Photo by Ebru Yildiz


アメリカ人シンガーソングライター、Mitskiのアルバム「Laurel Hell」がUS Billboardの「Top Album Sales」チャートで初登場首位を獲得、2月10日までにアメリカ国内で記録的なセールス、24,000枚の売上を記録しました。 2012年、Mitskiはデビュー作「Lush」をリリースし、これまでの最高のセールスウィークとなり、シンガーソングタイターのキャリアで初めてトップ10入りを果たしています。

 

「Laurel Hell」はシンガーソングライターMitskiが音楽業界からの引退を宣言した後の劇的な復帰作品。海外の音楽メディアによって称賛を送られた「Be The Cowboy」以来の作品となります。

 

ビルボードの「トップ・アルバム・チャート」は、従来のアルバム販売総数に基づいて、集計がなされるその週最も販売数の高かったアルバム作品のランク付けを行います。このチャートの歴史は、1991年5月25日に遡り、特に、その週のアルバムの販売数の目処を図るのに最適の指針となります。米ビルボードはSoundscan(現在はMRCデータ)からの電子的に集計された情報を利用し、このチャートの作製を行っています。


Dead Oceanから2月4日にリリースされたMitskiの「Laurel Hell」は、彼女のキャリアで初めてトップ40入りを記録し、またインディーズレーベルからプレスされた作品でありながら、アメリカの音楽市場で好調な売上を記録しており、USビルボードの発表するトップアルバムチャートで見事初登場一位を獲得しています。

 

さらに「Laurel Hell」は、この主要部門の他にも「Top Alternative Album」「Top Rock Album」「Vinyl Album」「TasteMaker Album」「Top Current Album」と複数部門で一位に輝き、アメリカの音楽業界にMitski旋風を巻き起こしています。グラミー賞のノミネートアーティストThe Weekndの「Dawn FM」と共に、アメリカ国内の音楽市場で大きな話題を呼び、トップセールスを競い合っており、次回のグラミー賞の候補にノミネートされることは間違いなしと言えるでしょう。

 

「Laurel Hell」は、先週末の時点で累計24,000部の売上を記録しています。そのうち、フィジカル盤の売り上げは、22000部、デジタル盤は2000部を記録。売上総数のうち、約17,000枚のレコードがLPとして販売されています。今回の販売総数は、2022年リリースされたアルバムの中で、最大の売上記録を樹立しています。

 

これは、英国の世界的なポピュラーミュージックシンガー、アデルに迫る勢いがあり、昨年、アデルの最新作「30」 が12月に35,000という記録を打ち立てて以来の快挙となります。

 



スネイル・メイルとして活動するリンジー・ジョーダンは2021年にMatadorから発表された「Valentine」のタイトル曲、新たな先行シングル曲「Adore You」と2曲収録のデモ音源を新たにリリースしました。

 

まさにこの曲は、スネイルメイルからのファンに向けての素晴らしいバレンタインデープレゼントになるはず。

 

「Valentine」はスタジオアルバムとは別バージョンを収録、さらに新曲「Adore You」もこれまでとひと味変わった独特なインディーポップ作品ですので、ファンとしては聞き逃がせませんよ。


リンジー・ジョーダンは、昨年、セカンドアルバム「Valentine」のリリース後、声帯のポリープ手術を受けるため、最新アルバムの後のツアーを延期することを余儀なくされている。「私は毎年、声帯の健康に苦しんでいます。数日歌った後、声が出なくなったんです」と当時リンジー・ジョーダンは述べており、その後、巨大なポリープが発見されたことが明らかとなりました。

 

その後、スネイルメイルは当初予定されていたツアーを延期。6月から改めて「Valentine」リリース後の公演を行います。2022年の6月23日には英国マンチェスターのリッツ、その後、グラスゴー、ブリストル、ロンドン、ブライトンを回る予定です。さらに、フランスのリヨンでのコンサートスケジュールが7月5日に組まれています。今後のライブパフォーマンスにも期待しましょう!!

 

 

「Adore You」

 

Big Thief

 

 

ビック・シーフは、NY州ブルックリン出身のインディーロックバンド。エイドリアン・レンカー、バック・ミーク、マックス・オレアルチック、ジェームス・クリヴチュニアにより2015年に結成された。

 

 

注目のインディー・ロックバンドとして現代アメリカのミュージックシーンに華々しく台頭し、「Masterpiece」、「Two Hands」をはじめとする、これまでに五作のスタジオ・アルバムを残している。次世代のフォーク・ロックを担う若手バンドとして注目を浴びている現在最もホットなロックバンドの一つで、バンドとしての主体的なアプローチの一つであるフォークバラードの他にも北欧トイトロニカにも似た実験的なポップソングを生み出すことでも知られている。

 

2016年のデビュー・アルバム「Masterpiece」が話題を呼び、インディーロック/フォークの気鋭として目される。2017年には、二作目のアルバム「Capacity」を発表する。その後、2019年にはイギリスの名門4ADとの契約を結び、「U.F.O.F」、また同年「Two Hands」をリリースしている。またこの二作はバンドの世界的な知名度を押し上げた出世作として数えられ、「U.F.O.F」はグラミー賞のオルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門にノミネートされている。

 

 

 

「Dragon New Warm Mountain I Believe In You」 4AD

 


 

 

Scoring 


Tracklisting

1.Change

2.Time Escaping

3.Spud Infinity

4.Certainly

5.Dragon New Warm Mountain I Believe In You

6.Sparrow

7.Little Things

8.Heavy Bend

9.Flower of Blood

10.Blurred View

11.Red Moon

12.Dried Roses

13.No Reason

14.Wake Me Up to Drive

15.Promise Is a Pendulum

16.12,000 Lines

17.Simulation Swarm

18.Love Love Love

19.The Only Place

20.Blue Lightning

 



ビックシーフの新作アルバム「Dragon New Warm Mountain I Believe In You」は豪華二枚組の構成の凄まじいヴォリュームによって多くのインディーロックファンを活気づけてくれている。この作品がリリースされた瞬間から、いや、それ以前から、海外の音楽メディアでは軒並み最高評価か、それに次ぐ目覚ましい評価を与えられた先週リリースされた作品の中でも最注目のアルバムである。にしても、僅か五ヶ月間のレコーディング期間で、20曲もの楽曲を生み出したこのバンドのクリエイティヴィティの高さにまずは称賛と敬意の念を送っておきたいところである。

 

今回の通算五作目となるビックシーフのアルバムは、ドラマーのジェイムス・ クリヴチュニアのアイディアが元になって制作されている。そこにはこれまでのこのバンドのフォーク・ロックの主体的なアプローチに加えて、打楽器的な実験音楽の要素が付け加えられているあたりがこのアルバムに大きな遊び心を感じさせる。先行シングルとしてリリースされた美しいフォーク音楽「Simulation Swarm」 をはじめとするやさしげな印象を持った聞かせる楽曲に加えて、これらのトイトロニカに近い雰囲気を持つ実験音楽よりの楽曲がアルバム構成全体にヴァリエーションをもたせている。

 

この聴きやすさと音楽家としての創造性の高さという2つの要素が絶妙に相まったことにより、この二枚組の作品を多くのファンにとって長く聴くに足る記念碑的なアルバムとすることだろう。


この作品は4つ、正確に言えば5つのスタジオをまたいで録音されている。NY北部、カルフォルニ州トパンガキャニオン 、アリゾナ州ソノラ砂漠、コロラド山脈、そして、マサチューセッツ州のウェストハンプトンのエルフィン、とアメリカの北部から南部にかけてのスタジオで録音され、それぞれのスタジオで別のエンジニアを起用していることにも注目である。今作は表向きには二枚組の作品ではあるが、ややもすると、4つの短いセクションで構成される四枚組のアルバムと称せなくもない。そして、別の土地で録音されたことにより、その土地の風土というか風合いというか、そういったどこか見知らぬ土地を旅したときのように、それぞれ異なる楽曲において、聞き手に新鮮な風景を音楽によって見せてくれる、そんな作品とも呼べるのである。

 

ジェイムス・クリヴチュニアは、このバンドの楽曲の主なソングライティングを手掛け、またシンガーでもあるエイドリアン・レンカーの作詞、作曲のおける草案ともいうべきものをいかに作品として落とし込むかに専心し、20もの長大なフォーク音楽の叙事詩を生み出すべく知恵を凝らしている。ジェイムス・クリヴチュニアは、アルバム全体のメロディーの良さそのものにリズム的な効果を与え、そして、フォーク音楽でありながらグルーブという概念を付加することに成功している。つまりこの作品は往年のアメリカのフォークロックの懐かしげな色合いを保ちながら、さらにそこに現代的なビートのノリが加わった無敵のアルバムともいえるのである。

 

レコーディング中に、ビックシーフは、Covid-19のパンデミックの結果、2020年の7月にバーモントの森で二週間の隔離を余儀なくされた。しかし、それでもこの隔離という出来事が、ソングライティングの面で、深い瞑想性、内省的な個性を楽曲そのものにもたらした。バンドはこの一種の運命の悪戯ともいうべき出来事を上手く操り、ブラスのエナジーとして昇華することに成功したのである。


それから、NY、アリゾナ、カルフォルニア、そして、コロラドのロッキー山脈、というように、いくつかのスタジオでセッションを重ねながら生み出された苦心作といえるかもしれない。このビックシーフの最新作には、このバンドが2020年にいくつかのアメリカの土地を旅する過程で見た美しい風景が音楽として叙情的に表現されている。それは、このバンドが、往年の古典的なフォーク音楽に対する深いリスペクトを表しているとも言える。いずれにしても、4ADからリリースされたビックシーフの最新作は、これまでのバンドのリリースの中で記念碑としての意味あいを持つ。幾度も聴き込むたび、深く、渋い味わいが滲み出てくる作品かもしれない。

 

 

 

 

 

Sub Popに所属するFather John Mistyは、五作目のスタジオアルバム「Chloë And The Next 20th Century」を4月8日にサブ・ポップとベラユニオン経由でリリースすることが決定しています。

 


 

 

今回、ファーザー・ジョン・ミスティは、先月の「Funny Girl」に続いて、アルバム作品の先行シングルとなる「Q4」を2月9日にリリースしています。

 

この楽曲「Q4」は、昔ながらのオーケストラルポップ、チェンバーポップを彷彿とさせるキャッチーな新作です。ファーザー・ジョン・ミスティの最新シングルは、彼の以前の楽曲「Funyimes In Babylon」と「I Love Honeybear」のミュージックビデオを手掛けたグラント・ジェイムズが撮影監督を担当し、映画のような雰囲気を持つセミメタミュージックビデオとして注目です。


このミュージックビデオではユニークなコンセプトが導入されています。架空の作家シモーネ・コールドウェルの興亡史を五分間のスナップショットで捉え、このヒロインの旅の山と谷を迎えるに連れ、それと連動して音のテクスチャーが同期されています。この楽曲「Q4」は、一作目の「Funny Girl」のように映画音楽のようなドラマチックなクライマックスへと導かれていきます。

 

ファーザー・ジョン・ミスティーはロサンゼルスで2月25日、ウォルト・ディズニーコンサートホールで、LAフィルハーモニー管弦楽団と一緒に演奏し、4月7日にはバービカン・センターでブリテンシンフォニアと一緒に二回の交響曲公演を含むスペシャルショーの開催を予定しています。

 

この2つの公演はソールドアウト。さらには、4月14日には、NYのレインボールームにて2つのショーを開催を予定しています。 

 

 




4月8日にサブ・ポップから発売される「Chloë And The Next 20th Century」の先行予約は既に開始されています。リリースの詳細につきましては、ファーザー・ジョン・ミスティーの公式ホームページを御覧下さい。 

 

 

 

 ・Chloë And The Next 20th Century

 

 

 

 

 

Tracklisting

 

1. Chloë
2. Goodbye Mr. Blue
3. Kiss Me (I Loved You)
4. (Everything But) Her Love
5. Buddy’s Rendezvous
6. Q4
7. Olvidado (Otro Momento)
8. Funny Girl
9. Only a Fool
10. We Could Be Strangers
11. The Next 20th Century

 

 

聖人ヴァレンタイン  異端思想と殉教者

 

 

国際的には休日として知られる2月14日のバレンタインの日。


キリスト教の休日にまつわる聖人ヴァレンタインの伝説には興味深いエピソードが見いだされる。そもそも、このヴァレンタインの名にちなむヴァレンティヌスという聖人は悲劇的な生涯を送ったのち、ローマのバチカンに聖人の認定を受けた人物である。 

 

 

St-Valentine-Kneeling-In-Supplication.jpg
ダフィット・テニールス三世によるSt.Valentine  Link

 

 

キリスト教では、そもそも教会の権力的な思想が蔓延していて、また、その権力構造を保持するための信仰がほめそやされた。最初の新約の時代を除いて、宗教自体が権力的な構造を持たなかったことはあまりない。これは後の時代中世の時代になればより顕著になっていった傾向のひとつである。つまり、教会内の組織を盤石たらしめる正統派以外のアウトサイダーの思想はおしなべて異端としてみなされた。正道から外れた思想を持つ聖職者は異端としてみなされ、教会の派閥から一定の距離を置かなくてはならなかった。さらにいえば、教会から排斥されたのである。それはときに、本当の真理に近ければ近いほどに煙たがられた場合もあるはずだ。

 

 

この異端者としての信仰の事例に当てはまるのが、ドイツの中世の神学者、マイスター・エックハルトである。「いかなる時も、神という存在がその人から片時も離れることはない」というような主旨の強固な論説を、彼は中世のドイツで示し説いた。M・エックハルトが書いたのは、どのような人にも、無条件に神のたゆまない愛が注がれるということである。神様がその人から離れることは絶対になく、その人がそういうふうに思い込んでいるだけというのである。

 

しかしながら、これは、中世のドイツのキリスト教にとっては、あまり都合の良い論説ではなかったかもしれない。なぜなら、M・エックハルトの説いた考えは、どちらかといえば日本の仏教の親鸞の考えに近く、信仰の良し悪し、多寡にかかわらず、一定の神の愛が万人にそそがれるということになるからだ。M・エックハルトは、当時のドイツの教会内においてみずからが異端的な思想を持つ神学者であったことを著書内でみとめているが、死後に著名な神学者として評価されるに至った。エックハルトの書いた原稿は後に「神の慰めの書」という表題で出版されている、日本では、講談社学術文庫から出版されているので一読をおすすめしたい。

 

そして、この聖ヴァレンタイン=ヴァレンティヌスもまた、おなじように教会内の聖職者として異端的な人物としてあげられるように思える。一般的な伝説としては、聖ヴァレンタインは、ローマ教区の司祭、あるいは、中央イタリアのウンブリア州の街、テルニの元司祭であると認められている。



バレンタイン発祥の地とされるウンブリア州テルニ


 

このヴァレンタイン伝説は、さるアステリウス裁判官の自宅軟禁中に、ヴァレンティヌスがローマの役人と信仰について話しはじめたところでストーリーが始まる。イエス・キリストの正当性について彼らは論じあった後、裁判官は、養子となった盲目の自分の娘を癒やすように頼むことにより、ヴェレンティヌスの信仰性を試した。つまり、信仰が篤ければ、イエスのような奇跡をおこすことは何でもないという暴論を吹っかけたのである。もしかりに奇跡が起きた場合、アステリウスの裁判官はヴァレンティヌスが求めたことは何でもすると約束をした。

 

伝説では、ヴァレンティヌスはこの裁判官からの挑発に乗り、彼は、神様に祈り、そして若い娘の目に手をおいた後、奇跡を起こし、彼女の視力が回復した。歴史上、人間には出来ない稀有な能力を発揮して奇跡を起こしたという人物は稀に存在するようだが、 つまり、ヴァレンティヌスはこの奇跡を起こした。言ってみれば、イエスに対する信仰心により、ヴァレンティヌスにイエスに近い神様の力が宿り、彼は、信仰心によってこのような新約聖書に何度も登場するたぐい(らい病の患者を治す等)の奇妙な奇跡を起こしてみせたのである。この奇跡にたちまち畏敬の念をしめしたローマの裁判官アステリウスは、ヴァレンチヌスに願い事は何かと尋ねた。

 

聖ヴァレンティヌスは、裁判官の家中のすべての偶像を破壊し、投獄されたクリスチャンを解放してほしいと願い出る。ここには、イエスの自己犠牲のエピソードをより強化すること、そして偶像崇拝の禁止の思想を一種の説話で彩ろうという意図も見て取れなくもない。それから、聖ヴァレンティヌスは、三日間の断食を行い、その後、家族と秘跡(バプテスマ)を受けねばならなかった。


これらのヴァレティヌスの指示に従い、裁判官は、その後、投獄されたクリスチャンを解放した。ここに見いだされるのは、殉教的な意味、つまり、新約の中に登場するイエス・キリストの仮の姿ー自己の犠牲を他者のために払った人物に対する称賛である。

 

ヴァレンティヌスはむしろこういったイエス・キリストの姿、言ってみれば、三世紀のローマに転生したイエス・キリストの生まれ変わりとして伝説中に描き出されている。そして、イエス・キリストの生まれ変わりのような人物像、理想像がこの聖人ヴァレンティヌスには見いだされる。その後、聖ヴァレンティヌスは、公の場で伝道師としての活動を行うようになり、これらの出来事からさほど時を経ず逮捕されている。新約聖書中に描き出されるイエス・キリストは異端者としての姿なのだけども、この聖ヴァレンティヌスにもまた同じように、伝道を行う教会の異端者としての姿がなぞらえられている。そして、ここにもまた、新約聖書のイエス・キリストが伝道を行う過程の受難と同じエピソードが見いだされるのに、多くの読者はお気づきだろう。

 

逮捕後、聖ヴァレンティヌスは、ローマ皇帝クラウディウス・ゴシック(クラウディウス二世)のもとに審判を受けるために身柄を送還された。

 

クラウディウス皇帝は、ヴァレンティヌスの人柄を好ましく思ったというのだけれども、キリスト教の正統派の教えを受け入れるように皇帝から要請された後に、ヴァレンティヌスは、皇帝の願いを完全に拒絶した。そのことにより、ヴァレンティヌスはキリスト教の異端者としてみなされたのだ。

 

聖ヴァレンティヌスは信仰を放棄するか、死刑宣告を受け入れるかの選択をローマ皇帝から迫られた後、269年2月14日、ローマ、フラミニアン門外(別名、ポポロ門)で処刑された。

 

つまり、国際的に有名なヴァレンタインデーは、この聖人の殉教に因んだ記念日(Bloody Valentine)というわけなのである。 

 

 

Porta del Popolo Octavian.JPG
現代のポポロ門

CC 表示-継承 2.5, リンクによる

 

この聖人ヴァレンティヌス伝説のエピソードにはどうやら、いくつかの脚色が込められているらしい。 聖ヴァレンティヌスが処刑される直前に、裁判官アステリウスの娘に、「あなたのヴァレンタイン」というメモを書いたというロマンチックな逸話が残されている。自らの死の直前になってなお他者への愛を欠かさないという点に、処刑されたキリストの姿、それから狂おしいほどのロマンチックな恋情、表向きには語られていない隠れたエピソードが見いだされる。

 

後に、この聖人ヴァレンティヌスの処刑の直前の逸話が一人歩きをして、ひとつのミステリアスな伝説として膨らんでいった。

 

この処刑前の聖人ヴァレンティヌスのエピソードの中に、叶わぬ恋愛としてのヴァレンタインのエピソードだけが残され、海外では花束を送る習慣となり、日本では、チョコレートを送る慣習として現代に引き継がれた。

 

花束を送る際、また、チョコレートを食べる際には、殉教者の伝説にまつわるエピソードを思い出してみても面白いかもしれません。


 Dischord Records

 

ディスコードレコードは、ワシントンDCの伝説的なパンクロックを専門とするレーベルである。1980年、Minor Threatのイアン・マッケイがTeen Idlesのジェフ・ネルソンとともに設立した。

 

 
 

Dischord Recordsの代名詞ともいえるMinor Threat、レーベルオーナーのイアン・マッケイ氏(前列)


 

レーベル設立当初は、DCハードコアシーンの元祖、ティーン・アイドルズのレコードの収益を元に、ワシントンDCのハードコアパンクのリリースを行うために立ち上げられたレーベルであるが、後に、Dischordは、USハードコアシーンの担い手となったのみならず、DIYの精神を掲げ1980年から長きに渡って運営されているインディーズレーベルでもある。ワシントンDCの知り合いのバンドのみをリリースするというスタイルは、今日まで貫かれているレーベルコンセプトでもある。

 

今回は、この1980年代からUSハードコアの最重要拠点となったディスコード関連の10の名盤をご紹介致します。

 

 

 

 

 1.Teen Idles

 

「Minor Distubance EP」

 

 

 

USハードコアシーンの祖、ティーン・アイドルズなくして、USハードコアを語ることは許されません。

 

イアン・マッケイ、ジェフ・ネルソンを中心にワシントンDCで結成。1980年代初頭、アメリカでドラックや暴飲といった退廃的な風潮が蔓延する中、それとは正反対の禁欲的な思想の一つ、「No Sex,No Drink,No Drug」を主張した最初のDCハードコアバンドであり、ストレイトエッジという概念を最初に生み出した伝説的ロックバンドでもある。「Minor Distubance EP」は性急なビートを打ち出した傑作で、イギリスの”Oi Punk”に近い硬派のパンクアルバムです。 

 

 

 

 

 

2.Minor Threat 

 

「Complete Discography」

 

 

 

イアン・マッケイ率いるMinor Threatの活動期の全音源が聴けてしまうという伝説的な名盤。初期のマッケイの激烈なテンションから、後期には、Fugaziを彷彿とさせる落ち着いたポストロック寄りのアプローチにバンドサウンドが徐々に変化していく様子が克明におさめられています。

 

マイナー・スレットという存在、このアルバムの影響力は凄まじいもの。後のSxE、ストレイトエッジ・シーンの先駆けとなり、このハードコアムーブメントは、ボストンやNYにも及んだ。「Filler」、「Minor Threat」「Straight Edge」を始め、USハードコアの伝説的な名曲が数多く収録されている。 







3.Void:Faith 

 

「Spilit」 

 

 

 

イアン・マッケイの実弟のアレックがヴォーカルを務めるFaith、そして、ワシントンDCでも最強のハードコアバンドであるVoidの痛快なスピリット作品。

 

Faithの方もシンプルなハードコアサウンドでかっこいいですが、なんと言っても注目なのはVoidです。この前のめりなヴォーカルスタイル、すさまじい勢いは歴代のハードコア・パンクの中でも随一の切れ味を持つヤバさ。USハードコアシーンの最初期の名スピリットとして挙げておきます。

 



 

 

4.Dag Nasty

 

「Can I Say」

 

 

  

1986年発売のダグ・ナスティーのデビュー作にして歴史的傑作。どちらかと言えば、ハードコアというより、メロディックパンクの枠組みで語られるべきバンドで、LifetimeやHusker Duに近い雰囲気を持つ。

 

デビュー作「Can I Say」には、スタジオ録音に加え、四曲のライブパフォーマンスが収録されています。スタジオの録音トラックもかっこ良いが、必聴なのは、「Circles」、そして追加収録のライブの楽曲「Trying」。速い、かっこいい、エモーショナル。後の1990年代のオレンジカウンティのメロディック・パンクシーン、スケートパンクシーンの音楽性の礎となった作品です。 

 

 

 

 

 

5.Rites Of Spring

 

「End On End」 

 

 

 

 

後に、One Last Wish、Fugaziをイアン・マッケイとともに結成するガイ・ピチョトーのバンド。


激烈な叙情を突き出したサウンドは、ニュースクールハードコアの祖であるだけではなく、エモーショナル・ハードコアの元祖でもある。作品のプロデュースはイアン・マッケイが担当。  

 

 

 

 

 

6.One Lat Wish

 「1986」 

 

 


 

Rite Of Springの3人のメンバーとEmbaraceのMichael Hamptonによって結成されたが、わずか活動数週間に終わった幻のバンド。

 

いわゆるエモサウンドとは一線を隠すエモーショナルハードコアサウンドを特徴とする。このアルバムは十数年間お蔵入りしていたというが、1980年代のエモサウンドを一早く体現した伝説的なアルバム。エモというジャンルがハードコアパンクを始祖としていることが良く理解出来るような作品。「Three Unkind Of Silence」「Sleep Of The Stage」、表題曲「One Last Wish」と、伝説的なエモーショナルハードコアサウンドがずらりと並ぶ様はもはや圧巻です。

 

 

 

 

 

7.Fugazi

 

「13 Songs」

 

 

 

 

イアン・マッケイがマイナー・スレットを解散させた後、ガイ・ピチョトーと始動させたパンクロックバンド。

 

表向きにはパンクロックバンドとはいえども、どちらかといえば、ポストロックバンドのようなミクスチャーサウンドを志向していた。大学の構内でライブをおこなったり、手作りのバンドフライヤーを作成したりと、DIYの活動スタイルに拘りつづけた。このデビュー作の魅力はなんと言っても、「Waiting Room」のかっこよさに尽きます。パンク、レゲエ、スカ、ポップス、あらゆるジャンルを飲み込んだ扇動的なダンスロック。この後、フガジは「In On the Kill Taker」「Red Maschine」といった、ポストロック寄りのアプローチを選んでいくようになる。

 

 

 

 

 

8. Jawbox

 

「My Scrapbook Of Fatal Accidents」 


 

 

上記のDiscordのハードコア・パンクのバンドとは違い、オルタナティヴロックの要素の強いJawbox。Jay Robbins(Goverment Issue,Burning Airlines)を中心に結成。1980年代の伝説的なインディー・ロックバンドです。

 

グループ内で紅一点の女性ベーシストを擁することから、The Pixiesに近い音楽の方向性を持っている。他にも、パンクの尖り具合も持ち合わせながら、ポップスの要素の強い音楽性という面で、Jawbreakerに近い雰囲気を持つ。アルバム「My Scrapbook Of Fatal Accidents」 はDiscordの関連レーベルからリリースされたベスト・アルバムに比する編集盤。

 

「68」や「The Shave」は、アメリカのバンドの中でピクシーズのオルタナ性にいち早く肉薄した隠れたインディーロックの名曲。その他、1990年代のオルタナティヴロックを予見した「Sound On Sound」といった落ち着いたエモーショナルな名曲は、現在も特異な輝きを放ち続ける。  




 

9.Q And Not U

 

「Power」 

 

 

 

既に2005年に解散しているQ And Not You.並み居るDiscordサウンドの中にあって、上記のJawboxやMedicationsとともに異彩を放つロックバンド。どちらかといえば、ワシントンというより、シカゴのTouch And Go、傘下のQuartersticksに所属するバンドに近い雰囲気を持つ。

 

強いて言えば、Dismemberament Planのサウンドアプローチに近い。この作品「Power」で展開されるのは、ディスコパンク、ニューウェイヴサウンドの色合いの強いダンスロックであるが、2000年代に埋もれてしまったアルバムです。 今、聴くと、それほど悪くはない。名盤とはいえないかもしれないが、現代的なロックサウンドの雰囲気を持つ面白さのある作品です。

 

 

 

10.Slant 6

 

「Soda Pop Rip Off」 

 


 

 

Discordの中でもとびきり異彩を放つガールズ3ピースのロックバンド。Christina Billlotteを中心に結成。

 

ハードコアパンクというよりか、The Yeah Yeah Yaehsのようなライオット・ガールのロックサウンド、ガレージロック色の強いバンド。男顔負けの力強さのあるヴォーカルは、上記のハードコアの猛者に比べ遜色のないパワフルさを持つ。この作品「Soda Pop Rip Off」は、英国のニューウェイブのX-ray Specsのようなキラキラしたサウンドの雰囲気を感じさせる。演奏がもたもたしているのは、ドラマーが元ピアニストで、ドラムの初心者であったからというのはご愛嬌。

 

 

New Dad



New Dadは、アイルランドのゴールウェイ出身の四人組のインディーロックバンド。メンバーは、Julie Dawson,Andle O'Beirn,Fiachra Parslow, Sean O 'Dowdで構成されている。

 

ドリームポップ、シューゲイザーの合間を縫うかのような絶妙なオルタナティヴサウンドは、これらのジャンルを生み出した同郷アイルランドのマイ・ブラッディヴァレンタインの後継バンドと称すことが出来るかもしれない。また、そこに、独特なアイルランドのバンドらしい叙情性が滲んでいる。

 

英国の音楽メディアNMEは、New Dadのサウンドについて、The Cure、Beabadooobee、Just Mustardといったバンドを引き合いに出している。また、Atwood Magazineは、New Dadのバンドサウンドについて、「皮肉じみた個性が表向きに感じられるが、そこには誠実さも滲んでいる。音には色彩的な視覚性が感じられ、歌詞には時に痛烈なメッセージが込められる」と評している。


New Dadは、2020年に自主レーベルからデビューを果たした新進気鋭のロックバンドであり、これまでに7枚のシングル作、及び、一枚のEP作品「Waves」をFair Youthからリリースしている。

 

アイルランド、ウェールズのブレコン・ビーコン国立公園で毎年8月に開催されるグリーンマン・フェスティヴァル、アメリカのピッチフォーク・ミュージックフェスティヴァル(パリ開催)、それからアイルランドのテレビ番組にも出演している。

 

1980年代のUKサウンド、スージー・アンド・バンシーズ、コクトー・ツインズ、ジーザス・メリーチェインズ、ライド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、上記のザ・キュアーを彷彿とさせる轟音性とポピュラー性にくわえ、淡い叙情性を兼ね備えた性質がNew Dadの魅力。四人というシンプルな編成であるがゆえのタイトな演奏、甘く美しいサウンドを主な特徴としている。

 

 

 

 

 

「Banshee」 EP Fair Youth

 

 

 


 

 

 

Tracklisting

 

1.Say It

2.Banshee

3.Spring

4.Thinking Too Much

5.Ladybird

 

 

 

今週の一枚として取り上げるアイルランドのNew Dadの2月9日にFair YouthからリリースされたEP「Banshee」。前作の「Waves」に続いて、このバンドの将来の明るさを証明付ける作品です。

 

「Banshee」は、アイルランドのベルファストで録音され、アメリカの傑出したSSW,ラナ・デル・レイやフィービー・ブリジャーズらの作品を手掛けているジョン・コルグルトンをリミックスエンジニアに選び、これまでよりもバンドとしてステップアップを図った意欲作というように称せるかもしれません。「Banshee」は、ジョン・コルグトンのエンジニアとしての敏腕がこの上なく発揮された秀逸なミニアルバムであり、スタジオ録音の作品ではあるものの、ライブバンドとしての若々しさ、みずみずしさ、溌剌さを余すところなく一発録りに近い瞬間の音として捉えています。

 

New Dadは、地元の学校仲間を中心に結成され、その後、アイルランドのバンドとして孤立している部分もありましたが、盟友ともいえる、Fountains DC,The Murder Capitalらの成功によって、イギリスひいてはワールドワイドのミュージックシーンへの大きな活路を見出していきました。

 

2020年始め、元々はスリーピースとして活動していましたが、フロントマンのジュリー・ドーソンが自分で演奏したり歌ったりするのが嫌という理由で、四人目のメンバー、ベーシストのショーン・オダウトが加入。

 

それに伴い、バンドサウンドとしても洗練され、厚みのあるグルーヴ感がもたらされました。バンドサウンドとしてのひとつの到達点が前作の「Waves」で、Slowdive、The Cureを彷彿とさせるような内省的なサウンドの雰囲気、歪んだディストーション、ドリームポップサウンドが絶妙に合致し、青春時代の切なさを感じさせるポップワールドが展開されるのが、このバンドの音楽性の醍醐味というようにも言えるでしょう。

 

New Dadの最新作「Banshee」は、New Dadがロックダウンに直面した際に、ソングライティング、レコーディングが行われている。バンドは、プレスリリースにおいて、「不安、ロックダウンの最中の多くの人が直面していた落ち着かなさ」について主題を絞っていると語ります。

 

十代の恋愛の片思いについて、フロントマンのジュリー・ドーソンが歌った「Say It」に始まり、スローダイヴやキャプチャーハウスを彷彿とさせる夢見心地なドリームポップサウンドが全力ど展開されていく。さながらMCなしのライブパフォーマンスを目の前で見ているかのように、息をつくまもない勢いで5つの楽曲は進行していきます。

 

まったりした印象を持つ秀逸なポップソング「Banshee」、バンドサウンドとして絶妙な緩急を交え展開される「Spring」に続いていき、「Thinking」で一息ついた後、この作品の評価を決定づけるフランジャーギターを活かした、前半部の雰囲気とは異なる華やいだ明るさを持つポピュラー・ソング「Ladybird」で、この作品は、ゆっくりと、静かに幕を下ろしていきます。

 

特に、このEPの中で、注目すべきなのが最終トラックとして収録されている「Ladybird」。フロントマンのジュリー・ドーソンが、アメリカのグレタ・ガーヴィグ監督の「レディー・バード」を鑑賞した後に書かれた作品で、この映画の中で流れている楽曲がデイヴ・マシューの曲を思い出させた。ドーソンは、この映画の中に人間関係の困難な部分や、苦労に直面した際に多くの人が感じる不安や恐れという感情に焦点を当て、そのときの感覚を新たな歌詞として提示しています。

 

この作品「Banshee」には、多くの人の共感を呼ぶような感情によって彩られています。それは特別な人ではなく、世界のどこにでもいるであろう、ごく普通の人たちにこそ相通じる普遍的な感覚のひとつ。それは別の言い方をしてみれば、社会不安にさらされがちな現代人の心に共鳴する「何か」がこの作品には込められていると思えるのです。