Pissed Jeans 『Half Divorced』
Label: Sub Pop
Release: 2024/03/04
アメリカでは、たまに忘れた頃に魅力的なパンク・クルーが登場する。Pissed Jeansはペンシルバニアのハードコアバンドで、結成から20年のキャリアを誇る。今までこのバンドの存在を知らなかったが、実際の音源に触れれば、少なくとも、その活動期間は空虚なものではなかったと理解出来る。
パンクには、グループの音楽に内包されるアティテュードや、社会情勢に対してずばり物申すことが不可欠な要素なのだ。もし、それが的を射たものであればあるほど、実際にアウトプットされる音楽にも説得力が籠もるだろうし、より多くのファンを獲得することも出来る。つまり、パンクは、音楽そのものが尖っていれば良いというものでもない。少なくともルーザーから資産家の全方位にむけ、タブー視されていることや、一般的には言いにくいことを、ハードなサウンドに乗せてMCのように痛快にまくしたてる必要がある。かつてはそういったご意見番は、NOFXやGreen Dayといったパンクバンドが担っていたが、そろそろ次の世代が出てこないと、彼らもいよいよ「若い連中は何をやっているのか?」と嘆かわしく思いはじめることだろう。
例えば、政治的な揶揄、社会情勢や人生の成功者にたいして「ノー」を突きつけることは、彼らの実際の人生から生じている。バンドが直面した人生の辛酸や皮肉などを中心に、辛辣なハードコアパンク、カオティックハードコアとして昇華される。そこには、世間のいう幸福から遠ざかったことにより、赤裸々なパンクを制作することに躊躇がなくなった見る事もできる。人間誰しも、守るものがあったり、優遇される立場に置かれていると、人生の本質を見失い、そして、表現そのものに遠慮が出てくる。社会的な地位があればなおさら。みずからの発言や表現性により、誰がどんな表情をするのかをあらかじめ予期し、彼らのご機嫌取りしようとばかりに、お体裁の良い言葉や、彼らの気に入るであろう見目好い言葉を矢継ぎ早に投げかけるのだ。
そういった虚偽を覆うために奇妙な肩書があり、仰々しい名の元に構成された団体や機構、グループがある。だが、それらは実際、何の役にも立たず、誰も幸福にしない。そもそも、こういった虚偽の元に構成された奇妙な構造を持つ社会が少数の幸福者の下に無数の不幸者を生み出してきた。
どのような国家の議会でも聞かれるような言葉。その言葉は確かに配慮に富み、耳障りが良いかもしれないが、その実、そういった嘘くさい言葉は、何も現状を変えることもなければ、大多数の人々を癒やしたり、ましてや救うことなどありえない。なぜなら、それらは成功者、あるいは資本家を喜ばすことしかできず、一般大衆を喜ばすことなど到底なしえないからである。
Pissed Jeansが、そもそも他の一般的な人々よりも不真面目であり、真っ当な人生を歩んで来なかった、などと誰が明言出来るだろうのか。少なくとも、彼らのハードコアパンクは不器用なまでに直情的で、フェイクや嘘偽りのないものであるということは事実である。オープニングを飾る「Killing All The Wrong People」は、タイトルはデッド・ケネディーズのように不穏であり、過激であるが、その実、彼らが真面目に生きてきたのにも関わらず、相応の対価や報酬(それは何も金銭的なものだけではない)が得られなかったことへの憤怒である。その無惨な感覚を元にした怒りの矛先は、明らかに現在の歪んだ資本構造を生み出した資本家、暴利を貪る市場を牛耳る者ども、また、そういった社会構造を生み出した私欲にまみれた悪党どもに向けられる。それはパンクの餞であり、彼らなりのウィットに富んだブラック・ジョークなのだ。
実際の音楽はカオティック・ハードコアの屈強なスタイルを選んでいるが、これらの曲の中でたえず強調される不協和音は、四人が感じ取る現代社会の悲鳴であり、その中にまみれている不幸者の言葉にならぬ激しい呻きである。これらが長い経験から発生する激烈なカオティック・ハードコアという形で組み上げられていき、PJのサウンドを作り上げていくのだ。その中には、カルフォルニア・パンクの始祖であるBlack Flagのヘンリー・ロリンズのような慟哭もある。
バンドのパンクサウンドバリエーションがあり、単調なものに陥ることはほとんどない。オープニングのカオティックハードコアで盛大にぶちかました後、2曲目「Anti-Sapio」ではメロディック・パンクへと舵を取る。彼らのサウンドの下地にあるのは、複数のメディアが指摘しているように、ワシントン、ボストン、あるいは、ニューヨークの80年代から90年代にかけてのオールドスクール・ハードコアである。彼らのサウンドは、バッド・ブレインズ、バッド・レリジョン、あるいは、ニューヨークのゴリラ・ビスケッツのような象徴的なバンドの系譜に位置する。シンガロング性の高いフレーズを設けるのは、ポップ・パンクに傾倒しているがゆえ。それは以後のドロップキック・マーフィーズやフロッギン・モリーのようなパブ・ロックをメロディックパンクやケルト音楽から再解釈したサウンドを咀嚼しているからなのだろう。Pissed Jeansのサウンドには風圧があり、そして、それが怒涛の嵐のように過ぎ去っていく。
3曲目「Helicopter Parent」では、Sub Popのグランジ・サウンドの原点に迫る。『Bleach』時代のヘヴィネス、それ以後のAlice In Chainsのような暗鬱で鈍重なサウンドを織り込んでいるが、それはハードロックやヘヴィメタルというより、QOTSAのようなストーナーサウンドに近い形で展開される。しかし、彼らはグランジやストーナーロックをなぞらえるだけではなく、Spoonのようなロックンロール性にも焦点を当てているため、他人のサウンドの後追いとなることはほとんどない。クールなものとは対極にある野暮ったいスタイル、無骨な重戦車のような迫力を持つコルヴェットのボーカルにより、唯一無二のパンクサウンドへと引き上げられていく。挑発的で扇動的だが、背後のサウンドはブギーに近く、ロックのグルーブに焦点が置かれている。
アルバム発売直前にリリースされた「Cling to a Poison Dream」では、敗残者のどこかに消し去られた呻きを元に、痛撃なメロディック・ハードコアを構築する。アルバムの中では、間違いなくハイライトであり、現代のパンクを塗り替えるような扇動力がある。彼らは自分たち、そして背後にいる無数のルーザーの声を聞き取り、イントロの痛快なタム回しから、ドライブ感のあるハードコアパンクへと昇華している。乾いた爽快感があるコルヴェットのボーカルがバンド全体をリードしていく。リードするというよりも、それは強烈なエナジーを元に周囲を振り回すかのよう。しかし、それは人生の苦味からもたらされた覚悟を表している。バンドアンサンブルから醸し出されるのは、Motorheadのレミー・キルミスターのような無骨なボーカルだ。メタリックな質感を持ち、それがオーバードライブなロックンロールという形で現れる。曲は表向きにはメロディック・パンクの印象が強いが、同時に「Ace Of Spades」のようなアウトサイダー的な70年代のハードロック、メタルの影響も感じられる。アウトロでの挑発的な唸りはギャングスタラップの象徴的なアーティストにも近い覇気のような感慨が込められている。
「Cling to a Poison Dream」
ペンシルバニアのバンドではありながら、西海岸の80年代のパンクに依拠したサウンドも収録されている。そして、それは最終的にワールドワイドなパンクとしてアウトプットされる。これらは彼らのパンクの解釈が東海岸だけのものではないという意識から来るものなのだろう。「Sixty-Two Thousand Dollars in Debt」は、最初期のミスフィッツ、「Black Coffee」の時代、つまりヨーロッパでライブを行っていた時代のブラック・フラッグのサウンドをゴリラ・ビスケッツのハードコアサウンドで包み込む。ボーカルのフレーズはクラッシュのジョー・ストラマーからの影響を感じさせ、ダンディズムを元にしたクールな節回しもある。その中に、現代社会の資本主義の歪みや腐敗した政治への揶揄を織り交ぜる。しかし、それは必ずしもリリックとしてアウトプットされるとはかぎらず、ギターの不協和音という形で現れることもある。バッキングギターの刻みをベースにしたバンドサウンドは親しみやすいものであるが、これらの間隙に突如出現する不協和音を元にしたギターラインが不穏な脅威を生み出し、フックとスパイスを付与している。特に、ギターの多重録音は、PJの代名詞的なサウンドに重厚さをもたらす。
その後もブラック・フラッグ的なアナーキストとしてのサウンドが「Everywhere Is Bad」で展開される。相変わらず、不協和音を元にした分厚いハードコアパンクが展開されるが、ここには扇動的で挑発的なバンドのイメージの裏側にあるやるせなさや悲しみが織り交ぜられている。さらに彼らはパンクそのもののルーツを辿るかのように、「Junktime」において、デトロイトやNYのプロト・パンクや、プッシー・ガロア、ジーザス・リザード、ニック・ケイヴ擁するバースデイ・パーティのような、前衛的なノイズパンクへ突き進む。アルバムの序盤で彼らはオーバーグラウンドのパンクに目を向けているが、中盤では、地中深くを掘り進めるように、アンダーグランドの最下部へ降りていく。しかし、その最深部は見えず、目の眩むような深度を持つ。それを理解した上で、彼らはナンセンスなノイズ・ロックを追求しつづける。彼らのアナーキストとしての姿が垣間見え、上澄みの世間の虚偽や不毛な資本主義の産業形態を最下部から呆れたように見つめている。これは確かにルーザーのパンクではあるが、その立ち位置にいながら、まったくそのことに気がづいていない、ほとんどの人々に勇気を与え、彼らの心を鼓舞させるのだ。
バンドと彼らが相対する世界との不調和は、世間の人々の無数の心にある苛立ちやフラストレーションを意味しており、それがいよいよ次のトラック「Alive With Hate」で最高潮に達する。挑発的なノイズのイントロに続くボーカルは、腹の底というより、地中深くから怨念のように絞り出され、その後、Paint It Blackを彷彿とさせる無骨なハードコアパンクへと移行する。これらのハードコアパンクは、世間の綺麗事とは対極にある忖度が1つもない生の声を代弁している。
地の底を這うようなギターライン、それに合わさるワイアードなノイズ、扇動的なギター、ドラム、ハードコアに重点を置くボーカルが、目くるめく様に繰り広げられる。世の中のたわけきった人々を、彼らはニュースクール・ハードコアの文化に象徴される回し蹴りのダンス、外側に向けて放たれる強烈なエナジーにより蹴散らし、ヘイトをやめようなどと言い、その実、ヘイトを増大させる人々に、「目を覚ませ!」とばかりに凄まじい撃鉄を食らわす。怒涛の嵐の後には何も残らない。Panteraのダイムバック・バレルが墓場から蘇ったかのようだ。
アルバムの終盤では、比較的キャッチーな曲が収録されている、しかし、そのキャッチーさは必ずしも上澄みのパンクバンドのものとは一線を画している。
「Seabelt Alarm Silencer」では、80年代のストレート・エッジの性急なビートを元にし、メロディック・ハードコアを展開する。この曲は、Negative ApproachやNegative FXのようなボストン周辺のハードコアのような無骨さとミリタリー・パンクの要素を思わせる。続く「(Stolen) Catalytiic Converter」では、Gorilla Biscuitsのようなニューヨークのハードコアサウンドに立ち返る。ただその中にも現代的な音楽性も伺える。パルス状のシンセは、カナダ/トロントのFucked Upのエレクトロ・ハードコアの系譜にあるが、Pissed Jeansは、それを聞きやすいものにしようとか、親しみやすいものにしようなどという考えはない。ストレートなハードコアサウンドを突き抜けていくのは、耳障りなノイズ、そして、90年代や00年代のミクスチャーロックをベースにしたアジテーションである。
「Monsters」はアルバムの中で最もスリリングなポイントとなる。ボーカルはBad Religionのメロディック・ハードコアをスタイルに属するが、他方、全体的なサウンドとしてはUKのオリジナルパンクやハードコアの系譜にある。どこまでも無骨でゴツゴツとした感じ、一切、忖度やご機嫌取りをしないという生真面目でナーバスな点では、Discharge、Chaos UK、The Exploitedといったカラフルなスパイキーヘア、そして鋲のついたレザー・ジャケットの時代のUKハードコアの影響下にある。もちろん、疾走感のある性急なビートがそれらの屋台骨を形作り、現代的なハードコアがどうあるべきなのかを示している。これらは、Convergeやヨーロッパのハードコアバンドほど過激ではないが、王道にあるハードコアサウンドは、牙をそぎ落とされたファッションパンクばかり目立つ現代のシーンの渦中にあって鮮やかな印象を放つ。彼らはまだパンクが死んでいないことを証し立てる。
アルバムでは、引き出しの多いパンクのスタイルが重厚なサウンドによって展開される。表向きには、ぶっきらぼうな印象もあるが、最後の曲だけは、そのかぎりではない。「Moving On」では、Social Distortionを思わせる渋いメロディック・パンクをベースにし、コルヴェットの唸るようなヴォイスがその上を高らかに舞う。無骨なボーカルであるため、メロディー性は相殺されてしまっているが、サビのシンガロングの部分に彼らの最も親しみやすい部分が現れる。
この曲には、ソーシャル・ディストーションと同じように、カントリーとフォークの影響もわずかに見えるが、まだ残念ながら完全な形で表側には出てきていない。これがもし、ジョー・ストラマーのように、スカやカントリー、フォーク等、パンクの外側にあるジャンルを思い切り盛り込み、それが最も洗練され研ぎ澄まされた時、理想的なサウンドが出来上がるかも知れない。クラフトワークの『Autobahn』を思わせるアルバムジャケットはおしゃれで、部屋に飾っておきたいという欲求を覚えさせる。エミール・シュルトのセンスを上手く受け継いでいる。
85/100
Best Track 「Alive With Hate」