Weekly Music Feature  Laurel Halo



 

現在ロサンゼルスを拠点に活動するローレル・ヘイローは、10年以上にわたってさまざまな町や都市に足を踏み入れ、一瞬、あるいはそれ以上の時間を過ごしてきた。彼女の新しいインプリントAweからのデビュー・アルバム『Atlas』は、その感覚を音楽にしようとする試みである。電子楽器とアコースティック楽器の両方を使用し、ヘイローは、オーケストラの層、モーダル・ハーモニーの陰影、隠された音のディテール、デチューンされた幻覚的なテクスチャーで構成された、官能的なアンビエント・ジャズ・コラージュの強力なセットを作り上げた。この音楽は、現実と空想の場所、そして語られなかったことを表現するための一連の地図として機能する。


Atlasの作曲過程は、彼女がピアノと再会した2020年に始まった。彼女はピアノの物理的なフィードバックと、感情や軽さを表現する能力を楽しんだ。翌2021年、パリの伝説的なCRMスタジオが彼女をレジデンスに招いたとき、彼女は時間を惜しまず、それまでの数ヶ月間に録音したシンプルなピアノのスケッチをダビングし、ストレッチし、操作した。2021年と2022年の残りの期間、ベルリンとロンドンを行き来しながら、ヘイローはギター、ヴァイオリン、ヴィブラフォンを追加録音し、サックス奏者のベンディク・ギスク、ヴァイオリニストのジェームス・アンダーウッド、チェリストのルーシー・レイルトン、ヴォーカリストのコビー・セイといった友人やコラボレーターのアコースティック楽器も録音した。これらの音はすべて、形を変え、溶け合い、アレンジの中に再構成され、そのアコースティックな起源は不気味なものとなった。


要するに、『Atlas』は潜在意識のためのロード・トリップ・ミュージックなのである。繰り返し聴くことで、暗い森の中を夕暮れ時に歩くような、深い感覚的な印象をリスナーに残すことができるレコードだ。そのユーモアと鋭い着眼点は、感傷的という概念を払拭するだろう。ヘイローの他のカタログとは完全に一線を画す『Atlas』は、最も静かな場所で繁栄するアルバムであり、大げさな表現を拒絶し、畏敬の念を抱かせる。


彼女の新しいレコーディング・レーベルからのデビュー・リリースにふさわしく、そのスローガンはアルバムのムードや雰囲気と類似している。畏敬の念とは、自然、宇宙、カオス、ヒューマンエラー、幻覚など、自分のコントロールを超えた力に直面したときに感じるものである。




『Atlas』/ AWE



 

カットアップ・コラージュとドローン/アンビエントの傑作

 

ローレル・ヘイローは、現行のアンビエント・シーンでも傑出した才覚を持つプロデューサーである。2012年のデビュー作で、会田誠の絵画をアートワークデザインに配したアルバムで台頭し、DJ作品とオリジナル・スコアを除けば、『Atlas』はヘイローにとって5作目の作品となるだろうか。そして、もう一つ注目しておきたいのが、坂本龍一が生前最後に残したSpotifyのプレイリスト「Funeral」の中で、ローレル・ヘイローの楽曲がリストアップされていたことである。しかも、坂本龍一が最後にリストアップしたのが、「Breath」という曲。これは彼がこのアーティストを高く評価しているとともに、並々ならぬ期待をしていたことの表れとなるだろう。


ローレル・ヘイローの作品は、どのアルバムもレビューが難しく、音楽だけを知っていれば済むという話ではない。特に、ローレル・ヘイローというプロデューサーの芸術における美学、平たく言えば、美的センスを読み解くことが必要であり、なおかつ実際の作品も、ポスト・モダニズムに属し、きわめて抽象的な音像を有しており、様々な観点から作風を解き明かす必要がある。例えば、実験音楽の批評で名高いイギリスのThe Quietusですら、今回の作品のレビューは容易ではなかったらしく、該当するレビューでは、ニューヨークのアンビエント・プロデューサー、ウィリアム・バシンスキー、ウィリアム・ターナーの絵画の抽象主義、そしてフランソワ・ミレーに代表されるフランスのバルビゾン派の絵画、そして、ゲーテの哲学的な思考等を事例に取り上げながら、多角的な側面から言及を行っている。そして、The Quietusのテクストに関してはそれほど長くないが、その中には確かに鋭い洞察も含まれていることが分かる。


謎解きやミステリー映画「ダ・ヴィンチ・コード」のように様々な考察の余地があり、聞き手の数だけ聴き方も違うと思われる『Atlas』。実は、深読みすればするほど、難解にならざるを得ない作品である。そして、裏を読めば読むほど、的確な批評をするのが困難になる。しかし少なくとも、この作品は、あるイギリスのコントラバス奏者、そして哲学をリーズ大学で学んだ作曲家の作風が思い浮かべると、その謎解きは面白いように一気に答えへと導かれていくのだ。

 

その答えは、オープニング「Abandon」で予兆的に示されている。例えば、「Abandon」に「ed Ship」という文節をつけると、一つの音楽作品が浮かび上がってくる。イギリスの作曲家、Gavin Bryars(ギャヴィン・ブライヤーズ)の「The Sinking of The Titanic」である。これはブライヤーズのライフワークで、これまでに何度となく作曲家が再構成と再演に挑戦して来た。ブライヤーズは、Aphex Twinにも強い触発を及ぼし、エレクトロニック系のアーティストからも絶大な支持を得る作曲家。彼は、タイタニックの沈没の実際的な証言を元にし、ときには給水塔やプール等の特殊な音響効果を使用し、このライフワークの再構成に取り組んできた経緯がある。


ローレル・ヘイローの『Atlas』のオープナー「Abandon」 ではこの特殊な音響効果の手法が取り入れられ、それがドローン・アンビエントという形に昇華されている。アンビエントのテクスチャーとしては、Loscil、Fennez、Tim Hecker、Hatakeyamaに近い音像を中心とし、音の粒の精彩なドローン音が展開される。そこに、ボウ・ピアノ、クラスター音のシンセ、ドローン音を用いたストリング、ファラオ・サンダースのようなサックスの断片が積み重なり、複雑怪奇なテクスチャーを構成している。つまりコラージュの手法を取り入れ、別のマテリアルを組みわせ、ドローン音という巨大なカンバスの中にジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングのような感じで、自由自在にペイントを振るうというのが『Atlas』における作曲技法である。

 

そして、ブライアン・イーノとハロルド・バッドが最初に確立したアンビエントの長きに渡る系譜を追う中で欠かさざるテーマが、「Naked to the Light」に取り入れられていることが分かる。それは崩壊の中にある美という観念。またそれは、朽ち果てていく文明に見いだせる退廃美という観念である。これは例えば、ニューヨークのWilliam Basinsky(ウィリアム・バシンスキー)が、ニューヨークの同時多発テロに触発された『The Disintegration Loop』という作品で取り組んだ手法。これは元のモチーフが徐々に破壊され、崩壊されていく中に、幻想的な美的感覚を見出すという観念をもとにした”Variation”の極北にある実験音楽。それは、ウンベルト・エーコが指摘する、本来は醜い対象物の中にそれとは相反する美の概念を捉えるという感覚である。


ヘイローは、バシンスキーのような長大な作品を書くことは避けているが、少なくとも前例を取り入れ、ドローン音楽という大きな枠組みを用意し、その中に変幻自在にボウ・ピアノのフレーズを配し、独特な音像空間を作り上げている。それは例えば、坂本龍一とフェネスのコラボレーション・アルバム『Cendre』において断片的に示された手法の一つである。そして、ストリングスを用い、ドローン音の効果を活かしながら、それらの自由なフレーズの中に色彩的な和音を追求している。


プーランク、メシアン、ラヴェル、ガーシュウィン等が好んで用いたようなクラシック・ジャズの源流にある近代和音が抽象的なドローン音の中を華麗に舞うという技法は、坂本龍一がご存命であったのなら、その先で取り組んでいたかもしれない作風である。そして、この曲は、ポピュラー・ミュージックシーンで最近好んで取り入れられている20世紀初頭の雰囲気を遠巻きに見つめるようなロマンチシズムに満ちあふれていることが分かる。

 

「Naked to the Light」

 

 

続く「Last Night Drive」では、それらの「古典的」と言われる時代への憧憬の眼差しがより顕著に立ち表れる。しかし、それは亡霊的な響きを持つオーケストラのストリングスのドローンとボウ・ピアノ、アーティスト自身によるものと思われるヴォーカルのコラージュが抽象的な空間性を押し広げていく。それらのコラージュやドローンを主体にした音像の中に、奇妙なジャズ・ピアノの断片が散りばめられる。かと思えば、その合間を縫うようにしてマーラーの「Adagietto」のような甘美的なバイオリンの絶妙なハーモニーが空間の中を昔日の亡霊のように揺蕩う。

一連のオーケストラ・ストリングスの前衛性は、フィル・スペクターがビートルズのアート・ロック時代の作品にもたらしたドローンのストリングスの手法だ。これらの古典と前衛を掛け合せたクラシックとジャズの混合体は、パンデミック時代にヘイローの脳裏を過ぎったロマンチシズムという考えを示しているのかもしれない。その中には奇妙な不安とそれとは相反する甘美的な感覚が複雑に、そして色彩的に渦巻いている。
 
 
これらの古典の中の前衛、あるいは前衛の中の古典というアンビバレントな手法の融合は、特にその後の「Sick Eros」で最も煥発な瞬間を迎える。同じように一貫してドローン音で始まるこの曲は、前曲と同じように、ボウ・ピアノ、ストリングの保続定音、そしてパーカッション的なコラージュを組み合わせて、Gavin Bryarsの『The Sinking Of Titanic』のような亡霊的ではありながら官能的なムーブメントを形成している。そして、その中にはBasoonのような低音部を強調する管楽器の音色が不気味なイメージのある音像を感覚的に押し広げていく。しかし、それらのドローン音を元にした展開は、終盤部分で変化し、甘美的な瞬間に反転する。その後、ストリングのトレモロだけが残され、奇妙な感覚を伴いながら、フェードアウトしていく。ここには交響曲の断片的な美しさが瞬間的に示され、それはやはりコラージュという手法により構成されている。
 
アルバムの中でピアノを主体にした短いムーブメントが2曲収録されている。その一曲目「Belleville」は間違いなく、Harold Budd(ハロルド・バッド)の『Avalon Sutra』の時代の温和で安らいだピアノ曲に触発されたものであると考えられる。 ディレイとリバーブをかけた抽象的なピアノの短いフレーズは、ジャズのディミニッシュコードを取り入れている。さらにその合間にボーカルのコラージュが組み合わされる。これは、コラージュの手法を用いた室内楽のような前衛的な手法が取り入れられている。2分半程度の短いスニペットであるが、そこにはやさしさやいたわりの感覚に満ち溢れている。これがサティのような安らぎを感じる理由でもある。
 
続く「Sweat,Tears and Sea」では、ピアノのデチューンをかけ、また空間的なディレイの効果を施し、音響性の変容という観点からユニークな音楽が生み出されている。モーリス・ラベルの『 Le Tombeau de Couperinークープランの墓』に象徴されるフランス近代和声法を受け継いだ音響性を持つピアノの演奏は、涼し気な響きを持ち合わせ、ウィリアム・バシンスキーの『Melancholia』の時代のプロダクションを踏襲している。ただ、この曲の場合は、デチューンをかけることで、原型となる音形を破壊して、デジタル・エフェクトによる多彩なバリエーションを生み出すという点に主眼が置かれている。着目しておきたいのは、この曲では、サティが好んで用いた特殊な和音を配置し、スタイリッシュな響きが生み出されていることである。それらはデチューンやディレイによって、必ず抽象的な音像として組み上げられていく。これはアーティストのフランスのサロン時代へのロマンスが示されているとも解釈出来るかもしれない。
 
前曲の安らいだ感覚はタイトル曲「Atlas」のイントロでも続き、まどろんだような感覚に満ちている。もしかすると、この曲は、オーケストラのおけるピアノ協奏曲のような意味を持つトラックなのかもしれない。ピアノの伴奏に合わせて、序盤の収録曲と同じように、シンセのドローン、ストリングのトレモロ(古典的な管弦楽法に加え、ドローン音の役割を果たす)、コラージュとして配される協奏曲のピアノのカデンツァのような技法が散りばめられることによって、この曲は電子音楽と現代音楽を掛け合せた壮大な協奏曲のような意味合いを帯びて来る。

こういった音響性における変容の可能性は、例えば、ピエール・ブーレーズが設立したIRCAMで研究されていることだが、ローレル・ヘイローは、それをスタイリッシュかつスマートにやり遂げている。特に、サイケデリックとも称せる全体的な音像のオリジナリティーも凄さもさることながら、音響の変容の持つ可能性を次のステップに進めようとしている。もちろん、前曲と同様に、その中には、色彩的な和音が取り入れられていて、それはジャズ的な和音性を帯びている。それらの抽象的なシークエンスは、これまでほとんどなかった管弦のピチカートで終わる。 

 
「Atlas」
 
 

空気感を象徴するような音像は「Reading The Air」 にも見いだせる。視界のおぼつかない靄や霧の中を漂うような感覚は、旧来の実験音楽の技法が数多く含まれている。あるときには、ストリングの強弱の微細な変化によって、あるときには、弦楽器の低音部の強調により、また、シュトックハウゼンのクラスター音により、複合的に組み上げられていく。そして全体的なドローン音の中で、微細な音の動きやコラージュがさながら生命体のように躍動する。

この曲の中で、無数のマテリアルは、一度たりとも同じ存在であることはなく、その都度異なる響きを持ち合わせている。もちろん、ウイーン学派/新ウイーン学派の管弦楽の技法に加えて、序盤の収録のような甘美的な瞬間が訪れる。しかし、この曲の中にあるのは、調和的なものと不調和的なものの混在であり、ヘンリク・グレツキのような作曲家が20世紀中頃に示した現代音楽の作風でもある。不協和音と協和音の不可解な混在は、長らく無調音楽と調性音楽を分け隔ててきたが、ローレル・ヘイローは、すでにその分け隔てがなくなっていることを示している。

続く「You Burn Me」では再び、Harold Budd(ハロルド・バッド)の作風を踏襲し、切なさや寂しさといった淡い情感が押し出される。これらはほとんど1つか2つの分散和音で構成される短いムーブメントの役割を具えている。そして、このアルバムには難解な曲が多い中、これらの2曲は、ちょっと息をつくための骨休みのような意味合いを持っている。言い換えれば、ジャズ的なララバイとも称せる。その感覚は、短いからこそハートウォーミングな余韻を残す。 

これまでにもギャヴィン・ブライアーズのコントラバスを主体にした管弦楽のような重厚な感じは、「Sick Eros」、「Atlas」、「Reading The Air」において示されてきた。もちろん、アルバムの最後を飾る「Earthbound」でも、その重厚感が途切れることはない。哀感を持つストリングスの組み合わせ、クラスター音の断片、ブライアーズの『The Sinking of Taitanic』でサウンドスケープとして描かれた崩壊されゆくものの中にある美的な感覚、これらの観念が重層的に組み合わされることで、現代音楽の極北へと向かう。


最終的には、金属的な打音のコラージュも加味され、ストリングの調和的、あるいは非調和的な響きは考えの及ばない領域に差し掛かる。最後のストリングのレガートがしだいに途絶え、そして、それが色彩的な和音性を伴って消え果てていく時、ローレル・ヘイローの音楽がすでに旧来の芸術観念では捉えがたい未知の領域に到達したことが、ようやく理解出来るようになるのだ。
 
 
 
「Earthbound」

 



98/100
 
 

Laurel Haloのニューアルバム『Atlas』はAWEより発売中です。ストリーミング/ご購入はこちら


アンビエントの名盤ガイドもあわせてお読みください:


アンビエントの名盤 黎明期から現代まで

 

ブライトンを拠点にする7人組のポスト・ロック・バンド、Flip Top Head(フリップ・トップ・ヘッド)が、ニュー・シングル「Alfred Street」をBlitzcat Recordsよりリリースした。現在、ブライトンでは、KEGを始め、複数のユニークなポストパンクバンドが群雄割拠している。彼らもまたトロンボーン奏者を擁するという点で、同じ様な個性的な魅力を擁している。

 

このニューシングルには、リハーサルの終わりに、ギタリストのハリーが電車に乗る時間に合わせて40分ほどで書き上げたという信じがたいエピソードもある。「Alfred Street」は、表現すべきことがあまりにも多く、それを表現する時間があまりにも少ないというディストピア的な感覚を孕みながら、決定的な緊迫感をもって前進してゆく。


「Alfred Street」は、3分ちょっとの間に喧騒が詰め込まれており、味わい深さがある。トロンボーンが次元を滑り、きらめくポストパンクの角ばったサウンドが、広がりのあるポストロックのブレイクダウン、スポークンワードの官能性、そして高鳴るヴォーカルの巧みさへと変化していく。


7人編成のFlip Top Headは、その分厚くマニアックなテクスチャーと、複数のリード・ヴォーカルによって、実存的な暗黒とガラスの破片のようなギターの熱に取りつかれたツートーン・バンドのようだ。さらに男女のダブル・ボーカルにはニヒリズムとペーソスが漂っている。Squidのアンサンブルにも近い緊張感と熱狂性があり、またZEPのようなクールな決めが後半に訪れる。


「Alfred Street」





CHAI 『CHAI』




Label: SUB POP/Jisedai Inc.

Release: 2023/9/22



Review

 

チルアウト風のリラックスした感じで始まる「MATCYA」を始め、4作目のセルフタイトルアルバムで、日本語と英語の歌詞を巧みに織り交ぜ、CHAIはネオカワイイ旋風を巻き起そうとしている。


四人組はこのアルバムで、日本語の可愛らしい響きと英語のクールな響きを掛け合せ、シンプルで親しみやすいポップ・バンガーを生み出している。加えて、『Punk』のリリース時代とは異なり、渋谷系のラウンジ・ジャズに触発されたサウンドをスタイリッシュなポップサウンドに昇華している。

 

彼女たちが掲げる「ネオカワイイ」とは、原宿の竹下通り近辺のサブカルチャーのノリを指し、それらのポップで個性的な概念性をこのアルバムで体現しよう試みている。すでにバンドは、世界的なフェスティバルにも出場し、サマーソニックにも出演。今作では、世界における日本のサブカルチャーがいかほど通用するかどうかの分水嶺となろう。プロデューサーを務めた高橋龍さんがおっしゃるように、「海外のフィルターを通した日本的なサウンド」という点に、4thアルバムのメインテーゼは求められる。さて、その試みは果たして成功するのだろうか?


少なくとも、このアルバムには従来のCHAIの魅力を凝縮したキャンディー・ポップのような甘々のサウンドがダイヤモンドさながらに散りばめられている。「From 1992」では、平成時代のエイベックスサウンドやダンスグループ、MAX、SPEEDといった一世を風靡したダンス・ポップを英語と日本語のリリックを交え展開している。そこには軽さやチープさもあり、乗りやすさと親しみやすさに重点が置かれているが、それらの要素は、パブリーな時代の雰囲気を思わせると共に、経済成長が堅調であった(と表向きには見なされていた)時代の気風の余韻をわずかに留めている。平成時代の音楽は一部の例外を除いて、K-POPのような形で大きな注目を浴びることはなかったものの、そのサウンドを今一度構築しなおし、プロデューサーの高橋氏と協力し、これらのサウンドがどの程度世界に通用するのかを彼女たちは試みようというのだ。

 

 「PARA PARA」も日本で一世を風靡したカルチャーに根ざしている。当時、原宿や竹下通り近辺にはわざと日サロで肌を焼いたガングロ・ギャルが誕生したが、これらの若者たちに親しまれていたのが、ユーロビートに合わせて踊るパラパラだった。しかし、「PARA PARA」は、パラパラとは相容れず、「ウチくる、えっちょっと」というイントロに続いて、チルアウト風のリラックスしたナンバーが続く。この曲でもJ-POPを下地にして、軽快なダンス・チューンを展開する。『PUNK』の時代のファンシーさこそなりをひそめているが、メロディーラインには以前より円熟味が増している。それらの親しみやすさのあるメロディーは、ダンス・ポップという形と掛け合わされ、CHAIらしいパワフルなサウンドが確立されている。そしてそれらは、クインシー・ジョーンズのようなダンサンブルでスタイリッシュなビートを内包させているのだ。

 

これらのダンスビートの反映は、Beatmaniaのような音楽のエンタメ性を上手い具合に取りこんでいる。軽やかなダンス・ポップが続き、アルバムのハイライトの一つ「GAME」では、ジャクソンの「Thriller」のようなユニークなダンス・ビートを踏襲している。もちろん、CHAIの手に掛かると、それはニューウェイブ系の音楽に組み合わされ、オリジナリティ溢れるサウンドに昇華される。もしくは、Pink Ladyのヒット曲「Monster」のようなファンシーなアイドル・ポップに変貌する。テック・ハウス・サウンドを下地にして、日本語のフレーズをリリックに巧みに織り交ぜ、それらをどのようにアンセミックなフレーズに組み上げていくのか。そういった試行は効を奏しており、ネオカワイイの断片的なテーゼを生み出している。曲の後半では、YMOのようなサウンドも登場して、以前よりも多角的なサウンドが追求されていることが分かる。


「We Are The Female!」はダンスビートの探求が一つの完成を見た瞬間である。この曲では英語の歌詞によるダンスビートのアンセミックな瞬間を生み出そうとしている。カッティングギターのファンクの要素はもちろんのこと、マナ・カナのボーカルの掛け合いは、ある種のウェイブやグルーヴを感じさせる瞬間がある。ステージ映えするような一曲であり、ダンス・ポップバンドの意地を見せる。曲の中盤からは、DEVOのようなスペーシーな展開力を交え、大掛かりなテクノ・ポップへと転じる。「Shut Up」、「Follow Us」といったシンプルなフレーズを交えつつ、宇宙に対して、CHAIは「私達はフェミニストである」と訴えかけるのだ。これらの歌詞とスペーシーなテクノ・ポップの融合は、ロック・バンガー的な雰囲気を帯びる瞬間もある。

 

Chaiの重要な表明である「Neo Kawaii, K?」では、ガチャ・ポップをKAWAIIという概念によって縁取ってみせる。それはやはり、原宿の竹下通りのサブカルチャーのノリがあり、プレスリリースのコメントで再三再四示された明るくハッピーな姿勢を反映させている。それらは時に、テクノの要素と掛け合わされて、日本のインターネット・カルチャーの電波系のノリへと転じてゆく。Dwangoのニコニコを中心とするサブカルチャーである。気になる点は、これらのノリは面白さがあるが、他方では、アルバムの序盤のメロディーの良さが潰れていることである。かといって、マッドな熱狂性を沸き起こすには至っていない。もうひとつの難点は、ネオカワイイという言葉が音楽に乗り移らず、言葉が上滑りしていることである。この曲では、前の曲のようなアンセミックかつインフルエンサー的なノリがいまいち伝わってこないのが惜しい。

 

むしろ、その後の「I Can't Organizeee」のほうが、ネオカワイイの雰囲気がガツンと伝わってくる。アルバムの冒頭や序盤の収録曲と同じように、リラックスしたチルアウトの要素とダンスビートが綿密に組み合わされ、キュートという言葉では補いきれないKAWAIIという言葉の核心が生み出されている。甘いキャンディーのようなメインボーカルと対比的に組み合わされるコーラスワークが頗る秀逸で、夏のラムネのようなシュワシュワ感のある一曲として楽しめる。マナ・カナのヴォーカルの掛け合いも絶妙であり、渋谷系のメロディーラインと組み合わされる事によって、CHAIが標榜するジャパニーズ・カルチャーの一端がスムーズに表現されている。

 

「Driving 22」、「Like, I Need」では軽快なノリと現行のガチャ・ポップを融合させた甘いポップが続き、「Karaoke」では、Perfumeのダンス・ポップ、 Rosaliaのアーバン・フラメンコを踏襲し、KAWAIIとして昇華している。クローズ曲のサウンドには、たしかにカラオケみたいな楽しい雰囲気がある。アイドル・ポップ、ガチャ・ポップ、ダンス・ポップをクロスオーバーしたカラフルなサウンドで、CHAIは「ネオカワイイ」の想いを全世界に向け全力でアピールしている。



78/100


Hijack Hayley(ハイジャック・ヘイリー)がニューシングル「Pedestrian」をリリースした。シンガポールを拠点に活動するインディーロックバンドのデビューEP「COUNTERPARTS」からの最新カットで、今作は10月14日にリリースされる。バンドはUKでのツアーを控えている。


「この曲は、日常の小康状態を変えたいということについて歌っているんだ。既存の日常から逃げ出し、高みを目指す。もっとカリスマ的で愛すべき存在になるために。この曲は、この冒険の勝利を暗示する大きな楽器のフィナーレで終わる」


「Pedestrian」



 


フレデリック・マクファーソン、ジェド カレン、ニコラス・パイ、ダニー ブランディからなるロンドンのオルタナティヴロックバンド、Spectorがニューシングル『Another Life」をリリースした。


「Another Life」は、発表されたばかりのニュー・アルバム『Here Come the Early Nights』の「The Notion」に続く最新カット。

 

ヴォーカルのフレッド・マクファーソンは、「『アナザー・ライフ』は、『ヒア・カム・ザ・アーリー・ナイツ』の中で最もアップビートな曲のひとつだが、アルバムの夕暮れの世界ではまだ意味がある。この曲は、スペクターの最初のツアーでオープニングを務め、10代の頃にジェドとバンドを組んでいた旧友のフィーフ(別名ポール・ディクソン)と一緒に書いたんだ。リリックの内容は、他者への忠誠の結果、親しい人たちと仲違いしてしまうというもので、僕らがここでやっていることや、異なる文脈/状況/宇宙ではすべてがどうなっていたかという白昼夢のようなものだ。熟成という言葉は嫌いだが、アコースティック・ギターを残したのだから、僕らは年を取ったに違いない」


ギタリストのジェド・カレンはさらにこう付け加えている。「ポール(・ファイフ)と僕は学校で曲を書いていて、勇気があれば、それが良いか悪いかお互いに聞いていた。今思えば、その曲の多くは駄作だったと思うけど、この曲はいい曲だ」と付け加えた。

 

Spectorのニューアルバム『Here Comes the Early Nights』は11月24日に発売される。



「Another Life」

©︎Bridgette Winten

 

メルボルンを拠点に活動するシンガーソングライター、アンジー・マクマホン(Angie McMahon)が、10月27日にAWAL Recordingsよりリリースされるアルバム『Light, Dark, Light Again』からの最新シングル「Exploding」を公開した。「Saturn Returning」、「Letting Go」、「Fireball Whiskey」に続くリリースとなる。Bridgette Wintenとの共同監督によるビデオは以下から。


「この曲は、自分の大きな感情をいつも抑圧して隠しておこうとするのではなく、時には噴出することを自分に許し、感情を物理的に解放し、ワイルドでドラマチックな動物になろうという約束なんだ」とマクマホンは声明で説明している。

 

「自分の感じていることを認め、それを表現する必要がある。この曲は、銀河系を飛んでいるような大きな音にしたかったし、バラバラになるような空間にしたかった。どこでバラバラになるのかは必ずしも明確ではないけれど、バラバラになることが重要だということだけは分かっている。この曲は、ルビー・ギルの動物的な身体とオープンマインドで新しいことにアプローチして、それがどこに行くか見てようと考えた」


「Exploding」

 

ホリー・ハンバーストーン(Holly Humberstone)がニューシングル「Into Your Room」をリリースした。Amazon Musicでのライブパフォーマンスを収録したミュージックビデオが公開されている。下記より御覧下さい。

 

この曲は、10月13日にリリースされる彼女のデビュー・アルバム『Paint My Bedroom Black』からの最新曲で、インストア・ツアーも予定されている。

 


アストラルワークスとUMeは、ブライアン・イーノの2016年の代表的アルバム『ザ・シップ』のリマスター再発を発表し、12月8日にカラー・ヴァイナル(コーク・ボトル、・グリーン)で発売される。


このリリースは、ブライアン・イーノがバルト海フィルハーモニー管弦楽団とその指揮者であるクリスチャン・ヤルヴィと共演し、ヴェネチア・ビエンナーレから新たに委嘱された作品。一連のライブ・パフォーマンス「シップス」と同時期に行われる。初演は、2023年ヴェネツィア・ビエンナーレ・ムジカの目玉として、10月21日にフェニーチェ劇場で行われる。シップス』は、『ザ・シップ』をオーケストラ用にアレンジした作品で、イーノの新曲と古典的な楽曲が収録されている。


『ザ・シップ』は、2005年の『アナザー・デイ・オン・アース』以来初めてヴォーカルをフィーチャーしたイーノ作品で、タイタニック号の沈没と第一次世界大戦にインスパイアされた。「人類は傲慢とパラノイアの狭間で揺れ動いているようだ」とブライアンは当時語っていた。


オープニング・トラックの "The Ship "と2曲目の "Fickle Sun (i) "は、アルバムの大半を占める。そして、俳優ピーター・セラフィノヴィッチのナレーションが入った "Fickle Sun (ii): The Hour Is Thin"、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドの "I'm Set Free "の有名な解釈である "Fickle Sun (iii) "へと続く。


ピッチフォーク誌は、「ザ・シップは予想外の素晴らしいレコードだ。タイトル・トラックと "Fickle Sun (i) "は、単体としても、また繋がった音楽としても、イーノのカタログの中でも際立った、素晴らしい作品だ。そして、"I'm Set Free "は、イーノがこれまで手掛けた曲の中で、最も完璧なサウンドのポップ・ソングに即座にランクインするだろう」と評している。


バルト海フィルハーモニー管弦楽団とその指揮者であるクリスティアン・ヤルヴィ、シップスとの共演に加え、この公演では、ピーター・セラフィノヴィッチもカメオ出演し、長年のコラボレーターであるギタリストのレオ・エイブラハムズとプログラマー/キーボーディストのピーター・チルヴァースのサポート、さらにメラニー・パッペンハイムのヴォーカルも加わる。


アルバム『ザ・シップ』は、声を使っているが、特に歌の形式に頼っていないという点で、珍しい作品だ」とブライアンは言う。


「時折登場人物が漂い、音楽が作る曖昧な空間に迷い込むような雰囲気だ。背景には戦時中の感覚があり、必然性がある。オーケストラにふさわしいスケール感もあるし、多くの人が一緒に働いている感じもある」


「私が音楽を演奏したいように、楽譜だけでなく心から音楽を演奏するオーケストラにしたかった。奏者は若く、フレッシュで、情熱的であってほしかった。バルト海フィルハーモニー管弦楽団を初めて見たとき、私はそのすべてを見つけた。それで決まり!」



「The Ship」

©Michelle Mercado

アトランタのシンガーソングライター、フェイ・ウェブスター(Faye Webster)が、6月の「But Not Kiss」に続くニューシングル「Lifetime」を発表した。この曲は、ブレイン・デッドのカイル・ンが監督したミュージック・ビデオと共に公開された。以下よりチェックしてみてください。


©Alexa Viscius

Squirrel Flower(スクイレル・フラワー)がニューシングル「Intheskatepark」をリリースした。このシングルは、前作「When A Plant Is Dying」「Full Time Job」「Alley Light」に続くシングルとなる。


「この曲は2019年に小さなおもちゃのシンセサイザーで書いた」とエラ・ウィリアムズは声明で説明している。「季節、感情、人間関係、物事が変わっても、夏の完璧な明るさ、新しいときめき、ポップなリフを感じようとすることができる。太陽の下を自転車で走りながら聴くのが最高だ」


新作アルバム『Tomorrow's Fire』は10月13日にFull Time Hobby/Polyvinylからリリースされる。また昨年、Squirrel Flowerは、LGBTQの若者の自殺防止のためのコンピレーション・アルバムに参加し、女性の中絶権利を支援する団体のためのコンピレーションにも参加している。


 


Blink182が10月20日のリリースに先駆けて、再結成アルバム『ONE MORE TIME...』から2曲の新曲を発表した。


アルバムのタイトル曲である 「ONE MORE TIME」は、内省的なバラードで、バンドのキャリアのアーカイブ映像を使った同様のテーマのミュージック・ビデオが付属している。一方、「MORE THAN YOU KNOW」はクラシックなポップ・パンク・アンセムだ。両曲の試聴は以下からどうぞ。


1『ONE MORE TIME...』は、ブリンクにとって2019年の『NINE』以来のアルバムであり、シンガー・ギタリストのトム・デロンゲとは2011年の『Neighborhoods』以来のアルバムとなる。今日のシングルは、マーク・ホッパスとトラヴィス・バーカーがデロンゲとの再結成を発表した2022年のトラック「Edging」に続く作品だ。


今月初め、Blink-182は、妻のコートニー・カーダシアンが緊急の胎児手術を受けたため、バーカーが一緒にいられるよう、長かったワールドツアーの日程をいくつか延期した。ヨーロッパ・ツアーはその後再開され、10月中旬まで公演が予定されている。その後バンドはアメリカに戻り、ラスベガスで開催される『When We Were Young Festival』のヘッドライナーを務める。来年、バンドはオーストラリア、ニュージーランド、メキシコをツアーする。

 

「MORE THAN YOU KNOW」

 

 

  「ONE MORE TIME」

 

 


リバティーンズ、ベイビーシャンブルズのメンバー、そしてソロアーティストとしても知られているピート・ドハーティの新作ドキュメンタリー映画『Stranger In My Own Skin』の予告編と公開詳細が明らかになった。予告編は上記より。


チューリッヒ映画祭で初公開されることが発表されていた『Peter Doherty - Stranger In My Own Skin』は、リバティーンズとベイビーシャンブルズのシンガーであるカティア・デヴィダスの妻が監督を務めている。


現在、この映画は2023年11月9日から映画館で上映されることが発表されており、イギリス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデン、スイス、ベルギー、スペイン、オランダ、ポーランド、カナダ、アイルランド、オーストリアで上映される。


あらすじによると、この長編ドキュメンタリーは、「イギリスのパンク・シンガーソングライターであり、リバティーンズの伝説的フロントマンであるピーター・ドハーティが、人気絶頂の中、中毒のどん底に落ちていく様を追ったもの」だという。


「10年にわたり、監督でありミュージシャンでもあるカティア・デヴィダスが、200時間を超える独占映像を撮影した。ドハーティは、自身の言葉で、闇から再び光の中に浮かび上がり、悪魔を克服するための感情的な戦いを語っている」


新しい映像とアーカイブ映像からなるこの予告編は、ドハーティがBabyshamblesのB面曲「The Man Who Came To Stay」の歌詞を不吉に言い換えたところから始まり(「もし世界中が "君こそ運命の人だ "と言うのなら、それを信じないようにしよう、我が息子よ」)、タブロイド誌の餌食となり、レディング・フェスティバルのヘッドライナーを務めたドハーティが、愛と父親としての経験を通して贖罪を果たすまでのクリップが展開する。また、このドキュメンタリーには、ザ・クラッシュのミック・ジョーンズとエイミー・ワインハウスも出演している。


 Nation Of Language 『Strange Disciple」

 


Label: [PIAS]

Release: 2023/9/15

 




Review

 

ニューヨークでは、現在、ソロやバンドを問わずシンセ・ポップが盛り上がりをみせている気配がある。ブルックリンのシンセ・ポップ・トリオ、Nation Of Languageもそんな流れを象徴付けている。トリオはプリマヴェーラ、ピッチフォーク・フェスティバル、アウトサイド・ランズ等、世界規模のフェスティバルへの出演を経て、サード・アルバムで一回り成長して帰ってきた。


バンドは今作で、ニューロマンティックの系譜にあるサウンドをポスト・パンクと結びつけようとしている。Duran Duran、JAPAN、Human League周辺のクールでニヒリスティックなボーカルにテクノ調のビートが搭載される。そのサウンドの内核には、ポスト・パンクのオリジナル世代のJoy Divisionを彷彿とさせるマシンビートが響き渡る。しかし、機械的なアプローチが主体であろうと、ネイション・オブ・ランゲージの音楽は叙情性を失わない、言い換えれば、マシンのテクノロジーを音楽性の根幹に置こうとも、人間味や精彩感を失うことはないのである。

 

アルバムのオープナー「Weak In Your Light」のイントロは、クラフトワーク風のレトロなシンセで始まるが、その後を引き継ぐのは、Duran Duran、Human Leagueに象徴される80年代のシンセ・ポップである。 ボーカルはニヒリスティックな感覚もあるが、ボーカルラインには爽やかさと清涼感が迸る。そして一般的に、少し軽すぎる印象もあるニューロマンティック風のアプローチに関して強く惹きつけられるものがある。それはおそらく、彼らの本質がオルタネイトなグループであるためなのだろうか。少なくともトリオは、これまで、Pixies、Replacements,Broken Social Scene等のオルトロックバンドの名曲のカバーを行っていることからも分かる通り、彼らの楽曲のスケールやコード進行の中に若干捻りがある。そのワイアードな感覚がMTV時代のシンセ・ポップと重なり合い、新しいとも古いとも付かない奇妙なポップ・サウンドが生み出されることになった。


「Sole Obsession」も同じようにDuran DuranやHuman Leagueのシンセ・ポップを継承している。しかし、シンセのフレーズの組み立て方に工夫が凝らされている。パルス状のアルペジエーターとシークエンスが組み合わされ、重層的な構造性が生み出される。しかし、その空間的なシンセの構成に加え、Joy Divisionようなマシンビートが干渉することで、得難いグルーブ感が生み出される。ダンスフロアのビートのような迫力こそないものの、テクノ的なスタイリッシュなビート感を味わえる。もちろん、爽やかなボーカルもその雰囲気を引き立てる。これはThe 1975のマティ・ヒーリーが書くようなシンセ・ポップを基調にしたソフト・ロックとそれほどかけ離れたものではあるまい。そして、同じように軽やかな雰囲気が奇妙なカタルシスを呼び覚ます。


通常、リスナーは何らかの期待感を持ってアルバムを聴き始めるものだ。そこで、その後の展開がどのような感じで展開していくかに関わらず、アルバムのオープニングで、作風の意図を明確に示しておく必要がある。この点において、Nation Of Languageはシンセ・ポップのベタなアプローチを図り、グループの音楽のコンセプトを的確に示しているのが美点である。そして、一度、音楽がスムーズに流れ出すと、その後、クリアに展開されていく。「Surely I Can't Wait」では、前の2曲と同じようなアプローチを取っているが、YMOの全盛期に近いスタイリッシュな雰囲気を取り入れることで、ユニークな感覚が生み出されている。そして、旧来の米国のオルト・ロックからの影響は、メロディアスなボーカルラインに、ちょっとした掴み、フックのようなものをもたらしている。これが一度聴いたら耳に残る何かがある要因なのである。


アルバムの序盤では徹底して音楽における規律というのを重視した上、Nation Of Languageは、その後、自由なアプローチを図る。「Swimming in The Shallow Sea」では歪んだオルト・ロック風のギターラインを取り入れ、遊びの部分を設けている。ここでは、ドリーム・ポップのような夢想的な音楽性を押し出し、リスナーを夢見心地の最中に誘う。ただ、それは曲のスタイルが変更されたのではなく、飽くまで、スロウなシンセ・ポップの延長線上で遊び心溢れる志向性が選ばれたに過ぎない。そしてそれは、80年代後半のドリーム・ポップのようなロマンティックな感覚を呼び覚ます。言うなれば、だんだんとアルバムの音楽が深化していくような気分にさせる。

 

表向きのシンセ・ポップに隠れるように潜んでいたAOR/ソフト・ロックの要素がアルバムの中盤にかけて前面に押し出される。「Too Much, Enough」では、シンプルで親しみやすいフレーズを歌いながら、ジャーマン・テクノとソフト・ロックを掛け合せた作風に転ずる。YMOのようなレトロな感覚のポップというスタイルを継承しているが、チープで親しみやすい音色とボーカルラインの軽妙さが程よく合致し、彼ら独自の音楽性へと昇華されている。ビートとメロディーという2つの要素がせめぎ合うようにし、その中間域を揺れ動く。そして、これらの感覚はユニークな印象をもたらすとともに、聞き手の興味を惹きつけてやまない。

 

その後も、一貫したアプローチが続く。「Spare Me The Decision」でもレトロなテクノを基調として、それらをメロディアスで叙情的なボーカルと結びつけている。それらの展開はやがてソフトロック/AORのような和らいだ爽やかなボーカルのメロディーラインを擁するサビへと緩やかに変化していく。それほど大袈裟なアクセントや起伏があるわけではないが、メロディーラインは口ずさみやすさがあるため、ライブではアンセミックな瞬間をもたらす可能性がきわめて高い。つまり、この曲は、世界的な規模を持つライブバンドがステージ映えする音楽を生み出そうとした結果生み出されたものなのだろう。ひときわ興味を惹かれるのは、ボーカルの音域が広いわけでも強弱や抑揚をつけるわけでもないのに、強固なグルーブ感が生み出されていること。これはテクノ・ポップという音楽の核心をトリオが熟知しているがゆえなのだろう。もちろん、ステージでのライブ感覚という一つの指針を相携えてのことである。


このアルバムの中で、個人的に最も素晴らしいと思ったのが続く「Sightseer」だった。アルバム全体に満ちている癒やしの感覚は、このミドルテンポのトラックで最高潮に達する。それは、Joy Divisionのイアン・カーティスが「Ceremony」、「Atmosphere」といった名曲で探求した、落ち着いたサイレンスに根ざした癒やされる感覚である。同じように「Sigetseer」でも、ニューロマンティックとニューウェイブを掛け合せている。清涼感のあるボーカル・ラインは、スティングが80年代に書いたUKポップのアンセミックな瞬間とロマンチズムを呼び覚ます。このトラックに溢れるMTVの全盛期の淡いノスタルジアは、その時代を知るか否かに依らず、奇妙な哀感をもたらす。曲の最後では、オルガン風の音色のシンセの演奏と絶妙なポップセンスが組み合わされ、神妙な瞬間が訪れる。ここに、トリオの音楽の醍醐味が求められる。曲の構成がシンプルでポップありながら、幽玄さを持ち合わせているという点に。


以後、Nation Of Languageは、「Stumbling Still」においてポスト・パンク的なアプローチをみせる。オーバードライブを掛けた骨太のベースラインで始まるこの曲は、シンセ・ポップと結びつき、最もノイジーな瞬間へ移行する。稀に曲の中に亀裂をもたらすように走るノイズ。しかし、メロディアスな雰囲気を毀つことはない。アルバムの序盤で示されたニューロマンティックのニヒリスティックな雰囲気は、中盤で立ち消えとなった後、終盤のトラックで舞い戻ってくる。その後、The 1975の音楽性に親和性がある「A New Goodbye」で、まだ見ぬ潜在的なファンにアピールし、さらにアグレッシヴなシンセ・ポップ「I Will Never Learn」で力強いエンディングを迎える。


Nation Of Languageのニューアルバム『Strange Disciple』は、そのプロダクションの意図するところがきわめて明確であり、彼らが示そうstyle="max-width: 100%;"とする音楽性が物凄くシンプルに伝わってくる。特に、アルバムのハイライト「Sightseer」は彼らのベスト・トラックと言っても差し支えないのではないか。

 

 

84/100





 


 

グラミー賞を受賞した敏腕プロデューサー、ジャック・アントノフのバンド、Bleachersがニュー・シングル「Modern Girl」をDirty Hitからリリースした。この曲は、2021年の『Take the Sadness Out of Saturday Night』に続く、近日発売予定のアルバムの最初のテイストだ。アレックス・ロケットが監督したこの曲のビデオを以下でチェックしよう。楽曲のストリーミングはこちら


ブリーチャーズは、先月、2022年7月26日にニューヨークのラジオ・シティ・ミュージック・ホールで行われたソールドアウトのヘッドライン・ライヴの模様を収録した21曲入りライヴ・アルバム『ライヴ・アット・レディオ・シティ・ミュージック・ホール』をリリースした。今後が楽しみ。




 


今後、ブレイクしそうな予感があるリバプールの四人組ロックバンド、STONEは、10月27日に2nd EP「Punkadonk 2」をPolydor Recordsからリリースする。

 

最新曲「If You Wanna」のリリースを記念し、バンドは「友達と一緒に歌いたくなるような曲を書きたかった」と語っている。この曲は、このカラフルなGen Zの経験の中でポジティブさを見つけることを歌っている。「Punkadonk 2」のリスニング・パーティーがリバプールにて開催されるとのこと。間違ってアンフィールドに行かないように。このパーティーの詳細は以下の通り。

 

『 If You Wanna』が発売され、セカンドEP『Punkadonk 2』の発表に興奮している。10月27日に発売される。これを記念して、地元のレコード店に行ってEPを聴かせたい。「Punkadonk 1」で一緒にお祝いできなかった人のため、Punkadonkのリスニング・パーティーを開催したい。EP+チケットのバンドルは、各公演専用の無料スペシャルTシャツ、無料のストーン・メディア・ワールドワイド名刺、無料ステッカー・セット付きで金曜日に発売される。ぜひダンスシューズをご持参ください。

 

 

「If You Wanna」

 



STONE 「Punkadonk 2」


1. If You Wanna

2. Compulsive

3. Am I Even A Man

4. I’ve Gotta Feeling

5. Left Right Forward

6. I’m Still Waiting


boygeniusは、待望のデビュー・アルバム『the record』からのハイライト曲「Cool About It」の新しいミュージックビデオを公開した。


このビデオは、フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・デイカスのスーパーグループ・トリオが今週初めにソーシャルメディアで予告した後に公開された。全編アニメーションで、監督はローレン・ツァイ。


『Cool About It』は、美しくメランコリックで突き刺さるような曲で、しばしば説明のつかない感情を言葉にしたものです」とツァイはプレスリリースで語っている。「ボーイジーニアスという天才とコラボできるなんて、夢のようです。私は11歳の時にYouTubeでアニメーションのビデオを作りましたが、過去に戻って自分に言い聞かせることができるとしたら、これ以上夢中になれるものはないと思います。彼らの作品が私の人生に多くの影響を与えてくれたことに、私はいつも感謝している」


「Cool About It」