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MASS OF THE FERMENTING DREGS

 

 

 

MASS OF THE FERMENTING DREGSは、2002年、兵庫県神戸で結成された女性三人組のオルタナティヴロック・バンド。

 

2010年のアルバムリリースの後、メンバーが大幅に入れ替わる際、期間活動休止を余儀なくされた。

 

しかし、2015年になって、新しいサポートメンバーを招いて、マスドレは再始動する。

 

結果としては、このバンドの中心人物、ベース・ボーカルの宮本菜津子さんだけがオリジナルメンバーとしてバンドに残り、MASS OF THE FERMENTING DREGS、通称"マスドレ"を現在まで頼もしく率いています。 

 

 

Mass Of The Fermenting Dregs"Mass Of The Fermenting Dregs" by Steve Leggat is licensed under CC BY-NC 2.0

 

 

 

女性ベース・ボーカルの日本のロックバンドとしては、凛として時雨、Base Ball Bearが思い浮かべられる。しかし、日本の女性のみのスリーピースのオルタナロック・バンドというのは寡聞にして知りません。上記2つのアーティストと異なる雰囲気のある本格派ロックバンドといえる。個人的な意見としてはどちらかというと、日本より海外で人気の出そうなオルタナティヴロックバンドです。

 

このマスドレというバンドを知ったのは、今から十数年前に遡る。これは仕様もない胡散臭い昔話と思って聞きながしてほしい。まだこのバンドがレコードデビューをするかしないかという時期、インディーズ系のバンド視聴サイト"auiodleaf"を介してだった。私の友人で、当時、新興サイトでしかなたAudioleafの営業部長を務めていた人物がこのバンドがいいんだと教えてくれた。家に帰って聴いてみたところ、ナンバーガールに近い質感を持ったクールなバンド、まさにあの時の自分が求めていた音でした。

 

音楽性としては、フェンダー・ジャズマスターのギターの歪みを特徴としていて、そこにかなり芯の太いベースライン、そして、タイトなドラミング。親しみやすいポップ性を擁し、現在流行りのドリームポップのような質感、そして、青春の淡い情感もこのバンドのずっと変わらない普遍的な長所だ。つまり、ややもすると、EMIのスカウトの目は、このバンドをナンバーガールの再来というように捉えたのかもしれません。

 

このバンドの音楽には表向きには、グランジロック的な雰囲気もありますが、近年、アメリカの影響を受けて、日本でも隆盛しつつある、ニューゲイズ、ドリームポップの雰囲気がそれとなく漂っている。当時の一部の耳の肥えたロックファンは、明らかにこのバンドに、ただならぬ期待を寄せていただろうと思う。マスドレがいつか、日本のロックを背負って立つ存在になるかもしれない。そして、実際、それから、MASS OF THE FERMENTING DREGSの躍進ぶりというのは、目にも留まらぬ勢いだった。

 

それまでは東京近辺の知る人ぞ知る感じのインディーロック・バンドであったのが、二年間のうちに、Fuji Rockに出演を果たし、見事なシンデレラーストーリーを描いてみせた。つまり、こういった成功例を身近で見てきた人間の意見として、成功するバンド、アーティストというのはなんらかの大きな足がかりをつけさえすれば、スターダムの階段を駆け上るときは一瞬なのでしょう。

 

デビューアルバム「Mass of The Farmating Dreds」2008は、サウンドエンジニアとして世界的な大御所といえるデイヴ・フリードマンをプロデューサーに迎え入れて録音制作される。それからすぐ、バンドとしての勢いが冷めやらぬ中で、翌年、ナンバーガールのベーシスト、ナカケンこと中尾憲太郎をプロデューサに迎え入れ、二作目のスタジオ・アルバム「World is Yours」2009をリリース。そして、一躍、日本で有数のオルタナロック・バンドとして知られるようになりました。 

 

ナンバーガールも再結成を果たしたことから、再評価の機運が上昇している最注目の日本語オルタナティヴ・ロックバンドといえます。

 

 

Mass Of The Fermenting Dregs 推薦作品




1.「World Is Yours」EP  2009



 

 

 

 

 

 

1.このスピードの先へ

2.青い、濃い、橙色の日

3.かくいうもの

4.She is inside,He is Outside

5.なんなん

6.ワールドイズユアーズ

 

 

通称、マスドレの活動休止前の最も勢いのある瞬間を捉えた奇跡的なアルバム。ナンバーガールのベーシスト、中尾憲太郎をプロデューサーとして迎え入れたという面でも話題性に富んだ作品といえるかもしれない。そして、やはり、このアルバムは何度聴いても永久不変の大名盤。

 

宮本菜津子さんのボーカルは先述したように、ハスキーでありながら、意外にも高音の伸びというのが素晴らしい。

 

彼女のボーカルの高音の伸びを聞いていると、なぜだかしれないが切なくもあり、また、さっぱりした気分になることができる。珍しいタイプのシンガー。もちろんバンドとしての音も、結成から七年目にして最高潮を迎えたといえます。

 

ギタリスト、石本知恵美のフェンダーの歪みに歪んだディストーションというのは、全盛期のナンバーガールの田淵ひさ子のギタープレー、The Wedding Presentsの最初期を彷彿とさせるような凄さがある。

 

そこに、宮本菜津子の骨太のベースライン、リズミカルとベースがバンドサウンドを背後から支え、後藤玲子のタイトで尖った激烈な迫力のあるドラムのダイナミクスが加わる。

 

彼女たち三人の七年間の活動の集大成のようなものが、ここに熱いロックンロールとして体現されています。「このスピードの先へ」では、日本人アーティストとしてオルタナ音楽へ一石を投じていて、怒涛の迫力と勢いで、アルバムの最後をかざる名曲「World is Your」まで息つくところなく瞬く間に過ぎ去っていく。

 

ライブを目の前で見ているかのような凄まじい音の迫力は、ナカケンさんの耳の良さ、彼の音楽上の深い経験によって培われた敏腕プロデュースによるもの。まさに”マスドレ”という青春をロックンロールで凝縮した1枚。日本のオルタナを頂点に持っていった、問答無用の大傑作です。

 

 

 

 

2. 「No New World」2018 

 


 

 

 

 

 

 

1.New Order

2.あさひなぐ

3.だったらいいのにな

4.YAH YAH YAH

5.No New World

6.HuHuHu

7.Sugar

8.スローモーションリプレイ


 

 

2012年の活動休止後、新たなメンバーを迎え入れて、新生マスドレとして活動を再開。実に、8年振りとなるスタジオ・アルバムとなる。ここでは前作「ゼロコンマ、色とりどりの世界」からバンドとしても、実際のサウンドとしてより洗練され、そこにさらに強さが加わったように思えます。

 

「New Order」は、これぞマスドレという感じの爽やかさ、清らかさ、そして、切なさの感じられる楽曲だ。「あさひなぐ」は、これまでのマスドレの音楽性を引き継いだ上で、それをさらに時代の先に推し進めた名曲。誰にでもわかりやすい共感できる歌詞という特徴は健在。聞いていると、なんだか不思議と元気と勇気に満ちあふれてくる日本語ロックの名曲です。

 

また、バンドとしての前進が感じられる楽曲ーーこのスタジオアルバムのラストに収録されているーー「スローモーションリプレイ」では、新たな新境地を開拓し、”日本語ロック”というジャンルを押し広げようとしている。

 

アルバム全体を通して、以前よりも親しみやすい楽曲が増え、よりバンドサウンドとしての爽やかさと涼やかさが加わった印象を受ける。もちろん、このバンドの最初期からの骨格といえるオルタナティヴ性、歪んだギター、ドラムのダイナミクスという特徴も引き継がれている。多くの人の共感を呼ぶような痛快な作品。マスドレの入門編としてもオススメしたい1枚です。

 

 

 

 

MASS OF THE FERMENTING DREGS 公式HP

 

 

https://www.motfd.com/


 

 

 

参考


Wikipedia-MASS OF THE FERMENTING DREGS 


The Garden

 

 

カルフォルニア州北部、LAの南に位置するオレンジカウンティは、80年代には、ブラッグ・フラッグを輩出した土地であった。90年代に入ると、メロディック・パンクの発祥の地となった。

 

そして、この地域から、NOFX、オフスプリングを始めとする様々なパンク・ロックバンドが登場し、USチャートを席巻した。このムーブメントはアメリカから日本まで波及し、相当長く続いた。



 

そして、ハードコア、メロディックパンクの一大音楽ムーブメントを巻き起こしたオレンジ・カウンティから飛び抜けて風変わりなアーティストが2010年代になって出てきた。それが今回紹介する”The Garden”です。

 

2013年にEP「Rules」でデビュー、2019年、マック・デマルコとの共作シングル「Thy Mission」、2021年にはスタジオ・アルバム「Kiss My Super Bowl Ring」では、Ariel Pinkをゲストに招いている。

 

近年、米国内のインディーズ・ミュージック界隈で、徐々に知名度を上げつつあるバンドである。



 

The Gardenは、音楽性にしても、ミュージシャンとしてのキャラクターにしても、世間的常識を痛快に笑い飛ばす不敵さがある。なおかつ、中性的なクイアの概念を強固に捧持しているアーティストでもある。その内の一人は、イヴ・サンローランのモデルという背景を持ち、双子の兄弟で結成されたバンドというのもかなり興味深い。 

 

The Gardenは、Music Videoにおいて、風変わりで特異な一面を見せる。それは、言い換えれば、奇矯というべきなのかもしれない。

 

「Vada Vada」という奇妙な黒旗を、バンドシンボルとして掲げる2人の強大の痛快な演技力は、役者顔負けの雰囲気がある。結構、アクション俳優さながらに体を張ってPV撮影に挑んでいる。そのあたりがシニカルでブラックな笑いを誘う場合もある。 

 

しかし、シアーズ兄弟が提示する笑い。それは、どちらかというと、からりとした痛快な笑いというより、どことなく、ザ・シンプソンズのような引きつったようなジメッとした笑いに近い。これは、カルフォルニアの澄んだ青空からは想像しえない不可解な印象を聞き手に与えるはずだ。カルフォルニアの太陽ですら照らし出しえない「何か」があるのだろうか? 日本人としては、それが何なのかまでは指摘出来ない。



 

 

しかし、そのような暗示めいたものを、The Gardenは、自らの産み落とす音楽にスタイリッシュに込める。


一見して、その音楽性には、軽佻浮薄な印象を受けるかもしれないが、実は、彼らのサウンドの深奥には、80年代のブラック・フラッグの時代から伝わるオレンジカウンティのクールなパンク・スピリットが込められている。それは、ブラッグ・フラッグや、ヘンリー・ロリンズの提示するアメリカ社会に対する奇妙な風刺、ブラック・ジョーク、はたまた、アメリカ人にしか理解出来ない「何か」が、The Gardenの音楽性、ひいては、このシアーズ兄弟の根本的な価値観の背後に潜んでいるように思える。

 

もちろん、概念上だけでなく、時に、この音楽ユニットの音楽性についても同じことが言えるはずだ。彼等の音楽には、ニューヨークのSwans、あるいはJoy Divisionのイアン・カーティスのような、奇妙なおどろおどろしさ、スタイッシュでクールな重苦しさもうっすらと滲んでいる。



 

彼らの音楽には、どことなく大胆不敵さが込められ、奇妙で、抜けさがなさがある。このあたりは、七十年代のサンフランシスコの音楽シーン、ザ・ポップ・グループ、ザ・レジデンツあたりの奇妙なブラックなシニカルさを現代に受け継いだと言えるかもしれない。

 

また、The Gardenの音楽性については、往年のポスト・パンク/ニューウェイブ風のサウンドを基調とし、ハードコア・パンク、サーフ・ロック、サイケデリック・ロック、ドリーム・ポップ、近年流行のクラブ・ミュージック、ヒップ・ホップ辺りの要素を多種多様に取り入れているという印象を受ける。

 

 

一見すると、無鉄砲にもおもえるような音楽性。

 

まるで、闇鍋のなかに食べ物ではないものまでをも放り込んでみせたというような感じも見受けられる。そこには、よく、いわれる”ミクスチャーロック”という概念を、2010年代のアーティストとして、新たに解釈しなおしたような雰囲気もなくはない。

 

そして、ユニットという編成のための弱点を、彼等は、それをスペシャリティに代え、往年のサーフロックサウンドのような通好みの洗練性をもたらしている。ベース、ドラムだけのシンプルな編成であるのに、きわめて手数の多い鋭いドラミングにより、時には、重低音のヘヴィ・ロックバンドとしての同等たる風格も覗かせる場合もある。



 

 

 

 

 

「Haha」2015

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TrackLisiting

 

1.All Smiles Over Her :)

2.Jester's Game

3.Red Green Yellow

4.Everything Has a Face

5.Crystal Clear

6.I'll Stop By Tomorrow Night

7.Haha

8.Vexation

9.I Guess We'll Never Know

10.The Could Built Us a Home

11. Cells Stay Clean

12.Cloak

13.Egg

14.Devour

15.Together We are Great

16.We Be Grindin'

17.Gift

 

 

Listen on Apple Music

 

 

 

2019年のシングル作品「Thy Mission」で、The Gardenは、ドリーム・ポップ寄りのアプローチを見せているが、The Gardenの痛快きわまりない最高傑作として挙げておきたいのは「Haha」である。

 

スタジオアルバム「Haha」2015は、アメリカのメロディック・パンクムーブメントの重要な立役者であるBad Religionのブレット・ガーヴィッツが主宰するEpitaphレコードに移籍しての第一作となる。

 

#1「All Smiles Over Here:)」のシンガロング性の強い、疾走感のある鋭いトラックから、#5「Crystal Clear」に至るまで、以前のバンドサウンドとして荒削りな雰囲気が薄れ、音に纏まりと張りが加味され、ロックバンドとして、よりシンプルでクールに洗練された印象を受ける。


もちろん、The Gardenの特質である宅録感満載のジャンク感、ローファイらしい荒削りさもありながら、理解しやすい形でのロック、クラブ・ミュージックの醍醐味が味わえるはず。

 

また、#13「Egg」では、彼等の持ち味、サーフ、サイケともつかない音楽性も独特で、ベッドルーム・ポップに近い雰囲気を感じる。そして、聞き逃すことができないのが、#8「Vexation」。ここには懐かしさすらあるサーフサウンドがローファイ風の彩りによって現代に蘇りを果たしている。



 

また、今回、The Gardenを取り上げることにしたのは他でもない理由があって、それは、彼等二人が、日本にも造詣を持っているから。 フレッチャー、ワイアット兄弟は、揃って、幽遊白書のファンであることは結構有名である。

 

信じがたいことに、幽遊白書の作中キャラ、”浦飯、桑原”のコスプレに挑戦しているほど。また、スタジオアルバム「Haha」の一曲目、All Smile Over Here:)に見られる格闘アクション風の掛け声というのも、日本のアニメーション、格闘ゲームからの影響を何となく伺わせるかのよう。



 

ここでは、シアーズ兄弟のクオリティーの高いコスプレを掲載するのは遠慮させてもらうけれども、今後の活動にも非常に期待したい、オレンジカウンティの双子兄弟の音楽ユニットである。

 

 

追記

 

ワイアット、フレッチャー兄弟は、”Enjoy”と”Puzzle”という名義でソロ活動も行っている。そこではバンド形態とは異なる、ベッドルーム・ポップ、ドリーム・ポップ寄りの新鮮なアプローチに触れる事ができる。




大象體操 Elephant Gym

 

 

 

近年、アジアで生きの良いバンドがインディーズ・シーンで続々と台頭してきています。近年、来日を果たしているタイのシューゲイザーバンド、Inspirativeも目のくらむほどのオーラを持つ見過ごすことのできないバンドであるんだけれども、今回、中国、台湾のシーンにちょっとだけ目を向けてみましょう。


 

大象體操 別名、Elephant Gymは、張凱翔(テル・チャン)を中心に結成された台湾、高雄出身スリーピースのポストロック/マスロックバンドで、近年、アジアのミュージック・シーンの中でも際立って高評価を受けている本格派ロックバンドです。

 

 

この三人組が高評価を受けるのも当然といえます。エレファント・ジムの楽曲は軒並み洗練されていて、なおかつ、ポップ性、メロディーセンス、意外性、バンドメンバーのキャラクターという面でのバランスの良さ、華やいだ個性、成功するバンドの兼ね備えるべき特長を網羅しているのがエレファント・ジムなのです。


 

日本のポスト・ロックシーンとの関係も深く、これまで、LITEとの共演、また、今年のToeとの共催イベントを開催して来ています。

 

 

それはひとつの手応えを彼等に与え、音楽の面でも、またバンドとしての形態でも、さらなる進化を見せつつあるように思えます。つまり、その実像がより大きくなっているといえ、近年、日本、ひいては、世界レベルでの知名度もグングン上昇しまくっているのも頷ける話です。

 

 

このエレファント・ジムというバンドの特長は、なんといっても、三人組の中の紅一点、K.T.チャンという存在の華やかさ、キュートさ、その可愛らしいルックスからは想像できない超絶的なベーステクニックにあるでしょう。

 

 

201502_0000_001"201502_0000_001" by oldboypic is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

 


K.T.チャンの弾く、跳ねるようなパンチの効いたベースラインは、流麗であり、繊細さもあり、また、リスナーを驚かせるに足る意外性に満ちあふれている。まさしく、これは、彼女の才覚の抑えきれない表出です。


 

バンドの全体的なキャラクターの印象として、表向きには、日本の”Base Ball Bear”を彷彿とさせる形態ではあるものの、彼等とは少し異なる魅力を持ったアーティスト。このスリーピース・バンド、エレファント・ジムは、実際の演奏テクニックは、三人編成と思えないほどの音の厚みをなし、そして、中心人物、テル・チャンの変拍子を多用した作曲能力はお世辞抜きにずば抜けている。


 

さらに、バンド・サウンドという特長においても、K.T.チャンの弾くベースラインは、スタイリッシュさ、バンド名由来である”象”のような力強さを備えている。そして、彼女のさわやかさ、淡いせつなさを感じさせる中国語ボーカルも良い。日本の現代のロックバンドとは異なる蠱惑的な雰囲気がほんのり漂っている。また、K.T.チャンのステージ上の軽やかでアクティブな姿も魅力といえるはず。  


 

 

Elephant Gymの代表作

 

エレファント・ジムは、そのバンド名に象徴されるように、これまでの歩みの中で独特な進化を遂げてきました。

1stアルバム「角度 Angle」2015においては、日本のバンド、LITEを彷彿とさせるスタンダードなポストロック/マスロックを展開してきたが、徐々に叙情性、バンドサウンドの間口の広さを見せるようになっています。

 

 

 

 




また、スタジオ・アルバム最新作「Underwater」2018を聴いて貰えば、エレファントジムが完全にオリジナルのバンドであり、より大きなロックバンドとして堂々たる歩みを初めたのが理解できるはず。

 

 

結成当初からの前衛的なポストロック性を引き継ぎながら、キーボードの存在感を楽曲の中で引き出した現代エレクトロニカ風のサウンドも見られる。

特に、このアルバム「Underwater」収録の「Half」においては、エレファント・ジムの進化が顕著に伺えます。近年、北欧や英国圏で見られる音楽の流れ、ポストロックの先に見えるSci-fi性を追究しているかのような雰囲気もあるようです。 

 


 

 

 

 

もちろん、彼等の重要な性質である楽曲の複雑さという面での特長、メロディーの叙情性というのは失わず、一歩先へと、二歩先へと劇的な進化を遂げつつあるようです。  

ここには何かさらに、大掛かりな舞台的な装置、仕掛けのようなものが込められているように感じられます。また、このアルバムでは、台湾の民謡的なバックグラウンド、自国の文化に対する深い矜持も伺えます。

 

そして、日本のシンガーソングライター、”YeYe”を、ゲスト・ボーカルに迎えたラストトラックの「Moonset」で見られる日本語歌詞ソングというのは、いわば、日本と台湾の双方の文化に対する敬意を交えたハイブリッドの魅力を持った、非の打ちどころのない楽曲といっても誇張にならないはず。

 

エレファント・ジムの作品の中でお勧めしておきたいのは、「Elephant Gym Audiotree Live」での超絶的なテクニックの凄さも捨てがたいものの、やはり、EPとしてリリースの「工作」です。 



 

 

 

このシングルの二曲目に収録されている「中途」というトラックは、エレファント・ジムの際立ったポップ・センスが発揮されています。


ここには、往年のシティ・ポップのようなオシャレさ、爽やかさからの影響もそれとなく滲んでいるようです。また、中国語の響きというのも、既に、ポストロックに飽きてしまった耳の肥えた愛好家に、爽やかで、清々しい印象を与える素晴らしい楽曲として推薦しておきたいところです。

 


 

日本で唯一のプロ・タブラ奏者、U-zhaanさんの魅力について語る

 

 

 

Tablaというのは、インドの伝統楽器で、いくつかの複数の音階を持つ太鼓を組み合わせて両手で鳴らすことにより、メロディアスな音の響きをもたらす特殊なインドの民族打楽器のひとつです。

 

さて、このタブラという民族楽器のプロミュージシャン、日本で最初のプロタブラ奏者といわれるミュージシャンが埼玉県川越出身のU-zhaanさんは、二十代の頃から単身インドに渡り、インド、コルカタで、アニンド・チャタルジー、ザキール・フセインに師事。どうやらタブラというのは演奏法を覚えるのにもかなりの修行が必要であるらしく、習得の難しい楽器といえるかもしれません。

 

彼は、以前から、故ハラカミ・レイとのライブ共演をはじめ、国内で様々なアーティストとの共演を重ねてきました。近年では、2014年、ソロアルバム「Tabla Rock Mountain」、「猫村さんのうた」で、坂本龍一との共同作業、ヒップ・ホップアーティスト、環ROY、鎮座DOPENESSとのコラボを中心に、ミュージシャンとしての活躍の領域を広げつつあるようです。

 

原曲「Energy Flow」を、坂本龍一氏自身のプリペイドピアノの演奏、そして、環ROY、鎮座DOPENESSのヒップホップアーティストによるライム風の歌詞を新たに加え、U-Zhaanのタブラの演奏により新たにアレンジした「エナジー風呂」という、かなりユニークな作品もリリースしています。

 

直近では、蓮沼執太のNHKドラマ「きれいのくに」オリジナルスコアへのゲスト参加であったり、(これも名作です)そして、これまで活動を共にしてきた盟友、環ROY、そして、鎮座DOPENESSとのトリオ編成でのスタジオアルバム「たのしみ」をGolden Harvest Recordingから新作としてリリースし、いよいよ、日本のアーティストとして最盛期を迎えつつあるように思えます。 

 

 

 

 

このタブラという楽器は、他の地域のどの民族楽器類にも属さず、独特の倍音性を持ち、涼し気な音の響きをもたらすのが特徴といえます。

 

これはインドという土地ならではの特殊な楽器の一つといえるかもしれません。とりわけ、ユザーンさんのタブラ演奏の面白い特徴は、独特な打楽器としての味にとどまらず、旋律楽器としての叙情性を併せ持つ。

 

最初、日本にもこんな凄いアーティストがいると純粋に驚いた部分もありました。そして、彼のプロフェッショナルなタブラ演奏は、必ずといっていいほど、ゲスト参加したアーティストの音に他にはない効果、涼しげで、色彩的な質感”をもたらすように思える。それは他のどの楽器にも見つからない、このインドの民族楽器タブラしか持ちえない特性といえるかもしれません。

 

彼は、演奏中も、その音を長年の経験に培われた五感によって聞き分け、繊細なタッチで、そして、目にも止まらぬビートの早さにより、この民族楽器の音の個性を最大限に引き出す。そして、彼の演奏が素晴らしい理由は、共同作業をするアーティストの音楽に、打楽器としての側面、旋律としての側面、双方から、メインアーティストのサウンドを強固に支えている。そして、さらに、この楽器の性質、タブラの豊かな倍音の複雑なコントラストによって、既存の楽曲に異なる色彩を与え、元の空間上に立体的な倍音の空間を新たに生み出すからなのでしょう。

 

 

もちろん、それは、彼の長い確かな経験から来る盤石かつ巧緻な職人気質の演奏によって引き出される精髄だと思われます。

 

とくに、普通のドラムセットとも、電子楽器のドラムマシンとも異なる民族楽器の倍音を活かした独特なサウンドは、コラボするアーティストの音楽性の魅力を最大限に引き出す。そして、また、これまでその楽曲に見えなかった異なるニュアンスを生み出す。つまり、このタブラというのは、打楽器でもあり旋律楽器でもあるという特異な性質を持つ楽器といえるのかもしれません。

 

特に、近年では、タブラの演奏者としての役割だけにとどまらず、作曲作業の一貫として、この「Tabla」を、どのようにコラボするアーティストの楽曲の中に取り入れるかを熟慮している気配も窺えます。

 

 

 

新作アルバム「たのしみ」では、以前、シングルカットとして先行リリースされていたスチャダラパーのカバー「サマージャム’95」を収録。ここで、完成度の高いアレンジメントを完成させています。 

 

このサマージャム’95は、個人的にものすごく好みの曲でもあるし、また、夏の暑い盛りに聴くのに最適な曲ともいえるでしょう。ここで、日本のポップス、クラブ音楽の音の中に新たな風をもたらし、タブラの音によって異なるニュアンス、色彩、そして、涼しげな旋律効果を与えている。

 

これは、彼のタブラの演奏能力の巧みさ、そして、楽器の特性を深く知りつくしてるからこその名人芸だといえそうです。現在、ソロの演奏者をのぞいて、こういったふうに、様々な楽器の中にタブラの音を巧緻にマッチさせることが出来るアーティストは、U-zhaanさん以外考えられないでしょう。

 

 

 

あともうひとつ、少し補足的な話になりますが、U-zhaanさんは、音楽家という表情の裏側に、情熱的なカレー愛好家としての表情を併せ持つことを忘れてはならないでしょう。

 

彼は、インドの本場仕込みのカレーの味をよく知る、熱烈なカレー愛好家としても知られていて、実は、インド、マトン・レトルトカレーの監修をシタール奏者、石濱匡雄氏と共同で行っており、「ベンガルマトンカレー」が絶賛発売中!!。これは、現地ベンガル地方の本場の味を知る人間だからこそ、聞き逃す、いや、いっかな食べ逃すことのできない商品だといえるでしょう。

終わりに、U-zhaanさんのタブラの演奏は、インドの民族楽器の精神性を余すことなく表現しているがゆえに本当に素晴らしいのでしょう。そして、これまでずっと、そうであったように、これからもずっと、彼は、日本でインドの伝統楽器の素晴らしさを伝えてくれるだろうと信じています。

 

 

 

参考

 

U-zhaan Wikipedia

tabla Wikipedia 

 

 20年代のクイア・アーティストの台頭

 

 


 

 

20年代のアーティストの生み出す音楽というのはかなり特徴的だ。まるで何十年も音楽をやってきたかのような風格があるのがこういったミュージシャン達の特質であり、素人臭さであったり、青臭さというのが彼等には全然感じられず、異質なほどのプロフェッショナル性によって裏打ちされた音楽がサブスクリプションの配信曲としてパッケージされ、一般のリスナーの元に届けられる。

 

 

なぜ、彼等彼女らは、こうもあっけなく完成度の高い音楽を、時にはティーンネイジャーの段階で、やすやすと作り上げてしまうのだろう?

 

 

考えるにその理由というのは、サブスク配信の申し子である彼等彼女らがたとえ実際の音楽遍歴が十年くらいだとしても、その情報量、蓄積量の多さが何十年もの音楽フリークにも比するものがあるからかもしれない。つまり、極めて早い速度での音楽体験をこういったアーティストは日々、当たり前にしているため、音楽の洗練、醸成に以前ほどの時間を要さなくなって来ている印象を受ける。

 

 

これらのアーティストの中で有名な一ジャンルは、”ベッドルームポップ”といわれ、必ずしもバンド形態をとらず、アーティストひとりでその完成品をマスタリング作業までやり、完成品としてパッケージしてしまうという器用さ。いわゆる宅録として展開されるロック、ポップスともいうべきその代表格ともいえるのが、ノルウェーの”Girls in Red”で、今一番シーンで勢いが感じられるアーティストだ。

 

 

そして、最も世界的に有名なビリー・アイリッシュも同じで、これらの00年代を境に出生したアーティストというのは、全時代の人間に比べて「性の種別」という概念が薄く、その音楽性というのも、どことなく中性的である。女性アーティストなのに男らしさを感じさせたり、男性アーティストなのに女らしさがあるように、古い世代から見ると、実に風変わりな印象を受けるはず。

 

 

これらのアーティストとしての魅せ方、引いては、そのアーティストの内奥にふつふつと湧き上がる精神、概念というのは、往年のマドンナであったり、マライアの時代から見ると信じがたいくらいかけ離れたものといえるだろう。むろん、デヴィッド・ボウイやマーク・ボラン、ニューヨーク・ドールズ周辺の、往年のグラムロックアーティストを知る人から見れば、彼等彼女らの概念というのそれほど珍奇に感じられないだろうし、ごく自然なものと飲み込んでもらえるだろうかと思います。只、ここで付言すべきは、そういった中性的なキャラクターを舞台俳優のように演じでいるわけではなく、それを自らの生き方に取り入れ、アイデンティティを誇らしく掲げているのが、これらのアーティストの以前のグラムロックアーティストとは異なる点だろう。


 

 

クィアー・ミュージックの新星 Ana Roxanne

 

 

 

今回、ご紹介するAna RoxanneというLA在住のアーティストも、近年流行中の、クイアというムーブメントから出てきた個性的で、面白い音楽家のひとりだ。

 

 

一般には、ニューエイジをはじめ様々な呼称が彼女の音楽に与えられている。一応、与えられてはいるものの、他方では、アンナ・ロクサーヌの作品を扱っているセールス側に大きな困惑を与えているのは確かだろう。なぜなら、単純にこの音楽は新しいから、以前の耳では咀嚼できない。”耳”を数年先まで推し進める必要性があるのだ。その辺りに市場側も、このアーティストに単色のイメージをラベリングすることに躊躇を感じているようにも思える。ゆえに、他のアーティストよりもはるかに難物な雰囲気すら滲んでいる。

 

 

もちろん、作品を実際に聴いてみればそのことがよく理解できるはずだ。ビリー・アイリッシュ、ガールズ・イン・レッドのような分かりやさ、キャッチーさは、ロクサーヌの音楽にはのぞむべくもない。これは海のものとも山のものともつかない風変わりな音楽なのかもしれない——。しかし、それはこれまでになかった新しい音楽の台頭を感じさせる。

 

 

ここ二、三年の数少ないリリース作品を聴くかぎりで、そういったジャンル、音楽上の種別というのは、アンナ・ロクサーヌを前にしては、何の意味もなさないと理解できる。そもそも、アンナ・ロクサーヌという音楽のジャンルは、他者からの識別、ラベリング、ジャンル分けを強烈に拒絶し、そして、それを”音の芸術表現”という強烈な個性で描き出そうと努めている様子が感じられる。

 

 

アンナ・ロクサーヌの音楽性の中に見出すべきなのはリスナーに対する媚や安っぽいおためごかしなどではない。そこに感じられるのは、強い、異質なほど内的なクールなストイックさなのだ。いや、そのためにむしろ、Ana Roxanneの音楽は、他にはないほどの強烈な個性と輝きを放っている。

 

 

 

「Because of a Flower」2020

 

 


 

 

Ana Roxanneを知るための手がかりというのはまだ非常に少ないのが少しだけ残念だ。それはほとんど雲をつかむような話でもある。

 

 

デビューして間もない音楽家でありアルバムリリースというのはこれまで一作。だから、その数少ない音の情報を頼りにし、このアーティストの良さについて静かに熱狂を抑え、非常に慎重に語るよりほかない。

 

 

最新作「 because of flower」は前作のEP「ーーー」の方向性を引き継いで、”アンナ・ロクサーヌという音楽性を明瞭に決定づけた作品”というふうに呼べるかもしれない。1stトラック「Untitled」から、会話式の語りが挿入され、これが非常に、舞台的、もしくは、映像的な音の効果を与えている。

 

 

そして、この語りというのが、古典音楽のモチーフのようについて回り、作品のどこかで再登場するというのは、少なくとも、付け焼き刃の思いつきなどでは出来ない音楽に対する高度な見識を伺わせる。

 

 

2ndトラック「A study in Vastness」では、米国で有名な声楽家、メレディス・モンクのような声としての前衛芸術、ミニマリスムを思わせるテクスチャを形成することにあっけなく成功している。自身の声を多重録音することにより、それをアンビエンスとして解釈し、奥行きのある音響世界を構築していく。

 

 

そして、このあたりに漂っている奇妙で異質さのある雰囲気、これこそ「クィア」という概念そのものの体現であり、ドローン、アンビエントともつかない、異質なエスニック風味すら思わせる独特でエキゾチックなシークエンスというのは、このアンナ・ロクサーヌという芸術家にしか描き得ない、内的な心象風景の音の現れだろう。

 

 

また、こんなふうにいうと、少しばかり、このアーティストが崇高な感じもうけるかもしれない。だけれども、このアルバム全体のイメージに関して言えばそのかぎりではない、その中に近寄りやすさというのもある。

 

 

「Suite Pour L'invisible」では、ドイツの前衛電子音楽家、NEU!のファーストアルバムに収録されている「Seeland」を彷彿とさせる静かでアンビエント風の電子音楽に取り組んでおり、さらに、ロクサーヌの伸びやかな美声が心ゆくまで堪能できる。これは、ナチュラリストとしての彼女の精神の姿を映し出した透徹した鏡のような楽曲であり、ヒーリング効果のある音楽としての聴き方もできるかもしれない。

 

 

前年にEPという形でリリースされていた楽曲をアルバムに再収録した「ーーー」も、往年の古いタイプの電子音楽を踏襲した楽曲であり、これまた全曲のように心やすらぐような雰囲気を味わえる。アナログシンセをマレットシンセのような使用法をすることにより、連続的な音を積み上げていき、立体的なテクスチャのもたらす快感性を生み出すことに難なく成功している。流石だ。

 

 

さらに、また、このアーティストが只のヒーリング音楽家ではないことを明かし立てているのが次曲「Camillie」といえ、ここでは、ごくごくシンプルなマシンビートを、曲の主な表情づけとし、そこにアシッド・ハウス的なアダルティな風味をそっと添え、夜の都会のアンニュイさを感じさせる雰囲気も滲み出ている。楽曲の連結部として、対旋律風に導入されるフランス語の会話のサンプリングというのも一方ならぬ知性を感じさせる。

 

 

ラストトラック「Take The Thorn,Leave the Rose」では、フュージョンジャズ的なギターが特徴のこのアルバムでは異色の楽曲といえ、アウトロにはバッハの平均律の前奏曲の旋律がヒスノイズを交えて流れてくるあたりも唸らせる。この辺りに、古典音楽にたいしての親和性、音楽フリークとしての矜持が窺え、非常に興味深い。

 

 

音楽的なバックグラウンドの広さ、そして、クイアという概念を強固な音の表現性により、ひとつの芸術として完成させているのが今作の特徴といえるかもしれない。その内面からの強い性格がヒーリング的な寛いだ印象とあいまって、これまで存在しえなかった新しい二十年代の最新鋭の音楽のニュアンスを生み出すことに成功している。個人的に、かなり期待したい有望なアーティストの一人だ。

REAL ESTATE 


 

リアル・エステートは、2000年代に登場したロックバンドでありながら、古風で懐かしく、ニール・ヤングの名作「Harvest」で聴けるような伝統的なアメリカンロックを現代的な洗練性をもって奏でる五人組。

カルフォルニア出身のバンドで、この辺りの年代からアメリカのインディーロックバンドの全体的な傾向として、古い時代にも数多く良い音楽があるから、それを再発掘して新たに自分達なりのやり方でやっていこう、というリヴァイバルの動きが顕著に出てくるようになった。

 

これは、今、十年前の時代をあらためて振りかえると、20世紀終わりのロックバンドの主な風潮といえ、是が非でも新たな音楽を追求しないでよしというか、新時代の音楽を生み出すべくアーティストたちが競争していた傾向とは正反対の動向だったように思われます。つまり、巨大な音楽市場を介しての”競争”に身を捧げることをいくらか疑問を持ち、頂点にのぼりつめるため、火花を散らしている最前線の不毛なレースから身をスッと引いて、俺たちは一番でなくとも良いんだよというスタンス。また、もっといえば、メインストリームに対してカウンター的な勢いをもつアーティスト群がこの00年代から少しずつ出てくるような印象がありました。

 

その風潮を代表するのが、ニューヨークのシーンに華々しく登場した、マック・デマルコ、ワイルド・ナッシング、そして、ビーチ・フォッシルズのような一連のバンドでした。そして、Ariel Pinkもその一群に加えられるかもしれません。

 

これはまるで、それまで寸前まで止められていたシーンの流れが堰を切って出てきたような、非常に勢いのある台頭であったように今では思えます。このアメリカでの全体的なリバイバル動向は、後のベッドルーム・ポップの音楽性——前の時代を現代的にアレンジする——の素地を形成したものと思われ、また、驚くべきことに、時には、彼等の生まれた年代よりもはるかに古い時代の音楽を下地にし、それらを現代的サウンドアプローチによって音楽的に洗練させる手法を取っているのがとても面白い。とくに、上記マック・デ・マルコは、アメリカ人でありながら、なんと、細野晴臣の名曲「ハネムーン」を堪能な日本語でカバーしていることは追記しておきたい。

 

そして、このリアル・エステートは、それほど洋楽に馴染みのない若い人にも聞きやすい音楽性であり、耳の肥えたオールドロックファンにも是非、お勧めしておきたい良質なアーティスト。

 

さてさて、今回は、彼等のおすすめアルバムを3つばかりピックアップしていこうと思っています。

  

 

「Real Estate」2009   

 

まずは、リアル・エステートの記念すべきセルフタイトル、1st Album「Real Estate」。

 

彼等の登場を手放しに歓迎したくなるような作品。このアルバムを聴いて驚かされるのは、二千年代になって、五、六十年代流行の音楽をなぞらえたようなロックサウンドが現代に蘇らせたという驚愕の事実です。

 

これはこういった古い音楽を奏でた末のリアクションを気にしたらとても出来ない。彼等が心底からこういったサーフロックサウンドに敬意がなければ作りあげるのは難しいはず。むろん、音楽性についても単なるアナクロニズムに堕しているわけでなく、現代的な雰囲気もほんのり感じられるはず。

 

例えば、有名どころでは、ディック・デイル、べンチャーズ、ビーチ・ボーイズといった日本でもかつてグループ・サウンズという名で一世を風靡したようなロックサウンドを、ニール・ヤング風の良質なカントリーの風味で華やかに彩ってみせたのがこのデビューアルバムの画期的たる由縁。

 

リバーブをてきめんに効かせたギターサウンドが全面展開。この心地よくてたまらない響きにやられること疑いなし。また、ドラムの同じように、リバーブで奥行きを持たせたダブ的な音作りにより、実に雰囲気が良し。また、その茫漠とした音像を背後でしっかり支えているのがタイトかつシンプルなベース。

かなり玄人好みのサウンド処理が施されながら、楽曲全体に満ちている上品でキャッチーなメロディーに心惹かれます。

 

このデビューアルバムを通し聴いていると、時を忘れ、往年の懐かしいカルフォルニアの太陽を思わせるサーフロックの古めかしい音の織りなす世界にいざなわれていく。

 

全体的に、ギター、ドラム、ベースの音色に統一感があり、また、テンポ感もゆったりとしていて、聴いていて飽きることがない。なんとも、デビューアルバムらしい爽やかさに彩られている傑作。 

 

 

 

「Atlas」2014

 

アメリカの有力紙で大絶賛された、2nd「Days」(2011)の良さも捨てがたいところです。二作目からはサーフロック色を弱めて、より洗練されたギターロックバンドとしての道を歩みはじめた感のあるリアル・エステイト。

 

しかし、どちらかといえば、2ndは評論家好みの通向けのアルバムと思われるため、ここで自信を持ってお勧めしたいのは、リスナーにとって好感触が得られるであろう通算三作目となるスタジオアルバム「Atlas」。

 

1stアルバムにさらにポップ性を付加し、洗練させた2ndの完成度の高さと、その鋭意を引き継いだのが今作「Atlas」の特徴で、さらに前作に比べロックバンドとしての方向性がしっかり定まったという印象を受けます。

 

リアルエステートの五年間にわたる活動の結晶を形作ったとも言うべき作品が、三曲目収録の「Taking Backwards」。この楽曲は、往年のニール・ヤングの名曲にも引けを取らない名品です。彼等の品の良いギターロックの方向性がここでひとつの集大成を見たといえるでしょうか。さらに、五曲目収録の「The Bend」ではこれまでになかった音楽性、ボサノヴァ的なオシャレさのある楽曲にも挑戦しており、彼等の自身の音楽性に対する果敢な冒険心というのも垣間見えるでしょう。

 

1stでは、まだ海のものとも山のものともつかずにいたリアル・エステートの音楽性をはっきりと決定づけ、ただの通好みのバンドでなく、高い演奏技術と秀でた作曲能力によって裏打ちされた実力派バンドであると世界に対し誇らしく示してみせたのがこの「Atlas」というアルバム。

 

ビートルズの往年のポップセンスを現代に受け継いだ古典的なポップ/ロックソングとしても安心して聴き入ることができるはず。

 

音楽性については、繊細なギターロックでありながら、どっしりとした安定感があり、なんともいえず心地よく、ほんわかとなるような良質なポップソングが満載の作品です。


 

「Half A Human」EP  2021

  

いよいよ、数年前からMVをYoutubeで公式展開し、本格的なロックバンドとして徐々に世界的に認知されはじめた感のあるリアル・エステート。

 

この間、定期的に、信頼あるリリースを重ね、2017年の「In Mind」ーー2020「The Main Thing」ーーというように、順調に秀逸な作品を積み上げて、名実ともに良質なロックバンドであることを国内外に誇らしく示し続けてきたリアルエステートが、さらなる局面を切り開いて見せた作品。EP、つまり、シングルリリースの形態でありながら、二枚組構成というのも面白い特徴でしょう。

 

前作で見せたひとつの完成形をここでさらに展開させ、まるで1stアルバムに原点回帰を果たしたかのような作品。 

 

イントロとしての役割をなす「Despair」から続いて、これぞリアルエステート節ともいえる「Half a Human」は、彼等の新たな代表曲となるかもしれないと宣言しておきたい。ここで展開されるのは、やはり心地よいリバーブ感のある良質なギターロックであり、またこれというのは、ニューヨークのリバイバルバンドとは一味違った形で音が綿密に紡がれていきます。往年のどことなくノスタルジーを感じさせる。

 

また、三曲目の「Soon」も良曲で、彼等のメロディーセンスの中に独特なフックが加えられ、それが切なげな新鮮味を感じさせる。ちょっとしたフレーズの質感の違いがこれほど楽曲に秀逸さをもたらすことの証左。また「Ribbon」ではイントロから、ビートルズ和音というのを追求した楽曲で、それがリアルエステートらしい少しアンニュイさのある風味で切なげに彩られている。

 

往年に世間に流行した音楽、彼等の音楽の中には最近世界的に流行しているという古い日本のシティポップのような雰囲気も感じることが出来る。どこかで聴いたことのあるフレーズを新式に組み替えてみることによって、これほどまでに新鮮味のある音楽が生み出す事ができる。そして、それは音楽フリークとしての一面と、そして高いタイトな演奏技術によって紡ぎあげられる職人技。

 

リアルエステートの奏でるギターロックというのは、本格派といえ、やはり、アナクロニズムでなく、そこに現代的な要素がほんのり添えられているのは変わらない。彼等の存在というのは、刻々と移ろいつつある日々の中、何ひとつも変わらなくてよい、いや、変わってはならない普遍的なものも、この世には存在するのだということを示してみせた好例といえるかもしれません。