現し、起伏のある音楽性をもたらす。


『When Are You Leaving?』ではプラトニックな失恋、人間関係や職場における力関係といったテーマが、鮮烈で具体的なイメージで描き出され、ジャンルや年齢、性的を超えた普遍的な共感を聴き手に呼び起こす。 その中には、やはり、性別の葛藤という主題が織り交ぜられている。女性とベッドを共にするが、自分自身として認識されない。他の曲では自分自身として認識されるが、愛されていると感じられない。これらが投影された不安なのか、相手の真の感情なのかは決して明かされない。しかし、それがアルバムの歌詞に潜むずれに拍車をかける。


洗練されたサウンドメイクと棘のある歌詞は互いに補完し合い、ペク・ホンという人物のより豊かな肖像を描き出す。しかし、それもまた、ホン自身の言葉通り「自分のエネルギーは依然として女性的だと気づいた。でも、ある時期、自分の見せ方ゆえに男らしさのステレオタイプを体現しようとしていた」と語るように、決して完全にはフィットせず、齟齬のようなものがある。そう考えると、Nosoは、こういった認識下にある違和感を音楽により体現させてきたのだ。

 

本作の核心にあるのは「よりよく理解されたい」という誰でも持ちうる切望だ。矛盾するように見える要素は撞着などではなく、一人の人間を構成する異なる側面である。この趣旨を捉える手腕こそが、『When Are You Leaving?』を人生の複雑さの細部を詳細に描き出す唯一無二の作品にしている。そして、このアルバムは内的な葛藤を描きながらも、ときに軽快さを併せ持つ。


「Don't Hurt Me, I'm Trying」

 

 

47.Alice Phoebe Lou 『Oblivision』



 

アリス・イザベルの6作目となるアルバム『Oblivion』は、世界と内面の両方を探求する彼女の旅路を深く掘り下げた、極めてパーソナルな作品集となっている。過去5枚のアルバムで、アリスは表現力豊かな歌声と魅惑的な楽曲制作の新たな側面を次々と披露し、音楽界の重鎮としての地位を確立してきた。『Oblivion』でイザベルが求めたのは、地に足がついた作品で、芸術性によって導かれた成果であった。全11曲からなる本作は、初期のサウンドへのオマージュを捧げつつ、これまでになく深い領域に踏み込んでみせる。アリスはさらにこう語る。 


「音楽業界では『より大きく』『自分を凌駕するように』なんて強調されるけど、私は路上演奏という原点に戻りたかった。これらの曲は、私の深層意識、夢、眠りの忘却、つまり、受け取られ方を気にせず、最も深い思考や欲望、記憶、真の感情にアクセスできる場所から出てきた」


2023年発表の『Shelter』以来となる新作アルバム『Oblivion』は、全曲自身による初のセルフプロデュース作品で、その洗練された質感は、初期キャリアの路上演奏の純粋さを思い起こさせる。楽曲には新たな輝きを放つ女性の成熟と率直さがにじむ。アリスはこのアルバムの制作の全般について次のように語っている。「バンドセクションでの5枚のアルバムの制作を経て、10年かけて積み上げてきた個人的な物語を紡いだ楽曲の宝箱を開けた。他の作品に収まらなかった曲、日の目を見るとは思っていなかった曲もある。愛と遊び心を持って、シンプルに、そして自分らしく、こういった曲をあるがままに録音するという、勇気と興奮に満ちた旅に出てみた。自分の不完全さを受け入れて、私に大きな影響を受けた人々ーー時代を超えたフォーク・アコースティック・アルバムを生み出した人々ーーからインスピレーションを得た」

 

アリス・フィービー・ルーの最新作「Oblivion」は、黄昏の雰囲気を擁するフォーク・ソング集である。このアルバムの全般的な楽曲は、昼下がりの心地よい白昼夢のような感覚から、日が暮れ始めて、夜に移ろい変わる時間に感じるほのかな切なさまでを網羅した時の流れの反映である。この作品は、明るくも暗くもなく、その中間層の感情領域を探ったおしゃれさと渋さを併せ持つ音楽が中心となっている。だからこそ、音楽そのものに淡い印象が付随し、奥深い魅力を持ったレコードとなっているわけである。昨日に一度聴いたところ、これは一度だけではよくわからない作品だと、私自身は感じた。何度も聴くうち、別の側面が次々に表れてくる不思議なアルバムである。また、それはソングライターの別の人物像を垣間見させると共に、聞き手自身の未知の自己との遭遇を意味するといっても、過言ではない。

 

「You and I」 

 

 

 

48.The Belair Lip Bombs 『Again』- Third Man 



The Belair Lip Bombs(ザ・ベレア・リップ・ボムズ)は、ギタリスト/ボーカリストのメイジー・エヴァレット(パンクトリオ「CLAMM」ではベースも担当)、ギタリストのマイク・ブラドヴィカ、ベーシストのジミー・ドラウトン、ドラマーのリアム・デ・ブルイン(自身の名義でメルボルンのレーベル「Heard& Felt」からエレクトロニックミュージックもリリース)で構成されている。

 

今年、ジャック・ホワイト氏がレーベルオーナーを務めるレーベル、Third Manより発売されたメルボルンで活動するバンドの待望の二作目のアルバム『Again』は、「パンチのある、フック満載のロック・レコード…。サウンドはストレートだが、その構築はほとんど完璧である」とガーディアンに評されたデビューアルバムに続く作品である。『Again』は、オーストラリアの隠れた名物的なバンドにとって新たな章の始まりとなる。結成8年目を迎えた彼らは、真摯な姿勢と強烈に耳に残るパワーポップの楽曲構成で、地元に確固たるファン層を築いてきた。


結成10年の記念すべき節目を迎えるにあたって、ザ・ベレア・リップ・ボムズは情熱的でキレのあるシングル曲を通じて、ボーカル兼ギタリストのメイジーが「恋慕ロック」と表現する独自の美学を磨き上げている。

 

『Again』の制作全般を通じて、バンドはこれまで以上に個々の影響を融合させ、スキップなしのストレートなインディーロック・アンセム集を創り上げた。10曲の躍動感あふれる新曲群は、バンドのDIYインディーロックスタイルを力強く洗練させている。聞きやすいインディーロックをお探しの方は注目しておきたいアルバムである。個人的にもイチオシのバンドです。

 

「Hey You」 

 

 

 

49.Rocket 『R Is for Rocket」Transgressive/ Canvasback (Breakthrough Album) 



ロサンゼルスのRocketは、Tuttle(ヴォーカル、ベース)、Baron Rinzler(ギター)、Cooper Ladomade(ドラムス)、Desi Scaglione(ギター)からなる。2021年頃から公式のリリースを続けているが、高校時代の同級生や幼馴染を中心に2015年頃からインディペンデントな活動を続けている。2025年に入り、バンドはTransgressiveと契約を結び、スマッシング・パンプキンズのツアーサポートを務め、一躍西海岸の注目のロックバンドとみなされるようになった。

 

四人組の音楽には、グランジ、エモ、またLAの80年代のハードロックなどが含まれ、それらが渾然一体となって、強固な世界観を形成している。ラウドロックとしての重力を持ち合わせながらも、適度なポップネスがあり、驚くほどその楽曲の印象は軽やかである。これらは結局、Nirvana亡き後に発足したデイブ・グロール率いる、Foo Fightersの登場を彷彿とさせる。

 

フー・ファイターズの最初期のアルバム『Foo Fighters』、『The Colour And The Shape』のように、『R Is For Rocket』は90年代のオルタナティヴロックやミクスチャーの全般的な音楽用語であるラウド・ロックに根ざしている。しかし、ロケットの音楽は新鮮に聞こえる。現代的な感性を織り込んだ秀逸なセンス、それらは、アリシア・タトルのボーカルのメロディアスな叙情性、そして不協和音やクロマティックスケールを強調したバロン・リンズラー、デシ・スカリオーネの轟音ギター、それから何と言っても、現代の音楽シーンで傑出した演奏力を誇るドラムのクーパー・ラドメイドの素晴らしいリズムセクションのすべてに現れ出ている。

 

曲のバランスの良さも際立っている。90年代-00年代のオルタナティヴロックに根ざしたものから、Fountains of Wayneの名曲「Stacy’s Mom」のようなパワーポップ/ジャングルポップの系譜にある甘酸っぱいメロディー、American Footballのような若い年代の象徴的なジレンマなど、幅広さがある。それらにロックソングのヘヴィーさを付加しているのが、Pearl Jamのような重厚なサウンドである。ロック史としては、94年にグランジが死んだと一般的には言われている。だが、他方では、アメリカの音楽シーンでグランジそのものがどこかで生き続けていたことを伺わせる。つまり、ポスト・グランジに該当する音楽は、一般的には脚光を浴びることはなかったものの、ひっそりとアメリカのロックシーンの一端を担ってきた。

 

これらを総合的に網羅し、新たなロックの段階へと導くのが、ロケットのデビューアルバムである。幼馴染で結成されたこのバンドのサウンドは数々の著名なロックバンドのツアーサポートの経験を経て、この上なく洗練され、高い密度を持つロックソングに昇華されることになった。デビューアルバムでありながら、十年間磨き上げられたロックソング集は一聴の価値あり。

 

 「Act Like Your Title」 

 

 

50.Melody's Echo Chamber  『Unclouded』- Domino (Album of The Year 2025)



 

2025年は、何と言っても、ルーズな感覚のあるアルトポップやシンセポップがミュージックシーンを席巻したという印象を持つ。その中で、気炎を吐くロックバンドがわずかにいた。インディーポップと一括りに言っても内実は多様である。ダンスミュージックを絡めたもの、ニューウェイブ/テクノポップに触発されたもの、AOR、ヨットロックを意識したリバイバルもの、アルトロックとの中間に位置するものというように、グループによって音楽性がそれこそぞれ異なっていた。

 

フランスのメロディーズ・エコー・チェンバーは、サイケロックや甘口のインディーポップとの絶妙なラインに位置する。個性的な作風であり、他のアーティストやグループとの差異を作り出す。ダニー・ブラウンの作品を手掛けたスウェーデンのプロデューサー、スヴェン・ヴンダーは、従来のドリームポップの夢想的な空気感に先鋭的な音楽性をもたらしている。このアルバムの随所に見いだせるブレイクビーツ、そしてジャズのシャッフルの手法は本当に見事だ。

 

全般的なプロデュースの面では、デジタルレコーディングの音の艶感を活かしつつ、ローファイ/ギターロック風のマスタリングが施されている。これは全体的に聞きやすさをもたらしているのは事実ではないだろうか。アルバムの冒頭を飾る「The House That Doesn't Exist」は、今年の音楽を象徴するような内容。くつろいだラフな感じのジャグリーなギターロックとなっている。

 

従来では、アルバムのオープナーといえば、身構えさせるような曲も多かった。けれど最近ではビートルズのような感じで、ラフに入っていき、リスナーに親近感をもたらし、また、掴みの部分を作るのが常套手段になっている。それほどかしこまらず、気軽に聞けるロックソングが現代のトレンド。また、この曲は、そういった現代的なリスナーの需要に添う内容となっている。

 

しかし、依然として、メロディ・プロシェらしさが受け継がれている。「ネオサイケデリア」とも称されるサイケのテイストがジャグリーなロックと絡み合い、絶妙なテイストを放つ。そして、マルコム・カトの超絶的なドラムプレイーーしなやかでタイトなドラムーーは、ジャズのリズムやブレイクビーツの切れのあるグルーヴを与え、メロディーズ・エコー・チェンバーのほんわかして和やかなドリームポップに属するボーカルのテイクと見事な融合を果たしている。

 

レオン・ミシェルズを始め、豪華な制作陣は言わずもがな、普遍的な魅力を持つ珠玉のポップソング集が、そのことを雄弁に物語る。アルバムには長い時間が流れ、制作者の人生観がストレートに反映されている。そしてそれは制作者自身が語るように、''自らの人生へのたゆまぬ愛情''にほかならない。

 

「Daisy」


本日、LAのRocketが待望のデビューアルバムをリリースします。幼稚園時代から幼馴染の四人組は、およそ10年の歳月をかけて練り上げた青年期の集大成ーーそれは彼らの記憶の集大成ーーをリリースする。


ロックファンとしての無類の姿が、全10曲という完結な構成の中に現れている。フー・ファイターズのデビュー当時のようなパンチ力とメロディアスな抒情性を兼ね備えたラウドロックを引っ提げてミュージックシーンに登場。今年のロックアルバムの最重要作品の一つとなりそうだ。


Tuttle(ヴォーカル、ベース)、Baron Rinzler(ギター)、Cooper Ladomade(ドラムス)、Desi Scaglione(ギター)からなるRocketは、ここ数年多忙な日々を送ってきた。 


幼少期からの友情を持つロサンゼルスのクルーは、2021年に結成され、無名の小屋でデビューEPを録音した。 彼らの誰もが「バンド」というアイデアに真剣に取り組んだのは初めてのことだった。にもかかわらず、燃え上がるような気密性の高い曲で完全な形になった。


4人組のデビューアルバム『R is for Rocket』は、華やかでラウド、アンセミック、爆音、美しいサウンドの地形を駆け抜ける歓喜の旅である。まったく新しいサウンドでありながらノスタルジーを呼び起こすという稀有な偉業を達成しており、一瞬で人を魅了する曲で構成されている。 


2024年初めにアルバムの制作を開始した当時、彼らはほぼ絶え間なくツアーを続けており、彼らのヒーローであるライド、サニー・デイ・リアル・エステート、シルバースン・ピックアップスの前座として、数えきれないほどの時間をツアーで過ごした。その後、ドラマーのクーパー・ラドメイドの両親の庭にあるささやかなスタジオで、サウンドの洗練と拡大に努めていた。

 

彼らのロックソングが洗練された理由は、実際のステージでサウンドテストを行ったからである。「ツアーを続けたことで、曲はさらに良くなった」とアリシアは言います。「さまざまな観客の前で演奏し、何がうまくいき、何がうまくいかなかったかを聞くことができたからです」 ツアーから帰宅するたびに、彼らは進行中の曲の仕上がりをどうするかという新しいアイデアに溢れ、Rocket がその磨きをかける時間のおかげで、多くの曲が大幅にアップグレードされました。

 

「アルバムの後半を前半から8ヶ月後に録音したことで、私たちは自分たちが何をしているかについて多くの時間を考えることができました」と、バンドのツインギタリストの1人であるデシ・スカリオーネは付け加えます。「3曲を再録音したのは、より良いものができると感じたからです」 

 

そして、デシ・スカリオーネが再びプロデューサーとして指揮を執り、ロケットはロサンゼルスの2つのレコーディングスタジオで、両極端のバランスを完璧に保ったレコーディングを行いました。彼らはハイランドパークの64サウンドで、静かで親密な曲に最適なヴィンテージ機材を豊富に揃えたスタジオで、内省的な要素を収録しました。より重厚な部分は、ノースリッジのフー・ファイターズの''スタジオ606''でのセッションで収録された。ここでは、『Crossing Fingers』や『Wide Awake』のようなトラックに求める巨大なドラムサウンドを得ることができた。


2023年のデビューEPは、ピッチフォーク、ローリングストーン、ステレオガム、ブルックリンビーガン、ペースト、コンシークエンスなどのメディアから賞賛された。NMEはバンドの最初のカバーストーリーを掲載した。最近、ロケットは、Paste Magazineによって「Best of What's Next」として特集されたばかり。同誌は彼らを「ポップチャートのために曲を書くSonic Youth」と評しています。彼らはまた、2026年のヨーロッパのヘッドラインツアーを発表した。

 

ご存知のとおり、ロケットは2024年の多くのスケジュールをライブツアーに費やしてきた。The PixiesのFrank Black、Ride、Sunny Day Real Estate、Silversun Pickups、Julie、Bar Italia、Hotline TNTなどのアイコニックバンドのオープニングを開始しました。その後、バンドは、ウェイ・アウト・ウェスト、グリーンマン・フェスティバル、ピッチフォーク・ロンドン&パリ、バンバーシュート、ベスト・フレンズ・フォーエバーなど、世界中のフェスティバル・ステージに出演。



Rocket 『R Is For Rocket』 Transgressive/ Canvasback



Transgressiveと契約を交わしてリリースされたRocketによるデビュー・アルバムは鮮烈な印象を持つ王道のロックソング集となっている。

 

四人組の音楽には、グランジ、エモ、またLAの80年代のハードロックなどが含まれ、それらが渾然一体となって、強固な世界観を形成している。ラウドロックとしての重力を持ち合わせながらも、適度なポップネスがあり、驚くほどその楽曲の印象は軽やかである。これらは結局、Nirvana亡き後に発足したデイブ・グロール率いる、Foo Fightersの登場を彷彿とさせる。

 

フー・ファイターズの最初期のアルバム『Foo Fighters』、『The Colour And The Shape』のように、『R Is For Rocket』は90年代のオルタナティヴロックやミクスチャーの全般的な音楽用語であるラウド・ロックに根ざしている。しかし、ロケットの音楽は新鮮に聞こえる。現代的な感性を織り込んだ秀逸なセンス、それらは、アリシア・タトルのボーカルのメロディアスな叙情性、そして不協和音やクロマティックスケールを強調したバロン・リンズラー、デシ・スカリオーネの轟音ギター、それから何と言っても、現代の音楽シーンで傑出した演奏力を誇るドラムのクーパー・ラドメイドの素晴らしいリズムセクションのすべてに現れ出ている。

 

楽曲のバランスの良さも際立っている。90年代-00年代のオルタナティヴロックに根ざしたものから、Fountains of Wayneの名曲「Stacy’s Mom」のようなパワーポップ/ジャングルポップの系譜にある甘酸っぱいメロディー、American Footballのような若い年代の象徴的なジレンマなど、幅広さがある。それらにロックソングのヘヴィーさを付加しているのが、Pearl Jamのような重厚なサウンドである。ロック史としては、94年にグランジが死んだと一般的には言われている。だが、他方では、アメリカの音楽シーンでグランジそのものがどこかで生き続けていたことを伺わせる。つまり、ポスト・グランジに該当する音楽は、一般的には脚光を浴びることはなかったものの、ひっそりとアメリカのロックシーンの一端を担い続けていたのである。

 

これらを総合的に網羅し、新たなロックの段階へと導くのが、ロケットのデビューアルバムである。幼馴染で結成されたこのバンドのサウンドは数々の著名なロックバンドのツアーサポートの経験を経て、この上なく洗練され、高い密度を持つロックソングに昇華されることになった。

 

バンド全体が協同して一つの目標に向かうような感じがあるので、非常に好感が持てる部分がある。デビュー・アルバム『R is for Rocket』は、ロケットのメンバーの人生のスナップショットであり、それらは様々な感情を交え、重層的な音楽的な世界を形成している。バンドサウンドとして冗長な側面もあるのだが、それは彼らのジャムやスタジオセッションの記憶を現在へと引き継ぐものである。それらは結局、人物の来歴だとか、バイオグラフィーとも呼ぶべき内容である。多少、初々しい音楽性があるとしても、彼らはそれを容認し、そのままにしている。これがリアルな感覚を持ったロックソングとして、聞き手の心に響く理由なのだろう。

 

 

1.「The Choice」

 

「The Choice」は、テープディレイをかけたボーカルのイントロで始まり、 象徴的に響き渡る。そして、その後、このバンドの精神的な支柱であるクーパーのドラムは圧巻である。ライブハウスのPAを意識したかのようなバスとスネアを強調したドラムが心地よいリズムを刻む。クーパーのドラムはロケットのサウンドの基礎を形成しており、単体で聴いたとしても迫力が満点だ。

 

その後に、ポスト・ロックの系譜にあるミニマルなギターが加わり、そしてルートを意識したベースラインが加わる。バンドアンサンブルとしてはラウドロックだが、ボーカルは驚くほどキャッチーでポップである。これらのメロディアスな音楽性とラウドネスを兼ね備えた対比的なロックソングがロケットの最大の持ち味である。それらは結局、80年代のメロディアスなハードロックの音楽性に近い感覚が含まれている。ポスト・ロック的な構成が際立つが、飽くまでそれは、聴きやすいロックとして解釈されている。時折、実験的なロックの要素を交えながら、この曲はラウドロックへと傾倒していく。楽曲の構成の中でギアを少しずつ上げていき、終盤では、ハードロック/ミクスチャーロックとシューゲイズの中間にある独特なラウド性が登場する。

 

  

2. 「Act Like Your Title」

 

オーバードライブの効いたベースラインは、90年代初頭のシアトル/アバディーンのグランジを彷彿とさせる。「Act Like Your Title」はポスト・グランジに位置づけられるが、特に、フー・ファイターズのようなメロディアスなヘヴィロックの要素や、00年代の西海岸のポップパンクの要素が融合し、聴きやすく乗りやすいロックソングが形作られる。ヘヴィーロックというのは音楽そのものの粗さがひとつの魅力ではあるのだが、彼らはそれらをヒットチャートに沿う内容に洗練させている。特にヴァースからそのままコーラスへ移行する瞬間に注目だ。清涼感に満ちたメロディアスなボーカルが、アンセミックな響きを作り上げるための重要な役割を担っている。特に、彼らの楽曲は、ギターヒーローの姿を復刻させる。曲の中盤のトレモロのギターが素晴らしい。シンプルなロック・バンドの構成から生み出される音楽は、ベタであることを恐れず、渾然一体となったポストロックの音響派の超大な響きを作り出し、曲の最後ではアンサンブル全体が一体となって、アウトロへと向かっていく。新しい時代のスタジアムロックのお手本と呼ぶべき素晴らしい一曲として楽しめるに違いない。

 

 

3.「Crossing Fingers」 

 

続いて、「Crossing Fingers」もハイライト曲の一つ。前曲のオリジナル世代のグランジというより、ポスト時代のフー・ファイターズのサウンドの影響を見出すことが出来る。しかし、同時にそれは模倣的なサウンドとも言いがたい。この曲にオリジナリティを与えているのがタトルのボーカルの叙情的な側面で、それらはメロディアス・ハードロックとエモの中間点に位置づけられる。ロックソングとしても構成の側面でもかなりの工夫が凝らされている。意外性のある休符(ブレイク)を挟みながら、切れ味の鋭いシャープなロックソングに昇華している。協和音の中に内在する不協和音が強調され、それらがボーカリストの内的な感覚を象徴するかのように揺れ動く。こういった曲には、若いロック・バンドらしい魅力を感じ取ることが出来る。コーラスの箇所が終わると、すぐにアウトロのギターのフィードバックでフェードアウトする。このあたりの構成の巧みさもまた、このデビューアルバムの一つの醍醐味である。

 

4.「One Million」

 

このアルバムで最もロサンゼルスらしい気風を反映しているのが、続く「One Million」である。80年代のLAメタルに依拠したイントロのギター、そして伸びやかで大陸的な雄大さ、そして美しい旋律、誰かが忘れ去った西海岸のレガシーを見事に受け継いでいる。イントロはギター・ソロから始まり、現代的な音楽的な常識としては冗長である側面をあえて押し出しているのが素晴らしい。その後、ドラムのロールの演奏を中心として、ロケットの静かなロックソングの構成が組み上げられる。そして前の曲の作風を受け継いで、メロディアスなハードロックを展開させる。そしてこの曲に現代的な感性を付与しているのがやはり、タトルのボーカルである。そのボーカルは、00年代のニューメタルからパンクのサブジャンルに至るまでを網羅しており、そしてその核となる性質を受け継いでいる。これらは結局、フィーファイターズの音楽にも関連性があるが、この曲の場合はよりメロディアスでエモに近い。ラウドなロックソングの向こうに立ち上ってくるドリーム・ポップ風の切ない旋律が、バランスのとれた構成をかたちづくる。これらのラウドーーサイレンスーーラウドを行き来する対比的なサウンドが最大な魅力だ。

 

 

5.「Another Second Chance」 

 

冒頭にFontains fo Wayneの名前を挙げた理由は、続く「Another Second Chance」で明らかになる。この曲はアルバムの中でパワーポップの良曲として楽しめるに違いない。最初に聴いたときは、ウィーザーの「Buddy Holly」の影響が感じられたが、正確に言えば、FOWの「Stacy's Mom」に近いコード進行が特徴である。 例えば、オリヴィア・ロドリゴのようなロックスターも、ウィーザーを若い時代に聴いていたというが、結局、どういったロックファンも、こういった曲を一つの入門編として、どこかの時期に聞いているわけである。ミュージックビデオでは、彼らのロックのヒーローたちが登場し、音楽的なバックグラウンドを伺わせる。ロックソングとしての楽しさを凝縮した内容で、曲の後半ではセンチメンタルな音楽が顕わとなり、心なしか切ない余韻を残している。それらが最終的にカルフォルニアの解放的な気風を反映させている。同楽曲は、ロックソングの普遍的な魅力を見事な形でパッケージしている。

 

 

6.「Pretending」

 

この曲も80年代のLAの産業ロックを彷彿とさせる。それらがグランジと組みわされ、ポスト・グランジの範疇にある音楽が生み出されている。音楽的な形としては、形骸化してはいるものの、曲自体から滲み出るファストファッションのような独自の気風が、魅力的な雰囲気を作り上げている。気軽に楽しめるロックソングを意識して制作しているような感じがある。そして、曲全体からは、バンドとしての楽しい瞬間やツアーの時期の充実した瞬間などを読み取ることが出来る。ただ、オルタナティヴな要素も稀に登場し、オーバードライブのベースソロを浮かび上がらせたり、強烈なノイズを表現したディストーションギター等、ロケットらしさが満載である。曲の後半では、再び、華麗なギターソロが登場する。多くの場合、現代的なロックソングのプロデュースではカットされる箇所も残している。しかし、ロケットの場合、その冗長さが最大の武器である。ある意味では、音楽の合理化の側面に鋭い牙をむく。合理化されたものしかこの世に残らないとしたら、それこそ最大の損失となるだろう。

 

 

7.「Crazy」

 

ロックとメタルの中間に位置づけられるロケットの楽曲は、むしろこのバンドが最初期のグランジのような音楽性を内包させていることの証立てでもある。 ヘヴィーな印象を放つベースやドラムを中心にこの曲は構成されているが、依然として、Alice In Chains、Soundgarden、Pearl Jamを最初に聞いたときのような感動を蘇らせる。暗鬱であるが、どことなくポップに聞こえるという、グランジの核心を、ロケットは見事に捉え、それらを現代に復刻させている。例えば、クリス・コーネルの楽曲を女性ボーカリストが歌ったら、こんな感じの曲になるのかもしれない。近年、ドリーム・ポップなどの台頭を期に、暗鬱なインディーポップソングの流行はまた異なる形へと生まれ変わったが、この曲は、いままで見過ごされていたラウドロックの可能性を再発掘していると思う。マイナー調の楽曲、そこから滲み出てくる抽象的なエモーションを組み合わせて、独特な雰囲気を持つ楽曲に仕上げている。これもまた、USロックの一つの象徴的な形でもあるのだろう。

 

 

8.「Number One Fan」

 

アルバムの中で異色の一曲と言えるのが、「Number One Fan」である。この曲では、ロックバラードの形式を復活させ、アコースティックギターの弾き語りを中心とした、静かに聴かせるための音楽を体現している。 近年流行のアメリカーナとロックの融合を図った曲であるが、ロケットの場合は、それほど他のバンドと似通った曲にならないのが驚きである。彼らのアンサンブルの核心にあるヘヴィネスの要素を失わず、絶妙な均衡を保ったままで、静かに聴かせるバラードを書いている。デビュー・アルバムとしての初々しさと若い感性を、リアルな形で表現している。十年後になると、おそらく、このような曲を書くことは難しいかもしれない。そのときには、まったく別の人間に変わっているからである。この曲は、円熟した感覚とは対象的に、青年期の若々しい感性を見事に体現させている。

 

 

9.「Wide Awake」 

 

ロケットはまた、狂騒的になることを少しも恐れていない。メタリックな印象を持つロックソング「Wide Awake」はその象徴となるはずだ。アルバムの収録曲の中で不安や恐れの領域を赤裸々に吐露するロックナンバーである。他のグランジソングは、Pearl Jam、Soundgarden、Alice In Chainsのオルタナティヴ性を受け継いでいるが、この曲は、明確にゲフィン時代のNirvanaの楽曲を意識している。コバーンのような強烈なスクリームはないものの、旋律的な側面を重視し、アンニュイな雰囲気を持つグランジに仕上げている。考えてみれば、グランジはファションから発生した言葉であるが、 これほど感覚的なロックの形式は、それまで存在しなかった。ロケットは、言語外の音楽的な表現を駆使して、クラシカルなロックを見事に復刻させている。

 

 

10.「R is for Rocket」

 

前の曲で終わらなかったというのが一番重要だ。このタイトル曲はRocketの有望な潜在能力を示している。ライブセッションの中で生み出された一曲と推測され、何度も述べたように、ロックソングの合理化に反発し、冗長な構成から感動的な瞬間を作り上げている。バンドのメンバーの粘り強い胆力、そして、幼い頃からの知り合いという彼らの背景が明瞭に反映されている。 イントロはベースから始まり、その後キャッチーなポップパンク/ハードロックへと移行していく。この曲は、アルバムを通して聞いたとき、かなり強いインパクトを及ぼす。

 

特に、マスロックやポストロックの系譜を受け継いだ、反復的なギターの構成から、混沌とした楽曲構成を経て、最終的には、アメリカン・フットボールの『LP1』のような深遠な音楽的な世界へと直結している。


ただ、それらのオルタナネイトなロックの要素は、ロケットの場合、ラウドロックという形で展開される。繊細さと力強さを兼ね備えた、本作のフィナーレを飾るに相応しい、素晴らしい楽曲である。ギターのフィードバックを最大限に生かした録音、それから単旋律のリフからは、このバンドしか持ち得ない特異な叙情性が立ち上ってくる。

 

最後の最後で超大かつ迫力のある音楽性が出てきた。これこそ、この数年にかけて、スマッシング・パンプキンズを始めとする著名なロック・バンドとのツアーをこなしてきた成果であろう。デビューバンドらしからぬ、圧巻の迫力をぜひ体感してほしい。

 

 

 

90/100 

 

 

 

Best Track-  「Act Like Your Title」

 

 

▪Rocket  『R is for Rocket』は本日、Transgressiveから発売。ストリーミング等はこちらから。


▪️リリース情報:  

ロサンゼルスの四人組ロックバンド、ROCKETがデビューアルバム『R IS FOR ROCKET』を発表   10月3日にリリース

Weekly Music Feature: Automatic

 

 ロサンゼルスから登場した新時代のニューウェーブ・グループ、Automaticは、ローラ・ドンペ(ドラム/ボーカル)、イジー・グラウディーニ(シンセ/ボーカル)、ハレ・サクソン・ゲインズ(ベース/ボーカル)によって2017年に結成された。米国の原初的なガールズバンドでニューウェイブの先駆的なグループ、The Go Go'sの『Beauty And The Beat』に名をあやかっている。当初、DIYシーンに夢中になっていた彼女たちであるが、デビュー後、たちまち同地のクラブサーキットの常連に。そこにはトルバドールを筆頭とする同地のライブ文化が強い力学を及ぼしている。


 デビュー作をリリース後、大きな話題を呼び、Poptone、Surfbortのオープニングアクトに抜擢された。これまでに二作のアルバム『Signal』、『Excess』を Stone Throwからリリースしています。これまで不安や疎外感、企業の貪欲さや環境問題に対する考えをテーマに盛り込んで先進的な楽曲を制作してきた。彼女らのサウンドは、Neu!を始めとするアナログシンセ主体のエレクトログループに触発されているという。バウハウスのドラマー、ケビン・ハスキンスの娘、ローラ・ドンペをメンバーに擁するのは偶然ではなく、好きなものを呼び寄せたということだ。


 オートマティックは特にライブツアーに力を入れている。この三人組のショーはインタラクティヴな魅力がある。視覚的にも刺激的で、熱狂的なファンを獲得している。ライブステージでの個性的なファッションにも注目が集まるのは女性グループならではと言える。IDLES、Tame Impala、Crumb、Parquet Courtsとステージを共有し、プリマヴェーラ・サウンド、デザート・デイズ、ワイド・アウェイクなど著名なフェスティバルに出演してきた。また、米国、英国、ヨーロッパでのヘッドラインツアー、オーストラリアとニュージーランドツアーを経験した。

 

 オートマティックの曲はシステマティックに組み上がっているような印象を覚えると思われるが、意外にもリアルタイムな響きを追求している。ソングライティングがどのように行われるかについてイジーは次のように説明している。「わたしたちはいつも、リハーサルスタジオで一緒になって曲を書いています。自分たちの目標とする雰囲気を思い浮かべ、それに向かっていく。たいていハレがベースラインを書いて、それからジャムを続けて曲が完成していきます」

 

 トリオの一番の魅力はトリオ全員がボーカルを担当するという点にある。歌詞については、イジーが担当している。「思いつきで最初の歌詞を書き、そのあと、変更を加えてたりして、周りのメンバーに歌詞を渡したりします。最初の出発点から遠ざかっていき、そこから徐々に発展していきます」 また、リリックについても音楽自体と呼応するような工夫が凝らされていて、それぞれのボーカリストとしての特性の差異がバンドサウンドの中で巧みに活かされている。

 

 彼女たちはクラウト・ロック、エレクトロニック、ポスト・パンク/シンセパンクといった70年代のニューウェイブサウンドを中心に影響を受けた。その他、ダブやディスコ、それからブライアン・イーノのアンビエントにも触発されている。さらに、映画ファンでもある。ミュージシャンに圧倒的な支持を受けるデヴィット・リンチやダリオ・アルジェントの不穏な映画がその対象に挙がることも。しかし、以上のような、音楽的な蓄積や経験はさておき、何より、オートマティックを唯一無二の存在にしているのが、ロサンゼルスのライブカルチャーであった。

 

 ロサンゼルスのコミュニティが魅力だとイジーと語る。「私達は一緒に演奏したいと思うようなミュージシャンに常日頃から囲まれている」とハレ。しかし、それは良い側面だけの影響ともかぎらない。彼女たちはステージで共演するバンドのいけていない側面を見て、ときどきそれを反面教師にすることもある。「ギター・ソロが多すぎて飽きてくるバンドも中にはいる」とローラが言うと、ハレもそれに同意をせざるを得ない。「私達は、かねてからギターなしで自分達の音楽をやりたいと思っていました。当然のことながら音が最低限にならざるをえないし、クリエイティブなことをしなければいけない。でも、それがプロジェクトの楽しみでもある」

 

 オートマティックは録音作品を切り口として、広い世界へと旅立とうとしている。彼女たちの向かう先には、ライブ活動がある。そこに力を入れていきたいと話している。ハレは「音楽をもっと演奏し、ツアーを楽しみたいと思っています。私達は本当にツアーが好きなんです」といい、ローラもそれに同意している。「私達は、親友たちと演奏するのを楽しみにしています」


 世界が新しく生まれ変わるなかで、オートマティックは、自分自身で人生の主導権を握ることにより、生きがいのような感覚を生み出すことを大切にしている。『Is it Now?』では大胆さと鋭い批評を両立させ、ロサンゼルスのトリオは三作目のフルレングスに軽快なステップで挑む。 変容のメッセージは背景のビートと前のめりなグルーヴで伝えるべきと考え、世界の抑圧の構造を、未知の切迫感で直視するよう促す。本作では、プロデューサーのローレン・ハンフリー(キャメロン・ウィンター、ナイス・アズ・ファック、アークティック・モンキーズ)とタッグを組み、バンド自身が「デビアント・ポップ」と表現する謎めいたサウンドを生み出した。


 イジーは、新作に関して次のように述べている。「日々、いつも最も考えることは、世界が崩壊しているように見え、無力感に苛まれる中で、自分たちがどう喜びを感じ続けるのかということでした。アメリカ市民として、システムを止めるためのレバーを引く責任があると思いました」


「『Is It Now?』は、この環境下で被害者意識に陥らないためのチャレンジです。 たとえ世界中で発生している恐ろしい出来事の中にあろうと、何らかの喜びを感じ続けることが大切なんです」



Automatic 『Is It Now?』- Stone Throw  2025


 

 オートマティックの自称する「Deviant Pop」とは、''逸脱したポップ''のことを指すが、ロスの三人組の三作目のアルバムを聴けば、どのような音楽か理解出来るだろうと思われる。ニューウェイブのポスト世代に属する音楽であり、その中には、ディスコやクラウトロック、エレクトロニック、ダブ、デトロイトの古典的なハウス、ヨットロックなどが盛り込まれているが、明らかにオートマティックは、最新アルバム『Is It Now?』で未来志向の音楽を発現させている。


 彼女たちは、ギターレスの特殊なバンド編成を長所と捉えることで、複合的なリズムとグルーヴをつくりだす。オートマティックは、ジナ・バーチ擁するニューウェイブバンド、The Slitsの再来であり、 彼女たちが生み出すのは内輪向けのパーティソングともいえる。しかし、その内輪向けのポップソングは、同時に今後のミュージックシーンの流行のサウンドを象徴づけている。


 今年のアルバムの中では、かなり鮮烈な印象を放つ。『Is It Now?』はニューウェイブの次の世代となるネオウェイブの台頭が予感される。三者のボーカルが入り乱れる音楽は、どこから何が出てくるかまったくわからない。現代社会への提言を織り込んだ痛撃なアルバムが登場したと言える。

 

 軽いエレクトロ・ポップだと思って聴くと肩透かしを喰らい、また、オートマティックのガールズバンドというイメージを元に聴くと、意外の念に打たれること必須だ。全般的には、ポップソングなので、ソフトな音楽として楽しめることは請け合いである。しかし、痛撃なパンク精神とクラウト・ロックの主題である”ロックの解体”という前衛主義の精神が貫かれている。前衛主義というのは、前に見た何かを反芻することではなく、それを時には否定し、新しい表現形式を確立させるということである。そこには、新しいクリエイターとしての自負が必要となり、少なくとも手垢のついた表現形式のことをアヴァンギャルドと呼ぶことは出来かねる。

 

 オートマティックは音楽の聴きやすさや分かりやすさを維持した上で、本質ではない箇所で、感嘆すべき実験音楽をやってのける。それらはクラウトロックの主なテーマであるビートやリズムの解体、そしてそれらの再構築、あるいは、既存のリズムの革新などが例に挙げられる。”定義化されたものを再定義する”という試みは、Killing Jokeなどが行ったことがある。そして、ロスの三人組の場合、その行き着く先は、''ポピュラーソングという形態の再考''でもある。


 ポップソングというのは、常態化し一般化された時に、先進主義の意義を失い、そのバランス感覚を崩すことになり、軽薄化し、味気ないものになっていく。つまり、新しい何かが出てこなくなるという意味なのだ。しかし、もし、音楽を作る際のクリエイターのマインドの中に、''既存の音楽的な定義や前例に疑問を抱く''という先進的な気風が残されていた場合は、ポピュラーミュージックの常識化した意味が完全に反転する。その瞬間、新しい音楽が出てくる。


 この点を踏まえ、オートマティックは、DIYシーンに夢中になった経験を活かし、ポピュラーソングの構造を刷新するための試みを行っている。また、それこそがニューウェイブの正体である。既存のポピュラーという形態に一石を投じるような意味合いがあるわけなのだ。先日、デヴィッド・バーン氏は新作アルバムをリリースしたが、さすがで、このことがよくわかっていたと思う。

 

 オートマティックの生み出す楽曲は 二律背反から成立している。それらがアルバムの全体的な構造を支えている。ディスコポップのような軽快な音楽と鋭い音楽的な批評精神を並立させ、独立した音楽を定義化する。アルバムの冒頭を飾る「Black Box」は、ディビアント・ポップとはどんなものなのかを知るための好材料となるはずだ。

 

 ザ・スリッツのようなダブの古典的なリズムやアフロビートのリズムを掛け合わせ、NEUのような原始的な電子音楽と並列させる。

 

 デジタルな電子音楽が主流となった現代の音楽シーンの渦中にあり、デュッセルドルフの最初期のテクノに触発されたアナログなモジュラーシンセの音色が主旋律として鳴り響き、ファンファーレのように鳴り響いている。その上でボーカルの録音が入るが、ケイト・ブッシュの時代のポピュラーソングを、茶目っ気たっぷりで少し艶気のある声で再現させるのである。曲にはミラーボールのディスコポップの影響が色濃く反映されていることは言うまでもない。イントローヴァースーコーラスーブリッジを二回繰り返した後、自由な電子音楽の旋律が膨らむ。主旋律の動きの中で、マクロコスモス的な音楽の超大なサウンドスケープが拡張されていく。

 

 「Black Box」

 

 

 

 ニューウェイブの範疇にあり、Wet Legのようなポストパンクサウンドに傾倒した曲が続く。「mq9」は、同様にダブのリズムを活かし、スリットからウェットレッグに至るまでのニューウェイブのスピリットを受け継いでいる。しかし、この曲を独創性溢れる内容にしているのは、スペーシーなシンセがボーカルの合間を変幻自在に飛び交い、スチームパンクやSFのような音楽的感性を随所に織り込んでいるからである。


 シンセサイザーのフレーズの中には、クラフトワークを模した内容も登場するが、それらはイミテーションやオマージュの域を越えて、自由な精神を発露している。結果的には懐古的とも先進的ともいえない独特な音楽が作り上げられる。


 ボーカルの側面では、ロサンゼルスの古典的なパンクバンドからの影響もうかがえるが、あくまでこれらはパンクというフィルター装置を通したポップソングに昇華されている。 これらはDEVOのようなニューウェイブのユニークさとウィットを明瞭に思い起こさせるのである。

 

 たとえば、DEVOはパンクという文脈の中で、電子音楽とポップやロックがどのように生きてくるのかを探求したが、オートマティックも同じようなサウンドに挑んでいる。「Mercury」に見出されるようなサウンドは、 デトロイトで発生した原子的なテクノの魅力をポップソングの中で再現しようという趣旨である。

 

 これらは最終的に、この後の時代において、ヒップホップやユーロビートに取り込まれてしまった印象もある。しかし、いまだに懐古的ではあるものの、近未来的な印象を与える。全般的にはポピュラーソングとダンスミュージックの中間にある音楽的なアプローチの中で、ブレイクビーツをブリッジに取り入れたりと、やはり、リズムの再構成というテーマが見え隠れする。これらが同じようにスペーシーなシンセと融合し、未来的なサウンドが作り出される。それらに旧来の''ディスコポップ''と呼ばれていたアーティストのボーカルを加えることで、適度な軽さと聴きやすさ、そして音楽的な対比性や意外性のポイントを見事なまでに作り出すのである。

 

 現在のインディーズシーンの主流がロックからポップへと移行しつつある傾向は、もうすでに、4週か5週連続でポップバンドをご紹介していることからも理解していただけることだろう。これはあながち偶然とはいえない。カナダのTOPSのようなソフィスティポップも含まれている。


「Lazy」の程よく力の抜けたサウンド、あるいは脱力系のポップソングとも言えるサウンドは、西海岸のチルウェイブやヨットロックの次世代の音楽として、ソフィスティポップが続いていることをはっきりと伺わせる。


 しかし、オートマティックのサウンドは、それらをチラ見したからとはいえ、依然としてニューウェイブのサウンドに根ざしており、 どことなく宇宙的なポップサウンドを思わせる。そしてこの曲を牽引しているのは、ウィスパーボイスではなく、ドラムとベースである。これらの起伏があり変化に富んだリズムは、同じようなフレーズが続いたとしても、それほど飽きさせないものがある。それらは結局、ファンクやR&Bの要素を擁していて、強いハネ感を体験出来る。なおかつまた強固なリズム・セクションから繰り出されるグルーブという、このバンドの持ち味が体感出来る。これらはライブで観衆とのエネルギーの一体感を獲得する可能性が高い。

 

 

 また、Gang of Fourのポストパンクに根ざした楽曲もアルバムの中盤で強いウェイトを占めている。ベースのスラップ奏法を思わせる、Pファンクからの影響は、スリッツのようなガールズグループの影響を交え、新しい世代のニューウェイブへと生まれ変わっている。この曲のベースは卓越していて、『Mothers Milk』の時代のRHCPのフリーの圧倒的な存在感を彷彿とさせる。何よりすごいのは、ベースソロだけで、曲が成立しているということである。これらは、オートマティックの三人が、一流のミュージシャンの演奏技術に匹敵するのだという事実を証し立てている。”カントリーソング”と銘打っておいて、完全なニューウェイブソングなのも面白い。ボーカルのメロディの側面でも、どこかで聴いたことがある音階やフレーズを意図的に散りばめている。閉鎖的な前衛主義とは一定の距離を置き、ハイレベルな実験音楽を出現させる。

 

 

 タイトル曲「Is It Now?」はアルバムのハイライトの一つとなり、聞き逃すことが出来ない。カルフォルニアのパンクの系譜を受け継いで、それらをニューウェイブサウンドで縁取っている。 この曲は、X-Ray SpecsのようなUKニューウェイブをカルフォルニアの感性で捉え、それらをよりパンク寄りにしたようなもの。 リズムは結構複雑であるが、Wireのようなパンクの影響も捉えられる。 それらのパンクサウンドの中で、やはり自由闊達なモジュラーシンセが動き回る。曲の後半の部分では、クラフトワークのようなディッセルドルフの電子音楽も登場する。これらのサウンドは、過去と未来を巡りながら、楽しいガールズバンドの雰囲気を生み出す。

 

 

 

さらに、オートマティックの音楽的なマニア性は、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』のカルフォルニアの伝統的なロックと結びついて、原初的なダブやクラウトロックに傾倒する場合がある。

 

「Don't Wanna Dance」はビーチ・ボーイズの系譜にあるポップソングであるが、強烈で目のくらむようなダブのエフェクトや、CANやホルガー・シューのようなクラウトロックのリズムの解体と再定義というテーマを受け継ぐことにより、アヴァンギャルドなポップソングが確立されている。これらは、サンフランシスコのサイケデリックロックや、西海岸のフラワームーブメントのリバイバルに位置づけられ、それらがローファイを通過して、現代的な感性で捉えられている。

 

 続いて、「Smog Summer」もハイライト曲の一つ。オートマティックのSFやスチームパンク趣味が全開となる。ブンブン唸るイントロのシンセベースは''最高''としかいいようがない。Suicideのアラン・ヴェガを彷彿とさせる分厚いアナログシンセのベースライン、それはデトロイトのIggy Pop &Stoogesを筆頭とする原始的なガレージロックとの合体を意味する。依然としてニューウェイブやクラウトロックの影響が強く、スペーシーなシンセが圧倒的な存在感を放つ。映画「Tron」のようなSFや近未来の世界観を軽快なシンセロックで体現させているとも解釈出来る。 これは、デヴィッド・ボウイがベルリン三部作で確立したポップソングと並行したパラレルワールドである。そこにはやはり、未来のテクノロジーに対する期待感が反映されている。

 

 

  驚きなのは、終盤の三曲である。一般的な作品であれば、そろそろ息切れの感が出てくるが、オートマティックは終盤からエンジンのギアを上げて加速する。本作の序盤から中盤にかけての要約に終始してしまいがちな後半部であるが、未知の音楽的なセンスを見事なまでに発現させる。ここには、オートマティックの三者三様の音楽的な趣味がバランス良く散りばめられている。フルレングスを聴くにつけ、音楽的な世界が、出口にかけて収束したり閉じていくというより、それとは対象的に世界が拡張していくような感覚があるのが最大の長所に挙げられる。


 なおかつ、最後の部分にかけて着想が閉じずに、永遠のように満ち広がっていくような感覚がするのが、秀才と天才を分け隔てる、ひとつの基準である。例えば、「The Prize」は、同じように、スリッツやクラッシュの「London Calling」のようなダブの要素を交えながら、それらを軽妙なポップのエッセンスで包み込んでいる。実験音楽や前衛主義を標榜しつつも、それを一般的に開けた内容にしようという考えは、ロサンゼルスの文化が作り出した最大の遺産であろう。


 ドイツ/ニューヨークのインダストリアルロックやクラウトロックからの影響も強く、ドラム缶のように響くパーカッションのエフェクトも「インダストリアル・ポップ」という、いまだかつて存在しなかった音楽性を成立させるための機能を果たしている。しかし、同時に、オートマティックというバンド名とは対象的に、トリオの音楽は一貫して、スタジオセッションから生み出される。当然のことながら、それはリアルタイムの音楽の性質が一際強い。おのずと、その瞬間にしか生み出されない偶然の音楽の要素をどこかに有しているという次第なのである。

 

 今回は、全般的にリズムの説明に終始してしまったが、オートマチックは、意図的にBPMを上げたり、下げたりしながら、テンポの実験を行っている。また、ゆっくりしたテンポ感は強固なグルーブを発生させ、対象的に性急なテンポは特異な疾走感を発生させることは言うまでもない。これらの絶対的な前衛主義は、表向きの商業音楽のパッケージに覆われていて、さらりと聴いただけでは把握できないと思う。何度も聴くたびに新鮮な音楽的な発見があるアルバムになっている。意図的にBPMを落とし、ゆったりしたテンポの中でファンクとポップを結びつけた「Play Boi」だけは、扇動的な意味合いを持ちつつも、依然としてニューウェイブの本質的な部分を影のように映し出している。また、この曲に見受けられるようなディスコポップからの影響もまた、このアルバムの基底にあるウィットやユーモアの要素を力強く映し出している。

 

 しかし、こういったポップスで今作は終わることがない。いや、あっけなく終わるわけもなかった。クローズ曲「Terminal」は衝撃的なトラックで、彼女たちが単なるポップトリオではなく、鋭い感覚を持ったポストパンクバンドであることを暗示している。 イントロでは、Nirvanaのゲフィン時代の楽曲をシンセで組み直し、その後、ラテン系の言語の歌詞が歌われている。オマージュの意味を逆手にとり、新しい時代のパンクソングを作り上げた功績はあまりにも大きい。


 

 

88/100 



・Album Tracklist: 


 1.Black Box

 2.mq9 

3.Mercury 

4.Lazy 

5.Country Song 

6.Is It Now? 

7.Don’t Wanna Dance 

8.Smog Summer 

9.The Prize 

10.PlayBoi 

11.Terminal

 

 

「Is It Now?」 

 

 


■Automaticのニューアルバム『Is It Now?』はStone Throwから本日発売。ストリーミングはこちらから。 リリース記事はこちらから。




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NEU! デュッセルドルフのクラウト・ロックの先駆者  音楽のイノベーションの変遷


ロサンゼルスを拠点に活動するミュージシャンでビジュアルアーティストのケニー・ベッカーが率いるオルタナティブ・インディー・ロック・ミュージカル・プロジェクト、Goon(グーン)は、フルレングス・リリースに向けてギアをアップするタイミングで、音楽の旅路において素晴らしい一歩を踏み出した。 


現在のラインナップは、Goonの本領を発揮するのに相応しい。 実際、2017年のSXSWで何人かの影響力のある人々の目に留まり、その年の''The FADER Fort''での演奏につながったのは、このラインナップ、太陽の光を浴びたサウンド、そして彼らの遊び心溢れる悪ふざけだった。


しかし、Rolling Stone、Spin、Indie Shuffle、DIY Magからのお墨付きや、NPRの "Artists To Watch "に選ばれたことだけが、彼らにとってやりがいのあることなのではない。 本当に新鮮なのは、彼らの絆がどこかで友情に達していることだ。


「あのとき、私たちは友情の次のレベルに達したんだ」と、ベッカーは認める。 「以前のツアーで、それを感じたときがあった。僕たちはベロツイスターゲームをしていて、かなり長い間、笑いながら、ただ楽しんでいた。 そのドライブ中、いつでも誰かがやめようと決めたかもしれない。 しかし、私たちは皆、純粋にそれに没頭していた。 まるでフレンドシップ2.0のようだった。 彼らはそれを理解しているんだ」


実際、ケニー・ベッカーが周期的に嗅覚と聴覚が鈍くなる病状を改善するために受けた手術の際も、彼のそばにはこのミュージシャンたちと友人たちがついていてくれた。 ベッカーは、そのような症状がない間、自分の人生を最大限に生かす手段として作曲を始めたが、彼はそのプロセスが十分に充実したものであることに気づき、それを世界中の人々が体験しようとしている。


グーンのEP「ハッピー・オーメン」は、2017年秋にリリースされた6曲入りの傑作で、Noisey、Stereogum、BBC Radio 6、さらにはグリズリー・ベアのエド・ドロステからも賞賛を受け、彼はバンドのシングル「She」をSpotifyの2017年のお気に入りプレイリストのトップに置いた。 グーン・ファンに屈託のない日々を信じさせ、人生の平凡さの中でトンネルの先の光を持ち続けさせるのは、この音楽、つまりこの瑞々しく、荒削りで、重層的で、輝くような美しさ。 くすぶるギター、メロディックなフック、打ち込みのリズムが彼らの音楽のコアであり、聴くたびに魅力が増していく。 彼らのサウンドは、苦難と自己発見を通して組み立てられた、最も純粋な形の楽しさがにじみ出ており、人を惹きつけ、時には羨ましくなるような形で現れている。


その後、ベッカーは、さらなるリリースのための十分な素材を準備していた。 そして、さほど驚くべきことではないが、その事実こそ我々全員を誘惑するのだ。グーンのサウンドは本当に変化を経験しており、バンドは、より実験的な音楽を作る一方で、「より翻訳しやすい音楽を作ることに惹かれている」と認めている。 この2つの思考プロセスをうまく使い分けるのは難しいことだが、この印象的な若者たちはそれを見事にやってのけ、完全に魅力的なものにしている。


元々、グーンは2015年にケニー・ベッカーのソロ・プロジェクトとして始まった。 友人の勧めもあって、ベッカーは自身の楽曲のベストをまとめ、2016年のEP『Dusk of Punk』としてリリースした。 彼は大学時代の仲間からバンドメンバーを募り、2枚目のEPをリリースし、同時にバンド初のフルレングスである2019年の『Heaven is Humming』(Partisan Records)に取り組み、その後、パンデミック中期の自宅録音を集めた自主制作盤『Paint By Numbers 1』をリリースした。 


グーンの進化は前作『アワー・オブ・グリーン・イブニング』でひとまず結実した。 今作は、ベッカーの青春時代の夜の郊外の世界を思い起こさせ、コンクリート打ちっぱなしの住宅とカリフォルニアの緑豊かな美しい風景が混在している。 グーンはサウンド・タレント・グループとブッキング契約を結び、バンドは最近、フィリーを拠点とするレコード・レーベル、ボーン・ロサーズと契約し、LAのホライズンスタジオで2025年リリース予定の新作LPの制作に取り掛かった。


リーダーのケニー・ベッカーは、アルバム1枚分の楽曲をスタジオに持ち込んだ。 「このアルバムの制作は興奮して始めた。 曲作りは、決められた台本がなくて、手綱を緩め、一番面白そうなアイデアに従った。 最初は本当に楽しいレコーディングだった。 その後、人生で最も打ちのめされた時期がやってきた」 その後、彼の結婚生活はあっけなく終了したというが、その失意をクリエイティヴに生かして、パワフルなインディーロックアルバム『Dream 3』が誕生した。こうした複雑な背景から生み出された本作はオルタナティヴの本質を随所に持ち合わせている。



Goon 『Dream 3』-  Bone Losers


 

 

USオルタナティヴロックの魅力がどこにあるのかと言えば、それは文化的な背景の混淆性や雑多性にある。単一民族国家の人間から見ると、よりその魅力が鮮明に浮かび上がる。様々な地域の移民がもたらした音楽の雑多性が、他の地域のどのグループにも属さない独自性を発生させる。それはときには、西海岸らしい用語で言えば、サイケデリックーー混沌性ーーをもたらす。

 

Goonは、2015年から活動を継続し、2017年頃からまとまった作品を発表してきた。当初は、大学の友人を中心に結成され、バンド募集という一般的な形でラインナップが整ったという話もある。以前はサイケポップとも称されることもあったGoonの混沌性は、本日発売された『Dream 3』において、シューゲイズ、デスメタル、アメリカーナ/メキシカーナ、グランジ、ゴシック/ニューロマンティックの系譜にあるドリーム・ポップというように、あらゆる可能性を探り、多彩な形を通じて万華鏡のような色彩的で奥行きのある不可思議な世界を構築していく。

 

「1-Being Here」はイントロでアナログ風の逆再生を用い、ビートルズのバロックポップの手法を踏襲している。その後に続くのは、Cocteau Twins、80年代のMy Bloody Valentineのゴシック/ニューロマンティック/ネオ・アコースティックの中間に属する80年代のポップミュージックである。それらが浮遊感のあるアブストラクトなボーカル、そして、サイケデリックな雰囲気を持つ雑多な音楽性が重層的なタペストリーを作り、Goonのサウンドは、夏の入道雲が舞い上がるかのように幻想的な音楽を構築していく。「Being Here」のイントロで作り上げられた逆再生の手法は、不思議なことに、90年代のダンスミュージックのようなグルーヴを生み出す。曲の後半では、強い逆再生をかけたり、ボーカルの輪唱形式で用いられるシンセの旋律が幻想的である。サイケなテイストなのだが、曲全体の構成は理路整然としており、ボーカルは瞑想的である。

 

MBVのサウンドは、UKハードロックの構造から解釈した「トーンクラスター」の手法が用いられ、それらがアナログのリバーブ/ディレイ等で生成されるエフェクト、アンプリフターからの強烈なフィードバックノイズを活用し、音程にフェイザーのようなゆらぎをもたらすという点がきわめて革新的だった。これらはハウス・ミュージックとハードロックの融合を意味していた。また、ギターをシンセサイザーの音響構造に見立て、エフェクトの回路でアナログシンセのような電気信号を発生させたのだった。また、それらのフィードバックノイズが永遠と続き、減退をしない''ドローンの手法''は、Mogwaiのような音響系のバンドに受け継がれていった。

 

「2-Closer to」では、これらの音響的なサウンドを踏まえ、Yo La Tengoが最初期にやっていたローファイのロックの手法を用い、サイケデリックの混沌の渦を作り出す。ボーカルは背景のギターサウンドとユニゾンを描き、人力によってフェイザーの効果を得ている。こういったサウンドを聞くかぎり、何でも工夫次第なのだなあ、と実感する。そして、Hotline TNTのようなグランジ風のディストーション/ファズが背景で暴れまわり、巨人的な音像を構築していくのである。

 

ただ、このアルバムがシューゲイズの復刻であると見るのは早計だ。特に、従来にはなかったグランジやストーナーロックの要素が強まり、アルバムの冒頭のドリームポップやシューゲイズの甘いテイストを持つボーカルと強烈なコントラストを描く。

 

「Patsy's Twin」では、Mevinsの最初期のストーナーのヘヴィロックの手法を用い、アクの強いサウンドを得ている。しかも、ケニー・ベッカーのボーカルはデスメタルに変わることもある。そして現代の女性ボーカルの中では随一のデスヴォイスで、アーチ・エネミーに匹敵する。ブラックメタルに傾倒したかのようなサウンドは奇妙なほど圧倒的である。後半ではラウド性は控えめになり、グランジとドリームポップの中間にあるサウンドが心地よく鳴りわたる。


 

 

Anamanaguchi(アナマナグチ)がニューシングル「Magnet」を、バットマンをテーマにした映像を織り交ぜたミュージックビデオで公開した。映像の中にはメイキングのシーンも挿入されている。このシングルは、8月8日にPolyvinylからリリースされるアルバム『Anyway』に収録される。


「Magnet」のビデオは、新作映画『Nirvana The Band The Show』でSXSWに出演したばかりのジャレッド・ラーブ監督が手がけた。


「"Magnet "は極端な感情を持ったラブソングで、ほとんどダークなロマンスでありながら、至福のうちに制御不能になっていくような感じだ」とバンドは説明する。「このバランスがバットマン・ミュージックの方程式の重要な部分だと、後になって気づいた」


グループは、バットマンの音楽とは何かを定義するためのキーを発表した。どうやらこの曲はコンセプトシングルらしい。アナマナグチが32歳の誕生日を迎えるまで、このプロジェクトは続く。

 

「私たちは、映画の予告編のためにオーケストラ・バージョンとして作り直されるような、古くて大人気の曲にはうんざりしている.....。印象的なフックは、スローダウンされ、リバーブに浸されている。新しいものを作りたいんだ」


バンドは、いつものプロセスから一歩踏み出し、Anywayをそのままテープに録音した。すべてのディテールは、最初に正しくやる必要性から生まれた」と、『Anyway』についてバークマンはプレスリリースで語っている。今回は元に戻すボタンもなければ、別バージョンもない。決断は後ではなく、前に下す必要があった。

 

「Magnet」





ベイエリアのSPDELLLINGがもたらす新しいロックソングのカタチ、R&Bとハードロック/メタルの融合



ベイエリアのエクスペリメンタル・ポップの名手クリスティア・カブラルが名乗るSPELLLINGは、先見の明を持つアーティストとして頭角を現し、ジャンルの境界を押し広げ、豊かな構想に満ちたアルバムと魅惑的なライブ・パフォーマンスで聴衆を魅了している。  


SPELLLINGは、2017年に絶賛されたデビューアルバム『Pantheon of Me』をリリースし、広く知られるようになった。 このアルバムでは、ソングライター、プロデューサー、マルチ・インストゥルメンタリストとしての彼女の天才的な才能があらわとなった。 2019年、カブラルはSacred Bonesと契約し、待望の2ndアルバム『Mazy Fly』をリリースし、彼女の芸術的ヴィジョンをさらに高め、音のパレットを広げた。 


2021年、彼女は画期的なプロジェクト『The Turning Wheel』をリリースし、31人のコラボレート・ミュージシャンによるアンサンブルをフィーチャーしたアルバムをオーケストレーション、セルフ・プロデュースし、アーティストとしてのキャリアを決定づける。このアルバムは満場一致の賞賛を受け、2021年のザ・ニードル・ドロップスの年間アルバム第1位を獲得。  SPELLLINGと彼女のバンド「The Mystery School」は、カブラルの特異なステージプレゼンス、バンドの素晴らしい音楽性、観客との精神的な交感による刺激的なライブパフォーマンスを広く知らしめることになった。


本日、待望の4thアルバム『Portrait of My Heart』が発売される。パーソナルな意味を持つ『Portrait of My Heart』は、SPELLLINGの親密さとの関係を探求、エネルギッシュなアレンジとエモーショナルな生々しさを唯一無二の歌声と融合させ、画期的なかソングライターとしての地位を確固たるものにするラブソングを届けている。 


SPELLLINGが進化を続け、新たな音楽的領域を開拓するにつれ、彼女は生涯一度のアーティストとしての地位を確固たるものにする。リスナーを別世界へと誘う美しいサウンドスケープを創り出す能力と、超越的なライブ・パフォーマンスにより、彼女の熱狂的なファンは後を絶たない。 リリースを重ねるたびに、SPELLLINGは私たちを彼女の世界への魅惑的な旅へと誘い、リスナーの心に忘れがたい足跡を残している。 


クリスティア・カブラルがSPELLLINGとしてリリースした4枚目のアルバムで、ベイエリアのアーティストは、高評価を得ている彼女のアヴァン・ポップ・プロジェクトを鏡のように変化させた。 カブラルが『Portrait of My Heart』で綴った歌詞は、愛、親密さ、不安、疎外感に取り組んでいる。従来の作品の多くに見られた寓話的なアプローチから、人間の心情を指し示すリアリスティックな内容に変化しています。 このアルバムのテーマに対する率直さはアレンジにも反映され、SPELLLINGのアルバムの中で最も鋭く直接的な作品となっている。 


初期のダーク・ミニマリズムから、2021年の『The Turning Wheel』の豪華なオーケストレーションが施されたプログレ・ポップ、それから新しい創造的精神の活力的な表現にいたるまで、カブラルはSPELLLINGが彼女が必要とするものなら何にでもなれることを幾度も証明してきた。推進力のあるドラム・グルーヴと "I don't belong here "のアンセミックなコーラスが印象的なタイトル・トラックは、このアルバムがエモーショナルな直球勝負に転じたことを強烈に体現しています。 メインのメロディが生まれた後、カブラルはこの曲をパフォーマーとしての不安を処理するツールとして使い、タイトでロック志向の構成を選びました。 この変化は、ワイアット・オーヴァーソン(ギター)、パトリック・シェリー(ドラムス)、ジュリオ・ザビエル・チェット(ベース)のコア・バンドによる、エネルギーと即時性を持つ幅広いシフトを反映させ、さらに彼らのコラボレーションがSPELLLINGサウンドの新たな輪郭を明らかにしている。 


クリスティア・カブラルは現在でも単独で作曲やデモを行なっているが、『Portrait of My Heart』の曲をバンドメンバーに披露することで、最終的に生き生きとした有機的な形を発見した。それは彼女の音楽の共有をもとに、一般的なロックソングを制作するという今作のコンセプトに表れ出た。 『The Turning Wheel』のミキシング・エンジニアを務めたドリュー・ヴァンデンバーグ、SZAのコラボレーターとして知られるロブ・バイゼル、イヴ・トゥモアの作品を手掛けたサイムンという3人のプロデューサーとの共同作業に象徴されるように。


主要なゲストの参加は、音楽性をより一層洗練させた。 チャズ・ベア(Toro y Moi)は「Mount Analogue」でSPELLLING名義で初のデュエットを披露、ターンスタイルのギタリスト、パット・マクローリーは「Alibi」のためにカブラルが書いたオリジナルのピアノ・デモを、レコードに収録されているクランチーでリフが効いたバージョンに変え、ズールのブラクストン・マーセラスは「Drain」にドロドロした重厚さを与えた。 各パートはアルバムにシームレスに組み込まれているにとどまらず、アルバムの世界の不可欠な一部のようになった。


多数の貢献者がいたことは事実ですが、結局、『Portrait of My Heart』はカブラル以外の誰のものでもありません。 「アウトサイダーとしての感情、過剰なまでの警戒心、親密な関係に無鉄砲に身を投じても、すぐに冷めてしまう性格など、これまでSPELLLINGとしては決して書きえなかった自分自身の内面について、大胆不敵に解き明そうとした」とカブランは説明している。

 

 

SPELLLING 『Portrait of My Heart』- Sacred Bones


 

 『Portrait Of My Heart』はジャズアルバムのタイトルのようですが、実際は、クリスティア・カブラルのハードロックやメタル、グランジ、プログレッシヴロックなど多彩な音楽趣味を反映させた痛快な作品です。ギター、ベース、ドラムという基本的なバンド編成で彼女は制作に臨んでいますが、レコーディングのボーカルにはアーティスト自身のロックやメタルへの熱狂が内在し、それがロックを始めた頃の十代半ばのミュージシャンのようなパッションを放っている。

 

上手いか下手かは関係なく、本作はシンガーのロックに対する熱狂に溢れ、それがバンド形式による録音、三者のプロデューサーの協力によって完成した。カブラルの熱意はバンド全体に浸透し、他のミュージシャンの心を少年のように変えてしまった。録音としてはカラオケのように聞こえる部分もあるものの、まさしくロックファンが待望する熱狂的な感覚やアーティストのロックスターへの憧れ、そういった感覚が合わさり、聞き応え十分の作品が作り出された。

 

SPELLLINGはシューゲイズのポスト世代のアーティストとして特集されることがあったのですが、最後に収録されている『Sometimes』のカバーを除き、シューゲイズの性質は希薄です。 もっとも、この音楽が全般的には英国のハードロックやエレクトロの派生ジャンルとして始まり、スコットランドのネオアコースティックやアートポップ、ドリームポップやゴシックロックと結びついて台頭したことを度外視すれば……。しかしながら、アーティストのマライア、ホイットニー・ヒューストンのようなR&Bやソウルの系譜に属するきらびやかなポップソングがバンドの多趣味なメタル/ハードロックの要素と結びつき、かなり斬新なサウンドが生み出されています。


また、その中には、ソングライターのグランジに対する愛情が漂うことにお気づきになられるかも知れません、Soundgardenのクリス・コーネルの「Black Hole Sun」を想起させる懐かしく渋いタイプのロックバラードも収録されている。音楽そのものはアンダーグランドの領域に近づく場合もあり、ノイズコアやグランドコアのようなマニアックな要素も織り交ぜられています。しかし、全般的には、ポピュラー/ロックミュージックのディレクションの印象が色濃い。四作目のアルバム『Portrait of My Heart』で、SPELLINGはロックソングの音楽に限界がないことを示し、そして未知なる魅力が残されていることを明らかにします。

 

 

アルバムはポスト世代のグランジに加えて、シューゲイズ/ドリーム・ポップのようなソングライティングと合致したタイトル曲「Portrait of My Heart」で始まります。曲はさほど真新しさはありませんが、宇宙的なサウンド処理がギターロックとボーカルの中に入ると、SF的な雰囲気を持つ近未来のプログレ風のポピュラーソングに昇華されます。また、例えば、ヒップホップで見受けられるドラムのフィルター処理や従来の作品で培ってきたストリングスのアレンジメントを交えて、ミニマルな構成でありながらアグレッシヴで躍動感を持つ素晴らしいロックソングを制作しています。


そして、カブラルは、ソウルミュージックからの影響を反映させつつ、叙情的なボーカルメロディーの流れを形作り、ロックともソウルともつかない独特なトラックを完成させている。オルタネイトなロックソングとしてはマンネリ化しつつある作曲性を彼女持ち前のモダンなソウルやヒップホップからの影響を元にし、新鮮味に溢れる音楽に組み替えている。これは異質なほど音楽の引き出しが多いことを伺わせるとともに、彼女の隠れたレコードコレクターとしての性格をあらわにします。それが最終的に、80年代の質感を持つハードロック/メタル風のポップソングにアウトプットされる。

 

SPELLLINGは、''ジャンル''という言葉が売り手側やプロモーション側の概念ということを思い出させてくれる。それと同時に、アーティストはジャンルを道標に音楽を作るべきではないということを示唆します。


二曲目「Keep It Alive」は、詳しい年代は不明ですが、80年代のMTV時代のポピュラーソングやロックソングを踏襲し、オーケストラのアレンジを通して普遍的な音楽とは何かを探ります。 歌手としての多彩なキャラクターも大きな魅力と言えるでしょう。この曲のイントロでは10代のロックシンガーのような純粋な感覚があったかと思えば、曲の途中からは大人なソウルシンガーの歌唱に変貌していく。曲のセクションごとにボーカリストとしてのキャラクターを変え、曲自体の雰囲気を変化させるというのはシンガーとしての才質に恵まれたといえるでしょう。


カブラルはカメレオンのようにボーカリストとしての性質を変化させ、少なからず驚きを与える。歌手としての音域の広さというのも、音楽全体にバリエーションをもたらしています。さらに音楽的にも注目すべき箇所が多い。例えば、明るい曲調と暗い曲調を揺れ動きながら、内面の感覚を見事にアウトプットしている。SPELLLINGの書くロックソングは遊園地のアトラクションのように飽きさせず、次から次に移ろい代わり、後の展開をほとんど読ませない。そして、聴くごとに意外な感覚に打たれ、音楽に熱中させる要因を形づくる。これはまさに、アーティスト自身がロックソングに夢中になっているからこそ成しうることなのでしょう。そしてさらに、その情熱は、聞き手をシンガーの持つフィールドに呼び入れる奇妙なカリスマ性へと変化していく。

 

序盤では「Alibi」がバンガーの性質が色濃い。アリーナ級のロックソングを現代的なアーティストはどのように処理すべきなのか。そのヒントがこの曲には隠されている気がします。 リズムギターの刻みとなるバッキングに対して、ポップセンスを重視したスタジアム級の一曲を書き上げています。


イントロの後の、Aメロ、Bメロでは、快活で明るいイメージとは対象的にナイーブな感覚を持つ音楽性と対比させ、秀逸なソングライティングの手腕を示しています。この曲ではソロシンガーとしての影響もあってか、バンドアンサンブルの入りのズレがありますが、間のとり方が合わない部分もあえてレコーディングに残されている。音を過剰に修正したりするのではなくて、各楽器のフィルの入り方のズレのような瞬間をあえて録音に残し、ライヴサウンドのような音楽の現実性を重視している。こういった欠点は微笑ましいどころか、音に対する興味を惹きつけることがある。音楽としても面白さが満載です。プログレのスペーシーなシンセが曲の雰囲気を盛り上げる。

 

「Waterfall」は、ホイットニー・ヒューストンの系譜にある古き良きポピュラーソングに傾倒している。簡素なギターロックソングとしても存分に楽しめますが、特にボーカルの音域の広さが凄まじく、コーラスの箇所では3オクターブ程度の音域を披露します。そして、少し古典的に思えるロックソングも、Indigo De Souzaのようなコーラスワーク、それから圧倒的な歌唱力を部分的に披露することで、曲全体に適度なアクセントを付与している。ストレートなロックソングを中心にこのアルバムの音楽は繰り広げられますが、他方、ソウルやポピュラーシンガーとしての資質が傑出しています。ボーカルを一気呵成にレコーディングしている感じなので、これが曲の流れを妨げず、スムーズにしている。つまり、録音が不自然にならない理由なのでしょう。また、曲自体がそれほど傑出していないにもかかわらず、聞きいらせる何かが存在するのです。

 

そんな中、MVにちなんで言うと、カブラルのR&Bシンガーとしての才覚がきらりと光る瞬間がある。SPELLLINGはハスキーで渋いアルトの音域の歌声と、それとは対象的な華やかなソプラノの音域の歌声を同時に歌いこなす天賦の才に恵まれています。


「Destiny Arrives」は、おそらくタイトルが示す通り、デスティニーズ・チャイルドのようなダンサンブルなR&B音楽を踏襲し、それらを現代的なトラックに仕上げています。この曲はバンガー的なロックソング、あるいはバラード調のソウルとしてたのしめるでしょう。ピアノ、ホーン、シンセのアルペジオなどを織り交ぜながら、曲の後半の感動的な瞬間を丹念に作り上げてゆく。もはや使い古されたと思われる作曲の形も活用の仕方を変えると、まったく新しい音楽に生まれ変わる場合がある。そんな事例をカブラン、そしてバンドのメンバーやプロデューサーは示唆しているわけです。


「Ammunition」は、しっとりとしたソウル風のバラードで聞き入らせるものがある。全体的なレコーディングは完璧とは言えないかもしれませんが、音楽的な構成はきわめて優れています。ここでは部分的な転調を交えながら、曲を明るくしたり暗くしたりという色彩的なパレットが敷き詰められている。そして最終的には、アウトロにかけて、この曲は直情的な感覚のメタルやロックソングへと移ろい変わっていく。つまり、この曲にはメタルとソウルという意外な組み合わせを捉えることができます。

 

 

 「Destiny Arrives」

 

 

 

 アルバムの中盤でも聞かせる曲が多い。バンドアンサンブルはR&Bの境界を越え、ファンク・グループとしての性質が強める瞬間がある。例えば、トロイモアとのロマンティックなデュエットが繰り広げられる「Mount Analogue」ではベースがブルースや古典的なファンクのスケールを演奏してスモーキーな音楽を形成している。これらのオーティス・レディングのような古典的なR&Bのスタイルは、SPELLLINGのボーカルが入るや否や、表向きの音楽のキャラクターが驚くほど豹変する。時代に埋もれてしまった女性コーラスグループのような音楽なのか、ないしはモダンソウルの質感を帯び、聞き手を古いとも新しいともいえない独特なフィールドに招き入れる。バックバンドの期待に応えるかのように、カブラルはしっとりした大人の雰囲気のある歌を披露している。さらに、マライア、マドンナ、ヒューストンのような80年代の普遍的なポピュラーを現代に蘇らせています。

 

そういった中で、グランジのニュアンスが登場する場合もある。「Drain」はタイトルはNirvanaのようですが、実際はSoundgardenを彷彿とさせる。ギターのリフもサウンドガーデンに忠実な内容となっています。そして、この曲はクリス・コーネルの哀愁ある雰囲気に満たされていて、バックバンドも見事にそれらのグランジサウンドに貢献しています。これは、カブラルという2020年代の歌手によって新しくアップデートされたポスト・グランジの代名詞のようなトラックと言えるかもしれません。


プロデュースのサウンド処理も前衛的なニュアンスがまれに登場します。音楽の土台はサウンドガーデンの「Black Hole Sun」ですが、曲の後半では、Yves Tumorのようなモダンでアヴァンなエクスペリメンタルポップ/ハイパーポップに変化していく。この曲ではグランジにひそむポップネスという魅力が強調されています。そして、実際的に聴きこませるための説得力が存在する。

 

「Satisfaction」はストーンズ/ディーヴォのタイトルのようですが、実際はヘヴィメタルのテイストが満載です。ギターの大きめの音像を強調し、グラインドコアのようなヘヴィネスを印象付けるが、それほどテンポは過剰なほど早くならない。実際的にはストーナーロックのようにずしりと重く、KYUSSのようなワイルドなロックサウンドを彷彿とさせる。たとえ、それがコスプレに過ぎぬとしても、歌手は直情的なメタルのフレーズの中で圧巻の熱量を示すことに成功している。曲の後半ではメタルのギターリフを起点に、BPMをガンガン早めて、最終的にはグラインド・コアのような響きに変わる。ナパーム・デスのようなスラッシーなディストーションギターが炸裂する。

 

感情的には暗いものから明るいものまで多面的な心情を交えながら、 アルバムは核心となる部分に近づいていく。「Love Ray Eyes」は現代的なロックソングとして見ると、古典的な領域に属しているため、新しい物好きにとっては古いように思えるかもしれません。しかし、不思議と聴きのがせない部分がある。ギターのミュートのバッキングにせよ、シンプルなリズムを刻むドラムにせよ、ボーカリストとの意思疎通がしっかりと取れている気がします。そしてバンドアンサンブルとしてはインスタントであるにしても、穏和な空気感が漂っているのが微笑ましい。ストレートであることを恐れない。この点に、『Portrait of My Heart』の面白さが感じられるかもしれません。また、それは同時に、クリスティア・カブラルの声明代わりでもあるのでしょう。


「Sometimes」はご存知の通り、My Bloody Valentineのカバーソング。シンセやギターの演奏自体が原曲に忠実でありながら、別の曲に生まれ変わっているのが素晴らしい。それはカブラルのポップシンガーとしての才覚が珠玉の名曲を生まれ変わらせたのか。もしくは、シンガーの類い稀な情熱が曲を変容させたのだろうか。いずれにしても、このアルバムを評する際にいちばん大切なのは、アーティストが音楽を心から楽しんでいて、それが受け手にしっかり伝わってくるということでしょう。ロックするというのは何なのかといえば、聞き手の心を揺さぶるほど狂乱しまくること。それが伝播した時に名曲が出てくる。多くのミュージシャンには音楽を心から楽しむということを忘れないでもらいたいですね。

 

 

 

 

86/100

 

 

 

「Alibi」

 

 

 

・SPELLLINGのニューアルバム『Portrait of My Heart』はSacred Bonesから発売中です。アルバムのストリーミングはこちら


*初掲載時にアーティスト名に誤りがございました。正しくはSPELLLINGです。訂正とお詫び申し上げます。

 



Midwest(中西部)というのは、テキサスと並んで、アメリカの中でも最もワイアードな地域ではないかと思う。それは異なる文化や生活スタイルが折り重なる地域だからなのではないだろうか。ワイアードというのは、変わってはいるが、魅力的な面も大いにあるということ。ミッドウェストは、都市的な気風を持ちながらも、田舎性を併せ持ち、独特のコミュニティがおのずと構築される。先日、Cap n’ Jazzのメンバーが「Still Living(まだ生きている!!)」というカットソーのシャツを着て、写真に写っていたのを見たとき、なにか安堵するものがあった。音楽ファンとしては、元気でいるぜと対外的にアピールしてくれることが一番の幸せだからだ。

 

グランジやスロウコアを生み出したシアトル/アバディーンとならび、中西部のシカゴは、Tortoise,Cap N' Jazz,Ministry、スティーヴ・アルビニを輩出したことからも分かる通り、アメリカのアンダーグラウンドミュージックの発信地でありつづけてきた。古くはTouch & Go、現在はPolyvinlの本拠地だ。他でもなく、近年、自分が最も注目してきたのは中西部である。また、その中には、地理的には異なる北部に該当するが、(ボストンや)ペンシルベニアなどのラストベルトの地帯にも注目していた。この地域は、工業地帯で、NINなどインダストリアルな響きを持つ音楽が出てくる。ただ、印象としては、工業的な生産などが下火になるにつれて、トレント・レズナーのような天才は出てこなくなった。そして、アイオワなどのより田舎の地域に音楽のシーンは変遷していった。なぜなら、工業的な音が街から徐々に消えてしまったからである。

 

シカゴのFacsは、志を同じくするシカゴのユニット''Disappears''の後進ともいえるバンドである。彼らの音楽性はアートパンク、もしくはイギリス風に言うなら、ポストパンクに属するが、少なくとも、ボストンやワシントンDCのハードコア、シカゴのポスト世代のパンクを受け継ぐトリオである。ニューヨークをはじめとする、従来のハードコアパンクは激情的であったが、時代を経ると、インテリジェンスの側面を押し出すようになった。語弊はあるかもしれないが、頭脳がおろそかでは、パンクやオルトロックソングは出来ないのである。とくに、Facsは、ミニマリズムと空間を駆使し、アブストラクトでモダンなアートロックを創り出し、ポストパンクとポストロックの交差点に立つダークで推進力のある音楽を奏でる。彼らは、2018年のデビューアルバム『Negative Houses』において、音楽を最も強固なリズムの基盤まで削ぎ落とし、2020年の『Void Moments』と翌年の『Present Tense』では、より実験的でメロディを付け加えた。


Disappearsのベーシスト、デイモン・カルルエスコが自身のビジュアル・アートとエレクトロニック・プロジェクト、Tüthに専念するために脱退し、バンドは2016年後半に結成された。たが、 残されたギタリスト/ヴォーカリストのブライアン・ケース、ギタリストのジョナサン・ヴァン・ヘリック、ドラマーのノア・レガーは一緒に音楽を作り続けたいと考えた。ケースはベースに転向し、プロジェクト名をFacsに改めた。 ウェブオンラインでデモを投稿後、バンドはトラブル・イン・マインドと契約し、2017年6月にシカゴのエレクトリカル・オーディオ・スタジオでジョン・コングルトンとデビュー・アルバム『Negative Houses』をレコーディングした。


2018年3月の『Negative Houses』リリース直前に、ヴァン・ヘリックがFacsを脱退。 その後、ケースはギターに戻り、バンドは旧友である元We Regazziのドラマー、アリアンナ・カラバにベースの後任を頼んだ。セカンド・アルバムを制作するため、Facsはジョン・コングルトンと再会し、ブライアン・ケースのエレクトロニック・プロジェクト”Acteurs”のメンバーであるジェレミー・レモスとも仕事をした。 カラバとレジェのインタープレイに焦点を当て、ケースのメルヘンチックなギターのテクスチャーも加えた『Lifelike』は、2019年3月にリリースされた。 Trouble in Mindから2020年3月にリリースされた『Void Moments』では、バンドのメロディックな側面が顕在化した。 この年末、Facsのメンバーはスタジオに戻り、Electrical Audioのエンジニア、サンフォード・パーカーと一緒に仕事をし、一連の創作のプロセスを通じて自発的なアプローチをとった。続いて、4枚目のアルバム『Present Tense』は2021年5月にリリースされた。




今回、2018年にデビューアルバム『Negative Houses』をリリースする直前にグループから離れたオリジナルメンバー、ジョナサン・ヴァン・ヘリックが、長年のベーシスト、アリアンナ・カラバに代わってカムバックしたことによって、新たな活力と観点がもたらされた。ヴァン・ヘリックが在籍していた頃と、ブライアン・ケースや強力なプレイで知られるドラマー、ノア・レガーとともにDisappearsに在籍していた頃とでは、役割分担が明らかに変わっている。 この役割の逆転は、バンドのダイナミズムを強調し、さらに以前とは異なる音楽的視点を提供し、現在ではトリオの長年のコラボレーションを、ある程度の距離と時間をおいて下支えしている。


ブライアン・ケースは、「Wish Defense」の歌詞はドッペルゲンガーや 「替え玉」をテーマにしていて、自分自身と向き合い、自分の考えや動機を観察するというアイデアに取り組んでいると述べている。テーマは内的な闘いで、自分ともう一人の自分のせめぎ合いでもある。ブライアン・ケースによれば、最終的な感情は次のような内容に尽きるのだという。「......ろくでなしに負けるんじゃない、この瞬間の向こうに何かがある、それは希望のようなものだ」


「Wish Defense」のアートワークは、原点回帰を意味する。これは「Negative Houses」のアートワークへのさりげない言及でもあり、アルバムのモノクロの暗さとミニマリズムに回帰している。本作のチェッカーボードは、ジャケットの前面と中央に印刷された歌詞と鏡のように映し出され、いたるところに自己を映し出している。


『Wish Defense』は二人の著名なエンジニアのリレーによって完成に導かれた。シカゴの代表的なミュージシャン、スティーヴ・アルビニが生前最後にエンジニアを務めた作品である。 スティーブが早すぎる死を遂げる直前の2024年5月初旬、シカゴのエレクトリカル・オーディオ・スタジオで2日間レコーディングされ、その24時間後、著名なエンジニアでデビュー当時からの友人でもあるサンフォード・パーカーがセッションの仕上げに入り、ヴォーカルとオーバーダブの最後の部分をトラッキングした。 

 

スティーヴ・アルビニはご存知のとおり、昨年5月7日に亡くなった。このアルバムは半ば忘れ去られかけたが、ジョン・コングルトンがそのバトンを受け継いだ。長年の共同制作者のコングルトンは、アルビニの遺志を引き継ぎ、エレクトリカル・オーディオのAルームで、テープから外し、セッションに関するアルビニのメモを使い、アルバムをミックスして、このアルバムを完成させた。



FACS 『Wish Defense』/  Trouble In Mind






スティーヴ・アルビニのサウンドは1980年代から一貫しているが、少しずつ変化している。例えば、Big Blackのようなプロジェクトは、ほとんどデモテープのような音質であり、MTRのマルチトラックのようなアナログ形式でレコーディングが行われていたという噂もある。アルビニのギターは、金属的な響きを持ち、まるでヘヴィメタルのようなサウンドのテイストを放っていた。その後、ルイヴィルのSlintのアルバムでは、ギタートラックのダイナミック・レンジを極限まで拡大させ、他のベースやドラムが埋もれるほどのミキシング/マスタリングを施した。また、ベースに激しいオーバードライヴを掛けるのも大きな特徴なのではないか。

 

こういったアンバランスなサウンドスタイルが俗に言う「Albini Sound」の基礎を形成したのだ。その後、アルビニは、Nirvanaの遺作『In Utero』で世界的なプロデューサー(生前のアルビニは、プロデューサーという言葉を嫌い、エンジニアという言葉を好んだ。「自分は業界人ではなく、専門的な技術者」という、彼なりの自負であろうと思われる)として知られるようになった。この90年代のレコーディングでは、ギターの圧倒的な存在感は維持されていたが、デイヴ・グロールのドラムも同じくらいの迫力を呈していた。90年代に入り、楽器ごとの音圧のバランスを重視するようになったが、依然として「ロックソングの重力」が強調されていた。アルビニのサウンドは、聴いていると、グイーンと下方に引っ張られるような感覚がある。以後、アルビニは、ロバート・プラントの作品を手掛けたりするうち、シカゴの大御所から世界的なエンジニアとして知られるようになった。最近では、アルビニは、MONOのアルバムも手掛けているが、ポストパンクというジャンルに注目していただろうと推測される。まだ存命していれば、この後、イギリスのポストパンクバンドの作品も手掛けていたかもしれない。

 

シカゴのFacsのアルバムは、 アルビニのお膝元である同地のエレクトリカル・オーディオ・スタジオで録音されたというが、奇妙な緊張感に充ちている。何かしら、真夜中のスタジオで生み出されたかのようで、人が寝静まった時間帯に人知れずレコーディングされたような作品である。トリオというシンプルな編成であるからか、ここには遠慮会釈はないし、そして独特の緊張感に満ちている。Facsはおそらく馴れ合いのために録音したのではなく、プロの仕事をやるためにこのアルバムを録音し、作品として残す必要があったのである。まるでこのアルバムがアルビニの生前最後の作品となるものとあらかじめ予測していたかのように、ケースを中心とするトリオはスタジオに入り、たった二日間で7曲をレコーディングした。これは驚愕である。『Wish Defense』は、80年代のTouch & Goの最初期のカタログのようなアンダーグラウンド性とアヴァンギャルドな感覚に充ちている。どれにも似ていないし、まったく孤絶している。

 

 

『Wish Defense』は、シンプルに言えば、イギリスの現行のポストパンクの文脈に近い。例えば、今週、奇しくもリリース日が重なったブリストルのSquid、ないしは、Idlesのデビュー当時のようなサウンドである。また、カナダのインディーロックバンド、Colaを思い浮かべる方もいるかもしれないし、日本のNumber Girlのセカンドアルバム『Sappukei』を連想する人もいるかもしれない。いくらでも事例を挙げることは出来るが、Facsは誰かのフォロワーにはならずに、オリジナルサウンドを徹底して貫いている。なぜなら、かれらの音楽は、中西部の奥深い場所から出てきたスピリットのようなものであり、上記のバンドに似ているようでいて、どれにも似ていないのである。もちろんサウンドの側面で意図するところも異なる。先にも述べたように、まるで四人目のメンバーにスティーヴ・アルビニが控えているかのようで、しかも、いくつかの曲のボーカルでは、アルビニ風の「Ha!」という特異なシャウトも取り入れられている。

 

そして、今回のアルビニ/コングルトンのサウンドは、ミックスの面でバランスが取れている。どの楽器が主役とも言えず、まさにトリオの演奏全体が主役となっていて、ボーカル、ギター、ベース、ドラムというシンプルな編成があるがゆえ、一触即発の雰囲気に満ちている。たとえば、オープナー「Taking Haunted」は、アルビニのShellac、ヨウのJesus Lizardに近く、グランジ・サウンドがベースラインを中心に構築される。ダークであり、90年代のアリス・イン・チェインズのような重力があるが、これらにモダンな要素をもたらすのが、ギターのピックアップの反響を増幅させ、倍音の帯域のダイナミクスを増強させたサウンドである。アトモスフェリックなギター、タムを中心とする音の配置を重視したタイトなドラム、それから、ケースのスポークンワードに近いボーカルが幾重にも折り重なっていく。ボーカルは重苦しく、閉塞感があり、ダークだが、その中にアルビニの最初期のボーカルからの影響も捉えられる。ニヒリズムを濃縮させたようなブライアン・ケースのボーカル、これは現実主義者が見た冷ややかなリアリズムであり、彼は決して目の前にある真実をごまかしたりしない。これらのストイックな風味を持つサウンドは、アルバムの序盤の独特な緊迫感にはっきりと乗り移っている。

 

2曲目の「Ordinary Voice」は画期的である。モグワイの最新作では惜しくも示しきれなかったポストロック/マスロックの新機軸を提示する。Big Blackの音楽性を彷彿とさせるメタリックなギターは、Dave Fridmann(デイヴ・フリッドマン)のマスタリングをはっきりと思い起こさせる。テープサチュレーターのような装置で最初の音源を濾過したようなサウンドで、ギターのフィードバックを強調させながら、アトモスフェリックなサウンドを組み上げていく。ざっくりとしたハイハットの4カウントが入ると、Facsのライブを間近で聴いているような気分になる。アトモスフェリックなギター、基音と対旋律を意識したベース、そして、和音的な影響を及ぼすドラム(ドラムは、リズムだけの楽器ではなく、和音や旋律の側面でも大きな影響をもたらす場合がある)そして、スロウテンポのタムが、これらのサウンドをぐるぐる掻き回していくような感じである。その中で、マイナー調のギターの分散和音が登場し、この曲のイメージをはっきりと決定づける。まさしくこの瞬間、オルタナティヴの音楽の魅力が真価をあらわすという感じなのである。そのあと、ドラムスティックでカウントを取り、曲はスムーズに転がっていく。ここにも、ケースのボーカリストとしてのニヒリスティックな性質が滲んでいる。そして、それは最終的に、バンドサウンドのタイトさと相まって、クールな印象をもたらす。

 

 

 「Ordinary Voice」

 

 

 

その後、このアルバムの音楽の世界は、シカゴの最深部に向かうのではなく、シアトルのアバディーンに少し寄り道をする。三曲目の「Wish Defense」では、例えば、Jesus Lizard、Melvins、それよりも古い、Green River、Mother Love Boneといったハードロックやメタルの範疇にある最初期のグランジを踏襲して、ベースを中心に構成が組み上げられていく。この曲では、例えば、デイヴィッド・ヨウのような90年代のメタリックなシャウトは登場しないが、楽節の反復ごとに休符を強調させる間の取れたミニマリズムの構成の中に、一貫して怜悧で透徹したブライアンのスポークンワードがきらめく。それは、暗闇の中に走る雷の閃光のようなものである。


そして、同じフレーズを繰り返しながら、バンドサウンドとしての熱狂的なポイントがどこかを探ろうとする。結果的には、昨年の秋頃、当サイトのインタビューバンドとして紹介したベルリンのバンド、Lawns(Gang of Fourのドラマー、トビアス・ハンブルが所属している)に近いサウンドが組み上げられていく。これらは、アルビニ/コングルトンという黄金コンビのエンジニアリングによって、聴いているだけで惚れ惚れしてしまうような艶やかな録音が作り上げられている。デイヴ・グロールのドラムのオマージュも登場し、バス、タムの交互の連打という、Nirvanaの曲などでお馴染みのドラムのプレイにより、曲のエナジーを少しずつ引き上げていく。少なくとも、このバンドの司令塔はドラムであり、アンサンブルを巧みに統率している。



アルバムの多くの曲は、似通った音楽のディレクションが取り入れられている。また、FACSのメンバーにせよ、録音の仕上げに取り組んだエンジニアにせよ、楽曲自体のバリエーションを最重視しているわけではないと思う。ところが、同じタイプの曲が続いたとしても、飽きさせないのが不思議である。そして、最も大切なのは、バンドのメンバーの熱量がレコーディングに乗り移っているということ。「A Room」では、Fugaziのようなサウンドをモチーフにし、ポストロックの曲が組み上げられる。しかし、Fugaziやその前身であるOne Last Wish、Rites Of Springに近いテイストがある一方、ギターのアルペジオにはミッドウェスト・エモや、それ以前のオリジナル・エモの影響が感じられる。従来のセンチメンタルな感覚ではなく、それとは対極的なNINのようなダークなフィーリングによってエモーショナルな質感が生みだされる。さらにバンドサウンド全般は、Sonic Youthの最初期のようにアヴァンギャルドということで、アメリカの多角的な文化的な背景や音楽観が無数にうごめくような一曲となっている。まさに、ワシントンDC、シカゴ、ニューヨークの従来のミュージックシーンが折り重なったような瞬間だ。

 

アルバムの序盤では、表向きには、不協和音、ミュージック・セリエル、ミュージック・コンクレートの要素がことさら強調されることはない。ただ、不協和音や歪みが強調されるのが、続く「Desire Path」となる。これはまた、Number Girl(向井秀徳/田淵ひさこのサウンド)を彷彿とさせる。あいかわらず、曲調そのものは、ダークで重苦しさに充ちているが、ある意味では、これこそが”オルタナティヴ・ロックの本質”を示唆している。イントロの後、ギターの波形を反復させながら、そこに、フェーザー、ディレイ、リバーブをかけ、グルーヴを作り出す。曲全体のイメージとしては、アブストラクトなアートパンクに変わるが、情報量の多いサウンドをまとめているのが、ドラムのリムショットを強調させたしなやかなビート。これらは、ドラムのダイナミックレンジを強調させ、ドラムの圧倒的な存在感を引き出し、ライヴサウンドに近づけるという、スティーヴ・アルビニの特徴的なサウンドワークを楽しむことが出来ると思う。

 

こういった曲が続けば、このアルバムは佳作の水準に留まったかもしれない。しかし、それだけでは終わらないのがすごい。その点がおそらく、今後の評価を二分させる要因ともなりえるかもしれない。「Sometimes Only」は、アンダーグランドのレベルの話ではあるが、オルタナティヴの稀代の名曲だ。本作の二曲目に収録されている「Ordinary Voice」と並んで、2020年代のオルタナティヴロック/ポストロックのシンボリックな楽曲となるかもしれない。2000年代以降は、オルタナティヴという言葉が宣伝のキャッチコピーみたいに安売りされるようになってしまい、結局、明らかにそうではない音楽まで”オルタナティヴ”と呼ばれることが多くなった。


断っておくと、このジャンルは、ミーハーな気分で出来るものではないらしいということである。どちらかといえば、求道者のような資質が必要であり、本来は気楽に出来るようなものではない。なぜなら、王道ができないのにもかかわらず、亜流が出来るなんてことはありえない。曲の土台を支えるのは、アルビニの系譜にあるニヒリスティックなボーカル、ハードコアパンクの派生ジャンルとして登場したエモである。曲の最後の仕上げには、Don Caballeroが使用したアナログ機器によりBPMを著しく変速させる本物のドリルが登場する。まさしく、シカゴ出身のバンドにしかなしえない偉業の一つ。この曲は、ミッドウェストらしい気風を感じさせる。

 

「Albini Sound」の不協和音の要素である「調和というポイントから遠ざかる」というのは、西洋美学の基礎である対比の概念に根ざしていて、調和がどこかに存在するからこそ、不調和が併存するということである。ここにあるのは、単なる音の寄せ集めのようなものではなく、ユング的な主題を通して繰り広げられる実存の探求である。そして、調和がどこかに存在しつつも、不協和音が力強く鳴り響くという側面では、''現代のアメリカ''という国家の様相を読み解くことも出来る。それは、中西部からの叫びのようなもので、苛烈なディストーションギターの不協和音が本作のエンディングに用意されている。そして、その”本物の音”に接した時、一般的な報道では見ることの叶わない中西部の実像のようなもの、そして、そこにリアルな感覚を持って力強く生きぬく市井の人々の姿が、音楽の向こうからぼんやりと浮かび上がってくるのだ。

 

 

 

94/100