Mo Troper 『Troper Sings Brion』


Label: Lama-O

Release: 2023/11/17


 

Review


オレゴン/ポートランドのパワーポップ・マエストロ、Mo Troper(John Brion)は、ギターロックのアーティストとして注目です。

 

『Troper Sings Brion』を通じてビートルズを始めとするバロック・ポップの王道のスタイルを継承し、聞きやすいジャングルポップ・アンセムを生み出している。アーティストはこれまで、ビートルズの「Revolver」、ビヨンセの「Irreplaceable」等、広範囲のカバーに取り組んでいる。

 

オープナー「Heart of Dysfunction」を聴くと分かる通り、ジョン・ブリオンは、ビートルズが「Magical Mystery Tour」で繰り広げたシアトリカルなアート・ロックを、Alex Gに象徴されるような現代的なオルタナのサウンドプロダクションに落とし込んでいる。序盤のブリオンのボーカルは、ジョン・レノンのオマージュとも言え、模倣的ではあるけれど、節回しには貫禄も感じられる。アーティストのソングライティングは、ビートルズを下地にしつつ、逆再生等、ローファイな音作りに基づいている。トリップ感溢れる曲の展開力を見せる時も稀にある。レトロで牧歌的なポピュラーミュージックの根底には、サイケデリックやアシッド的な雰囲気が漂う。

 

ミュージカル調のシアトリカルな作風はその後も続く。「Into The Atlantic」では、ハープの軽やかなグリッサンドの駆け上がりを足がかりにし、同じようなレトロ感のあるバロックポップ、アート・ロックへと転じていく。

 

ジョン・ブリオンのソングライティングの土台を形成するのは、マッカートニー/レノン/ハリソンのピアノをベースとして処理したポップス。しかし、そのボーカルは、60年代のヴィンテージ・ロックのフレーズを意識しつつも、Big StarのAlex Chilton(アレックス・チルトン)のような艶気を漂わせている。これはBig Starの「The Ballad of El  Goodo」、「Thirteen」といった伝説的なインディーロックの名曲を聴くとよくわかる。けれど、それらは洗練されたサウンドプロダクションではなくて、ローファイ/サイケの範疇にあるプリミティブな感じで展開される。今はそうではなくなったけれど、Dirty Hitに所属するOscar Langのデビュー当時のギターロックの質感に近い。

 

「Pray For Rain」は、ビリー・ジョエル、ビートルズの古典的なポップのソングライティングを継承し、華やかな印象を持つトラックに昇華している。ミュージカル調のイントロから、ドラムが加わることにより、親しみやすいバロック・ポップ/ジャングル・ポップの王道のソングへと変遷を辿る。そこに、The Rubinoosを始めとするThe Beach Boysのドゥワップに触発された甘酸っぱいファルセットを基調とするコーラスワークが加わると、この曲はファニーな雰囲気を帯びる。

 

中盤でもパワーポップの佳曲が満載となっている。アーティストは「Citigo Sign」において、プロミティブな質感を持つギターロックを土台にして、オーケストラベルやダイナミックなドラムの演奏を加え、 クラシカルなロックソングを制作している。この曲を聴くと、古いということが悪いわけではなくて、現代的なプロダクションとして、古典的なロックソングをどう扱うのかが重要ということがわかる。この曲でも往年のパワー・ポップバンドと同様、少し舌っ足らずで、もったいぶったような感じで歌うジョン・ブリオンのボーカルは、The Rubinoos、20/20のような、甘酸っぱい感じのギターロックサウンドの原初的な魅力を呼び覚ましている。

 

レトロなサウンドを現代的なロックの語法に置き換えていこうという試みは、Real Estate/Beach Fossilsのようなバンドが2010年代に率先してやっていたものの、Mo Troperのサウンドはさらにレトロでアート・ロック志向である。


「Through With You」では、60、70年代のピアノバラードに立ち返り、ジョン・レノンのソングライティングに対するオマージュを捧げている。しかし、この曲には、単なる模倣以上の何かがあるのも事実で、独特な内省的な情感、古典的な音楽に漂う現代性がリスナーの心を鷲掴みにする。

 

以後もワイアードな魅力を擁するサウンドが続く。「Love Of My Life」ではシニカルな眼差しを自らの人生に向け、The Dickiesの「Banana Spilt」を思わせる少しキッシュなサウンドに挑戦している。しかし曲そのものは、パンクとまではいかず、Young Guv(Ben Cook)を彷彿とさせる風変わりなジャングル・ポップ/パワー・ポップの範疇に収められている。これは「ロックはもう古いのでは?」というような考えを逆手に取ったシニカルなサウンドといえるかもしれない。

 

さらに、Mo Troperのジャングル・ポップはコアな領域に入っていき、ロックフリークを大いに驚かせる。 「Any Other You」では、R.E.Mを思わせるセンス抜群の90年代のカレッジ・ロックの音楽性をリバイバルしている。続く「Not Ready Yet」では、ストーンズのキース・リチャーズのような渋みのあるブギー/ブルースのイントロのリフを元にして、モダンなローファイソングを制作している。それと同様に、不完全で荒削りなプロダクションを基調とする「Stop The World」は、ジョン・レノンの「Across The Universe」の現代版とも言えるかもしれないし、Big Starのアレックス・チルトンの「Thirteen」のインディーフォークの現代版とも称せるかもしれない。

 

「No One Can Hurt Me」では、ローファイなカレッジ・ロックやビートルズ風のアプローチに転じる。クローズ曲では米国の最初のインディーロック・スター、アレックス・チルトンにリスペクトが捧げられている。

 

 

 

82/100

 


*記事公開時のアーティスト名に誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。


 

ロンドンを拠点に活動するバリトン・サックス奏者のジョセフ・ヘンウッド、ドラマーのタシュ・ケアリーによるデュオ、O.が新曲「ATM」を発表しました。この曲は、Speedy Wundergroundのメンバーである彼らが今週金曜日(11月24日)にリリースする『SLICE EP』からのトラックで、昨年のデビュー・シングル「OGO」に続く作品です。試聴は以下からどうぞ。


"ATM "は、僕らが世の中の不公平やクレイジーで不可解なことに対して怒り、イライラしている曲なんだ。怒りを解放する旅に出て、平和な場所にたどり着く。ライブで人々がこの曲で怒りを爆発させているのを見るのが大好きなんだよ。


「ATM」


New J2023年ビルボード・ミュージック・アワードがカリフォルニア州ロサンゼルスで開催され、歴史に残る一夜となった。今回の授賞式の主役は、モーガン・ウォーレン、そして予想通り、テイラー・スウィフトだった。また、K-POPアーティストでは、New Jeansも受賞している。


ビルボード音楽賞でスウィフトは、トップ・アーティスト賞、トップ・フィメール・アーティスト賞、トップ100ソングライター賞、トップ・ソング・セールス・アーティスト賞、トップ・セリング・ソング賞を含む10部門に輝いた。

 

トップ・ラップ・アーティスト、トップ・ラップ・ツアー・アーティスト、トップ・ラップ・アルバム(21 Savageとのコラボ作『Her Loss』)の5部門で受賞したドレイクのキャリア通算受賞数も39となった。


授賞式に先立ち、ドレイクはスウィフトとの熾烈なチャート争いを繰り広げた「Red Button」をフィーチャーしたEP『Scary Hours 3』をサプライズリリースした。 「テイラー・スウィフトは俺が唯一評価したN-Aだ/俺にアルバムを少し遅くドロップさせることができたのはただ1人だ/他の奴らは、お前が成功しなかったように扱う/お前のレーベルは打ちのめされたままだ/お前がスタッツをパットしても、俺は決して嫌いになったことはない」と彼は曲の中で語っている。

 



イギリスのサマセットの農場で開催される世界最大級の音楽フェスティバル、グラストンベリーは今年度、チケット販売価格を引き上げたが、販売開始から一時間余りで完売し、変わらぬ好評振りを証明した。来年6月に開催される音楽の祭典は、既に年末を目前にして新たな動向をみせている。


2024年度のチケットが先週末発売されたが、今回も一時間以内に完売となり、多数のファンが悔しい思いをした。今回の出来事を受けて、グラストンベリーのファンは、チケットを入手するのに苦労することを理由に、主催者側にチケットの販売方法を変更するよう要求したという。


6月26日から30日まで開催される2024年度のグラストンベリー・フェスティバルのチケットは今回も、11月19日の一般販売で1時間足らずで完売。一方、代わりにコーチとチケットのパッケージが日本時間の木曜日(11月16日)午後6時に発売され、こちらも25分で完売となった。

 

追加販売は、一部の有権者登録に問題が発生したため、チケット販売が2週間延期されたことを主催者がソーシャルメディア上で確認後、チケット販売が延期されたことを受けて行われた。グラストンベリーは、2024年春に再び、キャンセル、及び返品されたチケットの再販売を行うと公に約束している。


現在、チケット入手に苦労した多くの人々の不満を受け、一部のファンからは、より公平を期すために、次回以降のフェスティバルのチケットは投票(抽選)制で販売するべきだとの意見が出ている。


投票システムは、ウィンブルドンのチケット販売に採用されている。テイラー・スウィフトの「Eras」ツアーや、開場数分前にキャンセルされたグリーン・デイのエレクトリック・ボールルームでの不運な親密ショーなど、需要の高い音楽イベントでは徐々に一般的になってきている。

 

ソーシャルメディアでは、グラストンベリーのファンの間で、次のような建設的な意見交換が行われている。 グラストンベリー自身は公式の声明を出していないものの、投票制でチケットの割当を行うというアイデアには多くのファンが賛成している。



「登録者全員を対象に無作為の投票を行い、結果をEメールで通知し、1日以内に支払いを済ませるようにしたらどう?」

 

「やろう。投票。すべての人に平等なチャンスを与えてほしい」


「グラストンベリーのアイデアだけど......投票をして、この惨めさからみんなを解放してあげるんだ」

 

 

グラストンベリー・フェスティバルは6月26日から30日まで開催される。出演者は3月に公表されるのが通例となっている。昨年は、アークティック・モンキーズ、QOTSA,フー・ファイターズなどが出演し、エルトン・ジョンが三日目の大トリを飾った。

 

6月26日には、グラストンベリーの主催者代表がサマセットの農場の門を自ら開き、フェスティバルの開始のコールを行う。多数の来場者を農場内に招いて、音楽の祭典の始まりを告げる。来場者は農場内にテントを張り、三日間にわたり、世界最大級の音楽の祭典に酔い知れる予定。

 


グラミー賞の主要部門にノミネートされたboygenius(ボーイ・ジーニアス)が、アイルランドのフォークデュオ、Ye Vagabons(イェ・バガボンズ)と組み、故シネイド・オコナーがレコーディングしたアイルランドとスコットランドの伝統的な曲「The Parting Glass」を演奏した。


この曲の全収益は、ダブリンの恵まれない子供たちや若者たちのために活動するエイスリング・プロジェクトに寄付されるという。アイスリング・プロジェクトは、5つの異なる場所で150人以上の若者に温かい夕食と放課後のサポートを提供し、彼らが歓迎され、安全で、大切にされていると感じられる環境で、様々な活動に参加できるようにしている。


「boygeniusがこのリリースの収益をエイスリング・プロジェクトに寄付することを選んでくれて、本当に感激しています。シネイド・オコナーへの驚くほど美しいオマージュに関わることができるのは絶対的な特権であり、ボーイ・ジニアスに感謝してもしきれません」


 

©︎Alex Cihanowic

シカゴのエモ・バンド、Dowsing(ダウジング)の5枚目のアルバム『No One Said This Would Be Easy』がAsian Man Records/Storm Chasers LTDから12月1日に発売される。


アルバムのリードカット「Simple Productions」と他の収録曲は、他の多くのレコードと同様、不確実な時期にレコーディングされた。

 

「エリックがCOVID-19を発症し、彼の祖父が他界し、それからバンドはショーに出演することになった。リリックの「Simple Projections」は、人生の不確実性とレコードの全体的なトーンの多くを要約している。5枚目のアルバムのタイトルのように、"No One Said This Would Be Easy"(誰もこれが簡単だとは言わなかった)。もちろんそうだったんだけれど、バンドはそれを実現させたんだ」


「Simple Projections」は、その不確実性を、中毒性のあるニュー・シングルに変貌させた。正真正銘の"ミッドウエスト・エモ "で、フックのあるアンセミックな曲。以下からチェックしてみよう。 

 

 

「Simple Projections」



Dowsing 『No One Said This Would Be Easy』


 





アルバム「Pick-Up Full of Pink Carnations」の第3弾となるThe Vaccines(ザ・ヴァクシーンズ)の最新シングルは、彼ららしいギター・ドライヴのアップビート・インディーで、フェスティバルの野原と暖かいビールをすぐに思い起こさせる。「Lunar Eclipse」と題されたこの曲は、フロントマンのジャスティン・ヤングが2022年にジョシュア・ツリーの砂漠を訪れた際に書かれた。
 

「常にオープン・ロードを走っているようなイメージが好きなんだけど、前方の道を見ているのか、それともバック・ミラーに映っているものだけを見ているのか、本当にわからないんだ。「占星術の専門家たちは、日食は変化と進化を求める人生を変える時だと信じたがっているようだが、私はそれにしては皮肉屋すぎる。変化は、それを感じるか感じないかにかかわらず、毎日私たちの周りで起こっている。それは時に恐ろしく、時にエキサイティングだが、常に終わりのないものだ」
 

アルバムのタイトルにもなっている花をフィーチャーした「Lunar Eclipse」のビデオを以下からチェックしよう。
 
 
The Vaccinesのニューアルバム 「Pick-Up Full of Pink Carnations」は1月12日に発売される。
 
 

Aneon 『Moons Melt Milk Light』

Label: Tonal Union

Release: 2023/11/17


 

Review 


Tonal Unionからリリースされた『Moons Melt Milk Light』は、ロサンゼルスのAnenon(ブライアン・アレン・サイモン)による作品である。Aneonは、2010年以来、高い評価を得ている「Tongue」(2018年)や「Petrol」(2016年)を含む複数のアルバムやEPをリリースしている。

 

「 Moons Melt Milk Light」の制作は2022年の秋に始まり、ロサンゼルスのシルバーレイクにある自宅で録音された。

 

この制作には、2022年にパリで開催されたSusan Cianciolo(スーザン・チャンチオロ)の展覧会「RUN 14: FIELD of existence」の会期中に行われたアーティストのスーザン・チャンチオロとのアコースティック・コラボレーションや、同年ヨーロッパ各地のワインバーや旅館などカジュアルな非会場でのソロ・パフォーマンスが一役買っている。ブライアンが即興のアコースティック楽器演奏を追求するようになったのは、こうした経験の積み重ねがあったからだという。



これまで私が作ってきた他のどの音楽にもない、運動的で雑然とした正直さを感じる。今までの音楽にはない、運動的で乱雑な正直さを感じる。落ち着いているという感覚もある。ここには偽りはない ーAnenon

 

 

ブライアン・サイモンが上記のように説明している「偽りのない音楽」とは、制作者の内側にある雑然とした感情を、複数の楽器や、その楽器しか持ち得ない特性を生かし、旋律やフレーズで表現するということに尽きる。それは、制作者の観念や固定概念により、音楽そのものを捻じ曲げたり、歪ませたりせず、内的な感情をフラットにアウトプットするということである。

 

『Moons Melt Milk Light』の冒頭を飾る「Untitled Sky」を聴くと、そのことは瞭然なのではないか。サム・ゲンデルを彷彿とさせる前衛的なテナー・サックスのソロにより始まるこの曲は、単なるアヴァンギャルド・ジャズにとどまらず、流動的で精細感のある音の世界を構築していく。サックスに対してカウンターポイントのように導入される瞑想的なピアノが加わると、イントロでの雑然とした感覚が、それとはまったく異なる「哀感」とも呼ぶべき感覚に変化していく。そしてテナー・サックスが束の間のブレイクを挟み、途切れがちになると、ピアノのフレーズが鮮明に浮かび上がり、研ぎ澄まされた感覚が露わとなる。いわば、表面上の雑然たる神秘的な幕が取り払われ、それとは対比的な澄明なエモーションが立ち表れる。そして、その断続的な音の流れにはフィールドレコーディングが加わり、再びイントロの雑然的な感覚が舞い戻ってくる。内的な感覚をたえず往き来するような不可思議なオープニングになっている。

 

一曲目のミステリアスな感覚は、続くタイトル曲「Moons Melt Like Light」にも反映されている。制作者は、内的な不安と明るさの間を揺らめく感情を見据え、それを哀感溢れるピアノのセクションとして濾過している。

 

制作者の内的な不安や心の揺らめきを象徴するような不協和音に充ちたフレーズは、程よい緊張を保ちながら進んでいく。しかしそれらの不協和音の中に、不思議な調和性が頭をもたげる時がある。そして、そのピアノ伴奏の雰囲気を強化する形で、テナー・サックスの前衛主義やバスクラリネットの低音が追加され、ピアノのフレーズが醸し出す感情性を引き出す。確かにタイトルにあるように、夜空に浮かぶ月を観察し、その情景が時の経過とともに微細な変容を辿るプロセスを3つの楽器の演奏によって記録するかのようである。しかし、感情的な側面に重点が置かれつつも、音のセクションの構築には論理性がある。感覚的なものと数学的なものが絶妙なバランスを保ちながら、このアルバムのミステリアスな印象をさらに強化しているのだ。

 

続く「Maine Piano」は、落ち着いたアンビエント風のピアノ曲として楽しむことが出来る。前の曲を支点として、視点が上空から地上に移ろい変わるかのように、音のサウンドスケープが変化していく。逆再生のアンビエント風のシークエンスの後、虫の声のフィールドレコーディングとピアノの演奏を掛け合せ、安らいだアトモスフィアを作り出している。フィールドレコーディングとピアノの融合は、草むらやその周辺の情景を脳裏に呼び覚ますかのようでもある。


「Night Painting Ⅰ」では一曲目と同様に、ニュー・ジャズ/エキゾチック・ジャズの影響を反映させた前衛的なサックス/バスクラリネットの演奏で始まる。そしてスピリチュアル・ジャズの先駆者のひとりであるPharoah Sandersのように瞑想的な雰囲気を生み出す。ブレスや休符の余韻を強く意識したサックスの演奏は、Arve Henriksenの奏法に近く、日本の楽器、尺八を彷彿とさせるトーンのエキゾチズム性を生み出している。サックスの奏法の中で重視される「間」という概念は、ECM JAZZの金管楽器の演奏者ような精細感のある情緒性を生み出している。やがて、その演奏はアウトロにかけて、水の音を収録したサンプリングの中に溶け込むように消えていく。

 

同じように、「A Million Birds Ⅱ」でも前衛的なテナーサックスの演奏を元にして、描写的なアヴァンギャルド・ジャズを展開させていく。フリージャズに近い演奏をベースにし、アルバムのシステマチックな枠組みを離れ、自由な領域にリスナーを誘う。特に、サックスの高い音程の激しいテンションとそれとは対象的な落ち着いた低音を組み合わせることで、刺激的な演奏が繰り広げられる。さながらライブのようなリアルな質感を持つレコーディングにも注目である。

 

 一転して、激した感覚は続く「As It When It Appears」を通じて、静かな雰囲気に縁取られていく。イントロのフランス語の人声のサンプリングに続いて、再びポスト・クラシカルや、モダンクラシカルを基調としたピアノを展開させる。坂本龍一、及び、Goldmundに近い聴きやすさを重視した簡素なピアノ曲である。それに続く「Champeix」は、雨の音のサンプリングでやすらぎをもたらす。ピアノとサックスの合奏を元にして、イントロからは想像もできないようなクライマックスへと移行していく。個人的な苦悩をピアノ/サックスという二つの感覚を別に表現したこの曲は、アルバムの一つのテーマともなっている感情の最も深い地点に到達する。

 

 

四曲目の連曲である「Night Painting Ⅱ」もサックス/バスクラリネットの対比的な演奏を元に深みのあるアヴァンジャズの領域を開拓している。迫力のある重低音を持つバスクラリネットとそれとは対象的に華やかな印象を持つサックスの融合は、ときに和風なエキゾチズムを生み出している。特に四曲目と同様に、バスクラリネットのブレスや息継ぎの巧みさやトリル等の前衛的な奏法の妙は、他の現代の木管楽器の奏者に比べて傑出しているものがあるように思える。

 

以上のように流動性のある音楽的な流れを構築した後、アルバムの終盤においても、内的な感覚に偽りのない曲が繰り広げられている。「Hand Petory」ではGoldmundを思わせる悩まし気なポスト・クラシカル調のピアノ曲で鎮静を与える。それは内的な祈りに近いものである。続いて「Ending」では華麗なサックスのソロが披露されている。そしてアルバムの中盤の収録曲と同様に、この曲でも一貫して厳粛な雰囲気が重んじられている。サックスの演奏はこの曲の最後で、トリル等の前衛的な奏法、そしてブレスの絶妙な間を取り入れながら曲の終わりへと向かっていく。

 

アルバムのクローズを飾る「Sightless Eyes」は意外にも、そういった厳粛な空気感から離れて、海のかもめの声をサンプリングとして取り入れ、清々しい感覚を生み出している。何かこのアルバム全体を通じて、制作者の人生の流れを追体験したかのような不可思議な感覚にさらされる。そしてまた、このアルバムは、制作者の内的な苦悩等が前衛的なジャズ、もしくはモダン・クラシカルやポスト・クラシカルの観点から、実に精密に表現されている。しかし、アルバムを聴き始めた時と聴き終えた時では、その音楽の印象がガラリと変化していることに驚きを覚える。 



 



88/100




'Moons Melt Milk Light', released on Tonal Union, is the work of Los Angeles-based Anenon (Brian Allen Simon) . Anenon has released several albums and EPs since 2010, including the acclaimed 'Tongue' (2018) and 'Petrol' ( 2016), and has released several albums and EPs, including.


Production on 'Moons Melt Milk Light' began in the autumn of 2022 and was recorded at his home in Silver Lake, Los Angeles.


The production included an acoustic collaboration with artist Susan Cianciolo during her exhibition 'RUN 14: FIELD of existence' in Paris in 2022, as well as a solo performance in Solo performances in casual non-venue venues such as wine bars and inns across Europe have played a role. It was the accumulation of these experiences that led Brian to pursue improvised acoustic instrumental playing.


I feel a kinetic, messy honesty that is unlike any other music I have ever made. I feel a kinetic and messy honesty that is unlike any other music I have ever made. There is also a sense of calm. There is no pretence here - Anenon.


The 'no-false music' described above by Brian Simon is all about expressing the messy emotions inside the creator with melodies and phrases, making use of multiple instruments and the characteristics that only those instruments can have. It means that the music itself is not twisted or distorted by the creator's ideas and fixed concepts, but rather the internal feelings are output in a flat manner.


This is evident when listening to 'Untitled Sky', the opening track on Moons Melt Milk Light. Opening with an avant-garde tenor sax solo reminiscent of Sam Gendel,the song is not merely avant-garde jazz, but builds a fluid and detailed sound world. When the meditative piano, which is introduced as a counterpoint to the saxophone, is added, the sense of chaos in the introduction is transformed into a completely different sense of what might be called 'pathos'. Then, as the tenor saxophone breaks off for a brief moment, the piano phrases emerge clearly and the sharpened sensation is revealed. In other words, the mysterious curtain of surface clutter is lifted, and a contrasting, clear emotion emerges. The intermittent flow of sound is then joined by field recordings, and the chaotic feeling of the introduction returns. It's a mysterious opening, a constant back-and-forth between internal sensations.


The following track, 'Maine Piano', can be enjoyed as a calm, ambient piano piece. Using the previous track as a fulcrum, the soundscape changes as if the perspective changes from the sky to the ground. After an ambient sequence of reverse playback, a field recording of insect voices is crossed with a piano performance to create a restful atomosphere. The fusion of field recordings and piano seems to evoke scenes of grassy fields and their surroundings in the mind.


'Night Painting I' begins like the first track, with an avant-garde saxophone/bass clarinet performance that reflects the influences of New Jazz/Exotic Jazz. It then creates a meditative atmosphere in the manner of Pharoah Sanders, one of the pioneers of spiritual jazz. The saxophone playing, with its strong emphasis on lingering breaths and rests, is close to Arve Henriksen's technique, creating an exoticism in tone that is reminiscent of the Japanese instrument shakuhachi. The concept of 'pause', which is emphasised in the saxophone technique, creates a detailed emotionality similar to the brass players of ECM JAZZ. Eventually, the performance fades away over the outro, melting into a sampling of recorded water sound.

Similarly, 'A Million Birds II' develops descriptive avant-garde jazz based on avant-garde tenor saxophone playing. Based on a performance close to free jazz, A Million Birds II invites the listener to leave the systematic framework of the album and enter a realm of freedom. Particularly stimulating is the combination of the saxophone's high pitched, intense tension with the calm bass notes that are in contrast to it. The recording is also noteworthy for its realistic texture, as if it were a live performance.


For a change, the intense feeling is framed by a quieter atmosphere through the following 'As It When It Appears'. Following the sampling of French human voices in the intro, the piano again develops with post-classical and modern classical tones. It is a simple piano piece with an emphasis on ease of listening, similar to Ryuichi Sakamoto and Goldmund. Champeix' follows, bringing a sense of relaxation with its sampling of rain sounds. Based on a piano and saxophone ensemble, it moves to a climax that is unimaginable from the intro. The song, which expresses personal anguish through the two separate senses of piano/saxophone, reaches the deepest point of emotion, which is also one of the themes of the album.


The fourth song in the series, 'Night Painting II', also explores deep avant-jazz territory based on a contrasting saxophone/bass clarinet performance. The fusion of the bass clarinet with its powerful bass sound and the saxophone with its contrasting flamboyant impression creates a sometimes Japanese exoticism. In particular, as in the fourth piece, the bass clarinet's mastery of breaths and breathes, trills and other avant-garde techniques seem to be outstanding in comparison with other contemporary woodwind players.


After building a fluid musical flow as described above, the songs continue to unfold with a false sense of interiority towards the end of the album. 'Hand Petory' offers sedation with a haunting post-classical piano piece reminiscent of Goldmund. It is almost an internal prayer. This is followed by a brilliant saxophone solo on 'Ending'. And, as with the mid-album recording, the solemn atmosphere is consistently emphasised in this song. The saxophone performance comes towards the end of the song, incorporating avant-garde techniques such as trills, and exquisite pauses in the breath.


'Sightless Eyes', which closes the album, surprisingly moves away from such a solemn atmosphere and incorporates a sampling of sea gulls' voices to create a sense of freshness. Something about the whole album exposes us to a mysterious sensation of reliving the flow of the creator's life. And also, the album is a very precise expression of the inner anguish, etc. of its creator from an avant-garde jazz, or modern classical or post-classical perspective. However, it is surprising how the impression of the music changes drastically from when you start listening to the album to when you finish listening to it.


 

Anenon Biography:


 

アネノンはブライアン・アレン・サイモンのプロジェクト。2010年以降、複数のLPとEPをリリースし、いずれも高い評価を得ている。

 

ブライアンは、ローレル・ヘイロー、ジュリア・ホルター、リチャード・ヘル、モートン・スボトニック、ケリー・モランなどのアーティストのサポートで国際的に演奏している。また、サム・ゲンデル、ライラ・サキニ、ナイト・ジュエル、ミハ・トリファ、シャンタル・ミシェル、伝説的ポストパンクバンドVazzのヒュー・スモール(Melody As Truth、2021年)、ビジュアル・パフォーマンス・アーティストのスーザン・チャンチオロ(2022年、パリのザ・コミュニティでの彼女のショーのヴァーニサージュで共演)とコラボレーションしている。

 

ブライアンは2018年に坂本龍一の「Life, Life」を公式にリミックスし、2016年にはロサンゼルス現代美術館でアンビエント・ミュージック・パフォーマンスのシリーズ「Monument」の共同キュレーターを務めた。また、LAのラジオ機関dublabの月例番組「Non Projections」の司会を長年務めている。ロサンゼルス在住。


Anenon is Brian Allen Simon, whom since 2010 has released multiple LPs and EPs, all critically acclaimed. Brian has performed internationally in support of artists such as Laurel Halo, Julia Holter, Richard Hell, Morton Subotnick, Kelly Moran, and many more. 


He has collaborated with Sam Gendel, Laila Sakini, Nite Jewel, Miha Trifa, Chantal Michelle, Hugh Small of legendary post punk band Vazz (Melody As Truth, 2021), and with the visual and performance artist Susan Cianciolo, during the vernissage of her show at The Community in Paris, 2022. 


Brian officially remixed Ryuichi Sakamoto's "Life, Life" in 2018, and In 2016 was co-curator of Monument—a series of ambient music performances at the Museum of Contemporary Art, Los Angeles. He is also a long time host of Non Projections, a monthly show on LA radio institution dublab. Brian lives and works in Los Angeles.


 ファッションと音楽 時代の変遷とともに移り変わる音楽家の服装のスタイル

 
 
1,60年代 ミュージック界のファッション・アイコン ビートルズ

 
 


 
世界的なロックミュージシャンというのは、そのファッション性においても一般人から真似をされるような運命にあるのかもしれない。
 
少なくとも、一般的な市民にとって、ロックミュージシャンのファッションスタイルというのは大きな憧憬の対象となりえる。60年代から、ミュージシャンのファッションに対する影響性は幅広く、音楽愛好家にとどまらず、音楽にそれほど興味ない人まで巻き込み、大きなファッション・ムーブメントを形成してきた。いうまでもなく、バンドのTシャツを粋に着るというスタイルも、ファッションと音楽そのひとつに挙げられる。知らずしらずのうちに、ニルヴァーナ、ソニックユース、ブラック・フラッグのシャツを着ていて、音楽好きの人からそれについて指摘されて初めてバンドの存在を知ったというケースも少なくないかもしれません。
 
過去から今日まで、一般民衆にとってのロック・ミュージシャンというのは、ファッション的にもお手本にするべきイコン、偶像的な存在であり続けてきたいっても過言ではないでしょう。その異常なほどのファンの崇拝心というのは、二十七歳で死去した伝説的なミュージシャン(27 CLUB)、もしくは、ジョン・レノンのファンによる暗殺という二十世紀の中でも数奇な事件が起きたことにより、ビートルズの存在をアイコンのようにたらしめたがゆえ、彼らの存在感、カリスマ性というのは生前より一層強くなっていった側面もある。
 
ファッション性においても大きな影響を世界的に与えてきた、ビートルズという存在。彼等四人の与えた当時もしくは後世にも跨るファッション界へのインスピレーションというのは、図りしれないほど大きく、その影響というのは現在にいたるまで引き継がれている。 たとえば、世界的にも一世を風靡したマッシュルームカット、そして、シックな細身のスーツ姿で、クールに決めこんだビートルズの面々の格好よさは今でも通用する魅力がある。やはり、よく引き合いに出されるローリング・ストーンズとともに多大な影響を大衆に及ぼしてきた。以後、ビートルズの四人は、活動の中期を過ぎた頃から、個性的なファッションを独自に追求していくようになる。それは、アルバムジャケット写真の変遷を見ると顕著にあらわれている。その音楽性にとどまらず、彼等四人のファッションの集大成を示唆しているのは、「アビーロード」のスーツ姿で横断歩道を裸足で渡るというクールなスタイル。
 
ちょっとだけ興味深いのは、アビーロードの先をゆく三人は、これからまるで冠婚葬祭に臨むようなフォーマル・スタイルなのに対し、最後尾をいくハリスンは、我が道をいかんとばかりに、上下揃ってブルーデニムというアクの強い個性的ファッションに身を包む。そしてここに、ビートルズ四人それぞれのユニークな個性が絶妙な具合に溶け合い、服飾という形で表現されている。


全般的に言えば、マッカートニーのファンション的な影響は大きかったでしょうが、中期以降からファッションアイコンともいえる象徴的存在として頭角を現したのが、レノン、ハリスン。ヒッピースタイル”、長髪にたっぷりとしたひげ、そして、そこに、デニム姿をびしりとあわせるという形。後に若者の間で流行するようなスタイルを、一般的に普及させていったのは、他にも、ローリング・ストーンズ、もしくは、ジミ・ヘンドリクスあたりの影響も強かったでしょうが、やはりビートルズという存在が、民衆にとって一番のファッションイコン的な存在だった。

 
その後、ジョン・レノンの方は、例えば、カットソー姿にデニムをあわせて、その上に、ジャケットをラフに羽織り、フランスのテニス用スポーツシューズ、スプリング・コートをクールに履きこなす、カジュアルでいながらどことなすシックなスタイルをレノンは追求していきました。対し、ハリスンの方は、彼本人にしか醸し出せないだろう個性あふれるカルフォルニア的なヒッピースタイルとともに、イングリッシュ・トラディショナル的なファッションを独自に探求していった印象をうける。後者というのはハリスンのソロアルバム、「All  Things Must Pass」のジャケットでのファッションスタイルを見れば、なんとなくそのニュアンスのようなものが理解できるのではないでしょうか。
 
 
それまで、エルヴィス・プレスリーという「ロック界における民衆のイコン」ともいえるビッグスターは存在したものの、ビートルズ四人の及ぼした影響というのは、音楽にとどまらず、ファッションセンス、こういった着こなし方をするのがカッコ良いという、手本のようなものを大衆にしめしたという隠れた功績があったに違いありません。
 
 
 
 
2.70年代 ピストルズを中心としたロンドンパンクス 
 
 
 


クラシックでフォーマルなスタイルが浸透すれば、オルタネイト的な存在が出てくるのがこの世の常というもの。さて、次の話は、ビートルズの台頭から時を十年ほど経ち、1970年代。 ロンドンのマルコム・マクラーレンの経営するブティックパブ「セックス」に出入りするロック好きの若者達。その中に、ジョニー・ロットン、シド・ヴィシャスという、ひときわ目立つ若者が二人いた。のちに彼等はマルコム・マクラーレンの紹介を介し、出入りしていたブティックの名にちなんで、「セックス・ピストルズ」というロックバンドを結成することになった。
 
彼等、四人のファッションというのも独特。特にその個性が感じられるのは、レザージャケット、胸にはピンバッジ、インナーにTシャツ、そして、ジーンズに、シンプルなスニーカーという出立ち。これは今見ると、すごくシンプルに見えるが、彼等のファッションの問答無用のクールさ、格好よさというのは、当時の他のロックアーティストと比べても抜群だったといえるでしょう。おそらく、ロットンと共にピストルズのメンバー四人の中で、最も当時の若者、いや、現在の若者すらをも熱狂させ続けてやまないのが、シド・ヴィシャスというひときわ目を放つクールな青年。

シド・ヴィシャスは、黒髪のスパイキーヘアとよばれるヘアスタイル。黒い皮ジャンを着込み、首からは、太い鍵付きネックレスをぶら下げて、ときに、パブのビールを豪快にがぶ飲みしながら、そのすぐ横に、けばけばしい化粧をしたツイストパーマをかけた恋人ナンシーと写真に映り込んでいて、これは、なんともパンクという概念かけはなれた微笑ましい光景だと言えなくもない。恋人ナンシーもまた、ピストルズのメンバーと共に、彼ら四人にもまったく引けを取らないクールさ、個性味を兼ね備えた、女性の憧れの的となりえるイコン的な印象を当時の数多くのファンに与えたことでしょう。 

 
バンド結成当時から、シド・ヴィシャスというパンクロック界のカリスマ性は際立っており、当初、殆どまともにベースが弾けなかったにも関わらず、ステージ上でのひときわ輝いたシド・ヴィシャスの姿というのは、彼がこの世からになくなっても、多くのファンの目を惹きつけてやまない。当時から現在まで、ヴィシャスは、多くの世界のファンから多くの人気を博してきた。黒の革ジャンにデニム、そして、ときに、ラフなTシャツ一枚だけを着るというシンプルで洗練されたスタイルは、ジョニー・ロットンとともに、世界的なファッション・アイコン的な存在としてシーンに君臨し、音楽性にとどまらず、服装のカッコよさという特徴面においても、他のアーティストと比べものにならないほどの影響力を世の中にもたらした。
 
ここで、素朴な疑問として、革ジャン、ジーンズスタイルが、なぜにこれほどまで世界的に普及するに至ったのかという疑問が生じる。これは、五十年代のバイカーズ・スタイルをひそかに踏襲したものであり、またそのスタイルがミュージシャンにも普及していったのはなんらかの理由があると思われ、たとえば、デビッド・ボウイなどのビックスターに比べると、かなり顕著な特徴があり、ボウイの方は、たとえば、山本寛斎の手掛けた衣装を見れば分かる通り、あまりに奇抜すぎ、自分の日常的な服装の中に、その要素をうかつに取り入れづらいところがある。あくまでデイリーユースという観点から言うと、あまり常識的な服装とはいいがたい。
 
しかし、一方のピストルズをはじめとする、ロットン、ヴィシャスのような人物が好んでいたロンドン・パンクスのファッションスタイルというのは、全体的なコーディネート自体の値段というのもそれほど嵩む心配がなく、いわば「革ジャン」という一点豪華以外はとても簡素で、たとえ貧しい人であっても、数カ月もの間、汗水を垂らし、労働を頑張れば、手の届きそうな価格の範囲にある点で、自分もロックスターのような服装をし、あんなふうに輝いてみたい、そう願ってやまないささやかな人々に大きな夢を見させてくれる存在であったから、ミュージシャンをはじめ、一般的な音楽好きの人々にも、このスタイルが馴染んでいくようになった。
 
 彼等の格好というのは、全部を取り入れないまでも、ごく一部を取り入れることによって、デイリーユースにもしっかりと馴染みやすいというのが大きな利点でしょう。そして、見てくれの単純なかっこよさの中にも、ボウイのような「オンリーワン」にはなれない、けれども、もしかしたら、ロットンやヴィシャス、彼等のような存在なら、自分にも背伸びをしたらなれるかもしれない。
 
つまり、彼等は、労働者階級の期待の星のような存在で、束の間ではありながらも大きな希望をささやかな民衆達に与え、尚且、先にも述べたとおり、毎日着ている服装のなかにも溶け込みやすい要素があったので、そういったファッション性が後のパンクロッカー、音楽愛好家にも積極的に取りいれられていったのではないかと思われる。実は、当時のことを、ジョニー・ロットン本人が話しており、あるとき、ファンが自分と同じ格好をしはじめたと当時のファッションムーヴメントを回想している。興味深いところは、セックス・ピストルズというアイコンは、意外にも、これだけ音楽を知らない人たちにもその名を知らしめておきながら、実は、細々としたサイドリリース、ブートレッグという形質は数多く存在しながら、セックス・ピストルズ名義での正式な形でのスタジオ・アルバムは、有名な「Never  Mind The Bollocks」のみ。
 
 彼等の主要な活動期間というのも、わずか二年。その短い期間で、これほどの影響を後世に与えたというのは、他では考えがたい事象でもあります。その後、シド・ヴィシャスは、多くの人がご存知の通り、オーバードーズにより、若くして命を落とした。往時のロックスターらしい「太く短く」という生き方を体現した彼の生き様というのは、社会的あるいは道義的にも褒められたものではない。しかしながら、彼の最後の録音集のフランクシナトラのカバー、「マイウェイ」の素晴らしいオペラ風の歌唱とともに、シド・ヴィシャスという天才パンクロッカーの伝説的な姿、彼のファッションスタイルの格好良さというのは、これからも永遠に、世界中の人々の記憶に残りつづけることでしょう。ちなみに、彼の亡骸というのは、恋人と共に墓地に葬られていて、そこには、「Sid &Nancy」と、きわめて印象深く銘打たれているのは有名。
 
 
 
 3、80年代 マッドチェスター、ブリット・ポップ時代の立役者たちのファッション デイリーユースの融合

 

 
それ以前の時代には、ミュージシャンのファッションというのは、ステージ上の衣装に過ぎず、日常的なファッションとはあまりにもかけはなれていた。たとえば、シド・ヴィシャスのような格好をする人は現在きわめて少ないだろうし、ポール・マッカートニーの服装ですらカジュアルなデイリーユースとしてはあまりにもフォーマルすぎる。だが、80年代以降の時代は、デイリーユース、あるいはスポーティーなファッションをかけ合わせることがトレンドとなっていく。1980年代、産業革命の原点ともいえる工業都市マンチェスターから、様々な魅力あふれるバンドが数多く出てきた。クラブでの活動スタイルが主だった特徴で、ディスコムーブメントの再来のような経済的にもかなり大きな規模の音楽市場がつくられていったのだ。
 
このマンチェスター界隈で華々しく活躍したのは、現在、ソロ・アルバムを出すかでレーベルと揉めているモリッシー擁するザ・スミスを筆頭に、ハッピー・マンデーズ、ストーン・ローゼズ、もしくは、インスパイラル・カーペッツ。これは当時のブラックマンデーにはじまる社会不安、そして、サッチャーの長期政権にたいして少なからずの不満を抱く若者を心を惹きつけて、その退廃した日々の延長線上にあるパーティーなどの習慣とあいまって、一種の異質な狂乱にうかされた夜々を形作り、かつてザ・フーがマイ・ジェネレーションに歌いこめたような一大的ムーヴメントが、マンチェスターを中心として発展、英国全土に広がっていくようになった。
 
上記したアーティストの音楽の主だった特徴というのは、ダンサンブルな音楽性をロックの枠組みの中で再解釈している点でしょう。ちなみに、このインスパイラル・カーペッツというバンドは、若かりし頃のオアシスのノエル・ギャラガーがローディー(いわばバンドの機材をツアーに帯同して運ぶ手伝い)をつとめていたことは有名であり、オアシスの音楽にもかなり影響を与えていると思われる。ザ・スミスの登場後の一連の流れとして、雨後の竹の子のように続々とクラブ・ミュージックのテイストを感じさせるロックバンドがシーンに華々しく登場し、英国のミュージックチャートを次々に席巻していった現象は、マッドとマンチェスターを掛け合せて、後に「MADCHESTER」と呼ばれるようになる。その流れの一貫として、ジョイ・デイヴィジョンのマシンビートに象徴される冷ややかで無機質な印象の強い電子音楽のニュアンスの感じられるパンクロックを奏でるバンドも、マッドチェスター辺りの括りに入れられる。
 
1980年当時の英国の若者を中心とする熱狂というのは、ひとつの社会現象を形作りました。また、その時代背景を知るのに最適な映像作品があり、それは、このマッドチェスターと呼ばれるシーンを題材に選んだことで有名なカルト映画、ユアン・マクレガー主演の「トレイン・スポッティング」。ここには、マッドチェスターと呼ばれる界隈の世相、当時の英国の労働者階級の若者達の生々しい生き様というのが克明に描かれていて、歴史資料的な鑑賞の仕方もできる。この作品は、坊主頭で、白いTシャツ姿のユアン・マクレガーの絵画的なクールさもあいまって、傑作としかいいようがない白眉の出来となっています。

そこには、作中で演じているのはもちろん、本人ではなく別人ではありますが、ハッピー・マンデーズ、ジョイ・デイヴィジョンが登場しているので、このあたりのシーンの音楽ファンしても見逃せない。この作品でのユアン・マクレガーの演技というのは、何気ない仕草であっても何故かかっこよくみえてしまう、その配役になりきって自然に演じています。いわば超一流の俳優に欠かさざる素質がある点で、やはり、現在では映画界、そして演劇界の大御所と言っても差し支えない存在に至ったのは、何も不思議なところはなかったように思えます。
 
 
さて、話を元に戻しましょう。このマッドチェスターというシーンで最も有名なバンド、ストーン・ローゼズというバンドのフロントマンである、イアン・ブラウンという人物を、ファッションという観点から外すことはできません。そして、このバンドの四人のメンバーたちのファッションというのは、それまでのビートルズをはじめとする英国の古典的ロックバンドとは一線を画しており、彼等の格好というのは、主に、現在の若い人が好んで着るようなラフなルームウェア、カジュアルウェアの中間、もしくはスポーティウェアのような具合であり、たとえば、特徴的なところでは、ビック・シルエットのシャツであるとか、少し緩めのボトムス、もしくは、スタンダードなデニム、それから、つばのさほどひろくはないチューリップハットを被っていました。これは、ステージングやプロフィール写真の印象でもかなりの効果があり、顔の上半分の表情が影にかくれてよく見えづらく、ミステリアスな印象を受けます。それが、この四人の姿をかなり神格化めいた圧倒的な存在に見せていたところもあるでしょう。
 
ストーン・ローゼズの音楽性というのは、単純にいえば、ダブ、レゲエ、ファンク、もしくは、他のクラブミュージックをダンスフロアで体感したのちに生み出されたロックといえ、コード、メロディー、ギターの音作りの的な面では、モリッシー率いるザ・スミスからの影響が色濃いバンドです。

そして、この後の、ニュー・オーダー、プライマル・スクリームとともに、彼等が確立したクラプミュージック的な聴衆を踊らせる音楽のスタイル。これというのは、ロック史上では、ビートルズとビーチボーイズを比較するとわかる通りで、これまではアメリカとイギリスの音楽がどことなくリンクしていて、一律的であったものが、この八十年代あたりから、少しずつ違う方向に進んで行き、メインストリームという視点からいえば、それぞれ独自の進化を遂げていった。そして、米国のバンドとはまた異なる進化をとげた英国のクラブ的要素をまじえた音楽性というのは、二〇〇〇年代のシーンに華々しく登場するカサビアンまでめんめんと引き継がれている。

 
ストーン・ローゼズはデビュー当時からずっと、年相応な若い輝きがありながら、一貫して玄人好みの渋い音楽を奏でていた。ミュージシャンとしての職人気質な格好よさというのも当然のことながら、イアン・ブラウンの現在の若者のファッションにも通じるようなラフでいてカジュアルなスタイル、ぶかぶかのビックシルエットのシャツを着込み、そこに、たとえば、デニムを合わせたりしていた点が非常に魅力的。ヴォーカリストとしてのイアン・ブラウンのステージングというのも、それまでのロックミュージシャンとは異なり、ステージマイクの前に棒立ちになり、ふてぶてしく歌う姿も、どことなく今までになかったスタイルを生み出し、同じく彼の独特なファッションというのも、当時の英国の若者たちの目にはクールに映ったはず。
 
また、実はこのスタイルは、のちのオアシスのリアム・ギャラガーにも引き継がれています。ギャラガー兄弟は、1990年大のブリット・ポップという一大ロックムーブメントをブラーとともに牽引した存在であり、その後の英国の音楽シーンに与えた影響というのは計り知れないものがあった。また、リアムの上記のイアン・ブラウンのファッションスタイルを引き継いだような、ビックシエルエットとジャストサイズの中間にあるスタイルを粋に着こなしてみせるラフでカジュアルな格好も、今では珍しく魅力たっぷり。もちろん、ギャラガー兄弟の格好、渋いジャケット、もしくは、シャツ姿などを見るにつけ、どことなく、一時期流行ったようなアメリカンカジュアルとは対極にあるようなイングリッシュカジュアルともいうべきニュアンスが感じられ、個人的には今ではこれがなかなかカッコよく見えます。そして音楽的にもファッション的に完成されたのが、彼らの最高傑作と名高い「モーニング・グローリー」だった。
 
それ以前にも彼らはこのような雰囲気のスタイルを好んできて、そして、ここに、独特な風味のあるオアシスらしいファッションスタイルが確立されたものと思われ、当時から現代にかけてのファッション性にも、少なからず影響をもたらしたのではないでしょうか。現在も、リアム・ギャラガーは、ビックサイズの品の良いフィッシャーマンズ・コートを上から羽織り、(兄からは”漁師みたい”と言われている)デビュー時から大事にしている後ろに手を組み、首を突き出して涼しげな表情で歌うスタイルを貫いており、ロックミュージシャンとしてクールな服装はなんなのかというのを模索しつづけている。

 
 


 
 4. 90年代 グランジの台頭とその後のミクスチャー  ファッションにおけるマニアック性

 

 


 
90年代に入ると、ファッションという面で、大きな影響を及ぼした存在を探すため、表舞台をイギリスからアメリカに移し替える必要があるように思える。 そう、スケーター的なファッションと結びついて、実に泥のような格好をする連中が登場した。
 
アメリカのシアトルからほど近い、アバディーンという土地から、次なるファッション・イコンが登場。カート・コバーンはニルヴァーナというバンドがスターダムに進出する以前、地元で歯科助手として働いていた。その後、彼は、デイブ・グロールとクリス・ノヴォセリックとともに自費で、Sub  Pop からリリースをした「BLEACH」を引っさげて、ライブハウスを行脚しながら、いよいよインディーシーンにその名を轟かせはじめた。その後、91年、ゲフィン・レコードから「Nevermind」をリリースし、華々しくメジャーデビュー。マイケル・ジャクソンという不可侵的な存在、つまり、その年代においては、彼に肩を並べる存在はダンスミュージック界のビッグスターを、ビルボード・チャートの一位から引きずり下ろしたのだった。
 
この後、アリス・イン・チェインズ、ストーンテンプル・パイロッツ、グリーン・リバー、グリーンアップルズ、そして、なんといっても、クリス・コーネル率いるサウンドガーデンという傑出したバンド群を生み出し、この流れというのは、後にグランジ・ムーヴメントと呼ばれ、一世を風靡するに至ったというのは、当時としては驚愕的な事件のひとつだったはず。そして、一躍、時の人となったニルヴァーナという存在。この頃、すでにカート・コバーンはブロンドの長い髪とハリウッドスターを彷彿させる風貌になっていますが、デビュー以前の映像を見ると、黒髪の長髪であり、おそらく、このブリーチをリリースしたあたりから、金髪に染め始めたことがうかがいしれる。

そのファッション性というのは、幼い時代に家庭的な問題、に起因するものなのか、きわめて独特であり、たとえば、ぼさぼさの金髪、穴のあいたジーンズ、そして、ぶかぶかの淡緑のカーディガン、あるいは、現在の女性が着ているような、膝丈ほどもある白いロングシャツを好んで着用していました。

この服装の集大成ともいえるのが、英国のレディング・フェスティバル出演時のコバーンであり、この頃、オーバードーズのため、ほとんどギターをまともに弾くのもままなくなっていた。彼本人は、ときに、グラムロックの再来とばかりに、目の周りにメーキャップのような、黒いアイシャドウを施したり、奇抜さという面ではロック史的にも群を抜いており、元来のロックミュージシャンのファッション性の影響を受けつつも、ニルヴァーナ活動中期あたりから独自のセンスを突き出していくようになった。
 
彼の特徴的なファッションというのは、いわゆる有名なグランジファッションとも呼ばれるようになり、ファッション界にもかなりの影響を及ぼしたかと思われます。その後、この世界的なロックバンドは、イン・ユーテロ、MTVアンプラグド、とリリースをして、コバーン自身は、コットニー・ラブと結婚、一子をこの世にのこしたのち彼は最後の方でロックスターの生き方のマニュアル本のようなものがあったら良かったのに、そんなニュアンスの謎めいた言葉をこの世に残し、ジャニス・ジョップリンやヘンドリクスと同じように二十七という歳、そして上記したシド・ヴィシャスの最期をなぞらえるかのように、彼の場合は、その延長線上にある自死を遂げる。

94年のカート・コバーンの死後、グランジは急速に衰退、その代わりに、ミクスチャーロックという、さまざまな音楽をごった煮にしたロックムーブメントが到来、その文脈の中でとりわけファッション性という面において見過ごせない人物が、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロでしょう。このロックバンドというのは、ファーストアルバムのジャケットにおいて、チベットの僧侶が中国共産党の占領に対し、強い抗議の意味を込めて、焼身自殺を市中で図った過激な写真を使用している点も、かなりセンセーショナル、鮮烈なイメージを音楽界に与えたことでしょう。
 
 
 
フロントマンのザック・デ・ラ・ロッチャのボブ・マーリーやジミー・クリフあたりを彷彿とさせるドレッドヘアをするロックミュージシャンが出てきたというのも、かなり斬新なものでしたが、やはり、このトム・モレロという存在はロックファッション的には欠かすことができないイコンといえます。

彼は、いつもステージ上において、軍人のような格好をし、たとえば、海軍基地にいるような職業軍人がかぶるような帽子。そして、ジャケットというのも、軍人の制服のような固い素材のものを着込んでいる。ファッション概念的には、このトム・モレロという人物は、今日のミリタリーファッションのリバイバルの先駆者のようにも思えます。そして、彼等の音楽スタイルと同じように、ヒップホップ的なファッション、オーバーサイズのトップを粋に着こなすようなスタイルの風味も感じられます。
 
さらに特筆すべきは、トム・モレロの使用するギターというのは、きわめて高いポジションに掲げられることが常であり、彼はギターのピックアップという場所に取り付けられている、かつてはジェフ・ベックがよく使っていましたが、いつしか演奏をする上で邪魔になるためにあまり使われなくなっていた”トレモロアーム”の特性をよく知った上で、その奏法を最大限まで活かしたギタリストとしてあまりに有名。トレモロアームの周辺には、「ARM THE HOMELESS」と手書きで書かれている。これはどことなくアメリカ的な手法、つまり、曲で彼の出すきわめて強いノイズのひとつの表現というのは、これこそが、アメリカという国家全体の苦悩である、そして、ホームレスのような弱い存在の代弁者としての強い慟哭のうねりであるということを、彼は音楽という形で芸術的に体現し、そのことを大衆に対してギターの音により、高らかに宣言しているといえるかもしれない。そのことがよく現れているのが、ファーストアルバムに収録されている「Know Your Enemy」という彼等を代表する楽曲なのでしょう。
 
トム・モレロはアメリカにおける社会的に無視されてきた内在的問題を音楽の土壌に挙げ、それを全く無視することなく、直視するといういわば実の父親譲りの覇気を持って、常にそういった経済的な弱者を支持し、彼等のような存在を、音楽という腕で支えるべく、今日に至るまで真摯に活動して来ています。トム・モレロの演奏中に掲げられる「ARM  THE  HOMELESS」のクールさというのは、ロック史、ひいては音楽史の中でも群を抜いており、そして、弱者の視点に立ってものを考えるアティテュードというのは、のちの二〇〇〇年代のエミネムにも、全く音楽性というのは違いながらも、少なからず影響を及ぼしていると思われる。
 
 

 5.2000年代 リアルな世界を歌うライムスター、そして現代のファッションアイコン エミネムからビリー・アイリッシュ



 もちろん、これまで述べてきたのはその多くが白人社会におけるファッションイコンとも呼ぶべきもので、正確を期すなら、八十年代のNYにおけるRUN   DMCあたりの黒人ファッションに対する影響というのはおよそ計り知れないものがあっただろうし、彼等のユニークなスタイル、Tシャツに太いネックレスをし、両手を突き出しながらラップをするという代表的なスタイルも白人社会におけるクールさとは全く異なる側面を追求したといえる。しかし、その辺りの知識に現在は乏しいので、ここではその代わりにエミネムあたりのアーティスト、それから現在のビリー・アイリッシュについて言及したい。上記のグランジ、ミクスチャーの台頭、そして、貧者やゲトゥー的な文化に対する共感を持ち、それを音楽の中にも取り入れるというスタイルは、アメリカという社会がそれまでの七十、八十年代に比べると、経済的にも貧富の差が激しくなってきたのが要因であると推測される。そして、それは2000年以降の日本も同様である。
 
 
それほどまでに、アメリカの社会的に内在していて表側にはあらわれない問題は深まり、音楽という側面でも、大きな経済に踏みつぶされたような悲劇的な存在が生まれたことからも、アメリカの社会問題というのは、すでに九十年頃にはもうはじまっていたものと考えられる。つまり、それ以前まではブラックカルチャーの存在をスケープゴートにすることもできたものの、2000年以後の年代においては、人種差別的問題が表面化してきたため、彼等のことを表向きにはスケープゴートとして見立てる事ができないようになっていったのでしょう。エミネムの、デビュー以前の、白人社会のはぐれものとしての生き様、いわゆる社会の落ちこぼれとしてのというのが、彼の強い個性を引き出して、そして、唯一無二の強固なライム・スターとしての音楽性を形成した。それはまた白人としてでもなく黒人としてでもなく、その両性質を併せ持った彼の特異なリリックにあらわれており、そこに見いだされるのは、アメリカという社会に顕在している内在的な問題でもある。
 
 
「やるせなさ、どうにもならなさ、空虚さ」そんなニュアンスの感じられるエミネムの歌詞というのは、かつてのフォーク・ロックの体現者であるボブ・ディランと同じように、アメリカ全土に蔓延している社会的な気風、あるいは問題をはっきりと音楽として描き出したものであったように思われる。彼の金髪の短い髪、どことなく何かを深く見つめるような瞳、そして生来のスター性、カリスマ性というのは、アメリカという社会の厳しい風にふきされされたがためにエミネムというイコンを形作り、それはまたたとえ、幻想であろうとも、民衆の時代の要請に応えるような形で生まれでたものでが、エミネムという形で最終的に完成されたのではないだろうかと思われます。そして、それは以前までのスターと聴衆という二つにはっきりと分かたれていた存在を緊密にさせた。もっといえば、以前のビートルズのような存在ではなく、聞き手の苦悩のようなものに対して、そっと寄り添うような形で音楽シーンに台頭してきたのがエミネムなのであり、これまでは親のような存在であったミュージシャンが兄弟の立ち位置まで降りてきたのがこの辺りの時代だった。それはファッション性においてもごく親しい人から影響を受けるような感じで、日常的な若者のファッションスタイルを感化したことは疑いがない。
 
この2000年代になると、すでに、スター・ミュージシャン、ファッション・アイコンとしてのミュージシャンというのは、以前のポール・マッカートニーやジョンレノンのように神々しい存在ではなくなり、普通の人々にとってもすぐ手の届くような、近しい、もしくは親しい存在に変わっていった。
 
テレビ、その後のインターネットをはじめとする複数のメディアのイノベーションにより、アーティストの人前への露出度が増えたので、最早、ミュージシャンの姿がそれほどミステリアスな存在ではなくなった点が大きいかもしれない。その後、ミュージシャンの神格化というのはすでに昔日の虚影となり、Discordなどのプラットフォームのバーチャルで知り合う友達というように接する雰囲気が一般的に浸透してきている。つまり、95年からのインターネットの一般家庭への普及は、従来、ほとんど接点のなかった音楽家と民衆という二つの隔たりに架橋をすることになる。もちろん、これは良い側面ばかりにとどまらず、以前ならば知らなくても済んだことを知ってしまうという弊害も、ミュージシャンとリスナーの両者にもたらしている。この動向は、Yard Actのジェームズ・スミスさんがよくご存知のことだろう。しかしながら、2010年代からは、有名な人にも、以前のように、コンサートに行かなくとも、なんらかの媒体に接続すれば、彼等の存在に非常に接近することができるようになってきた。もちろん、ソーシャルで接する際には、人間としての節度というのをわきまえねばいけないでしょう。
 
つまり、以前のビートルズのような面々のように、一生に一度会えるかどうかもわからない存在ではなくなり、朝起きて、パソコンを立ち上げ、ネット上というバーチャルな空間ではありながらも、ごく当たり前のように、有名なミュージシャンの演奏、また彼等のインタビュー、そして、賛美両論ありましょうが、彼等の私生活を知ることもさほど難しくなっているというのは、最初の六十年代当時の人々から見ると、驚天動地のような革新だったのである。その辺りで、華々しくシーンに出てきたのが、奇抜なファッション、SF的な風味のある奇抜なファッション性を打ち出したレディー・ガガ。彼女のような存在は例外的事例としても、さらに2015年代に時が進むと、音楽家と聴衆の一体化、無差別化という傾向はいよいよ顕著になっていく。
 
Twitter、Facebook,Instageram、(現在はそれに加え、ドイツのMastodonも強い影響力を持ちはじめている)一般的な浸透により、SNS文化は音楽シーンにも無関係ではなくなり、アーティストの私生活をほとんど以前よりも気軽に接近していくことができるようになり、それはファッションスタイルという観点においても、憧れの的といえるようなファッションイコンを参考にして、また自分のコーディネイトの中に、気楽に取り入れられる時代となりました。

 
 
一連の流れの中でシーンに登場したのが、ビリー・アイリッシュという際立った存在でした。彼女は自身の生み出す音楽という面での魅力もさることながら、ファッションリーダ的な立ち位置としても多くの人々に支持されているようなのが伺えます。アイリッシュは、積極的にインスタグラムにおいて、自分の私生活の一部を公開したりしながら音楽活動を続けています。金髪の写真が有名ですが、どちらといえば、個人的な印象として根強いのが、彼女の緑色の髪の姿でしょう。

このビリー・アイリッシュという人物はどことなくフェミニンな印象があり、女性的ではありながらも、中性的なファッション性を有しているのが特徴で、彼女の奇抜な髪の色というのは、彼女もレディー・ガガとは異なる現代的ファッションイコンとしてその筆頭として挙げられるでしょう。

彼女のファッション的なカリスマ性というのは主に十代を中心とした若い女性の心をしっかり捉えているように思われます。
 
 
 
 
 6.70年のミュージシャンのファション性から見える彼らの考え、そして普遍的なオリジナリティ

 
 
 
 1960年代から2020年代までかなり駆け足ではありましたが、音楽とファッションと言うように題して、その中に副次的なファションイコンというテーマを据え、一時代の中で、ミュージシャンたちがどのような思想を持ってファッションをし、そして、どのような形で民衆と関わり合って来たのかを説明してきた。およそ、エルヴィスからはじまったロックスターという概念は、ビートルズやストーンズのような存在により押し広げられました。
 
七十年のピストルズのような存在が生み出したそれまでのロックスターとはまったく異なる形でのファッションスタイル。 八十年のマッドチェスタの項目では、オーディエンスやファンの中にミュージシャンのスタイルを浸透させていくような形で推進されていった。さらには1990年代に入ると、色濃く社会的な問題を反映させたようなパンクスやハードコア・パンクスのファッション、その裏側には稀に政治的なメッセージも込められていくようになる。やがて、2000年代に差し掛かると、テクノロジーという媒体を通して、より緊密な形でそれまで完全に分離されていたように思える音楽家と民衆(リスナー)がひとつに繋げられていくような傾向が見られる。
 
この一つに近くなっていくという特徴というのは2023年でも継続していて、音楽家と聴衆が一体化がなされ、距離がさらに縮まってきているという印象をうける。また、ファッション面においても、さらに拍車がかかっていくと思われる。果たして、今後、どのような形で、音楽家のファッション、そして。それに対する民衆のリアクションというのは変遷をたどるのか?
 
最後に述べておきたいのは、この記事(最初の原稿が完成したのは2年前)を書いていてなんとなくわかってきたのは、音楽というのは、ただ聴くという側面のみで語られるべきではなくて、社会的に、また、思想的にも分かちがたくむすびついている文化形態のひとつだということ。そしてその概念とも呼ぶべきものが形をとって表面上に、よく目に見えるわかりやすい場所にあらわれたものが、「ファッション」といわれるものであり、上記に列挙したアーティストの魅力的な服装というのは、彼等、彼女ら自身の揺るがしがたい思想をあらわしているともいえる。
 
ファッション・アイコンともいうべき存在が最初に登場した時代から、およそ70年という月日が流れてもファッションは、並み居るアーティストたちの強い概念というのを、音とはまた異なる形質で表しつづけている。おそらく、この帰結というのは、最初のジョン・レノンから、現在のアイリッシュにいたるまで、なんら変わることのない普遍的な事実ではないだろかと思われる。



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JOHN PEEL(ジョン・ピール) イギリスBBCのラジオDJのパイオニア


 

ダブの先駆者の一人、Lee "Scratch" Perry の遺作となるアルバム『King Perry』が、2024年2月2日にフォルス・アイドルからリリースされる。そのプレビューとして、グリーンティー・ペンをフィーチャーしたリード・シングル「100lbs of Summer」がTRICKYによるリミックスとともに本日到着した。


『キング・ペリー』は、85歳のペリーが2021年に亡くなる数ヶ月前に作曲、プロデュース、レコーディングした。レゲエのアイコンと英国を拠点とするプロデューサー、ダニエル・ボイルとの10年にわたるコラボレーションの最終成果である。

 

ダブの枠組みを広げ、新しいサウンドや実験を取り入れることを目指した2人のミュージシャンは、大西洋の反対側からファイルをやり取りすることからプロジェクトを始めた。やがて、このプロジェクトは、グリーンティー・ペン、ハッピー・マンデーズのショーン・ライダー、フィフィ・ロンなどがコラボレートした、ペリーのスタイルを讃えるフルレングスへと開花した。


アルバムの12曲の中には、グルーヴするビートに乗せられ、メロディックなホーンの挿入で彩られたレイドバック・チューンであるシングル曲「100lbs of Summer」と、ペリーのキャリア最後のレコーディングとなった「Goodbye」が収録。


『グッドバイ』について、ボイルはこう説明した。「不思議なことに、リーはクラシックの作曲家ヒューゴ・ベヒシュタインが手掛けたトラックの声を担当することになったんだ。彼の歌詞は、赤ちゃんに戻って生まれ変わることについて考えている。音楽が止まると、彼はただ『さよなら』というのさ」





デトロイト出身のダニー・ブラウンが世界のファンに愛されるのには理由がある。ダニーほど獰猛なリリックを、これほど魅力的な人物像にまとわせたMCはいない。初期の頃は、その韻やビートと同様に、パーマのかかった髪、歯を見せて笑う姿、奇妙なファッション・センスでも知られていた。


しかし、ストリートレベルのデトロイトと、その中でのシュールな日常を小節で表現する彼の能力は、彼の長寿を生み出し、彼の遺産を刻み込んだ。ヒップホップが無数の方向に分断されていた時代、ブラウンはそのすべてを科学しているようだった。ブレイクアルバム『XXX』をリリースする頃には、彼はアヴァンギャルドなインターネット・ヒップホップのムーブメントの先頭に立っていた。


以来、ブラウンはヨーロッパのフェスティバル・サーキットでレイバーを熱狂の渦に巻き込み、ヒップホップ専門誌、XXL誌の憧れのフレッシュマン・カバーを飾った。アール・スウェットシャツからQティップまで、ラップの王道とニュースクールの架け橋となり、アンダーグラウンドのエレクトロニック・レコード・レーベルと手を組んだ。


最も驚くべきことに、彼は不可解なまでに自分自身であり続けながら、これらすべてを成し遂げてきた。決して一方通行になりすぎず、バランスを保つ方法をわざわざ説明することもない。『Quaranta』は、10年以上にわたってファンを謎に包んできたアーティストの内なる独白を解き明かし、ついにその幕を開けようとしている。ブラウンの6枚目のスタジオ・アルバムは、2021年のパンデミックによる封鎖の間に書かれたもので、自伝的かつ個人的な内容となっている。「あまりやることがなかったから、自分が経験したことすべてを音楽に込めるのが一番だった 」と彼は言う。


イントロにあるように、"クアランタ "はイタリア語で "40 "を意味する。ブラウンによれば、『Quaranta』は2011年にリリースされたアルバム『XXX』の精神的続編であり、30歳のギリギリの人生を綴った悪名高い作品である。10年後、COVID-19が世界を停止させたとき、ブラウンはデトロイトのダウンタウンで初めて一人暮らしをしていた。何年も逃避行をしていた彼は、静けさと静寂に適応することを余儀なくされ、『Quaranta』の小節はダニー・ブラウン独特の日記的なものになっている。


「YBP」ではブラウンの幼少期や家族の一人称のシーンが鮮やかに登場し、"Jenn's Terrific Vacation "ではデトロイトのダウンタウンに立ち並ぶ2ベッドルームや新しいグルメ・ショップの家賃の高騰に涙したり、15年近いラップ・キャリアに対する後悔に満ちた考察がプロジェクト全体に深みを与えている。


クエル・クリス、ポール・ホワイト、SKYWLKRら、ブラウンの古くからのコラボレーターたちによる、角の取れた魅惑的なプロダクションに乗せたブラウンらしい電撃的なヴァースには事欠かないが、アルケミストがプロデュースした "Tantor "は、まさに彼のキャリアを通して賞賛されてきた、冷徹な鋼鉄のような矛盾に満ちた作品だ。


最近、モーター・シティ出身の彼はテキサス州オースティンで日々を過ごしているという。「オースティンは大好きだよ。もっと早く引っ越せばよかった」とブラウンは言う。人気ポッドキャスト『ダニー・ブラウン・ショー』の収録はオースティンで行っているが、この引っ越しのきっかけとなったのは、大きな転機となった別れだった。


彼はそのことを「Down Wit It」で語っている。この曲は男性の自省の告白であり、アルバムに収録されている多くの率直な場面のひとつ。クアランタの核となるミッション・ステートメントである成長、痛み、進歩、そして丘の上からの眺めは、MIKEとのコラボ曲 "Celibate "に収録されている "I used to sell a bit, but I don't fuck around no more, I'm celibate "の一節で理解できるだろう。


「ヒップホップでは、人はあまり年を取らないんだ」と彼は振り返る。「そういう意味で、ヒップホップは若いスポーツなんだ。他のほとんどのジャンルでは、50歳でも60歳でもまだやっていることができる」。しかし、ダニーはその成長をしっかりと身につけているようだ。ブラウンは今年、リハビリ施設に入所後、禁酒していることを発表し、JPEGMAFIAとのコラボ・アルバム『Scaring the Hoes』を引っ提げたツアーは、衰えを見せない生産性の高さを示している。


彼の機転の利いたウィットや社会の裏側からの話は相変わらずここにあるが、いつ言うべきかをようやく学んだ、賢明な男からの言葉であり、それによってより良質なサウンドになっている。「多くの人がコンセプト・アルバムを作るけど、コンセプトこそ僕の人生なんだ」とブラウン。



Danny Brown 『Quaranta』/ WARP


 

イタリア語で”40”を意味するダニー・ブラウンの最新作『Quaranta』は、2021年のパンデミックと同時期に制作が開始された。

 

悪夢的な時期と重なるようにして、ブラウンの人生にも困難が降り掛かった。The Guardianに掲載されたインタビューで、ブラウンはいくつかの出来事により、「自殺への淵に迫った」と胸中を解き明かしている。『XXX』でアウトサイダー的なラッパーとして名を馳せて以来、およそ10年が経ち、彼は40歳を過ぎた。2010年代には、ドラッグのディーラーをしたりと、猥雑な生活に身をやつしていたブラウンは、今年に入り、更生施設に入り、断酒治療に取り組んでいた。その経緯の中で、インタビューでも語られているように、親戚の葬式の資金をせびられたり、鎮静剤であるフェンタニルの作用により、悪夢的な時間を過ごすことになった。それはときに、過剰摂取の恐れがあったが、彼はそれをコントロールすることができなかった。

 

過ちがあったのか。才能の過剰さが人生に暗い影を落としたのか。それとも、そうなると最初から決まっていたのか。いずれにしても、WARPから発売された『Quarantic』は、今年最後のヒップホップの話題作であることは間違いない。今年、JPEGとのコラボ・アルバム「Scaring The Hoes」はラップファンの間で大きな話題を呼んだが、このサイトではレビューとして取り上げられなかった。このリリースに関して、一説によると、Warpは良い印象を抱いていなかったという。ソロアルバム「40」のリリースがその後に予定されていたこともあったのかもしれない。

 

「Quarantic」は、ラッパーが40代になった心境の変化を、あまりにも赤裸々に語ったアルバムであり、彼の重要なルーツであるダウンタウンやゲトゥーの生々しい日常生活が、クールな最新鋭のアブストラクト・ヒップホップとして昇華されている。アルバム全体には、やや重苦しい雰囲気が漂うことは事実としても、この制作を通じて、ブラウンが治癒のプロセスを辿ったように、聞き手もこのアルバムの視聴を通じて治癒に近いカタルシスを得ることになるだろう。

 

アルバムは、何か現在の彼と、過去にいた彼を、言語実験ーーラップによりーー結びつける試みのようでもある。辛い過去、厳しい過去、その他、優しい日々、労りに溢れていた日々、そういった無数の出来事、そして、彼の周囲にいた人々をひとりずつラップによって呼び覚ますかのようである。同時に、麻薬やうつ病、アルコールによる幻覚等を体験したブラウンは、現実と幻想を改めて解釈し、それを現在の地点から捉え、その不可解さを絡まった糸を解くようにひとつずつ解き明かしていく。アルバムを作るまで、おそらくブラウンは、現実にせよ非現実にせよ、その不可解さや理不尽さに対して決まりの悪さを感じていたに違いないのである。

 

アルバムは、シネマティックな効果を持つコンセプト・アルバムのような感じで始まる。タイトル曲「Quarantic」はサンプリングを施し、男女のボイスと英語とイタリア語の「40」という言葉が飛び交い、始まる。しかし、ブラウンがその40という言葉を耳にしたとき、彼の生命的な真実であるその言葉は、だんだん遠く離れていき、真実性を失うようになる。その後、よく指摘されている通り、スパゲッティ・ウェスタン調の哀愁のあるギターラインが始まると、ダニー・ブラウンは飄々とした感じでライムを始める。彼のリリックは寛いだたわごとのような感じで始まるが、背後のギターラインを背後に言葉を紡ぎ出すブラウンの姿を思い浮かべると、それは崖っぷちに瀕して、極限のところでラップをするような錯覚を覚えさせる。

 

 「Quaranta」

 

 

 

「Tantor」は、昔の電話や、インターネットのダイヤルアップ接続のサンプリングで始まり、ブラウンは00年代前後のネット・スラングの全盛期に立ち返る。メタルやパンクのギターラインをベースに、ブラウンはアブストラクト・ヒップホップの最前線が何たるかを示す。


ロック/メタルのギターラインとしてはベタなフレーズだが、これらがループサウンドやミニマリズムとして処理され、ブラウンの紳士的な人格の裏にある悪魔的な人格を元にするリリックが展開されると、革新的な響きを生み出す。これらの懐かしさと新しさが混在した感覚はやがてギャングスタ・ラップのようなグルーブを生み出し、彼はその中で、自らの人生にまつわる悪夢的な日々を呼び起こす。ローリング・ストーン誌が、レビューの中で、Husker Duについて言及しているのはかなり意外だったが、これはイントロが「New Day Rising」を彷彿とさせるからなのではないかと思われる。

 

このアルバムのサウンドに内包される悪夢的なイメージは、次の曲でさらに膨らんでいくような気がする。 「Ain't My Concern」は、親戚の葬式の費用をせがまれたアーティストの反論であるのかもしれないし、おそらく彼がすべてを背負い込んでしまう自責的なタイプの人物であることを暗示している。 

 

ダニー・ブラウンはオープナーと同様に、飄々とした感じでライムを披露するが、その背景には、クリスマスソング「Winter Wonderland」に対する皮肉に充ちた解釈が示されている。もしかすると、誰よりも冷静な眼差しで現実を捉えるブラウンにとっては、夢想的なクリスマスソングも実際的な真実性から乖離しすぎているがゆえ、滑稽で、醜く、暗いものに映るのかもしれない。本来、夢想的な響きを擁する「Winter Wonderland」は、ブラウンのアブストラクト・ヒップホップとして昇華されるいなや、悪夢や地獄そのものに変わる。そしてブラウンは理想と現実の間を匍匐前進で掻いくぐるかのように、精細感のあるリリックを披露している。この曲は同時に、悪夢的な現実と理想的な現実の中でもがこうとするブラウンの悪戦苦闘でもある。

 

それが、内側からやってくるにせよ、外側からやってくるにせよ、アーティストが内的な悪魔、外的な悪魔と悪戦苦闘する姿は、「Dark Sword Angel」にも見出せる。これらは西洋芸術の中で重要なテーマともなってきた経緯があり、少なくとも、キリスト教的な善悪論によってもたらされる概念であることには違いない。けれども、ダニー・ブラウンは、その善悪の二元論の中でもがくようにしながら、従来の倫理観、価値観、そして、道徳観を相手取り、ラップにより、その悪魔的な存在を召喚し、ときに戦い、剣でそれらを打ち砕こうとする。彼が2010年頃、あるいはまた、それ以前から積み上げてきた価値観との激烈な鍔迫り合いを繰り広げるかのようである。音楽的には、ゲトゥーのギャングスタ・ラップの範疇にあるサウンドの中でブラウンは歌う。そして、リズムやビートを刻む。 

 

 

 「Dark Sword Angel」

 

 

 

『Quaranta』は、40という年を経たがゆえ、今まで見えなかった様々な現実が見えるようになったという苦悩に重点が置かれ、シリアスやダークさというテーマが主題となっているように思われるが、他方、親しみやすく、アクセスしやすい音楽性も含まれていることは注目に値する。


「Y.B.P」はおそらくその先鋒となりえるだろう。ネオ・ファンクを下地にしたビートをベースにして、R&Bの要素をトラップ的に処理し、ダニー・ブラウンはリラックスしたライムを披露している。ブラウンはこの曲を通じて、自らの若さ、黒人、貧しい人々について熟考する。しかし、テーマそのものがダウナーな概念に縁取られようとも、ゲトゥーに根ざした文化への理解が、ユニークさと明るさを加えている。そして、JPEGのようなドープな節回しこそないものの、比較的落ち着いたテンションの中で、心地よいウェイブや、深みのあるグルーヴをもたらすことに成功している。

 

アブストラクト・ヒップホップは、ラップの中に内包される音楽性の多彩さや無限性を特徴としている。また、シカゴのラップミュージックを見ても、ジャズをラップの中に取り入れる場合は珍しくはない。同レーベルの期待の新人で、日本の音楽フェス、朝霧JAMにも出演したKassa Overall(カッサ・オーバーオール)が参加した「Jenn's Terrific」はアルバムのハイライトの一角をなし、最もアブストラクトな領域に挑戦している。

 

カッサ・オーバーオールのセンス抜群のモダン・ジャズの微細なドラム・フィルを断片的に導入し、それをケンドリック・ラマーの独自の語法とも称せるグリッチを交えたドライブ感のあるドリルの中で、ブラウンは滑らかなリリック/フロウを披露している。そして、米国のドリルはマーダーなどの歴史的な負の側面があるため、それほどシリアスにならず、ユニークさやウィットを加えようというのが慣習になっているのかもしれない。ダニー・ブラウンは、コメディアンのように扮し、おどけた声色を駆使しながら、この曲に親しみやすさ、面白み、そして近づきやすさをもたらしている。

 

イギリスのダンスミュージックの名門、WARPのリリースということもあってか、EDM/IDMの要素のあるエレクトロニックが収録されていることも、このアルバムの楽しみに一つに挙げられる。「Down Wit it」はスロウなEDM/IDMであり、90年代の英国のテクノを想起させるビートを背後に、ブラウンは同じように、言葉の余白を設けるような感じで、ライムを披露している。

 

しかし、曲の雰囲気は明朗なものでありながら、そこにはラッパーとしての覚悟のようなものが表されており、これは本作のオープナーの「Quarantic」と同様である。アーティストは、完全に決断したわけではないが、「このアルバムが最後になる可能性もある」と語っている。もちろん、以後の状況によって、それは変化する可能性もある。ただ少なくとも、旧来のキャリアを総括するトラックなのは確かで、イギリスのヒップホップで盛んなエレクトロニックとラップのクロスオーバーに重点が置かれているのにも着目しておきたい。


アルバムの前半部は、過激でアグレッシヴで、エクストリームな印象もある。しかし、本作は終盤に差し掛かるにつれて、より鎮静的な雰囲気のある曲が多くなっていく。それは彼の最近の2、3年の人生における困難や苦境を何よりも如実に物語っているのかもしれない。曲がダウンテンポやチルアウトの雰囲気を醸し出すのも、それを意図したというのではなく、鎮静剤のフェンタニルによる作用の後遺症なのかも知れず、自然にそうならざるをえなかったという印象もなくはない。

 

ニューヨークのラッパーMIKEが参加した「Celibate」は、ブラウンの過去にあるセクシャルな人生の側面をかなりリアルに描き出している。一方、ブラウンやコラボレーターのリリックやライムにより、彼の人生や存在に対する治癒の意味が込められている。人生の過去のトラウマを鋭く捉え、それを温かな言葉で包み込むことで、彼のカルマは消え、心の内側の最深部の闇は消え果てる。「Shake Down」もラッパーの従来のヒップホップのなかで穏やかな音楽性が表現されている。


アルバムの最後には、ジャポニズムに対する親しみが表されている。過激なものや鋭いものの対極にある安心や平和、柔らかさ、もっといえば、日本古来の大和文化の固有の考えである”調和”という概念が示される。「Hanami」には、三味線を模した音色も出てくるし、尺八を模した笛の音を聴き取れる。この曲は、チルウェイブ風のアプローチにより、ヒップホップの新機軸を示した瞬間である。それと同時に、実際に桜の下で花見をするかのような温和な感覚に満ちている。

 

2023年に発売されたアルバムの複数の作品には、当初、デモーニッシュなイメージで始まり、その最後にエンジェリックな印象に変遷していくものがいくつもあった。それがどのような形になるかまではわからないけれど、すこしずつ変化していくこと。それが一人の人間としての歩みなのであり、人格の到達の過程でもある。人間というのは、常にどこかしらの方角に向けて歩いてゆくことを余儀なくされ、最初の存在から、それとは全く別の何かへと変化していかざるを得ない。


ニューアルバム『Quarantic』のクローズ曲「Bass Jam」で、ブラウンのイメージは、悪魔的な存在から、それとは対極にある清々しい存在に変わる。それは人生の汚泥を無数に掻き分けた後に訪れる、明るい祝福なのであり、涅槃的な到達でもある。「Bass Jam」は、ラッパーがこの数年間の人生を生きてきたことに対する安堵を意味し、そこにはまた深い自負心も感じられる。

 


 

95/100 

 


「Hanami」



Danny Brownのニューアルバム『Quaranta』はワープ・レコードから11月17日より発売中です。



Thy Slaughterがデビューアルバムの制作を発表した。A.G.Cook&EASYFUNによるプロジェクト。

 

「Soft Rock」は、PC Musicから12月1日に発売。先行シングルとして、SOPHIEとの共作でウルフ・アリスのエリー・ロウセルが参加した「Lost Everything」と「Reign」の2曲がリリースされる。


PC Musicの新譜リリースの最終月にあたるこのレコードでは、デュオは友人でありコラボレーターでもあるCharli XCX、Caroline Polachek、Alaska Reidとも共演している。 

 

 

「Lost Everything」

 

 

 「Reign」

 



Thy Slaighter 『Soft Rock』

Label: PC Music

Release: 2023/12/1


Tracklist:

 

Sentence

Immortal

Reign

Heavy

Bullets

If I Knew

Flail

Lost Everything

O Fortuna

Shine A Light

Don’t Know What You Want

Fountain


 


ロンドンを拠点に活動するアーティスト、Molly Payton(モリー・ペイトン)は、2022年リリースの『Compromise EP』とラスト・シングル「Bandits」から、ニューシングルとミュージックビデオ「Asphalt」を発表した。


友人でありコラボレーターでもあるOscar Lang(ダーティ・ヒット)との共同プロデュースによる「Asphalt」は、ペイトンの傷つきやすい日記風のソングライティングの生々しい感情をとらえたもので、伝統的な曲の構成を拒否し、繊細な音響に乗せて、彼女の硬質で親密な意識の流れのストーリーテリングで落ち着きのない感覚を描いている。


「音楽業界やクリエイティブなプロセスのすべてが強制的に感じられるようになり、人に売るための商品を作っているだけでなく、自分も商品であると感じるようになった」


「ニュージーランドに戻って物事を少し整理して、音楽が再び楽しむためにするものになるように仕事を見つけたんだ。このプロジェクトに取りかかった時、その時自分がいた場所の感覚をとらえたものから始めたいと思った」


「アスファルトは、16歳のときに書いたやり方で、構成とかラジオで演奏できるとか、そういうことは一切気にせずに、落ち着かない気持ちと希望をとらえること以外は何も考えずに、20分で書いた。アスファルトは、私が再び音楽を作ることを好きにさせてくれた曲で、そのことにとても感謝している」



「Asphalt」

 

©︎Sadie Culberson

 NYインディーアーティスト、Herad Negroが新曲「I Just Want to Wake Up With You」を発表しました。このシングルは、2月9日にリリースされるニューアルバム「からのもので、以前シェアされたトラック「LFO」も収録されている。以下の自作ビデオをチェックしてください。




Brittany Howard(ブリタニー・ハワード)がニューシングル「Red Flags」を発表した。この曲は、2024年2月2日にリリースされる『What Now』のカットで、その後7月にはホージャーとのUKツアーが予定されている。


ブリタニーは、この曲についてこう語っている。「過去の恋愛において、私は赤旗を自分のためだけのパレードの一部、つまり何も気にせず走り抜けるためのものとして見る傾向があった」


「『Red Flags』はとてもディストピア的な響きがあり、私が感情的に成熟するまでの終末を感じさせる曲としては理にかなっている。大きな塔が倒れ、新しいものを作らなければならなくなったような感じだ」

 

 

 「Red Flags」


 

ジャック・アントノフ要するBleachersは、2024年3月8日にリリースされるセルフタイトルの4枚目のスタジオ・アルバムのニュー・シングル「Alma Mater」を発表した。


新レーベル、Dirty Hitとの初タッグとなるこの新曲は、Lana Del Reyのヴォーカルをフィーチャーしており、エネルギッシュなリード・シングル「Modern Girl」とは大きく異なり、青春時代を思い起こさせる内省的でアトモスフェリックなサウンドに仕上がっている。


このアルバムは、2021年リリースの「Take the Sadness Out of Saturday Night」に続く作品で、2024年春にはヘッドラインUKツアーが予定されている。

 

ツアーは3月19日にロンドンのO2フォーラム・ケンティッシュ・タウンでスタートし、マンチェスター、バーミンガム、グラスゴーでの公演を含む。チケットは11月24日午前10時より一般発売される。 

 

 「Alma Mater」




Bleachers 『Bleachers』

 


 

Label: Dirty Hit

Release: 2024/3/8


Tracklist:

 

I Am Right On Time

Modern Girl

Jesus Is Dead

Me Before You

Alma Mater

Tiny Moves

Isimo

Woke Up Today

Self Respect

Hey Joe

Call Me After Midnight

We’re Gonna Know Each Other Forever

Ordinary Heaven

The Waiter