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盛岡夕美子

 

盛岡夕美子さんは、1978年から1987年にかけて作詞家、ピアニスト、作曲家として活動していた音楽家です。

 

1975年に、サンフランシスコ音楽学院を主席で卒業した後、"宮下智"を名乗り、日本の音楽業界でコンポーザーを務める。1980年代にかけて、男性アイドルグループへの楽曲提供を行い、中には、驚くべき男性アイドルの名が見られ、1980年代にかけて、田原俊彦、少年隊といったアイドルのヒット曲のソングライティングを手掛けていた名音楽家です。

 

盛岡さんは、元は、クラシック畑のピアニストでありながら、J-POPの裏方としての仕事を多く受け持ち、1980年発表の田原俊彦のシングル「哀愁でいと」B面曲「ハッとして!Good」で、第22回日本レコード大賞で最優秀新人賞に輝く。その後、ジャニーズ事務所と専属契約を結び、少年隊の1980年代の楽曲を多数手掛ける。1980年代の日本ポップスシーンにおける重要な貢献者と言えるでしょう。

 

ジャニーズ事務所に所属するアイドルグループへの楽曲提供の他に、1980年代にソロ名義「盛岡夕美子」としての作品を二作発表。これらの作品は商業主義やエンターテインメント業界とは無縁のニューエイジ、アンビエント、世界的に見ても秀でたヒーリング音楽をリリースしています。


この盛岡夕美子としてのソロ名義での作品発表後、アメリカに移住。 その後は、サンフランシスコのエコール・ド・ショコラ、フランスのエコール・ヴァローナで学んだ後、音楽家からチョコラティエに華麗なる転身。その後、自身の会社「Pandra Chocolatier」を設立し、ワイントリュフの開発に取り組み、ビジネス事業も軌道に乗り始める。


しかし、2017年に北カルフォルニアで起こった山火事によってワインの輸送供給が滞ったのを機に日本に帰国。2019年には日本の世田谷にワイントリュフの専門店を立ち上げていらっしゃいます。

 

その後、一度だけ作曲家の仕事を行っており、2018年に、King&Princeに楽曲提供を行っています。

 

 

 

 

 

「余韻(Resonance)」2020  Metron Records  
 
*原盤は1987年リリース



 

 


1.Komorebi

2.Moon Road

3.Rainbow Gate

4.Ever Green

5.潮風

6.おだやかな海

7. Round And Round

8.La Sylphide/空気の精

9.Moon Ring

10.銀の船




 

この作品「余韻」は、1987年、盛岡夕美子名義で発表されたニューエイジ作品のVinyl再発盤として昨年発売された作品。表向きの田原俊彦、少年隊といった仕事、謂わば表舞台の喧騒からまったく遠く離れたアルバムを、この1987年に盛岡夕美子さんは発表していらっしゃいます。いわば、年代的には、まだ、おそらくニューエイジミュージックがそこまで日本でも浸透していなかったと思われる時代、日本のもっとも早い年代に活躍した環境音楽家、吉村弘と同じようなヒーリング的な指向性のある音楽を、盛岡さんはこの作品において追求していらっしゃいます。

 

この作品において盛岡さんの生み出す音楽は、終始穏やかであり、これ以上はないというくらいの癒やしをもたらしてくれ、聞き手の内面を見つめる機会を与えてくれる瞑想的な音楽ともなりえるはず。この「余韻」はクラシックピアニストとしての素地のようなものが遺憾なく発揮された作品で、波の音といったサンプリングが挿入されている点で、ニューエイジ音楽を想定して製作された音源だろうかと思われますけれども、クラシックピアノを体系的に学習した音楽家のバッグクラウンドを持つためか、サティやドビューシー、ラヴェルをはじめ、一般に「フランスの6」と呼ばれる全音音階を使用する傾向のある近代フランス和声の影響が色濃く感じられる作風です。

 

それほど大きな展開を要さないという点では、イーノ、バッドの音楽性に近いものが感じられます。ミニマル・ミュージックとしての指向性を持ち、それが淡々と奏でられる上品なピアノ音楽。しかし、この単調さがむしろ反面に聞き手に何かを想像する余地を与えてくれる、本来、あまりに情報量が多すぎる刺激的な音楽というのは一見すると心惹かれるものがあるように思えますけれども、そこには聞き手の存在する余地がなくなるという弊害もまたあると思うのです。しかし、盛岡さんのこの作品では、それとは対局にある「家具の音楽」、あるいは、調和という概念に焦点を絞った音楽が提示されており、また、ここでもアンビエントの重要な概念、聞き手のいる空間、聞き手の考え、何より、聞き手の存在が尊重されているという気がします。

 

それは、軽やかなピアノ演奏、情感あふれる鍵盤のタッチ、そして、ピアノの余韻、レゾナンス、ピアノのハンマーが振り下ろされた後、音の消えていく際の余白の部分を楽しむ音楽といえ、ジョン・ケージの最初期のアプローチにも比する音楽と称することが出来る。そして、この音楽は端的に言えば、わたしたちの心に、ひとしずくの潤いをもたらしてくれる癒やしの効果をもたらしてくれる音楽でもある。

 

1987年の最初のリリースから実に三十三年という長年月を経て、今回、Metron Recordsからリマスター盤として再発された「余韻(Resonanse)」の再発盤で感じられるのは、メロディやリズム、それ以上の空間性としての秀逸な純性音楽の数々。この作品には、一時代性とは乖離した多時代における普遍性が込められていて、人や時代を選ばないような音楽。また、久石譲をはじめとするジブリ音楽にも似た安らぎを感じていただけるかもしれません。

 

何か、じっと、目をつぶっていても、音楽自体が生み出すサウンドスケープがおのずと思い浮かんでくる貴重な音楽です。

 

サウンドトラックのようだと喩えるのは安直といえ、深い精神性に支えられた瞑想的で穏やかな作品です。日本のアンビエント、ニューエイジの隠れた名盤としてご紹介させていただきます。

 

 

「余韻(Resonance)」

Listen on Bandcamp:

 

https://metronrecords.bandcamp.com/album/resonance


 

 

盛岡夕美子「余韻(Resonance)リリース情報の詳細につきましては、Metron Records公式サイトを御覧下さい。

 

 

https://metronrecords.com/ 

 


 


 


 

 

アンビエントを形作る基本概念とは? 


既によく知られている通り、アンビエント音楽の出発は、ブライアン・イーノが怪我をして入院中に、友人が病室に持ってきてくれた壊れたハープのレコードをかけた瞬間にもたらされた。音楽を介しての崇高な啓示という言葉が相応しいのかどうかはわかりませんが、傑出した音楽家には人生のある分岐点において、何らかの音楽を介しての悟りのようなものがもたらされるのが常です。


この後、ブライアン・イーノは既に「Discreet Music」で、その音の萌芽は充分見られるものの、Ambientシリーズという傑作を1978年から1982年にかけて発表、アンビエントという概念を広めていくわけです。


現代では、アンビエント=環境音楽という概念は広義において使用されることが常であり、アシッド・ハウス系のアーティストの音楽にも、このカテゴライズが与えられ、リズム性が希薄なクラブ・ミュージックのアーティストにも適用されるようになりました。厳密に言えば、両者の音楽はリスニングに特化した音楽と、工学的な機能を持つ音楽に分類されるのは事実ですが、広義の意味でのアンビエントという概念として今回は言及させていただきます。


しかし、基本的に、このアンビエント音楽の本義は「主役を引きたてるため」にある存在する音楽であり、例えば、演劇でいうところの舞台の書き割りであるとか舞台照明のような主役の舞台上での演技を引き立てるような役割を果たすものです。


それが、後のWindows98の起動音、横断歩道を渡る際の機械音楽、駅のホームで流れている環境音楽という概念に引き継がれていく。これらの音楽は、その場に交通する多くの人が主役であり、起動音、横断歩道の短い音楽、駅で流れている音楽は、常に脇役であり主役ではありえないわけです。  


もちろん、これらの環境音楽の作曲者も自分の作製した音楽を聞き手の空間に際立たせようと作曲するのでなく、その場の空気を尊重して短いBGMを作製しているのが常です。

 

これは、初期の任天堂等のゲーム音楽においても同じ。つまり、アンビエント音楽の真髄は、演劇の舞台背景のような機能を果たす音楽=BGM(バッググランドミュージック)であり、演奏者のいる空間性を重視するのではなく、聞き手のいる空間性を重視し、それを尊重する音楽であると言えかもしれません。


ですから、近代フランスの酒場で、ショパンを客前で好んで演奏していたエリック・サティが一般にアンビエントの元祖としてみなされるわけです。エリック・サティは客のおしゃべりの引き立てとしてショパンを弾いていたわけです。


しかし、これは、近年、このアンビエントという語があまりに広い範囲で使われるようになったため、見えづらくなった本義といえる。

 

そのため、実を言うと、エイフェックス・ツインの初期作品はアンビエントに該当するものの、ティム・ヘッカーはドローンであるものの、本流に属さないオルタネイティヴなアンビエントと言っておきたいのです。


元々、ブライアン・イーノは、最初期の作品をアナログシンセサイザーを用い、「空間の広がり=アンビエンス」を発生させていましたが、多分、イーノが表現しようとしていたものは音というよりも概念に近かったろうと思われます。


おそらく彼にとって病室で身動きがままならなかった際に聴いた壊れたハープのレコードの音楽は疲弊した精神に潤いを与えるものであったろうし、その音楽的啓示が与えられた「祝福された瞬間」を再現しようと試みようとしたことが「Ambient」シリーズ、「Apollo」「The Pearl」という名作群の誕生に繋がった。これらの作品においてイーノが表現したかったもの、おそらくそれは、病室でいたんだ肉体、そして、疲れた精神を癒す、ハートがじんわりする音楽です。


昨今、このアンビエント音楽が多くの人に求められるようになったのはひとつ理由があり、現代の人々がより温かな癒やしを求めているからなのかもしれません。


常に、日常の中にまみれる喧騒、常に、毎日のようにもたらされる無数の情報、常に、何かに忙殺される時間、常に、劇的に移ろい変わり、混沌としつつある世の中の状況、常に、 おびただしくもたらされる無数の刺激の数々。

 

実は、21世紀に入るまでに、我々、現代人は、これらの自分では抱えきれないものを所有していることに辟易としており、自分は既に生涯における充分なものを既に所有しているのに、外側から常に何かが供給されているため、コレ以上は何も要らないと思う「本心」を常に覆い隠し生きねばなない。


世の中で重要だとされている出来事、多くの人が重要という出来事の殆どが我々にとって不必要でとるにたらぬもの。そして、本当に重要な出来事が見えにくくなっていることことに気が付かねばなりません。


現代社会において、人間にとってもっとも必要なものが何なのか。明言しませんが、現代社会を生き得る人たちが見失ってしまったように思える「何か」を探すきっかけを、アンビエント音楽、アーティストの名盤は、音という言語よりも高らかな啓示により授けてくれるかもしれません。


ここでは、定番の作品から風変わりな作品まで、様々な側面からアンビエントをご紹介致します。是非、以下、リストアップする作品の中から貴方にとってピッタリな癒やしの音楽を探してみて下さい。

   



アンビエントの名盤ガイド


 

・Brian Eno

 

「Ambient1 Music For Airport」1978

 



アンビエントという概念は全てこの作品「Ambient 1 Music For Airport」から出発したというべきでしょう。 

 
「人を落ち着かせ、考える空間を作り出そう」
 

ブライアン・イーノは、ドイツのケルン・ボン空港で暇を潰していた時、この伝説的な環境音楽の着想を思いついたようです。
 
 
ジャケットワークのデザインもまたブライアン・イーノ自身が手掛けたこの作品は、アンビエントの祖でもあり、ミニマルミュージックの究極系。異なるテープレコーダーを介して録音したシンセサイザーの音色を同期し、さらにその音色をランダムに変えることにより生み出されています。
 
 
アコースティック・ピアノのシンプルな音色は、洗練された空港内の空間、そして無数の人々がいる会話をする空間という本来、2つの分離した空間を音楽によって合一させる効果を持っています。会話をするのにも邪魔にならず、空港のロビーの広々とした空間というものの静かに馴染む音楽が前半部。 
 
 
一方、後半部では、パッヘルバルのカノンをサンプリング的に処理、テンポ、ピッチを変更した楽曲。どちらも、イーノの考案した人を落ち着かせるというコンセプトに沿った音楽と言えます。実際に「Music For Airport」は、NYのラガーディア空港で環境音楽として使用されていました。 
 
 
 

 

「Plateux Of Mirror」1978

 



 

アンビエント音楽の感じを何となく掴むためには、このブライアン・イーノ、そして故ハロルド・バッドの共作が最適と言えます。


ジョン・ケージが考案したピアノの本来ディケイするはずの音を極限まで伸ばす手法を、さらに、ここで、イーノは「Above Chiangmai」という世紀の傑作において自身のサウンドエンジニアとしての手腕により見事に実現してみせました。

 

加えて、ハロルド・バッドのピアノ演奏というのも、徹底的に聞き手のいる空間を重視した家具の音楽としての概念を両者の音楽家はアンビエントという新たな形に昇華させてみせています。 

 

ロキシー・ミュージックのキーボード奏者として活動したのち、事故による負傷、その病室で壊れたハープのレコードを聴いたときに、ブライアン・イーノが体感した一種の音楽的な啓示がここで音によって体現されています。

 

それは、アンビエンスー空間に既に満ちている音をピアノの演奏、アナログシンセを駆使して奥行きのある空間を生み出すことにより体現されています。

 

また、忘れてはならないのは、ここでは、他では得難い癒やしが込められ、傷ついた魂、精神を癒やす効果も込められている特異な音楽。心が疲れているときに聴く音楽として、オススメしておきたいところです。  


 

 

「Apollo Atmospheres and Soundtracks 」 1983

 



 

もうひとつ、ブライアン・イーノがアンビエント音楽という得難い概念を明確に定義づけたのが伝説的な作品「Apollo(Ascent)」。

ここで得られる音楽的な体験は神秘的ともいえ、これまでにはないような異質な感慨を与えてくれるでしょう。

 

特にアンビエントの歴史からみても屈指の名曲「An Ending」では、地球を離れた宇宙に普遍的に満ちている空間、音、そこに満ちている概念を克明にアンビエンスにより捉えてみせています。この宇宙的な音を表現するスタイルは、その後のアンビエントの重要なファクターとして引き継がれていきます。

 

またその他の楽曲においても、ブライアン・イーノは電子音楽としての新たな実験性に挑んだ作品が多く収録されており、この次の世代に繋がっていくアンビエントの基礎を生み出した。

 

その後、生み出されるアンビエントの多くの作品の重要なインスピレーションの源泉となった伝説的な作品です。  

 


・Jon Hassell 

 

 

「Vernal Equinox」1977(original)  2020(remastered)

 


 

1978年にイーノがアンビエントという概念を生み出す以前に実はアンビエントの本流に当たる音楽を既に生み出していた人物、それが2021年6月下旬に亡くなられたジョン・ハッセルという伝説的な名トランペット奏者です。

 

ジョン・ハッセルはダブ音楽に代表されるようなトランペットの録音をダビング、サンプリングにより、新たな手法のジャズ音楽を追求した音楽家でもあります。

 

特に、この1977年の作品「Vernal Equinox」は、クロスオーバージャズの先駆的作品としてもよく知られていて、また、アンビエントをモダンジャズ的手法で体現した最初の作品でもある。

 

このスタジオ・アルバムには、モダンジャズ、ダブ、民族音楽(インドネシアのガムラン)、電子音楽と、様々な前衛的な音楽のアプローチが見受けられます。四曲目の「Blues Nite」には後のドローンアンビエントのも通じる音楽をハッセルは1977年において生み出していることに驚く。

 

非常にエクスペリメンタル色の強い作品ではありますが、アンビエント音楽の歴史を線として捉えた場合には、この作品を度外視することは難しいでしょう。 

 

 

・Harold Budd

 

 

「Avalon Sutra」2005

 



 

1978年の共作において、アンビエントという概念を提言したのち、バッドはピアノ音楽としてのアンビエントを追求していくようになる。 

 

その一つの音楽としての探求が逸早く明瞭な形となったのがデイヴィッド・シルヴィアンをゲストとして迎え入れた「Avalon Sutra」。

 

ここではハロルド・バッドの生み出す音楽の重要な鍵となる癒やしの効果が作品全体に漂っている。ひたすら穏やかで、甘美で、心温まるようなピアノ音楽がここでは味わえます。サウンド面でも革新的な処理がなされており、シンセ音楽とクラシカル,ジャズと、3つのジャンルのクロスオーバーに取りくんだ画期的な作品です。 

 

シンセサイザーのシークエンスとの融合、広い空間処理により、さながら天井の高い石造りの教会の中で音が響くような独特のピアノの音色を生み出しています。このピアノ作品は、のちのアンビエントの派生ジャンルの一、ピアノ・アビエントの重要なルーツとなった傑作。

 

もちろん、アンビエントだけではなく、弦楽器、金管楽器、木管楽器との合奏と言う面で、ポスト・クラシカル、クラシカルクロスオーバーの先駆的作品と称すべきなのかもしれません。

   

 

 

「After The Night Falls」2007

 

 


 

ブライアン・イーノの提唱した最初のアンビエント作品「Ambient」の共同制作者として知られるハロルド・バッド。

 

その後、バッドはソロ活動において、ピアノ演奏を介して彼にしか生みだしえないアンビエント音楽、音の空間性を音楽的な探求者として独自に追求していくようになります。 

 

バッドの長年の音楽的な探求の集大成を形作ったといえる作品が「After The Night Falls」。ここではアンビエント音楽の理想形が追求され、それがピアノ音楽によって見事に昇華されています。

 

この作品において際限なくひろがっていく心地よい空間、癒やし、穏やかさ、温和さ、といった感覚が慎ましやかな音楽性により彩られています。バッドの音楽で体感できる思索的な感覚は他の音楽では得難いもので、ここに、ハロルド・バッドの奥ゆかしい人格が滲み出ています。

 

ブライアン・イーノとの共作「Ambient」の延長線上にあるアンビエント音楽のひとつの頂点と言えるでしょう。



 


・William Basinsky 

 

 

「The Disintegration Loops」original 2002  Remastered 2014

 

 

 


ウィリアム・バシンスキーは既にアメリカのアンビエント界きっての重鎮と称してもおかしくはない存在。

 

元々はテキサス大学でジャズのサックスを体系的に学んだ後にイーノ、ギャヴィン・ブライヤーズといった音楽家に影響を受け、アンビエント制作を行うようになる。

 

バシンスキーのアンビエント音楽作製において革新的な技法をもたらし、ダンスフロアのDJのように、元あるサンプルネタを引用(たとえば、ラジオ放送でかかっているクラシック音楽)し、それをテープの切り貼りしていき、ターンテーブルのスクラッチのような手法を駆使することにより、ぶつ切りのホワイトノイズを発生させ、サンプリングネタの原型をとどめないような斬新で複雑怪奇な作品を生み出すのがバシンスキーの作曲の特徴。

 

一つの短いシンプルなフレーズを入念にトラック上で複合的に組み合わせ、それを徐々に重層的なヴァリエーションとして変形させていくという点では、ライヒのようなミニマル音楽の要素も多分に持ち合わせています。 

 

バシンスキーのDJ的手法がひとつの完成形を成したのが2002から2003年にかけて発表された「The Disintegration Loops」。

 

ここでは、わずか数秒楽節がLPレコードを再生する際に生ずるノイズのブツッという音をフレーズの合間に挟み、永遠と同じフレーズが繰り返される音楽。しかし、最終盤では、完全に元の原型が破壊され、ノイズだけが鳴りひびく摩訶不可思議なアヴァンギャルド音楽に様変わり。

 

ドローン・アンビエントとニュアンスが異なる「アンビエント・ノイズ」というこれまでに存在しえなかった新しいジャンルを生み出したモンスターアルバム、ウィリアム・バシンスキーの最高傑作の一つ。    


アーティスト名に誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。(2023年9月5日)

 

 

「92982」2009

 



 

元は故郷テキサスでアンビエント制作を行っていたウィリアム・バシンスキーは、その後、ニューヨークに移住し、映像と音楽を融合させた独特な活動を行う。

 

最初期は明らかにイーノやブライヤーズを意識した音楽を作曲していたバシンスキーではありますが、徐々にニューヨークに移住した影響はあってか、SF的というべきか宇宙的な広大なスケールを持つアンビエント制作を行うようになっていきます。

 

そして、どことなくバシンスキーの作品では彼らしくない作風ともいえるのが2009年発表の「92983」。

 

ここでは最初期からの特徴である変奏方式を導入しているバシンスキーではありますが、どことなくNYの街に満ちている生活の風景、人々の雑踏や哀愁をアンビエントとして叙情的に切り取ってみせた作品。

 

他の作品とは異なり、目の前の日常的な空間性を表現したバシンスキーの異色のスタジオアルバム。

 

この作品からさらにバシンスキーはSF的なアンビエントの作風に取りくんでその最終形となったのが2019年にリリースされた「On  Time Out Of Time」この作品も併せてオススメします。    



・Aphex Twin 

 

 

「Selected Ambient Works 85-92」1992

 

 


 

実験音楽としてのアンビエントではなく、クラブ・ミュージックや、デトロイト中心に盛んだったテクノ、アシッド・ハウスの影響をドラムンベースと融合し、ドリルンベースというこれまでになかったジャンルを生み出したことでも知られているエイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェイムス)。

 

既にスクエアプッシャーと共に、ワープ・レコードの看板アーティストといえるリチャード・D.ジェイムスは、クラブミュージック以外にも、ジョン・ケージをはじめとする現代音楽や実験音楽に色濃く影響を受けている実験的なグラブ音楽を生み出すアーティストです。 

 

エイフェックス・ツインとして、ソロ活動を始める以前の宅録時代の未発表作品を収録した「Selected Ambient Works 85-92」はエイフェックスの最良の名盤。ここには実験的なクラブミュージックの宅録の名曲に加え、テクノ、アシッド・ハウスからみたアンビエント音楽ともいえる楽曲が「Xtal」を中心に見られます。

 

クラブミュージック界にアンビエントの概念を持ち込み、その後のクラブ・ミュージックのシーンを導いた重要な作品です。   



 ・Gas

 

 

 「Pop」2000

 

 
 
GASは、ジャーマン・テクノ・シーンを1990年代に率いていたウルフガング・フォイトによる電子音楽プロジェクト。ミニマル・テクノを最初にドイツのクラブシーンに導入したオリジネーターです。
 
 
GASの電子音楽は、ハウス、テクノ、アンビエントといった3つのジャンルを自由に行き来するような作風であり、ドローン、ゴアトランスにも近い質感のあるフロアで踊るための音楽も数多くリリースしています。  
 
 
特に、アンビエントの名盤としてあげたいのが、2000年発表の「Pop」でしょう。
 
 
テクノ音楽からみたアンビエントと称するべきダンスフロア向けの独特な作風を生み出しています。
 
 
他のアンビエントアーティストに比べ、フロアで踊るための縦ノリの音楽は、まさにウルフガング・フォイトのお家芸というべき。テクノ音楽もグルーブ感を追求し、コアな電子音楽を生み出そうすると、徐々にリズム性が希薄になり、最終的には、テクノ、ハウスとは対極にあるアシッド・ハウスに近い独特なアンビエントに行き着くということが理解出来ます。   



・Dead Texan 

 

 

「Aegina  Airlines」2004

 



 

既に、アルバム・レビューの方で一度取り上げている作品「Aegina Airlines」ですが、良い作品なので、再びここで取り上げておきたいと思います。

 

2000年代以降の密かなアンビエントムーブメントをさきがけて発表されたこの作品は後にStars Of The lidを結成し、アメリカのアンビエントシーンで著名な存在となるアダム・ウィリツィー。そして、後に実験音楽、アンビエントのソロアーティストとして活躍するクリスティーナ・ヴァンゾーのツインプロジェクト。

 

後に、スターズ・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてアンビエントの名物的な存在となるアダム・ウィリツィー、その後、映像作家から音楽家に転向を果たし、アンビエントの傑作を数多くリリースしているクリスティーナ・ヴァンゾーの音楽家としての活動を始める契機となった「幻の傑作」。

 

一般的にはあまり知られていない作品ですが、ブライアン・イーノの「Music For Film」にも比する甘美なピアノのフレーズ、シンセサイザーのシークエンスが絶妙に融合を果たしている。思わず、美しいと言いたくなる傑作、アンビエント・ファンは必聴の名盤です。 

 



・Biosphere

 

 

「Dropsonde」2006

 



バイオスフェアこと、ゲイル・イエンセンは、ノルウェー/トロムソ出身のアンビエント・アーティスト。ブライアン・イーノやデペッシュ・モードに影響を受けて、1983年に音楽制作をはじめる。 
 
 
元々、イエンセンは、シンセポップユニットとして活動していましたが、後にバイオスフィアとしてソロ活動を開始、電子音楽、アンビエント制作に入る。
 
 
1991年には、デビュー作「Microgravity」を発表、アンビエントテクノの先駆けと称される。1997年発表の「Substrata」は、90年代最高のアンビエント作品と高評価を受けています。
 
 
バイオスフェアのアンビエントは、イーノからの強い影響を感じさせ、存在感の希薄で、どことなく温かみのあるような空気感に包まれている。音というのではなく、心地よい空気感を感じるための音楽。
 
 
「Dropsonde」はモダン・ジャズとアンビエントを図った前衛的なクロスオーバーの作風で、様々なジャンルの音楽が入り乱れながら、イエンセンらしい穏やかな空気感が生み出されている傑作。  
 
 
特に、一曲目の「Dissolving Clouds」はアンビエント屈指の名曲の一つに数えられます。 



・Brian Mcbride

 

 

「When the Detail Lost its Freedom」2005

 



ロスシルにも比する美麗な音像の世界を提供しているブライアン・マクブライド。テキサス州、アーヴィング出身のアンビエント・アーティスト。

 

アダム・ウィリツィーとのユニット、スター・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてもよく知られています。 

 

特に、ブライアン・マクブライドの生み出すアンビエントは、電子音楽的なアプローチではあるものの、大いなる自然の恵みを感じさせるような、穏やかで、大いなる手のひらに包み込まれるような作風です。

 

特に、スター・オブ・ザ・リッドの音楽性の全体的な印象を形作っているのはブライアン・マクブライドの方であると思われ、そのあたりの上記のユニットにも似たアンビエントの質感を持っています。

 

特に2005年にリリースされた「When the Detail Losts Its Freedom」はパンフルートのようなシンセサイザーの音色を生かし、ひたすらやさしく、穏やかで、温かなシンセサイザー音楽が立体的な構造として紡がれていく作品。

 

シンセサイザーの織りなす壮大なオーケストラレーション。特に、「Overture」は大いなる自然の息吹を眼前にしたときに感じる、あの奇妙なほどの神々しさを彷彿とさせるアンビエント屈指の美しい名曲です。   



・Rafael Anton Irisarri

 

 

「Daydreaming」2007

 


 

ラファエル・アントン・イリサリは、シアトルを拠点に活動するアンビエント・アーティスト。

 

最初期はポスト・クラシカル寄りのピアノ音楽をフューチャーしたアンビエント音楽に取り組んでいました。 

 

他の電子音楽家に先駆けてドローン音楽を追求し、このジャンルの先駆者のひとりともいえます。

 

アントン・イリッサーリの音楽性には独特な暗鬱さ、そして、ロマンティックさが滲んでおり、それが上品で官能的な美を生み出す。絵画芸術にも近い雰囲気のあるピクチャレスクな趣向性を打ち出し、およそイリサーリ節と称するべき独特なゴシック調の世界観により彩られています。 


ラファエル・アントン・イリサリのアンビエントの名盤は近年のコアでマニアックなドローン作品も捨てがたくはありますが、ポスト・クラシカル寄りのアプローチを図った美麗な印象のあるデビュー作「Daydream」はアンビエントの名盤として挙げられる。暗鬱で静謐なゴシック的な世界観は、深い霧の中を歩くようなおぼろげな雰囲気により彩られてます。

 

特に、一曲目の「Walking Expectations」はアンビエントの屈指の名曲、フィールドレコーディングの手法を取り入れた作品です。

 

深いおぼろげな深い霧の中をひとり歩くような独特な寂寞感が漂う。ここに現れているのは美麗なだけでなく、甘美な音楽の追求者として荒野を切り開くイリサリの姿。その後のアンビエントドローン音楽の流行の予言となった一枚。  


   

・Fennesz & Ryuichi Sakamoto

 

 

 「cendre」 2007



 

オーストリアのエレクトリック・ギターでアンビエント世界を追求するクリスティアン・フェネス。

 

そして、近年ゴルトムントを始め、若手の電子音楽家と共同作業を行ってきたご存知、元YMOの坂本龍一の両者の才覚が十二分に発揮されたピアノアンビエントの最高峰とも言える作品が「Cendre」。

 

ここではフィールドレコーディングのサンプリングを用いた独特なアンビエンスの中に坂本龍一らしい繊細なビアノの旋律が絶妙に溶け込んでいる。

 

坂本龍一の作品の中でも日本的な感性が色濃く感じられる作品。西欧の電子音楽の最先端と日本の現代音楽の純粋な合体はきわめて完成度の高い非の打ち所がない作品。

 

このスタジオ・アルバム収録の「haru」は特に、坂本龍一のピアノ作品として間違いなく最高傑作の一つ。

 

メシアンをはじめとするフランス近代和声を下地にした和音構成、繊細でわびさびのきいた叙情性、そして、”やさしみ”にあふれる感性こそが坂本音楽の真骨頂と言えるでしょう。フェネス、サカモトという抜群の相性を持つ二人の秀逸な音楽家による最高のコラボレート作品です。     



・Loscil

 

 

「Coast/Range/Arc」2011

 



 

カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家、別名、音響彫刻家とも呼ばれるロスシルはスコット・モーガンのソロプロジェクト。

 

1998年からMultiplexというマルチメディア集団のメンバーとして活動。アメリカの電子音楽専門レーベル、クランキーレコードの代表的な存在としてアンビエント界をリードし、アメリカでのアンビエントという音楽、このレーベルの知名度を高めるのに貢献的な役割を果たした重要なアーティスト。

 

既に、イーノやシャルティエ、バシンスキーに並んでアンビエント界の巨匠といっても良いかも知れません。それほどアメリカではアンビエントが盛んでなかった時代から勇猛果敢にこの音楽にスポットライトを当ててきた気骨あるミュージシャンです。 

 

ロスシルは、2001年の「Triple Point」クラブミュージック、実験音楽、そして、アンビエント、ドローンにいたるまで多角的なアプローチを図り、音楽性も幅広いですが、ロスシルの音楽の魅力は粒の精細な音作り、知性的な構成を持った楽曲を生み出すことにかけては名人級です。 

 

特に、ロスシルの名作として名高い「Coast/range/Arc」は、非常に美しいサウンドスケープを思い浮かべられるエモーションに富んだ傑作。

 

ひたすら穏やかな波に揺られるかのような心地よい空気感をシンセサイザーにより表現した名作。ロスシルは、長いアンビエントの道のりの最果てにほのみえるこの世のものと思えない、癒やしに満ち溢れた音像風景を描出する。    



・Tim Hecker 

 

 

「Ravedeath 1972」 2011

 



ティム・ヘッカーは、カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家。コンコルディア大学卒業後、カナダ政府で政治アナリストとして活動した後、DJ活動を行い、2001年に「Haunt Me」にて鮮烈なデビューを飾る。 

 

特に、この「Ravedeath 1972」がリリースされた年は、相当なセンセーショナルな影響をミュージック・シーンにもたらしました。

 

基本的には実験色の強い電子音楽家としての表情を持つティムヘッカーですが、この作品はアンビエント・ドローンの最高傑作との呼び声が高い。知性派のアーティストであり、空間内に音がどのように広がっていくか、音響学を一つのアンビエンスとして解釈しようと最初期から取りくんでいたティム・へッカーは、この作品でひとつの頂点を極めてしまった。

 

「Ravedeath 1972」はコンセプト・アルバム色の強い実験音楽にも関わらず、ティム・ヘッカーの名を一躍アンビエント界にとどまらず、一般的な音楽シーンに知らしめた伝説的なスタジオ・アルバム。

 

この年にリリースされた中で最高作品の一つです。未だこの作品の衝撃性というのはおよそ十年が立っても色褪せていない、音楽の未来を変えた独特なアンビエント。2023年に発表された『No Highs』もヘッカーのキャリアの最高峰に位置する作品となる。    



・Eluvium 

 

 

「VirgaⅠ」 2020 




 

Eluviumは、ポートランドを拠点に活動するマシュー・クーパーによる電子音楽のプロジェクト。

 

最初期は、ポスト・クラシカル寄りの美麗なピアノ曲を中心とした「An Accidental Memory In the Case Of Death」を2007年に発表してデビュー。この作品はポスト・クラシカルの隠れた名盤として挙げておきたい。

 

特に、2020年の連作シリーズとしてリリースされている「VirgaⅠ」は、エルヴィムの最高傑作のひとつ。「Viga-Abyss Forms-House Taken Ober」と同じ主題をバリエーションとして変奏させる手法はバシンスキーに通じるものがありますが、エルヴィウムの生み出すアンビエントはひたすら心地よさ、そして、癒やしに重点を置いた作風です。

   

本作において展開されるアンビエントは、他のアーティストに比べると、それほど目新しさはないものの、一方では、アンビエント音楽の真髄を突いている。ひたすら、奥行きのある心地よい空間が広がりを増していく音楽は、古典音楽の未来を形作る電子音楽の華麗な交響曲とでも称するべき。

 

このアルバムは、マシュー・クーパーの飽くなき音楽の探究心から生み出された音楽に対する深い愛の顕現にほかなりません。

 

アンビエント・ドローン寄りの音楽性を追求した次作「Virga Ⅱ」と共に、2020年代のアンビエントの大作と言えそうです。 


 


・Roji Ikeda

 

 

「Ryoji Ikeda EP」 2021

 



 

現在、フランス、パリを拠点に活動する池田亮司は、映像と音楽の劇的な同期を行う前衛音楽家。 

 

テクノ、グリッチやクリックとして有名な電子音楽家です。最初期はオーケストラレーションを配した現代音楽寄りの音楽を生み出していましたが、徐々に先鋭的で実験的な電子音楽を追求する。

 

アルヴァ・ノトとの共同制作者としても知られ、超音波、周波数から音楽を解釈した物理学、及び数学的な観点から精密なアプローチを行うのが池田亮司の音楽の特徴。特に前衛派としての印象の強い池田亮司は最新作においてアンビエントの世界へ踏み入れていきました。 

 

今作で繰り広げられているのは、精妙な音の粒子の質感が如実に感じられるひたすら心地よいアンビエントであり、旧来の池田作品より、比較的聞きやすく、親しみやすい作風となっています。

 

ウィリアム・バシンスキーの近年のアプローチにも近い宇宙的引力を持つ独特な音楽であり、暗闇の中で、音に耳を静かに傾けていると、さながら広い宇宙と対峙するかのような偉大な迫力に満ちた作品。

 

音楽の世界は、ついに、2020年代に入り、未来の電子音楽家たちは、宇宙的な概念を表現する世界に突入したことを告げ知らせる2020年代。いや、2030年代の未来を行くアンビエントの傑作。

 

 

・Laurel Halo 

 

 

『Atlas』2023




ロサンゼルスを拠点に活動するLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)のインプリント”Awe”から発売された『Atlas』(Reviewを読む)は、2023年の実験音楽/アンビエントの最高傑作です。

 

アルバムの発売後、NPRのインタビューが行われた他、Washington Postでレビューが掲載されました。米国の実験音楽の歴史を変える画期的な作品と見ても違和感がありません。



2018年頃の「Raw Silk Uncut Wood」の発表の時期には、モダンなエレクトロニックの作風を通じて実験的な音楽を追求してきたローレル・ヘイロー。彼女は、最新作でミュージック・コンクレートの技法を用い、ストリングス、ボーカル、ピアノの録音を通じて刺激的な作風を確立しています。


『Atlas』の音楽的な構想には、イギリスのコントラバス奏者、Gavin Bryers(ギャヴィン・ブライヤーズ)の傑作『The Sinking Of The Titanic』、William Basinskiの傑作群があるかもしれないという印象を抱きました。それは、音響工学の革新性の追求を意味し、モダン・アートの技法であるコラージュの手法を用い、ドローン・ミュージックの範疇にある稀有な音楽構造を生み出すことを意味する。元ある素材を別のものに組み替えるという、ミュージック・コンクレート等の難解な技法を差し置いたとしても、作品全体には、甘いロマンチシズムが魅惑的に漂う。制作時期を見ても、パンデミックの非現実な感覚を前衛音楽の技法を介して表現しようと試みたと考えられます。

 

アルバムの中では、「Last Night Drive」、「Sick Eros」の2曲の出来が際立っている。ドローン・ミュージックやエレクトロニックを始めとする現代音楽の手法を、グスタフ・マーラー、ウェーベルンといった新ウィーン学派の範疇にあるクラシックの管弦楽法に置き換えた手腕には最大限の敬意を表します。もちろん、アルバムの醍醐味は、「Belleville」に見受けられる通り、コクトー・ツインズやブライアン・イーノとのコラボレーションでお馴染みのHarold Budd(ハロルド・バッド)のソロ・ピアノを思わせる柔らかな響きを持つ曲にも求められます。


表向きに前衛性ばかりが際立つアルバムに思えますが、本作の魅力はそれだけにとどまりません。音楽全体に、優しげなエモーションと穏やかなサウンドが漂うのにも注目です。


昨日(12月18日)、ローレル・ヘイローは来日公演を行い、ロンドンのイベンター「Mode」が開催する淀橋教会のレジデンスに出演。ドローン・ミュージックの先駆者、Yoshi Wadaの息子で、彼の共同制作者でもある電子音楽家、Tashi Wadaと共演を果たしました。



Selah Broderick & Peter Broderick 


『Moon in the Monastery』 2024



『Moon in the Monastery』(Reviewを読む)は、彼の母親との共作であり、瞑想的なセラのスポークンワード、フルートの演奏をもとにして、ピーター・ブロデリックがそれらの音楽的な表現と適合させるように、アンビエント風のシークエンスやパーカッション、ピアノ、バイオリンの演奏を巧みに織り交ぜている。アルバムのプロダクションの基幹をなすのは、セラ・ブロデリックの声とフルートの演奏です。


ピーターは、それらを補佐するような形でアンビエント、ミニマル音楽、アフロ・ジャズ、ニュージャズ、エクゾチック・ジャズ、ニューエイジ、民族音楽というようにおどろくほど多種多様な音楽性を散りばめる。それは舞台芸術のようでもあり、暗転した舞台に主役が登場し、その主役の語りとともに、その場を演出する音楽が流れていく。主役は一歩たりとも舞台中央から動くことはありませんが、しかし、まわりを取り巻く音楽によって、着実にその物語は変化し、そして流れていき、別の異なるシーンを呼び覚ます。 


主役は、セラ・ブロデリックの声であり、そして彼女の紡ぐ物語にあることは疑いを入れる余地がないですが、セラのナラティヴな試みは、飽くまで音楽の端緒にすぎず、ピーターはそれらの物語を発展させるプロデューサーのごとき役割を果たしています。


プレスリリースで説明されている通り、セラは、「オレゴンの田舎町の丘に日が沈むある晩、野生の鹿との神秘的な出会い」というシーンを、スポークンワードという形で紡ぐ。声のトーンは一定であり、昂じることもなければ、打ち沈むこともない。ある意味では、語られるものに対して従属的な役割を担いながら、言葉の持つ力によって、一連の物語を淡々と紡ぐ。 


 シャーウッド・アンダソンの『ワインズバーグ・オハイオ』の米国の良き時代への懐古的なロマンチズムなのか、それとも、『ベルリン 天使の詩』で知られるペーター・ハントケの『反復』における旧ユーゴスラビア時代のスロヴェニアの感覚的な回想の手法に基づくスポークンワードなのか。はたまた、アーノルト・シェーンベルクの「グレの歌」の原始的なミュージカルにも似た前衛性なのでしょうか。いずれにしても、それは語られる対象物に関しての多大なる敬意が含まれ、それはまた、自己という得難い存在と相対する様々な現象に対する深い尊崇の念が抱かれていることに気づく。



是非こちらの記事も併せてお読みください:




世界のアンビエント界の最前線を突き進む畠山地平の新作アルバム「Void ⅩⅩⅢ」が日本の実験音楽を中心に音源リリースを行っているインディーズレーベル"White Paddy Mountain"から9月25日に発表されました。


今回の作品は、中国シリーズの第一作「Autumn Breeze」2020に続く形で、三国志の諸葛孔明の事績にインスピレーションを受けたアンビエントのコンセプト・アルバムの形式となっているようです。



 「Void ⅩⅩⅢ」 2021 white paddy mountain

 

 

 

1.Falling Asleep in the Rain Ⅰ

2.Falling Asleep in the Rain Ⅱ

3.Falling Asleep in the Rain Ⅲ

4.Falling Asleep in the Rain Ⅳ

5.What a Day Ⅰ

6.What a Day Ⅱ

7.Sleeping Beauty


これまでの作品の多さを見てもお分かりの通り、多作のアンビエント製作者として知られる畠山地平さんですが、今回の新作アルバム「Void ⅩⅩⅢ」もこれまでのChihei Hatakeyamaの音楽性の方向性を引き継ぎ、アンビエントードローンの中間点に位置づけられるであろう作風です。


既に、Tim Heckerを始めアンビエントドローンの音源リリースを行っているアメリカのクランキーレコードからデビューをはたしたChihei Hatakeyamaですが、いよいよ世界的なアンビエントアーティストとして認知されるようになり、2021年の7月24日、BBCの「RADIO6」というコーナー内の日本アンビエント特集において、坂本龍一と一緒に畠山地平の作品がオンエア紹介されています。


昨今、日本のみならず海外の電子音楽シーンで大きな注目を浴びているアンビエントアーティストといえ、今作「Void ⅩⅩⅢ」 は畠山地平が新境地を切り開いた作品で、ピクチャレスクな趣向性を持ったChihei Hatakeyamaの新たな代表作の誕生と銘打っておきましょう。


今作は、ジャケットワークに描かれる奥深くたれこめる霧のようなサウンドスケープ、おぼろげでかすかな世界がアンビエントという側面で表現されており、これまでの畠山作品のように徹底して落ち着いたテンションで紡がれていきながら、作中に見られる微細なシークエンスの変化の中、ときに激したエモーションとなって胸にグッと迫ってくる特異な作品と呼べるかもしれません。


これまでの主な作風と同じようにアルバム作品全体がひとつづきの流れを形作っており、透明感のあるアンビエントドローンのアンビエントトラックが清冽な上流の水のようにゆったりと流れていく。そこには、刺々しさはなく、茫漠とした抽象画のような温和な音像が多次元的な立体感をなして丹念に広がりを増していく。


最近のトレンドのアンビエントと言えば、機械的で無機質な音楽というイメージが何となく定着しつつあるように思われますが、今作は真逆の質感を生み出し、奥行きのある大きな自然を感じさせる「叙情性のあるアンビエント」へのアプローチが図られています。


シンセサイザーのPADを中心とするトラックは、立体感のある音作りがなされていますが、独特な和音が丹念に折り重なっていく際、内省的でありながら詩的な情感が漂う。これは、西洋音楽として発生したアンビエントに対する「東洋的な回答」とも称すべきか。


また、これまでの作品においても、アンビエントドローン制作という側面の他に、ギタリストとしての表情も垣間みせるChihei Hatakeyamaですが、 今作も美麗な包み込むようなシークエンスの中に、うっすらとエレクトリックギターのフレーズが重ねられているのが他のアンビエントアーティストにはない特徴です。


特に、このアーティストの生み出すアンビエントというのはささくれだったところが微塵もなく、ただただ温かく包み込むような穏やかなドローンのシークエンスが拡張されていく。それは一種のアンビエントらしい快感を聞き手に与え、癒やしの効果も与えてくれます。


Chihei Hatakeyamaの最新作、「Void ⅩⅩⅢ」は「Falling Asleep in the Rain」に代表されるように、「空気感」という微妙なニュアンスを見事に音楽により体現してみせた名作です。


特に、ラストトラックとして収録されている「Sleeping Beauty」は畠山地平の新たな代表曲といえるだけでなく、アンビエントの屈指の名曲の誕生の瞬間です。それほど目まぐるしい展開が現れず淡々とシークエンスが紡がれていく側面において、類型的にはウィリアム・バシンスキーの作風に近いニュアンスが漂う作品です。


なおかつ、またこの作品は、坂本龍一とのコラボ作品をリリースしているFenneszと同じく、「ギター・アンビエント」の未来形を追求したという見方も出来る。そして、アルバムジャケットに表されている奥深くたれこめる霧のサウンドスケープ、また、山の頂に上り詰めた際に感じるような清々しい空気感を持つアンビエント作品です。

 Christina Vanzou

 

以前、作曲家、Christina Vanzouのバイオグラフィーについては、Dead Texanのアルバム・レビューの項で簡単に触れておきました。「参照:Album Review Dead Texan

  

一時的なアンビエントユニット”Dead Texan”の中心的な人物Adam Witzieは、このプロジェクトの解散後、Stars of The Lidの活動に乗り出していき、アメリカ国内にとどまらず、世界のアンビエントシーンで著名なアーティストとして数えられるようになりました。

 

そして、このプロジェクトの密かな人気が功を奏したのか、Christina Vanzouの方もまた近年、現代音楽、アンビエントシーンで非常に影響力のあるアーティストとなりつつあるようです。それはVanzouの実際の作品を聴いていただければ、その才覚のすさまじい煌めきをハッキリと感じ取ってもらえるかと思います。

 

これまで、Dead TexanのアルバムをリリースしたKrankyを中心に、「No.1」「No.2」「No.3」「No.4」とナンバーを銘打ったスタジオ・アルバムを何作か録音してきている。直近のリリース作品においては、大御所、ABBAとコラボしている!ので、これから世界的な音楽家として認知されつつある気配もありそうだ。また、実際そうあって欲しいと個人的には願っています。

 

現時点で、アンビエントシーンでの知名度という点では、Stars of the Lidに一足先を越されているかもしれない。しかし、近年、Christina VanzouはAdam Witzieとは異なるアプローチを見せ、本格的な現代音楽家としての方向性を追究し、オーケストラとのコラボレーションなども実現させている。これからさらに凄くなりそうな雰囲気があります。

 

近年のアンビエント、そして、現代音楽のシーンにおいても最注目すべきアーティストの一人であるといえそう。これはかなり穿った見方かもしれないけれども、元を辿れば、VanzouがDead Texanでの活動により音楽活動、アンビエント制作としての才を花開かせたのが盟友Adam Witzieであったというのは少し過ぎたる言なのかもしれません。

 

信じられないのが、最近、Vanzouは、オーケストラレーションを交えて自作曲の演奏まで行うようになっているものの、Native Intruments社のインタビューに語っている通り、「これまで体系的な音楽教育は一度たりとも受けていない」


また驚きなのが、往年のニューヨーク・アバンギャルドシーンの立役者ともいえるサックス奏者、ジョン・ゾーンからの影響が音楽家としての出発点にあるということ。にも関わらず、彼女の作曲技法というのは、シュトックハウゼン、クセナキスのようなシンセの基礎を形作った現代音楽家のようなアプローチがあり、そして、音を"デザイン"するという手法が顕著に伺える。これは、他のアンビエントアーティストとは一線を画すように思えます。


 

「Landscape Architecture」2020




  

Christina Vanzouは2020年リリースのアルバム「Landscape Architecture」において、アンビエント製作者として目覚ましい進歩を遂げたということみずからの作品をもって証明しています。

 

ブルックリンの音楽家”JAB”を共同制作者として抜擢したことにより、アンビエントにおける多彩なアプローチを可能にしたと言えかもしれません。

 

今回、このJABというフルート奏者兼ピアニストという多彩なプレイヤーの才覚が彼女の作品に加わった事によって、このスタジオアルバム「Landscape Architecture」は往年の「ブライアン・イーノ、ハロルド・バッド」という絶妙な名コンビにも比する素晴らしい音楽が綿密に形づくられています。

 

全体的なサウンドアプローチとしては、幻のアンビエント・ユニット”Dead Texan”の形を引き継いだといっても良いかもしれません。JABのミニマルなピアノ演奏を前面に引き出し、その背後にVonzouの生み出すシンセサイザーが音の芳醇な奥行きを形作る。

 

また、題名からも分かる通り、音風景、サウンドスケープの構築という作曲上の意図が明確に伺える。そして、いくらか興味深いのは、曲中において、鳥のさえずり、バイクの音、ヴォイス等のサンプリングも効果的に取り入れられている点で、これが何かしら聞き手の情感を喚起させるように思えます。

  

そして、この作品に共同制作者として参加しているJABの奏でるピアノ演奏というのは、かつてのハロルド・バッドの演奏を彷彿とさせるかのような深い思索に富んでいます。

 

無駄なフレーズを削ぎ落とした洗練性、静けさ、抒情性、そこにまた神秘的な雰囲気を漂わせている。ピアノの演奏自体は至ってシンプルなのに、音の余韻、もしくは音の余白のようなものが顕著に込められているのは、やはり、昨年、亡くなられたハロルド・バッドの音の雰囲気を彷彿とさせます。

 

そして、ピアノの美麗なフレーズの背後に、Vanzouの奏でるシンセサイザーのシークエンスがこの作品の持つ世界観を押し広げているように思えます。このアルバムの音楽、二人が提示するサウンドスケープには、聞き手をその音響の持つ独自の世界に迷い込ませる力、そして妖艶な雰囲気が充溢している。

 

このアルバムは、Dead Texan、またはハロルド・バッドのように、癒やしある聞きやすいピアノアンビエントとして聴くこともできるでしょう。また、この作品において、Vanzouは、往年のアンビエント音楽を、現代、そして、近未来に推し進めようとする気概もまた伺える。つまり、この作品は、一辺倒のアンビエント作品という訳ではありません。

 

アルバムに収録されている楽曲は、ヴァラエティに富んでおり、現代音楽寄りのアプローチも感じさせます。JABのフルート演奏をフーチャーした「Obsolete Dance」は、アヴァンギャルド・ジャズ、アシッドハウス風の蠱惑的な雰囲気を持つ楽曲といえて、このアルバムの中で強い異彩を放っている。

 

「Out of office」では、シュトックハウゼンのトーン・クラスターに近い前衛的なアプローチも見られる。「Pungent Lake」では、不気味さのあるドローン・アンビエントに挑戦している。「Lost Coast Haze」では、モートン・フェルドマンやケージのピアノ音楽に対する接近も見られる。

 

このアルバム・タイトルにあるように、サウンドスケープの構築という意図、それはVanzouとJABという秀逸な二人の音楽家の性格が絶妙に合わさったことにより、芸術の高みまで引き上げているように思えます。今作は、アンビエントという音楽の解釈を、さらに未来へと一コマ先に進めた歴史的傑作というふうに形容出来るかもしれません。

Grouper

 

Grouperはアメリカ、オレゴン州、ポートランドのリズ・ハリスのソロアンビエントプロジェクトとして知られています。自主レーベルからのリリースもあり、アンビエントの総本山クランキーレコードからのリリースもあるという意味では、かなり独立心の強いアーティストといえるでしょう。

アンビエント/ドローン色の強い楽曲性の中、ピアノのシンプルな伴奏の上に、どことなく幻想的でアンニュイな歌声でうたいをこめ、独特な雰囲気を生み出すのがGrouperの音楽の特徴です。

必ずしも明るい音楽性とはいえないかもしれませんが、聴いていて非常に鎮静感を与えてくれる音楽性がこのアーティストの持つ独特な魅力。

活動自体は2005年からで十六年のキャリアがあるアーティストです。アンビエントシーンでは女性アーティストというのは珍しく、正直、彼女のほかにあまり思い浮かばないような気がします。

ピアノ、ボーカル、そしてシンセサイザーのパッドを背後に掛けるという意味では、シンプルなピアノアンビエントに位置づけられる。しかし、音楽性は多種多様で、アルバムごとに、ポスト・クラシカル的な澄明なアプローチであったり、ギター・ポップ的な風味あり、また、それとは正反対の暗鬱なドローンを奏でるという意味では、クランキー・レコードのアーティストらしいといえるのかもしれません。ここでは、簡単ではありますが、Grouperの傑作を取り上げてみようと思います。

 

 

「Ruins」2014 

 

 


TrackLisitng


1.Made of Metal

2.Clearing

3.Call Across Rooms

4.Labyrinth

5.Lighthouse

6.Holofernes

7.Holding

8.Made of Air


全体的には、表題に見える「廃墟」という名のように、朽ち果てた退廃的な美を音楽として全体的にモノトーンで彩ってみせたアルバムなのかなという印象を受けます。

このアルバムでは、アンビエント色というのはそれほど強くなく、ポスト・クラシカル寄りのアプローチというふうにいえるかもしれません。

ピアノの反復的な演奏によって、自身の内的な心象というのを淡い詩情を交えて丹念に描き出し、透明なカンバスの上に音とをゆっくり積み上げていく。休符というのを大切にしている感があり、楽曲が終わった後には独特な余韻が滲んでいる。

ピアノのごくシンプルな演奏の上に、リズ・ハリスの詩情的な旋律の曖昧としたボーカルが乗るという意味では、シンプルな歌曲というふうに位置づけられる楽曲が多いかもしれない。その性質は「Clearing」あたりの楽曲に顕著に見え、その歌声は外側に向けてうたわれるというよりか自分自身に語りかけるようにし、旋律が糸巻きのように丹念に紡がれていくのが面白い特徴でしょう。

その中で、「Lighthouse」もまたどことなく切ない響きが感じられて、ボーカルの多重録音のハーモニーによって美しさが生み出されている。憂鬱な夕べを彩るような黙想的な楽曲ともいえ、静かにじっと聞き入ってしまう妙な説得力がある。「Heading」でも、そのボーカルのハーモニーは絶妙に生かされ、シンプルな楽曲の中にモノトーン以上の色彩的な反響をもたらしているあたりが聞き所。

静かに心地よく聞いているうちにいつの間にか終わってしまっている。それまでいた空間の中にすっと戻って行けるのが今作の良さでしょう。

 

「Paradise Valley」2016

 


 

TrackListing


1.Headache

2.I'm Clean Now


Grouperの傑作として、もうひとつ取り上げておきたいのが、今作「Paradise Valley」です。

シングル盤で二曲収録で八分という短さありながらも、アルバムのような聴き応えがある作品です。 アルバム「Ruins」とは対照的などことなく前向きな印象によって彩られた傑作といえるでしょうか。

「Headace」は、どことなくローファイ/ギター・ポップの風味を感じさせる叙情的な楽曲で、そこにGrouperらしいアンビエント風味がそっと添えられている。シンプルなギターフレーズに、浮遊感のある美麗なボーカル、その背後にごくわずかなシークエンスが拡がりを見せるあたりは静寂というものの価値を知っているからこそ表現しえる音像というようにいえるでしょう。

これは、シンプルな楽曲のように思えますが、曲の終わりでは全体的な音像を徐々に遠ざからせて、おぼろげにしていく手法により、印象派としての余韻を強めているのは見事。この表題はむしろ逆説的な意味を込めているように思え、頭痛がすっと消えてなくなるようなヒーリング的な楽曲です。

「I'm Clean Now」も、また前曲に引き続いて、抑制の聴いていて、落ち着いたヒーリング的な雰囲気のある楽曲で、心地よい楽曲です。こちらの方がGrouperらしいアンビエント性が強いかもしれない。ぼんやりとあたたかな水の中にただようような言いしれない陶酔、それが非常に彼女らしい淡い感性によって紡がれているのがお見事。非常に短い曲で、もっと聴いていたいと思うような曲、落ち着いていながらどことなくリピートしてくなる美しい余韻が込められている。

それほど派手さはないのに、なぜか無性に聞きたくなってしまうのがこのシングル。独特なやさしく手を差し伸べるようなヒーリング的な味わいがあり、この安らかさにずっと浸っていたいなあと思わせるような音楽性。嵩じた音楽とは裏腹の静けさを追求した美しい理想的なアンビエントといえ、何度もリピートしたくなる不思議な魅力を持ったシングル盤となっています。



Chihei Hatakeyama


 

Tim Heckerを擁するアメリカの最も有名なアンビエント系のレーベル「Kranky Records」からデビューした日本でも有数の世界的な電子音楽家。

 

すでに、ロスシルやブライアン・マクブライドと肩を並べるような存在として世界的に認知されているといっても過言ではないでしょう。異質なほど多作なミュージシャンであり、2006年のデビューから2021に至るまでなんと30作以上ものリリースを行っている。世界的にも有名なアンビエントアーティストの一人。

 

 

「Minima Moralia」

 

 

 

 

畠山地平のクランキーレコードからのデビュー作。

 

この作品は、グリッチ色の強いアンビエントで、涼やかで清やかさのある空間処理が特色といえる。「Bonfire On the field」「Straight Reflecting On the Surface of the River」の二曲は彼の最初期の名曲といえ、時折、センスよく挿入されるグリッチノイズの心地よさというのは絶品です。そして、チベットの民族楽器シンギングボウルのような音色というのもエスニック色を感じさせ、熱い時分などに聴くと鬱陶しい気分を涼しげに、そして、冷静にしてくれるはず。


 

また「Inside a Pocket」では、アコースティックギターを使用した独特なポスト・クラシカルを披露していくれている。この辺りの日本的な雰囲気、夏の終りのひぐらしのような切なさをおもわせる叙情性。ギターボディを打楽器として使用しているあたりは、ジム・オルーク的なポストロックへのアバンギャルドな接近も思わせる。また、ラストの「Beside a Wall」は、 後のティムへッカーの「Ravedeatj 1972」のサウンドを予見したかのような圧巻ともいえる名曲です。

 

およそ、デビュー作とは思えないほど洗練された作品であり、すでにこの作品において畠山の生み出す独特なアンビエントは、およそ日本のアーティストらしからぬほどの凄さといってもいいはず。  


 

 

Fujita Masayoshi


 

 

現在、ベルリンを拠点として活躍する日本人ヴィヴラフォン奏者。他のアンビエントアーティストと決定的に異なるところは、クラシック及びジャズから強い影響を受け、シンセサイザーを主体としての環境音楽ではなく、ヴィブラフォンの演奏技術上の音の響きを追求する気鋭のアーティスト。どちらかといえば、ポスト・クラシカル寄りの世界に名だたる音楽家のひとりといえるかもしれません。

 

 

「Stories」

 

 

 

 

 

まさにヴィブラフォンの心温るような美麗な響きが凝縮された一枚。オリジナル版は、ロンドンのポスト・クラシカル系のアーティストを主に取り扱うErased Tapesからのリリースとなっています。

 

ここではフジタマサヨシのビブラフォン奏者としての才覚の煌めき、コンポーザとしての感性が見事に緻密な音のテクスチャを生み出すことに成功している。驚くべきなのは、ビブラフォン楽器ひとつの多重録音でここまで大きな世界観、物語性のある音楽を紡ぐことができるというのは、この人に与えられた天賦の才とも呼べるものなのでしょう。

 

一曲目の「Deers」から、ミニマル的技法を見せたかと思えば、「Snow Storm」ではビブラフォン奏者としての彼のセンスの良い技巧がミステリアスで絶妙な響きを生み出している。

 

名曲「Story of forest」の内向的な叙情性というのも、バイオリンの対旋律によって、美しいハーモニクスが生み出されている。曲の最終盤ではビブラフォーンがオルゴールのようなきらめいた澄明な響きに変わる辺りは本当素晴らしい。

 

大作「Story of Waterfall 1.&2.」でのジャズフュージョン的なアプローチでありながら、深い思索に富んだビブラフォンの世界が味わえるのも、この作品の醍醐味といえるでしょう。

 

これはアルバム全編を通して、美しい音楽としか形容しようがない。何だか聞いているととても心地よく、とても落ち着いて来て、心が澄んでくる。これがマサヨシ・フジタというアーティストの生み出す音楽性の素晴らしさなんでしょう。

 

 

 

Hakobune

 

 

タカヒロ・ヨリフジを中心にして結成されたアンビエント・ドローンアーティスト。正式にはユニットとしての形で、2011年のデビューから現在に至るまで、京都を拠点に活動しているアーティストです。現在、にわかに世界的に脚光を浴びつつある気鋭のアンビエント界の期待の星というように言えるかもしれません。

 

 

 

「above the northern skies shown」 2021

 

 

 

 

 

3曲収録のアルバムですが、実に、総レングスというのは、40分ちかくにも及ぶかなりの力作。

 

この作品の音の拡がり方を聴いて、まず最初に思い浮かべたのはアンビエントの重鎮、ウィリアムバシンスキーの音楽性。

 

ここではウィリアム・バシンスキーのように、サンプリング素材のテープの継ぎ接ぎという手法はないでしょうが、音のニュアンス、アプローチの仕方という面でかなり近しいものを感じます。一度も、旋律の移動というのがない、もちろん大きな音像の変化というのはトラックのなかで全くないのに、これほどまで説得力が込められていて、そして爽快感すらある環境音楽を作れるアーティストが日本にいるということが一アンビエントファンとして頼もしく感じられます。

 

只、一つのシークエンスの拡がりと、そこに挿入されるノイズの風味、これらの要素が礎石のようにどんどんと積み上がっていき、音の壮大な宇宙ともいえる巨大な空間を綿密に形作っていく。

 

何か小難しい言い方なのかもしれませんが、これぞまさに現代アンビエントともいうべき音であり、今流行の形のひとつといえるでしょう。

 

この三曲は、空間の中を揺蕩う穏やかなアンビエンスが展開され、旋律はあってないように思えます。しかし、よく聞くと、その中に複雑で麗しいハーモニクスがすでに形成されている。かつて武満徹が語っていた”すでに空間に充ちている音を聴きとる”というような感じで、言葉では説明できず、五感をフルに使って体感するよりほかない直感的な素晴らしい音楽です。