元々、グーンは2015年にケニー・ベッカーのソロ・プロジェクトとして始まった。 友人の勧めもあって、ベッカーは自身の楽曲のベストをまとめ、2016年のEP『Dusk of Punk』としてリリースした。 彼は大学時代の仲間からバンドメンバーを募り、2枚目のEPをリリースし、同時にバンド初のフルレングスである2019年の『Heaven is Humming』(Partisan Records)に取り組み、その後、パンデミック中期の自宅録音を集めた自主制作盤『Paint By Numbers 1』をリリースした。
「2-Closer to」では、これらの音響的なサウンドを踏まえ、Yo La Tengoが最初期にやっていたローファイのロックの手法を用い、サイケデリックの混沌の渦を作り出す。ボーカルは背景のギターサウンドとユニゾンを描き、人力によってフェイザーの効果を得ている。こういったサウンドを聞くかぎり、何でも工夫次第なのだなあ、と実感する。そして、Hotline TNTのようなグランジ風のディストーション/ファズが背景で暴れまわり、巨人的な音像を構築していくのである。
この時点で『Dream 3』が一般的なアルトポップアルバムではないということは勘の鋭い方であればお気づきになられるだろう。前の曲で仄めかされたAlice In Chainsのようなグランジに含まれるポップネスの要素が暗鬱的なゴシックの感性と組み合わされ、独特なセンスを作り出す。それらが旧来のGoonのサイケデリアと結びついて、新しい摩訶不思議な音楽が生み出されている。
Stereogumが指摘している通り、ペタルスティールが取り入れられ、アメリカーナのようなインディーフォークの要素が幻想的なアートポップと組み合わされることもある。続く、「For Cutting The Grass」は、ドリームポップがアメリカーナの一環のフォークミュージックと合体し、民族音楽的な効果を生み出す。そして、幻想的な雰囲気を持つ魅惑的な音楽が目眩く様に繰り広げられる。これらは、どちらかと言えば、アステカ文化に近い太陽神への礼賛を意味し、それにまつわる幻想詩であるように思える。つまり、原初的なネイティヴ・アメリカンの神秘主義の源泉を思わせるところがある。近代以降のアメリカではなく、原初的なアメリカの民族音楽の源に近づいていく。だから、どことなく瞑想的であり、現代的ではなく、中世的に聞こえる。この曲はおのずとNIRVANAに強い影響を及ぼしたMeat Puppetsの幻想性に傾倒していく。
同じように、「In The Early Autumn」はアメリカのフォーク・ミュージックの源泉を捉え、それらをビートルズやギルバート・オサリバンのような北欧に近い民族音楽と結びつける。この曲でも、神話的な文学性が季節感と掛け合わさり、独特な黄昏のポップサウンドを作り出す。それらに強い個性をもたらしているのが、ローファイに属する荒削りなガレージサウンドである。
アルバムの後半では、Widowspeak、Tigersjawのような息の取れたアルトロックサウンドを聞くことができる。同時に、融和的なハーモニーが際立つ。そして「This Morning Six Rabbits Were Born」では、童話的な趣向を持つアルトロックを作り出す。曲数が多いので、アルバムの後半部でトーンダウンするかといえばそうではない。この曲は、同じようなアートポップやドリームポップ志向のニッチなサウンドに縁取られているが、その中には奇妙な格式高い旋律線が美麗な印象を作り出す。そして、楽曲全般としても弱々しくならず、力強い印象を持つ。
前半から中盤にかけて良曲という面では事欠かないが、このアルバムの音楽性が本当に面白くなるのが終盤部分、とりわけ10曲目以降だろう。その中には、先にも述べたように、グランジからの影響が顕著になる。Alice In Chains、Pearl Jam、Soundgardenのような90年代の偉大なバンドは画一性ではなく、文化的な雑多性を武器にし、オリジナルの音楽を構築していった。その点を考えると、Goonは音楽性こそ違えど、それらのUSオルタナティヴの巨人たちの列に居並ぶ。
イギリスのポストパンクバンド、OSEESは、In the Redから8月18日にリリースされる予定の新作『Intercepted Message』を発表しました。バンドの『Live At Levitation』(2012年)のリリースに合わせた本日の発表には、アルバムのタイトル・トラックが収録されています。以下、そのビデオをチェックしてみてください。
1.My Friends
2.Antibiotics
3.Bucktooth
4.I’m Not
5.It’s It’s It’s
6.No Way
7.Scum
8.At the End
9.Goon
10.Waltz in Ab Minor
11.It’s Easy for Me
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21.Richard Dawson 『End of the Middle』- Domino
Richard Dawson(リチャード・ドーソン)はニューカッスルのミュージシャンで、まさしくいぶし銀とも言えるミュージシャン。アヴァンギャルドなフォーク・ミュージックを制作しつつも、決して難解な音楽ではなく、どことなく親しみやすさがある。
リチャード・ドーソンのアコースティックギターは、ジム・オルークや彼のプロジェクトの出発であるGastr Del Solに近い。しかし、単なるアヴァンフォークなのかといえばそうとも言いがたい。彼の音楽にはセリエリズムは登場せず、明確な構成と和音の進行をもとに作られる。しかし、彼の演奏に前衛的な響きを感じる。ドーソンの音楽はカウンターに属し、ニューヨークパンクの源流に近く、The Fugsのようなアート志向のフォーク音楽の原点に近い。それは、以降のパティ・スミスのような詩的な感覚と現実感に満ちている。 彼の作品にひとたび触れれば、音楽という媒体が単なる絵空事とは言えないことが何となく理解してもらえるでしょう。
かしこまりすぎず、開けたような感覚、それがMamalarkyの一番の魅力である。これは、1960~70年代のヒッピームーブメントやフラワームーブメントのリバイバルのようでもある。ロックソングとしては抽象的。ソウルとしては軽やか。そして、チェルウェイブやローファイとしては本格的だ……。ある意味では、ママラーキーは、これまでにありそうでなかった音楽に、アルバム全体を介して挑戦している。新しいカルチャーを生み出そうという、ママラーキーの独自の精神を読み取ることが出来る。これらは、異なる地域から集まった秀逸なミュージシャンたちのインスタントな音楽の結晶とも言える。バンドサウンドと合わせて、ソロシンガーとしての個性を押し出したネオソウルのバラードソング「Nothing
Last Forever」もある。
また、ドリルの音楽に加えて、シネマティックなSEの効果が追加され、それらが持ち前の巧みなスポークンワードと融合している。ミュージシャンとしての覚悟を示唆したような「I Stand In The Line」は強烈な印象を放つ。ジェンダーのテーマを織り交ぜながら強固な自己意識をもとにしたリリックをテンペストは同じように強烈に繰り出す。テンペストのラップは、アルバムの冒頭を聞くと分かる通り、余興やお遊びではない。自己の存在と周りの世界との激しい軋轢を歌う。
この曲では、ハリウッドのアクション映画等で用いられるSEの効果がダイナミックなパーカッションのような働きをなす。シネマティックでハードボイルドなイメージを持つヒップホップという側面では、ケンドリック・ラマーの『GNX』と地続きにあるようなサウンドと言えるかもしれない。ドリルの系譜にある「Statue In The Square」でも同じような作風が維持され、エレクトリック・ピアノでリズムを縁取り、独特な緊張感を持つサウンドを構築する。同じようにテンペストの繰り出すスポークンワードもそれに呼応するかのような緊迫感を持つニュアンスを持つ。追記としては、未来を感じさせるヒップホップが収録されており、現在の他のアーティストとは一線を画している。このあたりは、やはりロンドンのハイセンスな音楽性といえるだろう。
グーンの進化は前作『Hour of Green Evening』でひとまず結実した。 今作は、ベッカーの青春時代の夜の郊外の世界を思い起こさせ、コンクリート打ちっぱなしの住宅とカリフォルニアの緑豊かな美しい風景が混在している。グーンはサウンド・タレント・グループとブッキング契約を結び、バンドは最近、フィリーを拠点とするレコード・レーベル、ボーン・ロサーズと契約し、LAのホライズンスタジオで2025年リリース予定の新作アルバムの制作に取り掛かった。
Tommy WÁの人生観は、様々な価値観が錯綜する現代社会とは対象的に、シンプルに人の生き様に焦点が当てられている。個人が成長し、友人や家族を作り、そして、老いて死んでいく。そして、それらを本質的に縁取るものは一体なんなのだろう。この本質的な事実から目を背けさせるため、あまりに多くの物事が実相を曇らせている。そして、もちろん、自己という観点からしばし離れてみて、トミーが言うように、大きな家族という視点から物事を見れば、その実相はもっとよくはっきりと見えてくるかもしれない。家族という考えを持てば、戦争はおろか侵略など起きようはずもない。なぜなら、それらはすべて同じ源から発生しているからである。
このミニアルバムは、音楽的な天才性に恵まれた詩人がガーナから登場したことを印象づける。「God Loves When You're Dancing」は、大きな地球的な視点から人間社会を見つめている。どのような階級の人も喜ばしく踊ることこそ、大いなる存在が望むことだろう。それはもちろん、どのような小さな存在も軽視されるべきではなく、すべての存在が平らなのである。そのことを象徴するかのように、圧巻のエンディングを成している。音楽的には、ボブ・ディラン、トム・ウェイツ、ジプシー・キングスの作風を想起させ、ミュージカルのように楽しく動きのある音楽に支えられている。ボーカルは全体的に淡々としているが、愛に包まれている。すごく好きな曲だ。もちろん、彼の音楽が時代を超えた普遍性を持つことは言うまでもない。こういった素晴らしいシンガーソングライターが発掘されたことに大きな感動を覚えた。
ただ、これらの反商業主義的な音楽は、ロンドンというより、かつてのサンフランシスコのサイケデリックバンドや、 The Residentsのようなあほらしさがある。アホらしさというのは語弊があるかもしれないが、少なくとも現実に真っ向から挑んだら、ひとたまりもない。時に愚かである(愚かなふりをする)ことは、現実と折り合いをつけるために必要でもある。もし、シリアスな世の中を生きていく上で、愚かさという側面をなくせば、どこかで破綻をきたす。そういった考え方をすると、全く上を目指さず、下も目指さず、ましてや、どこも目指すことがなく、一般的な価値観とは全く別次元の考えを示してくれているのが、Oseesの素晴らしさなのだろう。
Oseesがスチーム・パンクから何かしらのヒントを得てたとしても驚きはない。1970年代のニューウェイブのパンクバンドはX Ray Specsを筆頭に、カートゥーン・パンクだとか、スチーム・パンクといったサブカルチャーの側面に脚光を当てていたのだったが、Oseesのサウンドも同様ではないか。それは、例えば、ニューヨークのNo WaveやProto Punkを形成するコアなパンクサウンドと密接に結びついている。それでも、例えば、D.N.Aほどにはアヴァンギャルドではないだろう。どちらかというなら、聴きやすさのあるチープなシンセ・パンク・サウンドが最新作の核心を形成している。
他にも、反商業主義的なポスト・パンクの快楽の真骨頂は、「The Fish Needs a Bike」にも見られ、ここではダンサンブルなコーラスを通じてカオティックな展開力を見せる。The Piratesのようなパブ・ロックに比する渋さ、そして、実際のパブでの馬鹿騒ぎを余さずロックサウンドの中に織り交ぜて、フットボール・チームのアンセムのような一体感を部分的に生み出している。