Album Of The Year 2023 今年のベスト・アルバム40をピックアップ (Part 1)


Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” (Part 1)

 


今年を総括しておきますと、2023年度のリリースの総数は、パンデミック開けの昨年に比べると、さほど多くはなかったという印象です。これはおそらく、2021年にレコードの生産がロックダウン等で停滞していた流通が、翌年に発売が引き伸ばされたことに起因するかもしれません。

 

表面的な印象としましては、昨年の方が話題作やビックアーティストのリリースが断然多かったようです。今年は、週間のアルバムを探していても、1、2作しか話題作がないという週も少なからずでした。


テイラー・スウィフトが世界的な影響力を持つ中で、海外では個性的なアーティストも数多く出てきた年でした。

メインストリームでは、ソロアーティストによるスーパーグループ、boygenius、Geffen Recordsの新しい看板アーティスト、Olivia Rodrigoの登場が音楽シーンの今後の命運を左右する印象があるかもしれません。他方、アンダーグランドのミュージック・シーンでも、Anti、Matador、4AD、City Slang、Mergeを中心に注目すべきアーティストが数多く登場しました。今年はジャンルを問わず、「隠れた名盤」が数多く登場しました。どちらかと言えば、一回聴いてわかるというよりも、 よく聴かないと、その真価が分からないという作品が多かったように思えます。

 

今年、多数のレビューをさせていただいた実感として、音楽そのものに関しては、個別的なポピュラー性を求めるグループ、反対に音楽そのものの多様性やクロスオーバー性を徹底的に突き詰めるグループに二分されていたという印象を受けます。また、音楽という形態は、現実では実現不可能なものを実現させることが出来るような、稀有な表現媒体でもあることを実感しています。

 

今年も国内外のたくさんの読者様に支えられたことに篤く感謝いたします。さらに、リリース、ライブ情報をお送りいただいたすべての方々に深く感謝申し上げます。何より、日々制作に励むアーティストのみなさん、良いクリスマスとお正月をお過ごし下さいませ。来年も引き続き、Music Tribuneをよろしくお願いいたします!! 
      
   

・サイトがバッファに耐えられないので、記事を3つか4つに分割して公開する予定です。


To summarize this year, my impression is that the total number of releases in 2023 was not as large as last year at the opening of the pandemic. This may perhaps be attributed to the fact that the distribution of records production was stalled in 2021 due to lockdowns, etc., and the releases were stretched out to the following year.
 
On the surface, my impression is that there were definitely more high-profile and big artist releases last year. This year, there were more than a few weeks where you could find an album of the week and there were only one or two buzzworthy releases.

With Taylor Swift's global influence, it was a year that also saw a number of unique artists emerge overseas. In the mainstream, a supergroup of solo artists, boygenius, Geffen Records' new signature artist, Olivia Rodrigo, the new signatory of Geffen Records, may give the impression that the future fate of the music scene depends on their appearance. On the other hand, in the underground music scene, Anti, Matador, 4AD, City Slang, and Merge, among others. Regardless of genre, many "hidden gems" appeared this year. If anything, it is more than just recognizable after one listen,Rather, it seems that there were many works whose true value could not be appreciated unless one listened to them carefully.
 
As a result of reviewing many of the albums this year, I have the impression that the music itself was divided into two groups: those who sought individual popularity, and those who were more interested in the diversity and crossover nature of the music itself. I also realize that music is a rare medium of expression that can realize the unrealizable in reality.
 
We would like to express our sincere gratitude to the many readers both in Japan and overseas who have supported us this year. We would also like to express our deepest gratitude to all those who sent us information on releases and live performances. Above all, to all the artists who work hard every day on their productions, we wish you a happy Christmas and New Year.

 

Thank you very much for your continued support of Music Tribune in the coming year! 
      
   

The site cannot withstand the buffer, so we will publish it in installments.




・Best 35 Albums

 

Ryuichi Sakamoto(坂本龍一) 『12』


 

 


 

Label: Commons/Avex Entertainment

Release: 2023/1/17

Genre:Post Classical/Amibient

 


『12』は、今年4月2日に亡くなられた坂本龍一の遺作。YMOの活動や以後のソロ活動において、映画音楽やオーケストラ音楽、盟友であるAlva Notoとの実験的な電子音楽という多岐にわたる音楽を追求してきた。昨年からは「V.I.R.U.S」と称するリイシューを発表していた。

 

『12』は、日記のように書かれた作品で、癌の闘病中であった坂本龍一の渾身のアルバムとも言え、曲名は制作された日付を元に銘打たれ、人生の記録のような意味も読み取ることが出来る。

 

音楽性としては、従来、音楽家が得意としてきたアンビエント、クラシカル、そして新たにジャズの要素が付加されている。さらに驚くべきことに、厳しい状況の中で、制作者は、電子音楽という観点を通して、従来の作風のなかで最もアヴァンギャルドな音楽性に挑戦している。ピアノの演奏に関する気品に満ち溢れた演奏力は最盛期に劣らず、敬愛するバッハに対するオマージュともとれる「sarabande」も制作していることにも注目したい。クラシック音楽を親しみやすい音楽として、一般的なファンに広めるべく専心してきた坂本さんの集大成を意味するような作品。NHKの伝説の509スタジオで行われたピアノライブ、及び、インタビューも大きな話題を呼んだ。さらに生前最後のコンサート映画「OPUS」はヴェネチア国際映画祭で上映された。

 

 

「12」 Album Teaser

 

 

 

CVC 『Get Real』

 



Label: CVC Recordings

Release: 2023/1/23

Genre: Rock/R&B


ウェールズから登場した六人組のコレクティヴ、CVC(チャーチ・ヴィレッジ・コレクティヴ)はユニークなデビューアルバム『Get Real』を今年の初旬に発表した。チャーチ・ヴィレッジは、ラグビー場とパブに象徴される小さな町。CVCは、ウェールズ国内のライブを軒並みソールドアウトさせている。

 

CVCはビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズを始めとするヴィンテージ・ロックに強い触発を受けているという。

 

昨年末、デビュー・シングル「Docking The Pay」で、ドライブ感のあるハードロックサウンドを引っ提げて、ささやかなデビューを飾ったコレクティヴ、CVCは、今年、デビューアルバムで飛躍を遂げた。ビンテージ・ソウル、ファンク、ロックといったメンバーの音楽的な影響を持ち寄り、それらをコンパクトなサウンドにまとめている。

 

本作は、デビューシングル「Docking The Pay」に加え、「Hail Mary」、「Winston」、「Good Morning Vietnam」等、粒揃いの楽曲を収録したファーストアルバム。デビュー当時、彼らは、ラフ・トレードに提出したプレス資料の中で、「ウェールズを飛び出し、海外でライブをするようになりたい」と語っていましたが、その夢はすでに実現し始めている。小規模のスペースではありながら、NYCでのライブを実現させている。今後、どのようなバンドになるのか非常に楽しみ。

 

 

Best Track 「Hail Mary」





The Murder Capital 『Gigi's Recovery』



Label: Human Session Records

Release: 2023/1/20

Genre: Alternative Rock

 

The Murder Capitalはアイルランド/ダブリンの四人組。元々はポスト・パンクサウンドを引っ提げてデビュー・アルバムをリリースした。


デビュー作では、確かに若いポスト・パンクバンドとしての荒削りな感じが彼らの魅力だったが、セカンドアルバムでは、若干音楽性を変更している。本作にはオルタナティヴロックを中心に聴き応えのある曲が多数収録。ザ・マーダー・キャピタルは、エモーショナルなポップ性とオルタナティヴロック直系の捻りを追加し、オリジナリティー満点のサウンドを確立させた。


フロントマンのジェイムス・マクガバンは、アルバムの制作時のパンデミックの期間を、ダブリン、ドニゴール、ウェックスフォードで過ごし、自らを見つめ直す機会を得た。内省的とも解釈出来るサウンドは、セカンド・アルバムの重要な骨格を形作り、前衛的とも言えるシンセサイザーのテクスチャーと複雑に絡み合わせ、独自のオルタナティブロックサウンドを生み出した。


『Gigi's Recovery』にはThe Murder Capitalの新しい代名詞とも言えるサウンドが収録。バラードをオルト・ロックとして昇華した「Only Good Thing」、Radioheadの次世代のサウンド「A Thousand Lives」もまた、バンドらしくクールとしか言いようがない。今年、バンドはコーチェラ・フェスティバルでもライブパフォーマンスを行い、海外にもその名を轟かせることになった。  

 

 

Best Track 「A Thousand Lives」

 


 

 

Fucked Up 『One Day』 


 

Label: Merge

Release: 2023/1/27

Genre: Punk/Hardcore



2001年に結成されたカナダ/トロントのFucked Up。Matador Records、Jade Tree等、アメリカの主要なインディーロック/パンクのレーベルを渡り歩いてきた。6人組編成らしい分厚いポスト・ハードコアサウンドに、英国にルーツを持つダミアン・アブラハムの迫力のあるボーカル、実験的なエレクトロサウンドを組み合わせ、次世代のポスト・ハードコアサウンドを生み出す。

 

『One Day』はカナダ/トロントの伝説的なグループが一日という期間を設け、ソングライティング、レコーディングを行った。一発録音ではなく、トラックごとに分けて、八時間ごとの三つのセクションに分割し、レコーディングが行われ、2019年と2020年の二回にわたって制作された作品。しかし、それらの個別のトラックは正真正銘、「一日」で録音されたものだという。

 

本作は、硬派なポスト・ハードコアサウンドが主要なイメージを形作っているが、中にはメロディック・パンクからの影響も反映されている。

 

加えて、アブラハムの咆哮に近いエクストリームなメインボーカルと、分厚い編成によるコーラスワークの合致は、驚くべき美麗な瞬間を呼び起こす。エンジンが掛かるのに時間がかかるが、アルバムの中盤から終盤にかけてアンセムが多い。「Lords Of Kensington」、「Falling Right Under」、「One Day」をはじめ、Hot Water Music、Samiam、JawbreakerのようなUSエモ・パンクの精髄を受け継いだ「Cicada」も聴き応え十分。無骨なハードコアサウンドの中にあるメロディ性や哀愁のあるエモーションは、バンドの最大の魅力に挙げられる。



「Lords Of Kensington」

 

 

 

Young Fathers 『Heavy Heavy』



 

Label: Ninja Tune

Release: 2023/2/3

Genre: R&B/Hip-Hop

 

スコットランドのトリオ、Young Fathers(ヤング・ファーザーズ)は、リベリア移民、ナイジェリア移民、そしてエジンバラ出身のメンバーにより構成される。彼らの音楽の根底にあるのは、ビンデージのソウル/レゲエ。それにブレイクビーツやヒップホップのトラップの手法を加え、流動的な音楽性を生み出す。『Heavy Heavy』の背景にはレイシズムに対する反駁も込められており、ゆえに表向きの音楽性は必ずしもその限りではないものの、重力を感じるダンスミュージックとなっている。

 

バンコール、ヘイスティングス、マッサコイのトリオは、自分たちの面白そうだと思うものがあれば何であれヤング・ファーザーズの音楽に取り入れてしまう。ボーカルやコーラスワークに関しては、ソウルミュージックの性質が強いが、じっくり聴いてみると、アフリカンな民族音楽のリズムが取り入れられている。アフロビート、ビンテージ・ファンク、ソウル、ヒップホップの融合は移民としての多様性を反映した内容となっている。特にアルバムに収録されている「Drum」は、ヤング・ファーザーズが未曾有の領域にたどり着いた瞬間である。

 


Best Track「Drum」



Yo La Tengo 『This Stupid World』

 



Label: Matador

Release: 2023/2/10

Genre: Indie Rock/Alternative

 

 

1990年代から米国のオルタナティヴ・ロックシーンを牽引してきたニュージャージ州/ホーボーケンのトリオ、Yo La Tengo。元々、音楽ライターを務めていたアイラ・カプランを中心に結成。彼らは信じがたいことに、30年目にして、オルタナティヴ・ロックの高みに上り詰めた。本作のリリース後、トリオは『This Stupid World』の収録曲をライブで披露した「The Bunker Sessions」を発売し、バルセロナの音楽フェスティバル、プリマヴェーラ・サウンド 2024にも出演が決定している。

 

『This Stupid World』 は、Stereogumによると、Tortoise(トータス)のドラマーとして知られるミュージシャン、John McEntire(ジョン・マッケンタイア)が部分的にミックスを手掛けたという話である。

 

「And Then Nothing Turned Itself Inside-Out」、「Summer Sun」 といった良盤をリリースしながらもフルレングス単位では今ひとつ物足りなさがあったが、今作では従来のイメージを完全に払拭してみせた。特に、Yo La Tengoは、The Velvet Undergroundに象徴づけられるニューヨークのアヴァンギャルド・ミュージックの源泉に迫る。オープニング曲「Sinatra Drive Breakdown」、及び「Fall Out」では、オルタナティヴロック/ギターロックの最高の魅力を示している。

 

「Tonight Episode」におけるホラー映画を彷彿とさせる音楽性も、新しい魅力の一端を担っている。その後、息をつかせるジョージア・ハブレイによる穏和なバラード「Aselestine」は、「Let’s Save Tony Orland's House」に象徴される温かな曲風を想起させる。


アルバムの終盤のハイライト「This Stupid World」では、近年見過ごされがちだったギターロックの音響性の未知の可能性を示唆している。アイラ・カプランとジョージア・ハブレイは、7分に及ぶこの曲の最後で歌う。「This stupid world/ It's killing me/This stupid world/ Is all we have」。My Bloody Valentineのケヴィンの全盛期に匹敵するディストーションの怒涛の嵐の後、エレクトロニックとポップの融合に挑んだ壮大な世界観を持つ「Miles Away」では、神秘的な境地に至る。  


 


Best Track 「Fall Out」



Caroline Polachek 『Desire,I Want To Turn Into You』




Label: Perpetual Novice

Release: 2023/2/14

Genre: Pop/Experimental Pop

 


2019年末、『Pang』をリリース後、ブルックリン出身のキャロライン・ポラチェックはレコードのツアーを行う予定だったが、2020年3月のCOVID-19のパンデミックによって中断された。

 

以後、ポラチェクはロンドンに滞在し、ダニー・L・ハーレと『Desire, I Want to Turn Into You』の制作に取り組んだ。彼女はアルバムを"他のコラボレーターがほとんど参加していない "ハーレとの主要なパートナーシップであると考えた。2021年半ばまで、ポラチェックはロンドンでアルバムの制作を続け、ハーレやコラボレーターのセガ・ボデガと共にバルセロナに一時的に移住した。

 

ポラチェックは勇敢に人生を受け入れ、制作に取り組んでいる。バルセロナの滞在は『Desire,I Want To Turn Into You』の音楽性にエキゾチズムを付加することになった。旧来の楽曲のポピュラー性とアーバン・フラメンコ等の南欧の音楽が合致し、オリジナリティー溢れる作風が確立。アルバムに充溢する開放感のある雰囲気は、アーティストの未知なる魅力の一端を司っている。


「Pretty Is Possible」を筆頭に、ダンス・ミュージックを反映したモダンなポップが本作の骨格を形成する。一方、「Hopedrunk Everasking」に見受けられるナイーブな曲も聴き逃せない。その他、「Somke」、「Butterflly Net」を始めとするソングライターとしての着実な成長を伺わせる曲も収録。

 

 

Best Track  「Smoke」

 

 

 

 

Shame 『Food for Worms』

 


 

Label: Dead Oceans

Release: 2023/2/24

Genre: Post Punk/Indie Rock



ロンドンのポストパンクバンド、Shameは最新作『Food For Worms』の制作を通じて、一回り成長して帰ってきた。 


元々は、プリミティヴなポスト・パンクを強みとしていたSHAME。彼らの最新作は、オルタネイトなひねりもあるが、インディーロックやブリット・ポップ、プログレッシヴ・ロックの要素を交え、多角的なロックサウンドを追求している。

 

IDLES、Squidを筆頭に、今やロンドンは「ポスト・パンクの聖地」となりつつある。そしてSHAMEは彼らに劣らないバンドとしてのクオリティー、卓越したバンドアンサンブルを誇る。

 

オープニングを飾る「Fingers of Steel」 のドライブ感のあるポスト・パンクサウンドに加えて、エモの質感を持つ叙情的でメロディアスな曲調が彼らの強み。他にも、変拍子を交えた「Six Pack」はオリジナルパンクとしても聴けるし、プログレッシヴ・ロックとしても楽しめる。

 

中盤にも、良い曲が多く、Pavement、Guided By Voicesに近いオルタナティヴとエモの風味を加えた「Adderall」は、素晴らしいロックソング。きわめつけは、ブラー、オアシスの最初期を彷彿とさせるブリット・ポップを緊密なスタジオ・セッションに近い形で収録したクローズ曲「All The People」は、彼らが昨年からライブで温めてきたもので、Shameの新たな代名詞が誕生した瞬間。アルバムを聞き終えた後、ロックの素晴らしさと温かみに浸れること間違いなし。 



Best Track 「All The People」

 


Live Vesion

    





 

 

Yazmin Lacey 『Voice Notes』

 



Label: Own Your Own

Release: 2023/3/3

Genre: R&B/ Reggae

 

Yazmin Laceyの「Voice Notes』は、UKのR&B/レゲエの注目のアルバム。デビューアルバム『Voice Notes』は、ヤズミン・レイシーの人生の瞬間をとらえた重要な記録。Black Moon(2017年)、When The Sun Dips 90 Degrees(2018年)、Morning Matters(2020年)という3枚のEPに続く本作は、3部作の一つに位置づけられている。

 

ヤズミン・レイシーは、洗練されたサウンドを出来るだけ避け、生々しさ、つまり、アルバムタイトルにもなっているように「誰かの間に立ち止まり、声のひび割れを聞く」チャンスを与えることを選んだという。

 

ヒップホップの話法を交え、サンプリングを元にしたR&B,レゲエ、ダブをシームレスに展開させる。夜のメロウな雰囲気がアルバム全体には漂い、ときに贅沢な感覚が表現されている。特に「Bad Company」はアルバムのハイライトの一つであり、アーティストの出世作に挙げられる。

 


Best Track 「Bad Company」

 

 

 

 

Sleaford Mods 『UK Grim』

 



Label: Rough Trade

Release: 2023/3/10

Genre: Post Punk/Electronic

 

アンドリュー・ファーン、ジェイソン・ウィリアムソンによるSleaford Modsは、『Spare Ribs』に続くアルバム『UK Grim』を通じて、国外に宣伝されるイギリス像とは異なる国家観をポスト・パンクやクラブ・ミュージックで表現する。アルバムの発売の直前、The Guardianの日曜版で特集が組まれた。アルバムのタイトルは「グリム童話」と「UKグライム」を掛けていて、洒落の意味があるのだろう。

 

オープニングを飾るタイトル曲「UK Grim」は、ミュージックビデオを見ても分かる通り、政治的に過激な風刺が込められている。それをリアルから一定の距離を置いて、シニカルかつコミカルに表現するのがSleaford Modsの魅力。


今作には、複数の豪華コラボレーターが参加している。Dry Cleaningのフローレンス・ショー、そして、意外にも、Jane's Addictionのペリーファレルがゲストボーカルで参加。マドリード公演での中断が今年11月に話題を呼んだ。今後も彼らの動向から目を離すことは出来ない。もちろん同レーベルのアイルランド・フォークの重要な継承者、Lankumの『False Lankum』も聴いてみてね。


 

「So Trendy」

 

 



Unknown Mortal Orchestra 『V』(US)

 



Label: jagujaguwar

Release: 2023/3/17

Genre: Indie Rock/Alternative

 

 

ニュージーランド出身のルヴァン・ニールソン率いるアンノウン・モータル・オーケストラは、近年、ポートランドに拠点を移して活動中。従来の作品では、フリーク好みのローファイ/サイケロック/ファンクで多数のファンを魅了してきた。『V』に関しては、 ルヴァン・ニールソンがポリネシアのルーツを辿っている。サウンドプロダクションについては、ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェルといった70、80年代のポピュラー音楽が重要なファクターとなっている。それに加えて、ニールソンのルーツであるハワイの南国的な雰囲気も漂う。


本作の魅力は、ダンス・ミュージックを意識したミニマルなループ・サウンドの中に、旧来のサイケ、ファンク、ソフト・ロック、AOR,ローファイと、無数の要素が散りばめられていることにある。アルバム発表の約2年前に発表された先行シングル「That Life」を始め、アーティストの故郷への愛着が歌われた「The Beach」、哀愁に充ちた雰囲気を擁するループサウンドをローファイとして処理した「The Garden」等、聴き応えたっぷりの良曲が多数収録されている。

 


Best Track 「The Beach」

 

 

 

 

 Lucinda Chua 『YIAN』



Label: 4AD

Release: 2023/3/24

Genre: Pop/Modern Classical/R&B

 

 

ロンドンを拠点に活動する中国系イギリス人シンガー、Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)は、当初、フォトグラファーとして活動し、後にチェリストに転向している。以後、Oneohtrix Pointnever(ダニエル・ロパティン)でのツアーサポートを期に、エレクトロニック/アンビエント界隈で、名を知られるようになった。2021年、4ADと契約を交わし、ソングライターに転向した。 


モダンクラシカル/ポピュラー/アンビエントをクロスオーバーし、美麗な音楽世界を構築するようになった。「Antidotes Ⅰ、Ⅱ」では、幼い頃から親しんできたピアノ、そしてチェロ、エレクトロニック、彼女自身のボーカルを交え、このシンガーソングライターにしか表現しえないオリジナリティー溢れる音楽を作り出した。

 

最新作『YIAN』でもピアノ/エレクトリックピアノの弾き語りを中心に落ち着いたモダンクラシカルを基調としたポピュラー・ミュージックのアプローチが図られている。しかし、ボーカルから滲み出るネオ・ソウルの質感は、シンガーの人間的な成長、あるいは考えの深化を表し、そしてそれを支える華麗なストリングスは、ルシンダ・チュアがよりワールドワイドなシンガーソングライターの道を歩み始めたことの証ともなりえる。繊細な感覚を持つピアノとボーカルのハーモニーが合わさった時、息を飲むような美麗さが訪れる。本作の音楽にはイメージの換気力があり、表向きの印象の奥底に、ピクチャレスクな印象が立ち上ることもある。

 

「Golden」、「I Promise」、「Echo」を始め、聞きやすさと深みを兼ね備えた美麗なモダンクラシカルを基調とするポップソングが鮮烈な印象を擁する。


オーケストレーションを用いた「Meditations on a Place」、ボーカリストとしての進化を意味する「Autumn Leaves Don't Come」も聞き逃せない。デビューEP「Antidotes」以降の音楽性は、アルバムのクローズ曲「Something Other Than You」において、ひとまず集大成を迎えたと見て良さそうだ。 

 


Best Track 「Something Other Than You」

 

 

 

 Lana Del Rey 『Did You Know That There's a Tunnel Ocean Blvd」





Label:  Polydor

Release: 2023/3/24

Genre: Pop

 

 

米国では最も影響力のあるシンガーソングライター、ラナ・デル・レイ。先日発表されたグラミー賞では、主要部門にノミネートされた。『Did you know? ~』のアートワークとタイトルーー地下トンネルの存在とジュディー・ガーランド扮するアーティストーーには暗示的なメッセージが含まれている。

 

アーティストの最も傑出したところは、ビックアーティストになろうとも、出発点を忘れず、サッドコアを始めとするインディーミュージックにも重点を置いている点にある。加えて、アーティストは、今年の夏頃、地元の小さなマーケットのスタッフとして短期的に勤務していた。スターではあるものの、一般的な人々に目を向けていることは本当に尊敬するよりほかない。

 

このアルバムがポピュラー音楽として秀作以上の何かがあることは、レコーディング・アカデミーの太鼓判を見ても明らかである。さらに、デビューから10年あまりを経て、このアルバムのサウンドに円熟味を感じたとしても、思い違いではない。特に「The Grant」のミュージカル等に触発されたシアトリカルなサウンドを提示し、アーティストとしての真心が込められたタイトル曲も切なく、琴線に触れるものがある。


「A&W」における映画音楽を彷彿とさせる音楽性に関しても、作品全体に堅固な存在感とポップスとしての聴き応えをもたらしている。以前、コラボ経験のあるFather John Misty,そして同じく、2023年度のグラミー賞にノミネートされたJon Batisteの参加も聴き逃せない。この上なく洗練されたポピュラーミュージックの至宝。年代を問わず幅広いリスナーに推薦したいアルバム。

 

 

Best Track 「A&W」

 

 

 

 

boygenius 『the record」-Album Of The Year

 


 

Label: Interscope

Release: 2023/3/31

Genre: Indie Rock


元々、ソロシンガーとして活動していたルーシー・デイカス、フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカーによるboygenius。


今年始め、いきなりロサンゼルスの街角でNirvanaの三人に変装して撮影された写真を公開して、ファンの話題を攫った。今、考えてみれば、ボーイ・ジーニアスの壮大なストーリーの始まりで、デビューアルバム『the record』の告知でもあった。


デビュー・アルバムは、Rolling Stone誌のカバーを飾り、グラミー賞の主要部門にもノミネートされた。実際、このアルバムは商業的な路線を図りながらも聴き応え十分の内容だ。3人のソングライティングの個性が劇的に融合を果たしている。特にコーラスのハーモニーが織りなす美しさに着目したい。

 

ゴスペル風の作風に挑戦したオープナー「Without You Without Them」、すでにライブ等で定番といえる「Cool About It」、「Not Strong Enough」等、インディーロック、フォーク、ポップスを軽やかにクロスオーバーしている。もちろん、フィービー・ブリジャーズのソングライティングにおける繊細でエモーショナルな感覚も内在している。アルバムの中で唯一、ポストロック的なアプローチを図った「$20」もクール。洋楽のロックの初心者にこのアルバムを推薦したい。

 


Best Track 「Not Strong Enough」

 

 

Part.2はこちらからお読み下さい。

Part.3はこちら



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