The Smile : Wall Of Eyes - Review スマイルがもたらすロックミュージックの革新

 The Smile  『Wall Of Eyes』

 


 

Label: XL Recordings

Release: 2024/01/26



Review 


終わりなきスマイルの音楽の旅


パンデミックのロックダウンの時期に結成されたトム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるThe Smileは、デビュー作『A Light For Attracting Attenstion』で多くのメディアから称賛を得た。

 

レディオヘッドの主要な二人のメンバーに加え、サンズ・オブ・ケメットのメンバーとして、ジャズドラムのテクニックを研鑽してきたスキナーは、バンドに新鮮な気風をもたらした。1stアルバムでは、現在のイギリスのロックシーンで隆盛をきわめるポストパンク・サウンドを基調とし、トム・ヨークの『OK Computer』や『Kid A』の時期から受け継がれる蠱惑的なソングライティングや特異なスケールが重要なポイントを形成していた。いわば、レディオヘッドとしては、限界に達しつつあったアンサンブルとしての熱狂を呼び戻そうというのが最初のアルバムの狙いでもあった。

 

続くセカンド・アルバムは、表向きには、1stアルバムの延長線上にあるサウンドである。しかし、さらにダイナミックなロックを追い求めようとしている。オックスフォードとアビーロード・スタジオで録音がなされ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラをレコーディングに招聘した。


オーケストラの参加の影響は、ビートルズの「I Am The Walrus」に代表されるフィル・スペクターによるバロックポップの前衛性、ラナ・デル・レイが最新アルバム『Did You Know〜?』で示した映画音楽とポップネスのドラマティックな融合、そして、変拍子を多用したスキナーのジャズドラム、ヨークが持つ特異なソングライティング、グリーンウッドの繊細さとダイナミックス性を併せ持つギターの化学反応という、3つの点に集約されている。全8曲というきわめてコンパクトな構成ではありながら、多角的な視点から彼らの理想とするロックサウンドが追求されていることが分かる。

 

このアルバムを解題する上で、XL Recordingsのレーベルの沿革というのが影響を及ぼしていることは付記しておくべきだろう。このレーベルはレディオヘッドの最盛期を支えたことはファンであればご存知のことかもしれない。しかし、当初は、ロンドンの”Ninja Tune”のように、ダンス・ミュージックを主体とするレーベルとして発足し、90年代頃からロック・ミュージックも手掛けるようになった経緯がある。

 

最近、Burialの7インチのリリースを予定しているが、当初はダンスミュージックのコアなリリースを専門とするレーベルだった。そのことが何らかの影響を及ぼしたのか、『Wall Of Eyes』は、全体的にダブの編集プロダクションが敷かれている。リー・スクラッチ・ペリーのようなサイケデリックなダブなのか、リントン・クウェシ・ジョンソンのような英国の古典的なダブの影響なのか、それとも、傍流的なクラウト・ロックのCANや、ホルガー・シューカイの影響があるのかまでは明言出来ない。


しかし、アルバムのレコーディングの編集には、ダブのリバーブとディレイの超強力なエフェクトが施されている。実際、それは、トム・ヨークの複雑なボーカル・ループという形で複数の収録曲や、シンガーのソングライティングの重要なポイントを形成し、サイケデリックな雰囲気を生み出す。


タイトル曲では、ダブやトリップ・ホップのアンニュイな雰囲気を受け継いで、アコースティックギターの裏拍を強調したワールド・ミュージックの影響を交え、ザ・スマイルの新しいサウンドを提示している。移調を織り交ぜながらスケールの基音を絶えず入れ替え、お馴染みのヨークの亡霊的な雰囲気を持つボーカルが空間を抽象的に揺れ動く。これは、アコースティックギターとオーケストラのティンパニーの響きを意識したドラムの組わせによる、「オックスフォード・サウンド」とも称すべき未知のワールドミュージックと言えそうだ。

 

それはまた、トム・ヨークの繊細な感覚の揺れ動きを的確に表しており、不安な領域にあるかと思えば、その次には安らいだ領域を彷徨う。これらの色彩的なスケールの進行に気品とダイナミックスを添えているのが、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラによるゴージャスなストリングスだ。そのなかにダブステップの影響を織り交ぜ、「面妖」とも称すべき空気感を作り出している。アウトロには、Battlesの前身であるピッツバーグのポスト・ロックバンド、Don Caballeroの「The Peter Chris Jazz」のアナログ・ディレイを配した前衛的なサウンドプロダクションの影響が伺えるが、このタイトル曲では、比較的マイルドな音楽的な手法が選ばれている。無明の意識の大海の上を揺らめき、あてどなく漂流していくかのような神秘的なオープニングだ。

 

 

『KID A』で、レディオヘッドはおろか、彼らの無数のファンの時計の針は止まったままであったように思える。しかし、ヨークはおそらく、「Teleharmonic」を通じて「Idioteque」の時代で止まっていたエレクトロニックとロックの融合というモチーフを次の時代に進めることを決断したのだろう。


この曲を発表したことにより、以前の時代の作品の評価が相対的に下がる可能性もある。しかし、過去を脱却し、未来の音楽へと、彼らは歩みを進めようとしている。このことは再三再四言っているが、長い時を経て同じようなことをしたとしても、それはまったく同じ内容にはなりえない。そのことを理解した上で、James Blakeの初期から現在に掛けてのネオソウルやエレクトロニック、Burialのグライム、ダブステップの変則的なリズムやビートの影響、ワールド・ミュージックの個性的なパーカッションの要素を取り入れ、静かであるが、聴き応えのある楽曲を提供している。一度聴いただけではその内奥を捉えることが叶わない、無限の螺旋階段を最下部にむかって歩いていくかのような一曲。その先に何があるのか、それは誰にもわからない。


『Wall Of Eyes』は、ポストロックの影響が他の音楽の要素とせめぎ合うようにして混在している。3曲目「Read The Room」のイントロでは、グリーンウッドのギターが個性的な印象を擁する。

 

バロック音楽とエジプト音楽のスケールを組みわせ、Blonde Redheadの「Misery Is A Butterfly」の時期の作風を思わせる古典音楽とロックの融合に挑む。しかし、最初のモチーフに続いて、「OK Computer」の収録曲に象徴される内省的なサウンドが続くと、その印象がガラリと変化する。スキナーの卓越したドラムプレイが曲の中盤にスリリングな影響を及ぼす。そして終盤でも、ポスト・ロックに対するオマージュが示される。Slintの「Spiderland」に見受けられる荒削りな音作りが、移調を散りばめた進行と合致し、魅力的な展開を作り上げている。


それに加えて、再度、ドン・キャバレロやバトルズのミニマリズムを基調としたマス・ロックが目眩く様に展開される。これらの音楽は、同じ場所をぐるぐる回っているようなシュールな錯覚を覚えさせる。それと同様に、ポスト・ロック/マス・ロックの影響を交えた曲が後に続き、「Under Our Pillows」でも、ブロンド・レッドヘッドの「Futurism vs. Passeism Pt.2」に見受けられるように、バロック音楽のスケールをペンタトニックに織り交ぜようとしている。

 

上記の2曲はロックバンドとしての音楽的な蓄積が現れたと言えるが、少し模倣的であると共に凝りすぎているという難点があるかもしれない。もう少しだけ明快でシンプルなサウンド、ライブセッションの楽しみを追求しても面白かったのではないだろうか。

 

ただ、「Friend Of A Friend」に関しては、ポップ/ロックの歴史的な名曲であり、ザ・スマイルの代名詞的なトラックとなる可能性が高い。トム・クルーズ主演の映画「Mission Impossible」のテーマ曲と同様に、5/8(3/8 + 2/8)という複合的なリズムを主体とし、The Driftersの「Stand By Me」を思わせる、リラックスした感じのウッドベース風のベースラインが曲のモチーフとなっている。

 

5/8のイントロダクションの4拍目からボーカルがスムーズに入り、その後、楽節の繰り返しの繋ぎ目とサビの前で、ワルツのような三拍子が二回続き、これがサビの導入部のような役割を果たす。そして、6/8(3/8+3/8)というリズムで構成されるサビの終わりの部分でも、リズムにおいて仕掛けが凝らされ、最初のイントロに、なぜ3拍の休符が設けられていたのか、その理由が明らかとなる。

 

その中で、さまざまな表現方法が織り交ぜられている。旧来のレディオヘッド時代から引き継がれるトム・ヨークの本心をぼかしたような詩の面白さ、ボーカルの微細なニュアンスの変容がディレイやダビングと結びつき、また、スポークンワードのサンプリングとの掛け合い、オーケストラの演奏をフィーチャーしたフィル・スペクター風のチェンバーポップが結び付けられ、最終的には、ビートルズの「I Am The Walrus」の影響下にある、蠱惑的なロックサウンドが組み上げられていく。分けても、終盤に収録されている「Bending Hectic」と同様に、ロンドンコンテンポラリーオーケストラの演奏の素晴らしさが際立っている。アウトロでは、トム・ヨーク流のシュールな歌詞がストリングスの和音のカデンツァに溶け込んでいくかのようである。

 

 

「Friend Of A Friend」 

 

 

「I Quit」でも、「Kid A」のIDMとロックの融合に焦点が絞られているらしく、二曲目のダンスミュージックと前曲のリズム的な面白さをかけあわせている。本作の中では最もインスト曲の性質が強く、主要なミニマル・ミュージックの要素は、デビュー作の内省的なサウンド、ストリングスの美麗さと合わさり、ダイナミックな変遷を辿る。表向きにはオーケストラの印象が際立つが、グリーンウッドのギターサウンドの革新性が、実は重要なポイント。従来から実験的なサウンドを追求してきたジョニー・グリーンウッドの真骨頂となるプロダクションである。そして、控えめなインスト寄りの音楽性が、本作のもう一つのハイライトの伏線となっている。

 

「Bending Hectic」は、モントリオール・ジャズ・フェスティバルで最初に演奏された曲で、アルバムのハイライトである。英国のメディア、NMEの言葉を借りるなら、「ロックの進化が示された」といえる。

 

それと同時にロックミュージックのセンセーショナルな一側面を示している。繊細なアルペジオを基調としたポスト・ロックの静謐なサウンドが続き、その後、「Friend Of A Firend」と同じようにスペクターが得意としていたストリングスのトーンの変容を織り交ぜた前衛的なサウンドへと変遷を辿る。曲の終盤では、70年代のジミ・ヘンドリックスのハードロックサウンドに立ち返り、ヨークの狂気すれすれのボーカルのループ・エフェクトを通じて、ダイナミックなクライマックスを迎える。しかし、曲の最後がトニカ(終止形)で終了していないことからも分かる通り、アルバムには、クラシック音楽のコーダのような役割を持つトラックが追加収録されている。

 

1stアルバム『A Light For Attraction』で示唆されたヨークの新しい形のバラード「You Know Me?」は、ジェイムス・ブレイクの楽曲のようにセンシティヴだ。飛行機を乗るのはもちろん、自動車に乗るのも厭わしく考えていた90年代から00年代のトム・ヨークの音楽観の重要な核心を形成する閉塞的な雰囲気も醸し出される。しかしそのメロディーには美的な感覚が潜んでいる。

 

クローズ曲では、「Fake Plastic Tree」、「Black Star」に象徴されるヨークのソングライティングの特色である「繊細なプリズムのような輝き」が微かに甦っている。それはいわば、暗鬱さや閉塞感という表向きの印象の先にある、ソングライターとしての最も美しい純粋な感覚の結晶である。最後に本曲が収録されていることは、旧来のファンにとどまらず、ザ・スマイルの音楽を新しく知ろうとするリスナーにとっても、ささやかな楽しみのひとつになるに違いない。

 


86/100




Featured Track「Bending Hectic」







トム・ヨークがイタリアの映画監督ダニエレ・ルケッティによる新作『CONFIDENZA(コンフィデンツァ)』の音楽を担当