UKのシンガーソングライター、Kate Bush(ケイト・ブッシュ)は、今年のUKチャートで記録的な1位を獲得したことについて、年末に珍しく声明を発表した。


ケイトは2022年初め、彼女の1985年のシングル「Running Up That Hill」がNetflixシリーズの最新シーズン「Stranger Things」で大きく取り上げられ、チャートルネッサンスの真っ只中にいることを知ったのである。


マックス・メイフィールド(セイディ・シンクの役)のキャラクター・アークに不可欠な『ストレンジャー・シングス』は、『丘を駆け上がる』、そして、ケイト自身をまったく新しい世代に紹介するのに役立った。その結果、「Running Up That Hill」は6月の公式シングル・チャートで1位を獲得し、その過程で公式チャートの記録を3つも更新することになりました。


ケイト・ブッシュは、自身のウェブサイトに掲載したファンへの手紙の中で、『ランニング・アップ・ザット・ヒル』の予想外の成功にまだ「動揺」していることを明らかにしている。この曲は、2022年、アメリカでもチャート史上最高位を記録している。


「私にとって、クレイジーで、ジェットコースターのような一年だった。この夏のNo.1トラックとなったRUTHの成功は今でも忘れられないわ」とケイトは綴っている。


「なんて光栄なことなんでしょう!  特にイギリスとオーストラリアで好調で、アメリカでは3位を獲得したのを見たときは本当に興奮しました。特に若い世代の人たちがこの曲を楽しんでくれているのを見るのは、本当にうれしくてたまらない。私のことを新しいアーティストだなんて思った人も多いみたいですね。でも、それが好きなんです!」


「Running Up That Hill」は、ケイトの1985年のアルバム『Hounds of Love』のリード・シングルとしてリリースされた。この曲は、ケイト自身が作詞・作曲・プロデュースしており、ハリー・スタイルズやビヨンセの大ヒット曲を抑え、2022年のUKソング・オブ・ザ・サマーにも選ばれている。


 



イギリスのジャズ・グループ、エズラ・コレクティブが2023年3月7日(火)にビルボードライブ東京への出演が決定した。



活況をみせるUKジャズ・シーンを牽引する最注目バンド、エズラ・コレクティヴがビルボードライブに登場!全メンバーが多彩な才能を輩出してきた英国の音楽教育機関「トゥモローズ・ウォーリアーズ」出身。若手キーボーディストの中でも特出した才能を見せるジョー・アーモン・ジョーンズを擁し、米・NYのレジェンドラッパー、ファロア・モンチのバックバンドを務めるなど異色のキャリアを持つバンドは、ジャズのみならずアフロビート、レゲエ、ラテンなどジャンルが溶け合った音楽性を体現。



2019年に1stアルバム『ユー・キャント・スティール・マイ・ジョイ』を発表すると、グラストンベリーやSXSWなど大舞台でのパフォーマンスが大きな話題を呼んだ。2022年にはサンパ・ザ・グレイト、コージー・ラディカルといったゲストも参加した待望のセカンド・アルバムをリリースし、更に世界中を熱狂させる彼らの時代の先端をゆくグルーヴとスキルを体感できる一夜は見逃せない。




2023/3/7Tue)ビルボード東京


・1st Stage 



Open 17:00 Start 18:00 



・2nd Stage 



Open 20:00 Start 21:00



本公演の更なる詳細についてはこちらから。



 

NYの1970年代からのパンク・ムーブメントを牽引し、現地のロックシーンの礎を築き上げたライブハウス、CBGBーOMFUG。

 

正式名称は、Country,Bluegrass,Blues,and other music for uplifting grourmandizersである。CBGBは、ニューヨーク・シティのウェスト・ヴィレッジのバワリー街に1970年代にオープンした伝説的なライブハウスで現在は閉店している。


創業者は、ヒリー・クリスタル。第二次世界大戦下、アメリカ海兵軍曹を務めた屈強な人物である。

 

元海軍の兵士というキャリアがあったため、ヒリー・クリスタルは、デッド・ボーイズ、ウェイン・カウンティをはじめとする、過激で手がつけられないパンク・ロッカーたち、ライブハウスの外をうろつく街のアウトロー、そして、一般的にローリング・ストーンズのローディとしてよく知られる「ヘルズ・エンジェルズ」のニューヨーク支部に属する無法者、あるいアウトサイダーとは対極にあるニューヨーク警察を一つにまとめ上げるほどの求心力を持ち合わせていた。

 

しかし、ヒリー・クリスタルは、他の当時のアメリカのライブハウスの経営者のようにギャラ交渉をしようとするバンドマンの目の前にショットガンを突きつけるような手荒な真似はしなかった。驚くべきことだが、こういったことは、当時それほど珍しいことではなかったようである。

 

CBGBをオープンする以前、創業者ヒリー・クリスタルは、「バワリー街」に”ヒリーズ”というバーのようなスペースを経営している。

 

このバワリー街というのは、ニューヨーク・シティの最も旧い街のひとつだ。最初、新世界のビリオネア、億万長者たちが密集して住んでいた区域だった。ところがその後、この地域は没落していき、独立戦争後、イギリス軍がやってくると、貧民街に成り代わった。ストリップショー、質屋をはじめとする欲望の歓楽街がこの地域に進駐してきたイギリスの兵士のために作られていったのである。バワリー街は、彼がCGBGの経営を始めた当時、頗る治安の良くない悪名高き区域として有名で、海外の旅行ガイドにも危険区域と紹介されるほどだった。そのゲトゥーにも似たバワリー街の界隈を夜な夜な徘徊する人々はかつて"バワリー浮浪者"と呼ばれていた。

 

ヒリー・クリントンの最初のホンキートンク・バーの経営は立ち行かず、それほど時を経ずに”ヒリーズ”は閉店してしまう。それから、彼は、同地域にこのCBGBを開業し、妻と共に経営を始める。上階の三フロアにはパレスホテル。しかし、この地域の治安の問題が付き物だった。常にこの地域では荒くれ者がうろつき回り、ライブハウスのセキリティーに問題を抱えていたのだ。

 

ヒリーズ街は、常に、浮浪者、重度のアルコール中毒者、荒くれ、そういった人間たちがこの界隈を根城にしており、夜9時以降は一般の人々にとっては、おいそれと出歩ることは難しい危険地帯であった。そもそもヒリー・クリスタルは、これらのハグレモノたちに居場所を確保するためにこういったライブスペースを提案した側面もあったようだ。

 

しかし、これについては、ヘルズ・エンジェルズのNY支部の面々、そして、ニューヨーク警察が協力し、このライブハウス近辺、及びバワリー街の治安を支えていた。ライブハウス内での喧嘩、暴力沙汰が発生した際は、ヘルズ・エンジェルズの面々がその当事者たちに二、三瞥をくれるだけで充分だったという。常に、酒瓶やガラスが床に散らばるもっともデンジャラスなこのラーブスペースは、アウトローと警察組織の協力によって安全が担保されていたのである。


最初は、ヒリー・クリスタルは、カントリー音楽で、一山当てるつもりだった。夜に四バンドを出演させた後、オールナイト開けの「モーニング・カントリー」というイベントを打ち、朝一番のカントリーを中心とした企画を展開していく。カントリーのライブに来場するのは真面目な客が多く、チャージのドリンクを頼まず、無料でライブを聞きにくるため、利益が上がらなかった。その後、CBGBには、ロックバンドが出演するようになる。後、ヒリー・クリスタルは「カントリーが流行ると思っていたが、それはここでの話ではなかった」と言葉を残している。

 

CBGBは、70年代、80年代と、ニューヨークのアンダーグランドロックシーンの源流を、マックスカンサス・シティと共に形成していった。CBGBには、Soho Newsや、テリー・オーク、アンディ・ウォーホールの伝で出演するようになったテレヴィジョンを始め、下積み時代のラモーンズ、ブロンディ、パティ・スミス、デッド・ボーイズ、ランナウェイズ、リチャード・ヘル等、のちのニューヨークのパンクロック・シーンを支える重要なアーティストが多数出演していた。

 

そして、ここからウェイブが起こったことに関して、ヒリー・クリスタルは、当時、これらのパンクの祖が一人も自分たちをミュージシャンとは考えていなかったことが重要だったと語っている。

 

特に、このCBGBのオープン当時の貴重な証言を行っているのが、ラモーンズのジョーイだ。生前、ジョーイ・ラモーンは、このように、CBGBの最初期の記憶について回想している。

 

「俺たちのライブは、当初の10分から20分にまで拡大していった。知っている歌は全部やった。たくさん歌はあっても、すごく短くて速いから、どんどんぶっ飛んでっちまう。それと時々、歌が上手くいかなかったりすると、途中でやめて最初からやりなおしたり、互いに怒鳴りあったりなんかしていた。

 

どうやって、CBGBに俺たちが出演するようになったのかいまいちよく覚えていない。『Village Voice』に載ってたのかもしれない。あそこでプレイしたことだけは今でも覚えている。初めて俺たちが演奏した後、ヒリーが俺たちにこう言ったんだ。

 

「お前たちを気に入るやつはひとりもいないだろうが、俺がバックアップしてやる」って。今でも覚えている、おがくずを敷いた床、地雷なんかを避けるみたいにして、糞をよけてあるかなければならなかったこと。どうだったろう? でも、俺たちは、あの場所が本当に好きだった。雰囲気が良かったし、音響も最高で、とても居心地がいいんだ。

 

俺たちがあそこで演奏し始めた頃、テレヴィジョンもいたし、パティ・スミスは詩人として出演していたし、レニー・ケイも一緒だ。それと、スティレットーズと名乗っていたブロンディもいた。俺たちは、あの当時、他のバンドを励まそうとしていた。ここで、シーンとか、ムーブメントとかいったものが作りだせそうな気がしていたんだよ」

 

 

Ramones Live at CBGB 1974

 

 

 

後に、CBGBは、数々の名バンドをミュージック・シーンに送り込み、その殆どは世界的な名声を得るに至った。そして、このライブハウスが営業するかぎり、ニューヨークのアンダーグランドのシーンを支え続けた。後にはニューヨークハードコアの重要拠点となり、 Agnostic Frontも出演している。2000年代からCBGBは、経営難に陥った末、多くのファンに惜しまれつつ、2006年に閉店した。


当時のニューヨークのアンダーグラウンドシーンの生々しい息吹を知るための手がかりとして、最初期のCBGBでの貴重なライブ音源『Live At CBGB's:The Home Of Underground Rock』がある。これは、LP盤として1976年にAtlanticから発売されたアルバムである。


このコンピレーションには、Tuff Darts,The Shirts,Manster,The Miamis,Mink Deville,The Laughing Dogs,といった伝説的なNYのバンドのライブが録音されている。この作品は現在もCD化されていない幻の音源のひとつ。


Damon Albarn


BlurのDamon Albarn(デーモン・アルバーン)がThe Specialsの「Friday Night, Saturday Morning」のテイクを公開した。

 

2トーン・グループのフロントマン、Terry Hall(テリー・ホール)は今週初めに亡くなり、多くのミュージシャンが彼に追悼の意を表している。多くの人に愛されたテリー・ホールは、スペシャルズでの活動が彼の不滅を保証したが、彼の幅広いカタログにも珠玉の作品が散りばめられている。


独特の哀愁を漂わせるボーカリストとして、テリー・ホールはデイモン・アルバーンと何度も仕事をし、ゴリラズにもボーカルを提供している。

 

友人でありコラボレーターであったテリー・ホールの死を悼み、デイモン・アルバーンはザ・スペシャルズの名曲「Friday Night, Saturday Morning」を悲しげで親密なテイクで表現し、次のようにコメントした。「テリー、君は僕にとってかけがえのない存在だった。愛している」

 

 

米国の人気ソングライター、Mac DeMarco(マック・デマルコ)が毎年恒例のクリスマス・カバーを披露している。今年は「It's Beginning to Look a Lot Like Christmas」のバージョン。

 

この曲はDan Streitが撮影し、DeMarco、Dan McNeill、Romil Hemnaniが出演しているビデオと共に公開されました。

 

これまで、マック・デマルコは「I'll Be Home For Christmas」、「Have Yourself A Merry Little Christmas」、「White Christmas」をカバーしています。



 

MIKE: Nuvany David


ニューヨークのラッパー、 MIKEが、自身の所属するレーベル"10k"から『Beware of the Monkey』を本日リリースしました。このアルバムは、彼の別名義であるdj blackpowerのもと、すべてセルフ・プロデュースで制作されました。

 

『Beware of the Monkeyの』タイトルは、MIKEの生まれ年(寅年)に中華料理店で読んだ星座占いに由来し、未来を警告しています。

 

MIKEは、夏至と冬至の日にプロジェクトをリリースするのがお約束となっているようですが、ニューアルバムの発売と同時に、MIKEは、ryosuke the champ(Ryosuke Tanzawa)監督によるアルバム・トラック「No Curse Lifted (rivers of love)」の新しいビデオを公開しています。


「Beware of the Monkey」は、MIKEがこの期間に確立した心の安らぎと安定について考察したものです。このアルバムでMIKEが伝えるメッセージは、若手パフォーマーから一流アーティストへの壁を乗り越え、今日のラップ界の先駆者として築いてきた評判を認める、自信と決意に満ちたものです。

 

このアルバムは、MIKEが11月にリリースしたWikiとThe Alchemistとの3曲入りプロジェクト『One More』と同じく10kから発売となり、セルフプロデュースで賞賛された2021年のアルバム『Disco!』に続く作品となります。


先月、MIKEは、454とSlauson Maloneのサポートを得、Ipari Park Tourを開催することを発表しました。彼のキャリアの中で最も大規模な北米ツアーとなり、ボストン、トロント、LA、アトランタ、フィラデルフィアでのヘッドライン公演を皮切りに、ブルックリンのミュージックホール・オブ・ウィリアムズバーグでのホームタウン公演で大規模ツアーの幕を閉じます。

 

MIKEの新作アルバム『Beware of the Monkey』のストリーミングはこちらから。試聴は下記より。

 

 

 「No Curse Lifted (rivers of love)」 MV

 

 

 

 

 

   


 さらに、MIKEは、『Beware of the Monkey』のリリースに関して以下のようにコメントしています。

 

私の家族、私の愛する人たち、そして友人たちへ、いつも私をより良くするために後押ししてくれ、私ができない時には助けてくれる思いやりのある人たちに最大の感謝を!私はNavinなしでは何もできなかったでしょう!

 

彼への最大の賛辞、毎晩一緒にいてくれて、これらの曲に再び感謝できるようにしてくれたashlinへの最大の賛辞を贈ります。ビデオ制作を手伝ってくれて、いつも励ましの言葉をかけてくれて、自分を愛することを思い出させてくれる姉妹のヴィッキーとシンディに超大感謝!

 

疑心暗鬼の中で一緒にいてくれるニオンタイに感謝!そして、こんなに素晴らしい作家から学ぶことができる4人に感謝!!

 

このアルバムをムービーにしてくれたseanとryosuke the champに最大の感謝を!複雑なラッパー、Salimataに感謝し、毎日私にインスピレーションを与えてくれていることに感謝します。


cruzin、brayan、takaには、誰もが求める最高の兄貴分として祝福を! WEARY LOVEで驚異的なイントロとアウトロをやってくれたsosaに感謝! concreteでの素晴らしいバースとIpari ParkでのKleinsの天使の声に感謝!この曲は、本当に我々の国のためにある!

 

私の大好きなラッパーである。私の兵士であり、彼のような真摯な心を持っているサイドショウに感謝します。 ガスパックを、特に#wayguをありがとう!シスターナンシーに感謝します。イマニ、いつも最も協力的な友人で、プロジェクトがまだクラストしていないうちにいつも聴いてくれてありがとう!

 

(これはジャックにも言えることで、コールオブデューティーの本物のスライムスターでもある)ビアンカ、いつも素晴らしい仕事をしてくれて、あの聖杯を使わせてくれる優しい人にありがとう。いつも強くてユーモアのある弟のダリルに感謝!私の赤ちゃんのスカイラとサニヤに感謝!最も賢くてクールな姪たち!

 

そこにいて、彼女の素晴らしい制作で、私を刺激してくれるアンシアに感謝!この音楽を愛するよう私を励まし、いつも創造的に私を押してくれるレッドリーに最大の感謝を捧げます。この音楽が好きだと励ましてくれて、いつもクリエイティブに後押ししてくれるRed-leに最大の感謝を送りたい!

 

Cynthiaには、いつも私のクリエイティブな頭を押してくれて、そして素晴らしい友人でいてくれてありがとう!本当に感謝しています、他にもたくさん挙げられます。 まだ聞いてくれていたら、ありがとう、私の父と母に感謝します、彼らの祈りは機能しています! でも、そう、すべての美しい人々に感謝します💜。

 

 

 

今年に入り、アメリカのロックバンド、ウィーザーは、春分、夏至、春分、冬至という季節の区切りに合わせて『SZNZ』シリーズをリリースしてきた。Spiring、Summer、Autumn、をこれまでドロップしてきたロックバンドは、昨日の「Winter」でこのシリーズを締めくくっている。

 

ウィンター・バージョンは、既発の作品とは異なり、三枚組というフル・アルバム級のボリュームとなっている。これまでのようなアメリカン・ロックソングから、フォーク、オーケストラとの融合まで、幅広い音楽性を楽しめる一作となっている。デビュー当時から、ウィーザーは、ブルー・アルバム、グリーン・アルバム、ホワイト・アルバムを始め、コンセプチュアルな形でのリリースを好んできたバンドであるが、彼らの方向性は今年も引き継がれている。

 

今年、予定していたニューヨーク・ブロードウェイの連夜の公演のチケットの売れ行きが芳しくなかったため、事前キャンセルとなったウィーザーではあるが、今後の巻き返しに期待していきたい。

 

数年前、リバース・クオモは、ハーバードに戻り、マネージメント経営を勉強しており、近年では、バンドのツアー・スケジュール管理を自らの手で行うという徹底ぶりをみせていた。以前、ツイッターで”リバース・クオモン(熊本のマスコット・キャラクター、”くまモン”をもじった)”というアカウント名でツイートを行っていたが、最近は日本語の学習をしている気配はなさそうである。

 

 『SZNZ:Winter』の楽曲のストリーミングはこちらから。試聴は下記より。

 

 



 NOFXのファット・マイクが発起人となって、2023年にラスベガスにオープンする予定のパンクロック・ミュージアムが、新たなオープン日として2023年3月10日に1422 Western Aveにオープンすると発表した(これまでは1月にオープン予定だった)。


4月からは、Suicidal TendenciesのLouiche Mayorga、The OffspringのNoodles、Bad Cop/Bad CopのStacey DeeとLinh Le、The Germs/45 GravesのDon Bolles、FishboneのAngelo Moore、Circle JerksのGreg Hetsonによるガイドツアーを予定しているとのことです。


ガイドツアーでは、Don BollesからGermsの最初のショー、Agnostic FrontのRoger Miretから80年代初期のLower East Sideでのバン生活、The OffspringのNoodlesから名声への異常なまでの急成長について聞くことができる。


ガイドツアーは1日に複数回開催され、1回のツアーにつき20名様限定となるとのことです。

 

 

Metz、Mission of Burmaは、2016年のRecord Store Dayのスプリット・シングルを初めてデジタル・プラットフォームで共有した。

 

Metzは、2008年に結成されたカナダ・トロントのハードコア/ノイズロックバンド、2012年の『Metz』が代表作。一方のMission Of Burmaは、ボストンのポストパンクバンド、変拍子を多用したパンクサウンドが特徴、1981年の『Signals,Calls and Marches』が代表作に挙げられる。

 

この両バンドのスプリット・シングルは、元来、2016年のRecord Store Dayに合わせてリリースされたが、昨日、12月20日、初めてデジタル・プラットフォームでサブ・ポップから再リリースとなった。メッツは、ミッション・オブ・ビルマの「Good, Not Great」をカバー、ミッション・オブ・ビルマは、メッツの「Get Off」をカバーし、互いのバンドへのリスペクトを示しています。パンク・ファンは要チェックのニューシングルです。下記のBandcampから購入可能。

 

今年、9月、Metzは、イギリスの人気ポスト・パンクバンド、IDLES(アイドルズ)のJoe Talbot(ジョー・タルボット)をフィーチャーした 「Come On Down」と、Cyberpunk 2077(ポーランドのゲーム会社が開発したRPG)のサウンドトラック "Heaven's Gate "をリリースした。10月に、Metzは、セルフタイトルのデビュー・アルバム発売10周年を記念し、デラックス・バージョンをリリースしています。上記のリリースも合わせてチェックしてみて下さい。

 

 

 

 


「Good, Not Great」

 

 

 「Get Off」

 


 

Mastercard for War Childが提供するBRITs Weekが来年も開催される。イギリス中の親しみやすい会場で大物アーティストを見るまたとない機会となる。2023年2月11日にロンドンのO2アリーナで開催されるBRIT賞授賞式に合わせて、1月下旬から2月上旬にかけて開催される。


本日、Rina Sawayama、Beabadoobee、Cavetown、Years & Years、Easy Life、Sea Girls、Metronomy、Bob Vylanが出演することが発表された。1月には、さらなる出演者が発表される。


BRITs Weekの現在のラインアップは以下からご確認ください。 

 

 


1月

 

31 - Raw Power Management Presents The Hunna - Lafayette, London

 

 

2月


 

01 - Metronomy - HERE at Outernet, London

02 - Years & Years - HERE at Outernet, London

03 - Beabadoobee - Lafayette, London

03 - Kojey Radical - XOYO, London

04 - Cavetown - Omeara, London

05 - The Snuts - Stereo, Glasgow

07 - easy life - Trinity Centre, Bristol

07 - Sea Girls - 100 Club, London

09 - Xtra Mile Recordings 20th Anniversary with Frank Turner + The Sleeping Souls - O2 Shepherds Bush Empire, London

10 - Rina Sawayama - Lafayette, London

10 - Bob Vylan - Omeara, London

 

・、
Bobby Gillespie


12月20日未明、プライマル・スクリームやフェルトのキーボーディストとして知られるマーティン・ダフィーが55歳で死去したことが発表された。


プライマル・スクリームのリード・ヴォーカリスト、ボビー・ギレスピーはその後ソーシャルで亡きバンドメイトに賛辞を送り、ダフィーが "ブライトンの自宅での転落事故による脳損傷 "で亡くなったことを明かした。


Martin Duffy  12月18日にブライトンの自宅で死去


「これを書くのは難しい。私たちは、死について、礼儀正しい平凡な言葉以外にどう話したらいいのかわからないんだ。 言いたいことは、我々の魂の兄弟であるマーティン・ダフィーが日曜日に亡くなったということだけだ。彼はブライトンの自宅で転倒し、脳に損傷を負った。プライマル・スクリームのメンバーは皆、とても悲しんでいる。マーティンがフェルトの10代の頃から知っている。彼は俺たちのアルバムで最初から最後までキーボードを演奏してくれたんだ。


1991年にようやくバンドに加入した。マーティンはとても特別な人物だった。彼は音楽に対して深い精神的なレベルでの愛と理解を持っていた。彼にとっては音楽がすべてだった。彼は文学が好きで、よく読み、博学だった。独学者だ。深い思索を持ち、世界や他の文化に好奇心を抱いていた。いつも街中の博物館を訪ねたり、人里離れた場所で新石器時代の石を探したりしていた。意見がはっきりしていて、頑固なところもある。

 

彼は、イギリス音楽の仲間だけでなく、ジェームス・ルーサー・ディキンソン、ロジャー・ホーキンス、デヴィッド・フッド、プロデューサー、トム・ダウドといったアメリカの老舗ミュージシャンからも一目置かれるレベルのピアノを演奏することができた。


1997年にアビー・ロードで行われたドクター・ジョンのアルバムのためのセッションで、彼のレコード会社が若いインディー系のイギリス人ミュージシャンを集めていたが、マック・レベナック(ドクター・ジョン)はマーティンが演奏を始めるまでセッションに退屈して興味がないように見えた。そして突然ドクターがファンキーなピアノを叩き始め、私はすぐにそれが彼の耳となり、彼の演奏が聞こえたときにセッションはついに生き生きとしてきたのだ、と分かった。


マーティンは、私たちの中で最も音楽的な才能があった。彼のスタイルは、カントリー、ブルース、ソウルの要素を組み合わせたもので、そのどれもが神から与えられた天賦の才能を持っていた。彼は同じものを2度演奏することはなかった。彼は "その瞬間 "が全てだった。ダフィーが燃えているときは "録音 "ボタンを押した方がいい。彼のタイミングはユニークでファンキー、そして常にビートの後ろにいた。


ジョージ・クリントンもマーティンのことを気に入っていた。シカゴでのセッションで、ジョージが彼に「ダフィーは教会に行け!」と言ったのを覚えている。と言って、彼はそれを実行した

マーティンはまた、ユニークなウィットを持っていた。彼は不条理なこと、超現実的なこと、ばかげたことを見抜く鋭い目を持っていた。彼は笑い、音楽を奏でるために生きていた。彼はスクリームのみんなに愛されていた。美しい魂だ。私たちは彼がいなくなることを寂しく思う」



 amiina 『Yule』

 

 

Label: Aamiinauik Ehf

Release: 2022年12月9日


Listen/Buy



Review 


 

mumの後に続き、アイスランドのフォークトロニカ・シーンに台頭した、国内の音楽大学で結成された室内楽団、amiina(アミーナ)。

 

基本的に、室内楽の多重奏の形式をとるが、首都レイキャビクのfolktronica(フォークトロニカ)のシーンの気風をその音楽性の中に力強く反映しており、もはや、このジャンルのファンにとって、2007年の「Kurr」、2013年の「The Lightning Project」といった作品はマスター・ピースと化している。ロシアの発明家が考案した高周波振動機の間に手をかざすことで音を発生させるテルミン等のオーケストラ発祥の楽器を使用し、既存の作品中で、子供むけの絵本にあるような幻想的な世界観を確立している。上記のmum、シガー・ロスとの共通点は見いだされるものの、体系的な音楽教育に培われたオーケストラ寄りの音楽性がamiina(アミーナ)の特徴と言えるだろう。

 

近年、レイキャビクでは、レイキャビク・オーケストラを始め、国家全体としてオーケストラ音楽を独自文化として支援していこうという動きがあるが、オーラブル・アルナルズやビョークを始め、どのような音楽形式を選んだとしても、古典音楽や現代音楽の要素はアイスランドのアーティストにとって今や不可欠なものとなりつつある。他の地域に比べると、ポピュラー・ミュージックとオーケストラの区別がなく、双方の長所を引き出していこうというのが近年のアイスランドの音楽の本質である。そして、もちろん、アミーナはもまた同じように、古典音楽に慣れ親しんで来たグループだ。近年、エレクトロニカと弦楽器の融合にメインテーマを置いていたアミーナではあるものの、この12月9日に自主レーベルから発売された最新EPでは、電子音楽の要素を排して、チェロ、ビオラ、バイオリンをはじめとする室内楽の美しい響きを探究している。このリリースに際し、アミーナは、クリスマスの楽しみのために、これらの細やかな室内楽を提供する、というコメントを出しているが、その言葉に違わず、クリスマスで家庭内で歌われる賛美歌に主題をとった聞きやすい弦楽の多重奏がこのEPで提示されている。

 

アルバムの全7曲は細やかな弦楽重奏の小品集と称するべきものだろう。厳格な楽譜/オーケストラ譜を書いてそれを演奏するというよりも、弦楽を楽しみとする演奏者が1つの空間に集い、心地よい調和を探るという意味合いがぴったりで、それほど和音や対旋律として難しい技法が使われているわけではないと思われるが、長く室内楽を一緒に演奏してきたamiinaのメンバー、そしてコラボレーターは、息の取れた心温まるような弦楽器のパッセージにより美麗な調和を生み出している。それらは賛美歌のように調和を重んじ、amiinaのメンバーは表現豊かな弦のパッセージの運びを介し、独立した声部の融合を試みている。これらの楽曲はほとんど3分にも満たない小曲ではあるけれど、クリスマスの穏やかで心温まるような雰囲気を見事に演出している。

 

連曲としての意味合いをもつ六曲は、流麗な演奏が繰り広げられ、クリスマスの教会で歌われるようなミサの賛美歌の雰囲気に充ち、何かしら心ほだされるものがある。演奏というものの本質は、演奏者の心の交流で、彼らの温和な関係がこういった穏やかな響きを生み出したと推察される。


それに対して、最後の一曲だけは曲調が一変し、旧い教会音楽やグレゴリオ、さらにケルト音楽に根ざした精妙な弦楽のパッセージが展開される。全6曲は、弦楽のハーモニーの妙味や流れに重点が置かれているが、他方、最終曲だけは、澄んだ弦楽の単旋律のユニゾンがこれらの調和的な響きとコントラストを成している。もし、前6曲が細やかな弦楽の賛美歌と解釈するなら、最終曲は古楽や原初の教会音楽に挑戦しており、この室内楽団のキャリアの中では珍しい試みと言える。

 

音楽は単一旋法がその原点にある。原初的なユニゾンの響きにあらためて着目するラスト・トラックは、複雑化し、枝分かれした現代の無数の音楽の混沌の中にあって、逆に、新鮮に聴こえるかもしれない。『Yule』は、浄夜のムード作りにうってつけの作品と言えるのではないだろうか??

 


78/100



Telly Hall

ザ・スペシャルズのフロントマン、Telly Hall(テリー・ホール)が死去しました、63歳でした。


「私たちの美しい友人、兄弟、そしてこの国がこれまでに生み出した最も素晴らしいシンガー、ソングライター、作詞家の一人であるテリーが短い病気の後に亡くなったことを発表することは、大きな悲しみです 」とバンドは声明を提出している。「テリーは素晴らしい夫であり、父親であり、最も親切で、最も面白く、最も純粋な魂の一人でした。彼の音楽とパフォーマンスには、人生の本質が凝縮されている...。喜び、痛み、ユーモア、正義のための戦い、そしてほとんどが愛だ」


スペシャルズのメンバー、テリー・ホールは、1959年3月、コヴェントリーの自動車産業で働く労働者階級の家庭に生まれた。

 

1977年に、コベントリーのバンドが結成された直後、18歳のときに、ザ・スペシャルズに加入した。当時、バンドは、前身のオートマティックスとして知られていたが、ホールはボーカリストのティム・ストリックランドに代わって参加する。その後、短期間、ザ・コヴェントリー・オートマティックスという名前に移行したが、最終的にバンドはザ・スペシャルズとして活動を始め、BBCのラジオ・パーソナリティ、ジョン・ピールのサポートや、ジョー・ストラマーからザ・クラッシュのライブのサポートとして招待され、注目を集め始める。  


The Specials


ザ・スペシャルズのデビュー・シングル「Gangsters」は、1979年にリリースされ、イギリスのシングル・チャートで6位を記録した。翌年、彼らは初の全英No.1シングル「Too Much Too Young」をリリースし、1981年には彼らの最も有名なヒット曲のひとつである「Ghost Town」で、それに続いた。多民族バンドである彼らの音楽と歌詞は、強い反人種主義的メッセージを持ち、1970年代からサッチャー政権時代にかけて英国を支配した都市の衰退に脚光を当てました。


1979年に、『ザ・スペシャルズ』、1980年に、『モア・スペシャルズ』という2枚のスタジオ・アルバムを発表し、7作連続で全英トップ10入りを果たしたバンドは、スカ・リバイバル旋風をイギリス国内に巻き起こしたが、1981年7月に険悪な形で解散を余儀なくされた。デビューから解散まで2年足らず。それからホールは、ネヴィル・ステイプル、リンヴァル・ゴールディングとバンドを脱退し、ファン・ボーイ・スリー(Fun Boy Three)を結成した。1984年には、カラー・フィールドを結成し、シングル「Thinking Of You」をヒットさせた。


1994年にソロ・デビュー・アルバム『Home』を、1997年に『Laugh』をリリース。また、ライトニング・シードのイアン・ブルーディー、ブラーのデイモン・アルバーン(ゴリラズも)、トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズ、リリー・アレン、ユーリズミックスのデイヴ・スチュワート(1992年にデュオ "ベガス "を結成)とキャリアを通してコラボレーションしている。


近年、テリー・ホールは、うつ病や躁鬱病との闘いを頻繁にオープンにしており、2019年にはコメディアンのリチャード・ヘリングとのインタビューで、12歳のときにフランスで小児性愛者の組織に誘拐されたことを語っている。当時、このことは両親にも話さず、その後、処方されたバリウムの中毒になり、14歳で教育を中退したという。彼は後にファン・ボーイ・スリーの1983年のシングル「ウェル・ファンシィ・ザット!」で、自分が経験した虐待について言及し、自分たちが関与したことを教師のせいにしている。


ホールは、2008年にザ・スペシャルズに再加入し、2009年まで続いた一連の30周年記念公演に参加した。

 

バンドは、その後も、テリー・ホールをラインナップの一員としてツアーを続けていた。2019年、その2008年の再結成以来、初のアルバム『アンコール』をリリースしたが、ホールはインタビューで、COVID-19のパンデミックが彼のインスピレーションにさらなる負担をかけ、続作のための歌詞を書くのにかなり苦労したことを明かしている。


その後、2020年に歴史的なプロテスト・ソングをカバーしたレコード『Protest Songs 1924-2012』の制作に着手し、さらに2021年にリリースされたが、パンデミックのロックダウンの中、ブラック・ライヴズ・マター運動など、政治や社会に対する抗議の蜂起からインスピレーションを得たという。


「彼は、彼を知り、愛したすべての人に深く惜しまれ、彼の驚くべき音楽と深い人間性という贈り物をこの世に残していった」と、ホールの死を確認したザ・スペシャルズの声明は最後に付け加えている。「テリーはしばしば、ザ・スペシャルズの人生を肯定するショーの終わりに、3つの言葉...”Love Love Love”でステージを去っていった」

 


12月17日、Silversun Pickups(シルバーサン・ピックアップス)が、Lowの 「Just Like Christmas」のカヴァーを公開した。この曲は、Butch Vigがプロデュースし、全収益は、Mimi Parkerの名前でLowが選んだチャリティ団体”Union Gospel Mission”に寄付される予定です。

 

バンドのBrian Aubertは、「私たちは長い間、Lowの美しい音楽のファンでした」と説明している。「ミミ・パーカーの訃報を聞いたとき、私たちは信じられないほど悲しくなりました。アランの許可を得て、ミミの名を冠したアランの大切な目的のために募金を集めたいと思い、彼らのクリスマスソングをカバーすることにしました。ローのクリスマスは名曲です。僕が初めて聴いて、ホリデー・ミュージックってカッコいいなと思わせてくれた曲なんだ」


Silversun PickupsとButch Vigは、レコード・ストア・デイのブラックフライデーに”SSVU”という名前で参加し、新曲2曲「David Lynch Has a Painting Made of Flies Eyes」と 「Suzanne Ciani」を含む、7インチレコードを2500枚限定でリリースした。この7インチレコードは一部のレコード店、およびデジタルで入手可能です。


先週初め、バンドはMichael Feerick監督の 「System Error」のミュージックビデオを公開しました。この曲は、Butch Vigがプロデュースした最新6thアルバム『Physical Thrills』からのもので、現在New Machine Recordingsからリリースされています。


バンドのBrian Aubertは、Physical Thrillsについて次のように語っています。「このアルバムは生きている。

 

「このアルバムは、曲のコレクションと想像上の友達の間に位置する。2020年3月から2021年4月にかけて、その友人は私に自己紹介をしてくれただけでなく、その激しい孤独の時間を一緒に過ごしてくれた。

 

 このとき、全世界の人々が同じように感じていることを思い出させてくれる友人。心地よく、遊び心にあふれ、時には怯え、時には喜ぶ友人。私たちが予防接種を受けた後、ようやくブッチ・ヴィグに紹介され、綿菓子でできた竜巻のように彼のスタジオを吹き抜け、小さな破片をそこらじゅうに残していった友人。

 

 しかし、最も重要なことは、この友人は本当にどうでもいいということ。そうなんだ。生意気に聞こえる。ただ、それが本当に自由なことだということ。そして今、この小さな生きている頭の空間は、もはや私を訪ねない。私はこのアルバムを通して、それを訪れるだろう。気に入ってくれるといいんだけど。私の友人はそれほど気にしないでしょう。小さないたずらっ子・・・」

 

 

米国のシンガーソングライター、Ethel Cain(エセル・ケイン)が、デビュー・アルバム『Preacher's Daughter』収録曲「Thoroughfare」のライブ・パフォーマンス映像を公開しました。

 

このパフォーマンスは、Vevoの「DSCVR Artists To Watch 2023」シリーズの一環として行われています。以下でご覧ください。

 

ポーランドのアンビエント・プロデューサー、Tomasz Bednarczyk(トマス・ベドナルチク)が新作アルバム『Music for Balance and Relaxation Vol.3』のリリースを発表しました。この告知に合わせて、最初のシングル「Real Adventure Ⅱ」が12日にリリースされ、さらに、本日、二作目のシングル「Imaginary TripⅠ」がストリーミングで公開されています。

 

『Music for Balance and Relaxation Vol.3』は、「Real Adventure」と「Imaginary Trip」の2つの楽曲のバリエーションによって構成され、ヤマハのシンセサイザーのレトロな音色が活かされた作品です。

 

この新作は、これまで、ニューヨークの”12k”等から複数のアンビエント作品をリリースしてきたプロデューサーの豊富な経験が生かされており、ベドナルチェクが音楽と環境音を改めて主観的に解釈した作品となっています。ROLAND jp-8000、YAMAHA dx11、AMAHA QY70、KORG DDD-5、MOOG GRANDMA等の音色を加工した8曲で構成される。ニューエイジ/アンビエントファンは要注目の新作となります。 

 

 


今年1月、Tomasz Bednarczyk(トマス・ベドナルチク)は、最新作「Windy Weather Always Makes Me Think Of You』を12kから発売しています。この作品のレビューはこちらからご一読下さい。

 

 

Tomasz Bednarczyk 『Music For Balance And Relaxation Vol.3』

 

 

Label: Somewhere Nowhere

Release: 2022年12月30日

 

Tracklist:


1.Real Adventure Ⅰ

2.Real Adventure Ⅱ

3.Real Adventure Ⅲ

4.Real Adventure Ⅳ

5.Imaginary Trip Ⅰ

6.Imaginary Trip Ⅱ

7.Imaginary Trip Ⅲ

8.Imaginary Trip Ⅳ

 

 

 

 

Tomasz Bednarczyk

 

 トマシュ・ベドナルチクは、ポーランドのヴロツワフ在住の電子音楽家、サウンドデザイナー。 

 
2004年以来、前衛的なアンビエントサウンドの解釈を通して、新鮮で親しみやすい性質を持った楽曲を数多く生み出して来ました。

 
ベドナルチクは、アコースティックループ、そして、自身のスマートフォンで録音したフィールドレコーディングをトラックとして緻密かつ入念に重ね合わせていき、奥行きがあり、時に暗鬱で、時に温かな、叙情性あふれるデザイン性の高いアンビエント音楽を数多く作り出しているアーティストです。


Wire Magazineは、トマス・ベドナルチクの音楽について、「・・・彼の作品は、音の断片に光に当て、それらの幾何学性を与え、音は絶妙な均衡を保っている。彼の作品は、アレクサンダー・カルダーの彫刻のように平均感覚を呼び覚ますものである」と2009年のレビューにおいて評しています。

 
ベドナルチクのデビュー作「Sonice」はAvangarde Audio Recordsからリリースされています。2007年、彼は、他のアーティスト、Flunk,Gusky,Mr.S、Novika,Old Time Radio、3 Moon boysの作品を取り上げ、独自のスタイルを追求しました。上記のリミックス作品のコンピレーションにより、彼は電子音楽家、サウンドプロデューサーとして注目を集めていきます。


オーストリアの著名なレーベルRoom 40からリリースされた二作目のスタジオアルバム「Summer Feeling」は、これまでのキャリアにおいて代表作の一つに挙げられる。穏やかさと繊細さを兼ね備えたアンビエントのサウンドアプローチは、Wire Magazineを始め、多くの音楽評論家から好評を受けました。その後、「Wire Magazine MP3 Special」、「Shortcut to Polish Music」をはじめとするコンピレーション作品、日本のポスト・クラシカルシーンのアーティスト、Kato Sawakoのリミックス作品を始め、多くのリミックス作品を手掛けていくようになりました。

 
その後、Tomasz Bednarcsy名義のソロアルバムの発表を重ね、「Painting Sky Together」「Let's Make Better Mistakes Tomoroow」2009、を始めとするアンビエント作品をRoom 40,12Kといった、著名な電子音楽専門レーベルからリリース。二作目のアルバム「Painting Sky Together」は、BBCラジオ3でオンエアされ、アンビエント作品として好評を受けています。

 
その後、三作目のスタジオアルバム「Let's Make Better Mistakes Tomoroow」発表後、2010年にトマス・ベドナルチェクはソロ活動を引退すると発表しましたが、その後、その宣言を撤回、ソロ活動を再開。2018年に「Music For Balance and Relaxation Vol.1」をリリースした後、2021年までに四作の素晴らしいスタジオ・アルバムを発表しています。